歴史上でこれから先キャサリンがどうなるかを知ってから一日。

昨夜は事実を知った直後であるためショックからか自室で休み、キャサリンに会うことはなかった。

正確には事実に対するショックよりも事実を知った今、どんな顔をしてキャサリンに会えばいいのかわからないのだ。

故に昨夜、カールはキャサリンに会うことなく一夜を明かした。

そしてそんなカールをさらに沈ませる出来事が翌朝起こった。

それは、二人の人物がこの魔法学園を訪問してきたこと。

一人はハンター協会の代表理事であり、リィナのいた医療兼研究施設の責任者のウィルヘルム・フューラー。

そしてもう一人は、現クライトン家の当主であり、レイナとリィナの父親であるロレンツ・クライトンだ。

この二人が……いや、正確にはロレンツが学園へ来たことにカールとレイナは驚きだけだったが、二人とは異なって猛反発を見せたのは他でもないリィナだった。

曰く、私を十年間も放っておいたくせに今頃になって何をしに来たのか、見舞いにすら来てくれなかったのに今更父親面をしないで、とリィナにしては珍しく感情を露にして叫び、すぐに学園長室を出て行った。

残されたカールとレイナは一体どうなっているのかわからずロレンツに説明を求めると、ロレンツは懺悔するように事実を口にした。

リィナは当時、病気に蝕まれて本来ならいずれ死に至るだろうと医者に宣告されていた。

しかもその病気は代々クライトン家の女性にまれに発症する魔力過多による病気であり、その病気にかかった者のほとんどが若くして死に至っている。

現にロレンツの妻でありレイナとリィナの母親であるエメリア・クライトンもその病気を抱えていたため、二人を出産して間もなく亡くなってしまった。

妻の死に悲しみを抱くも、妻の残した二人の子をロレンツはまるで妻の死に対する悲しみを忘れようとするように大事に育ててきた。

だが運命とは残酷なもので、まれにしか発症しないはずの病気を今度はリィナが抱えていることを知り、ロレンツは絶望を抱いた。

そしてそんなときだった、ハンター協会のとある医療機関がリィナを助ける代わりに研究に協力しろという交換条件を出してきたのだ。

つまり要約すれば、リィナの命を助けたければ、リィナをモルモットとして医療施設に預けろということ。

その交換条件というのは過去に妻、エメリアのときも出されたのだが、ロレンツは冗談じゃないとその申し出を蹴った。

その結果がエメリアの死だったためか、もう大切な人の死に耐えられなかったロレンツはその申し出を受け入れ、リィナを医療施設へと移した。

 

「でも、それならどうしてリィナはあんな風になってしまったんですか? 手紙だって週一で出してたのに、まるでそんなものまったくなかったみたいな言い方をするし」

 

「……」

 

「手紙は……届けられていなかったのよ」

 

「え……」

 

ジャスティンの言葉にカールとレイナがどういうことか分からないという顔をする中、ロレンツは懐から何十もの手紙の束を取り出して二人に差し出した。

それを受け取った二人はその手紙に目を通していき、どれも自分たちがリィナ宛に書いたものであることに驚きを浮かべロレンツを見る。

驚きを浮かべる二人にロレンツが説明したところ、ロレンツは二人から預かった手紙を届けるどころかリィナを施設に預けて以降リィナの見舞いにすら行ってはいないとのこと。

ならば、手紙が届けられていないというのも当たり前だし、リィナがあんなに冷たくなってしまったことも理解でき、二人は責めるような目でロレンツを睨む。

その視線にロレンツはいたたまれないというような顔をして俯き謝罪を口にし、そして……

 

「だが、もうリィナをあんな目に合わせることはしない。 今度こそ、私はリィナを守り通す」

 

そう、強い意志を込めてロレンツは言った。

その言葉は、もうリィナを施設に戻したりはしないということ。

だが、それは同時にハンター協会と敵対するという意味としても取れる。

この場にはそのハンター協会の代表理事もいるため、今のロレンツの発言に対してどう思っているのかと思い二人はウィルヘルムを見る。

すると、ウィルヘルムは少しだけ微笑むような笑みを浮かべて口を開いた。

 

