謎の襲撃者との戦いの代償、それは考えていたよりも大きなものだった。

テラスの一部に出来た大きな爆発跡、決戦の場となったとある廊下と学園門前の周りの破壊跡。

だが、何よりも大きかったのが……二人の重傷者を出したということだった。

怪我人という意味で言えば正確にはもう少し多いが、重傷と言える傷を負ったのは二名のみ。

しかしそれでも、重傷者を出したことは重い代償と言え、それが誰もがよく見知っている二人とあれば尚更だった。

セリナとアーティ……それが重傷者の名前、学生や講師の間でも親しまれている二人の少女。

戦いの後にて、見当たらない二人の捜索を開始してすぐに地下水路で、所々に刃物による切り傷を刻まれぐったりと倒れている二人が発見された。

発見してすぐに二人の治療を行い、とりあえず命に別状はないということになったが、今だ二人の意識は戻ってはいなかった。

そのことに誰もが心配という感情を抱くと共に、生徒間では何が起こったのかと不安と恐怖を抱き始めていた。

今に至って、何とか講師陣がそれを抑えはしたが、それは問題の先延ばしをしただけであって、何の解決にもなりはしない。

だがしかし、戦いが残したのは重傷者という代償だけではなく、皮肉ではあるが良いことも残していった。

それは死んだはずのヘルが、味方という形で生きて恭也たちの元に現れたということだった。

 

「じゃあ君が……あの、ヘルだということか?」

 

「ええ。 やっぱり、驚いたかしら? 私が生きてたってこと」

 

「それはまあ、な……」

 

「というか、普通驚かないほうがどうかしてるわよ。 あんな形で私たちの前からいなくなって、生きてたと思ったら全然姿が変わってるんだから」

 

ヘルが生きていたと聞いたときには、ほとんどの者がいい顔をしなかった。

それもそうだろう……十数年前にあのような事件を引き起こした、張本人なのだから。

だがそんな中でも、二ヴルヘイムへと直接赴き、ヘルの最後を見た恭也、裂夜、ミラの三人は違った。

この三人だけは、大小様々ではあるがヘルが生きていたことを揃って喜んでくれた。

そしてそれが、ヘルにとってそのことだけが何よりも……嬉しかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

メンアットトライアングル!2〜永久に語り継がれし戦士たち〜

 

【第二部】第十一話 教団の正体と目的

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ヘルとの邂逅とヘルに対する他の者の不信感を解くのを終え、ジャスティンによるカールたちの説教を終えた後、皆は就寝についた。

そして就寝についてからすぐに一夜は明けて現在、講師陣+αは揃って会議室へと集まっている。

理由はもちろん、昨夜の襲撃者に関してのことで話し合うためだ。

と言っても、ほとんどはヘルから敵勢力について知っていることを聞く、という形でのものであった。

 

「それで……話してくれるか? 昨日の襲撃者は何者なのか、そしてその目的が何なのかを」

 

「ええ……でも、私もすべて知ってるわけじゃないわ。 あくまで、独自で集めた情報と昔のことを合わせての推論になる……それでもいいかしら?」

 

「ああ、構わない。 今は少しでも情報が欲しいからな」

 

恭也がそう言うと、ヘルはわかったと言うように小さく頷く。

そして、皆を見据えつつ自分の考えている推論を述べるため、口を開いた。

 

「昨日の襲撃者……あれは、『世界に慈愛の裁きを与えし者(アルナ・ベルツ)』という一種の宗教団体で『代行者』と呼ばれている奴らよ。 私は基本的に奴らのことを総称して教団って呼んでるけどね」

 

「アルナ・ベルツ、『代行者』……確かに襲撃者の一人もそんなこと言ってたわね」

 

「そう……まあ、奴らにとっては名前なんてどうでもいいかもしれないけどね。 ようは、自分の欲を満たすためだけに集まった者が多いみたいだし」

 

「ふむ……それで、宗教団体と言ったが、具体的に何を信仰している宗教なんだ?」

 

聞かれた質問に、ヘルは一息置くように小さく溜め息をつく。

そして、見た感じ重々しく開かれた口からは、驚きの名が紡がれた。

 

「フレイヤ……それが奴らの信仰している、神よ」

 

「フレイヤって……慈愛の女神フレイヤのことですか!?」

 

「ええ、そのフレイヤよ。 やっぱり、驚いたみたいね」

 

