「……ん〜……」

 

その日、図書館の管理者たる少女――リリスは珍しくやる気を起こして恭也の住む世界のページ探しに専念していた。

いつもなら面倒臭いという思いがあるから遊び半分でやるのだが、この日に至っては恭也もケンも目を疑うほど真面目。

別段何か良い事があったからとか、気になる事があるからなどではない。本当にたまたま、今日に限ってやる気が出ただけの事。

そしてページ探しを始めてからおよそ二時間が経った現在、リリスは本棚の前で一冊の本を手に持ち、とあるページを見ながら唸っていた。

 

「どないしたんや、リリスはん? 珍しくそないに真剣な顔で唸って――ぶばっ!?」

 

「珍しくは余計よ」

 

ケンの言う事にはいちいち容赦ない反応を示すリリス。今も、珍しくなどと言葉に付けてしまったばかりに叩き落とされた。

しかも、問いに関しても完全に無視なのか視線すらも向けず、再び本のページをパラパラと捲り始めながら、う〜んと小さく唸り声を上げる。

これはもう哀れと言う他ないが、この二人のそれに慣れてしまった恭也は箒を片手に(彼自身は何も出来ないので掃除をしていた)歩み寄り、同じ問いを彼女にする。

するとやはり対応の違いが歴然と言わんばかりにリリスは本から視線を彼へと移し、僅かな微笑を浮かべて答える。

 

「別に何がどうしたってわけじゃないわ。ただ、ちょっとこの本の内容に気になる記述があっただけ」

 

「気になる記述……それは、もしかしてページが入り込んでいる可能性があるという事か?」

 

「五分五分ってところね。確かに本来の記述と異なった記述に書き換えられてはいるんだけど、もしかしたら破れた恭也の世界のページの魔力が洩れて影響を及ぼしただけかもしれないし」

 

「ふむ……しかし、どの道調べてみる価値はあるという事じゃないのか?」

 

「ん〜、そう言われたらそうだけど……この世界に限っては下準備が必要だから面倒なのよ。高確率で、この世界のある人物に協力を仰ぐ必要性があるから」

 

本の世界の住人には会う事、ある程度行動を共にする事は許容範囲だが、非干渉の原則から物語へ影響を及ぼす事はしてはならない。

例えば会ったり共に行動したり程度では物語はほとんど変化しなくても、物語の重要な場面で何かをしたら、それは自分たちの存在を本に残す行為。

それをしてしまうと本の内容を修正する必要があり、最悪の場合は破棄しなくてはならなくなる。それ故、その原則は守るのが管理人としての鉄則。

だというのに暗に原則を破ると言うのだから、正直疑問を思わざるを得ずに首を傾げる恭也に対してリリスは簡単に事の事情を説明した。

その説明によると現在リリスが手に持っている本の世界は確かに本来なら他と原則も何も変わらないはずの物だが、ある人物にのみ特殊性があるとの事。

本当なら知るはずも無い、知る事など出来るはずもない外部の世界。つまりはこの図書館世界の存在を認識出来ているという、極めて稀な特殊性。

それは要するに半分以上、その本の世界が図書館世界の管理下から逸脱しているという事。そして、だからこそ非干渉がどうとかは最早関係は無くなってしまう。

すでに知っている事を話すだけなのだから、原則に反する行為ではなく、その人物の協力を仰ぎさえすれば物語に大きな影響を及ぼす心配も無いのだ。

 

「ただねぇ……その特殊性を持った子っていうのがまた扱い難い子なのよ。すっごく偉そうな態度を取るわ、二言目には罵倒が飛ばしてくるわ……まあ、私は嫌いじゃないんだけどね」

 

「? なら、どこに迷う必要性があるんだ?」

 

「だからぁ、さっきも言ったけど、その子に協力を仰ぐなら下準備が必要になってくるから非常に面倒なのよ。もし、その下準備を怠って行ったりなんかしたら、確実にあの子は協力なんてしてくれないもの」

 

「……別にその下準備言うのも難しい事や無いんやけど――へぶっ!?」

 

