闇の世界の一角に立つ古城。

その古城の玉座の間には青年と少女という二人の影があった。

二人は少しだけ間を空けるように並んで立ち、何もない空間に視線を向けている。

 

「どうするんだ、――?」

 

黙したままだった青年が唐突に口を開く。

その唐突にかけられた問いに少女は青年のほうに顔を向け首を傾げる。

 

「何が?」

 

「あいつが出てきたということは、ここの存在が奴らに知れるということ。 それは――としては良しとしないことではないか?」

 

「別に知れても構わないわよ。 ここのことを彼らが知ったとしても、彼らが人間であるならここに辿り着くことは不可能だから」

 

「確かにそうだが……」

 

「恭也は心配性ね」

 

クスクスと笑いながら少女は言う。

少女の言葉に青年―恭也は憮然とした表情をする。

 

「――が楽観的過ぎるんだ」

 

「あら、そうでもないわよ? もしもの可能性も考慮して私はそう言ってるんだから」

 

「もしも……神器に関して何か手を打っているということか?」

 

「ええ。 あれは彼らがここに辿り着くための唯一の方法だからね」

 

「ふむ……」

 

「恭也は半身を手に入れることだけを考えてるといいわ。 他のことは私がしておくから」

 

「そう、だな……そうするとしよう」

 

恭也はそう呟くと玉座の間から歩き去っていく。

歩き去る恭也の後姿が見えなくなるまで少女は見続ける。

そして、後姿が見えなくなった後、少女はポツリと呟いた。

 

「ふふふ……ごめんなさい、恭也」

 

呟くように謝罪の言葉を口にする少女。

その口元には言葉とは裏腹に若干の笑みが浮かんでいた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

メンアットトライアングル!〜対なる心、継承せし二刀の剣〜

 

【第二部】第十三話 死の世界

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「二ヴルヘイム……ですか?」

 

「ええ……」

 

二ヴルヘイム……それは神話上で死の世界と呼ばれる場所。

三つの世界に伸ばすユグドラシルの根の一本の下に広がる世界。

だが、それは神話上での世界であるため現実に存在するはずのない世界。

皆の頭にはそう刻まれているからか、恭也が口にしたことがいまいち信じられなかった。

 

「でも、二ヴルヘイムは……神話の中の」

 

「現実には存在するわけがない、ですね?」

 

「はい……」

 

「確かにジャスティンさんの言うとおり、二ヴルヘイムは神話で語られる世界であるため実在はしない……とされています」

 

「されている?」

 

「ええ。 人々に知られていないだけで、二ヴルヘイムという世界は実在するんです。 いや、知られていない、というよりも知ることができないというほうが正しいですね」

 

「どういうことですか?」

 

「あそこは死んだ人の魂が集う世界であるため、生きた人間は辿り着くことができない場所なんです。 分かりやすく例えれば、天国や地獄と言ったほうがいいかもしれませんね」

 

「死後の世界……確かにそれならば私たちが知ることが出来ないのも無理ありませんね」

 

「ええ。 そういった世界に関する研究などはされているかもしれませんが、こればっかりは死んだ人間にでも聞かない限り憶測の域を出ませんから」

 

そう言って恭也は小さく苦笑する。

恭也はちょっとした冗談のつもりで言ったのだが、皆からすれば正直笑えない話だった。

だから、一応皆も笑みを浮かべるものの乾いた笑いになってしまっている。

 

「そ、それで、恭ちゃんはそこで一体何があったの?」

 

話を元に戻すようにそう美由希は聞く。

恭也は浮かべていた笑みを消し、真剣な顔で語り始める。

 

「先ほども言ったとおり、あの戦いで死した俺は二ヴルヘイムに送られました。 その世界で目覚めた俺は見知らぬその地をどこに行くでもなくただ彷徨うように歩いていたんです。 そして歩き始めてどのくらいか経ったとき、不意に声が聞こえてきたんです」

 

「声…?」

 

「ええ。 それは無邪気な少女のような言動なのにどこか大人びた感じのする声でした。 そしてその声は呟くように『来て……』とだけ言ってきました。それだけでは普通はどこに行けばいいのかわからないはずなんですが、そのとき俺はまるでその声に導かれるようにある場所に向けて歩き出したんです」

 

「それで……どこに辿り着いたのですか?」

 

その質問にすぐに答えず、軽く息を吸って吐く。

そして、静かに呟くように恭也は言った。

 

「城です……」

 

「城……この学園のような、ですか?」

 

