暗転した意識が戻ったとき、最初にカールの視界に映ったのは保健室の白い天井だった。

目覚めた最初こそぼんやりとしていたがすぐに意識ははっきりとし、過去の世界であったことが頭を過ぎる。

それと同時にカールはゆっくりと状態を起こし、首に掛けられているペンダントに手を持ってゆく。

持っていった手がペンダントの紐に触れ、なぞるように下へ下へと移動し、先端へと辿り着く。

しかし、辿り着いたペンダントの先端には石がついておらず、嫌でもあれが現実だったのだと知らされる羽目になった。

 

「カールくん?」

 

再確認した辛い現実に顔を俯けていたカールに、ちょうど保健室にいたフィリスが近寄り声を掛けてくる。

だが、声を掛けてきたフィリスにカールは何も返すことが出来ず、ただ俯いているだけ。

いつものカールと明らかに違うその様子に、一体どうしたのだろうと思ったフィリスはカールの顔を覗き込む。

そして覗き込んだとき、カールの浮かべていた悲しみの表情にフィリスは少しだけ驚くこととなった。

 

「どうしたの、カールくん?」

 

その表情を見て心配になったフィリスはそう聞くが、やはりカールは口を開かず俯いたまま。

何があったのかを話そうとしないカールに、事情を知らないフィリスはどうしたものかと困り顔を浮かべる。

しかし、そのままカールを放っておくことはできず、フィリスは困り顔から一転して柔らかな微笑みを浮かべる。

そして、微笑みを浮かべたままカールの傍に歩み寄り、頭に両手を回して優しく抱き寄せた。

 

「何があったのかはわからないけど……辛いのなら、泣いてもいいのよ?」

 

「っ……」

 

優しく告げられた言葉にカールは少しだけ反応し、フィリスに身を委ねる格好で涙を流す。

声を押し殺すこともなく、ただ子供のように泣くカールを、フィリスは包み込むように優しく頭を抱きながら撫でる。

優しく、優しく撫で続けられながら……カールはただ、内からくる悲しみのままに泣き続けるのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

メンアットトライアングル!2〜永久に語り継がれし戦士たち〜

 

第三十話 朱色を灯す魔の瞳

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

あれからしばらく、ようやく泣き止んだカールは小さくお礼を言ってフィリスから離れた。

その後またも無言になってしまうカールを前に、フィリスは同じく無言でカールが口を開くのを待った。

そうして静寂が訪れる中、無言だったカールは閉ざしていた口を静かに開き、事の次第を話し出した。

開かれた口から語られるその内容に、フィリスは少しだけ驚いた顔を見せつつも静かに耳を傾ける。

そして、語りだした内容が終わりを見せたとき、フィリスはそんなことがあったの……、と呟いた後、静かに口を開いた。

 

「こんなのは気休めにしかならないかもしれないけど……お祖母ちゃんはきっと、幸せだったと思うわ」

 

「幸せ……ですか?」

 

「ええ。 死んでしまうとわかっていても、死んでしまうその時が来ても……隣には愛する人がいた。 死する形がどんなものであれ……愛している人が傍にいたからこそ、お祖母ちゃんは幸せを抱いたまま逝けたのだと、私は思うわ」

 

「……」

 

死んだ者の気持ちなどわからない。

だから、これはフィリスの言うとおり気休めにしかならないかもしれない。

だが、今のカールにとってはこの言葉は、他の何よりも救われる言葉だった。

 

「ありがとう、ございます……フィリス先生」

 

「ううん……私のほうこそ、ごめんね。 こんな気休め程度の言葉しか掛けられなくて」

 

そう言ってくるフィリスに、カールはそんなことはないと首を横に振る。

そしてベッドの上から足を下ろして立ち上がり、失礼しますと言って保健室の出入り口へと歩き出す。

 

「あ、カールくん……最後に、一つだけ言わせて」

 

「え……あ、はい、何ですか?」

 

「愛する人を失った悲しみは確かに重いものだと思う。 でもね、どんなに辛くても、その悲しみを忘れようとしたら駄目だからね?」

 