「難しいとか難しくないとかの問題じゃなく面倒だって言ってるのよ、私は。ちゃんと話を聞いてなさいよね、この馬鹿饅頭」

 

やっと復活したというのに余計な一言が災いして再び叩き落とされるケン。こうなってくると本当に馬鹿なんじゃないかと思えてしまう。

ともあれ、再度地面に叩き落とされて気絶するケンを放置するかの如く視線も向けないリリスは今しばし、どうするかに関してを悩み続けた。

しかし結局のところ今の目的は恭也の住む世界のページ集めなわけであるため、少しばかり悩んだ後、諦めたかのように溜息をついた。

そして話にあった準備とやらをしてくると恭也に告げ、とりあえず本を彼へと手渡して長い列を作る本棚の先へと姿を消していった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ヤミと剣士と本の旅人

 

【ダンタリアンの書架の世界編】

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面倒臭いと言っていた割には小一時間程度で準備とやらは終わり、気絶していたケンを叩き起こして二人と一羽は本の世界へと赴いた。

いつもの如く突如として暗くなる視界と不可思議な浮遊感の後、彼らが降り立った場所は第一印象で言えば古臭いと言える屋敷の前。

その場だけでは正確な判断は出来ないが、屋敷だけ見るなら英国のどこかだろう。要するに時期を除けば世界感的に恭也の世界とあまり大差無い。

そんな世界のそんな屋敷の前に立つとちょっぴり大きめの風呂敷(準備していた物が入っているらしい)を抱えるリリスは何の遠慮も無く、屋敷の門を潜る。

そして扉の前に立つとベルを鳴らす事もノックをする事もなく、まるで自分の家にでも入るかのように扉を開けて内部へと足を踏み入れた。

続けてケンも彼女の後を追うように中へと入ってしまったため、不法侵入ではと考えながらも仕方なく恭也も彼女たちの後を追って中へと入った。

 

「相変わらず、きったない屋敷ねぇ……」

 

「確かにあまり綺麗とは言い難い感じやけど、リリスはんの部屋よりマシな――――」

 

「あ!?」

 

「ナンデモアリマセンデス、ハイ」

 

殺気全開の睨みに珍しく敬語でケンは前言を撤回する。それにリリスはふんっと鼻を鳴らすと再び奥へと歩み始めた。

玄関付近から奥へ奥へと進み、少し広めの一室へ。だが、広いはずのその一室は中央付近のテーブルを中心としてかなりの散らかり具合。

しかし散らかっていると言ってもゴミが乱雑しているとかそういった散らかりではない。何が散らかっているのかと言えば、多種多様な種類の本である。

チラッと見ただけでも節操が無いと言えてしまうほど種類に一貫性が無い。まるで内容が理解出来ないであろう物から子供が読みような物までと幅が広すぎる。

そして中心となるテーブルから両サイドにあるソファーに至るまでの空間は周りを遥かに凌ぐ散らかり様。テーブルは勿論、ソファーにまで本が山ほど積み上げてある始末。

この屋敷の主は散らかすだけ散らかして片付けない性格なのかとこの惨状で何となく思ってしまうが、実際のところ正確にはそうではないと次の瞬間には判明した。

 

「…………」

 

本だけが積み上げられているかに思われたソファーにて何かが動く気配。そしてよくよく見てみれば、小さな足がピョコンと出ているのが分かる。

遠目から見える足の大きさや山積みの本で隠れてしまうくらいの体格から考えれば、そこにいる人物はおそらく十台程度の子供。

加えて周りの惨状とその人物がこちらに気づいていない事から、その子は読書中。恭也からすれば信じ難い事だが、この本の山はその人物の仕業だろう。

 

「あ、いたいた♪ お〜い、ダリア〜ン!!」

 

「……?」

 

恭也に続いてピョコンと飛び出ている足に気付いたリリスはその人物の名前を大声で口にする事によって呼び掛ける。

それにようやくその人物――ダリアンも二人と一匹の存在に気付いたのか、パタンと本を閉じる音を響かせた後に山積みの本から顔をヒョコッと出す。

その時に見えた顔立ちは可愛いと言うよりは綺麗と言う方が正しく思える物。漆黒のドレスと同色の腰まで届くほどの髪も、瞳もまたそれを際立たせる。

だが、そんな人形のような美しさを持った少女であるダリアンはリリスの姿を確認するや否や、凄まじく嫌そうな顔を表情に張りつかせた。

 

