セイレーンの隠れ里が近くに存在する……それを聞いたとき、リゼッタの頭に一番に浮かんだのは母のこと。

自分が物心つき始めてから間もなくして自分たちの元を去り、そして二度と返ってくることはなかった母親のこと。

その母親こそが、セイレーンである自分が人の多い魔法学園に入学した理由であり、この場に自分がここにいる理由だ。

全ては、母にもう一度会いたかったから。少しでもいいから、会って話がしたかったから。

だけど、洞窟の奥にあった泉の前の銅像を見た瞬間にそれらは全て消え、頭の中は真っ白に塗りつぶされた。

見ただけならば母に似た銅像というだけのそれは、イリサがここに来る前に語ったことで最悪の現実へと変わる。

 

「お母……さん……」

 

最悪の現実が受け入れられなくて、リゼッタは両手を伸ばし、たどたどしい足取りで近づこうとする。

だが、その行動は片腕をイリサに掴まれることで止められ、リゼッタは僅かに生気の感じられるといった顔色で掴んだ主を見る。

目を向けたイリサの表情は最初に会ったとき同様の厳しさを感じさせ、その表情のまま言葉を発することなく首を横に振る。

 

「会ったとき、なんとなくあなたがリュシーに似ていると思いましたが……まさか、娘だとは思いませんでした。 ですが、酷なことを言うようですけど、娘であってもこれに触れることを許すことは出来ません」

 

「……」

 

触れるぐらいはいいじゃないか……一瞬皆はそう思うも、瞬時にその考えを改める。

今のこの銅像はリゼッタの母、リュシーの変わり果てた姿であると共に、賢者の石でもあるのだ。

賢者の石が与える影響は今だ未知数であり、触れるだけでもリュシーのようになる可能性もないとは言えない。

故に、今のリゼッタにとって酷であるとは分かっていても、皆はイリサの言葉に反論することは出来なかった。

そんな沈黙の中で、リゼッタが足を止めたことでイリサは腕から手を離し、皆のほうへと向き直って告げる。

 

「ここはセイレーンの民といえど、本来なら居ていい場所ではありません。 ですので、疑問は多々あるとは思いますが、一旦は私の家に戻りましょう……そこで、あなた方の疑問の全てにお答えいたします」

 

それには特に反論する言葉もなく、皆は頷いて出口へと歩き出すイリサの後に続く。

そんな中でリゼッタは今だ動くことが出来ずに銅像を見続け、ミレーユは依然として罪悪感に囚われた顔でそれを見る。

そんな二人にカールは声を掛け、掛けられた声にミレーユが歩き出した後にリゼッタの肩に両の手を置く。

そして、そのままリゼッタが歩くのを手助けするように支えつつ、共に洞窟を後にしていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

メンアットトライアングル!2〜永久に語り継がれし戦士たち〜

 

【第二部】第二十一話 理想を目指す里の過去

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

族長宅に戻った後、皆は洞窟に行く前と同じ場所にて座る。

皆の前には再びお茶が用意されているが、一様に誰もが手をつけようとはしない。

そして聞きたいことはちゃんとあるはずなのに、それを口にする者は一人もいない。

それらは当然であると言えば当然。あんな事実を知った後では仕方ないと言えることであろう。

知りえない者にはリゼッタが実はセイレーンという種族であったことも、そして一番は彼女の母親があんな姿になっているということ。

そのどちらもが彼、彼女たちにとっては衝撃の事実であるため、言葉が出ないのはしょうがないことであった。

 

「ふぅ……では、お尋ねしたいことがありましたら遠慮なくどうぞ。答えられることであるのなら、包み隠さずお答えいたしますので」

 

ただ一人だけ、お茶に口をつけていたイリサはカップを放すと共に告げる。

それを切っ掛けにしたかのように各々カップに口をつけ始め、質問前に乾いた喉を潤す。

後に少しだけ中の量が減ったカップを再び地面に置き、彼女に目を向けなおしてそれを尋ねた。

 

「あれは、どういうことなのでしょうか? 私たちが今まで見てきた賢者の石はどれも特別な形状を持たず、ただの綺麗な石と見えてもおかしくは無いものばかり……ですがあれは、今までの物とは大きく異なり過ぎています」

 

「……私たちにとっても、あれは異例中の異例。ですのでどうして賢者の石があのような形を取ったのか、その詳しい理由は分かりません。ただ一つだけ言えるのは……賢者の石を盗み出そうとした娘、リュシーが石と融合してしまったということだけです」

