『珍しいな、お前が対象を見逃すのは』

 

御崎町のある場所に立つ廃ビル。

そこの三階のとある部屋に座る一つの影があった。

闇夜に同化するかのごとく真っ黒な服装の青年。

首から掛けられた大掛かりな首飾りだけが妖しく光る。

 

「完全に見逃したわけじゃない。 次があれば容赦なく斬る」

 

『だが、自分を素性と姿を知るものは容赦なくその場で斬り捨てる、と前に聞いた気がするが?』

 

「まあ、な。 確かにらしくなかったかもしれん」

 

青年は立ち上がり、窓へと歩いていく。

窓際に立つと少し前にいた屋上でしたように空を見上げる。

 

「ただ……誰かを守ろうとするあの目を見ると、考えてしまうんだ」

 

語るその目は懐かしさと寂しさを混ぜ合わせたような目。

それは昔を懐かしむ者の目。

 

「俺にもあんな目をしていたときがあったんだろうか、とな」

 

まだ人間だったときの記憶。

辛くもあったが、暖かった日常の記憶。

自分を受け入れてくれた家族や友人の記憶。

 

『だが、もうあの頃には戻れない』

 

「わかっている。 どんなに想おうとも、どんなに願おうとも、もうあの日常は戻ってはこないことは」

 

青年は空から視線を部屋に戻し、再度座る。

そして目を閉じ、眠ろうとする。

 

「だから俺は、俺からあの日常を奪った“白戒”を……許しはしない」

 

眠りに落ちていく。

決意を口にして、眠りに落ちていく。

そのまま夜が明けるまで、青年はそのまま目を覚ますことはなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

復讐に狂う黒衣の鬼神

 

第二話 二度目の邂逅は唐突に

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

市立御崎高校。

それが悠二とシャナの通う学校である。

まあシャナの場合、守るべき者が通っているからという理由があるため仕方なくといった感じではある。

でなければ、教師に説教のようなものをするほど学力が十分に足りているのだから通う必要性がないだろう。

 

「で、昨日のはいったいなんだったんだ?」

 

「そんなこと聞かれても私だってわからないわよ」

 

その学校の門から授業とHRを終えた二人が出てくる。

二人の話す話題は昨日のフレイムヘイズのことである。

突然の封絶と共に現れ二人を、いや、正確にはシャナを襲った漆黒のフレイムヘイズ。

名前(真名だが)と復讐するという意志以外は何もわからない謎の人物。

なぜ、無関係と解ったにも関わらずシャナを殺そうとしたのか。

青年の尋ねてきた“白戒”とはいったいなんなのか。

ほとんどが何もわからないことだらけ。

 

「そういえば、アラストールはあのフレイムヘイズと契約した紅世の王のこと、何か知ってるの?」

 

『ふむ、確かに知ってはいるが、それは今のフレイムヘイズと契約する前のことだ』

 

「でも、それだけで何かわかるかもしれないんじゃない?」

 

『いや、それはないだろう。 今回の行動と奴が以前起こしたことはほとんど繋がるところがない。 それに奴もその気は今はないらしいからな』

 

悠二の言葉をアラストールは否定する。

アラストールの言葉に気になる部分はあったが今回と関係がないだろうと言われ聞かなかった。

だが、そうなるとさらに謎は深まるばかり。

 

「じゃあなんでシャナを襲ったんだろ……」

 

『わからん。 だが、何かしらの意味はあるとは我も思う』

 

その意味はわからぬが、とアラストールは続ける。

結局のところ、話し合ったところで解るわけがなかった。

あまりにも情報が足りなさ過ぎる。

と、会話が止まったところで気づく。

最初以降、シャナが会話に入らず黙っているのだ。

しかも、さらにそこで気づいたのだが何気に歩調が速くなっている。

アラストールと会話をしながら無意識に合わせていたため気づかなかったが今になってどうしたんだろうと思う。

 

