剣士と守護の楯

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

第六話「穂村有里」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

有里 Side

 

 

 

静かな山間の中にあるお嬢様と呼ばれる者だけが学生としての日々を送れるセント・テレジア学院に今、私はいる。

 

 

私は本来なら高校生として通う年齢ではない。

 

実際に高校、専門を卒業して四年ほど経つ。

 

私はある経験を経て、今の会社にエージェントとして入った。

 

もっとも私自身の身体能力はそこらにいる一般の人と代わらない。

 

せいぜいナイフや銃の扱いが多少は長けているということだろうか。

 

その私がもっとも長けていると自負しているのが諜報能力。

 

今まで私が手掛けた情報は数えるのも馬鹿らしいぐらいだ。

 

その情報のおかげで任務が成功しているのだが、上の方ではその時に成功させた現場の人間を昇進させたがる。

 

情報を集めた私には何も出ないのが悔しい。

 

私が女であることも関係しているのだと思うとさらに腹立ってくることが多々ある。

 

だから今回の女子校ということもあって、あたしは現場に来てるんだけど……。

 

あまり潜入任務って言っても普通に高校生活を満喫してるからいいかな。

 

 

 

 

今の任務はそれなりに気に入っている。

 

最初はどんな人物を護衛するのかと思っていたが、実際に接して見ると会長である春日崎雪乃にはその価値があると思う。

 

あの人は将来、おそらく人の上に立つことになる。

 

まだ他の二人は甘いところがあるから難しいだろうなと思うが、それでも私から見れば全員その素質はあると思う。

 

三人が三人ともに誰もが人気はある。

 

その誰もが人の上に立てる。でなければ今の地位にいられないだろう。

 

 

 

諜報が主体な私なのだが、ここ最近は嫌な情報が流れこんでくる。

 

今までにも何人もの潜入してきたのはいるが、今のところは大きな動きをしていないので私も動けないでいる。

 

しかし、今回は違う。

 

既に学院の中に潜入していて少しずつだが動いているとのこと。

 

人数はわからないが、それにあたり学園長があのアイギスに依頼したらしい。

 

来るのはシールド ナンバーの一人。と言っても、最近になってナンバーを与えられたらしい。

 

護衛内容で最近なのはセシリアが来日した時に空港での護衛。

 

キスされて倒れた彼がそうらしい。

 

単独での護衛任務。しかも潜入までもは初めてらしいのだが、アイギスによると彼しかいないという。

 

名を「如月 修史」という。

 

潜入方法は女装して生徒として潜入。

 

 

「…………まぁ、どんなのが来ようとも私の邪魔にならなければいいか。」

 

 

確か明日辺りだっけ?

 

その如月修史ってのが来るのは。

 

予定じゃ私のいるクラスらしい。

 

おそらく対象の一人である蓮さんがいるからと考えて間違いはないだろう。

 

 

「ま、今日は定時連絡だけで寝よう。ふわぁ……おやすみ。」

 

 

私は誰に言う訳じゃないが、天井に向かって呟いた。

 

 

 

 

三時間目の途中にその転校生がやってきた。

 

 

(いくら転校生でもこんな中途半端な時間に来なくてもいいでしょうに……)

 

 

内心毒づきながら私は転校生を見てみる。

 

 

(あれがアイギスでも最近功績を上げている如月修史?)

 

 

どう見ても田舎から出てきた女の子。

 

そうとしか見えない。

 

線も細いし、足なんかあたしが知る男の太さじゃない。

 

髪はボサッとしていて前髪で表情がよく見えない。

 

胸なんか私よりあるんじゃないかと思う。

 

 

席は設子様の隣か……

 

あれで男って反則じゃない。

 

周りも気付いてないみたいだし、あれは言われないとわからないわよ。

 

 

昼休みになると如月修史もとい山田妙子は星野先生と新しい男性教諭らしき若い男性と一緒に出て行った。

 

どこに行ったのだろうと考えるが、それよりも男性教諭の方が気にかかった。

 

 

如月修史と出て行く時、私と男性の視線が絡まったような気がしたから。

 

それに私は新しい教諭らしき男性が来るなんて情報は得ていない。

 