 

今一度突きつけられる形となった事実。それに俯いていたリゼッタはビクリと肩を震わせる。

写真で見た人物と銅像の姿は瓜二つ。そして今、イリサの口からあれがリュシーであると明確に告げられた。

もう否定する要素など無い……正真正銘、あの銅像こそがリゼッタの捜し求めた母であった。

 

「だ、大丈夫、リゼッタ? 顔色、凄く悪そうだけど……」

 

「大丈夫、です……」

 

心配そうに顔を覗き込んでくるレイナに彼女は少しだけ笑みを浮かべて返した。

だけど浮かべられた笑みはとても無理している様子が見られ、この事実が非常に堪えていることが分かる。

でもレイナには……いや、この場にいる誰もが彼女を慰める術を持たない。

家族間での問題というのは体験した者もいるが、この問題はそれと同等かそれ以上に深刻なもの。

だからこそ一同もどう慰めていいのか、どう励ませばいいのか……それが分からなかった。

 

「あの……賢者の石を、元に戻す方法はないんですか?」

 

「元に戻す……つまり、融合した賢者の石とリュシーを分離させる方法がないかということですね?」

 

尋ねられた一言でイリサが返した言葉に、カールは肯定するように小さく頷いた。

もし二つを分離させることが出来たのなら、リゼッタの落ち込みも解消されると思って聞いたこと。

慰めたり励ましたりが出来なくとも、ただ見ているだけなど彼には出来なかったから。

 

「そうですね…………正直、私たちにはアレを以前の形へと戻す術を持ちません。賢者の石があのようになった当時もそれを考え、浮かんだ方法を試みましたが……どれもうまくいくことはありませんでしたから」

 

「そう、ですか……」

 

多少なりと期待して尋ねたことには、更に落胆の渦へと沈ませる答えが返ってきた。

彼らだけならただ落胆するというだけで済む。しかし、リゼッタだけはそれだけでは済まない。

自分の求めてきたものの損失……それは彼女に失意と絶望を与えることとなるのだから。

 

「ただ……」

 

しかし、続けて口にされた言葉に一同は誰も俯いていた顔を上げる。

その続け方は何もないというわけではない、思い当たる方法はちゃんとある。

そう言っているように取れるため、皆の顔にはもう一度だけ僅かな期待が灯る。

 

「その方法を知っているかもしれない、という人ならば心当たりがあります。確証はありませんが、彼ならばもしかしたら……」

 

「だ、誰なんですか……その、方法を知っている人っていうのは?」

 

「洞窟に行く前にお話しましたが、貴方たち以外でずっと以前にこの里を訪れた人。まだこの里がここまで閉鎖的になるよりも前に、賢者の石研究のためにやってきた人間の男性……」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ラウエル・バルセルド……そこにいる方の、お父様です」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

言葉と共に視線が向けられるのは、アーティ。それに合わせるように皆の視線も彼女へと向かう。

身近な存在というわけではないが、少なくとも全く縁の無い遠い存在であるとも言えない。

だからこそ目に灯す期待の光は強くなり、この言葉に対しての彼女の返事を誰もが待った。

 

「お父様、ですか……」

 

最初に呟かれた言葉は答えではない。だけど、どこか気落ちしたような声。

良い返答は期待できないと思えるものだが、それでも皆はそうであるようにと祈る。

しかしそんな中でもフィリスのみは違う。なぜなら、彼女は過去の事件の詳細を知っているから。

だからラウエルがどうなったのかを聞き及んでいる故に、この後に続く言葉が容易に予想できた。

 

「申し訳ありませんが……現状でそれしかないのならば、手段がないということになります」

 

「ど、どうして? アーティのお父さんが知ってるかもしれないなら、少し時間を掛けてでも来てもらえば……」

 

告げられたことにレイナが尋ねる。理由もなしに納得など出来ないから。

それは他の者たちとて同じであるためか、彼女に視線を向けつつ同意するように頷く。

知らないからこその言動とはいえ、これはアーティにとってあまり口にしたくはない現実。

だが、これを言わなければ一同が納得しないと分かるから、彼女は思い起こした辛い事実を短く告げた。

 

「それが無理なんです……お父様は、ずっと以前に亡くなりましたから」

 

本当に短い一言……だけど彼女たちを理解させるには十分過ぎるほどの言葉。

そして理解したからこそ、不味いことを言わせてしまったと誰もが申し訳なさそうな顔をする。

家族間での問題は多々あっても、親を亡くすという現実は一番辛いことだと分かっているから。

 

