人気がなくなった深夜三時、魔物たちの中に紛れ込むように歩く三人の人影があった。
その三人はこの学園のものではない別の服を着ており、片手に剣を各自持っていた。
「「「……」」」
三人は言葉を発さず無言のままどこか怪しげな足取りで学園内を歩き続ける。
その三人に学園内に放たれている魔物たちはなぜか襲うことをせず見向きさえもしない。
三人以外の誰かがこの場にいたのであればその事に信じられない顔をして驚くだろう。
だが、誰もが寝静まっている時間であるためこの場には三人以外誰もいない。
そんな静まり返っている中を三人は歩き続け、学生寮を前にしたところで足を止める。
「「「……」」」
足を止めた三人は手に持っている剣を強く握って学生寮を見上げる。
そしてすぐに元の位置に視線を戻すと静かに口を開く。
「標的は魔女の血を持つ者のみ、それ以外は……」
「「消す」」
「よし……いくぞ」
先頭に立つ一人が言った言葉に残りの二人が頷く。
それを見た先頭の一人は先ほどと変わらぬ怪しげな、それでいてゆっくりとした足取りで学生寮の扉を潜ろうとする。
だが……
「行かせると思うのかな、『教団』の『守護兵』さん♪」
どこか楽しそうな、そして怖気を感じさせるような冷たさを含んだ声に三人は足を止める。
そして声のした方向を、学生寮の屋上に位置する場所に三人は同時に視線を向ける。
そこには先ほどまで何もなかったはずであるはずなのに、視線を向けたそこには一人の女性が座っていた。
「魔法で気配を消して学園へと潜入し、誰にも見られぬこの時間に魔女を攫う……単純だけど、良い手ではあるね」
『ですが学園の方々に通用しても、私たちにはそれは通用しません』
クスクスと笑いながら告げる女性に腰に携えられている大太刀―ランドグリスはそう続ける。
その二人の姿を見た瞬間、三人は恐怖を感じざるを得ずにバッと学生寮の中へと逃げ込むため走り出す。
だが学生寮の扉に触れた瞬間、バチッという音と共に触れた手が弾かれてしまう。
「その行動も想定の内だよ。 だ・か・ら、お先に結界を張らせてもらったわ」
『もう貴方たちに逃げ場はありません』
ランドグリスの言葉と同時に女性は屋上から飛び降り地面へと着地する。
かなりの高さがある屋上から飛び降りたにも関わらず無事に着地してみせる女性に本来ならば驚くだろう。
だが、この女性に限ってはそんなことで驚いている余裕などありはしないのだ。
故に三人は手に持つ剣を女性に向けていつ来てもいいように構える。
「逃げられないと瞬時に判断して撃退を試みる。 その判断の速さと度胸は賞賛してもいいかな」
『しかし、『守護兵』が何人来たとしても私たちには意味を成しません』
「うんうん。 しかも君たち如きじゃあ大した情報も得られそうにないし……だから、悪いんだけど」
そこで一旦言葉を切って腰に携えているランドグリスを抜き放つ。
そして先ほどまでの笑みを消して無表情になり、感情の篭らぬ声で言葉の続きを言い放った。
「死んでもらえるかな」
メンアットトライアングル!2〜永久に語り継がれし戦士たち〜
第七話 恐怖の授業と新たな仲間
朝の騒動?を終えたカールはレイナと別れて別の講義室へと向かう。
レイナはある理由のために白魔法を学ぶため白魔法の講義を受けるのだが、同じ理由を抱えているカールはまた別の講義に参加することにした。
それというのも白魔法を受けに行っているレイナが魔法の素質がないのか一切魔法を使えず、それ故に抱える理由の解決法として白魔法以外にも何か別の方法があるのではないかを探すためというのがこの行動の理由である。
まあ理由が理由だけに戦闘術は除外されるのだが、こちらは個人的に興味があるらしく後で参加するらしい。
そんなわけでこの日、戦闘術と白魔法を抜かした残り三つの講義の内でどれを受けてみようかとカールは歩きながら悩んでいた。