「私も施設が彼女にしたことは少し行き過ぎていると判断しましてね。 ですから、私はどうこう言うつもりはありませんよ」

 

そのウィルヘルムの言葉にカールとレイナは安著の溜め息をつく。

代表理事の許しが出たということは、当面リィナはこの学園に居続けることできるということ。

だが、やはりハンター協会がどうこう言ってくると思われるが、そこはロレンツが断固として拒否の姿勢を見せると力いっぱい言ってくれた。

こうしてカールとレイナはこれからもリィナと一緒に居続けられることに喜びの笑みを浮かべるのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

メンアットトライアングル!2〜永久に語り継がれし戦士たち〜

 

第十七話 重なる悩み、意外な助言者

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

あの後、学園長室を出たカールとレイナはロレンツと共にリィナの部屋へと向かった。

父のロレンツと自分のいた施設の責任者であるウィルヘルムが来たということは自分が施設に戻されるということ。

そうリィナが考えてしまっているだろうと思い、その誤解を解くために三人はリィナの部屋へ向かったのだ。

そして部屋の前に到着しノックをして入ってきた三人を見て、案の定リィナは三人の思っていたとおりのことを口にした。

やっぱりと三人は思いつつもリィナの誤解を解くために先ほどのことを話し、ロレンツがカールとレイナにも言った自身の決意を伝える。

話を聞き、自分がもう施設には戻らなくてもいいということにリィナは若干の驚きを浮かべる。

だがその驚きはすぐに怒りを露にした表情へと変わり、冷たい視線をロレンツへと向ける。

 

「……信用できない」

 

「リィナ……」

 

「だいたい、それだったらなんで今まで私を放っておいたの? なんで一度も見舞いに来てくれなかったのよ!?」

 

「……」

 

さっきと同じように感情を露にして言われた言葉にロレンツは何も返せず俯く。

そんなロレンツにリィナは視線を外してベッドの中へを潜り、出て行って、と小さな声で告げる。

その言葉にロレンツも、カールとレイナでさえも再度声をかけることが出来ずに言われたとおり部屋を出て行く。

その後、リィナの様子とその言葉にロレンツが小さく肩を落としたのにカールとレイナが必死に励ましながら三人はその場を後にしていく。

ロレンツを励ましながら歩きつつも、カールはどうやったらリィナとロレンツを和解させられるのかを考えていた。

だが、キャサリンのことも抱えているカールはその二つの悩みの両挟みにあって苦悩せざるを得ない。

どちらも放ってはおけない問題であるため放棄などできないのだが、少年が一人で考え解決するには荷が重すぎるのも確かだった。

しかしカールはそれをなるべく表には出さず、悩みの解決法について考えながら二人と共にその場を歩き去っていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

時間が流れ、午前の講義を終えたカールは気分転換も兼ねてテラスで一人食事を取ることにした。

食堂でサンドイッチやらを買い、テラスの二階のそこそこ見晴らしの良い位置のベンチでカールは食事を取り始めた。

天気も良く見晴らしも良い場所で食事を取ることで少しでも気分が晴れるかと思ったが、やはり頭には二つの悩みが渦巻いて気分が晴れることはなかった。

リィナのことはあの後レイナと相談して一緒に解決法を探そうということになったが、キャサリンのことはレイナでも不用意に相談はできなかった。

話しても信用してもらえるかわからないというのもあるが、キャサリンのことは自分で考え答えを出さなければならないというヴァルの言葉から相談できないというのが一番大きい理由だった。

だから、一人でキャサリンを救う方法を考えないといけないのだが、リィナのこともレイナ一人に任せるわけにはいかない。

そのため二つの悩みがぐるぐると頭を渦巻き、口にするサンドイッチもいまいち美味しくは感じられなかった。

 

「にゃー」

 

「ん?」

 