「……また来たのですか。外界の司書というのは本当に暇な職業なようで、羨ましい限りなのです」

 

「久しぶりの再会でそんな憎まれ口を叩く辺り、変わりないみたいねぇ。ていうか、貴方だって暇なのには変わりないでしょ」

 

「お前の眼は節穴なのですか? 私はこの限られた時間を読書という手段で有意義に過ごしているのです。よって、それを邪魔するお前は夏場の蚊の如く鬱陶しい存在に他ならないのです」

 

「相変わらず、ほんとに歯に衣を着せん人やなぁ……」

 

「五月蠅いのです、空飛ぶ肉団子。串に刺されて焼かれて食べられるしか能が無いお前に発言権を与えた覚えは無いのです」

 

本当に鬱陶しそうな顔を浮かべる辺りで全部本音なのだと分かるが、そうなると本当に口が悪いという事になる。

だが、際立って酷い事を言われたために落ち込むケンはともかく、リリスに至っては彼女の悪口をまるで気にしてない様子。

それどころか悪口を彼女の愛嬌と受け取っているかの如くクスクスを笑い、トコトコと近づいてソファーの上の本をどかし、風呂敷を置いて彼女の隣りに腰掛けた。

 

「まあ再会の挨拶はこの辺にしておいて。ちょっと協力して欲しい事があるんだけど……お願いできないかしら?」

 

「お願いも何も、詳細を聞かなければ(イエス)とも(ノウ)を言えないのです。もっとも、一緒に見知らぬ男を連れてきた段階で何となく内容の察しはつくのですが」

 

「察しがつくなら疑問点だけ聞けばいいんだし、詳細の説明は必要ないと思うけど?」

 

「それでも頼む側という立場上、説明を行うのは義務であり礼儀なのです。私よりも断然年上なオバサンのくせにそんな事も分からないのですか?」

 

「オバ――――……こほん。ま、まあ、確かにそれも一理あるわね……」

 

大概の事でも動じなかったリリスもオバサンと言われた事には青筋を浮かべるが、珍しく我慢の姿勢を見せた。

さすがに唯我独尊な彼女でも頼む側という立場をある程度弁えているのだろうが、普段の彼女を見ている恭也やケンからすれば驚きに他ならない。

とまあ珍しいリリスの我慢する様子というのに驚きを浮かべる二人はさておき、彼女はダリアンの要望通りに事情を説明を行った。

この世界に彼こと恭也の住む世界の欠片たる本のページが迷い込んだ可能性がある事。それを捜し出すため、この世界を訪れたという事。

そしてその過程で図書館世界の事を認識している希少な存在であるダリアンにページ捜索を協力して欲しいという事。

それらを所々簡略化しながらも説明し終え、改めて協力してくれないかとリリスが問えば、ダリアンは閉じていた本を開き、読書を開始しながら告げる。

 

(ノウ)。お前がこの世界で何をしようと自由ですが、それを手伝う理由が私にはないのです。それとも、そのページ捜索とやらに『幻書』が関わっているとでも言うのですか?」

 

「ん〜、そこの辺りはまだ何とも言えないのよね。確かに魔力を帯びる物は同じく魔力を帯びる物に引き付けられる性質はあるけど、確実とは言えないし」

 

「だったらしっかり確認して関わってると判明した時点でまた来るといいのです。そしたら、私も手伝ってやらない事もないのです」

 

「いやいや、それだと最悪手遅れになるから駄目なんだってば。貴方も、自分の住む世界を変に歪められるのは本意じゃないでしょ?」

 

「そうさせないためにお前がいるのではないのですか? そもそも、そんな事態になった事のお前のせいでもあるのですから、自分で問題解決するのが筋という物なのです」

 