私のミスなのか、それともなにかの手違いなのかを今夜にでも確かめねばならない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

さて、とりあえず授業が終わって寮に戻ったのはいいけど、どうしよ。

 

あの男性教諭と一度話してみたいんだけど、いきなり行ったらマズいよね。

 

まだ彼が私達と同じガードなのか、それともどこかのスパイなのかが私にはまだ判断がつかない。

 

 

私の情報操作をを使ってもあの男性教諭のことは調べられない。

 

どうしても検索に引っかからない。それらしきモノに引っかかっても何故だかシークレット扱いで調べることができない。

 

これは私への挑戦か……

 

いや、それでもすぐに調べられないことは相当時間がかかるかもしれない。それを考えると私らしくはないけど、行動に出るべきだろう。

 

そう考えると私は部屋を出て隣の部屋の前にいた。

 

そう、隣は転校生の山田妙子の部屋。

 

如月修史がいるのだ。

 

まずは彼……いや、彼女と話してみるのがいいだろう。

 

そう思うが、なんでか躊躇われる。

 

私だって女性だ。

 

相手が女装しているとはいえ、男性の部屋に入るのなんていつ以来だろうか。

 

それにさっきから時折聞こえてくる悲鳴みたいな彼の声も躊躇われるのも一つの要因だ。

 

部屋の前でいつまでも突っ立ってもしょうがない。と言うか怪しい。

 

私は観念し、扉をコンコンとゆっくり叩く。

 

 

「は、はーい、どなた?」

 

 

中から吃ったようなちょっと焦った声が聞こえる。何をそんなに焦るのだろうか。

 

私は平常心で返事を返す。

 

 

「隣の部屋の者ですー。」

 

 

「いま開けます。」

 

 

すぐに返事が聞こえてくる。鍵がかかってるのだろう。ガチャガチャという音が聞こえてくる。

 

私はその間に制服の袖にナイフを忍び込ませ、すぐに出せるようにしとく。

 

用意が終わったとこで、鍵が開けられ、ドアが開く。

 

 

「こんにちはっ、穂村有里です。」

 

 

私は挨拶と同時に袖に隠していたナイフを出し、山田妙子の顔の前に突きつけようとしたが、指で挟まれて受け止められた。

 

受け止められたのは悔しいが、それくらいやってもらわないと困る。

 

これから一緒にやっていくんだし。

 

私は今できる最高の笑顔で歓迎の言葉を述べた。

 

 

「ようこそ、セント・テレジア学院へ。」

 

 

「……貴様、何者だ?」

 

 

どうやら彼、いや彼女は私の歓迎を喜んでくれていないらしい。

 

敵を射殺すような目で見てるけど、どうやら私の正体を知ることが先決みたい。

 

初の潜入任務のエージェントとしてはまず上出来かな。

 

とりあえずは自己紹介からしますか。

 

 

「セント・テレジア学院二年の穂村有里だよ。しかもクラスメート。こんな美人なのに気付かなかった?」

 

 

最後の方は少しばかりおどけながら、彼女の顔を観察する。

 

彼女は顔をしかめながらなんとか反論してくる。

 

 

「自分で美人なんて言う奴は信用できない。」

 

 

どうやら女性が嫌いというより苦手という噂は本当なのかという確証が浮かび上がってくる。が、今は彼女との信頼を築くべきだろう。

 

 

「ありゃま……ま、いっか。今日からあなたのお隣りさん。よろしくね。」

 

 

ありゃ、黙っちゃった。

 

相当怖い顔してる。眉間にシワ寄ってる。ただの挨拶なのに。

 

 

「そんな怖い顔しないでさ。ちょっとした挨拶だって。」

 

 

私がそういうと彼女は怖い顔のまま、さっき指で挟んで受け止めたナイフを掲げて問いてくる。

 

 

「だったらまず、コレの理由を聞かせてもらおうかな?」

 

 

「私はこの学院に雇われたガード。言ってみればお仲間ってとこ。安心した?」

 

 

色々と理由はあるけど、当たり障りのない理由にしとく。

 

これから仲間としているのに相手の動きを疑うのはよくないだろうとの考えも含めてぼかして話す。

 

 

「いきなりナイフを突きつけられて安心しろという方が無理だと思うが?」

 