そんなとき自身の足元で聞き覚えのある鳴き声が聞こえ、サンドイッチを食べる手を止めてカールはその声のしたほうを見る。

するとそこには予想通り先ほどの声の主である白猫、そしてこちらは予想しなかったが白猫の後ろに二匹の黒い子猫がいた。

その三匹はカールが目を向けたのを見て一鳴きするとカールの隣に飛び乗り、お座りをしてじっとカールに視線を向ける。

その視線の意味をカールはすぐに理解したのか、少しだけ苦笑してサンドイッチを一つ三匹の前に置いてやる。

すると、三匹はやはりお腹が空いていたらしくはぐはぐと三匹仲良く食べ始めた。

それをカールは微笑ましそうに見ていると、その空気をぶち壊しにするような怒声がすぐ近くから聞こえてきた。

聞こえてきたその怒声に三匹はびくっとし、カールは一体何事だと思いその怒声のしたほうに視線を向ける。

向けたその目に最初に飛び込んできたのは、学生寮方面からこのテラスへと逃げるように走ってきた二人の人物、裂夜とセリナの姿だった。

その次に映ったのは、髪が乱れるのもお構いなしにそんな二人を凄まじい形相で追いかけるミラの姿。

実際、裂夜もしくはセリナがミラに怒られているのはよく見る光景だが、あそこまでミラが怒っているのをカールは初めて見たため驚きを隠せない。

そして三人を目で追いながらそんな驚きを浮かべるカールの耳にミラの怒声と共に裂夜とセリナが言い合っている声が聞こえてくる。

 

「くそ! なんで俺まで追われなければならないんだ!」

 

「そんなのあんただって同罪なんだから当然でしょ!」

 

「断じて違うわ! 俺はただお前が持ってきた雑巾を使っただけだろうが!」

 

「気づかずに使ったんだから同罪だよ! そもそもあんたが使う前に気づいてたらこんなことになってないよ!」

 

「なんだと!」

 

「なによ!」

 

逃げているにも関わらず罪を擦り付け合って喧嘩を始める二人。

だが、そんな二人の喧嘩を中断させる恐怖の声が二人の耳に聞こえてくる。

 

「待ちなさーい!!!!」

 

その聞こえてきた怒声に二人は即座に喧嘩を中断して逃げることに専念する。

そしてカールがまた何かやらかしたのかなと内心ちょっとだけ呆れつつ見る中、二人はロビーへと姿を消していきミラもそれを追っていく。

三人がロビーへと姿を消した後、テラスには静けさが戻ってくると共に呆然とロビーのへの入り口を見ながら立ち尽くす数名の生徒が見られた。

カールはそんなテラスのベンチで先ほどのことに小さく溜め息をついてサンドイッチを一つ手にとって食べる。

そんなカールの横で白猫が呆れるように小さく一鳴きしたのにカールが気づくことはなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

昼食を終え、午後の講義を終えたカールは夕食まで自室へと篭っていた。

ちなみに聞いた話によればミラもセリナも来なかったため黒魔法の講義は自習という半休講状態になっていたそうな。

 

「はぁ……」

 

自室のベッドに寝転がりながらカールは悩みのことで深く溜め息をつく。

昼間の猫との触れ合いなどで若干気は紛れたものの悩みが解決したわけではないので完全に晴れることはなかった。

いくら考えても解決策が浮かばず、かといって考えることを放棄することなどできるわけもなく、カールは悩み続けるしかない。

だが、リィナのことは時間はたっぷりあると言えるのだが、キャサリンのことは時間があるとは到底言えない。

つい最近分かったことだがカールのいる世界で経過した時間とキャサリンのいる世界で経過した時間は明らかに異なるのだ。

さらにはカールが毎日キャサリンのいる世界に行ったとしてもあちら側で経過している時間は二日だったり一週間だったりとまちまちなのだ。

今は一日行かなかったので四日から二週間経過だと考えるのだが、実際のところそれが絶対に合っていると断言も出来ない。

歴史を見て知ったキャサリンの死が正確には一体いつなのかが分からない現状、悩むことに時間を掛けるわけにもいかない。

だが、何も方法が浮かばないまま、答えを出せないまま会い続けたとしてもキャサリンを助けることなんてできないのも事実。

故にカールは悩みに対する焦りと時間に対する焦りが重なって頭がこんがらがるばかりだった。

そんな感じで悩みの解決法を考えながらベッドへと寝転がり、しまいにはこんなに考えても何も浮かばない自分への苛立ちを現すように頭を掻く。

そしてそれと同時に、いきなりノックもなく自室のドアが勢いよく開かれカールはびくっと体を震わせて驚き呆然と来訪者を見る。

来訪者は何か凄く焦っているらしくカールに気づくことなく部屋へと入りドアを閉めてドアの横で何かを窺うようにドアを見ていた。

 

