逃げればよかった……ケンは現実を目の前にそう思った。

リリスのことだから、逃げれば言葉通り鍋で煮られるか、それでなくとも焼き鳥にされるだろう。

だが、逃げることがそういう運命に繋がるとしても、目の前にある現実を見れば結局結末は同じではないか。

そう思っても不思議ではないほどの現実が、現在ケンの前に突きつけられていたのだ。

 

「じゃ、いっくわよ〜、ケンちゃん!」

 

そう聞こえると共に、リリスは右手を前に突き出す。

その手には言わずもがな、当然の如くケンが握られていた。

リリスによって握られているケンは本来黄色いはずなのにも関わらず、見る影もないほどに真っ青である。

対して、そんなケンを握りながら突き出す右手の先には、見た目鳥と言える魔物が飛んでいる。

全身『世界の果て』の外壁と同じ色をした石像のような鳥が、バッサバッサと翼を動かして飛んでいた。

だが、その魔物はリリスのほうを向いてはおらず、交戦中の恭也とジャスティンたちのほうを向いている。

しかしまあ、自分のほうに意識が向いていないのは、リリスとしても好都合だった。

 

「ケンちゃ〜〜〜〜ん――っ!!」

 

リリスはケンを握り突き出した右腕を突如グルグルと縦に大回転させる。

それに伴い、握られているケンから奇妙という他ない悲鳴が聞こえるが、それはまあ些細なことだろう。

そして、とうとうケンから悲鳴すら聞こえなくなるほど回した後……

 

「アタ〜〜〜〜〜ック!!」

 

言葉と共に握っていたケンを魔物向けて投げつける。

投球されたケンは再び悲鳴を上げつつ、凄まじいスピードで魔物へと接近していく。

そして標的とされた魔物も、接近するケンに気づき、そちらへと振り向こうとする。

だが、ケンの接近するスピードのほうが遥かに速く、振り向いたとしても避ける余裕などない。

当たった・・・そう瞬時にリリスが思い喜ぼうとした瞬間……

 

「ひえええぇぇぇぇぇ〜〜〜〜、ぶっ!?」

 

あろうことか、振り向きざまの翼に直撃し、弾き返されてしまった。

弾き返されたケンがボテッと自分の足元付近に転がり落ちてくるのを見て、喜びかけていた気が一気に落ちる。

だが、当たったには当たったのだし、翼のヒットした部分が多少なりと欠けているのを見るとある意味無駄ではなかっただろう。

しかしまあ、その程度でリリスが満足するわけもなく、リリスは再び足元のケンを拾い上げて握り、魔物に向けて突き出す。

 

「もう、堪忍して……」

 

ケンの心からの言葉は、あっさりと黙殺されるのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ヤミと剣士と本の旅人

 

【グランディアの世界編】

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突き出したケンを握る右腕を再び大回転させるリリス。

これに伴って再びケンが悲鳴を上げるのだが、リリスは止める気配も見せずに回し続ける。

そして次第に悲鳴すら上げられなくなってきたとき、回し続けた勢いのまま再度魔物へと投球した。

今度は先ほどとは違い、投球されたケンに対して魔物がすでに振り向いているため、先ほどのようになることはない。

そのためリリスは今度こそ、仕留めた、と喜びかけたのも束の間、あろうことか魔物はその大きな嘴の先っぽで器用に止めてしまった。

 

「へ……?」

 

まさか剛速球と信じている自分の投球を止められるとは思わなかったのか、リリスはその事実に間抜けな声を上げてしまう。

そしてそれと同時に魔物は嘴で今だ銜えているケンを吐き捨てるようにペッとリリスのほうへ向けて射出した。

そのペッという声とは裏腹に、なぜかそれなりの速度を持って急接近してくるケンを前にリリスはすぐさま我に返り、どこからともなくバットを取り出して迎え撃つべく構える。

 

「ひいぃぃぃぃ!?」

 

「戻って――っ!」

 

嘴より射出されたケンは、リリスがバットを構えたことから何をするのか予測し、再び悲鳴を上げる。

が、自分では止まることすらできない現状、ケンは悲鳴を上げるしかできず、甘んじてそれを受け入れるしかないのだ。

 

「来るなぁ!!」

 