 

まぁ、その通りなんだけどね。でも、ある程度の信頼関係を築いてからこういった奇襲をかけても意味はないだろうし、下手したら築いたモノ自体が崩れてしまう可能性もある。だから私は信頼関係を築く必要性がある場合のみ、最初にこういった奇襲をかける。

 

相手の実力を計るのと私自身の第一歩を踏み出すために。

 

 

「くすくす、言葉遣いが素に戻ってるよ。如月修史君。」

 

 

「なっ…………!!」

 

 

私がそう指摘すると彼女はものすごく驚き真っ赤な顔をした。

私が『調査済み』だと伝えると魚が空気を得るためにするように口をパクパクとさせていた。

 

 

「もっとも山田妙子が如月修史という情報を掴んでいるのは私だけみたいだよ。でも今日は凄かったね。変な時期に転入してくるし、新しい男性教諭も来るから他のガードがピリピリしてたでしょ?」

 

 

なんだか随分と『警戒してます』みたいな顔されてる気がする。一応挨拶しに来たのに。

 

ま、その後は寮の先輩としてのアドバイスとして鍵は就寝時間以外はかけちゃいけないこと、かけると疑われちゃうよ。と伝えて終わりにしようかというとこで女性への禁句を言ってきた。

 

 

「……何歳だ?」

 

 

私はすぐさま彼女に飛び掛かり、フライングチョップをかます。が、避けられた。

 

 

「避けるなっ。」

 

 

私はそういうが彼女は悪気もなさそうに答えるのがムカつく。いっそ、ここはガードの先輩としては教育してあげないといけないのかと考える。

 

確か彼、もう彼女でいいか。

 

彼女と変わらない歳のはずだが、やはり女性に歳を聞くのは何歳になっても禁句だ。

 

そのことは徹底的に叩かなければと考え、警戒を緩めた瞬間に聞こえた。

 

 

「きゃああああああっ!!」

 

 

「っ!」

 

 

「!?」

 

 

今のは雪乃様?!

 

なにかあったのかしら。と不審に思い、先程まで彼女がいた位置を見ると既に彼女の姿はなかった。

 

扉を見るとキィキィと小さく鳴いて音を立てていた。

 

 

 

 

 

その後、私もすぐに彼女の後を追って雪乃様の部屋に入った。

 

部屋に飛び込んで、すぐに目に止まったのは部屋中に散らばる写真と震えてる雪乃様、妙子は震えてる雪乃様を落ち着かせている中で一際この場で異色を放つ存在がいた。

 

それは昼間に見た男性教諭であり、彼は黙って写真を見ていた。

 

 

 

有里 Side End

 

 

 

 

 

 

 

 

授業の終わりを告げる鐘が学院内に鳴り響く。

 

 

恭也は職員室の一角で寮内の配置図や学院内の地図と睨み合っていた。しかし、鐘が鳴り響けば恭也の仕事場は学院内の職員室から寮の一室に移される。

 

本来なら職員室で行うのだが、恭也はこの後に寮や学院の警備に当たるために寮でやることを許されたのだ。

 

もちろん必要な時は職員室でやるが、ある程度のことは寮の一室でやることにしている。とはいえ、実際に恭也が机の上でやることなどほとんどない。

 

授業の計画を練るにしてもそんなに凝った真似はしない。

 

様はそれらしく見えればいいのだ。

 

 

「……ふぅ、行くか。」

 

 

恭也は机の上にあった物を整理整頓して、小綺麗になったと思えるくらいになったところで立ち上がる。

 

その恭也に声が掛かる。恭也がその声の方向へと振り向くと星野先生がいた。

 

 

「不破先生、もうお帰りですか?」

 

 

「ええ。職員室でやるべきことはあらかた終えましたので、残りは寮の自室でやろうかと思いまして……」

 

 

「そうですか……残念です。せっかくこれから共に教師として生徒に教えていくのに語りあえるかと思いましたのに。」

 

 

「そう言って頂けると教職についたばかりの私としては嬉しいですね。」

 

 

本当に残念そうに言う麗美に対し、恭也はほんの少しばかり頬を緩める。

 

