メンアットトライアングル!2〜永久に語り継がれし戦士たち〜

 

【第二部】外伝之弐 彼女の運命始まるとき

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

彼女は、ヘルは夢を見ていた……。

遠い遠い過去のようで、極々最近あったことのような、夢。

無へと還りゆく消えかけの光が、深遠の闇の中で再び輝きを取り戻した日の、夢。

そんな夢を、忘れようとも忘れることなど出来ないそんなときの夢を彼女は、見ていた。

だが、それも所詮は夢……見ることは出来ても、その頃に戻ることなどできはしない。

 

「……」

 

そして、見ていた夢でさえも終わりを迎え、現実を突きつけられた形でヘルは目を覚ました。

何もない暗い空間で、まるで海の中を流れに任せて漂っているよう身に感じながら、目を開けた。

しかし、目を開けても視界の先が明るくなることはなく、結局は目を閉じていたときと同様に暗い。

そのことが、その光景が、ヘルに更なる現実を突きつけ、僅かばかりのため息をつかせることとなった。

 

「私は……死んだの、ね」

 

それは今の状況を物語り、自らが望んだことが達成されたことを意味していた。

二ヴルヘイムにて行われた恭也たちとの決戦の果てに、彼女は本来持ちえた本当の心を取り戻した。

そして、城が崩壊しようとしているときに恭也の温かい言葉を貰い、一緒に逃げようと手を差し伸べてもらえた。

だけど、心が戻っても彼女は自分の犯した罪を忘れてはいない……忘れることなんて、出来ない。

だからこそ、恭也が差し伸べてくれた手を振り払い、自分の死を以って罪を償うために崩れた床から下へと身を投げた。

それは最後に彼女が望んだこと……自分が死ぬことで、恭也たちに災いが齎されぬようにという望みも意味していた。

そして今、この状況が望みの達成を意味しているため、ヘルは僅かな笑みを口元に浮かべた。

 

「よかった……」

 

死んでしまったというのに、口から漏れたのはそんな安著の言葉。

この場に誰かがいて、この言葉を聞いたのであれば、彼女の正気を疑うかもしれない。

だが、自身が死したというこの事実こそが彼女の望んだことであり、願ったことなのだ。

だからこそ、この言葉が呟かれたのはなんらおかしなことではなかった。

 

「これで恭也が、彼らが、すべてから……解放される」

 

彼女の存在は災いを招く……それはアスガルドの神々が告げた事実。

その災いに、自身を救ってくれた優しい人たちを巻き込みたくなどない。

だから、止めようとする彼らを振り切って、彼女は永遠の別れを告げて身を投げた。

だけど、死した今でもやはり思ってしまう……どうして、恭也の隣にいたのが自分ではなかったのかと。

もし自分が恭也の隣にいたのなら、そうでなくとも彼らの傍にいられたのなら……自分はこのような結末を迎えることはなかった。

それも結局はもしもという話でしかないのは分かっていても、そのことだけがヘルにとっては悲しいことだった。

 

「もし、生まれ変わることが出来たのなら……もう一度、彼らに会いたいわね」

 

神とて死すれば転生とて可能だが、その願いは非常に望み薄な願いだった。

死を司る女神が死んだ現状では、転生に関する全てを決定することは出来ない……それは自分に関しても然り。

故に、転生したとしても人であるとは限らず、人であったとしても会いたい人がまだ生きてるとは限らないのだ。

だから、その願いばかりは必ず叶うとは言えず、口にした彼女自身も出来たらという期待はしていないような言葉で呟いた。

しかし、その呟きに対して、何も見えない深遠の暗闇の奥から静かな声が響いてきた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『その願い……叶えて差し上げましょうか?』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

声が聞こえたのは突然だったが、ヘルは驚くことはしなかった。

元々ここは自分も知りえない空間……死後の世界か何かということしか分からない場所。

ならば何が起ころうとも不思議ではなく、声が聞こえてきたことも予想の範疇だったのだ。

しかし、声が聞こえてきたこと自体は驚くことでもないのだが、別のことで彼女は内心で驚きを示した。

 

