闇を抱く者は、闇を呼び寄せてしまう性質にある。

それはその者の本質がどうであれ、悪しきであるないの区別も一切なく。

そして闇を抱く者が持ちうる力が強ければ強いほど、比例して強き闇を呼び込んでしまう。

これはずっと昔から分かりきっている事実。多数の前例を元に導き出された、一つの答え。

 

 

――だからと言って、闇を持つ者全てが悪しきとは限らない。

 

 

光を善、闇を悪……多くの人々は昔からの決まり事のようにそう思い込んでいる。

しかし正確には違う。光が善で闇が悪なのではなく、善悪を左右するのは力を持ちうる者によるのだ。

それによっては光が悪で闇が善とも成りえる。要するに、全ては力を善悪どちらで使うか次第である。

 

 

――だが、持ちうる力に別の意思が存在するのならば話は別。

 

 

闇の力を持つ者が善の道を歩もうとしても、存在する別の意思が拒めばそれは困難となる。

また逆の場合も然り。つまり、別の意思が存在するのなら、それを上回る精神の力が必要となってくる。

もし精神力がそちらの意思に負けてしまった場合、本人の意思とは逆の方面の道へと進む場合がほとんどだ。

無論、持ちうる力に別の意思が存在するなどほぼ聞かない話。むしろ、聞いても半信半疑になるのが普通だろう。

だがこちらも事実として、抱く力に別の意思が備わる事例というのは極少数ながらもあり得る事ではあるのだ。

そしてその事実は――――

 

 

 

 

 

「ふぁ〜……むにゃむにゃ」

 

――“彼女”もその事例の一つだと告げていた。

 

 

 

 

 

明かり一つない広い空間の中央、一つだけポツンと置かれた小さな椅子。

そこに腰掛け眠そうに欠伸を掻くセミロングの黒髪をした幼い顔立ちの少女。

見た目はどこにでもいるただの少女にしか見えない。だが、彼女は普通の人間とは明らかに異なる部分がある。

その部分こそが極少数の事例の一つとして挙げられ、彼女の存在そのものが異端と言えるものと表していた。

 

「神が創造せし五つの魔剣の封は解かれ、現世に再び“永久の戦士(エインヘリアル)”と“狂戦士(ベルセルク)”は集い戦が始まる。鍵となるのは別たれた指輪の欠片たる“悪夢を齎す真の闇(ナハト)”、そして“希望を招く天壌の光(ランドグリス)”。呪われた二つの欠片が彼の地に集うとき、その力は運命さえも改変する……」

 

詩を紡ぐように少女は語り、それを終えると途端に小さな溜息を吐いた。

そして椅子に備え付けの肘掛けにて頬杖をつき、真正面をただジッと見詰める。

 

「伝承の刻はもう近いはずなのに……まだ目覚めないなぁ。もう結構近いところまで来てるはずなんだけど……」

 

再び溜息を吐き、目線を僅かに落すもすぐに元の位置へと戻される。

彼女が目を向ける先にあるもの、それはこの広間の入り口ともなる非常に大きな扉。

多数の絵が刻まれた扉は少女の身体の何倍も大きく、少しばかり離れているのに上までは見えない。

そんな大きすぎる扉を彼女はただ見詰めるだけで特に何もしようとせず、ずっと座って頬杖をついている。

 

「まあ、気長に待てばいっか。どうせ人の世界なんて……マートにはさらっさら興味ないし」

 

手をヒラヒラと振りながらそう呟き、彼女はようやく扉から目線を外した。

だけど目線を外しただけで何もしないのに変わりは無く、彼女はただ座りながら欠伸をしていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

メンアットトライアングル!2〜永久に語り継がれし戦士たち〜

 

【第二部】第二十四話 二度目の襲撃、覚醒せし闇

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

古の塔から恭也たちが戻り、カールたちの帰還を待つ間に夜が訪れた。

今日一日でどちらの用件も終えれると考えていたのだが、夜が来てしまってはもう無理だろう。

あちら側としても腕が立つ者が多いとはいえ、生徒が混じっている辺りで夜の森は危険だと判断するはず。

それ故に今日はもう戻っては来ないだろうと考え、この日は一先ず解散という形でお開きになった。

 