「裂夜ー!! セリナー!! 観念して出てきなさーーい!!!!」

 

その声は昼間も聞いた怒声、まあ言わなくても分かるだろうがミラの怒声だった。

そしてその来訪者―裂夜はミラの怒声と共に足音が遠ざかっていくのを聞いてほっと溜め息をつき、そこでカールと目が合ってその存在に気づく。

 

「なんだ……お前の部屋だったのか」

 

「は、はあ……」

 

「? どうした、そんな驚いた顔をして」

 

「いや、いきなり誰かが自分の部屋に入ってきたら普通は驚くと思いますけど」

 

「……ああ、そういうことか。 すまなかったな……追われていたものだから断りなど入れる余裕がなかった」

 

「まあ、別にいいんですけど。 でも、これが僕じゃなくて他の、例えば女の子の部屋とかだったらかなりやばかったんじゃないですか?」

 

「そのときは恭也の奴に罪を擦り付ける。 性格はともかく俺とあいつの顔はまったく同じだからな」

 

そんなことをすれば恭也はもちろんのこと下手を打てばミラの怒りも買うことになる。

だが、裂夜の頭にはその場のことをしのぐことばかり頭にあるためそこまで考え付かないのだ。

今回はよかったものの、女子生徒の部屋だったとして今言ったことをやれば半殺しにでも合うのではないだろうか。

そうカールは考え付くも口に出すことはなく、ただ乾いた笑いを浮かべるだけだった。

 

「ところで、今度は一体何をやらかしたんですか? ミラ先生、今までにないほど怒ってるように見えるんですけど」

 

「いや、正直今回ばかりは俺は無罪だ。 あのくそチビがあんなもの持ってきやがるから俺まで誤解されて追われているにすぎんからな」

 

「あんなもの?」

 

「ああ……事の始まりはそもそも俺とあのチビが学園長室の掃除を任されたことだな」

 

その言葉を初めに、裂夜は事の事情を話し出した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

―回想―

 

 

今日、自分は少し忙しいので学園長室を代わりに掃除してくれる人はいないか。

食堂で遭遇したジャスティンにそう尋ねられた恭也とミラは少し考えた後、すぐに思いついた二人の人物をその任務に派遣しようとした。

その人物たちというのが裂夜とセリナだったのだが、当然の如く二人は拒否の姿勢を見せた。

裂夜は他にもミラに言いつけられたことが山ほどあるからという理由から、そしてセリナは今日は黒魔法講義の手伝いがあるという理由から。

だが、どちらの拒否の理由もミラが関係しているため、ミラがそれらはいいからそっちをお願いというと理由もなくなりしぶしぶ頷いた。

そんなわけで派遣された二人は頭に三角巾をつけて右手にバケツ、左手にモップという掃除のおじちゃんとおばちゃんというような格好で学園長室へと赴いた。

 

「はぁ……なんで俺がこんなことをせねばならん」

 

「あんたはまだいいでしょうが。 午前中するはずだった掃除とかが免除されたんだから。 私なんか講義のほうが楽だったんだからね」

 

「ふん……まあ文句を言っても室内が綺麗になるわけじゃない。 さっさと始めてさっさと終わらせるぞ」

 

「言われなくてもわかってるわよ」

 

セリナはそう返すとバケツを置いてモップで床を掃除し始める。

それを見てから裂夜も同じくバケツを置いてモップでセリナとは反対側の床を掃除し始めた。

 

「にしても、いつも思うが学園長室という割には高そうな物とかが置いていないな」

 