「願いを……叶える?」

 

『ええ。 あなたが私たちに手を貸してくれるのなら、という前提条件がつきますが……』

 

肯定の後にそう告げ、声はヘルの返答を静かに待つ。

正直、願いを叶えると言えば、疑う者もいるだろうが大半は食い付くだろう。

そしてそれはヘルとて例外ではなく、彼女が望んでいることを叶えるといえば例に漏れず。

そう声は考えていたのだが、後に放たれた返答の言葉は声の予想に反するものだった。

 

「お断りよ……姿も見せないような人の言うことなんか、私は信じられない」

 

『姿を見せない……?』

 

拒否の言葉に僅かな動揺を内心で浮かべた。

だが、その後に続けられた言葉に動揺は消え、代わりに不思議そうな声で繰り返してしまう。

そして、すぐにその言葉の意味に気づき、クスクスという僅かな笑い声と共にそれを告げた。

 

『可笑しなことを言いますね……私はちゃんと、あなたの前に姿を見せているというのに』

 

「どこがよ……まったくどこにも、あなたの姿なんてないじゃない」

 

笑われたことが不愉快なのか、ヘルは不機嫌そうな声で返した。

そのことがまた声の主にとっては愉快だったのか、絶えなく小さな笑いを上げ続ける。

それにお世辞にも温厚とは言えないヘルは不機嫌さを更に深め、明らかに怒ってますといった顔をする。

その後に声は徐々に笑いを収めていき、完全に笑いを絶ったと同時にヘルの疑問に答えた。

 

『嘘ではありませんよ? 今、あなたが死後の世界と思っているこの空間こそが、私そのものなのですから』

 

「意味がわからないわ……一つの空間が意思を持つなんて、本来ありえないことよ」

 

『ただの空間ならばそうでしょうね……ですが、それはただの空間であればの話です』

 

「そう言うってことは、ここは普通とは違うってわけね……」

 

『その通りです。 ここは心器の内蔵空間……つまりは、私たちの心の中ということです』

 

その発言にヘルは驚きを顔に出し、僅かに呆然としてしまう。

そして、呆然としたままの表情で、信じられないというように口を開き言葉を紡いだ。

 

「心器、ですって? なんでそんなものの中に私が……そもそもアレは彼の中に戻ったはず」

 

『ニーベルングの指輪を元に作られた心器はナハトだけではないということです。 あなたが知らぬ内に抱いていた物……それが心器ランドグリス、つまりは私たちというわけですよ』

 

「そう……で、その私たちというのは?」

 

『私の他にもう一人の意思があるのですが……あちらは契約をしないと目覚めないので、今はこういう言い方で言っています』

 

「心器に二つの意思ねぇ……それも可笑しなことね。 心器にしろ、魔剣にしろ、一つの物に意思は必ず一つだけのはずなのだけど……」

 

『それは……あなたが契約を結んでいただけるのならお教えいたします。 私たちのことを、私たちの過去を……』

 

それはつまり、契約を交わさなければ一切教えることは出来ないと暗に言っていた。

そのことを読み取ったヘルは目を閉じ、契約を交わすか否かを思考し始める。

確かに相手の言っていることはヘルにとっては魅力的だ……会えないはずの人たちに会えるのだから。

だが、提案が魅力的でも、相手の言っていることの全てが真実とは限らず、嘘を吐いている可能性もある。

なにぶん全く知りえない相手故、安易に提案に乗せられて良いように利用されるのは彼女としても勘弁願いたい。

しかし、だからと言って迷っていても、判断材料がなければ信用できる相手かどうかなど分かるわけもない。

 

(結局は勘、ね……私が見た感じで信用できるか否か)

 

