世界に数本という単位で存在する魔剣の内、何本かには精霊が宿るほど長く存在しているものがある。

まあ、シャインスレイとダーグレイのような人の手で生み出された魔剣の精霊は例外だが、大概はそう……付喪神のようなもの。

何かしらの強い力を持った魔剣が長いときを経て、精霊としての意思を備えて自身の姿を別に形作ることだってある。

しかし、そうであったとしても、魔剣エッテタンゲの精霊と名乗った目の前の男に裂夜は不信感を抱いてしまう。

如何に魔剣の精霊であったとしても、精霊自身が本体である魔剣を行使することが出来るなど聞いたことがない。

現に、シャインスレイとダーグレイの精霊であるアーティとセリナも、魔法行使することはあっても魔剣行使はできない。

であれば、目の前の男―インゲムンドが嘘を吐いているということになるが、それも違うと裂夜は即座に否定する。

インゲムンドがただの魔剣継承者だというのであれば、明確に何がと説明はできないが、纏っている空気が人とは明らかに異なっている。

 

(だとしたら……やはり、こいつが言っていることは真実ということか)

 

不信感はありしも、目の前の男を前にするとそう考えるのがとても自然だった。

そんな僅かな時間で行われた思考をインゲムンドは読み取ったのか、再びニヤリと笑みを浮かべる。

 

「ずいぶんと簡単に信じたみてえだな……ま、信じてもらわねえと話は進まねえから、こっちとしてもいいんだけどよ」

 

「話……ねぇ。 教団の『断罪者』ともあろう奴が、わざわざ敵である学園の者に一体どんな話をするというんだ?」

 

「はははは……まあ、敵同士で話すことなんて普通はないわな。 けどそれは、本当に敵同士だったらの話だ」

 

「……どういう意味だ」

 

何が可笑しいのか、笑いながら告げてくるインゲムンドに裂夜は尋ね返す。

すると、インゲムンドは笑っていた顔を見間違えるほど真剣なものに変え、左手を差し出して告げた。

 

「アルナ・ベルツへ来な……お前は、そちら側にいるべき奴じゃねえ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

メンアットトライアングル!2〜永久に語り継がれし戦士たち〜

 

【第二部】第十五話 波乱の出発前日 後編

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

告げられた言葉は驚愕に値し、裂夜は言葉を失って絶句する。

だがそれに構わず、インゲムンドは言葉の続きを口にし続けた。

 

「内にある存在、『悪夢を齎す真の闇(ナハト)』を認識してるなら分かるだろ? それの持つ闇がどれほどのものか、どれだけ人間に恐怖を与えるものか……そんなものを内に抱えちまった時点で、お前は人間側にいるべき奴じゃねえんだよ」

 

「……」

 

「それによ……ナハトのことを抜きにしても、お前はどうやら俺たちと同じ性質の奴みたいだしな。 こちら側に下ってお前が得をすることはあっても、損をすることはねえ……魅力的な話だろ?」

 

語り続けるインゲムンドに裂夜はようやく我に返り、同時に思考の渦へと落ちていく。

同じ性質、というのはよくわからないが、ナハトを認識しているというのは間違ってはいない。

二ヴルヘイムでの出来事を経て二つに分かれてから、ナハトの知識に関してはどうしてか裂夜のみに受け継がれた。

現に、恭也は今の様子からすると内にある存在に気づいてはいないだろうし、ナハトと言っても何のことか分からず首を傾げるだろう。

しかし、ナハトを認識し、その危険性も自覚してはいても、その提案はのることなどできないもの。

提案にのって教団に下れば、それは学園を……皆を裏切ることになる。

昔の心が二つに分かれてまだ間もないときならばその提案にのったかもしれない……だが、学園という場所に塗れた今となっては別だった。

故に、裂夜は提案の拒否を示すように、武装として持ってきた小太刀の片方の柄を右手で握り、抜き放つ。

 

「……それが、お前の答えってわけか」

 

裂夜の意思を確認しても、インゲムンドの声も、表情も、動揺の色はまったくなかった。

それどころか、何を思ったのか楽しげに薄っすらと笑みを浮かべたのだ。

それに裂夜は若干眉を寄せつつもやはりなと呟いた後、続けざまに口を開いた。

 

