暗闇に光が走る。
ギェェェェ!!
人の声とは思えない絶叫が響く。そして再び走る光と絶叫。
だが暫くするとそれらは嘘の様に消える。
そして闇から飛び出てくる人影。
「・・・・逃げられましたか。」
隠れていた月明かりが、その人影を照らすと、そこに現れたのは一人の少女。
だが服装が変わっている・・・赤い袴と袂のある白衣、巫女服を身に付けていたのだ。
しかも片手には刀を持っている。それは彼女が唯の巫女でないことを示している。
(私の術ではたいしたダメージを与えらなかった・・・・あれはもしかして?)
何事か考えていた少女は刀を鞘に戻すと、深い溜息を付く。
(取り合えず本家に連絡して、対応を決めないと・・・・厄介なことになる。)
巫女服の少女、神咲那美は前方の闇を睨むと、元来た道を戻り始める。
そんな那美を何処からとも無く見つめる、人間ではないものの目。
やがて月明かりが消え、場は再び闇に閉ざされる。
海鳴の巫女 No.01「剣士、巫女と出会う。」
数日後・・・海鳴駅前ロータリー
神咲那美は、ある人物を迎える為にここに来ていた。
「・・・それにしても名前しか教えてくれないんだから。」
ロータリーを見渡せる場所に立ちながら那美はぼやいた。
前日の夜に突然本家から、「今回の件で協力を頼んだ人間が海鳴へ来るので、迎えに行くように。」と連絡があったのだ。
しかし教えられたのは名前のみ、容姿はおろか年齢すら告げられず、ただ一言「会えば分かる。」だけなのだ。
「そんなことだけで分かるわけないと思うんだけど。」
そう言って溜息を付く那美だが、直後それが有ると言う事を知るのだった。
それより少し前の駅ホーム。入線してきた電車のドアが開き、降りてくる乗客達。何時もと変わらない風景だったのだが・・・・
ある乗客の出現が何時もの風景を変えてしまった、そうたった一人の少女によって。
電車を降りたその少女は、案内板の前まで行くとメモらしきものを取り出し、表示と突き合せ始める。
ただそんなありきたりの動作なのに、周りの乗客どころか駅員達まで、その少女に目を奪われていた。
もっとも少女はそんな事など気付かないようで、メモと表示の照合を終えると、階段へ歩いてゆく。
その歩く姿も気品が感じられ、人々は少女の姿が見えなくなるまで、いや見えなくなっても動けなかった。
「もうそろそろ出てくるかな?」
時計を見上げて那美は呟く。正確な電車のダイヤは聞いていなかったが、大体の到着時間は事前に知らされていた。
とはいえ名前しか分からないのでは探しようがない、那美は取り合えず改札口から出てくる人をよく見ようと目を凝らし・・・・
出た来たある人物に視線を奪われてしまった。何故かは那美にも分からない、自然と視線が引き付けられてしまったのだ。
いや目を奪われたのは那美だけではなかった、周りの通行人も、男女の区別無く、その人物に視線を向けている。
その人物とは、ホームで人々の視線を集めていたあの少女だったのだ。
「綺麗な人だな・・・・・」
年恰好は那美と変わらないようだが、腰まで伸びた黒髪に、整った顔立ちは清楚な雰囲気を醸し出していた。
唐突に那美は、「会えば分かる。」と言われた意味をその少女の姿を見て理解した。つまり彼女が件の人物なわけだ。
改札口を出て周りを見渡している少女に、那美は近づいて行きながら、彼女が待ち人であると確信を深めてゆく。
彼女から自分とは異質な、それでいて近しい力を感じてきたからだ。それに彼女が肩に掛けているもの。
それから漏れ出てくる波動は、那美にしか分からない類の波動であり、それだけでも彼女が他人と違うと分かる。
「すいません、神城綾さんですか?」
声を掛けられた少女が、那美の方を振り向く。
「はいそうですが、貴方は?」
「お迎えにあがりました神咲那美です。」
それを聞くと少女、神城綾はほっとした表情を浮かべ、微笑む。
「わざわざありがとうございます神咲さん。」
「いえたいしたことじゃありませんから、それではこちらへ。」
笑うと年相応に可愛い人だな・・・そんな事を思いながら那美は綾を神社に案内しようと歩き始めたのだが・・・・
彼女達の前に4,5人の男達が立ちふさがる。横へ抜けようとするが、彼らはそれを妨害するように動く。
そして何時の間にか二人は男達に囲まれてしまっていた、那美の表情が曇る。
その日、高町恭也は注文していた雑誌を受け取る為、駅前の本屋に来ていた。ちなみに雑誌の名は「月刊盆栽の友」。
