学園の者たちが海底の塔とセイレーンの里の二つに分かれ、行動を起こすよりも数日前。

ハンター協会本部にある地下施設の一室にて、二人の男……ルラとムンドが向かい合っていた。

というよりも、椅子に腰掛けるルラの机を挟んだ位置にムンドが立っている、といったほうがいいだろう。

そして加えて言うならば、何かを話し続けているムンドに対して、ルラは書類を読みながら簡単な応対のみしているといった感じであった。

 

「てなわけで、あそこに出向いて目的の奴に会ってきたわけだけどよ……思いのほか面白い奴だったぜ、あいつ」

 

「そうですか……」

 

「しかしまあ、あの程度じゃまだまだだな。 ナハトも目覚めてねえみてえだし、今の段階じゃあ『代行者』クラスが関の山だろうよ」

 

「ふむふむ、なるほど……」

 

「だが、あれだとどんだけ化けるか正直楽しみではある……当然、もう片方のほうもな」

 

「そうですか……」

 

「って、おい! 聞いてんのか、ルラ!?」

 

応対があまりにいい加減なことに今更気づき、ムンドは怒声と言える声量で尋ねる。

それにルラは小さくため息をつき、見ていた書類を机に置いてムンドへと視線を向ける。

 

「聞いてますよ……ようするにナハトを抱く者は期待大、ということでしょう?」

 

「む……まあ、そういうこったな」

 

「そんなことはずいぶん昔から分かっていたことでしょうに……そもそも、アレを持った時点で普通だなんて有り得ないのですから」

 

そう呆れ口調、呆れ目線で告げると、ムンドは若干拗ねたように鼻を鳴らし、近場の椅子に腰掛ける。

そして腕を組んで目を瞑り、明らかに不貞寝といった様子を醸し出しながら眠りについた。

そんなムンドに、ルラはようやくうるさいのが眠ったというようなため息をつき、もう一度書類を手にとって思考する。

 

(彼が賢者の石を持ち帰ることが出来れば、第二段階もそろそろ大詰めですね……でも、第三段階に入るにはどうしても彼女が邪魔になりますか)

 

思考しつつ思い描くのは、現世に蘇った死の女神たる女性―ヘルの姿。

過去に神々から忌み嫌われた力を取り戻したヘルは、教団への誘いを切り捨てて学園側についた。

ヘル一人に教団全体を相手に出来るとは思えないが、それでも良い状況であることには変わりない。

神格を失ったとはいえ、仮にも神だった者だ……力を取り戻した今の実力はおそらく、教団の『断罪者』クラスに匹敵するか、それ以上だろう。

 

(ですがまあ、表舞台に出た時点で彼女は私の罠に嵌ったも同然……邪魔になるのならば早々にご退場していただくだけですね)

 

ヘルが学園の者たちの前に姿を出し、学園側に表立って味方としてついたこと。

それは、ルラが思い描いたシナリオ通りに進んでいるということを意味していた。

そうでなければ、過去の世界で安易に力を取り戻させたりはしない……危険が伴うことには、それなりの保険を。

ルラこと、スヴァフルラーメという人物は……そういう男なのだ。

 

「さて……彼女が最後の罠に掛かる前に、早々に準備へと取り掛かるとしましょうか」

 

小さくそう呟きながら、ルラは妖しげな笑みを口元に浮かべていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

メンアットトライアングル!2〜永久に語り継がれし戦士たち〜

 

【第二部】第十九話 多重の罠、炎上する大地

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

恭也たちが塔へ向かい、カールたちがセイレーンの里へと向かってから数時間後。

学園のバルコニーにて、ヘルは遥か遠くを眺めるよう城の外に視線を向けつつ立っていた。

三女神に会いたくないから、という理由で同行を断ったのはいいが、学園に残っても特にやることがないことに後で気づいた。

それは以前の後先考えず、というのが今も残っている証拠なのだが、本人はあまり気にした様子もない。

まあそんなわけで、学園に残っても暇でしかない現状で一体自分は何をしたらいいのか、というのをバルコニーで考えていた。

だが、バルコニーに辿り着いてから外を見つつ、数分程度思考したところでその結論は意外にも簡単に出た。

 

「ねえ、ランちゃん……ハンター協会の本部施設の座標、記録してるわよね?」

 

『してますけど……それがどうかしましたか?』

 