「予想通りの答え……というわけか」

 

「まあな。 さっきも言ったが、お前が俺たち……いや、俺と同じ性質の奴なら、当然答えも予想できるってことさ。 でもよ……ほんとにその答えでいいのか? 俺たち側につけば、お前が知りたがってる俺たちの目的とやらもわかるってのによ」

 

「ふ……そんな方法で目的を知ったところで、その目的のために動かなければならなくなるのなら意味はないからな。 ならば、目的が分からずとも、俺は今の俺を貫き通すのみだ」

 

「くっくっくっ……なるほどねぇ。 やっぱり俺が目をつけた通り、お前は面白い奴だ。 無駄足になるとわかっていても、来てみて正解だったぜ」

 

笑みを溢したまま、インゲムンドはそう言って剣を腰に収め、裂夜に背を向ける。

それに裂夜が当然の如く逃がすまいと小太刀を構えようとするが、その動きは突如背中越しに放たれた膨大な殺気で止まることとなった。

 

「やめとけよ……今のお前じゃあ、どう足掻いても俺には勝てない。 俺たち『断罪者』は、その気にあればあんな学園、土地ごと消滅させることだってできるんだからよ」

 

「……」

 

「分かったら、追い討ちなんてしようと思わねえことだ。 まあ、自分の命がいらねえなら話は別だがよ」

 

そう言うと放出していた殺気を消し、インゲムンドはそのまま歩き出し遂には見えなくなっていった。

インゲムンドが去っていった後、ようやく裂夜は我に返り、同時に荒く息をつき始める。

それはインゲムンドが去り行くそのときまで息をすることを忘れていたかのように荒く、荒く……。

 

「はぁ、はぁ……くっ」

 

まだ息を整えきらぬままに、裂夜は悔しげに声を漏らし立ち尽くす。

自分の力に異常なまで自信を持つ裂夜が、息も出来ぬほどまでに気圧された相手。

認めたくはない、だが認めるしかない……そう思考して、裂夜は俯きつつ悔しげに立ち尽くすのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

二人は……夢を、見ていた。

遠い、遠い、いつだったかもわからないほど遠い昔の夢を。

いつぞやも同じように見た気がする……そんな自分たちの過去の夢を。

 

 

その日はとても晴れていたいつもと違って、どんよりとした雲に空が覆われていた。

そんな空を窓から見ながら、研究所の一室でセリナとアーティはラウエルと向かい合っていた。

向かい合うラウエルも、窓から見える空と同じでいつもと違い、真剣味を帯びた表情。

それに当時まだ魔剣に身体を移されたばかりで、年齢どおり幼かった二人は首を傾げつつ向かい合う。

そして、無言で向かい合うことしばし、ラウエルは少しだけ溜め息をついて二人の頭を撫でつつ口を開いた。

 

「スレイ、そしてレイ……二人にどうしても、話しておかないといけないことがあるんだ」

 

「「?」」

 

真剣な顔でそう言ってくるが、やっぱり二人は不思議そうに首を傾げるばかり。

それもそうだろう……呼ばれた理由もまだ知らなぬまま、真剣な顔をされても意図なんて幼い子供に読み取れるわけがない。

それは分かってるけれど、首を傾げる我が子にラウエルは不謹慎ながらも苦笑してしまう。

だが、この後話さなければならない話を即座に思い出し、元の真剣な顔へと戻って話し始めた。

 

「二人は魔剣の……シャインスレイとダーグレイの精霊であるというのは、わかってるね?」

 

「「はい(うん)」」

 

「ん……で、その二つの魔剣なんだけど、実は他に存在する魔剣と違って継承者というものを選ばないとちゃんと機能しないように出来てるんだ。 もっとも、継承者がいなくても二人は今のように自由に行動できるし、多少の魔法も使うことはできる。 でも、魔剣本来の力を発揮するには、魔力を魔剣に供給してくれる継承者というのがどうしても必要になってくる。 だから、二人は継承者をいずれ選んでもらうことになる」

 

「「えっと……」」

 

説明されることが難しすぎるのか、二人は揃ってわからないとばかりに首を傾げる。

そんな先ほどから二人の行動がまったく同じなのを見ると、やはり姉妹なのだなとわかる。

それを再確認してラウエルはまた苦笑を浮かべながらも、先ほどの話を一言に纏める。

 