「そ、それはそうですよ……フレイヤといえば、大地に恵みを齎しすべての生き物をこよなく愛するということで有名な女神ですし」

 

ジャスティンのいうとおり、フレイヤは豊穣、慈愛を司る女神としてとても有名だ。

そのため、教団が信仰している神がフレイヤだと言われても、昨夜の所業を見れば俄には信じがたい。

他の皆もフレイヤを大なり小なり知っているため、ジャスティンと同じような表情を浮かべていた。

 

「信じられなくても事実よ。 奴らはフレイヤを信仰してる……『世界に慈愛の裁きを与えし者(アルナ・ベルツ)』という名前が、何よりの証拠よ」

 

「……」

 

「まあ、信仰している神はこの際どうでもいいわ。 それよりももっと問題なのは……教団の規模と目的よ」

 

「そう言うということはやはり大きいのか? 教団の規模というのは」

 

「いえ、教団の人数自体はそこまで多いものじゃないのだけど、その分一人一人の戦闘能力はずば抜けて高いわ」

 

「『代行者』、だったか? 確かにあの四人は只者じゃなかったが……」

 

「あれはまだ序の口よ。 教団の中でも中間辺りに位置する者だから……問題なのは、それより上の奴ら」

 

「上って……あれ以上がまだいるっていうの?」

 

「ええ、二つほどね。 一つは、『断罪者』……『代行者』の上に立ち、実質教団を率いている者たち。 さっき魔剣の二人の傷を見せてもらったけど、あれもおそらくはその『断罪者』の一人の仕業よ」

 

『代行者』の上に立つ、セリナとアーティに重傷を負わせた者。

その二つだけで、その場にいる誰もが戦慄するには十分な内容だった。

数の上でも若干負けていたとはいえ、裂夜もミラもあそこまで防戦一方にされたのは今まででもほとんどない。

それに加え、継承者がいないとは言っても個々の力もそれなりにあるセリナとアーティが二人で掛かったのに、重傷と言える傷を負わされた。

この二点を見るだけで、『断罪者』と名乗るものは只者じゃないということは容易に想像ができた。

しかし、ヘルの語る事実はそこで終わりではなく、更に皆を戦慄させる言葉を静かに紡いだ。

 

「もう一つは、『神格者』。 教団の設立者にして頂点に君臨する者……そして何よりそいつは、『神格者』という名の通り神格を持つ者……分かりやすく一言で言うなら――」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「神、ということよ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ヘルがその告げると、皆は何も言葉を発することが出来ず黙り込んでしまう。

敵の頂点に立つ者が神……その状況は、十数年前の事件のときと酷似した状況だった。

しかし、圧倒的に違う部分もある……それは、敵の勢力が以前とはまるで違うということ。

『神格者』を頂点として、『断罪者』、『代行者』、少なくともヘルが語っただけでこれだけの名を持つものが数名存在する。

そして『断罪者』や『代行者』だけでもあの強さなのだから、神だと言われた『神格者』はどれほどか、想像もできない。

故に皆は、知らされた十数年前の事件よりも性質の悪い敵の勢力を前に、戦意が喪失しかけるという以前と同じ事態を引き起こしていた。

だがしかし、これも忘れてはならない……十数年前よりも敵が強大になっていると同時に、学園側にも……

 

「この程度で時化た顔しないで、話は最後まで聞きなさいよ」

 

ヘルという心強い味方がついたということを。

死の女神、その名はエリュードニル崩壊と共に失ってはいるが実力的には以前と変わらず、ずば抜けている。

たかが一人味方についたところで、と思うものもいるかもしれないが、この一人が味方につくことで大きく変わることだってあるのだ。

 

「さっきまでで言った敵の勢力を聞けば、まあ確かにこちらにとっては圧倒的不利よ。 でも、それはあくまで、こちらに何も打つ手がない場合での話」

 

「打つ手が、あるっていうの?」

 

「ええ。 それを説明するために、まずは私が推測している奴らの目的、そこから話すわ」

 

そう言ってヘルは一度目を閉じ、一呼吸置くように小さく息をつく。

そしてスゥッと少しだけ息を吸って、閉じていた目をゆっくりと開きつつ再び口を開いた。

 

「奴らの今の段階での目的は、世にあるすべての賢者の石の確保。 そして、魔女の血を手に入れること……この二つだと私は推測してるわ」

 

