「ば、化け物だ!」
その声が投げかけられた時、綾の肩が震えるのを、那美は確かに見た。そして伝わってきた彼女の深い悲しみ。
那美にもそれは覚えのあるものだった・・・・人々の前で霊症を収めた時、発せられた、恐怖に満ちた声。
『人では対処出来ない現象とそれを収められる力・・・・人にとってはどちらも同じ物に見えるものだ。』
俯いている綾を見ながら、那美はかって祖母から言われた事を思い出していた。
だが、何も好き好んで力を得たわけではないのに、那美は時にそんな思いに囚われる事がある。
その力を受け継ぐ家系に生まれた故に、その力を得る事になり、得た故にその力を行使する事を義務付けられる。
私達はその力を得た時点で、人生が決められてしまったのだ。そう、一生その力の為に生きる事を強いられるのだ。
しかし力の無い者はそんな事が分からない、いや分かろうともせず、私達を忌み嫌う。自分達が力を持たない故に・・・・
もちろん全ての人がそうではないが、心無い言葉は例え一言でも那美には辛かった。
ぶぅぉ・・・・
だが次の瞬間、那美は傍らから吹き寄せてきた殺気に身体が硬直する思いを味わう事になる。
その殺気の主は、恭也だった。しかし彼から感じる殺気は、那美が今まで感じた事の無いものだった。
「ひ、ひぃぃ・・・・」
那美すら硬直させられた殺気を、真正面からまともに浴びせられた男達は、今度こそ本当に腰を抜かしていた。
ゆら・・・
幽鬼のように男達に接近する恭也、全身から湧き出る凄まじい気に、那美は言葉を掛けられない。
本当に怒っている・・・・那美にはそれがよく分かったからだ。
そう恭也はその時、かつてないほどの怒りに身を震わせていた。しかしそれは連中の言葉に対してだけでは無かった。
男達の心無い言葉に、綾が悲しみに囚われたのを恭也も気付いた、それと共に自分が抱いた思いにも。
そう恭也もまた綾の力に一瞬とはいえ、”恐怖”を抱いたのだ。それを自覚したとたん強い怒りを感じた。
そんな感情を綾に対して持ってしまった自分に、守ると誓った相手を守れなかった事に。
だから男達に向けられた怒りはまた、自分に向けられたものでもあったのだ。
「貴様らにそんな事を言う資格ない!!」
鋭い口調で言う恭也、何も手に持っていないのに、男達は今にも自分達が刀で斬り殺される恐怖を感じていた。
恭也が『小太刀二刀・御神流』の使い手だと知らない筈なのにだ。それだけ凄まじい殺気だったのだ。
じりじりと迫る恭也、男達はもはや声すら出せず、金魚のように口をぱくぱくさせるだけである。
そのままでは恭也は本当に男達を斬っていたかもしれない、だがそんな彼を止めたのは・・・・・
「高町様・・・私は気にしてはいませんから。」
何時の間にか恭也の傍らに立ち、穏やかに声で諫める綾だった。その表情にさっきの悲しみは残ってはいないように見えた。
「・・・・そうか。」
恭也から急速に殺気が消えてゆく。とはいえ怒りが完全に消えたわけではないのだが。
その証拠に男達に掛ける恭也の声は恐ろしいほど静かだった、怒りを無理やり押さえ込んでいるかのように・・・・
「彼女に感謝するんだな、さっさと消えろ。そして俺の前に二度と現れるな。」
「わ、わわわ・・・・ひいい!!」
先程の『妖』から逃げる時よりも速いスピードで、その場から逃走する男達。それを冷たく見ている恭也。
そんな彼らを見ながら那美は、連中この街にはもう居られないなあと思った。まあ、そう思うのも無理は無い。
恭也が本気で怒ったとしたら、ヤクザさえもこの街から逃げ出す選択をするくらいなのだ。
「・・・ありがとうございました高町様。」
そう言って頭を下げる綾、その何時もと変わらない穏やかな態度と口調に、恭也は居たたまれない思いになる。
多分彼女は力を持った故の悲しみを、そういった物で覆い隠して生きてきたのだろう。決して誰にも気付かせないように。
「いや・・・気にしないでくれ、それに俺は感謝されるような人間じゃない。」
自戒を込めて恭也は言う。そう、彼女にあの男達と同じような感情を抱き、彼女の真の姿を理解出来なかったのだから。
「そんな事ありませんよ、私、いえ私達の為に高町様はお怒りになって下さいました。」
綾はそう言って那美を見ると、彼女も肯いて恭也を見る、目に感謝の意を込めながら。
「だから自分をお責めにならないで下さい、高町様はお優しすぎます。」