そして悩みながら歩き続けること約十分、カールは各講義室のある場所に辿り着く。
「う〜ん……どこにしようかな」
どの講義室にも入らず今だカールは悩み続けていた。
自然魔法の講義室に目を向けては逸らし、錬金術の講義室に目を向けては逸らし。
黒魔法の講義室に至っては視線を向けると同時にかなり嫌そうな表情と共に素早く逸らしていた。
しかも脳内で、これは関係ないだろうな、と言い訳するように考えながら。
だが、そんな黒魔法の講義を意図的に避けるカールを奈落のどん底に突き落とすような声が聞こえてきた。
「あら、カールじゃない」
それはこの数日間でカールにとって恐怖の代名詞となってしまったミラである。
準備を終えてちょうど今しがた講義をするためにやってきたミラにカールは運悪く出くわしてしまったのだ。
そんなミラとの遭遇で固まってしまうカールにミラは不思議そうな顔を向けてくる。
「どうしたのよ、いきなり固まったりして」
「え、あ、いえ、なんでもないです……」
「そう。 そういえば、カールは今日受ける講義は決まってるのかしら?」
「えっと、し、自然魔法を受けようかな〜……なんて」
焦りながら慌ててそう言うカールにミラはまたも不思議そうな顔をしつつ何かを考える。
そしてすぐにその何かを思いついたのかカールへとその言葉を告げた。
「黒魔法、受けてみない?」
「へ……?」
「だから、黒魔法の講義を受けてみないって聞いたのよ」
「な、なんでですか?」
「私の見た感じなんだけど、あなたって素質ありそうだし……それに弄れる人がいないと暇だし」
「そ、そうですか……って、最後に何か不穏なこと付け加えませんでしたか?!」
「気のせいよ。 それじゃ、行きましょうか」
「あ、あの、えっと、できればご遠慮願いたいんですけど……」
「却下よ」
ミラはきっぱりとそう言ってカールの腕を掴んで黒魔法の講義室へと引きずり込む。
それに最早逃れることを諦めたのかカールはなんの抵抗もせずに講義室内へと姿を消していった。
まあ詰まるところ、ミラと遭遇してしまったことがカールの運の尽きだったのだろう。
カールがミラと共に講義室内に入ると同時に講義の開始を告げる鐘が鳴り響く。
その鐘の音にカールはこれから始まるであろうことに憂鬱感を覚えながらとぼとぼと席に着いた。
そしてミラが教壇の上に立つと同時に入学生が入ってから最初の黒魔法の講義が幕を開けた。
「じゃあ最初の講義ということで入学式でも言ったし体験授業に来た人にも言ったと思うけど、改めて自己紹介をするわね」
そう言ってミラは後ろを向いてチョークを持ち黒板に自身の名前を書いていく。
そして書き終わるとチョークを元の場所に置いて手についた粉をパンパンと払って元のほうに向き直る。
「黒魔法講師、ミラ・高町よ。 それと一応言っておくけど、高町って姓で戦闘術講師の恭也の妹とか思う人がいるみたいだけど妹じゃなくて妻だから。つまりは夫婦ってことよ。 だから、もし恭也に一目惚れしたとかいう人がいたら、残念だけど諦めてね」
にこやかに笑みを浮かべて言ったその事実に知らなかった者は内心で驚く。
なぜ表立って驚かないのかというと入学式でのこともあるし、何より今ミラが浮かべている笑みがどことなく怖いのだ。
まるで言外に、恭也に手を出したらただじゃおかない、と言っているかのように。
「じゃあ次に私のアシスタントをしてくれる子を紹介するわね」
そう言ってミラは講義準備室のほうを向いて、入ってきて、と言うが、誰も来ることなければ返事も返ってこない。
それにミラは不思議そうに首を傾げてもう一度言うがやはり誰も入ってきはしない。
二度呼んでもまったく返事すらないことにミラは、まさか、と呟いて準備室へと駆け込み、そして数秒で戻ってくる。
そして皆に再度にこやかに笑みを浮かべながら……
「ちょっと待っててね。すぐ戻ってくるから」
そう言って講義室を駆け出て行った。