正確性を持った判断が出来ないのであれば、それに頼るしか方法はない。

しかしまあ、ある程度人を見る目があるにはあると言えるのだが、相手の姿が空間全体では見ようがない。

故に判断するのは相手の声、話し方のみになるため、難しいと言えば難しいだろう。

 

(まあ、受け入れて裏切られても信用できないから断っても結局は同じ……なら――)

 

「いいわ……その契約とやらを、結んであげる」

 

結果が同じならどちらを選ぼうとも変わらない……なら、少しでも良いほうを選ぶほうがいい。

その考えから導き出した結論……それが今の返事、了承を示すその言葉だった。

それに声の主は了承の言葉が出たことに安心したのか、安著の声を僅かに漏らした。

 

『あなたなら、そう言っていただけると思っていました。 では、契約についての説明を――』

 

「いらないわ、説明なんて。 心器の概要はだいたい知ってるしね……それよりも、その話し方を改めなさい」

 

『話し方、ですか……?』

 

「ええ。 そんな丁寧口調で話されると正直鳥肌が立つのよ……契約を結ぶってことは私があなたのマスターになるってことなのでしょうけど、だからっていちいちそんな丁寧に話す必要はないわ」

 

『と、言われましても……私の喋り方自体が元々こういう感じですし』

 

「なら無理にでも変えなさい」

 

『そんな無茶苦茶な……』

 

説明を切り捨てられたばかりか、口調すらも変えろと命令してくる。

そのことにはさすがに声の主も呆気に取られながらも、困惑するような様子を僅かに見せる。

だが、契約を交わすのならヘルがマスターとなるというのは事実であり、マスターの命令は聞かなければならない。

そのため、声の主は呆れるようなため息をつき、言われたとおりに口調を変えて告げる。

 

『……説明不要ということだけど、一応契約についての最低限のことだけは言っておくわ』

 

「ようするに説明がしたいわけね……いいわ、言ってみなさい」

 

なぜか呆れるような口調の後に、凄まじく偉そうな感じそう言ってくる。

それに声の主は僅かにムカッときたが、相手は契約者と頭に言い聞かせて耐えた。

そうして落ち着きを取り戻した後、先ほど前置きしたとおり契約に関する最低限のことを説明した。

それをヘルは目を閉じつつ、聞いているのかいないのか分からない様子で聞き続ける。

そして、ようやく説明の全てが終わると、ヘルは閉じていた目を開けてその口を開いた。

 

「それで説明は終わり? ならさっさと契約を結んでここを出たいのだけど」

 

『はいはい……』

 

折角の説明も聞き流された感があるため、声の主は疲れたというようにそう返事する。

そしてその返事の後、空間の周りに罅が入り始め、その罅から眩しいほどの光が差し込み始める。

それにヘルは光を遮るように手の平を目の前に置き、同時に自分の中に変化が起こっているのを感じる。

しかし、その変化を感じ取った矢先、空間に入っていた罅が全体に行き渡り、空間が完全に崩壊した。

それと同時に、ヘルの意識もその時点で途切れ、真っ暗な意識のそこへと落ちていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

目が覚めたとき、そこは何処とも知れぬ草原の上だった。

だが、目覚めたヘルの目に困惑はなく、どことなく納得しているような感じさえ見て取れる。

そんな表情でヘルは倒れていた状態から上半身だけを起こし、両腕を上に上げて軽く伸びをする。

その後、自分の体へと視線を向け、自身の体が以前と全く異なっていることに気づいた。

 

「成長してる? いや、違うわね……これは元々の体とは全く別物」

 

『それはお姉様の体ですよ、マスター』

 

呟きに対して返された言葉にヘルは顔を上げ、自身の周りを見渡す。

するとすぐ隣の辺りに、明らかに普通とは違う形をした大きな太刀が一本転がっていた。

その太刀をヘルは掴み、自身の前に掲げるように持ってきて刀身を見詰める。

 

『あの……そんなに見詰められると、その……恥ずかしいのですけど』

 

「……やっぱりこの剣からの声だったのね。 あなたは何? 魔剣?」

 

