『漂流道場』




 道場の戸に手を掛け、そして息を潜めて中を窺う。
 時刻は早朝六時。こんな時間に我が家の道場を使用する人間といえば、俺か妹の美由希くらいなものだ。他にも武道に身を置いている者はいるが、そちらの線は考えにくい。
 と、なると。



「……っと…………でタイガ……」
「ええい、さかしいわ、このロリブルマ! それと、師匠って呼んでくれる約束だったでしょうが!」
「…………尊敬……ない…………タイガーで……」
「タイガーって言うなぁぁぁ!」



 中にある二つの気配と声は、一体誰のものなのか。
 まさか道場破り? ……いや、それはないだろう。うちの流派は看板を出しているわけではないのだから、そんな楽しいものは来ない筈だ。それに、玄関を通って我が高町家の敷地に踏み込まなければ道場に入れない以上、勝手に道場に居座っていれば犯罪だ。そんな気合の入った道場破りはそうそういまい。
 しかし、だとして。正真正銘の犯罪者の可能性も少ないだろう。物盗りであれば道場に入るとは思えないし、仮に暫らく潜伏して住人が外出した後に本宅を狙う算段だとしたら、外にまで聞こえるような声で話をするわけがない。一人は声量を落としているようだが、もう一人は全く気にしている様子が感じられない声を上げている。……というより、雄叫んでいるのだ。
 会話の内容を正確に(片方ははっきりと聞こえるが)聞き取る為に、そっと僅かに戸を引く。そして、見付かるリスクを考え、姿を確認することまではせず聞き耳だけを立てる。



「うう……大声出したらお腹減った。虎も食わねば糸楊枝、今日ほどこの竹刀が竹輪じゃないことを恨めしく思った日はないわ」
「いやよ、そんなデカいちくわ。どうせならもっと気の利いたもので考えれば?」
「しなちく?」
「もっとイヤ」
「じゃあ、カニかまか! カニかまの赤い表皮だけを食すと申すか、このブルジョワめ!」
「カニかま、ブルジョワじゃないし。色どうでもいいし。あんなのどこかの金ぴかじゃなくたって贋作、偽物って見下すわよ。てゆーか、わたしと比べれば月とスッポン、金箔とバーミキュライトくらいの差があるとはいえ、タイガだってお嬢様なのに発想が貧困すぎない? カニかまはないでしょ、カニかまは」
「う〜ん、カニかま好きの読者さんを敵に回す発言だけども、私がお嬢様ってところには一理あり。じゃ、ラーメ○バーで」
「……もういい。タイガの頭の中身は、生まれも育ちも関係ないんだった」
「うむ、身分や境遇に左右されないアイデンティティー。それって大事よね〜」



「――――、さて」

 考えても答えの出ない疑問を晴らすには、結局のところ、中を確認するしかないわけだ。

「ふぅ……」

 殺気のようなものは感じないことを再度確認し、それでも万が一の事態に対処出来るように呼吸を整える。この軽く眩暈のする超次元会話の主達が敵性人物とは思えないが、もしもの場合は一対二。最大限の警戒はしておいて然るべきだろう。美由希を呼んできてもいいが、その間に機を逸する可能性もあるのでそれは棄却。単独で事に当たるしかない。
 虚を突くように、一気に引戸を開け放ち、そして――

「――――動くな」
「ドッキリ!」
「きゃっ!?」

 踏み込み、一足で両手の小太刀の切先をそれぞれの眼前に突きつけた。……というか、「ドッキリ」と言ってドッキリする人間を初めて見た。
 と、それはさておき。

「聞きたいことは山程ある。とりあえず、抵抗しないと約束してくれるのであれば、この刀は下ろそうと思うんだが……」

 声に一応の凄みを利かせたはいいが、終わりに近付くにつれて、その声は勢いを失っていった。
 理由は簡単。
 謎の侵入者の姿が、あまりにも想像の範疇を超えていたからだ。

「ま、まずいっすよ、ししょー。偉大なる藤村タイガ様のただの弟子でしかないわたしまでもがピンチです」
「くっ、手のひらを返したように私を保護者か責任者のように。やはり恐ろしい子……っ!」