「忘れたらいけない、ですか?」

 

「ええ。 今のあなたにとって酷なことを言うようだけど、それがお祖母ちゃんを愛してしまったあなたの罪であり、義務であるのだと思うの。 だから辛いかもしれないけど……どんなに苦しくても、どんなに悲しくても、それを忘れようとしたら、駄目よ?」

 

「わかりました……ありがとうございます」

 

頷くと共に再びお礼を言い、カールは保健室を後にした。

カールが保健室を出て、扉が閉まる音が聞こえた後、フィリスは小さく息をついて乱れたベッドのシーツを整える。

 

「がんばってね……カールくん」

 

シーツの整えが終わるのと同時に、フィリスは呟くようにそう口にした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

カールが保健室を去ってからおよそ十分後、ベッドを整え終わったフィリスは机の前に座っていた。

時間的に今はまだ昼休みであるため、講義の準備をしておこうかと思い座ったのだが、座ってすぐに準備はすでにしていたのを思い出した。

故に今からだいたい三十分間何もすることがなく、どうしようかと悩んだ末にフィリスは紅茶を入れてまったりすることに決めた。

決めたが矢先、フィリスはその準備をし始め、慣れた手つきで紅茶を入れて机の前に再度座り、カップをゆっくりと口に運ぶ。

 

「ふぅ……」

 

一口紅茶を飲み、カップを口から放して小さく息をつく。

その瞬間、保健室の扉が突如ガララッと勢いよく、傍目から見たら乱暴に開かれた。

突然ノックもなしに開かれた扉の音に、フィリスはビクッと少し大げさに驚き、思わず紅茶を溢しそうになる。

が、ぎりぎりのところでそれは免れ、安著の溜め息をつきつつフィリスは開かれた扉のほうを向く。

 

「あら、ミラさんに恭也さん。 どうしたんですか、突然?」

 

「ちょっとベッド借りるわよ、フィリス」

 

突然の来訪者であるミラはフィリスの質問には返さず、それだけを告げて恭也と共にベッドへと移動する。

返されたその言葉にフィリスは一体何を想像したのか、顔を赤くしつつ少し慌てたように何かを言おうとする。

しかし、言おうとした言葉はある一点に目がいった際に飲み込まれ、フィリスはすぐに真剣な顔をして自身も恭也たちの所へと歩み寄る。

 

「綾菜ちゃん……今度はどうしたんですか? また、怪我でも?」

 

「そうだったら、まだよかったんだけど……残念ながら、事はもっと深刻なものよ」

 

「深刻……ですか? 一体何が――」

 

言いかけた言葉は最後まで続くことなく、フィリスは目の前の光景に絶句する。

二人によって保健室へと運ばれ、今現在ベッドに寝かされる綾菜の閉じられた左目が恭也によって開かれた。

その左目が開かれた際にフィリスが見た光景、それはまるで血のように赤い朱色に染まっている瞳だった。

 

「一体……何が、あったんですか?」

 

絶句していたフィリスは我に返り、二人のほうを向いてそう尋ねる。

本来普通ならば、この光景を見た瞬間一体これは何なのかという疑問が浮かぶ。

だが、フィリスはこの学園では数少ない、綾菜の事情を知る者であるためその疑問が浮かぶことはない。

それは恭也とミラとて知っているため、二人はフィリスの言葉に驚くことなく事の簡単な説明をする。

その説明を静かに聞き、聞き終えたときにはフィリスの表情の真剣さは増すこととなっていた。

 

「そう、ですか……そんなことが」

 

「ええ……それで、フィリス。 あなたから見て、今の綾菜の容態はどうかしら?」

 

「そうですね……ちょっと、場所を代わってもらえますか?」

 

その言葉にミラは小さく頷き、フィリスに先ほどまで自分のいた場所を明け渡す。

明け渡された場所にフィリスは立つと、綾菜の容態を診始める。

そして診始めてから数分、フィリスは容態を診終えたのか、ミラが先ほど聞いたことに答えるように口にする。

 