戻ってくるや否やいきなり駆け出ていったことに皆が呆然とする中、どこぞの講義室からここまで聞こえるほどの雷撃音と叫び声が聞こえてきた。
その音と叫び声に皆が例外なくビクッと驚きを表すように震え、二つの音が収まってから一分後にミラが何かを引きずって戻ってきた。
「この子が私のアシスタントをしてくれる、セリナ・バルセルドよ」
ちょっとプスプスと煙を上げているセリナと思わしき物体を教壇の端にある椅子に座らせて何事もなかったかのように紹介する。
そんなミラは誰もが恐怖を抱き、してくれるじゃなくてさせてるの間違いじゃ……、などと心を一つにして思っていたりした。
「じゃあ、自己紹介も終わったところで早速講義に入るわよ」
皆がそんなことを思っているとは露とも知らず、ミラは教材の本を捲って講義に入るのだった。
ミラの講義を受けてみてカールが第一に思ったことは、とても分かりやすいだった。
普段のある意味豪快な性格から見ると信じられないほど丁寧に解説をし、分かりにくいところは実演を交えて説明する。
そしてある程度進んだら質問タイムを取り、わからないということがないようにするあたりとても良い印象を与える。
だが、教え方も良いしそういった気配りもちゃんとしているのはいいのだが、一つ問題があった。
それは……
「カール、暇だから何か質問をしなさい」
「な、なんでですか?!」
「言ったでしょ。 私が暇だから」
てな感じに質問タイムにて何も質問がないと無理矢理質問をさせるのだ。
しかもその対象は決まってカールだったりする。
「え、えっと……」
「……残り五秒」
「あ、あの、そのっ……」
「四……三……二……」
「せ、先生はなんでいつもゴスロリ服なんですかっ?!」
窮地に追いやられた状況でカールは急ぐあまりに授業とまったく関係ない質問をしてしまった。
まあ先ほどまでで何度も質問を振られており、そのたびにまともな質問であるはずなのに、つまらない、の一言で雷撃を落とされていればカールのこの焦りようも仕方の無いことだろう。
だが、ミラからしたらカールのそんな心境など知ったことではないといった感じなので当然の如くこの質問にも雷撃が落ちた。
「あら、あまりにくだらない質問だったからちょっと加減を間違えたわ」
「ありゃ〜、見事に真っ黒こげだね〜」
生きているのかと疑問を抱くほどに黒こげになったカールを見てつつ落とした張本人のミラとあれから復活したセリナは口々にそう言う。
ちなみに先ほどからこれが繰り返されているせいか、講義を受けている他の生徒たちはミラをかなり怖がってしまっていた。
だがやはりというかミラはそんな生徒たちの心境にまるで気づかずまたも何事もなかったかのように講義を続けるのだった。
そんなこんなでしばしの時間が経ち、その生徒たちにとってまるで地獄のような初講義は幕を閉じた。
講義が終わる数分前になんとか復活したカールはまるでミラから逃げるように講義室を出て昼食を取りに食堂へと向かった。
その食堂へと向かう途中でカールはレイナと合流するために軽く捜しながら歩いていたのだが、捜していた人物とは違う人物と遭遇した。
「あ、こんにちは〜、カールさん」
「こんにちは、静穂……相変わらず元気だね」
「それが僕の取り柄ですから! それはそうと、カールさんは妙に元気ないですね」
「……やっぱりそう見える?」
「はい! なんて言うんでしょう……こう、お疲れオーラがカールさんから湧き出てるみたいな」
「は、はははは……実はね」
カールはその言葉を始めに疲れた原因(ミラの講義のこと)を一部始終を話した。
そして話が終わると静穂はその内容に乾いた笑いを浮かべながら、ご愁傷様です、と一言だけ言った。
「そういえばカールさん。 お疲れのところ悪いんですけど、昼食が終わってからでいいんで手合わせしてもらえません?」
「手合わせ? なんでまた急に……」