緩めるといっても見慣れない者ならば緩めているとは思えないほどの無表情。もし、ここに恭也と親しい者がいたのなら『なんだか嬉しそう』と取るか『なんだか面白くない』と取るかは人それぞれだろうが。

 

 

「ここに来られる先生は様々ですから。私のように学院を卒業後に来られる方もいらっしゃいますし。」

 

 

「星野先生はセント・テレジアの出身なんですか?」

 

 

「そうですよ。私がこの学院で三年間を楽しく過ごしたように生徒の皆さんにもここ、セント・テレジアでの日々が掛け替えのないものだと生徒に教えたくて教師になりました。……って、この言い方ですとなんだか生徒に私の考えを押し付けてるみたいですね。」

 

 

麗美の言うことに恭也は感嘆した。

 

教師としてその考えを持つ者は確かにいる。特に新任や一年目などの若い教師にはそういう考えを最初の内は多かれ少なかれ持っているものだろう。しかしながら、教師という職の現実に打ちのめされてその希望を持ち続けられるのは限られた者だ。

 

例を挙げると教師という職に絶望を抱き、生徒から不信感を抱かれて鬱になって辞めていくという酷い内容のものもある。

 

それでもその中で希望を抱き続ける者もいる。

 

星野麗美という人物もどのくらいの年月を教師として過ごしたのかは今の恭也にはわからない。けれど、恭也は知っている。

 

海鳴にも麗美と同じように生徒に慕われて生徒を導く先生がいることを。

 

話していてわかる。彼女はあの人と同じだ。

 

風ヶ丘と併合して数年。海鳴中央の教師として奮闘している鷹城唯子と。

 

 

「いえ、そんなことはありませんよ。星野先生はそういう考え方をしていても生徒に押し付けたりはしないでしょう。生徒の手を導き、後押しをすることはあっても最後には生徒自身に選択の場を与えると思います。それにそういった考えを持っている人はあまり存じませんが、とても素晴らしい考えだと思います。」

 

 

だから恭也は本心から言葉を紡ぐ。自分の中で嘘偽りのない言葉を。

 

翠屋で培ったこの笑顔と共に。

 

そう。……恭也は知らない。いや、わからない。

 

例え、目の前の麗美が頬を赤く染めて蕩けようとも。なぜそうなったかわからぬまま恭也は職員室を後にした。

 

残ったのは麗美を始めとした女性教師数人とたまたまその場に居合わせた生徒の記憶が飛んでいたという。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

セント・テレジアにある中庭の一角。

 

そこにはあるシスターが庭園と呼ばれる場所で一つ一つ丁寧に水をやっていた。

 

 

「フン、フフ〜ン♪」

 

 

シスターは鼻歌を歌いながら、舞うように草木に水をやっていた。その姿はさながら聖母のようだ。

 

そこに紺のスーツに身を纏った男がゆったりとそれでいてどこか厳かな足取りが近付いていく。その男はその様子を見ると足を止め、感嘆の声をあげた。

 

 

「ほぉ……これは素晴らしい。」

 

 

「あら、不破先生じゃないですか?」

 

 

「ん、どうも。……これはシスターが?」

 

 

「ええ、そうですよ。私の趣味なのです。学院長に無理言って学院の一角を許可頂いたので、こうしてガーデニングさせて貰ってます。」

 

 

シスターにそう言われると恭也は小さな庭園に目を向ける。そこには色とりどりの様々な花が咲いており、見る者の足を止める。

 

恭也には品種などはわからない。そのことを抜きにしてもその艶やかさは美由希が高町家でも育てている物よりも格段に上だとわかる。

 

 

「シスター、これはなんの花なんですか?」

 

 

「こちらから金盞花、チューベローズ、花蘇芳という花ですね。向こうには撫子や薔薇、秋桜といったものもありますよ。」

 

 

「見事なものですね。数種類の花をここまで綺麗に咲かせ、丁寧に整えるには根気がいるでしょうね。」

 

 

そういうと恭也は家に置いてある愛しの盆栽を思った。盆栽に何を思ったのか、その表情は憂いを帯びてなんとも言えない。そんな表情をしている恭也を余所にシスターがいた辺りからカメラのシャッターを切る音が連続で発っせられる。