「賢者の石と魔女の血……ですか? でも、どちらか一方ならわかりますけど、関連性のない二つを同時に手に入れることに何の意味が……」

 

「まあ、普通ならそう思うわよね。 でも、実際この二つは意外なところで繋がってる……ミラ、あなたになら、わかるんじゃないかしら?」

 

「……」

 

不意にそう言われ、少し驚きつつもミラは顎に手を当てて考え始める。

そして、しばし考えに耽った後、何か思い至ることがあったのか、信じられないとばかりに目を見開いた。

 

「まさか……でも、そんな」

 

「思いついたのなら、言ってみて。 合ってるかどうかは私が判断するから」

 

「え、ええ。 たぶん、だけど……ホムンクルスの、ことかしら?」

 

「ふふふ、正解よ。 この二つの関連性、それはどちらもホムンクルスにとって重要な代物であるということよ」

 

自分の述べた答えを合っている言ったヘルに、ミラだけでなくほとんどのものが驚きを浮かべる。

だが、信じられないというわけではない……よくよく考えてみれば、ホムンクルスとそれらは関連性がある。

賢者の石はホムンクルスを人間にすることでき、魔女の血は血ということからホムンクルス生成の際も重要になってくる。

ただ、同時に疑問も出てくる……確かにホムンクルスに関係するものということで関連性はあるが、どちらもヘルの言うように重要な代物とは言い難いのだ。

確かに賢者の石はホムンクルスを人間にすることができるが、本人が望む以外でホムンクルスを人間にすることに何の意味があるのか。

そして、確かにホムンクルス生成の際に血というものは必要不可欠だが、それが魔女の血でないといけない理由は何なのか。

その二点の疑問が浮かび上がる故に、ホムンクルスと関連性があったとしても、それは関係ないのではと思ってしまうのは当然のことだった。

 

「ホムンクルスは関係ない……そう言いたげな顔してるわね」

 

当然、ヘルも皆のそれに気づいており、苦笑を浮かべながらそう言う。

だがすぐに真面目な顔へと戻り、皆の疑問を解くべく言葉の続きを口にした。

 

「確かにこの要素だけじゃ、ホムンクルスは関係ないと思っても不思議じゃない。 でもね、別段これらがなくてもホムンクルスは作れるけど……もし、これらを使ってホムンクルスを生成、もしくは改造をしたとしたら、どうなるかしらね?」

 

「賢者の石も、魔女の血も、魔力増幅機関のようなものですから……えっと」

 

「察しが悪いわね……簡単なことじゃない。 魔力増幅機関を多重に組み込んだから、小さな魔力しかなくても組み込んだ分だけ魔力は増大していく……つまりは」

 

「魔力の無限生成……そういうことね?」

 

「ええ。 ホムンクルスを作り、それらを組み込むという改造を施す……平たく言えば、最強のホムンクルスとやらを作ろうとしている、ということよ。 無論、これも奴らのやろうとしている最終目的とやらの過程にすぎないと思うけど」

 

「はあ……それで、その……最終目的というのは、何なのでしょうか?」

 

「さあ? なにぶん奴らのガードは固いから、さすがに最終目的の推測を立てられるほど情報は集まらなかったわ。 でも、少なくとも言えるのは……放っておいてもいい目的ではない、ということね」

 

やれやれとでも言うようにヘルは溜め息をつきつつ肩を竦める。

 

「で、奴らの目的を話したところで、対応策の話に移るけど……その前に一つ。 恭也、あなた……昨日襲撃者の一人と戦ったわよね?」

 

「ん、ああ……」

 

「それで確かあなたの話だと、その襲撃者……ホムンクルスなのよね?」

 

「まあ、昔のミラと同じ症状を持っていたからな……フィリスさんのお墨付きもあるし、まず間違いないだろう」

 

その言葉にヘルは頷き、再び恭也に向けていた視線を皆へと戻す。

そして、皆を見ながら口を開き、驚愕に値する言葉を紡いだ。

 

「そのホムンクルスが……おそらく奴らの目的のために生成したものと見て、間違いないわ」

 

驚愕を招いたその言葉は、皆の間にかすかなどよめきを走らせる。

それも当然だろう……如何に恭也の戦った少女がホムンクルスとて、なぜそれが目的のために作られたと断言できるのか。

それがわからぬままにそう言われても驚きこそすれ、正直信じるには言葉が足りなさ過ぎる。

故に、ヘルもそれは分かっていて言ったのか、ここからが本題とばかりにそれを切り出した。

 