 二人は女性だった。それはまあ、声を聞いてわかっていたことではある。
 しかし。

「――――」

 言葉を失う、という感覚。
 それ程までに異質な姿で、白い少女が立っていた。
 もう一人の女性は剣道の胴着を纏い、手には竹刀と、剣術の道場という場に合った出で立ちだ。そもそもの「何故ここに?」という疑問を脇に置けば、全く違和感がない。年齢の方は、二十代の前半か半ばといったところだろうか。
 しかしもう一人の白い少女は先にも言った通り、他人の家の剣道場という場所にはそぐわない格好――体操服、しかもブルマ、である。その小さな身体から見て、妹のなのはより二つ三つ学年が上の、恐らくは小学生だろうと思われる。

「むむ。ちょいとお前さん」
「……え? あ、はい」

 言葉を探すことさえ放棄していたところで胴着の女性に声を掛けられ、意識ははっきりと足場に戻った。

「私の美しさにぐうの音も出ないのはわかるけど、とりあえずこの物騒なモノをどけてくれないかな?」

 誇らしげに胸を張る女性。
 威圧感とは別の妙な迫力が……、あるようなないような。

「は、はあ……」

 とりあえずこの二人からは、悪意も敵意も見て取れない。どちらかといえば、奇妙な温かさすら感じる。
 その自分の直感を信じて小太刀を下ろすと、二人は溜めていた息を吐き出した。

「うんうん、これにて一件落着。物騒なのはチビッコだけで十分なのです」
「一件落着、じゃないわよ。根本的な大問題は何も解決してないんだから」
「それはそうだけど。今は拾った命と青春を謳歌すべきじゃない?」
「青春、ねぇ……」
「オゥノゥ! イケてるメンズの熱い視線ならともかく、幼女の生温かい視線はノーセンキュー!」
「あっそ。じゃあ思いっきり冷めた目がいい?」
「イジメ、カッコワルイ!」

 ……この二人の力関係は、一体どうなっているのだろうか。
 年齢で考えるなら一見して決められるが、どうやらその限りでもないのかもしれない。この体操服の少女にはどこか尊大な空気があるし。……というより単純に、胴着の女性に威厳がないんじゃないかとか思わないこともなかったりしないでもないような気もする。
 そんな二人のやりとりを静観していると、体操服の少女の瞳がこちらに移った。

「――――」

 透き通るような白に、吸い込まれそうな赤が美しく映えている。
 揺れた髪は銀の輝きを放ち、幻想的な美しさを彩っている。
 そして、紺の三角形からスラリと伸びた――

(――って、待て待て!)

 まずい。
 何を考えている、俺。

「あー……で、あなた方は一体?」

 小さく頭を横に振ってから、ようやく基本にして根本の問いを二人に掛ける。
 すると二人は顔を見合わせて何事かをひそひそと話し合った後、道場の真ん中に横に並んだ。
 その動きは、感心する程に素早い。しかも何か、堂に入ってる、という感すらある。

「聞かれたならばお答えしましょう! 弟子一号!」
「押っ忍! 他所様の道場にも関わらず我が物顔でタイトルコールに雪崩れ込む辺り、痺れもしないし憧れないけど、やれと言うならやるっす!」

 胴着の女性が竹刀を床に、バンッと突き立てる。
 体操服の少女が腰だめに、ドンと両の拳を握る。
 そして、

「ようこそウェルカムこにゃにゃちわ! 何だか知らぬ間に私達がねこ地獄まっしぐらな魂の迷子センターへ」
「……自分が迷ってりゃ世話ないわよねぇ」
「黙りゃ、弟子一号!」
「うーっす」
「そんなこんなで、ベンガル虎の如き力強さとホワイトタイガーの如き母性とタスマニアタイガーの如き希少性を兼ね備えたパーフェクトガールの藤村タイガと」
「天使のような悪魔の笑顔と見せかけて、やっぱり妖精と形容するに相応しい愛らしさのイリヤスフィール・フォン・アインツベルンがお送りする――」

 二人の後ろに虎が見えた、気がした。
 ――――――あ、いや、本当、おそらく、気がしただけなのだろうけど。

「タイガー道場、漂・流・版ッ!!」
「はじまるよー」





 〜とぅーびーこんてぃにゅー、待て次号!〜















「…――――――って。コレ、続くの?」
「知らん!」











あとがき

 あ、さて。
 やりました。他に言うことはありません。続くかどうかも知りません。ま、そんな感じで。

 以上、UMAでした(逃




あははははは。
これは凄いアイデアだな。確かに高町家にも道場はあるし。盲点だった!
美姫 「大河とイリヤの会話も良いわね」
うん、テンポがとってもらしい。
しかも、恭也がぽかんと置いてけぼりになっているのが楽しい。
美姫 「とっても楽しませてもらいました〜」
投稿、ありがとうございます。



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