「やはり、亡くなっておられましたか。私が彼に初めて会ったのが八十年前ですから、それも仕方ないのでしょうね……」

 

「八十年前って……そ、そんなに昔のことなんですか!?」

 

「ええ。私が十二歳の頃ですから……正確には八十六年前くらいでしょうか」

 

語られた年数は一同から見ても明らかにおかしいと言えるものだった。

当時ラウエルが何歳だったのかは知らないが、少なくとも二十は超えているのではないかと推測できる。

それから八十六年……年齢的には天寿を全うして亡くなったと見るほうが正しいと言えるだろう。

だとすれば大きな疑問が浮上する。父がそうして亡くなったのに、どうしてアーティはここまで歳をとってはいないのかという疑問が。

アーティの見た目も、そしてここにはいないセリナの見た目も十代前半くらい……正直、話とまるで合わない容姿だ。

これでは驚くなというほうが無理というものであり、疑問が残ってしまっても不思議ではなかった。

 

「信じられないかもしれませんが、イリサ様のおっしゃることは真実です。今から四十六年前にお父様は亡くなりました……私とセリナを残して」

 

「ちょ、ちょっと待って。だとすればアーティやセリナは今何歳なのよ……見た目十台前半くらいに見えるけど、それじゃあ話とかみ合わないし」

 

「歳に関しましては言うだけ無意味だと思います。私とセリナの時間は、この身体になったときからずっと止まってますから」

 

彼女たちの時間が止まっている。それは彼女たちの素性を知らなければ分からないこと。

だけどそれは多くに語ることでもない。人ではないという事実は、極力隠すべきなのだと学んでいる。

恭也たちやその縁の者たちは大丈夫だったが、彼女たちも同じであるとは限らない。

ないとは思いたいが、場合によっては異なものを見るような目を向けられることも考えられなくもない。

だから彼女たちが自身の言葉に不思議そうにしている中で、少なくとも今は事実を語ろうとはしなかった。

 

「それで、話を戻すのですけど……現状で賢者の石がどうにもならない今、私たちはどういたしますか?」

 

聞かれることを避けるために本題へと戻され、一同も気になりつつもそちらを考え始める。

賢者の石を手に入れる、もしくは借りるという目的で来たはいいが、現実としてそれは不可能に近い。

イリサたちが貸し出そうと思わないのもそうだが、そもそも貸し出されても運び出す手段が現状ではない。

それに運び出せたとしてもリュシーと融合するという異な結果を見せた石だ……他の者でも同じことが起きる可能性だってある。

要するに貸し出されても問題は山積み。故に皆はこの後どうするべきかを考える。

いや、正直考えるまでもない。現状で石がどうにもならないのなら、ここにこのまま長居しても無意味なのだから。

加えてリゼッタの心境もある……だから、早々に学園へと戻って手段を考えるか、別の手を練るかしかない。

 

「そうね……ここは一旦戻って、学園長や他の方々と話し合ったほうがいいわね。一刻を争う問題ではあるけど、どうにもならない以上はそれしか手段がないのだし」

 

故にそう告げてきたフィリスに異を唱える者は誰一人いなかった。

学園に戻って話し合っても策が浮かぶかは分からないが、それでも無意味に残り続けるよりはいいから。

だから一同はカップの中のお茶を飲み干し、お暇するべく一様に立ち上がろうとする。

しかし、皆が立ち上がるべく膝を上げたのと同時に、それを止めるかのようにイリサが口を開いた。

 

「今日のところはお泊りになってはどうですか? 今から里を出ると夜も深くなってしまいますし、そうなれば魔物も多く出没しますから」

 

「え……で、でも、里に人間の私たちが泊まるのは、あまり良くないのでは?」

 

「族長の私がいいと言うのですから問題はありません。無論、外出はある程度控えてもらうことになりますが……」

 

長居するよりも学園に戻ったほうがいいのだが、イリサの言うことももっともである。

話している時間が少し長かったのか、すでに日が沈みかけている……これでは確かに帰る頃には夜になっているだろう。

そうなれば彼女の言うとおり魔物も多く出始め、実力的に問題ないとは言っても出歩くのはあまり宜しくない。

それ故に一同はイリサの申し出に甘えることにし、上げかけた腰を再び下ろすのだった。

 

 

 

 

 