「ぐぼあっ!?!?」

 

タイミングばっちりで振られたバットは思いっきりケンに直撃するも、リリスの予測とは違って明後日の方向へと飛んでゆく。

それを気分爽快とでも言うかのようにバットを肩に担ぎ、もう片手で汗を拭うような仕草をしてふぅと息をつく。

もうその状況から見て、リリスが本来やろうとしていたことから大きくずれているのは明らかだった。

ちなみに、その状況を魔物と戦闘しながらも見ていたジャスティン一同は……

 

(((哀れな(ね)……)))

 

リリスの行いが酷いと思うよりも、ケンの待遇が哀れだと思わざるを得なかった。

しかしまあ、今は戦闘中なので口にして言うこともないし、口にしたとしてもどういうオチになるかがわかるのだろう。

おそらくは、だってケンちゃんだしの一言で片付けられるのがオチになるということが。

付き合いの短いジャスティンたちでもわかるこの事実、当然分かっている恭也はというと……

 

「よく飛んだなぁ……」

 

ジャスティンたちと同じ思いを抱きながらも、そう呟いてケンの飛んでいった方向を眺めていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

その後、魔物との戦闘を勝利という形で収めた一同は、再び世界の果てを道沿いに登る。

鳥型の魔物を倒してからは魔物自体あまり出現しなくなったため、一同の登るペースはそれなりに速い。

しかしまあ、そんなペースで登っていく一同……というかジャスティンたちにも、一つだけ気がかりなことがあった。

それは、鳥型の魔物を倒して以降、ケンが一向に帰ってこないということだった。

一緒に登るようになってからまだ日が浅すぎる、というよりも一日程度しか経っていないジャスティンたち。

だがそれでも、今までリリスの仕打ちを受けて姿が見えなくなっても、だいたい一時間後には帰ってくるというのはお決まりになっていた。

にも関わらず、バットで飛ばされたケンを登ることを急かすリリスに已む無く置いて登ること早二時間、ケンは帰ってくる気配を見せない。

そのことにさすがにジャスティンたちも心配になったのか、歩きつつリリスへと顔を向けて口を開いた。

 

「ね、ねえ、リリス……」

 

「ん? な〜に、フィーナ?」

 

「その、ケンちゃんが全然帰ってこないんだけど……」

 

「あ〜……そういえばそうね。 まあ、あれだけ派手にやったから、今頃お空の星にでもなってるんじゃない?」

 

言われるまで気づかないことはおろか、返す言葉はかなり容赦がない。

そのことに聞いたフィーナも他の面々も予想通りと溜め息をつき、スーの頭上にいるプーイに至ってはリリスに恐怖を感じ震えている。

 

「なあ、恭也……リリスって、いっつもこうなのか?」

 

「ふむ……それはケンに対して、ということか?」

 

「あ、ああ」

 

「そうだなぁ……大体はこんな感じだと思うぞ。 もっとも、酷いときは更に酷いがな」

 

ササッと横に近寄り、小声で聞いてくるジャスティンに恭也はそう返した。

その返された言葉……特に、酷いときには更に酷いの部分でジャスティンはそれがどんなものか気になった。

しかし、それが気になっても聞こうとはしない……なぜなら、聞くのがなんとなく怖いからだ。

バットで打たれたり、料理されそうになったりする以上に酷い仕打ち、知るのが怖い上に知ればケンが更に哀れに思える。

故に聞かずにこの話題を終えようとしたのだが……

 

「更に酷いのっていうと……今までどんなのがあったの?」

 

いつの間にかジャスティンとは反対側の隣にスーが近寄っており、あろうことかさっきのことに対して聞き返してしまった。

まあ、恭也とジャスティンのところに来たのはおそらく、フィーナとリリスが話についていけず、更にはプーイがリリスを怖がったからだろう。

そんなわけで、折角話題を打ち切ろうとした矢先に聞いてしまったスーに止めておけばいいのにと思いながらも、ジャスティンも恭也の言葉を待つ。

出来れば聞きたくないがこうなった以上は仕方ないし、興味は自分もあるのでとりあえずは聞こうということなのだろう。

 

「今までにか? そうだな……体に満遍なく卵とパン粉をつけられて天ぷらにされそうになったり、太ってるから痩せなさいと一週間紐で縛って飯抜き放置したり――」

 