恭也らしいといえばそうなのだが、それを聞いた時の、皆が示した反応については、言うまでもないだろう。
さすがは「枯れている」とか「若年寄」と言われるだけはある、もっとも一番多く言われるのが「鈍感」なのだが。
実は恭也と一緒に出かけようとして、美由希や遊びに来ていた忍達が争っていたのだが、付き合いきれないと一人で来た。
後が怖いと思うのだが、雑誌を手に入れる方に気を取られている恭也は気付かない。
「だから私達は予定があるって言っているじゃないですか。」
聞き慣れた声に恭也は顔を向けると、4,5人の男達に囲まれた2人の少女の姿が目に入る。
「那美さん?」
自分や美由希の後輩に当たる少女は、後ろにいるもう一人の少女を庇いながら、男達と対峙している。
ナンパなどこの辺では別に珍しくはない。恭也も普通だったら気にも留めないが、ナンパされているのが知り合いとなれば別だ。
まして那美は巫女であり、男などと遊びに行くような事をする少女ではないのは恭也もよく知っている。
それに男達も大人数で女性を囲んで脅かすようにしているのも、気に入らない。恭也は静かに後方へ接近する。
「そんなこと言わないでさあ、静かで良い所知ってるから行こうぜ。」
「そうそう、皆で楽しもうぜ。」
下心を隠さずというかそのもので那美達に迫る男達。例え彼女達が断っても強引に連れて行くだろうと恭也は確信する。
「何度も申し上げた通り、ご一緒出来ません。お引き取り願いたいのですが。」
面識は無いが那美さんの知り合いらしい少女が、丁寧な口調だが断固とした態度で断ろうとしている。
だが男達はそんな那美さんとその少女の言葉など意に返した様子も無い。そうとう頭の悪い連中らしい。
「それじゃ行こうぜ・・・・楽しませてやるぜ。」
卑下た笑いを浮かべ一人の男の手が、那美さんの知り合いの少女に伸びる。彼女は身体をビッと震わせて逃げようとするが。
「へへへ逃がさないぜ。」
後ろに居た男に肩を掴まれ動けなくなる。それに気付いた那美さんが何か言う前に腕を掴まれ、小さな悲鳴をあげる。
もう我慢の限界だな、恭也はそう思うとまず那美さんの腕を掴んでいる男の手首を捻り上げる。
「その辺にしておくんだなお前達。」
「て、手前何しやがる!」
手首を捻られた男が悪態を付くが、構わず男を那美さんから引き離し、自分の後方に庇う。
「お前達こそ何をしている・・・彼女達が迷惑しているじゃないか。」
突然現れた恭也に男達が色めき立つ。
「お前には関係ねえ!引っ込んでろ。」
「そうはいかん。彼女達は俺の知り合いだ・・・狼藉は許せんな。」
いきり立つ男達を睨みつけながら恭也は言い放つ。
「さっさとその子を離して、別の相手を探すんだな。」
恭也としてはこれで引いてくれればと思ったのだが、残念ながら連中にはそんな知恵は無かったらしい。
「出来るもんならやってみな!」
「そうだぜ、怪我しないうちに後ろの女を置いて、手前こそどっか行くんだな!」
どうやら少々痛い目に遭わないと分からないらしい、恭也は溜息を付くと、那美に下がる様に促すと・・・
ダン!
目にも止まらないスピードで突っ込むと、少女を押さえつけていた男の顔面に掌底を食らわし、のけぞった隙に彼女を引き離す。
「那美さん!」
その少女を那美さんの方に向かわせ、恭也は彼女達の前面に立つ。
「この野郎!!」
突っ込んできた男を軽くかわし、腹に一発食らわすと、白目を剥いて後方にぶっ倒れる。
「!!」
動揺する男達。恭也は彼らを睨みつけながら、警告する。
「これ以上やるというのなら・・・・覚悟して掛かって来い。」
恭也の発する殺気に男達は腰砕けになる。
「お、覚えていろ!」
芸の無いワンパターンなセリフを残し、男達は逃げてゆく。それを見送り恭也は那美達の元に行く。
「恭也さん助かりました。」
ショックのせいか座り込んでしまった少女を介抱していた那美はそう言って恭也を見る。
「ああ大事無くてよかった・・・君は大丈夫か?」
恭也は那美の礼に頷いて答えると、腰を落とし、座り込んでいる少女の顔を覗き込む・・・・
その時になって初めて恭也は、その少女が緑色の神秘的な瞳をしている事に気付く。
しばしその神秘的な瞳に魅入られたように恭也は、少女を見つめる。
「・・・?あの・・・もう大丈夫ですので・・・・」
少女の躊躇いがちな声に、恭也は我に返る。
「あ・・・悪かった・・・立てるか?」