 

――そうして夜は更け、学生たちが寝静まる時間が訪れる。

 

 

夜になると冒険に出る者も少なからずいるが、そういった生徒は全てジャスティンが張る結界にて把握している。

それによると今日は一人の生徒も出歩く気配はない。だが、ある意味それも当然と言えばそうかもしれない。

先生方のほうで最近は何かとドタバタしているのは生徒も知っているだろうし、そうでなくとも先日の襲撃の件もある。

生徒たちとしてもこんなときに冒険に出る余裕などないためか、ほとんどの者が夜になると寝静まってしまう。

故に学園内は夜特有の静けさが包み込み、少しばかり寂しさのようなものがそこからは感じられた。

 

 

――だが、突如起こったその事態は夜の静けさを一気に打ち砕いた。

 

 

それに最初に気づいたのはジャスティン、そして続くように気づいた恭也とミラが彼女の部屋へと駆け込む。

先日と同質の結界に干渉する特有の感覚。しかもその感覚が感じられたのは正面門ではなく、外からの地下水路への入り口。

カールたちではない……そもそも結界に干渉する人数が彼らと合わない上、彼らだったのなら地下水路から帰る理由が無い。

だとすれば一体何者が結界に干渉して侵入してきているのか。彼らではないという事から、それは容易に想像がついた。

 

「また、教団の連中が襲撃してきたって事ね……」

 

「ええ、おそらくは……」

 

かなりの大人数による教団の襲撃。カールたちでないのならそちらの可能性が高い。

だが不可解な事もある。それは前回と今回の数の違いと、何を目的として襲撃してきたのかの二点だ。

前回はダーインスレイヴの奪還を目的とし、『代行者』だけで構成される面子で襲撃してきた。

しかし今回は『代行者』がいるかどうかは分からないが、数的に前回よりも圧倒的に多い。

その上、何を目的としての襲撃かも分からないため、そちらの方面で守りを固めるという手は使えない状況だった。

 

「とりあえず最優先は生徒たちの避難だけど、大概の子が寝てしまってるのなら放送でというのも難しいわね」

 

「そうだな……少なくとも放送で起きる者もいるだろうが、全員というのはまず考え辛い」

 

「だとすると、放送を掛けた上で学生寮の各部屋を見て回る人が必要ですね。この場合だと適任は……」

 

襲撃者の侵入口が地下水路という事もあり、学園まで到達するには僅かながら時間がある。

故に彼らはその間を使って学生たちの避難方法と避難場所、そして各部屋の見回りにあたる人物を決める。

かといって方法と場所はともかく、見回りに当たれる人物というのは状況を考えるとそれなりに腕が立たなければならない。

というのも教団も目的がどこにあり、何を狙っているのかが分からない以上、学生寮に侵入してこないとも限らないのだ。

そのため単独でも問題ないくらい腕の立つものが必要。そう考えて該当者を挙げ、結果的に裂夜に任せるという形で決まった。

そしてその事も含めて決まった事項を学園中に放送し、それを終えると彼らも自分たちのするべき行動へと移るため部屋を出る。

 

「地下水路からって事は、連中が侵入してくるのは倉庫からかしらね」

 

「そうなりますね。裂夜さんを抜かした人員ともなると非常に少ないですが、待ち伏せという手段を取れば相手が大人数でも勝機はあります」

 

数で圧倒的に負けているなら、戦術面で有利に運べるよう考えればいい。

それがこの場合だと待ち伏せという手段。幸いにして放送は地下水路には届くことが無い。

加えて結界の質も以前とは変わり、阻害ではなく探知系の結界にしている事は相手も知りえないだろう。

故に敵側はこの襲撃を奇襲と考え、数にしても状況にしても自分たちが有利であると思っているに違いない。

だからこそ、その余裕から油断が生まれる。まさか、地下水路からの出口に待ち伏せがあるとは思いもしないだろうから。

 

「まあ、とりあえず急ぎましょう。敵よりも遅れて到着して、侵入されてましたなんて洒落にもなりませんから」

 