「いや〜、なんて言うんでしょう。 僕から見てカールさんから強いっていうオーラが出てるように見えちゃって。 だから一度手合わせしてみたいな〜って思っちゃったのです!」
「ふ〜ん……別に強くもないと思うけど、まあ静穂がしたいなら付き合ってあげるよ」
「ほんとですか!? ありがとです!!」
「あ、あははは、大げさだな」
苦笑しながらカールはそう言って静穂と共に食堂へ向けて歩き出した。
その際にカールは一度立ち止まって、何か忘れているような、と考えるが、思いつかないので気のせいということにして再度歩き出すのだった。
昼食後、カールと静穂は各自の武器を持って手合わせのために修練場へと赴いた。
修練場に到着するや否や二人は修練場の真ん中あたりに歩みを進め、そこで各々の武器を構える。
そして一陣の風が吹いたのを合図に二人は掛け声と共に武器を振るった。
「ふっ!」
「てぇっ!」
掛け声と同時に振るわれた長棍と長刀の柄が交差し音を立てる。
そこから二人は続けるように連撃を繰り出しては先ほどと同じように周りに音と掛け声を響かせる。
他の生徒たちがもしこの手合わせを見ていたのならば、まるで実力が均衡しているようにも見える。
だが、それなりの腕がある者が見たならば、明らかに静穂が押されているということが分かる。
そしてそれは次第にそういった者でなくともわかるほどにはっきりとし始め、遂には……
「はっ!」
「っ!」
カールの放った一撃が静穂の喉元手前で止まり、勝負は決することとなった。
そしてそれを静穂が認識して、参りました、と言うと共に二人は武器を下ろし、同時に二人の横のほうから拍手の音が聞こえてきた。
「中々だったぞ、二人共」
「「恭也先生(恭兄)!?」」
拍手をしていたのは戦闘術の講師である恭也だった。
いつの間にか恭也に観戦されていたことに二人は驚き、同時にその賞賛の言葉に若干の気恥ずかしさを覚える。
そんな二人に恭也は近づいていき、カールのほうを向いて口を開く。
「静穂もそれなりに腕を持っているんだが、それをあそこまで圧倒して勝つとは正直思わなかったぞ。 大したものだ」
「あ、ありがとうございます!」
「静穂も、負けはしたが悪くなかったぞ。 ちゃんと鍛錬も怠らないように日々精進しているようだな」
そう言って恭也は静穂の頭に手をやって撫でる。
撫でられた静穂は褒められたことに嬉しそうに笑みを見せて元気良く、うん、と頷いた。
それに恭也もつられるように笑みを見せて手を下ろす。
「そういえば、恭兄はなんでここに? 講義の時間まではまだあるはずなんだけど」
「ん? ああ、ちょっと修練場に用事があってな」
「そうなんだ〜」
「と、そういえば、カールに伝言があるんだったな。 忘れるところだった」
「伝言ですか?」
「ああ、ミラからな。 ちゃんと午後も黒魔法の講義に来るように、だそうだ……って、おい、どうした? そんなに青褪めて」
「あ、あははは……なんでもないです、はい」
「そ、そうか。 ならいいが……」
見事なまでに青褪めながら力なくそう言うカールに恭也は困惑しながらも頷く。
その横で事情を知る静穂は苦笑を浮かべてるのだが、恭也は気づくことはなかった。
その数分後、カールはまるで浮遊霊の如くおぼつかない足取りで二人の元を去っていった。
「? 一体どうしたというんだ、カールは」
「あ、あははは……恭兄は知らないほうがいいと思うよ。世の中そのほうが幸せってこともあるし」
「そんなものか?」
「そんなものなのです。 それにしても、それなりに自信あったのにあんなにあっさり負けるなんて」
「ふむ……カールの圧勝のようにも見えるが、実際のところお前たちの腕に大差はないぞ?」
「え? じゃあ、なんで?」
「そうだな……簡単に言えば、カールがある程度の実戦馴れをしていることが理由だな」
「実戦、馴れ?」