「つまり……二人もいずれは、自分にとって大切な、大好きな……そう思える人を見つける必要があるということだよ」

 

「ん〜……じゃあ、私はお父さんを継承者にする!」

 

「あ、ずるいですよ、レイ。 私だってお父様を継承者にしたいんですから」

 

「へへ〜ん、早いもの勝ちだよ〜」

 

ちょっとだけ焦るアーティに、早い者勝ちと勝ち誇りラウエルに抱きつくセリナ。

その二人の様子を微笑ましいと思いながらも、ラウエルは苦笑を浮かべたまま訂正する。

 

「僕じゃ、二人の継承者にはなれないんだよ……だから、二人は僕以外で継承者を見つけなくちゃね?」

 

「え〜……お父さん以上に大好きな人なんていないもん!」

 

「私もレイと同じです。 お父様以外を継承者にしたいなんて思いません」

 

「ん〜……」

 

二人のその発言に、ラウエルは困ったように頬を掻いていた。

子に好かれるのは親として嬉しいことだが、こればかりはそうも言っていられないのだ。

だから、セリナとアーティを優しく抱き寄せて、同時に頭を撫でつつ諭すように言う。

 

「分かってくれ、二人とも……未来が残り少ない僕よりも、まだ見ぬ誰かに可能性を託すほうがいいんだ。 父親である僕を慕ってくれるのなら……僕以外で自分たちの未来を託せる主を、どうか探し出して欲しい」

 

「む〜……難しいことわかんないけど、お父さんがそう言うんなら」

 

「私も……お父様を困らせるのは、本位ではありませんから」

 

「ん……いい子だ、二人とも」

 

優しく、優しく撫でながら、ラウエルは撫でる手付きに劣らず優しい声で言う。

それにセリナとアーティは、気持ちよさげに目を細めながら、撫でられる心地よさを満喫していた。

 

「二人が選ぶ主……いい人だと、僕は願っているよ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

その言葉を最後に夢は途切れ、二人は同時に目を覚まして上体を起こす。

上体を起こした二人は過去の幸せだったときを夢に見たせいか、どちらも目に涙の跡があった。

そして同時にその夢のおかげで思い出すことができた……自分たちが、主なしではちゃんと機能しない魔剣だということを。

セリナには恭也が、アーティには美由希が継承者としていたが、それは十数年も前のこと。

今では、恭也とセリナの契約は原因不明な現象で破棄されているし、アーティに至っては美由希が元の世界に帰ってしまっている。

故に、二人は再び継承者を探さなくてはならない……だが、それも以前と同じで簡単なことではない。

夢で見たとおり自分が認めるというのは言わば条件の一つに過ぎず、最大の条件として光の理と闇の理を知る者でなければならない。

恭也や美由希のようにどちらか一方でもいいのだが、その場合は神剣に至ることはできず……というわけではないが、難しくなる。

そのため、できるならばどちらの理も備えている人を見つけたいのだが、まあ高望みもよくないので出来ればという位置に留める。

 

「セリナ……あなたは、継承者へと成りえる人に心当たりはありますか?」

 

横のベッドで上体を起こしているセリナに、アーティは視線だけを向けてそう尋ねる。

尋ねられたセリナは、アーティの向ける視線に自身の視線を交わらせ、静かに首を横に振る。

 

「お兄ちゃんも裂夜も何かしこの妨害で契約できない今、学園には闇の理を知る人はいないかな」

 

「そう、ですか……」

 

「アーティのほうはどうなの? 光なら闇よりも案外いたりするんじゃない?」

 

アーティに聞かれたことと同じ事を、セリナはそう聞き返した。

実際、心に深い闇を抱えている者に闇の理を知る者が多いように、心が綺麗な者や希望を抱いている者ならば光の理を知る可能性もある。

この二つを考えるのならば、現状で学園に闇の理を知る者が少ないのならば、反して光の理を知る者がいてもおかしくはない。

故に、アーティはセリナの言葉に少しだけ考える仕草を見せ、約一分後に頷きつつ肯定を表す言葉を口にした。

 

