「――では、出迎えはちゃんとあなたの元へ来た、ということですね?」
『ふむ。 しかしスヴァフルラーメよ……我に出迎えなど不要だと、以前言ったはずだが?』
「ははは、それはまあ、確かに聞きましたよ。 ですが、あなたにもしものことがあっては、我々の計画に大きな亀裂が入ってしまいます。 ですので、出迎えの件は、念には念をということですよ」
『もしものことなど、ありはしないというに……まあ良い』
「おや、珍しいですね。 いつものあなたなら、もう少し何か言ってくるところなのですけど……」
『お主に口で挑んだとしても、敵わぬことぐらい古より分かっていることだ。 我は無謀、且つ無駄な戦いはしないのでな』
「ふふふふ、珍しく殊勝なことで……では、出迎えの者たちと共に本部へ来ていただけますか? SR計画第二段階についてのことを話さなければなりませんので」
『ふむ……』
そこでホグニとの念話を切り、ルラは目の前の巨大な檻へと視線を戻す。
本部施設地下に置かれるその檻の中には、僅かに蠢く何かがおり、それはルラの視線に呼応するように唸りを上げる。
その唸り声にルラは僅かに口元を笑みと言えるものを張り付け、ゆっくりとした動きで檻の格子に手で触れる。
「もうすぐ、あなたの出番です……古の地より蘇りし、狂戦士の化身よ」
まるで檻の中にいる存在に話しかけるように、ルラは格子を撫でながら呟く。
そして檻の中の存在も、ルラの言葉に返すように、先ほど以上の声量で唸り声を上げる。
それにルラは浮かべていた笑みを歪んだ形に深め、格子に触れていた手をゆっくりと下ろし呟いた。
「さてはて、再び現世が混沌に染まりゆく中で、あなたはどう動くのでしょうね……ヘル様」
メンアットトライアングル!2〜永久に語り継がれし戦士たち〜
【第二部】第九話 不完全故の吸血衝動
大鎌という武器は基本的に大振りな武器、というものは目の前の少女には当てはまらない。
その小柄な体でありながら、振り切ることもなく軌道を変えたり、絶え間ない連撃を繰り出しながらも息切れ一つしなかったり。
恭也の目に映るすべての要素が、目の前の少女が人間ではない、という事実を突きつける。
ホムンクルス……錬金術によって、人の手により作り出された人造人間。
それらの要素と目の前の少女が見せた吸血衝動を見る限り、そうであるという考えをするほうが一番納得がいく。
しかし同時に、吸血衝動があるということは、その少女がホムンクルスとして未完成であるということになる。
昔、ミラがまだ人間ではなかったときも、内よりたびたびくる吸血衝動を恭也が自身の血を与えることで抑えていた。
だから、未完成のホムンクルスが吸血衝動を持つことを身を持って知っている恭也は、見せられた事実で少女がホムンクルスであるとすぐにわかったのだ。
(問題は……この子をどうすれば止められるか、だな)
事実がわかったとて、その少女を止める方法が浮かぶわけではない。
確かにミラと同じ未完成のホムンクルスではあるが、ミラと少女では決定的な違いがある。
それは、自身の吸血衝動を受け入れているということ。
ミラは不完全である自身の体を疎ましく思い、吸血衝動も恭也に迷惑を掛けたくないからと極力抑えていた。
しかし、目の前の少女は抑えるどころか、率先して人を殺し、血を吸うことを望んでいるように見える。
そして、この違いが現すことは……ミラを救ったときの勝手では少女を止めることができない、ということだ。
(さて……どうするか)
少女の振るう大鎌を辛うじて避け、時には受け流しながら恭也は考える。
ミラと同じ運命を辿っている目の前の少女を止めるには、どうすればいいのか。
戦闘意思があるため、下手な説得は意味を成さないどころか、少女は聞いてさえいない。
ならば、口以外でどうやれば少女を止めることができるか、それを恭也は悩んでいた。
「くっ……」
しかし、下手に考えに没頭しすぎれば、少女の大鎌の餌食になってしまう。
廊下という狭い空間という条件下では、少女の持つ大鎌よりも恭也の持つ小太刀や暗器のほうが有利だ。
