「……あの状態から、避けられるとはね」
絶迅を用いて美由希の背後に回り、散華を放ったラウエルは討ち取ったと思った。
だが、ラウエルの予想に反し、美由希は肩に傷こそつけられてはいるがラウエルの若干前方で荒く息をつきながら立っている。
その様子を見てラウエルは剣を持つ手を下げて無道の構えを取りつつどうやって美由希が避けたのかを考えるがそれはすぐにわかった。
(散華を放つ際の絶迅解除の瞬間に先ほどの歩法術を再度使用した……ということだろうね)
魔剣の加わった絶迅は確かに速度こそ神速二段掛けを上回るが、技を放つ際にはその領域を抜けないといけないという欠点がある。
その理由は、死者とはいえ所詮は人間であるラウエルの体は絶迅には耐えられてもその領域ないでの技の行使には耐えることができない。
己の身体能力を限界地まで引き上げ高速移動を可能にする絶迅は身体能力の上限が高ければ高いほど速く動ける。
だが、その分領域内を走るときに無理矢理引き上げられた体には激痛が走るため、技を放つどころか剣を振ることすらこの領域内では自殺行為。
故に剣を振る際にはどうしても絶迅の領域から抜ける必要性が出てくるのだ。
(でも、その間隔もごく僅か……それを彼女は見逃さず掠りこそしたが避けた。 まったく……恐ろしい才能だよ)
口には出さず内心で美由希に対しての賞賛の言葉を呟いて思考を止め無の状態となる。
無道の構えでは無駄な思考は妨げにしかならない、そして魔剣の力を引き出すには無駄な感情は邪魔にしかならない。
そのためラウエルは相手の出方を窺いながら何を考えるでもなくただ構える。
「っ……」
それに美由希は今度は射抜の構えではなく二刀を背中に隠すような構えを取りラウエルへと仕掛ける。
その奥義は恭也がもっとも得意としているが美由希自身はあまり得意ではない奥義。
得意でない奥義を敢えて使う理由、それはその奥義の後に続ける奥義のための布石。
「ふむ……」
構えを取り自身へと掛けてくる美由希にラウエルは何を思ったのか無道の構えを解く。
そして瞬時に左手を中段、右手を上段という少し変わった構えを取り迎撃の体制を取る。
美由希はそれに内心で少し驚いたが策を決め駆け出した以上もう引くことはしない。
御神流 奥義之六 薙旋
ラウエルへと放たれる高速四連の斬撃。
だが、それにラウエルは動じることもなく放たれると同時に動き出す。
我流剣術 弐之斬法 朱天
メンアットトライアングル!〜対なる心、継承せし二刀の剣〜
【第二部】第二十四話 呼び起こされし真の名
「はあぁぁぁ!!」
二刀から放たれる高速四連斬撃、その一撃目がラウエルを襲う。
だが、ラウエルはその斬撃を見切っているかの如く上段に構えていた剣で打ち落とす。
美由希はそれに戸惑うことなく瞬時に二撃目を放つが、一撃目を打ち落とした剣を今度は振り上げ二撃目を打ち上げるように捌く。
そのラウエルの一連の捌きに一、二撃目は確実に当らないだろうと踏んでいた美由希ではあるが驚かざるを得なかった。
しかし、その驚きは表には出さず打ち上げられたことで崩された体勢を瞬時に半回転させることで整え同時に三撃目を放つ。
「はっ!」
「ふっ!」
その三撃目に対してラウエルが取った行動に美由希は内心で先ほどよりも強い驚きを浮かべる。
三撃目の横薙ぎをいつの間に引いたのか中段構えの左手から放たれる突きの切っ先で止めたのだ。
如何に腕があろうとも横薙ぎの刃に突きの切っ先を正確に当てて止めるなど普通に考えてできることではない。
そんな所業をラウエルがやってのけたためか、美由希は驚きこそ表には出さなかったが若干の動揺が走る。
『『主様(美由希お姉ちゃん)!!』』
「っ!」
スレイとレイの自身を呼ぶ叫びに美由希は我に返り意識を元に戻す。
だが、意識を戻した美由希に襲い掛かる左手から放たれる斜め下段への斬撃は最早通常では回避不可能な位置まで達していた。
布石としていた薙旋を防がれ、さらにはここまで追い詰められた状況では更なる奥義に繋げることなど不可能だった。
故に美由希は神速を用いて後方へと下がることで回避し体勢の立て直しを試み、そして当るぎりぎりでそれを避けることに成功した。
しかし……
「朱天を避けたからといって油断をしてはいけないよ」
「!?」
今だ神速の領域にいる美由希に目の前から掛かる声。
そして美由希の目の前には離れたはずのラウエルの姿。
一瞬何が起こったのかわからない美由希には再度動揺が走る。