「一人だけ……心当たりがあります」

 

「それって、やっぱり知り合い?」

 

「ええ……その方ならば、理を知るほどの心と光に関する資質、どちらを見ても申し分ないと思います。 でも唯一つ……その方を継承者にするには、得物が違いすぎるという問題があります」

 

「得物……かぁ。 だったらさ、魔剣を使わずに付与だけを使えるよう鍛えればいいんじゃない? ぶっちゃけ、魔剣は神剣を使う過程でしか意味を成さないわけだし」

 

「本当に容赦ない言い方ですね……ですが、現状ではそれしかありませんね」

 

溜め息をつきつつそう言い、アーティはベッドの上から地面に降りる。

 

「早速その人のところに行くの?」

 

「いえ、今日はちょっとした確認に行くだけです……光の理をどの程度知るのか、どれほど理解しているのかを。 契約の申し出は……それからですね」

 

「ふ〜ん……言葉を聞く限りだと、アーティのほうにはもう契約の意思はあるんだね。 その人のこと、好きなの?」

 

「好き……とは違いますね。 学園になくてはならない存在、たくさんの人たちにとって大切な存在……それをただ、守りたいだけです」

 

「……美由希お姉ちゃんみたいなこと言うんだね、アーティ」

 

「ふふふ……それほど、私は美由希様に依存しているということですよ、セリナ」

 

少しだけ、ほんの少しだけではあるが、柔らかく笑いつつアーティは保健室の出口へと向かう。

そして、扉の取っ手に手を掛けたところで一旦止まり、振り向かずに一言だけ小さく溢す。

 

「それに私の主様は昔も、そしてこれからも……美由希様、ただ一人だけです」

 

依存の度合い、それが激しく分かる言葉を呟き、アーティは扉を開いて保健室を後にした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

場面が変わって再びテラス……そこにあるベンチにて恭也たちはまだ居座っていた。

片やラブラブな昼食、片や恐怖と戸惑いの昼食、それを終えた五人が一体何をしているのか。

それはとても簡単で……ただ単に昼食後のひとときを味わうために、テラスのベンチでまったりとしているだけだ。

もっとも、まったり出来ているのは恭也とミラだけで、蓮也と綾菜&彩音はそんな空気すらない。

 

「む〜……」

 

「えっと、綾菜? お兄ちゃんはそろそろ離して欲しいな〜、って思うんだけど?」

 

「む〜!」

 

「あ、彩音さんも……後生だから離してくれ」

 

綾菜がひっぱり蓮也を寄せては彩音が引っ張り返し、彩音が引っ張り返して蓮也を寄せれば綾菜がまた引っ張り返す。

その状況に間に挟まれている蓮也はもうげっそり顔になりながら、内心では勘弁してくれと泣いていた。

だが、それに気づいて腕を離すほど二人は諦めが良くなく、結果としてその状況はまだまだ続きそうであった。

昼食のときでさえも、どちらも我が先にと言わんばかりにサンドイッチを寄せてくるので今の状況と同じくらい困ったものだ。

ちなみにそのときどうやって状況を打破したか……それは蓮也が寄せられる二つを更に寄せさせて同時に食べるという器用な方法で打破したのだ。

だがまあ、そんな食べ方をしたせいか、二人も怒りはしないもののかなり納得いかないという顔になったのはしょうがないことだろう。

 

「「お兄ちゃん(蓮也)は私の!!」」

 

「うぅ……誰か助けて」

 

内心だけでなく、本格的に泣きそうになってしまう蓮也。

と同時に再び助けを求めようと両親のほうを向きかけて、再びその動きは止まることとなった。

今二人に助けを求めたとして……まあ、恭也はともかく、息子の危機なのだからミラは助けてくれるだろう。

だが、ミラが助けに入って最初に制裁を与えるのは誰か……そんなもの考えなくても十中八九、彩音だと想像がつく。

なぜなら、ミラはヘルと同じくらい彩音を敵視している傾向があり、親馬鹿故に娘の綾菜に手を出せないなら彩音しかない。

そして危機に晒される彩音を助けるべく恭也が動き、結果として食堂で起こったような惨劇が再び繰り広げられるのだ。

それを想像するとやはり助けを求める動きが止まらざるを得ず、結果として現状を打破することが出来ずに別の方法を考えねばならない。

しかしまあ、両親を頼るという解決方法以外、現在進行形で困惑している思考では考え付くはずもなかった。

 