「体のほうは、特に問題ないと思います。 おそらくは魔力の異常増大に一時的に体が耐えられなかっただけですから。 ですが……」

 

「この目がある限り、再びこうなる可能性がある……ですね?」

 

恭也が口にしたことに、フィリスは肯定を意味するように小さく頷く。

それと同時に、説明を聞いた上でふと疑問に思ったことをフィリスは口にする。

 

「そういえば、レイナさんたちはどうしたんですか? 彼女たちなら綾菜ちゃんが倒れたのを見たら付いてきそうなものですけど」

 

「レイナたちなら今、セリナかアーティを探してもらってるのよ。 この子のこれを一番よく知るのはあの二人、それと裂夜ぐらいなものだから」

 

「……食堂にいたんですよね? なら、裂夜さんを連れてくれば一番早かったんじゃないんですか?」

 

「いや、俺たちもそう探したんですけど……」

 

「……どこ探しても全然見当たらないのよ、裂夜。 この非常時に、いったいどこで油売ってるんだか……」

 

そう呟くミラの纏う空気は、あからさまに怒りという感情で満ちていた。

自分の娘や息子に関することになると少し、というかかなり暴走気味になるミラからしたら、これは非常事態に他ならない。

そんなときに限って探せど探せど目的の人物の姿が見当たらないとなれば、怒りという感情がその人物に向くのも当然のこと。

もし、事が終わった後に裂夜が見つかったとなれば、もうこれは雷撃程度では済まないかもしれない。

そう思ってもおかしくないくらい、今のミラの纏う空気はかなり危ないものだった。

 

「お待たせ恭兄、ミラ姉! 言われた通り、セリナさんを連れてきたよ!」

 

「んん〜……なになに、一体なんの騒ぎなの?」

 

ミラがそんな危なげな空気を纏う中、若干息を切らせながらレイナたちが保健室へと到着する。

その到着したレイナの背中にはなぜかセリナがおんぶされていた。

おんぶされるセリナの目がかなり眠そうなのは、おそらく昼食を食べた後に昼寝でもしていたのだろう。

 

「ありがと。 じゃあ、セリナをこっちに連れてきてくれるかしら?」

 

「あ、はい」

 

まあセリナが昼寝をするのはよくあることなため、ミラはそこには何も言わなかった。

ミラに言われるがまま、レイナはセリナをおんぶしたまま連れて行き、三人の前で地面に降ろす。

レイナの背中から降り立ったセリナは眠そうな目を擦りながら、三人へと顔を向ける。

 

「ん〜……何かあったの、お兄ちゃん、ミラお姉ちゃん」

 

「ええ。 ちょっと、これを見てくれるかしら?」

 

綾菜を見るように促し、その左目をもう一度静かに開く。

眠そうな目で綾菜へと視線を向けたセリナは、開かれた綾菜の左目が朱色になっていることに驚き、一転して真剣な顔になる。

 

「これ、どういうことなの? なんで、封印したはずの『魔眼』が開眼してるの?」

 

もう眠気など吹っ飛びました的な真剣さで聞いてくるセリナに、恭也とミラはフィリスにしたのと同じ説明をする。

その説明を聞き終えた後、セリナはなるほど、というような顔で頷き口を開く。

 

「つまり、リィナちゃんの魔力に魔眼が強く反応して封印を破っちゃった……てことなんだね?」

 

「ああ。 俺たちが近くにいながら、面目ないことだがな……」

 

「それはしょうがないことだと思うよ、お兄ちゃん。 お兄ちゃんたちは魔眼について詳しくは知らないから、こんなことになるなんて予想しなかっただろうしね」

 

セリナは恭也の言葉にそう返すと、再び綾菜の左目を開いてそれを見始める。

 

「ん〜……にしても、またタイミング悪いときに開眼しちゃったね。 今はアーティがこっちにいないから、再封印ができないし」

 

「セリナだけじゃできないのか?」

 

「無理無理。 魔眼が唯一受け付けるのは光の魔力だけであって、他の魔力じゃ干渉する間もなく吸収されちゃうよ」

 