ならばなぜ、その本来なら恭也が有利に戦える条件下にも関わらず、少女が恭也を圧倒できるのか。
それは、明らかに人間では不可能といえる少女の戦い方によるものだった。
狭い空間では扱いにくい武器である大鎌を、少女はありえないほどの力で振るって壁すらも破砕させる。
つまりは、少女の大鎌を振るう先にあるものはすべて、少女を邪魔するものと判断され破壊されるのだ。
そしてそれが現すことは、狭い空間という条件は少女にとって何の制限にもなりはしないということだった。
(肉体改造を施したホムンクルス……か)
少女のその所業に、恭也は以前ミラに聞いたことを思い出す。
アイザックがミラを作った理由は、主にホムンクルスの研究をするというものが強かった。
そしてそのアイザックがホムンクルス生成の何を研究していたのかという事実を、以前ミラが語った。
それが、ホムンクルスの肉体改造……身体能力、魔力などの肉体強化の研究だ。
その研究というのはかなり昔からされているものではあるが、アイザックはそれの真髄を見極めたかったのだろうとミラは言った。
しかしまあ、当のアイザックは賢者の石を狙い、恭也たちに打ち負かされ死亡という形で野望は志半ばで潰えている。
だというのに、今になって再び現れたホムンクルス、しかもミラとは違って肉体改造を施したというおまけ付き。
明らかに、この事件の背後にはアイザック以上の腕を持った錬金術師が関わっているのは間違いなかった。
(だが、なぜ……そいつはこの子を作った? しかも、未完成という形で)
ミラから聞いたことを思い出し、同時にその疑問が頭に浮かぶ。
アイザック以上に腕を持っているのならば、ホムンクルスを完成状態で作ることはできたはずだ。
だがそれをせず、敢えて目の前の少女を未完成という状態で作った理由。
それが恭也には、どうしてもわからなかった。
「っ……ふっ!」
「……」
振るわれた大鎌を前に恭也は思考を一時中断し、後退しつつ鋼糸を放って少女の腕を絡めとる。
それで一時動きは止められる、と普通は思うのだが、生憎恭也はそうは思わなかった。
そして案の定、少女は腕に巻きついた鋼糸を掴み、恭也を上回る力でグイグイと引っ張り始める。
「ぐ……」
少女がそういう行動を取るであろうと予測していた恭也は、すぐに鋼糸を放棄して同時に小刀を取り出し投げる。
力一杯引っ張っていたのか、突然鋼糸を放棄したことに少女は若干後ろに仰け反るようにバランスを崩す。
だが、少女は仰け反った状態のまま、あろうことか瞬時に大鎌を持つ手を前に出し、凄まじいスピードで回転させて小刀を弾いてしまう。
そして、その行動に恭也が驚きを浮かべる間もなく、少女はすぐに体勢を立て直して大鎌を両手に握り、間合いを詰める。
「っ……」
間合いを詰めてくる少女を前に、恭也は咄嗟に納刀してあったもう一つの小太刀に手をかける。
そして、その小太刀を抜刀すると同時に、少女に向けてその奥義を放つ。
御神流奥義之壱 虎切
長い射程を持つ高速の抜刀術、しかし少女の間合い詰めの速さからしたら射程の長さは意味を成さない。
だが、高速という部分は大きく意味を持ち、間合いを詰めた至近距離という状態からでは本来避けられない。
しかし、それさえも少女には何の危機にもなりはしなかった。
至近距離から迫った高速の抜刀を、少女は大鎌を振るうことを中断して瞬時に斬撃進行上にて防御体勢を取ったのだ。
それを目にしても恭也の放った斬撃は止まることはなく、ガキンッと音を立てて大鎌の柄にぶつかることとなった。
そして再び均衡状態になるかに思ったが、驚くことに今度は少女のほうから小太刀を弾き返して均衡状態を崩した。
積極的に攻めてくることはあっても、均衡状態を自分から崩すことをしなかった今までを考えると、恭也はそれに驚きを浮かべざるを得なかった。
「血を……ちょうだい」
弾き返され、若干バランスを崩してしまう恭也に、少女はそう呟いて大鎌を恭也に向けて振るう。