「別に世の中の学園長室の全部が全部そう言う感じだってわけじゃないでしょ。 だいたいそんなものが置いてあろうとなかろうと私たちには関係ないじゃん」

 

「やっぱり馬鹿だな、お前。 高い物が置いてあったらそれをこっそりぱくって町で売りさばけば小遣い稼ぎになるんだぞ」

 

「そんなこと考えるあんたのほうが馬鹿よ。 そんな頭だからいっつもミラお姉ちゃんにお仕置きされるんじゃない」

 

「ふん……年齢はババアで見た目はお子様のガキにはわからんことか」

 

「ガキって言うな!! 歳のことはもっと言うな!!」

 

時折そんな言い合いをしながらも二人は掃除を進めていく。

そしてあらかた床の掃除をし終わった後、二人は今度は棚やら窓やらを拭こうと思うがそこであることに気づく。

それは、バケツはあるのに肝心の雑巾を忘れてしまったということ。

バケツがあっても雑巾がなければ棚も窓も拭くことができず、掃除が完遂することがない。

そのため、二人は急いで雑巾を取ってこようということに至るのだが、どちらが行くかということで結構もめた。

もめた結果ジャンケンで決めようということになり、それに負けたセリナが雑巾を取りに行くことになった。

だが、目的の雑巾は掃除用具入れに置いてはおらず、ならどこにあるのだろうとセリナは悩んだ。

そして悩みに悩んだ末、わからないのならば誰かに聞こうということになり、講義中に自分が出入りできる黒魔法講義室へと赴いた。

掃除中のはずのセリナが講義室に来たことにミラは少しだけ驚いたが、セリナの事情を聞くとすぐに納得する。

しかし、ミラも学園内の清掃用の雑巾の場所など掃除用具入れ以外には思い当たらず、少し考えた後に自室にある室内掃除用の雑巾を使うといいと言ってそれが置いてある場所を教える。

場所を聞いたセリナはすぐに黒魔法講義室を出て行くとミラの、というよりミラたちの部屋に赴いて言われた場所を探し出す。

するとそこには数枚の白い布と黒い布が並べて置いてあり一体どちらが雑巾なのかと考えた末、セリナは黒い布のほうが少し汚れている上に無造作においてあるためそちらだろうと思いそれを持って学園長室へと戻っていった。

そして、その黒い布を裂夜へと渡し、持ってきたもう一枚をバケツの水につけて絞り、それで棚やら窓やらを拭き始める。

 

「なあ……これ、雑巾という割には形が少しおかしくないか?」

 

「雑巾が絶対にただの布ってわけじゃないんだからおかしくなんてないわよ。 それよりもさっさと掃除始めてよね」

 

セリナの持ってきた雑巾に何か違和感を感じたのだが、セリナの言葉に掃除が先決ということにして掃除を始める。

そして時刻がちょうど昼に差し掛かって鐘が鳴るとほぼ同時に掃除が終わり、二人は、ふぅ、と一息つきながらやり残しがないか周りを見渡す。

二人が周りを見渡してやり残しがないのを確認した後、掃除用具を持って部屋を出ようとしたとき、ちゃんとやったかを確認しにミラがやってきた。

 

「ん〜……うん、ちゃんと掃除したみたいね」

 

「当たり前だ。 掃除しなかったらしなかったで何をされるかわからんからな」

 

「いい心がけね」

 

ミラはそう言ってもう一度見渡した後、ジャスティンへ伝えにいくのか部屋を出ようとするが、そこである一転に目がいき視線がそこで止まる。

凝視といってもいい視線を向けるその先にあるのは、セリナが持ってきて今まで掃除に使っていた雑巾だった。

ミラの視線を辿ってその視線が雑巾に向けられていることに裂夜とセリナが首を傾げる中、ミラはゆっくりと近づいてその雑巾を手に取って広げる。

そして広げられたその雑巾の正体にミラだけでなく裂夜もセリナも絶句して固まってしまう。

それは雑巾の正体とは、ミラの普段着兼仕事着のゴスロリだった。

 

「……」

 