ジャスティンの一言に二人は同意するよう頷き、先ほどまでよりも若干歩く足を速める。

彼女の言うとおり、敵の校舎侵入よりも自分たちの到着が遅くなってしまうなど笑い話にすらならない。

それ故に速くなった歩調を緩めることなく、三人はまっすぐに倉庫がある方面へと歩んでいった。

 

 

 

 

 

迷路のように入り組む地下水路の通路。そこを武装した集団が横断する。

身に纏う物は全員同じなのに手に持っている武器は剣やら斧やら、様々な得物が握られていた。

そしてそんな集団の先頭には、三叉矛と分厚い本を持った他の者とは服装が異なる二人の人物の姿がある。

外見的な年齢を見ると二十歳前後と十五歳前後。体格差が一言で言えば大と小というものからそう判断出来る。

だが、他の者が二人の後ろで綺麗な列を作り背筋を伸ばして歩くのとは違い、彼らは先頭を歩くもだらけた様子が見える。

だけどそれに対して後ろの者たちは文句を言う事はなく、まるでそれがいつもの事のように表情も変えなかった。

 

 

――なぜならそれは、二人の階級は彼らとは大きく違う故。

 

 

列を作り姿勢を正して歩く集団は教団の中で『守護兵』と呼ばれる階級の者。

実力的には一般兵と呼ばれても違和感がないもので、教団では捨て駒として扱われる事もザラな者たちだ。

しかし、彼ら二人は違う。実力を認められ、他よりも秀でた人物だけがなれる位に彼らはいる。

『代行者』……それが彼らに与えられた階級であり、『守護兵』よりも遥か上位に位置する位である。

無論先も言ったとおり秀でた人物だけに与えられる階級であるため、教団内でもこの階級の者は非常に少ない。

だが、だからこそ二人の実力が階級から大いに窺え、『守護兵』たちが文句など言える人物ではないという事が分かる。

 

「しっかしヴェルグよぉ、人間どころか魔物すら一匹も見当たらねえな……地下水路からの侵入っつうから、少し期待してたんだが」

 

「いないってわけじゃないでしょ。さっきからそれらしい気配はちらほら感じるしさ」

 

「へぇ……じゃあ何か? 俺らがこんな大々的に行進してんのに、魔物共は見て見ぬ振りしてるって事か?」

 

「というよりは、襲い掛かりたくても出来ないんじゃないかな。魔物は本能で動く分、同じく本能で相手が自分にとって危険かどうかを察知するから」

 

つまり、魔物の本能がこの集団、特に彼ら二人を危険と判断するから襲い掛かれない。

そんな結論を述べる分厚い本を持つ背の小さい男――ヴェルグにもう片方の男――グリスは納得したように頷いた。

 

「なるほどなぁ……ま、何にしろ殺れないのは面白くねえが、俺の力に恐れを成してるってのも聞けば気分がいいわな」

 

「グリスだけじゃなくて、僕や後ろの『守護兵』たちも含めて……なんだけどね」

 

ヴェルグは呆れたような声ながらも苦笑しながら呟くが、彼の耳には一切届かず。

そんな様子のグリスに彼自身も呆れはするが特に言う事もなく、彼に向けていた視線を正面に戻した。

 

「にしてもよ、スヴァフルラーメの奴も一体何考えてやがんだろうな。正面門から堂々と行きゃいいものを、部隊を分けて地下水路からもなんてよ」

 

「僕もそうは思うけど……まあ、あの方の事だから何か考えがあっての事なんでしょうよ。後さ、曲りなりにも上司なんだから、せめて様付けぐらいしたほうがいいと思うよ?」

 

彼の指摘に対してグリスはやだねとだけ返し、未だ不満に思っているのか苛立たしげな声をあげる。

彼とは正直付き合いは短くないが、それでもヴェルグとしては彼のこういった性格はどうかといつも思っている。

上司であろうとなんだろうと人を敬う事がなく、単独での任務で不満があれば即命令違反する事もよくある。

今回はヴェルグが何とか窘めてはいるが、いつ不満が爆発して勝手な行動をするか彼としても気が気ではない。

 

(ま、本格的に任務が開始すればそういった事もないんだろうけどね……)

 