 

ふと、顔を横に向けると何故か嬉々としてシャッターを切るシスターの姿があった。

 

カメラが捉えるのは恭也。シスターは恍惚とした表情をしていた。

 

 

「……あの、何をしてるのですか?」

 

 

「何をって……被写体の撮影?」

 

 

「そんな疑問されている顔されても私としては困るのですが……」

 

 

こうして写真を撮られることは珍しい恭也ではあるが、翠屋では桃子が隠し撮りをしている為に海鳴では高値で恭也の写真が売り買いされていることは恭也は知らない。

 

 

写真を撮られること自体は嫌いではない。けれど、本人の了解無しで撮られるのは気分としてはよくない。だから注意しようと思うのだが、こうまでして嬉しそうな顔をされたら注意する気も失せるというものだ。

 

 

「はぁ……まぁ、シスターがその写真をどう使うかは知りませんが変なことには使わないで下さいね。」

 

 

「……不破先生の言う変なこととはどんなことでしょうか?ぜひ、教えて欲しいです。」

 

 

そう言われると恭也は何も言えない。記憶の中にあるのは母や英国にいる幼なじみの母親、機械好きの同級生、ある寮の魔王とその後継者などにからからわれたりする自分の姿が思い返される。

そのことを素直に言うとなると同じようにからかわれたり、強迫されそうな気がする為に恭也は言葉を濁した。

 

 

「……いえ、私の思い違いですので、気にしないで下さい。」

 

 

本来ならば恭也の立場上、写真といった形残る物はいけないのだが盆栽のことを考えていた為に気を抜いてしまった。しかし、恭也から処分を申し出るのは些か危険過ぎる。まだ周囲のことが何もわかっていない状態で学院内に少しでも疑われるようなことは避けたい。

 

だからこの場では不信がられないような対応にならざるを得ない。

 

 

「む〜、そう言われると余計に気になってしまいます。どんなことを考えたのでしょう?」

 

 

「シスターが考えてるようなものではありませんよ。ただ実家にいる家族のことを思い出していただけです。」

 

 

恭也の言うことはあながち間違ってはいない。庭園を見て思い出していたのが、家族ではなく盆栽という違いだけ。しかし、恭也以外にそのことがわかるはずもなくシスターは罰の悪い顔をしている。

 

恭也はそんなシスターのの様子に気付かず、自身の時計を見ると寮に戻らなければいけない時間になっていた。

 

 

「さて、私はそろそろ行かないといけませんので。」

 

 

「そうですか……それは残念です。」

 

 

「私もです。それではまた。」

 

 

See you again!不破先生。」

 

 

そうして二人は別れる。

 

ただ恭也は気付かない。シスターの目がおもしろいおもちゃを見つけたように怪しく輝いたのは。

 

後に後悔する。

 

恭也は気付くことができなかった自らの愚かさに。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

恭也はシスターから離れて寮に向かうとこで空を仰ぎ、思いを馳せた。

 

 

(なのははしっかりと教えた通りに盆栽の世話をしているだろうか……美由希は何かしら言っていたからな。ふむ、この仕事終わるまで鍛練の量は毎日ギリギリにしとくか。)

 

 

なのはが最近になって盆栽の手入れを覚えるようになった。

 

なのはに言わせれば、大好きな兄の為と言うだろう。しかし、それ以上に自分の為であることは恭也以外は周知である。

 

恭也が言うには少しでも興味を持ってくれて嬉しいとだけ。他の面々はなのはまで老けていくとうなだれていたのが言っていた。

 

もちろん被害を被るのは美由希だけ。鍛練の量が増えたのは言うまでもない。

 

 

 

 

 

恭也はここで物思いにふけていてもしょうがないと足を学生寮へと向けて歩き出した。

 

その様子を屋上から見ている人物がいた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……あれが貴女の言う“黒翼の雷”か?」

 

 

「えぇ、そうです。あの娘も無事に私の代わりを務められたようですね。」

 

 

「しかし、あれが噂のとは遠目で見る限りはあまり思えんな。」

 

 

「遠目で見る限りはわからないでしょうね。確実に彼は戦う者です。今もこうして遠くからでないと私達のことがわかってしまいますからね。」

 