「少し考えればわかることよ。 『代行者』をほとんど揃えたにも関わらず、たった一体のみホムンクルスを実戦に投入してくるなんて……どう見ても不自然でしょ? 言っちゃ悪いけど、何かしらの目的があってこの学園を襲撃するだけなら『代行者』だけでも十分だったはずなのに」

 

「……でも、それだと投入してきた理由というのが」

 

「それも簡単よ。 ホムンクルス、特に改造されたホムンクルスっていうのはね……如何に完成体であったとしても、肉体面、精神面、共に凄く不安定なのよ。 少しでも何かが起こればすぐに自我崩壊したり、暴走したり……恭也の話によるとそのホムンクルスは不完全体みたいだから、尚更ね。 なら、そのホムンクルスを安定させるにはどうすればいいか……その方法として、行うことが二つある。 一つは、賢者の石を組み込み人間にすることで、今の状態を確立させること。 そしてもう一つは、多くの人と関わらせることで精神面の成長と安定を促すことよ」

 

「ふむ……つまり、彼女をここに置き去りにしたのも、二つ目のそれが理由というわけか」

 

「でもおかしくないかしら、それ。 一つ目の賢者の石を組み込むのを先にすれば状態を確立できる、つまりは安定状態にできるってことなのに……何でわざわざ時間のかかる二つ目を先に回す必要があるのよ?」

 

「それは、まだ改造が不十分な段階だからでしょうね。まだ魔女の血も手に入れてないみたいだし、奴ら自身もまだまだ改造を施したい……だから、時間のかかる二つ目を行っている間に魔女の血を手に入れておくっていう算段だと思うわ」

 

それらの説明で合点がいったのか、皆は納得したように各自頷きを見せる。

そして納得したと同時に、ほとんどの者がヘルの考えている対応策とやらを予想できていた。

それをヘルは知りながらも、確認を取るように敢えて自らの考えた対応策を口にする。

 

「これらを見て考え付く対応策は一つ……奴らより早く賢者の石を手に入れて、そのホムンクルスを人間にしてしまうことよ」

 

「予想通りの作戦ね……でも、賢者の石の在り処に目星はついてるのかしら? 口ぶりだと、ほとんどが教団に入手されてるようだけど」

 

「そこなのよね、問題は……胎内に賢者の石を宿す綾小路って一族の当主も探したけど見つからなかったし、塔にあった賢者の石も悪用されないように私が壊しちゃったし」

 

「……一つ目はともかく、もう一つのほうは後先考えずに行動した自業自得のように聞こえるのだけど?」

 

「失礼ね……そのときはここまで情報もなかったんだから、しょうがないでしょ」

 

「ふ……過ちを起こしてしまった人の言い訳にしか聞こえないわよ、ヘル」

 

「……喧嘩売ってる?」

 

「なんで私がそんな無駄なことしなきゃいけないのよ……ただ、事実を言っただけのことよ」

 

なぜか若干胸を張りつつ、鼻で笑うような感じに余裕を見せるミラ。

それにヘルは笑みを浮かべてこそいるが、引き攣っているのを見ると怒りを抑えているのが見え見えである。

そして二人の間に不穏な空気が流れ始め、どちらも笑顔を浮かべているが傍目からは睨み合っているようにも見えた。

 

「たかだが百歳程度の小娘が……いい度胸じゃない」

 

「数千歳いってるお婆ちゃんよりはマシよ。 だいたいこのくらいで怒るなんて……カルシウムが足りてないんじゃない?」

 

「ふふ、ふふふふふ……人の物を横取りした泥棒猫のくせに言うじゃない」

 

「恭也は物じゃないし、元々あなたのでもないわ。 ボケるのも大概にしなさい……お、ば、あ、ちゃん♪」

 

お婆ちゃん……それはヘルにとってのNGワードである。

それを二度も言われた上に、ボケているとまで言われたとあったら、ヘルがどうなるかという考えは難しくない。

 

「……どうやら、あなたとはじっくりと話をしなければいけないようね」

 

「お婆ちゃんとのんびりお話をする趣味はないのだけど……どうしてもって言うなら、相手になるわ」

 

「「……」」

 

「お、おい二人とも喧嘩は……」

 

