日が沈み、外が暗くなる時間。

高町家では夕食の準備が行われていた。

といっても準備をしているのは今日の当番であるレン一人。

他の面々はリビングで夕食ができるのを待っている。

だが、そんな中に一人だけ姿の見えないものがいた。

 

「恭ちゃん……遅いね」

 

「何かあったのかな?」

 

美由希とフィアッセは短くそう言い合う。

姿の見えない一人というのは恭也であった。

この時間帯になると翠屋の仕事も終わり、桃子とフィアッセも帰ってくる。

たまに翠屋の仕事が終わるまで恭也も働き二人と共に帰ってくることもあるが、今日は働いてはいないのか帰ってきたのは二人だけ。

午後の講義があまり入っていない恭也は大学が終われば寄り道をしていたとしても日が沈む前には帰ってくる。

しかし、今日は日が沈んで一時間近く経っているのに帰ってこない。

皆の内に不安が浮かぶのも無理はないだろう。

さらに今日の恭也は誰が見ても何かあったのかと思えるくらい様子がおかしかった。

それが皆の不安感をさらに煽る。

そしてそんな不安を胸に恭也の帰りを待っている中、玄関のほうから扉の開く音がした。

 

「帰ってきたのかな。 見てくるね」

 

そう言い残して美由希はすぐに玄関へと駆けていく。

美由希の思ったとおり扉を空けたのは恭也だった。

 

「あ、お帰り恭……ちゃ…ん」

 

美由希は恭也の状態を見て固まってしまう。

かといって恭也が傷だらけであるというわけではない。

まったくの無傷だ。

問題は恭也の抱えているものだった。

 

「ん……んん…」

 

それは見た感じ幼いといった容姿の少女。

金色の髪をして首から掛けている懐中時計を大事そうに握っていた。

そんな少女を自分の兄が持ち帰ったりすれば驚きで固まるのも無理はないといったところだろう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

永ワノ刻ヲ渡ル者

 

第二話 キミハダレ?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「何を呆けている……」

 

固まったまま動かない美由希を見かねたのか恭也はそう声を掛ける。

その声で我に帰った美由希だが困惑は隠せないといった表情だった。

 

「きょ、恭ちゃん……その子」

 

「話は後だ。 とりあえず上がりたいのだが?」

 

美由希が立ちふさがるといった形になっているためか上がるに上がれない恭也はそう言う。

恭也の言葉に美由希は慌ててリビングへと走っていった。

 

「はうっ!」

 

駆けていく音の途中でドタッという音と美由希の声が聞こえてくる。

どうやら慌てるあまりこけてしまったようだ。

靴を脱ぎながらどうしてあいつはあそこまでドジなんだと溜め息をつく恭也だった。

 

 

 

 

 

 

とりあえず少女をソファーに寝かした恭也を食卓に呼び、一同は食卓に椅子に座って恭也からどういうことなのか聞き出すことにした。

 

「ふむ……どう説明したらいいものか」

 

若干説明に困りながらも事情を掻い摘んで話した。

話を聞いていた面々は聞き終わった後もしばし沈黙する。

そんな中、桃子が沈黙を破るように口を開いた。

 

「事情はだいたいわかったわ。 で、あの子の親とかに連絡しないといけないんだけど、そのこととかは聞いたの?」

 

「いや……助けた後、すぐに気を失ってしまったからな。 何も聞いていない」

 

「そう……とりあえず、あの子が起きるまで待たないといけないわね」

 

桃子の言葉を最後に再び沈黙が舞い降りる。

 

「……んん」

 

静寂の中、リビングのほうから小さな呻き声が聞こえてくる。

皆はそれを聞いてすぐに少女の下へ駆け寄る。

呻き声からしばらくして少女はゆっくりと目を開けた。

 

「……っ」

 

ぼーっとした目を皆に向けてから意識がしっかりしたのか怯えたような表情になる。

そして目線だけを動かしながら何かを探し始め、その目は恭也を捉える。

すると途端に嬉しそうな表情を浮かべ起き上がって恭也の後ろに隠れ、顔を半分だけ覗かせるような格好になる。

 

「随分懐かれてるね…恭ちゃん」

 

若干トゲのあるような言い方で美由希はそう言う。

そして声こそ出さないが他の面々(桃子、なのは以外)も美由希と同じような視線を恭也に向ける。

 

(み、皆は何をそんなに怒ってるんだ…?)