先ほどの少女のときと同じ状況、至近距離からの攻撃……普通の回避方法では、それは避けることはできない。
故に、恭也の中でそれを使う以外の選択肢は存在せず、舌打ちをしつつその領域へと入る。
御神流奥義之歩法 神速
視界に入るものすべてがモノクロに染まり、動きがスローになる世界。
その世界の中でも、少女の動きは普通よりも若干早いが、避けられないほどではない。
故に恭也はその世界の中を走り出し、少女の大鎌の進行上から逃れつつ少女の後方へと回り込む。
そしてそこで神速の領域を抜け、モノクロだった世界に色が灯ると同時に恭也は少女の首筋へと手刀を落とす。
すると、少女としても恭也のその動きは予想外だったのか、実にあっけなく手刀を受けて気を失ってしまった。
「ふぅ……」
気を失い、魔力によって形成していた大鎌が消えると同時に少女は前のめりに倒れてゆく。
それを恭也は腕を回すことで抱きとめ、本当に疲れたように小さく溜め息をついた。
「なんとか止めることはできたが……根本的な解決にはならんな」
現状で戦うことは止められても、少女が目を覚ませば再び襲い掛かってくる。
それを考えると、ちゃんとした意味で止めたということにはならず、恭也は再び溜め息をつく。
しかしまあ、このまま少女を抱きとめた状態でいるわけにもいかず、恭也は少女を背中に背負う。
そして、少女によって気絶させられた二人の生徒を、その状態で器用に両脇で抱えるように持ち、その場を去っていった。
どうでもいい話だが、生徒とは言え女性をそんな持ち方で持っているところを見られたら、説教されること間違いなしである。
避難所を飛び出したカールたちは二手に分かれ、リエルを捜索していた。
カール、レイナ、リィナの三人は避難所のある本館付近を、静穂、リゼッタの二人は学生寮方面をそれぞれ探す。
「はぁ……一体どこに行ったんでしょうか、リエルさん」
「ん〜……裂兄を探してるってことはわかってるんだけど、裂兄でさえもどこにいるかわかんないですからね〜」
学生寮方面を探すため、テラスを探し回りながらリゼッタと静穂はそう言い合う。
五人の中で、一番リエルと交流の深いリゼッタでさえも、リエルの行動パターンは予測がつかない。
特に、この学園に来て裂夜に夢中になってしまってからはまるでわからなくなってしまっていた。
「にしても、リエルさんは裂兄のどこがいいのかな〜……こう言ったら悪いけど、あまり趣味がいいとは言えないような」
「えっと、なんというか……リエルさんはその、以前は恭也先生が好きだったみたいなんですけど」
「ああ、もういいよ……なんとなく想像がついたから」
そう言って溜め息をつく静穂に、リゼッタはなんとも言えないような複雑な笑みを浮かべる。
この学園での恭也の人気というのは、静穂が知っている限りではかなりのものだ。
しかし、人気があっても恭也は既婚者……好意を寄せたとしても叶うことはなく、下手を打てばミラの嫉妬による雷撃の餌食となる。
だが、それでも好意を寄せ続けるものはいるにはいるわけで、現にカールたちの中でも一人いたりする。
でもまあ、それはほんとに一部であり、ほとんどはミラの嫉妬が怖くて諦める場合が多い。
そしてそこで、恭也に恋をすることを諦めてしまった生徒たちが、もし恭也と瓜二つの容姿を持つ裂夜を見たらどうなるか。
多少性格が破天荒ではあるが、容姿は同じに加えて結婚はしていない……故に恭也を諦めた者たちはこちらを狙うことがあったりするのだ。
「でもまあ、リエルさんの場合は……それだけではないみたいですけど」
「え?」
「いえ、なんでもありません」
リゼッタの呟いた言葉が聞こえなかった静穂は不思議そうに聞き返すが、リゼッタはそう言ってはぐらかす。
リエルがなぜ裂夜を好きになったのか、それはリゼッタも本人から聞いているので知ってはいる。
だが、その理由というのはリゼッタにとってもリエルにとってもあまり話したくはないこと、故に仲間である静穂でも言えない。