「ああ。夜の冒険での魔物たちとの戦いがカールを大きく成長させているということだ。 ほとんど実戦のようなものだからな、あれは」
「そうなんだ……じゃあ僕もそれをしたら、カールさんに負けないくらい強くなれるかな?」
「静穂ががんばればきっとなれるさ」
「恭兄よりも?」
「俺よりも、か……ああ、なれると思うぞ。 静穂なら、きっとな」
そう言う恭也に静穂は再度笑みを見せる。
そんな静穂に恭也は頑張れというように頭をぽんぽんと軽く叩く。
「それじゃあ、僕もそろそろ講義に行ってくるね!」
「ああ、頑張って来い」
元気良く手を振りながら駆けて行く静穂に恭也は穏やかな目で見送る。
その十数分後、午後の講義の開始を告げる鐘が鳴り響くのだった。
あれから時間が流れ今は夜、カールとレイナは二度目の冒険のため廊下を歩いていた。
その際にカールの足取りやら空気やらがどことなく疲れていますという感じ全開だったためレイナは、どうしたのか、と聞くがカールは力なく、なんでもない、と言って首を横に振るのみだった。
まあそんな感じで二人は今日はどこに行こうかと数分間話し合い、その結果としてテラスのほうへに行ってみようということになった。
そして決まったら速行動ということで二人はテラスに行くために歩き出し、学生寮の出入り口に向かう。
「にゃあああああ!!」
ちょうど二人が出入り口の扉に差し掛かったとき、聞き覚えのある奇声が二人の耳に届く。
その聞こえてきた声に二人は顔を見合わせてるとすぐに扉を開け放ち、学生寮の外へと飛び出る。
するとそこには四体の魔物を相手に逃げ回る静穂の姿があった。
「か、カールさんにレイナさん! た、助けてください〜!!」
二人の姿を見るや否や、静穂は逃げ回りながらそう叫ぶ。
そんな静穂の姿に二人は呆れる暇もなく各々の武器を手に静穂と魔物の間に割って入る。
カールとレイナが割って入ってきたことに魔物たちは標的を二人に変えて襲い掛かってくる。
「はあっ!」
「てぇい!」
飛び掛ってきた二体に二人は長棍と拳を振るってカウンターを決める。
それを受けた二体が後方へと吹き飛ぶのを最後まで見ず、二人は飛び掛ってきた残りの二体の攻撃を同時に避ける。
二人が攻撃を避けたと同時に吹き飛ばされた魔物は起き上がってすぐさま二度目の攻撃とばかりに飛び掛ってくる。
その攻撃を二人は紙一重で避け、その勢いのままに力を込めて攻撃を叩き込む。
攻撃を受けた二体の魔物はその後起き上がってくる気配を見せず地面へと倒れ伏したままだった。
仲間がやられたことに残りの二体の魔物は怒りを露にして襲い掛かってくるが、二人はその動きを明確に捉え対抗するように各々の技を放つ。
「ダブルワスプ!」
「ライジング!」
叫ぶと同時にカールは長棍で飛び掛ってきた魔物を叩き落し、地面へと落とされた魔物に深々と長棍を突き刺す。
そしてレイナのほうも同じく飛び掛ってきた魔物の懐に瞬時に潜り込み、渾身の力を込めた強烈なアッパーをかます。
その二人の各々の攻撃を受けた二体の魔物は先ほどの二体と同じく起き上がってくる気配を見せることはなかった。
「「ふぅ……」」
起き上がってくる気配を見せない魔物たちを見つつ二人は小さく息をつく。
そんな二人にぽけっと観戦していた静穂は二人の戦いっぷりに若干興奮した感じで近寄ってくる。
「カールさんにレイナさん、すごいです! 僕が逃げるしかなかった魔物たちをあんなにあっさり倒すなんて!」
「とは言っても、ちょっときつかったんだけどね」
「確かにね……数的にも多かったし、強さ的にも寮内とは全然違うし」
「でも結果的に倒しちゃったじゃないですか! だからやっぱりお二人はすごいんですよ!」
二人が言ってもまったく静穂の興奮は醒めることはない。
その興奮度はもし尻尾があるのならばかなりの勢いでパタパタと振っていそうなほどだ。
そんな静穂の褒め殺しのような言葉が数分間続き、二人はその間苦笑を浮かべるしかなかった。