それが彼の困った性格とは反して、扱いやすいとも言えるべき部分である。

ヴェルグ自身にもそういった部分はあるが、彼は特に殺戮衝動というのが強く表れているのだ。

だから殺す必要があるないに関わらず、関わったどんな任務でも彼は多くの人間を殺めてきた。

そういった部分があるから困った性格であるにしても、同時に扱いやすいとも言えるのである。

 

「はぁ……ヴェルグよぉ、いつになったら目的の場所につくんだ? いい加減、この迷路みてえな地下水路を歩くのにも飽きたんだが」

 

「君は話題転換が激しい上にほんと文句が多いよね……大体そんな事、僕に聞かれても分かるわけが――――」

 

適当に歩く事、早三十分。行き止まりが多い迷路のような地下水路に対して今度は不満を漏らす。

それに先ほどまで以上な呆れの溜息をつき、ヴェルグは返そうとするがその途端、彼らの歩く前方にそれは見えてきた。

それは上へと続いている階段。この地下水路はそこまで深くはないため、それが地上へ繋がるというのは容易に想像がついた。

故にヴェルグは吐きかけた言葉を止め、代わりについたみたいだよと返すと彼の表情は一転する。

ようやく目的の場所への入り口が見えた事への安著、そしてようやく自身の望むままに動ける事への喜び。

まるで子供のようなにもそれは見え、ヴェルグは呆れていいのやら共感していいのやら判断に困ってしまう。

だが自身の望む事が出来る喜びという部分では彼も同じ故、グリスの様子に何も突っ込みもせず、入り口の階段を上っていった。

 

 

 

 

 

集まった学園長室から出て歩く事十分弱、彼ら三人は倉庫の前へと辿り着いた。

少し早足で来たのが幸いしてかそこには教団の連中の姿はまだなく、とりあえず三人は安著する。

だが来るのは時間の問題故、安著と同時に彼らは各々の武器となるものを取り出して身を引き締めた。

 

「正確には分かりませんが、数は二十前後。まず私とミラ先生で扉を潜ってきたと同時に魔法を仕掛けますから、恭也先生は撃ち漏らしの掃討をお願いします」

 

「了解した……」

 

倉庫の広さを考えると二十人はおそらく入れる故、相手はまず全ての人員を倉庫に上がらせるだろう。

でなければ万が一まだ数名でも上がってない状態で発見され、瞬時に倉庫ごと潰されでもしたらそれだけで戦力が削がれる。

だが、それは相手が侵入場所を知らない状態での話。知られていれば、その策は裏目に出てしまう事となる。

それがつまりは今のような状況の事を言い、恭也もそれを聞いておらずとも読み取った故に頷き、僅かに後ろへと下がる。

彼が後ろの下がるのを見届けた後、二人はいつでも魔法を放てるよう魔法陣を展開して詠唱を開始し出した。

同時に倉庫内にて一人、また一人と気配が徐々に増えていくのを感じる。それは教団が倉庫内に集まりだしているのを意味していた。

しかし、時はすでに遅い。彼らが集まりだしたときにはすでに詠唱は完了しており、いつでも放てるところまで来ていた。

後は彼らが集まり終えて扉を開くのを待つだけ……そう思った途端、倉庫の扉は音を立ててゆっくりと開かれる。

 

 

――瞬間、彼女たちは各々が詠唱した魔法を同時に放った。

 

 

どちらの魔法に於いても広域攻撃型の物。故に二人の放った魔法は倉庫そのものを破壊しつくす。

ミラが放つ重力系の魔法が建物全体を押し潰し、ジャスティンの放つ炎系の魔法が押し潰された建物を業火で包む。

本来ならば学園を傷つける戦い方はあまり好ましくはない。だが、そうでもしないとこちらが圧倒的に不利だ。

そのため已む無しだと諦めているからこそ、二人が放つ魔法の威力にも容赦など微塵も窺える事はなかった。

そうして押し潰された建物が包む業火はしばし燃え上がり、炎が消えた跡には倒壊して炭化した建物の破片だけが残った。

 

「恭也の出番はなし、みたいね……ちょっと拍子抜けかしら」

 