「へ〜……これまた面白い状況になってるじゃない」

 

「え……って、おわっ!?」

 

解決法が浮かばず困惑し続けていたとき、突如後ろから声が聞こえると同時に蓮也の体が宙に浮く。

いや、宙に浮くというのは語弊があるだろう……正確には、後ろから伸びてきた手が両脇に回されて持ち上げられたのだ。

一体何ごと、と蓮也は状況が分からず更なる困惑に落ちる中、蓮也を取り上げられた綾菜と彩音は後ろにいる人物をう〜と唸りつつ睨む。

そして子供たちがそんなことになっている中で、ようやくラブラブまったり空間から抜け出したミラがその人物を嫌そうに見て口を開く。

 

「なんであなたがここにいるのよ、ヘル」

 

「あら、お言葉ね……別に私がどこにいようと勝手じゃないかしら、ミラ?」

 

言葉のトゲトゲした部分をさらりと流しつつヘルは返し、ベンチの前へと回り込み、ランドグリスを横に立て掛けて蓮也のいた場所に腰掛ける。

そして同時に抱き上げていた蓮也を膝に乗せ、まるで人形を抱くように抱きしめながら軽くその頭に頬を寄せる。

生徒やら講師やらのような女性と言える人にはある程度耐性のある蓮也でも、さすがにそれは恥ずかしいのか顔を真っ赤に俯いてしまう。

ただ、抵抗しない辺りこの手の女性はしても無駄だと悟っているからだろうが、それは正直今の状況を悪化させるだけに過ぎなかった。

その証拠に、ヘルは蓮也が抵抗せずに顔を真っ赤にして俯いてしまった途端、更に強く抱きしめて頬を摺り寄せ始めたのだ。

 

「ん〜……可愛いじゃない、この子」

 

「当たり前よ。 なんていったって、恭也と私の子供なんだから」

 

「そうね……確かに恭也の子供だけあって利口そうだものね」

 

自慢げに言った言葉の一部を除いて返す辺り、明らかに喧嘩を売っているとしか思えない。

少なくともミラは返された言葉をそう受け取り、自慢げに浮かべていた笑みをひくつかせることで怒りを表す。

だがしかし、この昼食後のまったりとした空間を壊したくないという思いが強かったのか、そこは敢えて我慢を見せた。

今だひくついている笑みをどうにかすれば完璧なのだが……まあ、雷撃を打つことを我慢しただけで大きな進歩と言えよう。

 

「それで……本当のところ、何でここに来たのかしら?」

 

「特に理由はないわ。 でも、そうねぇ……敢えて理由をつけるのなら、恭也に会いにきた、かしらね」

 

「ふ〜ん……その割に、構ってるのは蓮也なのね」

 

「こっちもこっちで可愛いもの……昔の恭也を見ているようだから」

 

その発言にミラだけならず、恭也も驚きを示してヘルのほうへと向く。

そんな二人の反応に、予期してそれを言ったのかヘルは少しだけ笑みを浮かべつつ更にギュッと蓮也を抱きしめる。

まるで扱いが人形のようにされている蓮也からすると、その行動にて背中へと更に胸が押し付けられるから堪ったものではなかった。

だがまあ、それでゆでだこ状態になる蓮也を助けるよりも、今の発言が気になった二人はそちらを尋ねる。

 

「ヘルは、俺が子供だったときのことを知っているのか?」

 

「ええ……というよりも、恭也が生まれたときの頃から知ってるわよ?」

 

「な、なんでそんな昔から知ってるのよ? そんなに昔なら、恭也とあなたは会うことなんて出来ないでしょ?」

 

「ん〜……説明すると長くなるから所々省くけど、厳密には知ってるだけなのよ。 死後の世界の二ヴルヘイムという世界とオーディンより与えられた力で、私は幾多もの世界……人間の生きる下界を覗いたりしてたから。 で、ちょうど覗いていたときに、恭也という存在が生を受ける瞬間を見たってわけよ」

 