「これは喧嘩じゃないわ、恭也。 平和的な、話し合いよ」

 

「その通りよ……だから悪いけど、恭也は引っ込んでてね?」

 

「む、むぅ……」

 

止めに入ったものの、向けられる笑顔を言葉にトゲが感じられ、恭也は黙らざるを得なかった。

まあ話の中に自身に関係した話題があったにも関わらず、気づかずに止めに入る辺りはさすが恭也というべきだっただろう。

しかしまあ、結局のところ話題の中心人物が止められるわけもなく、他の者は二人の纏う空気が恐ろしくて止めようともしない。

そして止める者もいないため二人の纏う空気は不穏さを増していき、どちらともなく歩き出して部屋を出て行ってしまった。

 

「はぁ……こんな大変なときに、なんたって喧嘩など」

 

その言葉には誰も返さず、ただ誰もが呆れた目で恭也を見るのみだった。

原因の半分は自分の話題であるのになんで気づかないかなぁというような、そんな目で……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

とまあ、そんなことがありつつも会議室での話し合いは終わり、集まってた者は解散した。

先に部屋を出て行ったミラとヘルが一体どこに行ったのか、それを恭也は疑問に思ったがすぐに解けることとなった。

というか、ドゴンッドゴンッ、修練場方面から音がこれでもかというくらい聞こえてくれば、誰でも気づくだろう。

そんなわけで、疑問も解けたところで恭也はフィリスと共に、ホムンクルスの少女の様子を見に保健室へと向かった。

 

「ふむ……セリナもアーティも、見た目はもう大丈夫そうですね」

 

「ええ、私やミラさんの治癒魔法で大半治しましたから。 ですけど、治癒魔法では癒せない何かがあるらしくて、お二人とも傷は治っても目を覚まさないんですよ……」

 

「それは、呪いのような何かが掛けられている、ということですか?」

 

「ヘルさんが言うにはそうらしいんですけど、現状ではどうしようもないらしくて……」

 

話しながら向ける二人の視線の先には、今だ目を覚まさず保健室のベッドで静かな寝息を立てるセリナとアーティの姿。

受けた傷こそ魔法によって大半を癒されてはいるが、目を覚まさないという現実は二人の姿をどこか痛々しく見せていた。

そしてフィリスの語ったヘルでも今はどうしようもないという事実、それは現状この学園にいる誰も二人を治すことができないということだった。

その現実に恭也は心配しつつ小さな息をつき、セリナとアーティの頭を数回撫でてから、視線を少女のほうへと向ける。

 

「……」

 

視線を向けられた少女は起きてはいるのだが、特に何をするでもなく無言で恭也を見ているだけだった。

それに視線を向けた恭也は少女と目が合い、しばしの間見詰め合うと、少女は閉じていた口を不意に開いた。

 

「お喉……渇いた」

 

恭也を見詰めながら呟かれた言葉に、恭也は小さく溜め息をつく。

戦ったときから少女の言うことはあまり変わってはいないあたり、どうしても血が飲みたいのだろう。

まあ、昨夜のように襲い掛かってくるということはなかったが、ジッと見詰められながら強請られるというのも性質が悪い。

故に恭也はどうしたものかと思いつつも、フィリスに向けてそれを尋ねてみることにした。

 

「フィリスさん……ここに、輸血用の血液、なんてものはありますか?」

 

「えっと……大半の治療用具はあるんですけど、さすがに輸血用血液というのは」

 

まあ、当然の返答だったため、それを聞いても恭也の目に落胆はなかった。

だが、ないと言ったとしても目の前の少女が納得するとも思えず、かといって未完成のホムンクルスに血を与えなければどうなるかというのは嫌というほどよく知っている。

そのため、恭也は仕方ないなと思いながらも最後の手段を取るため、少女の傍へと歩み寄り椅子へと腰掛ける。

そして、衣服の肩の部分をずらし、少女へと向けつつ口を開いた。

 

「飲むか?」

 

「っ……うん」

 

恭也の言葉と晒された肩に少女はゴクッと喉を鳴らし、小さく頷いて抱き寄るように近づく。

そして近づくと共に口を開いて尖った牙を出し、恭也の肩へと突きたてゆっくりゴクゴクと喉を鳴らして飲んでいく。

ゴクゴクと音がすると同時に自分の中の血が抜けていくのを感じながら、恭也はしばらくの間そのままじっとしていた。

だがしかし、少女が飲み始めてしばし経っても、少女が飲む音は止むことがなく、恭也は頭がクラクラしてくるのを感じ慌てて少女を引き剥がす。

 