「じゃあ、すぐに転移の用意をして。 以前やり残した施設の破壊……今からしに行くから」

 

何をすべきか、その考えに出したヘルの結論にランドグリスは驚かざるを得なかった。

しかし、その結論に対して止めたり、文句を言ったりはしない……なぜなら、それは本来しなければならないことだったから。

以前はヘル自身のミスや、断罪者たるスヴァフルラーメとの遭遇によって失敗した。

だが、今のヘルは以前とは違う……そのときのようなミスをすることもないし、断罪者や代行者と遭遇しても撃退することは出来る。

故にランドグリスはそれに肯定の返事を返し、転移魔法の術式を組み始める。

 

『……にしてもまた、いきなりですね。 以前やり残したことを今やろうだなんて……』

 

「そうね……でも、あれは早い内にやっておかないといけないことだから。 教団の今の本部とも言えるハンター協会の施設破壊……それを成すことで、彼らに多大なダメージを与えることが出来るのだし」

 

『そうでしょうけど……でも本当は、それが理由ではないのではないですか?』

 

「……どうしてそう思うの?」

 

『なんとなくです……なんとなく、マスターはそれだけで動く人ではないと思いましたので』

 

それはヘルという人物をよく理解しているからこそ、言える言葉であった。

そのため、ヘルはその言葉に対して僅かばかりの微笑を浮かべ、ランドグリスの柄を軽く撫でる。

今まで良い事言ったときも、ヘルの役に立ったときも、一度足りともそんなことをされたことがなかった。

だからランドグリスはその行動に驚きを抱き、同時にそれ以上の嬉しさがこみ上げてくるのを感じていた。

 

「ランちゃんの言う通りよ。 あの施設を破壊することも目的だけど、それ以上に……彼ら教団が一体何を目的として動いているのか、それを調べるのが私の本当の目的」

 

『それってつまり……施設のコンピュータに保存されているはずのデータを盗みにいく、ってことですか?』

 

「そういうことよ。 まあ、盗めなくてもデータを見ることが出来れば問題はないわけだけど」

 

『そうですか……と、転移の準備が完了しました、マスター』

 

「そう……じゃあ、ゲートを展開して」

 

その言葉に了解と一言だけ短く返し、ランドグリスは魔力を集束してヘルの前にゲートを展開する。

展開されたゲートにヘルはゆっくりと歩んでいき、入り口一歩手前で足を止めてもう一度城の外に目を向ける。

だが、その視線はすぐに逸らされ、止めた歩みを再開してゲートの入り口を潜り、数秒と立たずにヘルの姿はその場から消えた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ゲートを抜けた先にあったもの、それは以前も訪れたハンター協会本部である建物。

以前来たときとまったく変わっていないはずなのに、どこか以前とは違う空気が建物全体を覆っていた。

そんな建物の前に転移してきたヘルは建物全体を眺めるように見渡した後、その空気の元に気づきため息をついた。

 

「結界ね……それも、かなり高濃度の」

 

『ですね。 見たところ、こんな結界を張れるのは並みの者では不可能……おそらく、『断罪者』クラスの誰かがいる推測できます』

 

「『断罪者』クラス……ねぇ。 スヴァフルラーメか、それともインゲムンドか……どちらにしても、油断はしないほうがいいわね」

 

そうヘルは呟くように言うと、腰に携えているランドグリスを右手で抜き放つ。

そして徐に懐へと左手を入れて銃の弾丸と思わしきものを数個取り出し、ランドグリスの弾倉に装填していく。

 

「補充しておいて正解だったわね。 魔弾が少ない状態じゃ、『断罪者』とは渡り合えないでしょうし」

 

『まあ、本来ならこういった事態じゃなくても補充はマメにしておくべきなんですけどね……』

 

呟きに対してそう指摘をするランドグリスの言葉を華麗に無視しつつ、ヘルは弾倉に弾を詰め終える。

その後にガチャンと音を立てて弾倉を閉じ、軽く二、三度振ってから両手で柄を持ち、目の前の建物を覆う結界に向けて構える。

 

「補充したのが六発、ここで結界破壊に一発……残り五発もあれば十分かしらね」

 

『どうでしょうね……この施設に駐在している『断罪者』が誰なのかにもよりますから』

 

「まあ結局のところは、なるようになれってことね」

 