「俺は優しくなんか無い・・・・」
そんな恭也の言葉を綾は遮るように微笑んで言う。
「それ以上は・・・・言わないで下さい、私も高町様の真の姿を知れば・・・だからこれは仕方の無い事なのです。」
自分の真の姿、御神流の剣士。相手を確実に葬れる力の事を綾は言っているのだろう、それを見れば自分も同じ思いを抱くと。
人を守る為に振るう力も、持たない者からすれば、人を傷つける力とやはり変わらなく見えてしまう、それは恭也にもよく分かる。
「それは力を持った者には避けられない宿命なのでしょう、それはとても悲しいことだと思います。」
綾の言葉が静かに流れてゆく。それはまるで自分に言い聞かしているようにも見える。
「それでも高町様も神咲さんも、そして私も守りたい物の為に使うのなら躊躇わないでしょう。」
恭也も那美も何も言わず綾の言葉を黙って聞いている。
「ですからその力を振るうのに相応しい自分で常にありたいのです。」
それは恭也も那美も同じ気持ちだった。自分の力に押しつぶされる事無く、誇りを持って力を行使できるように振舞う。
「それが神城さんの強さというわけか。」
恭也の言葉に綾は、何時ものような達観した表情ではなく、恥ずかしそうな表情を初めて浮かべて見せたのだった。
その後、綾は封印された『妖』を、『封印石』に収め、簡単な御祓いを行った。
「これで暫くは封印は保たれます、一時的ですが。」
本格的な御祓いの儀式は、『封印石』をI県の神社まで持っていって行わなければならないらしい。
とりあえず『封印石』の運び出しは後日行う事になり、それまでは警察によって、丘一帯は封鎖された。
警備は厳重に行われるとの事なので、あのような不心得な者が侵入する事は無いだろう。
こうして海鳴における『妖』事件は決着を見たのだった。
恭也は綾と那美を神社まで送っていった。
「本日は本当にありがとうございました高町様。」
綾は深々と頭を下げ、礼を言ってきた。
「何度も言うようだが、礼をされる程の事はしてないぞ。」
律儀な綾に苦笑しながら恭也は答える。
「そんな事はありませんよ・・・とても助けられました。」
「・・・分かった、礼は謹んで受け取ろう。」
頑なに礼を言う綾に、恭也は折れる。そうでもしないと何時までも押し問答が続きそうだったからだ。
「それじゃ那美さんもお疲れでした。」
「はい恭也もお疲れ様でした。」
那美にも挨拶をし、恭也は帰路についたのだった。ちなみに時間は11時を過ぎていた。
当然半日以上何の連絡もせず、家を開けていた恭也は帰った途端、桃子、美由希、なのは、に詰問された。
しかし恭也は詳しい話は翌日すると宣言して、その場では説明しなかった。
何しろ込み入った話(『妖』の一件)なので、誤解の無いように説明するつもりだったのだが、それがいけなかった。
その時に多少でも事情を説明しておくべきだったのだが、恭也がそれに気付いたのは全てが手遅れになった後だった。
翌日夕方・翠屋店内
店長である桃子は、ぼーとした表情で厨房から店内を見ていた。時間は夕方、学生達が多く訪れ、店は忙しい時間帯だった。
「しかし、恭也が何の連絡も無しに、夜ほっつき歩くなんてね・・・・」
昨日の事を思い出し桃子は呟く。根が真面目な恭也は何か有れば連絡くらい寄越すのが普通なのだが。
ちなみにその恭也はまだ来ていない、昨日の説明を翠屋に来てする予定なのだが、まだ学校から帰ってこない。
先に来ていた忍や美由希達の話では、帰り際に教師に捕まったらしいとの事だった。どうやら用事を頼まれたらしい。
カラン・・・
「いらっしゃいませ、お一人様ですか・・・」
扉が開き、ウェイトレスが出迎える声が掛けられたが、それが尻すぼみに消える。桃子は怪訝に思ってそちらを見る。
「・・・・ほう。」
入ってきたお客を見て桃子は思わず感嘆に満ちた声を上げる。それほど美しい少女だったのだ、同性すら見とれる程の。
黒い艶やかな黒髪を腰まで伸ばし、背筋をびしっとして歩くその少女、顔立ちも清楚で、にこやかな笑みを浮かべている。
年は美由希と変わらないくらいのようだが、はるかにしっかりして見える。その姿は正に大和撫子という言葉がぴったりと合う。
今だあんな娘が居るのかと桃子は驚く、翠屋に来る少女達とはまるで別の存在に思える。
「はいそうです、お願いいたします。」
話し方まで丁寧な口調だった。その声に呆けていたウェイトレスは我に返ると、慌てて彼女を窓際の席に案内する。