「そう、ですね。撃ち漏らしがあると踏んでいたのですけど……こちらの作戦勝ち、という事でしょうか」

 

容赦なしに撃ったためか見た感じは非常に無残。明らかに生存者などいるようには見えない。

普段ならミラはともかくジャスティンは敵であれ生存させる事を試みるが、今回に限ってはそれがない。

というのも、それを意識して下手に手加減をし、撃ち漏らしが多く残ってもこちらの状況を悪くするだけと分かっているからだ。

だからこそ殺しは好きではないが学園の生徒の事を思い、敵だと割り切って手加減を一切しなかった。

それが今の状況を招き、二人とも撃ち漏らしがあると考えて張っていた気が途端に抜けていくのを感じた。

だが、その瞬間――――

 

 

 

 

 

「びっくりした〜……まさか、待ち伏せしてるなんて思わなかったよ」

 

――倒壊した建物の中から、そんな声が三人の耳に届いた。

 

 

 

 

 

声が聞こえたと同時に抜けかけた気を張り直し、一層警戒した面持ちで声のしたほうへ目を向ける。

するとその先にある積み上げられた建物の破片がガラガラを崩れ、そこから二人の男が姿を現した。

加えて驚く事にその二人――ヴェルグとグリスは全くと言っていいほど無傷の状態でそこに立っている。

あれだけ高威力の魔法を放ち、建物の下敷きにして燃やしたにも関わらず傷一つ負っていないという事実。

それは明らかに普通の人間が出来る所業ではない。だからこそ、驚きつつも恭也とジャスティンは更なる警戒を顔に浮かべた。

だがミラだけは二人と少し違った。確かに警戒を顔に浮かべてはいるが、どちらかと言えば驚きのほうが勝っている表情。

そしてその目はまっすぐにヴェルグへと向けられており、それに気づいた彼は服をパンパンと払いながら笑みを浮かべて口を開いた。

 

「また会ったね、お嬢ちゃん♪」

 

「こちらは会いたくなかったけどね……そもそも敵のくせに親しげな感じでお嬢ちゃんとか呼ばないでくれる?」

 

フレンドリーに話しかけてくるヴェルグにミラはトゲトゲした感じで返す。

だがそんな彼女に彼は気を悪くした風もなく、浮かべた笑みを依然として消すことはなかった。

そんな彼らのやり取りと対峙する雰囲気に二人はどういう事か疑問に思い、視線でミラにそれを尋ねる。

すると彼女は苛立たしげな様子を収めることなく、二人へとそれを告げた。

 

「以前襲撃してきたメンバーの一人で、私と交戦した『代行者』よ。もう片方は裂夜が戦ってたけど、彼もたぶん『代行者』でしょうね」

 

彼女から告げられた事実にはまたしても驚くが、同時に先の状況で無事だったのにも納得してしまう。

手に持つ分厚い本から察するに彼が扱うのは魔法関連。だから、先ほどの魔法も咄嗟に張った障壁で防いだのだろう。

魔法の気配を探知してから咄嗟に障壁を張り、それだけで防ぎきる事が出来るのは相当な使い手の証。

故に『代行者』であるというのも頷け、同じくして警戒と共に身を引き締めなければならない人物と認識できた。

 

「ん〜……それにしても、今日は数が妙に少ないね。以前襲撃してきたときはもう少しいたと思うんだけど」

 

「しかも似てっけど、そこのは以前俺らが戦った剣士とは別人みてえだしな。つうかほんとに似てんなぁ……双子でもここまで似るのはそういねえぞ」

 

「ま、あんまりいないだけでゼロってわけじゃないって事でしょ。というか本当になんでそんなに少ないわけ? 僕らとしては邪魔してくるのは別にいいんだけど、そこまで数が少ないと張り合いがないんだよねぇ」

 

「そんな事、わざわざ言う必要はないわ。それに少ないって言うなら、貴方たちだって似たようなものじゃない」

 

「あはは、それもそっか♪」

 