 

なぜそんな視線を向けられるのか、鈍感な恭也にはわからず冷や汗を流す。

そんな中、桃子は優しげな表情をしながら恭也の後ろに隠れる少女に話しかける。

 

「初めまして、私はこの子の母親で高町桃子です。 あなたはなんていうのかしら?」

 

「うう……」

 

優しく問いかけるも少女の表情は変わらなかった。

そして怯えた表情のまま恭也に顔を向ける。

恭也はそれに気づいたのか桃子と同じように優しげな表情で同じことを問いかける。

 

「君の名前はなんて言うんだ? 教えてくれないか」

 

「……刹那」

 

小さな声でそう言う。

恭也は優しげな表情を崩さず少女―刹那の頭に手を置いて撫でる。

 

「刹那か……いい名前だ」

 

「うん……あなたは、なんていうの?」

 

「俺か? 俺は高町恭也だ」

 

「恭也……」

 

恭也の名前を呼びながら嬉しそうな顔をする。

だが、それから一転して悲しげな表情に変わる。

 

「憶えて…ないんだね」

 

「ん?」

 

よく聞こえなかったのか恭也は聞き返すように言う。

だが刹那は首を横に振ってなんでもないと言う。

だから恭也もそれ以上追求することはなかった。

 

「ま、とりあえず残りの話は後にしましょう。 時間も遅いし早く夕飯にしちゃいましょ」

 

「だが、刹那はどうするんだ?」

 

「う〜ん……レンちゃん、夕飯にもう一人追加するけど大丈夫?」

 

「あ、はい〜、問題ないです〜」

 

「そういうことで、刹那ちゃんも今日は遅いから夕飯食べていっちゃいなさい」

 

桃子は刹那にそう言うが刹那はやはり恭也以外には怯えた表情を浮かべる。

そしてさっきと同じように恭也に顔を向ける。

 

「母さんもこう言ってるし、食べていったらどうだ?」

 

「うん……」

 

刹那は小さく頷きながら返事をする。

そして恭也に連れられるように食卓へと向かっていった。

 

「ほら、皆もいつまでそうしてるのよ」

 

手をパンパンと叩いてなぜか呆然としている面々に声を掛ける。

それに我に帰った面々は食卓へと足を向けていった。

 

 

 

 

 

 

 

夕食後、食卓を囲うようにして話の続きを再開することにした。

刹那は若干に皆に慣れたのか恭也の後ろに隠れることはしなかった。

だが、やはり慣れてない部分もあるためか隣に座る恭也の袖をぎゅっと握っていた。

 

「それで、刹那ちゃんの家はどこにあるのかな? この近くなら連絡して迎えに来てもらうなりしないといけないんだけど」

 

「……ない」

 

「え?」

 

「家は……ない」

 

恭也以外の人の言葉にも返すようにはなったが言われた言葉は予想外の言葉だった。

その表情からはとても嘘をついているようには見えない。

だからか、刹那の返答に桃子はどういっていいものか困った表情をする。

それは恭也を含めて皆同じだった。

 

「そ、それじゃあ刹那ちゃんは今までどこで暮らしてたのかな?」

 

「……」

 

桃子の次の質問に刹那は何も答えない。

その様子に言いたくないのだろうということが読み取れた。

だからこそ困ってしまう。

家がないということは親もいないということだろう。

ならこのまま刹那を帰らせることは路頭にでも迷わせるということになる。

さすがにそれは良心が痛む。

だからか、桃子は笑顔でその提案を言った。

 

「じゃあ、しばらくこの家に住みなさい」

 

「か、母さん…」

 

「な〜に、恭也。 あんたはこんな可愛い子を路頭に迷わせるつもり? そんな人でなしに育てた憶えはないわよ?」

 

「いや、だが、部屋がないだろう」

 

「それなら大丈夫よ」

 

「どこか開いてる部屋があるのか?」

 

「あんたと一緒の部屋だから」

 

「ああ、なるほど…って、おい!」

 

『そんなのダメだよ!!』

 

桃子の提案に皆が一斉に声を上げる。

 

「なんでだめなの?」

 

「だ、だって仮にも恭ちゃんは男で刹那ちゃんは女なんだよ? そんなの不純だよ!」

 

「そうだよ、桃子。 一緒させるなら他にもいるじゃない」

 

「でも、刹那ちゃんは納得しそうにないじゃない。 ただでさえ恭也に懐いてるんだし」

 

「そ、そこはなんとか説得して……」

 

「て、皆は言ってるけど、刹那ちゃんはどう?」

 

そのまま続けても決着がつかないと踏んだのか桃子は刹那に聞いてみる。

刹那はふるふると首を横に振って恭也を見る。

 

「やっぱり恭也がいいみたいよ?」

 

「だ、だがな……」

 

「ダメなの……?」

 

途端に悲しそうな表情をする。

そのまま行けば泣いてしまいかねないだろう。

さすがにこんな表情を向けられては恭也もダメとは言えないらしく…

 

「はぁ……わかった」

 

そう言うしかなかった。

そして結局恭也の部屋に泊まることになったのだが、他の者たちからの視線が痛かったのはしょうがないことだろう。

まあ、若干二名ほど違う意味合いの視線ではあったが。

こうして刹那は高町家にお世話になることになった。

謎の少女、刹那とその少女に懐かしさを感じる青年、恭也。

この二人にどんな関係があるのか。

これから先、二人はどうなっていくのか。

今、このときには誰も知ることはなかった。

 

 


あとがき

 

 

ダークというような要素は今にして思えばあるのかないのか。

【咲】 永ワ刻にはあるっちゃあるけどね。

とらハとクロスするとさすがになくなるかな。完璧なシリアスだけど。

【咲】 あんたにはちょうどいいじゃない。

ま、書きやすいっちゃやすいんだけどね。

【咲】 この話でコメディは書けないんじゃない?