そのためリゼッタは話をはぐらかし、急ぎましょうと言ってリエル捜索へと集中するように言う。
それに静穂はまだ若干不思議そうにしてはいたが、リゼッタの言葉通りリエルを探すことに集中するのだった。
そして、捜索が始まってしばし、テラスから学生寮へと向かう入り口がある場所にて、二人は駆ける足を止めて呆然とする。
「な……なに、これ」
「……」
二人が視線を向ける先にあるもの、それは爆弾でも投下されたかのようにできた大きなクレーター。
そして、一体この場で何が起こったのか理解できない二人は、呆然と周りを見渡すと同時に地面に倒れる人影を発見する。
「リ、リエルさんっ!?」
クレーターより少し離れた場所に倒れる人影、それがリエルであると分かるや否や、二人はすぐに駆け寄る。
倒れるリエルへと駆け寄り、その身を抱き起こし声を掛けるが、リエルは気を失っているのか返事をしなかった。
だが、服のところどころに焦げのようなものは見られるものの、これといった怪我がなく、意識がないだけとわかって二人はほっと息をつく。
そして、この場で一体何があったのかということが気になりはしたが、心配が先立つのか、二人はリエルを抱き上げてその場を後にする。
「兄……様……」
その場を去っていく際、気を失っていたリエルの口から零れたその言葉が、二人に聞こえることはなかった。
学園門前の広場にて戦闘を開始してしばし、急に『代行者』たちの動きに変化が起こった。
先ほどまでこれでもかと言うくらいの猛攻を見せていたその四人が、突如後ろへと後退したのだ。
裂夜たちにしても体勢を立て直すにはちょうどよかったが、その突然の後退は妙な事というのに等しかった。
「あああ、残念……もう時間かぁ」
「ちぇ……ティルオスの野郎、動きが早すぎるっつうんだ。 まだ一人も狩れてねえのによ」
各々得物を下ろして口々にそう言う様子に、裂夜たちは四人が撤退する気だと悟る。
しかし、今この場で逃がす気など毛頭なく、裂夜たちは各々の得物を構えて攻めの体勢を取る。
だが、その裂夜たちの様子に慌てた風もなく、それどころか笑みを浮かべながら口を開く。
「相手してやりてえのは山々だが、もう撤退の時間だ。 俺たちはこれで失礼させてもらうぜ」
「……させると思うか?」
「まあ、普通ならいろいろ情報を得たいだろうし、逃がすわけにはいかないよねぇ。 でも、残念ながら君たちに追撃は不可能なんだな、これが♪」
「何……っ!?」
ヴェルグの言葉に裂夜が聞き返すや否や、突如膨大な且つ異質な魔力を感じる。
そしてそれを感じると同時に、後退した四人と裂夜たちの間の空に魔法陣が浮かび、その魔法陣から巨大な何かが現れる。
その巨大な何かは、完全に魔法陣から抜け出ると地面に落ち、凄まじい地響きと立てて着地する。
「あははは、君たちの相手の続きはこいつがしてくれるよ。 じゃ、また会おうね〜♪」
「くっ……逃がすかっ!」
転移魔法を唱え始めるヴェルグに、裂夜は即座に神速を発動しようとする。
しかし、それよりも早く、神速の発動を邪魔するように巨大なそれが腕を振るう。
そしてそれを裂夜が舌打ちをしつつ回避すると共に、ヴェルグの転移魔法は完成してしまった。
「ん? おい待て、ヴェルグ! あいつがいな――」
転移する寸前、クローズが何かを叫ぼうとするが、最後まで言えることなくその場から姿を消してしまう。
クローズが何を言おうとしたのか気にならないでもないが、裂夜たちにはその余裕はなかった。
四人の撤退を許してしまったばかりか、最後に残していったその巨大な魔物は学園を破壊するかの如く暴れているのだ。
全身真っ白な巨体とは裏腹な動き、地面や壁を破砕させるほどの力、背中に揺らめく赤い炎から放たれる多数の炎弾。
そのどれもが学園を破壊するために無差別に放たれ続けていた。
「くそ……なんなんだ、こいつは!」
「そんなの知らないわよ! それよりも、こいつをなんとかしないと学園が壊されちゃうわ!」
放たれる炎弾、破砕する地面から飛び散る破片、それらを避けながら二人はそう言い合う。