「いえ、あれはここよりも小さく…そして所々が老化しぼろぼろになっている古城といえるような城でしたね」

 

「古城……」

 

繰り返すように呟きながら考え込む。

二ヴルヘイムのことは神話でしか語られていない上にその神話でさえ皆は詳しくは知らない。

だから死の世界というのもピンとこないがそこに建つという古城というのはもっと想像できない。

考え込む一部の者を見ながら恭也は続きを語る。

 

「そこに辿り着いた俺はさらに導かれるように歩き続け、その古城の玉座がある場所へと行き着いたんです。 そしてそこで、俺は玉座の前に立つ一人の少女を見つけました」

 

「少女? ……どんな少女でしたか?」

 

少女と聞いて、ジャスティンはあることを思い出す。

それは数年前、賢者の石の事件当時に遭遇した謎の少女のこと。

あの時以降、その少女は姿を見せなかったため、その素性は謎に包まれていた。

その少女が恭也の見たという少女と同じとは限らないが、なぜかふと思い出したためジャスティンは聞いたのだ。

そしてそのことを思い出したのはジャスティンだけではないため、他の皆も全員恭也の言葉に注目する。

 

「どんな、ですか……腰元まで伸びる黒い髪とレイやミラのような黒いドレスが特徴で、年齢にして大体…十歳程度といった感じですね」

 

「同じ……ですね」

 

「ええ……あのとき現れた女の子に酷似しています」

 

「どういうことですか?」

 

「……そのお兄ちゃんが見たって言う人に、私たち全員会ってると思うの」

 

レイが言った事実に恭也は驚く。

あのとき、その少女が現れたその現場には恭也はいなかった。

そのため恭也はその少女が美由希たちの前に現れたことを知らないのだ。

 

「それはいつだ……?」

 

「えっと…私たちが賢者の石を追っていたとき」

 

「別行動を取っていたときか……」

 

「うん」

 

「そのとき、何か言っていたか?」

 

「えっと……なんて言ってたっけ?」

 

「確か、あなたたちは彼を目覚めさせる鍵、と言っていました」

 

「……」

 

スレイが言ったその少女の言葉を聞き、恭也は腕を組んで目を閉じ思案する。

そして呟くように、そういうことか、と言い組んでいた腕を解いて額に手を当てる。

 

「何か、わかったんですか?」

 

「ええ。 どうやら俺たちは彼女の手の内で踊らされていたようですね」

 

「え?」

 

「え〜と……それだけじゃ分かりづらいから詳しく説明して、恭ちゃん」

 

「つまり、彼女の思惑通りに俺たちは今まで動いていた、ということだ。俺と美由希がこの世界に来たことも、賢者の石がこの学園に運ばれたことも、俺たちが賢者の石を巡り戦ったことも、俺がアイザックの手にかかり死ぬことも、すべてが彼女の思い描いたシナリオ通りに動いていたようだ」

 

「そんな……でも、それなら鍵っていうのはどういう意味なの?」

 

「それを話すには、さっきの続きを話す必要があるな」

 

そう言って、恭也は話の続きを語りだした。

 

 

 

 

 

 

 

 

―回想―

 

 

「ようやく…会えたわね」

 

「っ…」

 

少女に向けられた視線と笑みを前に、恭也の剣士としての感が警告を鳴らす。

この少女は危険だ、そこからすぐに逃げろ、と。

だが、恭也の足はまるでその場に縫い付けられたように動かなかった。

 

「ふふ……警戒しなくてもいいわ。 あなたに危害を加える気はないから」

 

笑みを絶やさぬまま、少女は恭也の元へ歩み寄る。

そして傍に立った少女は恭也の頬に両手を包むように当てる。

 

「さあ……一つになるために契約を、交わしましょう」

 

そう言って、少女は自身の顔を恭也の顔に徐々に近づける。

近づいてくる少女の顔を前に恭也は後ろに下がろうとするも、自身の頬を掴む少女の手がそれを許さない。

そして徐々に近づいていた少女と恭也の距離はゼロになり、二人の唇が重なる。

 

「っ!?」

 

唇が重なり、一秒、二秒と時間が経つにつれ、恭也の中を何かが支配していく。

そして徐々に強まるそれが次第に恭也の意識を朦朧とさせていく。

自身の感からか、それに身を委ねてはいけないと思いながらも意識が奪われていくことに抗えない。

 

(だめ……か…)

 