「で、静穂はなんでこんなところに?」
「え〜と、カールさんの強さについて恭兄に聞いたら、夜の冒険がカールさんの強さの理由だって」
「それで静穂も冒険に?」
「はい! でも、寮を出た途端に魔物たちに囲まれてしまって……」
「で、逃げ回ってたわけだ。 まあ、ここの魔物は寮内と違って強いから仕方ないけど、いくらなんでも一人でっていうのは無茶だよ」
「うぅ……僕も身を持ってそれを実感しました」
「そうね〜……冒険をするならやっぱり静穂もパーティーを組んで行くほうがいいんじゃない?」
「そうなんですけど……気軽に話すことは出来てもそういったお願いをするというのは苦手なのです。 なんか迷惑掛けそうで……」
先ほどの勢いはどこへやらといった感じにしゅんとうな垂れる静穂に二人は困ったような顔をする。
だがそれも数秒、カールとレイナは同時に同じことを思いついたのか顔を見合わせて頷きあい静穂に対して口を開く。
「じゃあ静穂、僕たちのパーティーに入らないか?」
「え……いいんですか?」
「私たちは大歓迎よ。 戦力も増えるし、何より人数は多いほうが楽しいしね」
カールとレイナの言葉にうな垂れていた静穂は顔を上げてパアッと花が咲いたような笑みを浮かべる。
そしてその笑みを浮かべたまま勢いよく頭を下げて、お願いします、といつも通り元気よく言う。
こうして、カールとレイナのパーティーに新たな仲間として静穂が加わるのだった。
静穂が仲間に加わってから三人はテラス方面はまだ早いかなと思い再度行き先を検討する。
といってもテラス方面以外では学生寮内しかないため検討はほんの数十秒で終わり、三人は寮内へと入るため歩みだそうとする。
が、入ろうとした歩みだそうとした足はゆっくりと開かれた寮内の扉から出てきた人物によって止まることとなった。
「ん?」
「あ、裂兄!」
「やはりさっきの奇声は静穂だったか……」
寮内から出てきた人物は恭也と瓜二つの容姿を持つ裂夜だった。
裂夜が出てきたときにカールとレイナは恭也と思ったため静穂が裂兄と呼んだときには驚きと同時に内心で、凄いな、と思う。
瓜二つであるが故に恭也と裂夜は外見ではほとんど見分けがつかないのだが、静穂は迷うことなく出てきた人物が裂夜だとわかった。
おそらくそれは長い間恭也たちと接してきて二人の見分け方を習得しているためできることなのだろう。
「と、そこにいるのはカールとレイナ……だったか?」
「は、はい……」
「えっと……こんばんは」
二人は昨夜のこともあってかかなり緊張、というよりも警戒気味でそう言う。
ちなみにその際、なんで名乗った覚えがないのに自分たちの名前を知っているのだろうという疑問が浮かぶが、学園の関係者ならば知っていてもおかしくはないかということで納得することにした。
「そんなに警戒しなくてもいい。 今日は昨日のように勝負を挑んだりはせんよ」
「ほ、ほんとですか……?」
「ああ。 まあ挑まない、というよりも挑めないと言うほうが正しいがな」
「挑めない?」
「ああ……くそ、今考えても腹が立つ。 あの性悪ゴスロリ女め」
かなり苛立たしげに裂夜はそう呟く。
その呟きに三人はどういうことか理解し、苦笑を浮かべるしかなかった。
「でも、裂兄はどうしてここに?」
「ん……ああ、あの性悪ゴスロリ女の言いつけで俺が夜中に学園内の見回りをしているのは知ってるだろ? それで、いつも通り見回ってたらここから聞き覚えのある奇声が聞こえてな」
「それで駆けつけたってことですか?」
「そうだ」
「じゃあ僕のこと心配で駆けつけてくれたってことなんだ。 裂兄ってば優しいな〜」
「というよりもあんな大声量の奇声を撒き散らされたら敵わんから来たというほうがいいがな」
ニコニコと笑みを浮かべる静穂にそっぽを向いて裂夜はそう言う。
それにカールとレイナは裂夜が照れているということが分かり小さく苦笑を浮かべる。