「は、はいこちらへどうぞ。」
少女の歩き方もしゃんとしており、率が無い。その姿にウェイトレスだけでなく他のお客まで見とれる。
「それでは注文がお決まりしましたらお呼び下さい。」
席に着いた少女にお冷とメニューを置き、ウェイトレスが下がろうとする。
「あの申し訳ありませんが、お聞きしたい事があるのですが?」
下がろうとしたウェイトレスに、その少女が声を掛けてくる。
「はいなんでしょうか?」
「こちらに高町恭也様がいらっしゃると聞いて来たのですが?」
その言葉に翠屋の店内に居た人々は一瞬のうちに固まった、もちろん桃子や忍、美由希を含めて。
「少々遅れたか。」
早足で道を歩きながら恭也は時計を見て呟く。帰り際に教師に用事を頼まれ、帰りが遅れてしまったのだ。
「また、かーさんが文句言いそうだな。」
苦笑しながら翠屋の前に着いた恭也は扉を開けて、店内に入る。
「恭也!!あんた何をやったの!?」
店内に入ったとたん恭也はそんな声を上げた桃子に捕まってしまう。
「何をって、一体何の事だ?かーさん。」
妙にテンションの高い桃子に恭也は引き気味だ。
「何の事って、兎に角こっちに来なさい。」
桃子に引っ張られ客席の方に連れて行かれた恭也はそこに見知った顔があるのに気付く。それも昨日知り合ったばかりの。
「神城さん?」
そう、あの『封印の巫女』、神城綾だった。彼女は恭也を見ると、立ち上がり、微笑みながら挨拶する。
「その節は大変お世話になりました高町様。」
「ああそれはご丁寧に。まあ座ってくれ。」
綾の挨拶に答え、恭也は彼女に座るよう促して、自分も手前の席に座る。
「それで今日は何かあったのか?」
「いえ、後処理が終わったので今日帰る事になりまして、でその前にご挨拶をと思いまして。」
「そうか・・・って、かーさんそこで何やっているんだ?」
二人の会話をちらちら見ている桃子に恭也が気付く、いや彼女だけでなく忍と美由希も同様だったが。
「いえねえ、お前を”様”と呼ぶ女性が来たから母親として気になってね。」
「い、妹としても・・・」
「友人として・・・」
三人はそう言って顔を見合わせる。実は三人以外にも店内に居る全ての人々が二人の動向に注意を払っていたのだが。
「高町様には私の役目を遂行するのを助けて頂いたのです、改めてお礼申し上げますわ高町様。」
「何度も言うようだが、俺は大した事はしてないのだがな。」
「相変わらず謙虚な方ですわ高町様は。そこが良いのでしょうけど。」
二人の間に流れる何とも言えない雰囲気に、見ている3人は口を挟めなかった。
「ふーん良い雰囲気じゃないの恭也・・・ああ士郎さん、あの子にもとうとう春が。」
「恭ちゃん、その娘は一体誰なの?ああそんなに楽しそうに。」
「うーんこの女、私の恭也とどんな関係なのかしら、調査する必要があるわね。」
そんな3人の思いなど、どこ吹く風のように、恭也と綾は談笑を続けていった。
「それでは私はこれで失礼いたします。本当にお世話になりました。」
やがて綾はそう言うと立ち上がり深々と頭を下げて言う。
「ああ神城さんもな、ところでこの後直ぐに帰るのか?」
恭也も立ち上がりながら聞く。
「はい、これから神社に荷物を取りに戻ってから、神咲さんと一緒に駅まで行きます。」
それを聞いた恭也は暫し考えてから綾に言う。
「それだったら俺も付き合おう、構わないだろう?」
「はいそれは構いませんが、宜しいのですか?」
恭也の提案に綾は、こちらの様子を伺っている3人(笑)を見ながら聞いてくる。
「かーさん、ちょっと出てくるが構わないか?」
「ええ行ってらっしゃい、ちゃんとお送りするのよ。」
桃子は喜色満面で答える、恭也は何となく引っかかるものがあったが、あえて聞かなかった。
「忍、美由希も悪いな、話が有るなら後でな。」
「う、うん分かったよ恭ちゃん(後で聞かせてもらうからね)。」
「しょうがないわね(後で事情聴取ね恭也)。」
この二人の何か含んだ言い方にも恭也は引っかるものを感じたが、詮索はしない事にした。
「それでは皆様お騒がせいたしました、ごきげんよう。」
優美にお辞儀をしながら挨拶する綾に、彼女を警戒する忍と美由希他女性陣も一瞬見惚れてしまう。
「それじゃ行ってくる。」
そして扉を開け二人は出てゆく。後には何か喜びに震える者と、敗北感(?)に震える者達が残った。