答えにはなっていないがミラの返しにヴェルグは納得し、パラパラと本を捲り始める。

それは彼が魔法を使う前兆ともなる仕草、それ故にミラは同じく魔法の詠唱を始め、同時に恭也の名を呼ぶ。

呼ばれた恭也はミラの意図を瞬時に読み取り、ヴェルグの詠唱を中断させるべく小太刀に手を添えて駆け出した。

だが、駆け寄ると同時に抜刀した彼の刃はヴェルグに届く事はなく、間に割って入ったグリスの三叉矛にて止められた。

 

「得物も同じってか。ならちょうどいい……以前の奴の代わり、テメエに務めてもらおうじゃねえか!」

 

「っ!」

 

力を込めて刃を弾かれ、直後に彼は得物を横一閃に振るう。

三叉矛という武器はそもそも突くことを主とした武器。故に薙ぐという方面ではほぼ振るわない。

だからこそその攻撃は予想外でありはしたが、恭也はしゃがむ事でそれを回避、同時にその状態から刃を振り上げる。

矛を振り切った状態故かそれを防ぐという手段は取れないため、彼は横に飛ぶ事でそれを避けるに至った。

そんな彼に追撃をしようと恭也はしゃがんだ状態から飛び掛ろうとするが、その行動は飛来した炎の刃にて変更せざるを得なくなる。

 

「ちっ!」

 

飛来した炎の刃に対して恭也は後ろへと飛んで避け、それと共に魔法を放った本人へと飛針を投げつける。

だがその本人たるヴェルグは障壁を張ることで飛針を防ぎ、無詠唱で次々と炎の刃を彼へと向けて飛来させる。

しかし、飛来する刃は今度は彼に届くことなく、別の方向から飛来してきた氷の刃にて全てが相殺させられた。

 

「あは、さすがの正確さ。 加えてフォローの仕方もお見事だねぇ♪」

 

「貴方のその余裕な態度、ほんとにムカつくわね……」

 

言葉を交わしながらも魔法による攻防はどちらも絶えず引かず、常に続けられる。

その中には当然同じ魔導師たるジャスティンの魔法も含むが、それら全てがヴェルグの魔法により潰されていた。

二対一に対してそんな事が出来うる事実、そしてその合間を縫って片割れのフォローも絶やさず行える事。

それは明らかな実力の違いを表しており、以前も思ったが『代行者』という地位は伊達ではないと示していた。

 

「ふっ!」

 

「うらぁ!!」

 

そして恭也とグリスの攻防に関しても同様の事が言える。

どちらも相手側の味方の横槍を受けながらも引かず、武器の違いも窺わせない戦いを繰り広げる。

だがそこで驚くべきがすでにもう一刀を抜いている恭也に対して、グリスは矛一本でまともに戦り合っているという事。

矛は長いという特徴から中距離の戦闘向きなため、刀や剣特有の間合いに踏み込まれれば不利に働くのがほとんど。

だけど彼は二刀を扱う恭也に対して不利どころか、若干優位に立つほどの腕前を垣間見せていた。

 

 

「はあぁぁ!!」

 

御神流 奥義之参 花菱

 

 

気合と共に絶え間なく放たれる無数の斬撃。だがそれさえもグリスは捌き切る。

それどころか捌き切ったと同時に反撃を放ち、ギリギリで避けられるも恭也の頬を掠めるに至る。

しかしそれだけで満足するわけではなく避けた方向へと振り向き様、追撃とばかりに鋭い突きを放つ。

避けたばかりの体勢故か、追撃の突きは避けられる体勢になく、恭也は咄嗟とばかりに防御可能な方の小太刀で防ごうとした。

 

 

――しかし、威力が防御を上回った故か、突きは小太刀を弾き飛ばした。

 

 

小太刀を弾き飛ばしても突きの速度は衰えず、三叉の端の刃が恭也の肩を浅く貫いた。

突いて引いたときの痛みは激痛と呼べるもの故、恭也は叫ぶような呻き声を上げ、意識が僅かにそちらへと向く。

だが無意識の行動とはいえそれは不用意。そう言うかのようグリスは距離を詰めて柄を彼の腹に放ち、地面へと撃ち伏せる。

仰向けに撃ち伏せられた恭也は痛みに耐えながらも立ち上がろうとするが、それより早く貫いた肩を強く踏みつけられ、矛の先端を向けられる。

 