そして言い合うや否や、二人はその魔物の暴挙を止めるべく、迎撃を開始する。
「この感じ……もしかして」
そんな中、フィリスはその魔物を見てある考えが頭を過ぎる。
だがしかし、すぐに魔物を止めるのが先決だと考え、弓を構えて矢を放ち始めるのだった。
『まさか……こんなに早く実戦投入してくるなんて、思いませんでした』
「……」
本館屋上にて膝を抱えるヘルに言うように、ランドグリスは呟く。
転移反応と共に感じた魔力、現れた際に感じた異質な気配、姿を見ずともそれが何であるかがランドグリスにはわかった。
そして、それはヘルとてわかってはいるが、今だ何も喋らず膝を抱えたまま顔を埋めていた。
『巨人族により生み出されし狂戦士の化身……『Gloom Under Night』。まだ試作段階だと思ってたのに、よもや投入してくるとは思わなかったわ』
「……」
『で、あなたはどうするの、ヘル?』
ランドグリスと代わり、その声がヘルに問いかける。
しかし、やはりヘルは答えることをせずに、ただ沈黙したまま膝を抱えるだけ。
そんなヘルに声はランドグリスのように苛立ちを浮かべたりはせず、ただ静かに言葉を紡ぎ続ける。
『これは教団の……いえ、あいつからの、明らかな挑戦状。 あなたが本当に自分たちの敵となり、人間たちの見方となるかを見極めるための』
「……」
『この挑戦状を受け取るのか、受け取らないのか……それを選択するのは、あなたに任せるわ。 契約という関係上、私たちの主はあなたなのだから』
紡がれる言葉に、ヘルは膝を抱える腕に力を込める。
迫られた選択、それはヘルにとっては答えの決まりきった選択肢だ。
だが、決まりきっているからといって、すべてを割り切ることができていないヘルには選ぶことができない。
だから無言を決め込むことで、ヘルはそれを選択することから逃れようとする。
しかし、声はそれを許すことはなく、我ながら厳しいとは思いながらも答えることを迫るように言葉を放つ。
『答えないのなら、後者を選択したも同じ。つまり、あなたは人間を、彼らを見捨てるということね?』
「っ……そんなこと」
『ない? なら、なぜ答えを口にしないの? 人間を護ると、彼らを護ると……どうして言わないのかしら?』
「……」
『結局あなたは、以前と変わってないのよ。 苦しいのが嫌で、自己保身のためにすべてから逃げようとした昔のあなた……何も、変わってないわ』
選択をしないということは確実に後悔を呼び込む。
故に、その声はヘルのことを思っているがために、敢えて厳しい口調で言う。
『孤独だった自分を助けてくれたから、今度は彼らを自分が助けてあげたい……契約を交わす際に、あなたは私たちにこう言った。 それは嘘だったのかしら? ただ力が欲しいから、生きたいからの言葉だったのかしら?』
「っ……がう」
『そうだとすれば、私たちがあなたを選んだのは、間違いだったかもしれないわね。 護りたいという意思、助けたいと思う心、それを持っているとおもったからこそ、契約を交わしたというのに……所詮はあなたも――』
「違うっ!!」
ヘルは叫ぶような声量で、声が発する言葉を遮る。
そしてそれに声が言葉を止めると同時に、今まで沈黙していたヘルはポツポツと呟くように口を開き始めた。
「助けたい……それは、私の本当の意志。 そして今も、それは変わってない」
『……じゃあ、どうして行動を起こさないの? やっぱり……怖いから、かしら?』
「うん……私がいくら助けたいと思っても、護りたいと思っても……あの人たちに拒絶されるかもって思うとどうしようもなく怖くなって、足が竦むのよ。もう一度、昔のように孤独へと戻るのが怖くて……それを考えると確かにあなたの言うとおり、私は変わってないのかもしれない」
『そうね……でも、このままじゃどの道、あなたは再び孤独になることは避けられない。 それでも、いいの?』
再び聞かれた言葉に、ヘルは今度は首を横に振ることで意志を示す。