「ふむ……まあ、それはわかったが、子供の頃も知っていると言ったな? それは俺が生を受けた瞬間から、ずっと見続けていたということか?」

 

「そういうことね。 最初は生まれた瞬間を見たからなんとなくといった感じで見続けたんだけど、恭也が成長するごとに疑問が沸いてきたのよ。 人の身でこんな闇を抱えている、なのにどうしてこの人は光を求め、守るのか……そしてそんな疑問は、次第にあなたへの興味に変わった」

 

「そしてその興味がさらに変貌して、あんなことを引き起こすことになった……そういうことね?」

 

「ええ。 当時の私はもうほぼ歪んでたのだけど、たぶん残った本来の部分が思ったんでしょうね……この人なら自分を孤独から救ってくれる、ずっと傍にいてくれる、ってね。 そして私はそれを恋だと、愛だと思い、恭也をこの世界に引っ張りこんで二ヴルヘイムへと向かわせる手引きをした」

 

「ん? ちょっと待て……引っ張り込んだと言ったが、この世界に連れてきたのはヘルじゃなくてセリナだろ?」

 

「まあ、直接的にはね。 でも、間接的には私が呼んだことになるわ……異世界に継承者がいるという情報をあの子に齎したのは私だもの」

 

それは、情報を齎されたセリナさえも知りえない事実。

魔剣が継承者を選ぶ際に、異世界からというのは正直あまりないことなのだ。

にも関わらず二つの魔剣が継承者を異世界から呼び出すことになったのは、ヘルが異世界に継承者に成りえる者がいるという情報を流したから。

本来死の女神という立場上では下界に干渉をすることは出来ないが、それを可能にしたのはヘルが元々持っていた生まれもっての力。

その力で情報を流し、二つの魔剣の記憶操作をして情報を流した自分の存在を消し、結果として情報だけを持たせるに至ったのだ。

その事実に二人は先ほど同様に驚きを浮かべるが、当時のヘルの力、そして何より恭也を求める執着性を思い出すと頷けることだった。

 

「結局、それらはすべてあなたたちが打ち砕いたわけだけど……今にして思えば、あれでよかったのでしょうね」

 

「当然よ。 恭也の心を我が物にしようとする考えも許せないけど……あんな方法を使ってなら尚のこと、許せるわけないじゃない」

 

「そうね……まあ結論を言うと、あの頃の私は馬鹿だったってことよ。 でも、馬鹿だったお陰で、本当に人を愛するということを知ることが出来たわけだけど」

 

そう言ってヘルは恭也のほうを向き、小さな微笑みを浮かべる。

昔ヘルの気持ちを聞いている上に、その気持ちがまだ変わっていないことをそれから読み取り、恭也はどう言っていいのかわからず頬を掻く。

そしてそれを照れているのだと取ったミラは恭也の腕をそれなりに強く抓り、その痛みに恭也の顔は顰められる。

 

「ふふ……さて、と。 私はそろそろお暇して、その辺でもぶらついてくることにするわ。 このままここにいて、両サイドの子たちに睨まれっ放しというのもあれだしね」

 

ヘルの言うとおり、先ほどから話をしている間も綾菜と彩音はずっとヘルを睨んでいた。

それもそうだろう……ヘルはここに来てからずっと、蓮也を独占し続けているのだから。

まあ実際はその睨みに居心地の悪さを感じたわけではないのだが、やはり独占し続けても悪いなとは思ったのだろう。

故にヘルはそう言った後、ベンチから立ち上がって膝に乗せていた蓮也を再びベンチに座らせ、立て掛けてあったランドグリスを手に取り、背を向けて歩き出そうとする。

だが、第一歩を踏み出した辺りでその足は止まり、再びベンチ側へと振り向いてミラへと歩み寄ってくる。

 

「あなたに渡したいものあるの、すっかり忘れてたわ」

 

歩み寄りざまにそう言うと、ヘルは懐に手を突っ込んでごそごそと何かを探し出す。

そして探し出して間もなく、探し物が見つかったのか、あった、と呟いてそれを取り出しミラへと差し出した。

 

「これ……魔道書?」

 

「ええ。 あなたにもいろいろと世話になったから、そのお礼よ」

 