「「……」」

 

「蝋燭を体に垂らして固めてみたり、地面に頭の部分だけ出した状態で埋めて熱湯を掛けてたり……まあ、言い出したらきりがないほどあるな」

 

恭也が述べた数々の仕打ちにジャスティンとスーはもちろん、人語が分かるのかプーイすらも恐怖に怯える。

というか、明らかにそれらは動物にする仕打ちではない……というよりも、してはならないものばかり。

それに今まで耐えてきたケンは、最早尊敬に値するかもしれない。

 

「えっと……キョウヤは、それを止めようとはしなかったの?」

 

「ふむ、出会った当初こそ止めていたんだが……ことこれに関してリリスは決めたことを曲げないからな。 だからどの道口を挟もうと挟むまいと、止めるに止められないんだ」

 

「はぁ……なんていうか、哀れとしか言いようがないな」

 

ようするにリリスと共に行動するようになったその日からが、ケンの運の尽きだったのだろう。

その考えに至ったジャスティンは同時に溜め息をつき、それに同調するようにスーと恭也も溜め息をつく。

その直後、バットで飛ばされたケンがパタパタと音をさせながらようやく皆の下へと帰ってきた。

 

「いや〜、危うく大気圏を突き抜けるとこやったわぁ……って皆さん、なんでそんな哀れなものを見るような目でワイを見るん?」

 

帰ってきて早々、哀れみの視線をほぼ全員から向けられケンは理由が分からず首を傾げる。

そしてケンより発せられた声でようやく帰ってきたことに気づいたリリスは、やっと帰ってきたかというような目で口を開いた。

 

「遅かったじゃない、ケンちゃん。 あんまり遅いから本当にお空の星にでもなったかと思ったわ」

 

「これでも精一杯急いで戻ってきたんやで? それにリリスはんら、ワテのこと置いて進んでるんやから……別におらんでも問題なかったやろ?」

 

「まあ、確かにね」

 

「そこは否定して欲しかったわ……」

 

皮肉めいた言葉も、口にしたのがケンなのでリリスにはまったく意味はない。

それを見て更に哀れというような目を向ける恭也たちの視線の先で、二人の言い合い?はしばし続くのだった

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ケンも合流してまた登りを再開すること三時間、いい加減終わりの見えてこない壁にリリスはうんざりしていた。

まあそれ自体は別に今が初めてのことではないので珍しくもないが、問題なのは今までと違ってわがままになってきていることだった。

今までは飽きたとか言っても恭也がおんぶしたらそれで元に戻っていたのだが、今はもうそれでは戻らなくなっていた。

おんぶされながらも飽きただの、帰ろうだの、そういった類の言葉を連呼し、恭也の背中で暴れ気味になる始末。

もうその姿は子供同然と言ってもいいくらいで、ジャスティンたちはもちろん、さすがの恭也も困り果てていた。

ちなみに、いの一番に落ち着かせようと声を掛けたケンはすでに暴力という名の恐怖を味わい、ジャスティンたちのところへ避難した。

 

「うぅ〜……いつになったら上につくのよ、この壁は〜!」

 

「……だいぶ登ったのだから、もうそろそろじゃないか?」

 

「それ一時間前も聞いたわよ〜……もう帰りたい〜!」

 

「たぶんあと少しだから、もうちょっと我慢してくれ……」

 

「やだ〜、やだやだ〜! もう帰るの〜!!」

 

幼児退行してしまったリリスほど手に負えないものはない……この現状がそれを強く物語っていた。

ケンはもう撃沈し(元々当てにはされていないが)、頼みの綱の恭也でも手を拱いてしまう。

そして幼児退行によるリリスのわがままは止められず、結果として皆の登る気力さえも確実に奪っていく。

いつになったら頂上につくのだろうか、むしろ本当に頂上など存在するのだろうか。

そういった考えさえも抱かせるほどに、リリスのこれは皆に悪影響を及ぼしていた。

 

「ほんま、リリスはんにも困ったもんやなぁ……」

 

「でも、しょうがないわよ……実際私たちもうんざりしてきてるし」

 