「つまり……アーティが帰ってくるまでは打つ手がないってこと?」

 

「そういうことになるかなぁ。 まあ、応急処置として眼帯でもしておけば大丈夫だと思うよ? 魔眼は対象を見ることで魔力を吸収しちゃうんだしね」

 

そう言ってセリナは綾菜の左目から手を離す。

セリナから聞いた対処に完全にとはいかないが、それでも安心したとばかりに二人は息をつく。

そこでミラが何かを思い出したのか、小さく声を上げ、再度セリナに対して口を開いた。

 

「セリナ……記憶のほうは、どうなの?」

 

「あ〜、そっちはまったく問題なしかな。 封印が破られた感じもないし」

 

「そう……」

 

セリナの返した言葉に、ミラは明らかにほっとしたような顔をする。

そしてそんな顔を浮かべながら、眠り続ける綾菜の頬を優しく撫でる。

 

「それを聞いて安心したわ。 あんな記憶……思い出して欲しくないもの」

 

呟かれたその言葉に、恭也とセリナは同意するように頷いた。

あんな記憶……それは、綾菜の魔眼の存在を知っていたフィリスでさえも知らないこと。

初めて魔眼が開眼したとき、それを目撃した周囲のものから『化け物』と呼ばれた悲しい過去。

まだ子供であっても、その言葉は綾菜の心を深く抉り、傷つけ、トラウマさえ抱かせかねなかった言葉。

あのとき、綾菜がどれだけ苦しんだか、悲しんだかを思い出し、ミラの表情は若干の暗さを帯びる。

 

「あ、あの〜、恭兄? ミラ姉? そろそろ何が起こったのか説明して欲しいんだけど〜……」

 

「え……あ、ああ、そうだったわね。 ごめんなさい、すっかり忘れてたわ」

 

我に返りそう言ってくるミラに、静穂は若干の苦笑を浮かべる。

そして、全員が恭也とミラへと顔を向け始める中、二人は綾菜の魔眼についてのことを話し始めた。

魔眼の能力、それを持つ綾菜のことを、ゆっくりと事細かに説明をしていく。

その説明を聞いていくうちに、レイナたちの表情は徐々に驚愕へと染まっていった。

 

「――というわけよ。 わかったかしら?」

 

「え……あ、はい。 でも、それって凄くないですか?」

 

「どういうこと?」

 

「だ、だって、その魔眼とかいうのを使ったら大抵の魔術師は無力になっちゃうんだし」

 

「あ〜、まあ、これを聞いただけなら確かにそう思うよね。 でも実際、デメリットも存在するんだよ」

 

「デメリット、ですか?」

 

「ああ。 確かに魔眼は目にした者の魔力を吸収する力がある。 だがもし、吸収し続けたことで保持した魔力量に器が耐えられなくなったとしたら?」

 

「あ……」

 

恭也が言ったことに、いち早く理解したのは他でもないリィナだった。

魔女の血を持つ彼女は、日々増大し続ける魔力に体が耐えられず、今の病弱な体になっている。

だからこそ、リィナは魔力を吸収し続けることがどういうことを招くかをよく知っていた。

そしてそんなリィナを初めとして、他の者も同じくそのことに気づく。

 

「わかったでしょ? 魔眼を持っていても、普通の人間の魔力許容量なんてたかが知れてる。 だから、普通の人間がこれを使うのは、謂わば諸刃の剣なのよ」

 

「そうなんですか……」

 

「それよりもあなたたち……綾菜が、怖くないの?」

 

説明を終えたと同時に口にされたそれに、レイナたちはキョトンとした顔をする。

まあ、いきなり突拍子もなくそんなこと聞かれれば、誰でもそうなってしまうだろう。

 

「え、何で怖がるんですか?」

 

「なんでって……こんな目を持ってるのよ? 普通は怖がったり、するものじゃないかしら?」

 

「そんなことないよ〜。 確かに驚きはしちゃったけど、どんな姿をしてても綾菜ちゃんは綾菜ちゃんだし」

 