「どうしたの、シャナ? そんなに急いで」

 

「早く行かないと売り切れちゃうから」

 

「売り切れちゃうって……何が?」

 

「タイヤキ」

 

そういうことか、とシャナに聞こえないように呟く。

シャナはかなりの甘党、というかお菓子好きである。

だからそういうものを目の前にすると明らかに目の色が変わる。

まあ一番好きなのはメロンパンだが。

そんなわけでどこで情報を仕入れたのかはわからないが今度はタイヤキらしい。

歩いている方向からみると公園のほう。

となると屋台か何かだろう。

しかも話からするととても人気があるらしいから自然と歩調が速くなったということだ。

しかし、いくら人気だからってそんなにすぐに売り切れるとは思えない。

それに人気なら材料も多く仕入れている可能性だってあるのだからそうそう売り切れはしないだろう。

だが、先ほども述べたがシャナは無類のお菓子好き。

人気があるなら売り切れるかもしれないということが頭あって他の可能性に行き届かないのだろう。

 

「でも、何もこんなときにタイヤキって……」

 

「こんなときだからよ。 それに甘いもの食べたらストレスが少しは発散するし」

 

そこで気づく。

昨日の件にシャナが悔しがっていることを。

今まではそれでもなんとかやってこれた。

だが、昨日の相手にはまるで手も足もでなかった。

それがシャナにとって悔しくて堪らないのだろう。

それがわかったから、悠二は少しだけ苦笑してシャナどんどん速くなるシャナの歩調に合わせ、公園へと向かうのだった。

 

 

 

 

 

 

 

公園についた悠二はまさか、と思った。

信じられないことではあったが目の前の現実がそれは真実だと語る。

 

「……」

 

シャナは絶句し、ある一点をじっと見ている。

その背後にはどこか暗い影があるように見える。

 

「あの、シャナ?」

 

悠二の声にも反応はしない。

それほどのショックを受けたのだろう。

まあ何があったのかというとだ。

 

「タイヤキ……」

 

屋台で売っているタイヤキが売り切れていた、ということである。

公園で商売をしている屋台の品が売り切れていると言うのは見たことがない。

だが、現実にそれは目の前で起こっている。

屋台に張られているメニューのタイヤキの部分に解りやすく、売り切れ、と書いてある。

それを目の前にしたシャナの落ち込み具合はかなりのものだった。

音にすれば、ず〜ん、といった具合に暗い影がシャナの背後にかかる。

それを見たら悠二はシャナにどう声をかけたらいいかわからない。

 

「ん……?」

 

そのときだった。

その青年が目の前を通りかかったのは。

その青年は黒いコートに黒いシャツ、黒いズボンといった見た感じかなり目立つ格好。

二人は、というか三人にはその青年に見覚えがあった。

何を隠そう、昨夜襲った来たフレイムヘイズその人だった。

青年が目の前に現れた瞬間、シャナも悠二も先ほどの雰囲気とは打って変わって警戒を露にする。

だが、その青年は仕掛けてくるどころかつまらなそうに一瞥し、

 

「なんだ、おまえたちか……」

 

とだけ呟いて手に持つ袋に手を入れる。

そしてその袋から出された物を見てシャナが、あ、と声を漏らす。

その袋から取り出されたのは紛れもないシャナの求めていたもの。

そう、それは……タイヤキ。

 

「ふむ……なかなかうまいな」

 

タイヤキを頭の部分から頬張りながら青年は呟く。

それを見てシャナは明らかに物欲しそうな顔をしていた。

まあ、自然と公園に向かう足が速くなるほど食べたかった物だから無理はないだろうが。

余談だが、屋台のタイヤキを買った最後の客はこの青年だったりする。

 

「ん? ……何かようでもあるのか?」

 