 

「……ああ、そうだな。ティナもなんとか貴女の代わりを務められてホッとした。」

 

 

「クスッ、ティナは本来なら私のような話し方はしませんから窮屈でしょうね。」

 

 

「よくバレないものだ。まだこちらの正体が掴まれていないことを考えても、ティナの性格から考えてもそろそろティナ自身の性格が出ても仕方ないからな。」

 

 

「そうですね。そろそろ交代しないといい加減、ティナの我慢が限界になりそうですから私はティナと交代します。が、貴女はどうします?“氷姫”。」

 

 

「ここにいてもしょうがない。寮に戻ることにする。それにそろそろ奴の企みがあるだろ?私は静観するとしよう。」

 

 

「貴女も意地が悪いですね。ま、私もこのことに関しては彼に任せていますし、私も同じように静観するとしましょう。」

 

 

そういうと二人は屋上から痕跡を残さず、後にする。

 

一人は身を隠すように。

 

一人は堂々と学院内を歩いて寮へと向かった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

恭也は寮の自室へと戻り、座禅を組みながら今後のことを考えていた。

 

今回の依頼の内容、相手の情報、狙う動機、黒幕、地形、もしもの為の逃走経路など様々だ。

 

なによりも相手への情報が少な過ぎる。ここまで少ないと対策も立てようがない。結果として後手に回ざるを得ない。

 

このような状況では近い内に被害が出てしまう。早急に信頼できる情報を得られるようにすべきと恭也は考える。

 

ならどうするか?一人で行うとなると無謀だ。なによりも一人で行うこと自体限界がある。それに恭也は情報収集という行為を専門的に行わない。必要とあれば行うが、今までにそういったことをほぼやってはいない。ほとんど情報を収集していたのはリスティであったからだ。

 

そこで恭也の頭に浮かび上がるのがリスティに言われた『穂村有里』という生徒のこと。リスティから聞いて容姿などは知ってはいるが、簡単に情報を教えるとはとても思えない。

こっちは相手を知ってはいる。しかし、向こうはこちらのことを知らない。ならいきなり情報を教えてくれと言っても無理だろう。むしろ、恭也や修史以外のガードに邪魔されかねない。

 

それならどうすればいい?

 

昼間に修史を迎えに行った際にすでに穂村有里という生徒には疑われている。恭也が敵なのではないかと。

 

その誤解が解けるのを待つのでは遅すぎる。ならば恭也から接触し、疑心を解かなければならない。しかし、いきなり部屋へ向かうにしては危険過ぎる。主に恭也が。

 

忘れてはならないのがここは超がつくほどのお嬢様学院。

 

もちろん学生寮の学生は女性しかいない。そこに恭也という男性が寮長という形で入るのだ。警戒されるのは当然。

 

ならどうすればいい?

 

目的は直接恭也が穂村有里に会って信用を得ること。

 

手段として考えられるのが修史を通して会うか、また撫子会を通して会うかの二択が最善ともいえるだろう。

まずは修史から当たってみるか。都合いいことに部屋は隣同士だ。もう挨拶も済ましているだろう。

 

なら部屋へと訪ねてみるべるきかと思い、立ち上がる。訪ねる際に寮を見回ることも出来るのも一石二鳥でもある。その際に装備を持っていくことも忘れない。

 

装備を整え、部屋を出ようかというところで聞こえた。

 

 

「きゃああああああっ!!」

 

 

悲鳴だ。それも春日崎雪乃の。

 

雪乃の部屋は二階の奥。

 

恭也の部屋からは遠い位置にある。けれども、近道なんてものはない。ならば、一直線に最短で向かう。

 

 

駆ける。

 

 

 

地を蹴る。

 

 

 

 

一歩でも早く駆け付けるために。

 

 

 

 

 

一秒でも近く護るために。

 

 

 

恭也が階段を駆け上がると同時に山田妙子としての修史が駆け降りてくる。

 

修史も切羽詰まる顔を見るとどうやら悲鳴を聞いて部屋から飛び出してきたらしい。

 

並走しながら恭也に尋ねる。

 

 

「……不破さん。やはり先程のは?」

 

 

「……ああ。春日崎さんの声だ。」

 