「そうですね。 まだ知り合ってそんなに経ってるわけじゃありませんけど、私たちは綾菜さんをよく知っているつもりです。 ですから、綾菜さんがどんな力を持っていても、それを悪用したりしないと信じていますから」

 

静穂とリゼッタの言葉に、他の面々も同意するように頷く。

そしてその言葉にミラも、恭也も驚きを浮かべるが、すぐにそれは安心したような表情へと変わる。

綾菜の力を知ることで、レイナたちが綾菜を怖がり、遠ざけたりしないかが二人は心配だった。

だから、それが杞憂に終わったことに、二人があからさまな安心の表情を浮かべてしまうのもしょうがないことだった。

 

「綾菜は……いい仲間を持ったな」

 

「そうね……」

 

安心の表情を浮かべたまま言ったその言葉に、レイナたちは照れたような表情を作る。

そして同時に疑問が浮かんだのか、静穂は小さく声を上げて二人へと口を開く。

 

「そういえば、どうして蓮也くんだけは付いてきちゃ駄目って言ったの?」

 

ふと思ったそれを、静穂は不思議そうに尋ねる。

綾菜を運び込むとき、当然一緒にいた蓮也も付いて行こうとしたのだが、それを二人は止めた。

綾菜のことは自分たちが見てるから蓮也は部屋に戻っておいて、と言って、蓮也だけを置いてきたのだ。

そのことは静穂だけでなく他の面々も見ているため、同じく不思議そうな顔でミラへと向く。

一斉に視線を向けられたミラは少しだけ黙り込んだ後、綾菜のほうを向いてその頬を撫でつつ口を開いた。

 

「綾菜が……望んだことなのよ」

 

「え……?」

 

ミラの言ったその言葉の意味がわからず、どういうことか、尋ねるような視線を向ける。

だが、ミラはそれに対しては黙して語らず、ただ綾菜の頬を優しい手つきで撫で続けていた。

故にレイナたちは恭也のほうへと同じ視線を向けるが恭也もミラと同じで語ろうとはせず、その場にはしばし沈黙が流れるのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

一方、保健室でそんな会話が成されていたとき、裂夜は学園を走り回っていた。

走り続ける裂夜の表情からは必死さが嫌というほど伝わり、しきりに後方を気にしながら走る。

そして裂夜がしきりに気にする後方から、怒涛の如く追いかけてくる者がいた。

 

「待ってくださ〜い、裂夜様〜!!」

 

「ええい! いい加減諦めんかぁーー!!」

 

「い〜や〜で〜す〜!!」

 

この裂夜を追いかけてきている者――リエルとの鬼ごっこはもう三十分近く続いている。

そして付け加えるなら、裂夜とリエルの鬼ごっこはここ最近毎日のように行われていた。

というのも、純粋な好意を向けられることに慣れていない裂夜はリエルと会うと即座に逃げ出すのだ。

だが、リエルもリエルで好きになった人ともっと話などをしたいと思い、逃げる裂夜を追いかける。

そんなわけで、このような構図が毎日のように行われるのは、謂わばこの二人にとっての必然なのだろう。

 

「く……なんて奴だっ。 俺の速度についてくるとは」

 

裂夜がそれなりに本気で走っているにも関わらず、放されていないというのは凄いの一言である。

しかし、傍目から見れば凄いというだけだが、追いかけられている者からしたら迷惑極まりない凄さだ。

というわけで、追いつかれることなく、だが放されることなく二人の鬼ごっこは、舞台を次々と変えてつつ行われている。

そして現在は、西の塔の階段を上へ上へと駆け上がっていた。

 

「くそ……まだ追ってきてやがる」

 

塔の最上階に辿り着き、階段を駆け上がってくる音にそう呟く。

そして呟いたと同時に逃げるために扉を開き、橋を渡って隣の塔の扉前へと移動する。

だが、その塔の扉には鍵が掛けられているのか引いても開く気配がまったくない。

開かない扉に裂夜は焦りと苛立ちを隠す事無く、扉をぶち破るために蹴りを放とうとするが……

 