そのとき、そっぽを向いていた裂夜は突然打って変わった真剣な顔をしてある方向に視線を向ける。
いきなり表情が豹変した裂夜に三人は驚きを浮かべるが、そんな三人を余所に裂夜は視線を向けていた方向に歩き出す。
そして少し歩いて若干草の生い茂る場所で足を止めるとしゃがみこみ、草むらの中に手を伸ばして何かを取りそれをじっと見ていた。
夜であるために周りが暗く、そして裂夜と若干距離があることから裂夜の見ている物が何かは三人には分からない。
だが、それを見ている裂夜の表情がかなり真剣で険しいものであるのは分かり、ただ事ではないと考える。
そしてしばしその体勢から動かなかった裂夜だが、見ていたものを何かで包んで服のポケットにしまうと立ち上がり三人のところへ戻ってくる。
「ど、どうしたの、裂兄……」
「ん……いや、なんでもない。 気にするな」
そう言って裂夜は困惑する静穂を安心させるように滅多に見せない笑みを浮かべながら頭をポンポンと軽く叩く。
そして、用事ができた、と言って三人に背を向けて裂夜はテラス方面へと歩き去っていった。
裂夜が去っていった後も三人はその方向をしばし見続けながら、裂夜の豹変振りと見ていたものが何かということに疑問を抱くのだった。
あとがき
平穏が流れる学園の影にて不穏な空気が流れ始めてきました。
【咲】 あんたの大好きな展開になりつつあるってことね。
その通り! FLANKERさんに『サスペンス』の覇者とまで言われたんだから、ここは頑張ってその道を進んでいかないと!!
【咲】 その道を進みすぎて変な方向にいかないようにね。
わかってますって。
【咲】 にしても、裂夜が最後に拾ったものって一体何?
まあ敢えて言うなら、俺だったらそんなもん見た瞬間驚くどころか腰抜かすね……それ以上は秘密。 どうせ次回明かされるしな。
【咲】 ふ〜ん……で、次回はどんなお話?
次回はだな、リゼッタの秘密を知ってしまうカールと裂夜の拾ったものを見て学園側がどう動くかというお話だな。
【咲】 そういえばリゼッタの出番が皆無に近いわね、最近。
だから、次回はリゼッタの関わるお話が半分を占める予定なのですよ。
【咲】 予定、ねぇ……。
まあ、どうなるかは今のところまだわからん。 あ、でも一つ言えることがあるな。
【咲】 何よ?
これも予告の内に入るんだけど、あの女性が驚くべき行動に出ることでさらに謎が深まります。
【咲】 ふ〜ん……どんな行動かは秘密なわけでしょ?
そういうこと。 じゃ、今回はこのへげばっ!!
【葉那】 ただいま〜♪
【咲】 あら、お帰り。 どうだった?
【葉那】 う〜ん、途中で迷っちゃったからめんどくさくなって帰ってきちゃった♪
【咲】 あらあら、仕方のない子ね。
【葉那】 えへへ〜♪
えへへ〜♪じゃねえ!! 帰ってくるや否やいきなり鎌で一撃かますとはどういう了見だ!?
【咲】 さ、葉那も帰ってきたとこで今回はこの辺でね♪
【葉那】 次回は久々の実験コーナーだよ〜♪
お、お〜い、無視するな〜。
【咲&葉那】 じゃ、また次回ね〜♪
しくしく……それではまた次回会いましょうノシ
裂夜が拾ったものとは。
美姫 「うーん、もしかしてアレかしら」
アレとは?
美姫 「前作でも出てきたアレよ、アレ。恭也たちが最初の頃に探していたものとか」
おお、アレか。いやいや、それじゃなくて、アレかもしれないぞ。
美姫 「どのアレよ」
え、美由希とか?
美姫 「ポケットにしまえるか!」
ぶべらっ!
美姫 「その辺りは次回に分かるみたいだし、色々と想像しながら待ちましょう」
う、うぅぅ、ふぁい。
しかし、裂夜は完全にミラの使用人みたいになっちゃって…。
美姫 「確かにね。でも、これから活躍の場があるかもしれないわよ」
一体どんな展開を見せるのか!?
美姫 「次回も楽しみにしてますね」
待っています。