その動揺により一瞬だけ固まってしまう美由希の隙をラウエルが逃すはずもなくそれは放たれる。
我流剣術 参之斬法 夜裂
「ぐっ……」
一瞬の隙をついて放たれた高速の横薙ぎはすんでで峰に返され美由希の横腹に直撃する。
襲いくる激痛、そして衝撃に美由希の体はその斬撃の進行方向に吹き飛び倒れる。
倒れた美由希は斬撃を受けた箇所の痛みに立とうとしても立てず苦悶の表情を浮かべて苦しむ。
そんな美由希にレイは心配するような叫びを上げ続け、スレイは必死に癒しの魔法を掛ける。
だが、二人の行為を遮るように美由希に剣が突きつけられる。
「終わりだ……」
呟くように放たれるその言葉に美由希は苦しみながらも視線を声の主、ラウエルへと向ける。
だが、視線を向けられたラウエルは美由希に剣を突きつけるも止めを刺そうとはしなかった。
それどころか突きつけた剣を美由希から逸らし、放出していた魔力を止めてしまった。
「止めを……刺さないん、ですか」
「それは君の……いや、君たちの返答次第かな」
『へん……とう?』
「ああ。最初は君たちを消すと言ったけど、僕としては傷つけたり殺したりというのはあまりしたくないんだ。 それが自分の娘たちやその娘たちが選んだ主なら尚……ね」
そう言って少しだけ悲しそうな顔をする。
だが、それも、だから、と続ける言葉と同時に消し元の無表情へと戻る。
「君たちがここで引くなら僕は見逃そうと思う。地下の宝玉を破壊しようとする者を消せ、とは言われたけど逃げる者も追撃して殺せとは言われてないから言い訳はいくらでもつくからね」
「もし……逃げないと言ったら?」
「……悲しいけど、殺さざるを得ないだろうね」
『『っ……』』
「悪いけど、あまり時間がないから早く返答を。 魔剣の力を取り込んだ今、その意思を抑えるのは僕でもかなりきついんだ」
それは暗に早く返答しなければどっちであろうと斬り捨てるということ。
それを感じ取ったスレイとレイは父と慕うラウエルに初めて恐怖を覚え、美由希は考え込むように若干顔を俯ける。
俯く美由希にラウエルも、スレイも、レイも、返答を待つように黙り込む。
だが、スレイとレイは口を閉ざしこそしたが美由希がその選択に対して出すであろう答えを悟っていた。
そして案の定、俯いていた美由希が顔を上げたと同時に放った答えは二人の思っていた通りのものだった。
「私は……逃げません」
「ふむ……どうしてだい? 僕が逃げようとする君の隙をついて攻撃すると思っているのかな?」
「いえ……あなたが、そんなことをする人じゃないのはわかります。 でも……っ」
言葉を中断させたのは体を走る痛み。
だが、美由希はその痛みに耐えながらも中断してしまった言葉を続ける。
「ここで私が逃げたら……何も、守れない。 大切な人たちも、皆が住む世界も……ラウエルさんの、心も」
「僕の……心?」
「傷つけたくない…殺したくない……そう思っているラウエルさんが、それでも戦う理由。 それは……そうしてでも守りたいものがあるからじゃ、ないですか?」
「……」
「信念を曲げてでも守りたいものがあるから……だから、ラウエルさんは剣を取る。 でも……それでラウエルさんの心は、救われるんですか?」
「何を……」
「何を守りたいのか、それがどれほど大切なのか、私にはわかりません。 でも、こんなやり方で……あなたの心は、あなたの守りたいものは、本当救われるって言うんですか!?」
「っ!?」
ラウエルは美由希の叫びとも呼べる言葉に驚愕を浮かべ、そして後に若干の悲痛の表情を浮かべる。
そのラウエルに追い討ちをかけるように美由希は苦痛に耐えつつふらつきながらも立ち上がり尚も言葉を紡ぐ。
「本当は……分かってるんじゃないですか? こんなやり方は間違ってるって……こんなのじゃ何も守れないって」
「うるさい……」
「ラウエルさんも、守りたいものも、こんなやり方じゃ守れないって……あなた自身、分かってるんじゃないですか!?」
「うるさい!!」
詰め寄るように言葉を紡ぐ美由希をラウエルは怒鳴り声と共に突き飛ばす。
突き飛ばされた美由希は後方へとふらつき倒れ、痛みに耐えながらも上体を起こして尚もラウエルに言葉を紡ごうとする。
だが、それはラウエルの悲痛と苦悩に満ちた表情で閉ざされることとなった。
「ああそうさ! 君の言うとおり分かっていたさ! こんな方法じゃ、彼女はきっと悲しむだけだってことぐらい!!」
「ならっ!」
「でも、もうこうするしかないんだ! こうする以外、彼女を……ミーミルを救うことはできないんだ!!」