奪われていく意識の中で恭也はそれに身を委ねかける。

だが、そのとき、黒に染まっていく意識の中で小さな光が差した。

そして、その光の中に立つ一人の少女。

 

(ミラ……)

 

それは自身が愛したただ一人の人。

黒に染まる意識を照らしてくれるたった一つの光。

それが恭也の朦朧となっていた意識をはっきりとさせた。

 

「ん……」

 

それと同時に、少女は唇を離し恭也の頬から手を離す。

そして、先ほどとは変わりとても悲しそうな表情を向けてくる。

 

「どうして……受け入れてくれないの?」

 

悲しみの表情を浮かべたまま少女は言葉を続ける。

その言葉には悲しみだけではなく、どこか怒りのような感情さえも見られた。

 

「どうして……私を見てくれないの?」

 

悲しみに肩を震わせ、怒りに拳を握る。

そんな少女の変わりように恭也は若干戸惑う。

 

「やっと……やっと、あなたをここに呼び込むことができたのに」

 

「え…」

 

「やっとあなたと会えたのに……あなたの心は私を見てはくれない」

 

「どういう…ことだ。 君は一体……何を」

 

「あなたが見ているのは……あなたの心にいるのは、私じゃない。 あの女……」

 

恭也の言葉を聞かず、少女は言葉を紡ぎ続ける。

そして不意に俯いていた顔を上げる。

その表情にはもう悲しみはなく、あるのは狂ったような笑み。

少女の浮かべるその表情に恭也は先ほど感じた恐怖が蘇る。

 

「なら、忘れさせてあげるわ。 あなたに絶望というものを与えることで……忘れさせてあげる」

 

言葉と同時に恭也が目視できないほどの速度で恭也の胸に自身の手を突き刺す。

 

「が……」

 

「幸い…染まっていないのはあなたの心の半分だけ。 それだけを取り出して、あなたの大好きな大好きなあの女に埋め込んであげる」

 

「ぐ……あ、あぁぁあ」

 

突き刺した手を何かを探すように動かす。

動かすたびに、恭也の表情は苦痛に歪む。

そして不意に手の動きはぴたりと止まり、恭也の中の何かを掴む。

 

「見つけたわ……あなたの心。 今、半分に割ってあげる」

 

「や、め……ろ…」

 

恭也の言葉を無視するように少女は手を再度動かし、掴んだそれを二つに裂く。

その瞬間、恭也は大絶叫をあげ、がくりと力なくうな垂れる。

うな垂れる恭也の胸から少女は手を抜く。

抜いたその手には若干の光を放つ玉が握られていた。

 

「あの女の中で、大切な人が傷つき死んでいくのを何も出来ず見ているだけという絶望を……ゆっくりと味わって、ゆっくりと壊れてね、恭也……ふふふふ…あははははははははははは!!」

 

 

 

 

―回想終了―

 

 

 

 

 

 

 

 

「「「「「……」」」」」

 

語られた内容に皆は絶句する。

そして絶句する皆の頭の中には共通のことが浮かんでいた。

 

「狂ってます……」

 

スレイはその皆が思う共通の思いを口にする。

自身を受け入れてもらえなかった。

たったそれだけの理由で恭也の心を二つに割り、ミラの中に埋め込んだ。

そしてそれだけでなく、内容からすると今回の事件さえも恭也の心を壊すために行われたという可能性が高い。

そのことが少女の異常さを物語っていた。

 

「そう、ですね……いくらなんでも、酷すぎます」

 

「自分の想いのためにお兄ちゃんの心を半分に割るどころか、受け入れなかった部分を壊そうとするなんて」

 

そうしてしまうほど、少女の想いは強かったということは分かる。

分かるが、だからといってこれはやりすぎだと皆は思う。

そんな皆の言葉を聞きながら恭也は語り終えてから閉ざしていた口を静かに開く。

 

「それで説明の続きだが、彼女が皆に言った鍵、という言葉は……おそらく彼女の言動から推測すると俺をあの世界に呼び込むための過程を作る人たちのことを指しているんだと思う」

 

「過程……つまり私たちは恭也さんがああなるためように導くよう利用された…ということですか?」

 

「おそらくは…」

 

「じゃあ…私たちが恭ちゃんを間接的に殺したってこと?」

 

「ふむ…どうだろうな。 もしそうなるなら、それは皆が彼女の思惑で動かされていたということだから、そうだとしても気にすることはない」

 

「でも……」

 