『? 何を言ってるのですか? 私はマスターの契約相手、ランドグリスなんですけど……』

 

「ああ……そういえば、別にもう一つ意思があるとか言ってたわね。 で、あなたがそのもう一つってわけでいいのね?」

 

『はい。 これからしばらくの間、よろしくお願いします』

 

それにヘルは声には出さずにただ頷いて返す。

そしてランドグリスを杖にするようにして立ち上がり、周りをもう一度見渡すように視線を巡らせる。

視線で一周ほど巡らせると、ランドグリスを腰に差してポンポンと服を払い、口を開いた。

 

「おっほん……じゃあ、早速例の奴らの施設を潰しにいこっか、ランちゃん」

 

『ほんと早速ですね。 というかマスター……その口調と、ランちゃんというのは何ですか?』

 

「ん〜……深い理由はないよ? ただ体や名前を捨て、力も封じた今の私は過去とは違うからね……口調も変えちゃおっかなって思っただけ。 それとランちゃんっていうのは、なんとなく呼びやすいからかな」

 

『はあ……口調に関しては納得ですけど、そのランちゃんっていうのはちょっと……』

 

「気にしない気にしない。 じゃ、早速しゅっぱ〜つ♪」

 

ランドグリスをポンポン叩いた後にヘルは妙なハイテンションでそう言い、歩き出した。

愛称について抗議の声を上げるランドグリスを、華麗に無視しながら……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

救ってくれた人たちともう一度会いたいという願い、そして彼らに迫っている脅威から救いたいという思い。

その二つのことを望み、心の内にあった剣と契約を交わし、自身の大切なものを『代償』として支払い……彼女は現世に降り立った。

自身の未来が閉ざされようとも、幸せが二度と手に入らなくとも、優しい彼らの幸せを願って。

そして今にして思えば、このときこそが彼女の……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

夢の、始まりだった……。

 

 


あとがき

 

 

さてさて、外伝之弐をお届けしたわけですが。

【咲】 分かるようで分からない部分が多いわね。

【葉那】 だね〜。 契約の内容が具体的に何だったのかとか、代償は何だったのかとか。

それはまあ、本編で明らかになる部分だから……ここで明かすと意味がなくなるのだよ。

【咲】 ふ〜ん……でもまあ、最後の部分を見ると代償はあまりいいものではなかったってのは分かるけどね。

まあ、ね……ヘルの恭也たちをほんとに大切に思ってるから、それを救うためにより強い力を求めたんだよ。

【葉那】 つまり、強い力を手に入れるには、それ相応の代償をってこと?

そういうことだ。 まあ、何を支払ったのかは今の段階ではご想像にお任せします。

【咲】 そう……にしても、あの声っていうのはブリュンヒルドなわけ?

まあそうだな。

【咲】 ん〜……なら、元々ブリュンヒルドは丁寧な言葉で話してたってわけね。

そういうことだな。 それをヘルが強引に変えさせたと……このことから、本編での互いの遠慮のなさが分かるだろうて。

【葉那】 つまり、主をまるで敬ってないってことだね〜。

まあな。 まあ、そのほうがヘルも遠慮しなくていいし、楽と言っちゃ楽だろうけど。

【咲】 元々遠慮とは無縁だと思うけどね。

とまあそんなわけで、ヘルが生き返るに至った経緯のお話でした〜。

【葉那】 外伝之参はあるの?

一応な。 おそらく参はリエルとティルオス、この兄妹が今に至る過去のお話になるかな。

【咲】 あの二人の過去っていうと、追放されるよりも前からのお話?

そうなるな。 ま、そんなわけで次回の外伝をお楽しみに!!

【咲&葉那】 じゃ、まったね〜♪




ヘルがどうして生きていたのかが分かったな。
美姫 「詳しい部分は本編で明かされるみたいだけれどね」
うーん、何を代償にしているんだろう。
気になるな。
美姫 「本編の方も待っていますね」
待ってます。



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