「せやけど、あんさんらと会う前も飽きただの帰りたいだの言ってはったんやで、リリスはん。 ここはもう少し、我慢というもの覚えるべきやと思うわ」

 

本人から離れているからこそ言える言葉を、呆れた視線を向けつつ口にする。

まあケンの言うことは実際正論ではあるのだが、リリスには絶対不可能といえる正論だった。

というか、我慢なんて出来るのなら、今のこの状態にはなっていないだろう。

 

「でもさぁ……ほんとのところ、ここに頂上なんてあるのかなぁ」

 

「……あると思うから、登ってるんとちゃいますか?」

 

「まあ、そうだけど……実際登ってみると思うって。 本当に世界はここで終わってるんじゃないかって」

 

「……ジャスティンはんは確か、エンジュールを見つけるためにアレントを目指してるやろ?」

 

「まあ、なぁ……」

 

「だったら、こないなところで挫けそうになるのはあかんやん。 『世界の果て』の頂上よりも、アレントへ辿り着くほうが困難なんやから。 それにジャスティンはんは冒険者なんやから、この程度でへこたれたらあかんとちゃいます?」

 

「そう……だな。 エンジュールを見つけるって夢があるのに、この程度で挫けちゃ駄目だよな」

 

落ちそうになった気をケンの言葉で取り直しそう言い、ケンはそれに小さく頷いた。

そして再び気を落とさぬように気合を入れ、同時に先ほどのケンの発言に対しておかしなところを見つける。

エンジュールを見つけるという目的があるというのは恭也に話したので、ケンが知っていても別におかしくはない。

だが、昨夜の恭也との会話でも、ジャスティンは一言たりともアレントのことは口に出してはいないのだ。

故にケンはそれを知っていること事態おかしいわけで、ジャスティンは歩きつつケンにそれを尋ねてみた。

しかし、ケンはそれに関しては、秘密や、とだけ返して知っている理由を教えることはなかった。

そのため元々考えることがあまり得意ではないジャスティンは追求することも考えることも止め、壁を登ることに専念することにした。

 

(あかんあかん……説得のためとはいえ、少し不用意過ぎたわぁ)

 

横を飛んでいるケンがそう思い冷や汗を一筋流していたことに、ジャスティンが気づくことはなかったのだった。

 

 


あとがき

 

 

さて、今回の話はケンが今までどれだけ酷い目にあってきたかというお話だ。

【咲】 まあ、それだけじゃないけど、主な部分はそれよね。

ここはリリスが酷いというべきか、ケンが哀れというべきか……。

【咲】 どっちもでしょ。

そりゃ、なぁ。 まあ、哀れな部分がありながらも、ケンちゃんは最後にいいことを言ってたけどね。

【咲】 不用意な発言であることは否めないけどね。

まあ、下手したら図書館世界の存在を知られるからなぁ……もしケンちゃんのこれで知られでもしたなら。

【咲】 今回挙がった仕打ち程度じゃあ済まない可能性が高いわね。

だな。 まあ、知られなかったから、これはこれでオッケーなんだろうよ。

【咲】 そうね。

と、さて……世界の果てを登り始めて今回で四話目ということですが、次回はなんと!!

【咲】 なんと?

やっと、一同は世界の果てを登りきります!!

【咲】 ほんとにやっとって感じねぇ……。

世界の果てを登りきった先、そこには一体何があるのか!?

【咲】 現作を知っている人は確実に分かるだろうけどね。

そんな萎えること言うなよぉ……。

【咲】 事実じゃない。

はぁ……まあ、気を取り直して、次回は世界の果て編の終幕でございます。

【咲】 グランディア編が終わるわけじゃないのね。

まあな。 というわけでこれを見てくれている皆様、次回をお楽しみに!!

【咲】 じゃ、今回はこの辺でね♪

また次回会いましょう〜ノシ




ケンちゃん……、何故だろう、こう親近感が湧いてくるのは。
美姫 「気のせいでしょう」
いや、気のせいじゃないと思うけれどな……。
美姫 「今回、リリスがかなり我が侭になってるわね」
まあ、その辺りは恭也に宥めてもらうとして、いよいよ次回!
美姫 「登り切るのね」
一体そこに何が。
美姫 「次回が楽しみね」
うんうん。次回も待ってます。



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