そう考えると気持ちが沈むのを止められない。

間接的にであれ、恭也を殺したということに変わりはない。

本人が気にするなと言っても罪悪感が浮かぶのは仕方のないことだった。

暗い空気が漂い始める中、恭也は、ふぅ、と息をついて暗い空気を払うように話題を元に戻す。

 

「それで、彼女の狙いについてですが……」

 

「狙い……恭也さんの心の半分を絶望させ砕くことじゃないんですか?」

 

「確かにそれも彼女の狙いですが……わからないのは俺の心を砕き、彼女の言う契約を交わした後、彼女は一体何がしたいのか、ということです」

 

「恭也さんは、知らないんですか?」

 

「ええ。 目的を聞く間もなく心を割られましたから……」

 

「そう、ですか……」

 

「だったらさ、その人に直接聞けばいいんじゃないの? 場所が分かってるんだから転移するのも難しくないだろうし」

 

「確かに直接聞ければ一番だが、あいにくとあそこにいくことはできない」

 

「どうしてですか?」

 

「あの世界は直接転移を妨害するための結界が常時張られている。 一片の隙間もなく、まるで世界を結界が覆うようにな」

 

「じゃあ、打つ手もなく現状維持しかないってこと?」

 

「そういうことだな」

 

頷く恭也に皆は思案する。

現状維持しかできない今の状況を打破しないことにはこの事件を解決することはできない。

だが、恭也が語る限り打つ手はほとんどない。

しかし、もしかしたら何か手が見つかるかもしれない。

だから皆は考えるのだが、いくら考えても打つ手は見つからなかった。

そして、打つ手が見つからぬまま、皆は話し合いを終え会議室を後にするのだった。

 

 


あとがき

 

 

今回は恭也の心が二つに分かれた理由を語っていただきました。

【咲】 でも終わり方が中途半端ね。

しょ、しょうがないだろ。 今あるネタを全部書くとこの話だけかなり長くなるんだから。

【咲】 それでももう少しちゃんとした締め方をするべきね。

……まあ、それはいいとして。

【咲】 良くない!!

はべしっ!!

【咲】 まったく…。

いてて……そういえば、あの子はどうしたんだ?

【咲】 あの子? ……ああ、葉那ちゃん?

そうそう。

【咲】 葉那ちゃんならFLANKERのところに行ったっきりまだ帰ってきてないわよ。

……長くないか?

【咲】 そう? 制裁するように言ったからこんなものじゃない?

無茶しなきゃいいけどな……。

【咲】 あら、葉那ちゃんの心配なら無用よ。

いや、FLANKERさんの心配をしてんだよ。

【咲】 そっちの心配も要らないわよ。 いい感じに半殺しにしてくると思うから。

いや、それはダメだろ。

【咲】 まあ、それは置いといて。

置くなよ。

【咲】 (無視)ここに葉那ちゃんに持たせたドリンクの錠剤バージョンがあるわけだけど、まだ実験段階なのよね〜。

……ダッ(回れ右をして逃げ出す

【咲】 待ちなさい(素早く追いつき肩を掴む

ひ、ひいい、お、お助けぇぇぇ!!

【咲】 却下。 さ、お飲みなさい!!

ぐぼっ!!(瓶を口に突っ込まれ中身を全部流し込ませる

【咲】 は〜い、吐き出さず全部飲んでね〜。

ごぼげばげぼっ!!(なぜか水ではなくドリンクを流し込まれる

【咲】 さてはて、効果は如何なものかしらね〜。

……バタ(無言で倒れ白目を剥く

【咲】 う〜ん、いまいち……こんなんじゃまだ浩やペルソナには効かないわね。そうと分かればもっと強化しなかきゃ♪

……。

【咲】 じゃ、また次回会いましょうね〜♪




TSさんは身体を張ってまで、ドリンクの魔の手から俺たちを助けてくれました…。
美姫 「めでたし、めでたし」
いやいや、めでたくないし! 倒れてるし!
美姫 「しかし、恭也が二つになったのはあんな理由があったのね」
お、おーい。いや、いつもの事なんだけど…。
美姫 「冒頭の謎の少女の笑みも気になるし」
確かに、あれは凄く気になった。まるで何かを隠しているようだよな。
美姫 「一体、どうなっているのかしらね」
全体図が未だに見えてこない。うーん、謎が謎を。
美姫 「次回以降も目が離せないわね」
んだんだ。次回も楽しみにしてますだよ。
美姫 「何故、そんな口調に…。まあ、良いわ。また次回でね〜」
良いのかよ! って、今更だな。ではでは。



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