「別にお礼されるようなことじゃないけど……まあ、受け取っておくわ。 でも、今更魔道書なんて貰っても……」

 

受け取ってからミラは、その見た目ボロボロの表紙をした本を見つつ呟く。

まあ実際、黒魔法講師にして高位魔術師のミラからしたら、読んでいない魔道書などほぼないだろう。

というのも、学園の図書室には魔道書関連もかなりの量があり、その数は世界の存在する魔道書のほぼ全てといってもいい量。

そんな膨大な魔道書をすでに読破しているミラからしたら、魔道書を今更貰ってどうしろと、と思うのも仕方の無いことだろう。

だが、その思いは次にヘルの口より発せられた言葉によって打ち砕かれることとなった。

 

「そんじょそこらの魔道書とそれを一緒くたに見ないほうがいいわよ……それ、禁呪の魔道書だから」

 

「……耳がおかしくなったのかしら? 確か今、禁呪の魔道書って聞こえた気がしたけど……」

 

「おかしくなってないわよ? 確かにそう言ったもの」

 

「……ほ、本物?」

 

「ええ、正真正銘、本物よ。 といっても、それに載ってるのは禁呪の一部だけだけどね」

 

「な、なんでそんなものを……」

 

「なんでって……禁呪は元々神が創った最初の魔法なんだから、元死の女神の私が持っててもおかしくないでしょ?」

 

「……」

 

事も無げに告げてくるヘルに、ミラも遂には呆然と魔道書を眺めるしかできなくなった。

そんなミラに背を向け、一言だけ残して今度こそヘルはその場から去っていった。

 

「私には完璧に使えなかった禁呪も、あなたなら使える気がする……」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「大樹が認め、私が認めた……あなたなら」

 

 


あとがき

 

 

さてさて、出発前日から不穏なことが一部で起こっております。

【咲】 断罪者が表立って接触ねぇ……。

【葉那】 あんまりないことだね〜。

まあなぁ……現状で彼らはあまり表立って動かないから。

【咲】 じゃあ、なんで今回に限って動いてきたわけ?

そりゃまあ、話でもあったとおり、ナハトを宿す者がどんなものか見たかったんだろ。

【葉那】 たったそれだけ?

それだけだ。 まあ、それだけにしても彼らが動く理由としては十分だけどな。

【咲】 ふ〜ん……にしても、ナハトっていうのがどんなものかはまだ謎なわけね。

まあねぇ。 あれは〜……そうだなぁ、物語中盤の終わりくらいで出てくる予定かな。

【葉那】 まだまだ先だね〜。

だな。 と、ここでもう一つ、今回の話の補足?をしておこう。

【咲】 ヘルの話してたことについてね?

うむ……わかった人にはわかっただろうが、メンアットトライアングルの一部プロローグ1にて恭也に呼びかけた声。

あれの中には、ヘルの口にした言葉が一つだけ混じってたりするんだよね。

【葉那】 つまりは、それを読み取ってさえいれば、今回ヘルが言ったことも前から予想が出来たことってわけ?

そういうことだ。 まあ、ヘルの起こした事件自体はもう解決してるから、補足してもあまり意味はないけどな。

【咲】 そうねぇ……まあ、当時どれだけヘルが恭也を求めていたかってのはわかるわね。

まあな。 じゃ、補足もしたところで次回予告いってみよ〜!

【咲&葉那】 お〜!

次回は、時間が流れて翌日の昼……集合したメンバーがそれぞれの目的地へと赴くお話だな。

まあ、赴くと言っても、キャサリン編のときみたいに一話一話で場面が交代するということになる。

【咲】 つまるところ、次回はどちらが最初なわけ?

ふむ、次回は恭也側……つまりは古の塔が最初だ。

【葉那】 ふ〜ん……さっそく三女神が出てくるの〜?

それはまだ秘密、ということで……では、今回はこの辺で!!

【咲&葉那】 また次回ね〜♪




何やら大変な事に。
美姫 「でも、裂夜もかなり変わったわよね」
だな。蓮也の方は蓮也の方で相も変わらずという感じだな。
美姫 「ともあれ、いよいよ次回は出発みたいね」
さてさて、何が待ち受けているのやら。
美姫 「次回も待ってますね〜」
ではでは。



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