いちいち言葉に毒は入るが、言っている事の大体は正論。それ故、リリスも強く出れなかった。

とはいえ、ページが本当に『幻書』と関わっているなら、『幻書』の所持者が表だって活動しない限り探し出す事は極めて困難。

場合によっては本に歪んだ史実として描かれている場合もあるが、今回に限っては正確性が無かったから赴く羽目となったのが現状。

しかし、この世界に入り込んで探した場合、以前もあったケースとして本に描かれる内容と異なった状況になり、最悪世界が崩壊する可能性が出てくる。

そうさせない方法としてはこの世界の住人であり、『幻書』の扱いに最も長けた者であるダリアンの協力が必要不可欠と言っても過言ではない。

だが、その彼女が正論を並べ立てて協力を拒否する。これにはリリスも困り果て、恭也とケンの二人は下手に口も出せず、静かに成り行きを見守る。

 

「仕方ないわね……正直この手は使いたくは無かったけど、そこまで頑なに拒否するなら最終手段に出させてもらうわ」

 

そうリリスが口にしても全く無関心とばかりに読書を続けるダリアン。だが、リリスが持参した風呂敷を開いた瞬間、本を捲る手が止まった。

しかもそれまで全く動かさなかった視線を動かして公開された風呂敷の中身を注視。本を読む事も忘れて涎さえ出しそうなほど物欲しそうな眼をする。

今まで無関心を貫いていた彼女にそんな顔をさせる風呂敷の中身とは一体何かと言えば――――

 

 

 

――多種多様の、お菓子である。

 

 

 

饅頭、金鍔、羊羹などの和菓子。クッキー、カステラ、チョコレートなどの洋菓子。その他にも日持ちする物からしない物まで様々。

だけど所詮はお菓子であるため、最終手段と言う割には若干心許ない。しかし、ダリアンに限ってはあまりに効果的過ぎる代物だった。

何を隠そう、彼女は無類の甘いもの好き。一番好きなのは砂糖をたっぷり塗した揚げパンだが、それ以外でも甘いものであれば目が無い。

そんな彼女にとって目の前に晒された風呂敷の中身はまさに理想郷。それ故、この場に誰もいなければすぐにでも飛び付いていた事だろう。

だが、リリスたちがいる前でそんな事を出来るわけも無く、何とか理性を働かせて衝動を抑えつつ、憎々しげな顔を彼女へと向けた。

 

「こんな手を使ってくるなんて、卑怯にも程があるのです。恥という物がないのですか、お前は」

 

「卑怯でも何でも協力させるためには手段を選んでられないってね……そんなわけでこれらを差し出すっていう交換条件の元にもう一度聞くわ。私たちに協力する? それともしない?」

 

「…………」

 

先ほどと違い、提示された交換条件があまりにも効果的だったためかダリアンはチラチラとお菓子を見ながら悩み出す。

了承すればお菓子が貰える代わりに面倒な事に巻き込まれる。だけど断れば、目の前に提示されるお菓子の山は貰えなくなる。

それは彼女にとって悩み続けるには十分なほどの二択。そして悩む彼女を急かす事も無く、若干ニヤニヤしながらリリスは答えを待つ。

 

(なあ、ケン。あのお菓子の山は、もしかして……)

 

(兄さんの想像通り……リリスはんが前にオヤツとして作り置いてたやつや。しかもあの量からして、おそらく全部持ってきたんやろな)

 

(……それほど今回のリリスは本気だという事か)

 

(そういうことなんやろなぁ……まあ、相手がダリアンはんやから仕方ないっちゃ仕方ないんやけど)

 

図書館世界の管理人というのはアルカディアにて世界を創造できるのと同時に個人的に好きな物を創造する事も出来る。

しかし世界を創造するよりは簡単な手順で大概の物を作る事は出来るのだが、面倒と言えば面倒であると言える作業。

故に長く生きている事もあってそこまで物欲が無い彼女は一つしか創造する事は無い。その一つというのが、自分たちが食べる食糧関係。

特にお菓子に関してはリリス個人が大好きという事もあり、作る頻度は多い。だけど食べたいと思ったときにいちいち作るのは手間と最近彼女は気付いた。

そのため、少し前に二、三日ほどアルカディアから帰ってこないかと思えば、大量のお菓子を抱えて帰宅してきた事があった。

そのお菓子というのが、現在ダリアンに交換条件として提示された風呂敷の中身。つまりは、この間の二、三日の努力を差し出しているというわけだ。

基本的に面倒臭がりのリリスが珍しく努力をして作り溜めたそれらを条件として提示する辺り、ニヤける顔とは裏腹にかなり本気なのだと分かる。

 