『……そういうところは、以前と変わらないんですね。 いや、そういうところも、ですか』

 

「うっさいわね……ぐちぐち言ってないで、さっさと一発目の準備しなさいよ」

 

『はいはい……』

 

ため息すらつきそうな感じでランドグリスは返事をし、音をたてて魔弾をセットする。

それと同時に魔弾に詰め込まれた魔力が解放され、ランドグリスの刀身を集束した魔力の光が包み込む。

その魔力が刀身を包み込んだランドグリスをヘルは大きく振りかぶり、一気に結界へと向けて振り下ろす。

すると刀身を纏った魔力と結界の魔力がぶつかり合い、バチバチと火花が散るような大きな音を立てる。

だがそれもほんの数秒、ぶつかった魔力は結界の魔力に競り勝ち、ガラスが割れるような音と共に砕け散る。

同時に建物を覆っていた結界はそれを切っ掛けに全体へと罅が行き渡り、同じような音を立てて跡形も無く砕け散った。

 

『施設全域に渡る結界の破壊を確認しました……続いて内部施設のデータベースをハッキングし、目的地までの最短ルートを検索します』

 

「……データベースがハッキング出来るなら目的の情報を引き出したり出来るんじゃないの?」

 

『それは、正直難しいと思います。 教団の目的に関する情報ともなると、教団内でも最重要機密でしょうから……おそらく外部からのハッキングには何かしらの対策を取っているかと』

 

「そう……ま、相手が教団なだけに、そう簡単にはいかないってことね」

 

そうため息と共に呟くと、ヘルはランドグリスの峰を肩に当てる形で担ぐように持ち、建物の入り口を潜る。

扉をバンッと勢いよく足で蹴り開け、すでに検索し終えたランドグリスの指示通りに建物内を進んでいく。

だが、何の障害もなく目的の場所に辿り着けるなどということはなく、ある程度進んだところで施設の者と思しき人間と遭遇してしまった。

遭遇したのが広間であったためか、その数は六……数にすればあまりいい状況ではないが、ヘルにとってはなんら問題ではない。

なぜなら、それは『代行者』でも『断罪者』でもなく……

 

「『守護兵』……ねぇ」

 

『教団の中でも最下位に属する者たちですね。 数にしたらあちらが有利でしょうが、特に問題ではないかと』

 

「そうね。 『代行者』や『断罪者』ならともかく、『守護兵』が何人集まっても脅威にはならないわ」

 

ヘルの実力を考えると、その言葉ももっともなことだった。

一度死した身故に神格こそ失ったが、それでもヘルの力は『断罪者』と並ぶかそれ以上。

そんなヘル相手に教団内で最下位の称号である『守護兵』程度では、いくら集まったところで赤子の手を捻るようなものだった。

しかし事実であってもヘルのその言葉はお気に召さなかったらしく、『守護兵』たるその六名は怒りの形相で各々の得物を構え襲い掛かる。

だが、その『守護兵』たちを前にヘルはなんら慌てたような表情を見せず、ランドグリスを肩から下ろして迎え撃つ。

我先にとばかりに六人の内の一人が振り被った剣を振り下ろしてくるのに対し、ヘルは軽く身を逸らして避け、得物を横に振るって胴体を両断する。

それによりちょうど腹の部分を中心に両断された男の上半身はドサッと地面に落ち、僅かに遅れて鮮血を撒き散らしながら下半身も倒れる。

目の前でそんな呆気なく殺された仲間に他の者たちは戦々恐々としながらも、駆け出した足を止めることなく各々の武器をヘルに向けて振るう。

 

「……」

 

まともに陣形すらも取らず、各自バラバラな動きで襲い掛かってくる『守護兵』たち。

それを前にヘルは言葉を発するでもなく、表情すらも変えず、ただ得物を振るってその者たちの命を狩っていく。

あるものは首を切られて血を撒き散らし、またある者両足を切り落とされて地面に倒れたところに心臓を一突きされて絶命した。

そして戦闘が始まって一分程度で六人いた『守護兵』も一人を残す形になり、その一人も戦意を喪失し、恐怖に歪んだ表情でカタカタと震えていた。

そんな『守護兵』最後の一人にヘルはやはり無表情で視線を向け、得物を下ろした状態でゆっくり、ゆっくりと歩み寄った。

 

「人間とはいえ、教団に魂を売った者に掛ける情けなんて……私は持ち合わせてはいない」

 