表情を変えぬままそう叫んで若干後方へと下がり両腕を左右に広げるように二刀を構えるラウエル。
そのもう止まれないという意思を指すように構えるラウエルを見て美由希はもう言葉では止まらないと悟り、立ち上がってスレイとレイを構える。
『『ミー……ミル?』』
ラウエルの叫んだ言葉、ミーミルという名前をスレイとレイは呟くように繰り返す。
知らないはずなのに、聞いたことないはずなのに、二人の心がそれらを否定する。
それと同時に起こる頭に響く鈍い痛み、それはまるで失われた記憶が蘇る前兆のような痛み。
そしてそんな二人を余所に、美由希は三度目ともなる自身のもっとも信頼する奥義の構えを取る。
「私は…あなたを止めます。 私の守りたいもののために……あなたの心を守るために!」
美由希は駆け出す。
自身の守りたい人たちのために、ラウエルの心を救うために。
「はああぁぁぁぁ!!」
「オオォォォォォ!!」
気合と呼べる雄叫びを上げながら迎え撃つようにラウエルも駆け出す。
そして二人は、駆け出すと同時にその領域へと入る。
御神流 奥義之歩法 神速二段掛け
我流剣術 終之歩法 絶迅
そして、すべての時間が止まる領域の中で二人の放つ奥義がぶつかり合う。
御神流・裏 奥義之参 射抜
我流剣術 終之斬法 双雷
「はぁぁぁっ!!」
「っ!」
ラウエルから放たれる奥義の初撃が渾身の力で放たれた美由希の射抜を打ち落とす。
そして美由希が崩された体勢を戻す暇を与えないかのようにもう一刀から放たれる斬撃が正確に美由希の首を狙う。
自身の体が壊れることを覚悟で放たれる絶迅の領域での奥義に体勢を崩された美由希は本来避けられるはずもない。
だが……
(負けない……絶対に、守ってみせる!!)
その思いが美由希の限界を超えさせる。
そして、御神の剣士のほとんどが到達し得なかったその領域へと足を踏み出す。
神速三段掛け
神速に神速を重ねた二段掛けにさらに神速を重ねた本来ならば自殺行為とも言える領域。
自分以外の何もかもが動くことを許されないその領域で、そこに到達したものにだけ見える一筋の光の線。
美由希はその光の線をなぞるように刃を滑らせる。
御神流 奥義之極 閃
そしてその奥義が放たれると同時に、スレイとレイの脳内に電撃のようなものが走る。
それと同時に頭の中には、閉ざされていた過去の記憶が蘇り浮かび上がる。
「お父さ〜ん」
「お父様」
優しげな微笑みを浮かべる父を呼びながらその胸に飛び込むレイ。
控えめながらも、嬉しそうに父の傍に駆け寄って見上げるスレイ。
それは二人が……幸せと感じていたときの記憶。
「いい子にしてたかい、二人とも」
「「うん(はい)!」」
大好きな父がいて……
「ふふ……それでは、いきましょう」
「ああ、そうだね、ミーミル」
同じくらい大好きな母がいた。
そんな幸せに満ち溢れていたときの記憶。
「「行こうか(行きましょう)……アーティ、セリナ」
同時に過ぎるのは自分たちの本当の名を二人が口にした映像。
それは忘れ去られていた記憶と共に、スレイとレイは真の名を思い出した瞬間だった。
神速三段掛けが解けると同時に肩膝をつき肩で息をする美由希。
そしてその目の前で二本の魔剣を根元から砕かれ、仰向けに倒れているラウエル。
この構図から、どちらが勝者なのかは明白だった。
「僕の……負け、か」
そう呟くラウエルの表情は悔しさというものは見られず、どこか清々しさを感じさせる顔だった。
そしてそのラウエルにスレイとレイは剣化を解いてラウエルへと駆け寄る。
「「お父さん(お父様)……」」
「ふふふ……どうしてだろうね。 負けたというのに、これでよかったと思ってる自分がいる」
「それは…お父様自身が止まりたいと思っていたからではないでしょうか」
「僕自身が……?」
「うん。 美由希お姉ちゃんの言ったように……お父さんは、このやり方じゃお母さんは喜ばないって分かってる。 だから、止まりたかった……」
「……思い出したんだな、二人とも」
少しだけ驚きの表情を浮かべ、すぐに微笑へと変えて呟く。
ラウエルの言葉に二人は頷き、そしてラウエルの傍でしゃがみこむ。
しゃがみこんだ二人にラウエルは手を伸ばして頬に触れ優しく撫でる。
頬を撫でられながら二人は静かに涙を流し、頬を撫でる手に自分の手を重ねる。
「すまなかった……アーティ、セリナ」
「……どうして、私たちの記憶を封印したのですか」
「そのほうが……傷つかずに済むと思ったからだよ、アーティ」