少女に手を貸して立たせる恭也、その顔は無粋に見つめてしまった事を恥じて赤くなっている。
恭也の手で何とか立ち上がった少女は、そんな恭也を不思議そうに見ていたが、取り合えず姿勢を正すと礼を述べてくる。
「このたびは危ないところを助けて頂き、お礼の言葉もありません。本当にありがとうございました。」
丁寧な言葉遣いとお辞儀をする少女に、恭也は好感を持った。
「別に気にしなくてもいいさ、こっちが勝手にやった事だしな。」
何でもないといった風に手を振って答える恭也。
「いえそんなことありません・・・・あの失礼でなければお名前をお聞かせ下さい。」
恭也の言葉に微笑を返しながら、少女が質問してくる。
「高町恭也だ。」
「恭也さんは私の通う学校の先輩の方で、とてもお強いんですよ。」
那美は恭也の言葉を引き取って紹介する。
「それほどでもないさ・・・それで君は?」
那美の紹介に照れた表情を浮かべながら、恭也は質問する。
「これは失礼しました・・・私は神城綾と申します。」
「神城さんはI県の桜木市で巫女をおやりになっている方なんです。」
今度は神城綾の紹介を補足する那美。
「巫女を?・・・・なるほど。」
神城綾が巫女と聞いて、恭也は彼女の振る舞いに何ともいえない優美さがある理由を納得した。
前に恭也は、那美にも同じようなものを感じ、どうしたらそうなるのか聞いてみた事があった。
那美によれば、巫女は神前で舞を奉納したりする関係上、その振る舞いには普段から気を使うらしい。
もっとも那美の場合、時々やるドジが全てを台無しにしている点があるのは否めないが。
「・・・・恭也さん何を考えているんですか?」
そんな事を考えていたら恭也は、那美に睨まれてしまった・・・・不埒な(?)考えは巫女には即バレるらしい。
「どうせ私はドジですよ、神城さんみたいにはなれませんよ。」
いじけて座り込んだ那美に、恭也は困った表情を浮かべるが、彼に気の利いた言葉など言える筈も無い。
「そんなことありませんよ神咲さん・・・それに高町さんは貴方の舞を是非見たいと思ってますよ。」
そんな恭也に代わって、綾が那美に言葉を掛ける。そして恭也を見て何か言うように促してくる。
「ああそうだな那美さん、今度見せてくれるかな?」
「もちろんですよ恭也さん!絶対見てくださいね。」
恭也の言葉に那美は、いじけていたのが嘘のように機嫌を直すと、感激して恭也の手を握ってくる。
「あ、あの那美さん・・・手を離してくれると嬉しいんだが。」
「ご、ごめんなさい恭也さん。」
指摘され真っ赤になって手を離す那美、恭也も照れてそっぽを向くが、顔の赤さは隠せない。
そんな二人を微笑ましく見ている綾に気付く恭也。向けられた視線に気付き、彼女は軽く頷いてみせる。
どうやら思った以上に聡明な女性であるらしい。恭也はそんな綾にますます好感を感じるのだった。
海鳴の地で、剣士と巫女が出会う・・・・・それが二人をどこへ導いていくのか・・・・・この時点で2人に分かろう筈もなかった。
あとがき
ごきげんよう皆様(笑)、今回も懲りずに無謀な作品を書いてしまったh.hiroyukiです。
今回「とらハ」とクロスさせた作品は、私のHPで公開中のものを元にした話です。
ただその小説の方は特殊な設定があるのですが、 クロスさせる際にそれは排除しました(内容的に好き嫌いが分かれると思ったもので)。
よってキャラの名前や設定は同じでも、まったく別のものになってます。要はパラレルワールドなものとご理解下さい。
それから巫女や「とらハ」の設定については、こちらでの独自のものにしておりますので、突っ込みはご遠慮願います。
というか突っ込まれても、答えようが無いので(泣)。
唐突に始まったこのシリーズ、どう展開するかは作者にも分からないですが、お付き合い頂ければ嬉しいです。
それでは皆さんごきげんよう。
戦う巫女さん!
美姫 「新連載〜」
巫女さん!
美姫 「海鳴で出会った巫女と剣士」
巫女さん!
美姫 「これからどんな物語になるのかしら」
巫女さん!
美姫 「元の設定は排除されたという事は、綾は…」
巫女さん!
美姫 「うるさいわね、さっきから」
あ、あはははは〜。まあまあ。
美姫 「全く、呆れてものが言えないわよ」
ちょっとした冗談だ、冗談。
兎も角、遂に始まった新連載。
早速ですが、次回も楽しみにしております。
美姫 「あ、こら、何一人でまとめてるのよ」
あはははは〜。早い者勝ちだ。
ではでは。
美姫 「この馬鹿ー!」