その男の目の前で足を止めそう呟くと、ヘルは得物をゆっくりと振り上げる。

逃げようとしても逃げられない、そもそも逃げようにも恐怖で足が竦み、自分の意思では動かせない。

故に足掻くことも出来ずにヘルの与える死を受け入れることしか出来ず、男の表情は恐怖で青褪める。

そんな男にヘルは先ほども口にした通り、情けを掛けることなく……

 

「さようなら……」

 

その言葉を告げると共に、無情にも振り上げた刃を男に向けて一気に振り下ろした。

振り下ろされた刃は男の体を斜めに切断し、上体がズルリと地面に落ちると共に鮮血を吹き上げる。

噴出した血は例外なく辺りへと撒き散らされ、当然目の前にいたヘルの顔も、服も、全てを赤く染め上げる。

しかし、ヘルは顔についた血を拭うことはなく、ランドグリスについた血のみを払い、向かうべき場所へと向けて歩き出した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

広間での戦闘を境に、進む先々でヘルは何度と無く教団員と遭遇しては戦った。

だが、そのどれもが『守護兵』クラスであったためか、ほぼ全ての戦闘がヘルの殺戮劇と化していた。

襲い来る者も、恐怖に逃げ出そうとする者も、教団に属しているのであれば何の例外もなく斬り捨てる。

その姿は元々あった死の女神という呼び名を与えられた理由とは逸脱しているようで、どこかその名に相応しいと言える姿。

このことはヘルにとっては皮肉にしかならないのだが、それでもそう思ってしまうほどの非情さだった。

 

「はぁ……結構汚れちゃったわね」

 

『気になるのなら、浄化しますか? 幸い、と言っていいのかは分かりませんが、ほとんど魔力も使ってないですし』

 

「気になるにはなるけど、別に浄化はしなくていいわ。 この先にも教団の誰かがいれば、どうせまた汚れると思うしね」

 

『そうですか……』

 

顔についた血を多少拭うことはしても、服にべっとりとついた血は浄化しようとしない。

それはヘル曰くまた汚れるなら意味がないとのことだが、果たして本当にそれだけだろうか。

もしかしたらそれ以外にも何か理由があるのではないか……ヘルと長いこと付き合うランドグリスは、そう思えてならない。

それほどまでにヘルは自分の考えを話そうとはしないし、契約で心が繋がっていてもその心に壁を作られては読むに読めない。

だから、公開している部分を除くと、ランドグリスはヘルが本当は何を望み、何を願っているのかが今も分かってはいなかった。

そしてそれはランドグリスよりも深く繋がっているブリュンヒルドですらも、今だ分かってはいなかった。

 

『(以前の件で多少は心の内を見せてくれるようにはなりましたけど……相も変わらず深いところは見せてくれないだなんて、本当に頑固者ですね)』

 

「……ねえ、ランちゃん」

 

『あ、はい、なんですか?』

 

「悪いけど、ちゃんと聞こえてるからね」

 

『……あ』

 

ヘルが以前よく失念していたこと……それは心が繋がっていることで相手が何を思っているのかが大概分かってしまうということ。

心の一部に壁を作っていても、その場で思っていること自体は相手に筒抜けになってしまうのだ。

それを今回は珍しく、ランドグリスが失念してしまっていたらしく、本来口にすればお仕置き決定な言葉を聞かれてしまった。

故にランドグリスは来るであろうお仕置きにビクビクとしながらもヘルに意識を向けるが、そこで驚くべき光景を見た。

あろうことか先ほどの言葉に怒るわけでもなく、左手を口元の辺りに当ててクスクスと笑っていたのだ。

それはかなり珍しいとも言える、ヘル本来の一面を醸し出すような……そんな、穏やかさが感じられた。

 

「ランちゃんは、私の心の内がそんなに知りたいのね」

 

『え、ええ、まあ……で、でもマスターが嫌なら別に』

 

「そんなにビクビクしなくても、隠してた私が悪いんだから別に怒ってないわよ。 でも、そうね……あなたたちになら、そろそろ教えてもいいかもしれないわ。 本当の私の望み……本当の、私の願いを」

 

『え……で、でも今まで隠してたのに、いいんですか?』

 

「ええ。 隠していたのもただの我侭みたいなものだし、どうせ言ったところで何が変わるわけでもないから……でも」

 