「傷……つく?」
「ああ。 アーティも、セリナも、母親であるミーミルにとても懐いていたからね。 そのミーミルがいなくなったと知れば、二人はきっと深い悲しみを負うことになる。 だから、ミーミルがいなくなったという真実を伝えないまま、二人を魔剣にする際にそれまでの記憶を封印したんだ。 もっとも……封印がこんなに簡単に解けるとは思ってなかったけどね」
二人の記憶を封印した理由、それは愛する娘に悲しみを負わせたくないという父の想い。
その想いが痛いほど感じ取れた二人は止まることのない涙を流し続ける。
そんな二人の頬をラウエルはどこまでも優しく、愛おしく撫でながら美由希に視線を向けて口を開く。
「この先の下り階段を下り、さらにある下り階段を下りれば宝玉が置かれている部屋に辿り着く。 時間はもうほとんどないから、急いだほうがいい」
「はい」
美由希がそう返事するとラウエルはふっと微笑み泣き続ける二人に優しく告げる。
「さあ行っておいで、二人とも。 君たちの主のために、君たちが守りたいもののために」
告げられる言葉に、二人は涙を流しながらもしっかりと頷き立ち上がる。
その二人を見つつ美由希に再度視線を向けると、美由希はわかったというように頷いて階段へと走り出す。
スレイ―アーティとレイ―セリナも美由希を追うように駆け出し、階段の目の前で立ち止まってラウエルのほうへ振り向く。
そしてまだ若干の涙を浮かべながらも、二人は精一杯の笑顔で言った。
「「行ってきます、お父さん(様)!」」
そう言う二人にラウエルは、ああ、と小さく呟いて微笑みを再度浮かべる。
そして二人は、その微笑みを背に感じながら階段を駆け下りていった。
階段を下りていく二人を見送るとラウエルは天井を仰ぎ見る。
それと同時にラウエルの体は蛍のような光を立ち上げながら徐々に透けてくる。
「これでよかったんだね……ミーミル」
上を仰ぎ見るラウエルの視線は天井よりも更に先を見るような視線。
その視線が移す風景は、透けてくる体と共に徐々に霞んでくる。
霞んでくる視界にラウエルは自身が消えるということを悟るも微笑は崩さなかった。
そして、微笑を浮かべたまま小さく口を開き……
「後は、頼んだよ……若き継承者さん」
そう呟くと同時にその体は、完全に消え行くのだった。
あとがき
今回は美由希サイドのみでお送りしました〜。
【咲】 今回はってことは次回は恭也サイド?
まあね。 っていうか、美由希サイドはこれでだいたい終わったしね。
【咲】 確かにね。 あとは宝玉を壊すだけだし。
そうそう。 あ〜、でも今回の話で悩む点が出てきた。
【咲】 何?
今回、スレイとレイの本当の名前が出たわけだけど……。
【咲】 ああ、前までスレイとレイって書いてた部分を今度からそっちに変えるかどうかってことね。
そうそう。 美由希たちがどっちで呼ぶかはもう決まってるんだけど……そこが、ねぇ。
【咲】 美由希たち呼ぶほうの名前でいいんじゃない?
う〜ん……やっぱりそうかな。
【咲】 ま、私はどっちでもいいとは思うけどね。
いや、そういうわけにもいかんだろ。
【咲】 ていうか、私には関係ないし〜。
……。
【咲】 さて、今回はこの辺でね♪
あれ? 今回は実験コーナーはやらないのか?
【咲】 やってほしいの?
え、い、いや、まったくそんなことはないんですけどね……。
【咲】 遠慮しなくてもいいのに。
遠慮じゃねえよ。
【咲】 ま、どっちでもいいけど。 で、美姫さんが期待してるのになんで今回しないかというと…ぶっちゃけ発明品がそこを尽きたのよ。
お〜、それはすばらしいことだ。
【咲】 てやっ!!
げぶあっ!!
【咲】 言うに事欠いて何ほざくかな……で、今回おやすみにして次回からまた再開という形にするわけよ。
いや、もう再開しなくても……いえ、なんでもないです。
【咲】 まったく……それに葉那も材料調達で出かけてるしどの道今回はできないのよ。
ふ〜ん……なんでいないかと思ったらそういうわけか。
【咲】 そゆこと。 じゃ、また言うようだけど今回はこの辺でね♪
また次回会いましょう!!
美由希の勝利!
美姫 「でも、ラウエルの体が消えたのは何故?」
その辺り、まだ何かがありそうだよな。
美姫 「二人を魔剣にした理由もまだ分からないわね」
徐々に明らかになっていく様々な事柄。
美姫 「次回はどんな展開を見せてくれるのかしら」
次回も待っていますね。
美姫 「待ってますね〜」