「の、飲んでもいいとは言ったが、さすがに飲みすぎだ」

 

「あう……」

 

引き剥がして吸血痕をフィリスから差し出された消毒液を含んだ綿で抑えつつ、恭也は少女にそう言う。

すると少女はまだ飲み足りないとでもいうかのように、がっかりといった表情で俯いた。

しかし俯いたかと思うとすぐに少女は顔を上げ、先ほどとは打って変わったニッコリとした笑みを浮かべて恭也へと飛びつく。

 

「っ……と」

 

飛びついてきた少女を傷口を押さえている故に片手で受け止め、恭也は少し困ったような表情を浮かべる。

だが少女はそんな恭也にお構いなく、懐いた猫のように抱きつき恭也へと擦り寄っていた。

そしてその後も、何でいきなり懐いているのかと疑問に思いつつも、恭也はしばらくの間少女に抱きつかれ擦り寄られるのだった。

 

 


あとがき

 

 

とまあ、少女は恭也に懐いてしまいました。

【咲】 なぜに?

いや、とっても簡単なことなんだけど、少女の中では血をくれる=良い人というのが成り立ってて。

【葉那】 恭也が血をくれたから懐いちゃったってこと?

そういうことだな。 だがまあ、えらい子に懐かれたなぁとは思うね。

【咲】 この子に懐かれた以上、血が欲しいと思ったときは基本的に恭也に求められるからねぇ。

しかもこの子、食欲というのがすごくあるから……血がいくらあっても足りないんじゃないかな。

【葉那】 いんまに恭也が干からびるんじゃな〜い?

まあ、そこに関してはミラが対応策を出すよ、次回ね。

【咲】 というか、同じホムンクルスだった者だから、ミラも気持ちはわかるだろうけど絶対に嫉妬するわね。

まあ、嫉妬はするだろうけど……手を出すか出さないかは微妙なところだがな。

【葉那】 なんで〜?

だってさ、この少女の外見って、綾菜に限りなく似てるわけだから。

【咲】 ああ、つまり手を出したら綾菜に手を出したって感じに見えちゃうから出せないわけね。

そゆこと。

【咲】 にしても、ヘルとミラはやっぱり犬猿の仲みたいな感じなの? いきなり喧嘩だし。

どうだろうね……喧嘩するほど仲がいいともいうし。

【葉那】 恭也を巡ってって考えると、あながちそうとも言えないよね〜。

まあねぇ。

【咲】 ともあれ、今回は教団の目的の一部が出たわけだけど、これって前から分かってたことが多くない?

どうだろうねぇ……ホムンクルスにどういった改造を施そうとしているのかってのはわからなかっただろうけど。

【葉那】 まあ、目的がどうのってのもあれだけど、今回はそれに対する対応策も微妙に出たね。

【咲】 対応策って言えるのかわからないけどね……賢者の石はもうほとんどないわけだし。

ふふふ、賢者の石が今回明かされたのだけと思ったら、それは間違いだ。

【咲】 どういうことよ?

メンアット4のある人のシナリオを思い出せばすぐにわかることだよ、諸君。

【葉那】 えっと、キャサリンシナリオのやつはもう破壊されちゃったし、他は……。

まあ、次回以降になればわかることだよ。

【咲】 そうね……じゃ、次回予告いってみましょうか。

だな……次回は、少女に関してのことが主なお話だな。

あとヘルの学園内回りとか、カールとヘルの再会とか……まあ、そんな感じ。

【葉那】 少女に関してのことっていうと……名前とか?

う〜ん、そこはまだ思案中……あの子って、教団内でも名無しの状態だから。

【咲】 そう。 じゃあ、今回はこの辺でね♪

【葉那】 また次回会おうね〜♪

では〜ノシ




推測の域を出ないながらも、教団の目的がある程度は。
美姫 「とは言え、目的のための手段を推理って所よね」
まあ、それは仕方ないだろな。
にしても、恭也懐かれたな。
美姫 「これが、今後どう影響するのかしらね」
とっても楽しみではある。
美姫 「そうよね。ああ、次回が待ち遠しいわ」
次回も待っています。
美姫 「待ってますね〜」



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