『でも?』

 

「話すのは、この仕事が終わってからね。 悠長に話をして、時間を掛けるのも良くないから」

 

その一言でこの話題を打ち切り、ヘルは先ほどまでよりも若干ペースを上げて歩む。

通路をランドグリスの指示通りに進み、途中あった階段を下へ降りて地下へと向かい、辿り着いた地下も指示通りに進む。

その地下の通路を進んでいくごと分かること……それは、その地下施設が明らかにハンター協会という組織から逸脱しているということ。

本来世のハンターたちに仕事を与え、ハンターたちをバラバラにならないよう纏めるこの協会は、研究や実験などという設備はないはずなのだ。

にも関わらず、地下には所々に何かしらの実験に関わる設備があり、明らかに何かを研究しているというような様子があった。

一体何を研究し、何の実験を行っているのか……ヘル自身、心当たりがあるのだが、それも目的そのものを見てみないと推測の域を出ない。

故に、ヘルはそれらのことが気になりながらも歩みを進め、突き当たりにあった階段を更に降りて目的の場所へと向かう。

そして歩き続けること約十分程度、指示通りに進むことによってある一室の前へと辿り着き、一寸間を置いてから部屋の扉を開いて中へと入った。

しかし、扉の先に広がった光景は間違いなく目的の場所であるとわかるのだが、一つだけおかしな点があることを入った瞬間に感じた。

 

「妙ね……施設内で重要な場所であるはずなのに、教団員が一人もいないなんて」

 

『たまたまじゃないですか? 来る途中には結構いましたので、ちょうど部屋を空けてたとか』

 

「……」

 

ランドグリスのそれは、あくまで楽観的な考えに過ぎない。

だが、そうでなければ一体なぜ、重要な場所であるはずなのに教団員が一人もいないのか。

それが分からず、部屋の入り口の前でヘルは考えるが、教団の者でもなければこんなこと考えても分かるはずがない。

そのため、ヘルはこの件に関して考えることを止め、ゆっくりと室内の中央にあるコンピュータの前へ移動した。

そして移動してから数秒ほど画面を眺めた後、その下にあるパネルをどこか手馴れた手付きでカタカタと操作し始める。

 

「ふ〜ん……なるほどねぇ。 SR計画……最終的に何をしようとしてるのかは分かってたけど、こんな概要だったのね」

 

『ホムンクルスの作成、強化はあくまで『炎剣』を使うための布石……しかも、現状での『炎剣』のデータを見る限りでは、ホムンクルスさえ完成してしまえば賢者の石も全て揃う必要性はないみたいですね』

 

「そうね……って、GUNだけじゃなくてこんなものまで作ってるわけ!? はぁ……まさに古の再現って感じよね」

 

『感じも何も、これでは何もかもが同じですよ……最終段階に達するまでに何としても止めないと、世界はまた――っ!』

 

「分かってるわ……そのために私は、こうしてここにいるんだから」

 

画面に映し出される内容から目を逸らさずも、ヘルはしっかりとした声色でそう告げる。

そして止まっていた手を動かして再びパネルを操作し、画面に映し出される内容を変えていく。

だが、とある内容が画面へと映し出された途端、忙しなく動いていたその手は止まり、驚きという感情がヘルの表情に浮かぶ。

更にはそれに続いてパネルに当てた手が震えだしたかと思うと、勢いよくその手の平をパネルに叩きつける。

 

「どういう、ことよ……これ」

 

怒りと悲しみ、その二つの感情が入り混じったような声で、ヘルは呟く。

そのときのヘルの表情は、口にした言葉に含まれる感情とは異なり、酷く絶望したような顔をしていた。

そんなヘルに、同じく映された内容を見たランドグリスは掛ける言葉が見つからず、ただ沈黙するしかなかった。

一体何が画面に映し出されたのか、ヘルをこんな顔にさせてしまう内容とは一体何なのか。

その全ては、文面の最初に書かれるタイトルを見るだけで察することが出来るものだった。

 

―ナハト、及びそれに纏わる戦について―

 