里に泊まることが決定してから、彼女たちは様々な話を聞かされた。

古くから伝わる里の伝承やら、里の昔の風景がどんなものだったのかやら……。

語られることは多く、全てが誰もの興味を惹くもの。だけどその中でも特に興味惹かれたのは、ラウエルのこと。

里に初めて訪れた人間の男性……今ほどではなかったにしろ、当時のセイレーンも人間を拒絶していた。

だからラウエルにも例に漏れることなく、ほとんどの者が最初は良い印象を抱くことがなかった。

 

「でも、彼はそれに気を悪くした風も無く、当然のことのように納得していました。セイレーンのことを知っていたとしても、これは普通出来ないこと……だから、私たちは彼を『少し変わった人間』と認識を改めました」

 

その一般とは変わった人間が訪れてから数日、徐々に民の態度は変わり始めていた。

相手がセイレーンなのに差別的な目を向けず、それどころか普通の人間相手のように接してくる。

セイレーンの民からしたら酷く変な人間。だけど、その変な人間だからこそ彼らは徐々に心を開いていった。

 

「いつしか、里の誰もが彼と普通に接するようになりました。同じセイレーンの仲間のように、同じ里に住む家族のように……」

 

そしてそれから更に数日が経ち、里の子供たちも彼の周りに集まるようになった。

大人たちと接する彼を見るしかなかった中で、子供たちも彼は優しい人だと認識したからであろう。

 

「でも、そんな中で私一人だけは彼を遠巻きに見ていました。族長の娘でしたから里の子たちともあまり馴染めなくて、そんな子達が慕う彼にもどう接して良いのか分かりませんでしたから……」

 

族長の娘というのはそれだけで地位が高く感じる。だから子供たちもイリサも、積極的に近づくことがなかった。

だからイリサはずっとラウエルを遠くから見ていた。子供たちと同じく話がして見たいけど、何を話せばいいのか分からなかったから。

だが、そんな日が数日続いたときだっただろうか……唐突に、彼はイリサへと話しかけてきた。

ずっと遠巻きで見ているしかなかった彼女に、他の子供たちと接するような感じで……。

 

「あのときは、どうしていいのか戸惑ったものです。話しかけてきた彼に何かを返したくても言葉が出なくて、逃げ出そうにも彼の目を前にすると足が動かない…………だから、怯えながら彼を見返すしかありませんでした」

 

何も返してこない自分に対してラウエルはどう思うか。それがそのときは怖かった。

礼儀のない子と見て呆れるのか。それとも返事がないことに不快感を露にするのか。

嫌なことばかりが頭を巡って怯えが走る中で、彼はイリサが予想しなかった行動に出た。

 

「彼は何も言わず、私の頭を撫でてくれました。怯えるしかなくて返事も出来なかった私を、ただ優しく……」

 

当時は分からなかったけど、今なら分かる。おそらく彼はイリサが族長の娘だと聞いていたのだということが。

だから子供たちの輪へと入れずにずっと眺めていた彼女に、近づくための切っ掛けをくれようとしていたのだと。

それが彼の優しさだったのだろう。誰にも差別をせず、皆が笑って楽しく過ごせるように努力していたことは。

 

「結果として私は徐々にではありますけど、彼を取り巻く輪の中に入っていきました。始めは二、三、言葉を交わすだけ……それが時間を置くごとに増えていって、最終的には輪の中に自然に入れるようになりました」

 

最初は輪に入るためだけの切っ掛け。でもそれが今のイリサを形作る切っ掛けにもなった。

故に彼という存在は彼女の中では大きなものとなり、死した今でもその念が途絶えることなどない。

 

「私は彼に何も恩返しが出来なかった……だからせめて、彼が思い描いた里の風景を再現するつもりで今も族長をやっています。正直、今の里はそれとは別方向になってしまっていますが……私の代でなくても、きっと里は当時あった理想の形になると信じています」

 

話の最後にそう告げて、イリサはアーティを手招きして目の前に呼び寄せる。

そして近づいてきた彼女の頭に手を置いて優しく撫でる。六十六年前、自身が彼にされたように。

 

「彼にはもうそれを見届けてはもらえない……だから、彼の意思を継いだあなたにはせめて見ていて欲しい。今の里が、彼の望んだ形へと変わっていく様を……娘の、あなたに」

 

撫でながら静かに口にされたことに、アーティは驚きを浮かべる。

だけどすぐにそれははにかむような僅かな笑みへと変わり、頷くことで返事を返した。

 

 

 

 

 

 

 

イリサの話が終わり、誰もが床につく時間の洞窟。

こっそりと族長宅を抜け出した彼、カールはそこにある銅像前に立っていた。

来ていい場所ではないと彼女から聞いている。だけど気になることがあったから、もう一度来て確かめたかった。

 