「「…………」」

 

片や悩み顔、片やニヤケ顔で浮かべる表情は違うが、どちらも言葉は一切発する事無く無言の空気が周りを包み込む。

恭也とケンの二人もこの空気の中で口を挟む事は出来ず、同じく無言で状況の行く末を見守り続けた。

だが、そんな状況が続く事、早五分が経過したとき――――

 

 

 

 

 

――恭也たち三人が入ってきたほうとは逆側の扉が、無言の空気を打ち破るかの如くガチャリと開かれた。

 

 

 

 

 

「お〜い、お茶の準備が出来たよ、ダリア――」

 

扉を開け、声を発しながら入ってきたのは若い男。若干少年の面影が残る、白いワイシャツと黒い革製の長ズボンを着た男性。

その男性は用意してきたと思われる紅茶の入ったティーカップとクッキーの盛られる皿が乗ったトレイを両手で持ち、入ってきた。

そしてダリアンに声を掛けようとしたのだが、その際に見知らぬ二人組の男女を視界に捉えた途端、言葉は途中で止まる。

そこから表情を少し変えて警戒心を僅かに出しつつ、訓練された兵士のようにトレイを持ったままいつでも動ける体勢へ移行しながら様子を窺う。

確かに不法侵入に限りなく近い形でこの場にいる二人と一匹を警戒するのはもっとも。それ故、とりあえずリリスは彼女の返答を置いて誤解を解こうとした。

だが、リリスが言葉を発するより早く、ダリアンのほうが男性の方へと視線を向け、少しばかり平静を取り戻した様子で静かに声を発した。

 

「警戒しなくても大丈夫なのです、ヒューイ。この目玉帽子を被ったモジャ頭は私の知り合いなのです。そっちの真っ黒助もこれの連れですから、危険は特にないのです」

 

「あの、ダリアンはん? わいの紹介は……」

 

「お前みたいな空飛ぶ肉団子型珍生物は紹介する必要もないのです。どうせ後で丸焼きにしてその辺に捨てる予定なのですから」

 

「そ、そこはせめて食べてや……」

 

ケンの切実な言葉は華麗にスルーされる。だが、反対にヒューイと呼ばれた男性のほうは鳥が喋っているのを見て少しばかり驚いた様子。

とはいえ、ダリアンの知り合いという事から珍妙な事には若干慣れているのか、驚きはすぐに収めて警戒を少しだけ解き、ゆっくりと歩み寄った。

 

「初めまして。一応この屋敷を預かっている身の上で、ダリアンの保護者みたいな事をしてるヒュー・アンソニー・ディスワードと申します。少し長い名前ですから、気軽にヒューイと呼んでください」

 

「な、なぜお前が私の保護者なのですか! むしろ保護者というのならお前が私のではなく、私がお前のなのです!!」

 

「はいはい、そう思うならそれでいいよ。それで、差し使えなければそちらのお名前を教えていただけませんか?」

 

「私はリリス。それでそっちの彼が高町恭也よ。その隣で飛んでる黄色饅頭は……まあ、面倒臭いから省略という事で」

 

「ひ、酷い……」

 

たった二文字で済む紹介であるのに面倒臭いからと省略。かなり哀れだが立場的に仕方ないと諦め、ケンは自分で自己紹介した。

それにヒューイは律儀によろしくと返事を返しつつ、お茶の用意をし直してくると告げるが、リリスも恭也もお茶は不要と彼に返す。

ケンに関してはそもそもティーカップに入ったお茶を飲める者ではないため、ヒューイはこれに頷きつつ本を簡単に片付けてテーブルにトレイを置いた。

そしてお菓子が大量に入れられていたと思われる風呂敷を見つつ、ダリアンへと事の事情説明を求め、彼女は溜息をつきつつ二人が訪ねるに至った理由を語り出した。

 