シャナの視線に気づいたのか青年はタイヤキを食べる手を止めて尋ねる。

だが、シャナは答えずにただ青年の手に持っているタイヤキを見ている。

青年は答えないシャナに首を傾げ、シャナの視線を辿る。

そして、その視線がタイヤキに向けられていることに気づく。

それに気づいた青年はタイヤキとシャナを交互に見て、袋を差し出すように前に出す。

 

「……食うか?」

 

そう尋ねた青年の言葉にシャナはぴくっと反応する。

だが、すぐに返事は返さない。

おそらく、目の前の敵から施しを受けるものかという意地と食べたいと言う欲求の葛藤が起こっているのだろう。

それから数十秒という短いが長く感じる思考を経て、シャナは口を開く。

 

「あ、あんたなんかの施しなんて」

 

「受けないか? ふむ……なら、いらんということだな」

 

青年は手を引っ込めようとする。

だが、シャナはそれを止めるように短く言った。

 

「いる」

 

どうやら葛藤は食欲が勝ったようだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

公園の一角にあるベンチに青年を含めた五人(アラストール、ケイトルファを含む)は腰掛ける。

腰掛けると同時にシャナは青年からもらったタイヤキの袋からタイヤキを一個取り出し食べ始める。

タイヤキを頬張るその顔には先ほどの顔とは比べ物にならないほどの笑みが浮かんでいた。

そんなシャナを余所に、三人は会話をする。

 

「あの、すみませんでした……」

 

その謝罪は無論タイヤキのことに関して。

結果的に青年からタイヤキをご馳走になるという形になってしまった。

だから、悠二はとりあえず謝る。

 

「いや、俺も多く買いすぎたと思ってたところだったからかまわん。 それに本来はあまり甘いものは食べないほうだしな」

 

タイヤキを買ったのもただの気まぐれだと青年はその後に続ける。

もともと甘いものは苦手で昔食べていたときもカレーとチーズというある意味特殊なタイヤキを食べていたのだ。

だから、一個食べた時点で食べる気はほとんどなくなっていた。

そのため青年としても結果的にはよかったと思っていた。

 

「それで、何か聞きたいことがあるんじゃないのか?」

 

「え?」

 

確かに青年の言うとおり、聞きたいことはたくさんあった。

だが、なぜ青年はそれがわかったのだろうかと悠二は思う。

青年はそれさえもわかったかのように言う。

 

「お前の顔を見ればわかる」

 

「そ、そんなにわかりやすい顔してましたか?」

 

「ああ」

 

「そ、そうですか……」

 

少し悠二は恥ずかしくなる。

聞きたいとは思ってはいたがそれが顔に出てるとは思わなかったから。

だが、そのまま黙っていても迷惑になるのではと思い悠二は聞きたいことを尋ねる。

 

「なんで僕が“ミステス”ってわかったんですか?」

 

「簡単なことだ。 おまえは見た感じではフレイムヘイズに見えない。 そして封絶の中でも関係なく動いている。 この二つを考えれば、自ずと“ミステス”じゃないかという結論が出てくるというわけだ……他には?」

 

青年は次の質問を促す。

それに悠二は考えていた疑問を尋ねる。

 

「なんでシャナを殺そうとしたんですか……?」

 

「ふむ……その質問には若干の語弊があるな。 彼女じゃなく、彼女たちだ」

 

「それって……」

 

「お前の考えている通り、あの時消そうとしたのは彼女だけではなくお前もだ」

 

少しだけ、悠二は青褪める。

それはそうだろう。

昨夜襲い掛かってきた相手が面と向かって殺そうとしていたと言えば誰でもそうなる。

だが、青年の答えは質問の答えではない。

だから悠二は青褪めながらも、もう一度聞く。

 

「なんで、ですか?」

 

「簡単だよ。 お前たちが俺を見たから、だ」

 

「見た……から?」

 

「もっと正確には俺の正体を知ったから、だな。 俺がフレイムヘイズだと知った者は例外なく斬る」

 

「じゃ、じゃあ……」

 

「ああ。 お前たちもいずれは、殺す」

 