「ぐぁ……!」

 

「へ、他愛もねえな……」

 

グリスは心底つまならそうに呟き、矛を突きつけた状態から大きく振り上げる。

それを目にしたミラとジャスティンは彼の名を呼び、助けようとするもその行動はヴェルグによって遮られてしまう。

そして二人が悲痛の叫びを上げる中、振り上げた矛へと彼は力を込めて振り下ろそうとする。

そんな光景を痛みにより暗転してくる視界で捉え、恭也は自身の死の直感が大きく強くなっていくのを感じた。

だが、今まさに彼が矛を振り下ろそうとした瞬間――――

 

 

 

 

 

『真理を求む者、我の声に応えよ』

 

――大人びた、だけど幼いそんな声が彼の頭に響き渡った。

 

 

 

 

 

声が聞こえた途端、彼の視界は神速の世界に入ったときのように灰色へと染まる。

だけど彼は神速の領域に入った覚えはない。だからこそ、驚愕に痛みも忘れて呆然としてしまう。

 

『真理を求む者、我の声に応えよ』

 

そんな彼に再度同じ声、同じ言葉が響き渡ってくる。

二度に渡り聞こえた声にて恭也は我に帰ることが出来るも、驚きは表情からは消えなかった。

だが、二度に渡って聞こえた声はそれ以降も同じ言葉を繰り返すため、彼は驚きながらも言葉を返す。

 

「君、は……?」

 

ようやく返された短い言葉。それは彼女の正体を尋ねるもの。

それに声の主たる彼女はすぐには返さず、しばらくの静けさが二人の間に舞い降りる。

だがそれも時間にして僅か数秒の間であり、それだけの時間を置いた後、彼女は彼の問いに――――

 

 

 

 

 

『我が名は、ナハト。呪われし指輪の片割れであり、闇の真理を司る者』

 

――驚愕の事実を以って、静かに答えた。

 

 


あとがき

 

 

ふむ、裂夜の部分は書ききれなかったな……。

【咲】 予告しといてそれはどうかと思うわ。

【葉那】 だね〜。

む、むぅ……ま、まあ次回は必ず乗せるわけだし、今回はこれで許してくれ。

【咲】 はぁ……まあ、いいけどね。それで、今回は冒頭に謎の少女が出たわけだけど……

【葉那】 ずばり聞くと、あの子と最後の声は関係があるの?

あるっていうか、最後のあの声は冒頭の少女によるものだしな。

【咲】 ふ〜ん……にしてはさ、話し方が冒頭のときと微妙に違うくない?

それは様式美というやつだよ。彼女の考えでは、こういう場面ではそういった感じで話さないと駄目という概念があるんだ。

【葉那】 へぇ〜……でさ、最後のほうで彼女はナハトって名乗ってるけど、冒頭ではマートって言ってるのはどういう事?

それはまあ、次回明かされる事実で明らかになる。もっとも、今の段階で予想はつくかもしれんがね。

【咲】 そうねぇ……ところでもう一つ、根本的な事としてナハトっていうのは前作から出てるアレの事よね?

ふむ、アレというのが何を指すかが分からんが、たぶん君の考えで合ってると思うよ。

【咲】 そう。じゃあそんなところで聞くけど、ナハトもランドグリスと同様に契約を必要とするわけ?

ん〜……そこもナハトの重要な事実に関する部分だから、ここでは何とも言えんな。

まあ、次回になったらそれらも含めて分かる事が多く出てくるから、次回を待ってくれ。

【葉那】 ほんと、いつもと同じだねぇ。たまには変えようとか思わないのぉ?

思わん。というか、この場合は思ったら駄目だろ。

【咲】 ふぅ……ま、そういう事なら次回を待つとしましょう。じゃ、今回はこの辺でね♪

【葉那】 また次回も見てね〜♪

では〜ノシ




ピンチの恭也。
美姫 「そこに謎の少女」
うーん、彼女は一体何をもたらすのか。
美姫 「とっても気になる所で次回へ」
次回も待っています。
美姫 「待ってますね〜」



▲頂きものの部屋へ

▲SSのトップへ



▲Home          ▲戻る