 

 

 

 

ヒューイはダリアンと違って図書館世界の存在を認識出来てはいない。それ故、説明はそこを隠しながら行われた。

理由も『幻書』関係の協力依頼だと説明する。加えて『幻書』関係だと言っても必ずしも『幻書』が関わっているとは限らないとも告げた。

とはいえ、『幻書』が関わっている可能性があるのなら依頼を受けるべきではとヒューイも思ったのか、依頼を承諾する事を勧めてくる。

これにダリアンは説明するべきじゃ無かったと後になって後悔。そして結局――――

 

 

 

「問題を解決した後日に同じくらいの量のお菓子を持ってくる……この追加条件が飲めるのなら、手伝ってやらない事もないのです」

 

――追加で新たな条件を付けつつも、色良い返事を口にした。

 

 

 

面倒が増えるので若干渋りはしたが、ダリアンもそれ以上はヒューイが言っても譲らなかったため、仕方なく彼女も条件を飲んだ。

そしてお菓子の山を風呂敷で包み直し、ヒューイに渡すと彼は風呂敷の中のお菓子を仕舞ってくると言って部屋を出て行った。

彼が出て行った後、ダリアンは彼が用意したクッキーを頬張り始め、その様子を見つつ恭也はヒューイが片付けた事で空いた対面のソファーへと腰掛け、ケンはその肩に止まる。

反対にリリスはダリアンと同じくクッキーを頬張る。だが、一枚二枚と食べ終えると三枚目を手にしたまま、口に運ぶ事無くダリアンの耳へと口を寄せた。

 

「ところでさ、ダリアン。あのヒューイって子とは、どこまで進んでるの?」

 

「ぶっ――!?」

 

いきなりな質問だったためにダリアンはちょうど飲んでいた紅茶を吹き出し、声が小さい故に聞こえなかった恭也はその様子に首を傾げる。

そんな彼にリリスは笑顔で気にしないでと声を掛けつつ、再びダリアンの耳へと口を寄せてさっきの話の続きを促した。

 

「それで、どうなのよ? やっぱり行くとこまでいっちゃってるの?」

 

「そ、そんな事あるわけないのです。お前は勘違いしているようですが、そもそも私はヒューイの事なんて――」

 

「そんな嘘は私には無意味だってば。私は貴方も知っての通り、この世界の管理者なんだから、大体の事は把握してる……その上で貴方はあの子にどんな感情を持ってるのかも理解してるもの♪」

 

「くっ……」

 

隠すだけ無意味と知り、初めて彼女が管理者である事を疎ましく思う。とはいえ、思った所で何が変わるわけでも無い。

それ故、ダリアンは諦めたかのように小さく息をつき、リリスと同じくらいの声量で彼女の質問に対する言葉を口にした。

 

「確かに、私がそういった感情をヒューイに持っているかもしれない事は否定しないのです。ですが、あの鈍感が……乙女の純情を踏みにじるような鈍感男がそこに気付く訳も無い。そんな状態で何かが変わるとお前は思うのですか?」

 

「……貴方も、ずいぶんと苦労してるのね。なんか、同じ身の上に近い状況の私でもちょっと同情しちゃうかも」

 

「同じ身の上? ……ああ、そういう事ですか。つまり、お前もあの真っ黒助にそんな感情を持っていると」

 

「そういう事になるわね。貴方と会ったときから思ってたけど、ほんと私達って似た者同士なのかもしれないわね」

 

「お前と似た者同士なんて思いたくも無いのです。もし仮にもそうだったのなら、私はイの一番に現実を疑うのです」

 

「そんなに照れなくてもいいじゃない。ほんとに可愛いわね、ダリアンは♪」

 