絶句し呆然としていたミラの表情は徐々に怒りの表情へと変わり、物凄い殺気がミラから発せられる。

それにいち早く我に返り、まずい、と思った裂夜はセリナを小脇に抱えゆっくりと後ずさってゆく。

そして扉の前に来たと同時にバンッと扉を勢いよく開いて一目散に逃げ出した。

 

「待ちなさい、裂夜!! セリナ!!」

 

怒声と共に殺気を大放出させてミラも二人を追いかけ部屋を出て行くのだった。

ちなみに余談だが、裂夜とセリナが使ったゴスロリの内、片方はミラが恭也に買ってもらった一番大切にしている物だったりする。

そしてなんでそんな大切な物を無造作に置いたりしたのかというと、朝いろいろと忙しかったために洗濯することも畳んでおくこともできなかった。

故に講義が終わってから洗濯して干そうと思い置いておいたのだが、それが雑巾用の布の隣だったことに気づけなかったため今回に至ってしまったというわけである。

まあミラとしても予想しなかったことだったろうし、無造作にそんなところに置いたミラも悪いのだが、本人にとってそれとこれとは話が別らしかった。

 

 

 

 

 

―回想終了―

 

 

 

 

 

 

 

 

「……」

 

話を聞いたカールは乾いた笑いすら浮かばなかった。

そんなところに置いておくミラもミラだが、雑巾とゴスロリの見分けがつかない二人もどうかと思ったからだ。

 

「それで、もしかしてお昼から今までずっと逃げ回ってたんですか?」

 

「ああ……まったくしつこいゴスロリマニアだ。 たくさん持ってるんだから一つや二つ駄目になったくらいであそこまで怒ることもなかろうに」

 

駄目にしたゴスロリがミラにとってどういう物だったのかを知らない裂夜からしたら当然の発言だった。

もしこの発言がミラに聞かれでもしていたら……想像するだけでも怖いところだ。

 

「にしても……」

 

裂夜は自身の話題をそこで打ち切ってじっとカールの顔を見る。

いきなりじっと視線を向けられるカールは一体なんだと思いながら首を傾げる。

 

「お前……何か悩んでることがあるだろ?」

 

「え……な、なんでですか?」

 

「お前の顔にそう書いてあるからだ」

 

裂夜の返答に驚きを浮かべつつも自分はそんなに顔に出やすいんだろうかと思う。

そんなカールの表情に裂夜はやっぱりというようににやりと笑みを浮かべる。

 

「やはり何かあるみたいだな。 一体何を悩んでるんだ?」

 

「あ、いえ……えっと」

 

「遠慮することはない。 恭也ほどとはいかないが、俺とて多少の悩み事ならば相談に乗ってやることぐらい出来る」

 

裂夜はそう言うが、実際のところカールが言いよどんでいるのは別に裂夜では無理だとかそういうことを思っているからではない。

これは自分自身で答えを出さなければならないことじゃないか、そもそも言ったところで信じてもらえるのか、そういった考えが渦巻いていて相談していいのかわからないのだ。

だが、いくら自分自身で答えを出さなければならない、信じてもらえるかわからないと言っても一人で悩むのにも限界がある。

だから、相談したいという思いと自分ひとりで考えなければという思いの葛藤が起きる。

そしてその葛藤が後者のほうへと偏り始め、カールは少し落ち込んだような声で呟くように口を開く。

 

「これは……僕一人で解決すべきことですから」

 

「ふむ……だから助言はいらない、か。 その考えは立派だが……今のお前を見たら恭也ならこう言うだろうな。 一人で抱え込むな、とな」

 

「っ……」

 

「俺たちの仕事はな、生徒が悩み、苦しみ、壊れてしまわないように護ることだ。 そしてお前たちは、俺たちに導かれ、自分の道を見つけて成長していくことが仕事だ。 だからなんでも俺たちに頼れ、というわけではないが……悩みの相談くらいはしてくれんと俺たちが存在する意味がなくなるんだよ」

 

「……」

 

「お前のその考えは、お前がここを巣立ち、大人になったときに使え。 そして、今は俺たちに頼るんだ。 それはお前たちにしかできないことだし、俺たちができなくなったことでもある、謂わばお前たち生徒の特権なんだからな」