「どうしてこの人は……笑ってるんだろ」

 

静かに呟いたその一言が、カールの確かめたかったこと。

マナの光が反射して輝く銅像は、その境遇にも関わらず柔らかな笑みを浮かべていた。

どうしてそんな風に笑っていられるのか。どうして辛さ一つ窺わせることがないのか。

聞いたところで返してくるわけも無いのだが、それでも彼には気になって仕方なかった。

 

「あなたは知っていますか? あなたがそんな姿になったことで、一人の女の子が悲しんでることを……」

 

その笑みの理由が気になるからこそ、頭の端に悲しみを浮かべたリゼッタが浮かぶ。

二度と話せない、言葉を交わせない姿となった母を見て、失意に沈む彼女の姿が。

だからカールは言葉を紡ぐことを止められず、言霊は洞窟内を静かに反響して響く。

 

「彼女があなたを求めてここまで来たこと、あなたに会いたい一心で里を訪ねたこと……あなたは、それを知るべきです」

 

説教するように放たれる言葉はしかし、反響するだけで空しく散っていく。

銅像となった彼女の母は話を聞くことも出来ない。言葉を返すことも出来ない。

ただ、微笑むだけ……母性が溢れていると言わんばかりの、優しい笑みを浮かべるだけ。

それを見ると自然と分かってしまう。今、自分のしていることは決して意味を成さないことだということが。

だから彼は銅像に一礼をして、洞窟を去るべく背を向けて歩き出そうとする。

 

「……カール、さん?」

 

背を向けたと同時に目が合った。自分と同じく、族長宅を抜け出してきたらしいリゼッタと。

どうして彼女がここに、というのは考えるだけ無意味だろう。彼女とて現実が信じられなかったのだから。

だから疑問を浮かべることなく、動かそうとした足を止めてリゼッタが近づくのを待った。

対してカールとは違い、リゼッタは戸惑いを浮かべた表情で彼と銅像の近くへと歩み寄ってくる。

 

「えっと……カールさんは、どうしてここに?」

 

「少し気になることがあったから、かな……リゼッタさんは、やっぱりもう一度お母さんに会うため?」

 

「はい……正直なところ、信じられませんでしたから」

 

だからもう一度だけ確かめに来た。しかし彼女の前にある現実は変わることはない。

安らぎを与えるような微笑を浮かべている銅像は、反して彼女に悲しみしか抱かせない。

 

「どうして……どうして、こんなことに……」

 

再度突きつけられた現実が彼女にそう紡がせる。

今にも泣いてしまいそうなほどか細い、悲しみに満ちた言葉を。

それでも変わり果てた彼女の母は何も返さない。何も返すことが出来ない。

故に静まり返った洞窟内には彼女の声だけが響き、それを見てもカールは慰められない。

なんて慰めていいのか分からないから。どう慰めるべきなのかが分からないから。

 

 

 

 

 

「その理由……知りたいかしら?」

 

 

 

 

 

悲しんでいた彼女も、それを見ているしかなかったカールも途端に振り向く。

聞き覚えのある声がした方向へと、洞窟の出入り口へ続く通路がある方面へと。

 

「ミレーユ、先生……?」

 

振り向いた先に立っていた声の主は、二人の予想通りの人物だった。

フィリスと同じく学園の講師で、里へ向かう自分たちの引率としてついてきたミレーユ。

彼女の突然の登場に二人が驚きを浮かべる中で、彼女はゆっくりと二人へと近づいていく。

いや、近づいているのは厳密には二人にではない。正確には、その先にある銅像へ向けてだった。

 

「この人がどうしてこんな姿になったのか……あなたたちは、知りたいわよね」

 

イリサに禁じられたにも関わらず銅像に手を振れ、妙に饒舌に告げてくる。

この里を訪れてからずっと言葉を発しなかったのに、ずっと辛そうな顔をするだけだったのに。

どんな気の変化があったのかは分からないが、今も辛そうにしつつ言葉は紡いでくる。

二人にとってそのことにも驚きはあったが、それよりももっと驚くべきことがあった。

それは彼女の口にした言葉。まるでリュシーがどうしてこうなったのかを知っているような、そんな言葉。

 

「そう言うってことは、先生は知ってるんですか? リゼッタさんのお母さんが、どうしてこうなったのかを」

 

「ええ……知ってるわ。というよりも、忘れたくても忘れられないの……この人がこうなったのは、私のせいだから」

 