「そう言えば事件の事なんだが、報道はされないのか?」
翠屋を出て神社に向かう道すがら恭也は、ふと疑問に思った事を聞く。新聞でもテレビでも昨日の事は一切触れられていなかった。
「はい、事件の内容が内容ですので抑えられています。無用な混乱を起こさない為にも。」
綾曰く、事件の多発する桜木市ならいざ知らず、今まで事件の無かった海鳴市では避けた方が無難と判断したのだという。
「そうか・・・・」
二人は以後その件には触れず神社に向かい、那美と合流し、海鳴駅へ向かった。
海鳴駅・ホーム
列車に乗り込んだ綾は改めて恭也と那美に頭を下げる。
「今回はありがとうございました神咲様、高町様。」
「こちらこそ助かりました神城さん。」
「役に立てたなら光栄だな。」
恭也と那美はホームに並んで立ちながら答える。ちなみに先程から周りの人々がちらちら見ている。
それに気付いた綾が、恭也と那美を見ながら感心したように言う。
「それにしてもお二方とも人目を引くほどお似合いなのですね。」
「え・・・・?」
那美はその言葉に真っ赤になる。好きな人とお似合いと言われれば嬉しくない女性は居ないだろう。
ただし注目を引いていたのは実は綾と恭也の組み合わせの方だったのだが、舞い上がった那美は気付かなかった。
確かに美男美女の組み合わせ、雰囲気も近いものを持つ二人は、ある意味理想のカップルに見えるのだろう。
「俺じゃ那美さんとは釣り合わないな。むしろ二人が注目されているだろう。」
もっとも綾も恭也もその事には気付いていないようで、この二人こういう面は良く似ている。
微妙にすれ違ったまま(3人とも気付いていない)列車は発車時刻を迎える。
「それではもし桜木に来られる事がありましたらぜひお寄り下さい、ではごきげんよう。」
お辞儀をする綾の前でドアが閉められ、列車はゆっくりと動き出す。
恭也は綾が顔を上げると肯いて見せる。それに微笑み返す彼女、列車は加速しホームを離れていく。
「行ったか・・・また会えるかな彼女と・・・・」
「・・・え、何か言いましたか恭也さん?」
思わず零した恭也の言葉を幸いな事に那美は聞いていなかったようだった。
「いや何でもない、それじゃ帰ろうか那美さん。」
「はい、恭也さん。」
先程お似合いと言われ浮かれている那美、知らない事は幸せという事だろうか。顔を赤くしながら一緒に帰路に着く。
だが「知らない事は幸せ」というのは実は恭也にも当てはまる。
何故なら、これから戻る翠屋では、忍や美由希以外に、綾の事を聞きつけた女性陣が集結し彼の事を待ち構えているのだから。
激しい追及の嵐は、翠屋の営業時間終了まで続けられた。
こうして海鳴で巫女と剣士は運命の出会いを遂げた。しかしその出会いが、後に何をもたらすかを、二人は知る由も無い。
物語は始まったばかりだなのだから・・・・
終劇
あとがき
何とか書き上げられました、h.hiroyukiです。しかしクロス作品というのはしんどいですね。
その作品のイメージを壊さないようにしないといけませんし、まあもう一方の方は自分の作品なので楽でしたが。
浩さんは多数のクロス作品を、お書きになってますが、その辺のご苦労はどんなものがあるのでしょうか?
プレッシャーにもめげずがんばって下さい。(プレッシャーが何かはあえて言及しませんが(笑))
次ですが、「僕は・・・」か「海鳴の・・」の番外編(某お嬢様学校の仏像娘(笑)とのクロス)とかを予定しております。
気長に待って頂けると嬉しいです。
それではご機嫌よう。
お疲れさま〜。
美姫 「お疲れ様です〜」
出たな、プレッシャーの元凶め。
美姫 「どういう事よ」
…べつに〜。
美姫 「何かむかつくわね」
ふっふ〜ん。……って、剣はやめろ、剣は!
美姫 「ちっ。後で覚えてなさいよ」
……え、えっと、えっと。あ、そうそう。お疲れさまでした〜。
美姫 「それはもう言ったって」
う、うぅぅぅ。だって、頭の中が真っ白になって…。
美姫 「はいはい。面白い作品をありがとうございます」
番外編も楽しみにしてます。
美姫 「それでは」
ではでは。
美姫 「さ〜て、浩〜」
あ、あははは。ど、どうしたのかな、そんな怖い顔して…。
美姫 「ふふふ。どうしたのかしらね」
は…ハハハ……。
美姫 「た〜〜っぷりと、ね」
い、いや〜〜〜〜! だ、誰か、た〜〜す〜〜け〜〜て〜〜!