悠二は頭が真っ白になる感覚に襲われる。

自分がいつか、目の前の青年に殺される。

それを考えると恐怖が体を支配する。

 

「それで、他には?」

 

青年の声で我に帰る。

だが、恐怖はまだ体を支配し続けていた。

恐怖で震えそうになるのを抑えながら、次なる質問をしようとする。

だが、そこで悠二は気づいた。

それに気づいたことで悠二はさらに質問が増えた。

先ほどしようとした質問の答えも気になるが、新たに浮かんだほうが気になるためそっちを先に聞く。

 

「え〜と、名前はなんていうんですか?」

 

それはいまさらな質問。

だが、一番気になったこと。

悠二がそれを尋ねると青年は怪訝そうな顔をする。

 

「……昨日名乗ったと思うのだが?」

 

「えっと、そうじゃなくて、個人の名前というか、本来の、というか」

 

どう言っていいのかわからず、悠二は悩む。

だが、悠二の聞きたいことがわかったのか青年は呟くように答える。

 

「……恭也だ」

 

「恭也、ですか?」

 

「ああ……人間だった頃はそう名乗っていた。 他にはあるか?」

 

青年はさらに次の質問を促す。

それに悠二は最後の質問を口にする。

 

「復讐っていうのは……誰のためのですか?」

 

昨夜、青年―恭也が言ったこと。

名前のことを抜かせば一番気になる質問。

復讐をする相手(真名だけだが)は聞いた。

だが、誰のためのなのかは聞いてはいない。

だから気になる。

それはただの好奇心からというのが一番強い質問。

だが、恭也にとっては一番触れて欲しくないこと。

 

「……お前には関係ない」

 

だから恭也は冷たくそう言った。

だが、それに怯みながらも悠二は食いつく。

 

「は、話を聞けば僕たちにも何か手伝えることがあるかも」

 

「その必要はない」

 

悠二の言葉を切り捨てるように言い、恭也は立ち上がる。

 

「俺は一人で十分だ。 誰の助けも要らない。 誰とも、もう関わりを持たない……そう、決めた」

 

恭也は三人に背を向ける。

そして背を向けたまま冷たく、殺意すら込めて

 

「次にあったときは、必ず殺す」

 

そう言い残し、歩き出した。

そしてそのまま恭也は二人の前から去っていった。

悠二はわからなかった。

最後の質問をした途端、恭也の対応が変わった理由が。

恭也の対応から見ると触れられたくない話題だったのはわかる。

だが、その理由はわからない。

だから、だからなのか悠二は気になってしまう。

恭也が誰のために復讐をしようとしているのかが。

 

「〜♪」

 

ふと隣を見る。

そこには恭也から貰ったタイヤキを食べ終え、満足そうな顔をするシャナの姿があった。

恭也の対応の理由は気になるというのもあるが、ついでこれを見るとなぜか溜め息が出る。

結局のところ個人としてだが、一番知りたかったことがわからぬまま二度目の邂逅は幕を閉じた。

 

 


あとがき

 

 

ちょっとだけほのぼの出そうかとしたけど結果的にシリアスになってしまった。

【咲】 だめだめね。

うぅ……言い返す言葉もない。

【咲】 でも、最近まで更新止まってた割には早い仕上がりね。

がんばったからね。

【咲】 その頑張りを常に出して欲しいけどね。

無理。

【咲】 即答か!!

へぶっ!!

【咲】 まったく、こいつは……。

うぅ……痛い。

【咲】 じゃ、今回はこの辺でね♪

次回も見てくださいね〜♪




二度目の邂逅は大人しく。
美姫 「次に会う時が来れば、その時はまた戦うことになるのかしらね」
どうなるんだろう。
ともあれ、恭也の復讐相手、仇となる存在はどんな奴なのか。
美姫 「ここに姿を見せるのかしらね」
その辺りも含め、次回以降も目が離せない。
美姫 「次回も待ってますね〜」



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