 

「くそっ。来てそうそうかよ。」

 

 

「襲撃する奴が合図なぞするものか。それと山田さん、言葉遣い。話してる時間が惜しい。急ぐぞ。」

 

 

「あ、はい。」

 

 

恭也はそういうと駆ける速度を上げる。並走していた修史も遅れまいとついていく。

 

そして、恭也は雪乃の部屋の扉を蹴破るかの勢いで開ける。

 

そこには顔に手を当て、視線の先にある物を恐れるように嫌がるように見て座り込んでいる雪乃の姿がいた。

 

すぐに恭也は周囲の気配を探すが、あるのはを恭也を含め三人だけ。

 

雪乃と今追い付いた修史だけだ。

 

着いた修史は叫ぶ。雪乃の身を案じるように。

 

 

「雪乃さまっ!!」

 

 

「……た、妙子……?!」

 

 

「大丈夫ですか!?お怪我はありませんか?」

 

 

「……ええ、怪我はないわ。」

 

 

「よかった……」

 

 

「山田さん。まだ安心しないで下さい。」

 

 

雪乃の言葉に安心する修史を嗜めるように恭也は告げる。

 

 

「あ、はい。」

 

 

「山田さんは春日崎さんの傍にいて下さい。」

 

 

修史はその言葉に身を引き締め、周囲を警戒する。

 

恭也は周囲を警戒しながら雪乃が先程視線を向けていたある物を一つ拾いあげる。

 

 

「……これは写真か?」

 

 

そう。写真だ。

 

ただそれが日常を撮ったものならば別に雪乃も悲鳴をあげないだろう。しかし、ここにばら撒かれているで写真はそうではない。

 

 

「……盗撮か。」

 

 

恭也が呟いた言葉がその写真の内容だった。遠目からではあるが、望遠で捉えている雪乃の授業風景や休み時間に他の学生と話している写真などはまだマシな方と言える。もっと酷いのだと入浴中や着替えの最中などもある。これでは雪乃じゃなくても悲鳴を上げるだろう。

 

外部の者である犯行とは考えにくい。恭也が来るまでもそれなりに警備は充実している。外部の者がそう簡単に入れるとは可能性としては低い。なら考えられるのは内部の手引き。

しかし、内部の犯行だとしてもなぜこの写真を送りつけた理由がわからない。相手に恐怖を抱かせるとうことであるならば有効と云える。殺すことを前提に考えるのならばこの写真は非効率だ。それとも脅迫状に書いてあるようにこれもゲームの一環なのかと恭也は考えを頭の中で巡らせる。

 

そこへ自分達が来た方向から新たな気配が近付いてくる。

 

恭也と修史は視線だけを扉へと向け、身構える。そこへ扉が開かれる。

 

 

バンッ!!!!

 

 

開かれた扉にいたのは緑色の髪を腰までなびかせた生徒の姿がいた。

 

 

 

 

第七話 「信結」 へ続く

 

 

 

 


 あとがき

 

よしっ!!

時雨「じゃない!!」

ぶふぉ……いきなりなにするんですか。

時雨「なにって年末まで投稿するSSが予定と違うじゃない。」

それはあれだ。思ったより仕上がらなかったのが原因だな。

時雨「バカーーーーーーーー!!」

がぁ、予定がずれただけじゃないか……ほら、予定は未定だというだろう。

時雨「あんたがその言葉を使うな、使ったらミノムシサンドバックだからね。」

うう、それだけはイヤだ。

時雨「あ、いじけた。……今回は本編で描かれていない有里での視点と恭也の学園初日のイベントを絡めてみました。とりあえず次回予定として有里との話し合いと新キャラ登場予定となっております。ですが、書いているのが駄目な作者なので過度の期待は禁物ですのでご注意ください。それでは失礼致します、美姫お姉さま。お姉さまに迷惑掛けないようにしなさいよ、浩。」




迷惑って……。俺の扱いが。
美姫 「いつもの事よね」
オーノー!
美姫 「今回は学園初日の恭也と有里サイドね」
ああ。送られてきた盗撮写真。
美姫 「恭也に妙子はどう動いていくのかしら」
次回も待っています。
美姫 「待ってますね〜」



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