「追いつきましたよ、裂夜様!」

 

「げっ!」

 

それよりも早く、リエルが橋の前まで追いついていた。

リエルの姿を確認するや否や、裂夜はかなり嫌そうな顔をしつつジリジリと後ろに後ずさる。

だがまあ、裂夜のすぐ後ろには鍵の掛けられた扉があるため、当然の如く背中は扉にぶつかることとなる。

 

「さあ、もう逃げ道はありませんよ……観念してください、裂夜様」

 

「くっ……」

 

逃がすまいとジリジリ近づいてくるリエルを前に、裂夜はそれでもまだ逃げるように同じ速度で横に移動していく。

そして同時に、この状況をどう打破するかを考えるために頭をフル回転させる。

 

(撃退するか? いや、そんなことをすれば説教じゃ済まんし、後のことが怖い。 ならば、隙を見て逃げる……いや、この場所ではそれも難しいか)

 

考えては否定、考えては否定の思考を繰り返しつつ、ジリジリと移動していく。

だがこの後起こったことに対して後に思うに、思考しつつというのが悪かったと考えることとなる。

 

「っ!?」

 

考えつつ移動していたのが悪かったのか、裂夜は足を踏み外してしまう。

それに慌てながらもすぐに片手を伸ばすが、運悪く滑ってしまい掴まることができなかった。

 

「裂夜様っ!!」

 

裂夜が足を踏み外したことに驚き、叫びながらリエルは走り寄る。

しかし、走り出したときにはもう遅く、裂夜はゆっくりと橋の上から落ちていく。

塔は五階建てという学園よりも高く作られており、そんなところの最上階から落ちたとなれば、待つのは確実に死だろう。

だが、それが分かっているからといって裂夜にはどうしようもなく、ただ遠ざかっていく橋を見ているしか出来ない。

そんな中、落ち行く裂夜を見ているしかできなかったリエルは驚くべき行動に出た。

 

「れつやさまぁぁぁああ!!」

 

落ちていく裂夜を追うかのように、リエルは橋から飛び降りた。

それに裂夜が驚きを浮かべる中、飛び降りたリエルはすぐに裂夜を抱きしめるように掴まえる。

そして裂夜の体を掴まえると同時に……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

背中に真っ白な翼を、大きく広げた。

 

 


あとがき

 

 

さてはて、綾菜のことに加えて、リエルの秘密も明かされましたな。

【咲】 あの翼って、あれよね?

それ以外にあるまい。 まあ、以前にそれらしいことは書いてたから、秘密ってほどでもなかったかもな。

【葉那】 だね〜。

【咲】 で、綾菜の過去が明かされるって言ってたけど……明かされてるの?

明かされてるじゃんよ。 ほんと微妙にだけど。

【咲】 微妙すぎて明かされてるのかどうか判断しづらいわよ。

まあ、それはしょうがないよ。 後にもっと詳しく話すから今は許してちょ。

【咲】 はぁ……まあ、いいけどね。

【葉那】 それでさ〜、思ったんだけど、蓮也は綾菜の秘密を知らないの?

ああ、知らんね。

【咲】 なんでよ。 家族だからこそ、知ってるのは当然のことじゃないの?

それも綾菜の過去を話したときに分かる。 まあ、今回話したとおり、綾菜自身が望んだことなんだけど。

【葉那】 そうなんだぁ〜……で、次回はどんな話なわけなの〜?

次回はだな、キャサリンが残したものとシーラより語られる真実をカールが知る。

そして同時に、学園に起こる怪奇事件に学園は、レイナたちはどう動くかだな。

【咲】 ふ〜ん……怪奇事件っていうと、前回から起こってる血の化け物がどうのとか?

それは次回のお楽しみだ。 じゃ、今回はこの辺で!!

【咲&葉那】 また次回ね〜♪




綾菜の秘密が少し明らかに!
美姫 「加えてリエルの秘密も!」
いやいや、急展開?
とっても気になりまする。
美姫 「ああ、次回はどうなるのかしら」
次回も楽しみにしてます。
美姫 「待ってます」



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