 

珍しく真面目口調で語る裂夜にカールは内心で驚きつつも裂夜の言葉に若干の衝撃を受けた。

一人で抱え込むことが、絶対にいい事だと言うわけではない。

頼ることも時には必要なことだと、裂夜はそう言っているのだ。

それが分かったから、一人で抱え込み過ぎることが間違いであると気づいたから、カールはぽつぽつと悩みを打ち明けた。

カールからゆっくりと語られるその悩みを裂夜は何も発することなく最後まで聞き、聞き終わった後に若干の時間を置いてゆっくりと口を開く。

 

「どうすれば過去を改変し、そのキャサリンという女を救うことができるのか、か。 またずいぶんと大きい悩みだな」

 

「あの……信じてもらえるんですか? こんな話……」

 

「こう見えても人を見る眼はあるほうだ。 その俺から見て、お前が嘘をついているようにも見えない。 それに……この世界には、信じられない出来事など腐るほどあるからな」

 

そう語る裂夜の表情はいつもの無表情だが、どこか悲しさが見えるような表情。

いつもは見ることのない裂夜のそんな表情が一体何を意味しているのか、カールにはまったくわからなかった。

 

「まあ今話を聞いた時点で助言できることは結構あるが、あえて一つだけにしておこう」

 

「なんですか?」

 

「守りたい、と思うその心を忘れないことだ」

 

「え……それは、どういうことですか?」

 

「そのままの意味だ。 方法なんて考えても、守れるときは守れるし、守りきれないときは守りきれない。 だったらもっと単純になって、その女を守り通すということだけ考えろ」

 

「で、でも……それで、歴史通りになったら」

 

「そんなマイナス思考で考えるな。 守れないなんて思えば、守れるものも守れなくなる。 下手をすれば、その女にも不安を与えかねない。 だから、お前は守って、守り抜くことだけを考えるんだ。 気の持ちようだけで、こういうことはずいぶんと変わってくるものだからな」

 

語り続ける裂夜の姿がカールには途方もなく大きく見えた。

そして語り終えた裂夜が、わかったか、と尋ねてきたのにカールは小さく頷いて返す。

頷いたカールを見て、裂夜は少しだけ笑みを浮かべてカールの頭をポンポンと軽く叩く。

 

「俺が言えることはこんなとこだ。 これでまだ悩みが晴れないようなら、今度は恭也にでも相談するといい。 俺と違って、守ることがあいつの専門分野だからな」

 

「あ、はい。 ありがとうございます」

 

カールがそう言って頭を軽く下げたのに、裂夜は最後にもう一回軽く叩いて手を下ろす。

そしてそれと同時に、カールの部屋の扉が再び勢いよく開かれた。

 

「見つけたわよ……裂夜!」

 

「や、やばい!」

 

裂夜は焦ったようにそう言って部屋の窓をバンッと開いて飛び出ようとする。

だが、飛び出ようとした裂夜の足に一瞬早く紐が巻き付いて裂夜をこかせる。

 

「ぶっ!」

 

「ふむ……ただの紐でもやればできるものだな」

 

「な、恭也! いつの間にいやがった!?」

 

「最初からだが? それにしても、こんなにあっさり捕まるとは……情けない」

 

「しょうがないわよ、恭也。 だって裂夜だもの」

 

「て、てめえら……言いたい放題言いやがって」

 

「事実なのだから仕方ないだろ。 さて、裂夜……」

 

「そろそろ、行きましょうか?」

 

「く……こうなったら意地でも!」

 

叫ぶと共に瞬時に魔力を練って作った小刀で巻きついた紐を斬ろうとする。

だが、それよりも早くミラの電撃(MAX)が裂夜へと落ち、煙が晴れた後には裂夜だったであろうものがそこに転がっていた。

そんな一連の会話と流れをカールが呆然と見ている中、ミラは裂夜をぐるぐると紐で縛ってずるずると引きずっていく。

ちなみに、恭也の手にも紐が握られており、その先にはセリナらしき黒コゲの物体がぐるぐる巻きにされていた。

 