それを知らぬ者ならばどうとも思わないタイトルだが、ヘルにとってはそういかなかった。

なぜなら、ナハトというのは自身の思い人が抱く物の名称である故、ヘルがどうとも思わないなど出来ないからだ。

だからヘルはそのタイトルで記載されている文章を読み、そしてその内容に絶望せざるを得なかった。

それを境にしばらくの静寂が辺りを包み、衝撃の内容に体から力が抜け、パネルに手を掛けてまましゃがみこんでパネルに凭れる形となる。

そしてヘルがそんな状態になったのをきっかけにしたかのように、突如施設内全域に大音量のブザーが鳴り出した。

そのことに驚愕したランドグリスは驚きを声にし、すぐさまコンピュータの画面に意識を向ける。

するとそこには先ほどまで映し出されていた映像は無く、まったく別の内容が記述された映像が映し出されていた。

 

『施設内全出入り口の完全封鎖、施設外部の封鎖結界再発動……くっ、まさかコンピュータそのものにこんな仕掛けがあるなんて』

 

出入り口を全て封鎖することで歩行での脱出を封じ、封鎖結界によって転移での脱出も出来なくする。

その二点がメインパネルよりコンピュータのとある情報にアクセスすることで同時発動するようにする……言うなれば一種の罠だ。

しかし、本来こんな罠は時間こそ掛かるにしろ、ヘルほどのものであれば脱出することは難しくはない。

にも関わらず通路に『守護兵』しか配置せず、わざわざこの部屋へと招き入れてその罠を発動させた理由は一体何なのか。

それは少し考えれば分かるほど単純なことであり、同時にランドグリスに焦りを感じさせるには十分なほどのことだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ハンター協会とは遠く離れた地に立つ教会。

その内部にて教壇にて一人の白きドレス着た金髪の女性が立っていた。

そしてその女性は片手に真っ赤な剣を握っており、更にその剣には複数の機械から伸びるコードが繋がれている。

そんな剣を片手に女性はどこか辛そうな顔を見せつつも、どこか決意に満ちた表情をしていた。

 

「大丈夫ですかな、我が姫君?」

 

「大丈夫……です。 この程度で倒れるほど、私は……弱くはありません」

 

「なるほど……さすがです、姫。 では――」

 

女性を姫と呼ぶ男―ルラは僅かばかりの笑みを浮かべ、女性の後ろに視線を向ける。

その視線に剣へと繋がるコードの元である機械の前に待機していた複数の者たちは、一斉に機械を操作し始めた。

 

「『炎剣』、出力10%で限定解放します……魔力伝達、及び周囲のマナの収束率は!?」

 

「問題ありません! 使用者の精神状態も含め、全て正常に機能しています!」

 

機械を操作する者たちのその言葉にルラは満足げに頷き、女性と共に教会の扉へと歩んでいく。

その際に激しく長いコードが二人の歩く通路に敷かれるその光景は、まるで二人の足跡というようにも見えた。

そして足跡のようにコードを伸ばしながらも二人は入り口へと辿り着き、ゆっくりと扉を開け放って外へと出る。

 

「ふむ……方向的には、こちらですね。 姫、準備はよろしいですか?」

 

「いつでも、構いません……」

 

「そうですか。 では我らアルナ・ベルツの姫君よ……我らに抗う悪しき者に聖なる断罪をお与えください」

 

「わかり……ました」

 

僅かに荒い息をつきながらも女性は頷き、手に持つ『炎剣』と呼ばれた剣を両手で振り被る。

その瞬間、『炎剣』からは元々の色に負けないほど赤い光が放たれ、それに伴って女性の表情も更に辛そうになる。

しかし、女性は辛さを口に出すことは無く、それを振り被った状態で口を開き……

 

「私には、私の……願いがある。 だから、ヘル……あなたにはここで、消えて……もらいます」

 

そう一言言葉を放って、振り被った『炎剣』を一直線に振り下ろした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『っ……この波動は、やはり『炎剣』!! マスター、早くここを脱出しないと!!』

 

「……」

 

かなり距離があるにも関わらず『炎剣』の放つ独特の波動を感じ取ったランドグリスはヘルにそう言う。

しかし、ヘルはパネルに手を掛け凭れたまま動こうとせず、ランドグリスの言葉に返すことすらもしない。

信じられない内容を見てしまった今のヘルからしたらそれはしょうがないことかもしれないが、今はそうも言っていられない。

なぜなら、『炎剣』がどういうものか、そしてそれが一体どのくらいの力を持つものなのか、それをランドグリスは理解しているのだ。

故に早く脱出をしなければならない……しなければならないのに、ヘルは動こうとはしない。

本来ならばヘルがそんな状況に陥っていたりすると勝手に転移魔法を行使するのだが、封鎖結界が張られていてそれも出来ない。

だから、ランドグリスは必死に呼びかけるが、まるで生ける屍の如くヘルはその場からピクリとも動かなかった。

 