それは先ほどまでとは違った、ヘルの心情に変化が見られるということだった。
『なら、恐れず前に進みなさい。 受け入れられるか、それとも拒絶されるか……少なくともあなたが進まなければ、その未来さえもないのだから』
その言葉が、ヘルの後ろ向きな心情を後押しした。
その証拠にその言葉を聞いてからしばしして、埋めていた顔をゆっくりと上げたのだ。
そして上げた顔に浮かぶ表情は、まだ戸惑いが若干見られるが、それでもいつもの表情に近いものになっていた。
「そう……よね。 拒絶は怖いけど……私が進まないと、その未来さえもない。 なら……」
『ええ……勝ち取りなさい、あなたの未来を。 その後どうなるかは、さすがにわからないけどね』
「気が滅入ること言わないで……でもまあ、ありがとね」
『ふふふ、どういたしまして』
戸惑いを完全に消し、ヘルはそう言って小さく笑みを浮かべる。
声も、そんなヘルに小さく笑いながらそう返し、二人は少しの間だけ笑いあった。
そしてその後、笑みを収めたヘルはゆっくりと立ち上がり、後ろを振り向いて自身の立つ場所の下で戦い続ける者たちに視線を向ける。
「じゃあ、行くわよ……ランドグリス、システムスタンバイ」
『イエス、マスター! 『ブリュンヒルドシステム』起動……『白翼の甲冑』構築開始!』
立ち直ったヘルの言葉に、少しだけ嬉しそうに返事をしてランドグリスは鎧を構成する。
構築開始を口にしたと同時に光がヘルを包み、光が止んだそこには、白き翼と白銀の甲冑を体に顕現させたヘルがいた。
『白翼の甲冑』を身に纏ったヘルは、大太刀―ランドグリスを前に掲げ、その言葉を紡ぎながら屋上より飛び立った。
「奏でよ!」
呪われし指輪の歌 第三歌章 『ヴォルムス』
あとがき
ようやくヘルが動いたところで次回へ!!
【咲】 相変わらず中途半端な……。
【葉那】 だね〜。
む、そんなことは……ない?
【咲】 疑問系で言うなっ!!
げばっ!!
【葉那】 駄目駄目だね〜♪
うぅ……だってしょうがないだろ。 このまま進めてもどの道中途半端で終わらざるを得ないんだから。
【咲】 だったら最初からそう言いなさいよ。
……ま、まあそれはいいとして、ようやく次回、この戦いも終わりに!
【葉那】 それはいいんだけどさ〜、ヘルの立ち直りが妙に早くない?
ふむ、それは俺も思った。 でも、これ以上引っ張ると学園が陥落してしまう。
【咲】 それほどあの魔物は強いわけ?
まあねぇ……世の中にいるどの魔物よりも強いんじゃないかな。
【葉那】 ふ〜ん……で、次回はようやくヘルが皆の前に出るわけなの?
そうなるな……あ、あと今回出なかったカールたちも同時に遭遇、と。
【咲】 今回出るって言ったくせに……。
まあ、それは……予定に狂いがあったということで。
【咲&葉那】 はぁ……。
うぅ……と、ともかく、次回はようやく戦いの終幕というわけだよ。
【咲】 それはもう聞いたわよ。
【葉那】 同じこと繰り返すなんて、本当に駄目駄目だね〜♪
……虐めだorz
【咲】 ま、馬鹿が落ち込むのはどうでもいいとして、次回予告いってみましょう。
たまには慰めも必要だと思うな……。
【咲】 いいからさっさと次回予告しなさいよ!
げばっ!! ……うぅ、次回はね、さっきも行ったとおり戦いの終幕。
撤退した『代行者』たちに変わって現れた魔物、グルームアンダーナイトVSヘルが主な部分です。
【葉那】 それだけ?
まだ構想が纏まりきってないからわかんないよ、そんなの……。
【咲】 男のクセにいじけないでよね、気持ち悪い。
うぅ……お前らには優しさというものはないのかっ!?
【咲】 あるわよ? 少なくとも私たちの半分は優しさで出来てるもの。
バ○ァリンか、己らは……。
【葉那】 ま、そんなわけで!
【咲】 また次回会いましょうね〜♪
ようやくヘルが決断した!
美姫 「いよいよ彼女の出番なのね」
ああ、もうどうなるのか楽しみだよ。
皆の反応も含め、次回が待ち遠しい。
美姫 「次回も楽しみにしてますね」
待っています!