「じゃ、お邪魔したわね、カール」

 

「え、あ、はい」

 

慌てつつも反射的にカールが返事を返すと、恭也とミラは裂夜とセリナを引きずって部屋を後にした。

そんな光景をカールは最後まで見続け、四人が部屋を去った後にカールはちょっとだけ疲れたように溜め息をつく。

だが、その溜め息をつくカールの表情は、昼間と違ってどこかすっきりしたような表情だった。

 

 

 

 

 

 

 

その夜、とある部屋から何時間にも渡って絶叫とバチッという電撃の音が響き渡っていた。

その部屋の前を通ったとある生徒は一体中で何が行われているのか気になり、こっそり中を覗いて恐怖を感じ早々と走り去っていった。

後に、その生徒は内部を覗かなかった生徒たちに一体何が起こっていたのか聞かれていたが、その生徒は顔を青褪めさせて頑なに話そうとはしなかったそうな。

 

 


あとがき

 

 

まあ、前回とある人物が出てくると言ったが。

【咲】 やっぱりウィルヘルムだったわね。

【葉那】 あとロレンツもね〜。

でも、ほとんど出番はありませんでしたけどね。

【咲】 あの辺だとそこまで出番ないしね。

しかしまあ、次々回あたりから出番が増えてきますけどね。

【咲】 次回は?

ほとんどないかな。 ていうか、まったくない。

【葉那】 一応重要人物なのに酷い扱いだね〜。

まあ、私的に言えば、俺あいつ嫌いだし。

【咲】 ていうか、好きな人っているのかしら?

【葉那】 どうだろ〜?

俺はあまりいないと思うな、うん。

【咲】 ま、あいつのことはここまでにして、次回はどんなお話?

次回は〜、キャサリン編もそろそろ大詰めということで、カールとシーラが接触します……まあ一応三度目のだけど。

【咲】 一度目と二度目の接触は?

それは語られてないだけでもうあったことになってる。 ヴァルとシーラが出会ったときにシーラが言ってただろ?

【葉那】 あ〜、言ってね〜、そんなこと。

あ、ちなみにこの時点でカールがペンダントを失って取り戻すイベントも終わってるという設定だから。

【咲】 そういうところもちゃんと書きなさいよね。

仕方ないだろ。 ヴァルが過去に行った時期がカールのそのイベント後なんだから。

【咲】 はぁ……ま、いいけど。

で、三度目ということでわかる人がいるかもしれないけど、その際にとあることが起きます。

【葉那】 三度目っていうと……ああ、あれね〜。

そして、現代にて教団の動きが少しだけ語られる。

まあ、動きと言っても学園をどうのって話じゃないけど。

【咲】 で、詳細は次回のお楽しみにって言いたいわけね?

そういうことです!

【葉那】 ね〜、そういえば実験コーナーはいつ再開するの〜?

【咲】 ん〜、こいつの今の様子だと、次回か次々回ってとこでしょうね。

あいたた、腕が痛いな〜。

【咲】 わざとらしいわよ。 じゃ、今回はこの辺でね♪

うぅ……次回もお楽しみに〜。

【葉那】 まったね〜♪




カールの悩みを解決しつつも……。
美姫 「全体的にはドタバタとしたお話ね」
まあ、裂夜に関しては今回は完全に悪く……ないのか?
美姫 「難しいところね。服と雑巾の違いぐらい気付きなさいって所でしょう」
まあ、少し違和感を感じた時点で止めておくべきだったな。
美姫 「まあ、仕方ないわね」
にしても、どんなお仕置きだったのか。
美姫 「見た人が恐怖に口を閉ざすほどだものね」
想像したくもないな……。変に共感を覚えてしまうが。
美姫 「さーて、次回はどうなるのかな〜」
ここで話を逸らしますか。
美姫 「何を言ってるのか分からないわ」
はいはい。それじゃあ、また次回を待っています。
美姫 「待ってますね〜」



▲頂きものの部屋へ

▲SSのトップへ



▲Home          ▲戻る