まるで小さな子供にするようによしよしするリリスに対して本気で嫌がりつつ、手を除けようとするダリアン。

しかし根本的に体格差があるため、すぐに無駄と悟ってブスッと膨れっ面を見せながら為すがままになる。

そんな二人の様子は正直微笑ましくも映るが、それ以前にどんな話題からそこに至るのかが気になる恭也からしたら、疑問符を浮かべるしか出来なかった。

そしてそんな状況の中、お菓子を仕舞う作業を終えたのであろうヒューイが戻り、二人の様子に首を傾げつつ恭也へと近寄った。

 

「……これは、一体どういう状況なんですか? あのダリアンが大人しく撫でられるなんて、凄く珍しい光景なんですけど……」

 

「さあ……何やらリリスがダリアンに何かを言ってからあんな感じになったみたいですが、何を言ったのかは教えてもらえないから自分も何がなんだか」

 

「どうせリリスはんの事やから、どうでもいい事なんと――ぶべっ!?」

 

ケンの言葉だけは最後まで口にされる事無く、突如対面から飛来してきた分厚い本が衝突して勢いのままソファーへと激突。

恭也に一切当てずにピンポイントでケンだけにぶつける辺り、相当なコントロール。だが、ヒューイはともかく恭也はもうそんな事では驚かない。

それよりもいい加減学習しないケンに対して哀れだと思う感情を抱き、だけどやはり何も言う事無く静かに小さな溜息を吐くのだった。

 

 


あとがき

 

 

長らくお待たせしたヤミ剣。次の世界はダンタリアンの書架の世界だ。

【咲】 確か原作はラノベよね、それ?

ラノベだね。まだアニメ化も漫画化もしてないラノベのみでの作品だ。

【咲】 最近はアニメ化や漫画化がすぐに為されちゃうものね。まあ、これもいずれはなりそうな気がするけど。

だな。そんなわけで次なる世界としてこれなわけだが、少し変則的な感じになったな。

【咲】 本の世界のとある一人の住人が図書館世界の存在を認識出来てるって部分が?

うむ。ちなみにヤミ帽の原作でも自分の住む世界を管理してる存在がいる事を認識してる人物はいたけどな。

【咲】 そういった意味では変則でもないかもね。とはいえ、ダリアンも深い部分は知らないんでしょ?

そうだな。さすがに自分の住む世界の外に出た事はないから、詳しい部分は知らないよ。

リリスもそこを詳しく話過ぎるといくら希少な存在とはいえ、影響が出る可能性があるから話さないし。

【咲】 ま、ダリアンも深く知ろうとしてないから追及はしてないんでしょうけどね。

そういう事なんだろうな。とまあ、そんなわけで今回はダリアンとヒューイの二人との邂逅編だったわけだ。

次回からは少しずつ今回のページ探しの話が展開していく予定だから、期待しててくれ。

【咲】 はいはい。あ、ところでさ……ダリアンとヒューイは物語の主人公だから分かるけど、他のは出てきたりするの?

他のというと、彼女とか彼らのかか?

【咲】 そうそう。基本的にダンタリアンの書架は短編集みたいな感じのラノベだけど、あの人たちは固定キャラじゃない。だから出てきたりするのかなってね。

どうだろうなぁ……おそらく街を出て捜索するから彼女は難しいけど、彼らに関しては登場させるのも難しくはないかな。

もっとも、彼らの場合は出会った瞬間に戦闘になるけどな。ダリアンとヒューイの二人を完全に目の敵にしてるから。

【咲】 パンフレットを幻書と見間違え、勘違いに気付いても襲い掛かってくるぐらいだものね。

まあな。ちなみに彼らが本気でダリアンとヒューイの二人と戦おうとしたら、後者の方が分が悪いだろうね。

【咲】 まあねぇ……ともあれ、彼らが出るかどうかはまだ未定ってわけでいいのね?

そういう事にしておいてくれ。てなわけで今回はこの辺にて!!

【咲】 また次回会いましょうね♪

では〜ノシ




次の世界はダリアンの書架か〜。
美姫 「因みに読んだ事は?」
ないかな。タイトルだけは知っているけれどな。
美姫 「二つ目の世界でのページ探し」
どうなっていくのか楽しみです。
美姫 「次回も待っていますね」
ではでは。



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