うん、無理だね。 それはもうきっぱりと。 ていうか書ける人いるのかな。

【咲】 浩ならできるんじゃない? 美姫さんの指導の下に。

あ〜、浩さんならできるだろうけど、美姫様の指導の下で、というのはさすがに。

【咲】 さすがに……なに?

きつすぎるんじゃない? ていうか生傷絶えなそう。

【咲】 それは美姫さんの愛の鞭よ。

いや、それだけじゃ説明つかないような仕打ちであると思う。

【咲】 美姫さんの悪口はいただけないわね。

ま、まて!! さっきののどこが悪口だとぶはっ!!

【咲】 私が悪口だと思えばそうなのよ。

そ、そんな無茶苦茶な……。

【咲】 じゃ、今回はこの辺で〜♪

美姫様の指導はきついでしょうが浩さんがんばっあべっ!!

【咲】 懲りずに……。

い、今のはどう見ても…悪口じゃな……い……バタッ。




そして、寝所以外にも問題になったのが……。
そう懸命な方なら既に言わずとも気付いてらっしゃるでしょうが、お風呂タイムである。
当然の如く、刹那は恭也と一緒に入ろうとし、それを止めるべく動いたのが美由希たちである。
散々暴れる少女に手を焼きつつも、何とか入浴を済ませる。
女性陣の入浴が終わるなり、恭也もまた風呂場へと向かう。
何やらややこしいことになりそうな予感を胸に抱きつつ、せめてもの憩いの場として風呂場へと逃げ込むかのように。
本来なら、自分の部屋が逃げ場所…もとい安らげる場所のはずなのに、桃子の一言でそれはあっけなく崩れ去った。
ならば、普段はからすの行水程度であるが、今日だけはゆっくりしよう、頼むからさせてくれとその背中が物語っていた。
ようやく落ち着けると肩まで湯船に浸かり、長々と息を吐き出す。
そんな静寂は束の間の夢であったと知るのに、そう時間は掛からなかった。
行き成り扉が開いたかと思うと、一糸纏わぬ姿の刹那が入ってくる。
慌てて目を閉じる恭也であったが、その気配が近付き、遂には肌が触れる。

「あ、あのー、刹那さん? 何をされて…」

戸惑いつつも当然のことを尋ねる恭也に、刹那は恭也を男として見ていないのか、それとも信頼しているのか、
それとも、別の何かからかその首に抱きつくと甘えるように頬を摺り寄せる。

「……お風呂」

「あ、ああ、そうですね。お風呂に入っているんですね。
 って、そうではなくてですね、今は俺が入っているので」

「……大丈夫」

「いや、何が大丈夫なのかは知りませんが、俺の方が大丈夫ではないと言いますか。
 寧ろ、この状況で果たして言い訳を聞いてくれるかどうかという不安が…」

恭也の言葉を聞いていたかのようなタイミングで、風呂場の向こう、ガラス戸越しに美由希の声が届く。

「恭ちゃん、刹那さん知らない。いつの間にか姿が見えな……。
 えっと、恭ちゃんのにしては小さいサイズの服だね。それに、これって女物のような気が…。
 あははは。落ち着くのよ、美由希。まだよ、まだ決まったわけじゃないわ。
 もしかしたら、恭ちゃんが女装に目覚めたと言う可能性だってまだ残って……って、そんな可能性も嫌よ!
 って言うか、明らかに刹那さんの服じゃない! 恭ちゃん、どういう事!」

自分で自分に突っ込みを入れてから風呂の扉に手を掛け、恭也が止める間もなく開け放つ。

「…………あ、あぁあぁぁぁぁっ! な、何してるの、恭ちゃん!」

「俺が無理矢理したみたいに言うな」

疲れたように呟く恭也と、その首にしがみ付いている刹那。
そんな二人を指差しながら肩を振るわせる美由希。
しかも、運の悪いことに美由希の上げた大声に他の者もやって来て…。
俄かに騒がしくなった風呂場で、恭也は自分の安息できる場所がないことをしみじみと痛感しながら、
大きな、大きな溜め息をこれでもかと一つ溢すのだった。



ってな感じでどうでしょう。
美姫 「感想書かずに、何をやってるのよ!」
ぶべらっ! い、いや、今回は偶々…。
美姫 「偶々じゃないわよ、もう」
あは、あはははは。
え、えっと、それじゃあまた次回で。
美姫 「って、何がどうなってそうなるのよ!」
ぶべらっ!
美姫 「まったく。それじゃあ、まったね〜」



▲頂きものの部屋へ

▲SSのトップへ



▲Home          ▲戻る