『マスター、お気を確かに! 現実から目を逸らさないって、どんなことがあっても前に進むって、あなたは言ったじゃないですか! その約束を違える気ですか、あなたは!?』

 

「……」

 

その必死の訴えにも、ヘルは答えることはなく、行動を起こしもしない。

そんなヘルがじれったくて、更に呼びかけ続けるが、結果はまるで変わることはなかった。

そして遂に、『炎剣』の気配は急速に接近し始め、ランドグリスの焦りは強くなる。

故にその焦りを出しながらも、きっとヘルなら立ち上がってくれるという思いを込めて叫んだ。

 

『マスター!!』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

その言葉が発せされると同時に、『炎剣』の気配はゼロ距離まで近づき……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ハンター教会の施設全体を、激しいまでの業火が包み込んだ。

 

 


あとがき

 

 

ヘルの戦線離脱イベントでした〜。

【咲】 仲間になってから間もないのに……。

しょうがないのだよ……彼女の力は前半部で出るにはあまりに強すぎるし。

【葉那】 つまりは、現状ではお払い箱ってことだね〜。

嫌な言い方するね……まあ、似たような感じではあるけど。

【咲】 というか、一話で収めるには無理がある話だと思うけど?

それは確かにあるな……だけど、一話で収めないと次回が続きからになっちゃうし。

【咲】 じゃあ三視点で代わる代わる書けばいいじゃない。

そうするとごっちゃになるし……。

【咲】 じゃあどうしろって言うのよ!!

げばっ!!

【葉那】 まったく〜、相も変わらず駄目駄目作家だね〜。

うぅ……ちゃんとした理由があってやったのに、なぜ殴られるんだろう。

【咲】 はぁ……まあ、もうこの件はいいとして、今回『炎剣』って言う単語が多く出てたわね。

【葉那】 ていうか、それ自体結構前から出てるけど、『炎剣』って一体何なの?

ふむ……さすがに『炎剣』についての概要はここでは言えんな。 ストーリー全体に響くし。

【咲】 そうなの?

そうなんだ。 まあ、話が進めば自ずと分かるって……今の段階で分かってる人は結構いるだろうけど。

【葉那】 そうなんだ〜。 あ、そういえばだけど〜、姫っていうのは本編では初めての登場だよね?

だな。 今回ので分かると思うが、教団内でもかなりの実力者だよ、彼女は。 限定解放とはいえ、現状で『炎剣』の行使なんて彼女しか出来ないし。

【咲】 ふ〜ん……『断罪者』とかでも無理なの?

無理だね……というか、『断罪者』は基本的に魔剣の精霊だから、他の剣の能力を使用することは出来ないのだよ。

【葉那】 なるほどね〜……じゃあつまり、姫っていうのは『断罪者』以上なんだぁ。

それはどうだろうな……まあ、これも自ずと分かるさね。

【咲】 そう……じゃ、次回予告いってみましょうか。

ふむ、次回はだな……ようやく視点が戻って古の塔側のお話だ。

いきなり協力を拒否られた恭也たち、しかしそれは元から分かってたこと故に情報のみを引き出そうとする。

だがその思惑に反し、女神たちはのらりくらりと質問をかわし続け、いい加減ミラがキレかける。

そのため恭也たちは情報を引き出すことすら無理だと判断して帰ろうとするが、そんな恭也たちに土産とばかりにあることを告げる。

さて、女神たちが告げた内容とは、一体……というのが次回のお話だな。

【葉那】 全容をほとんど言っちゃったね〜。

まあ、これだけで終わるかは微妙な状態だし、言っちゃっても支障はない……はず。

【咲】 いい加減ねぇ……と、じゃ、今回はこの辺でね♪

【葉那】 また次回ね〜♪

では〜ノシ




炎剣を使っていた女性は何者なのか。
美姫 「色々とまた謎が出てきたわね」
次回は恭也たちへとお話は変わるみたいだけれど。
美姫 「ああ、もうどうなるの!?」
次回も楽しみにしてます。
美姫 「待ってますね〜」



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