言葉が出なかった……あまりにも、彼女の告げたことが信じられなくて。

リュシーが賢者の石と融合してしまったのはミレーユのせい。詳細を語られなければそれは理解できない。

そもそもリュシーは見た目どおりセイレーンという種族、人間であるミレーユとは接点がないはずだ。

なのに自分の責任だと断言する彼女……正直、驚き以上に信じられることではなかった。

 

「これを見てくれれば、私とこの人との接点が分かるわ……」

 

二人の心情を察してか、ミレーユは懐から取り出した一枚の紙を差し出す。

それは見た感じ写真……いつのものかは分からないが、白黒である時点でずいぶん昔だと分かるもの。

その写真を受け取った最初にリゼッタは写されたものに目を向け、そして再度驚きを浮かべる。

 

「ど、どうして……」

 

写真を見た後にミレーユへと視線を戻し、リゼッタは呆然とそう呟く。

一体何が写っていたのか……それが気になったカールは横から写真を覗き込んだ。

するとそこに写し出されていたのは、以前リゼッタに見せてもらった写真と同一の人物の姿。

そしてその横のほうには若かりし頃のミレーユと思わしき人物が写し出されている……そんな、写真。

 

「裏を返してみて……」

 

言われて呆然としたままリゼッタは写真を裏返す。

裏返したそこは何も描かれていないはずの白紙。だけど、そこには短くこう書かれていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

――魔法学園で、姉さんと……

 

 


あとがき

 

 

こちら側もこちら側で怒涛の如く、事態が進み行く。

【咲】 何もなかったらそれはそれで問題だと思うけどね。

【葉那】 だね〜。

ま、そりゃそうなんだけどな。とまあそんなわけで、二十一話をお送りしました〜。

【咲】 リゼッタにとって衝撃的なことが続けて起こってるわよね。

ふむ……まあ、今はリゼッタシナリオに沿って進めてるから、そうなるのもしょうがない。

【葉那】 ていうか、前作と違って妙に全部のシナリオを進めようとするよねぇ。

前作が薄すぎたからな。今回は全部のシナリオを通りつつ、真実へと迫る形で。

【咲】 でもさ、メンアット4の話は全部ワイザーが関わってるのに、アレが死んじゃった今となってはどうなのよ?

そこはまあ、どうにか調整してやっていくさね。

【葉那】 出来るかどうかは分からないけどね〜、なんてったって駄目作者だし♪

にこやかに酷いこと言いますね、あーた。

【咲】 ま、そんな分かりきったことは追いとくとして……ラウエルが里を訪れたのってずいぶん前ね?

そりゃそうだろ。前作の事件が起こる約五十年前に彼は死んでるんだから。

【葉那】 ていうかさ〜、里の族長のイリサって一体何歳なの? 

ん〜、今は九十六歳ってところだな。これは人間だと結構な歳だが、セイレーンはサキュバスほどでないにしても長寿の種族だから。

【咲】 なるほどねぇ……で、当時のラウエルは何歳くらいなわけ?

だいたい、二十五歳ってところだな。で、死んだ六十五歳前後だから、人間でいうならちょこっと早い死だったと言える。

【咲】 ふ〜ん……まあ、高齢といえば高齢だし、天寿を全うしたと言えなくもないんでしょうけどね。

そうだなぁ。ま、実際のところを知るのは立ち会ったアーティとセリナのみだということだ。

【葉那】 だねぇ。で、次回はどんなお話になるの?

ふむ、次回は古の塔が終わったから、学園サイドでのお話だな。

加えて教団サイドのお話もあるんだが、ここではなんと!!

【咲】 なんと?

事件の真の黒幕、『断罪者』が主と呼ぶ人物が僅かに出てくる!!

【葉那】 やっとって感じだね〜。

ま、そこの辺も是非とも期待していてくださいということだな。

【咲】 いつも通りね。じゃ、今回はこの辺でね♪

【葉那】 また次回会おうね〜♪

では〜ノシ




またしても新たな事実が。
美姫 「とりあえずは賢者の石は保留になるんでしょうけれど、新たな驚きの真実の方が先に気になるわね」
だよな。なぜ、こんな事になっているんだろう。
美姫 「それは語られるのかしら」
ああ、どうなるんだろう。次回は学園サイドになるみたいだし、すぐには語られないのかな。
美姫 「次回も楽しみにしてますね」
待っています。



▲頂きものの部屋へ

▲SSのトップへ



▲Home          ▲戻る