一筋の光もない漆黒の世界。

その世界のどことも知れぬ場所にミラは立っていた。

 

「これは……夢?」

 

周りを見渡しながらミラは呟く。

だが、その呟きに対する答えが返ってくるとは思っていない。

なんとなく自分以外はここに存在していない。

そう思うからこそ答えが返ってくるとは思えない。

 

「夢、のようなものだな」

 

しかし、以外にもその呟きに答える声が聞こえた。

突然聞こえたその声にミラは驚き声のしたほうへ振り向く。

そこには先ほどまで何も無かった。

だが今、何も無かったはずのそこには光を放つ小さな玉が浮いていた。

 

「……」

 

突然現れたその光玉にミラは驚きながらも近づいていく。

普段のミラなら安全かどうかも確かめず不用意には近づいたりしない。

ならばなぜ今、いつもはしない行動にミラが出たのか。

誰もがそう疑問に思うだろうが、それに対する明確な答えはミラにはない。

ただ、なんとなくそれは自分に害を成すものではないと思ったからの行動だった。

なんとなく、という不明確なものであり何の確証もあるわけではない。

もしかしたら自身がそう思っているだけで実際は危険な物なのかもしれない。

だが、なんとなくであるはずなのに、そうである、とどこか確信している自分がいる。

だからいつもはしないであろう行動に出たのだ。

 

「っ!」

 

ミラがある程度の距離までそれに近づいたとき、それは眩い光を放ち始める。

まるで漆黒に染まるその世界のすべてを照らすように光を放つ。

眩しすぎるその光にミラは目を閉じる。

目を閉じてからしばらくして、光が止んだのを感じたミラはゆっくりと目を開く。

 

「え……」

 

開いた目に信じられない光景が映る。

光を放っていた玉のあった場所に、一人の青年が立っていたのだ。

だが、ミラの信じられないと思ったのは突然その青年が現れたことではない。

ミラが信じられなかったのは、その青年がもう会えないと思っていた人物だったからだ。

 

「久しぶりだな、ミラ」

 

その優しさと暖かさを含んだ声はもう聞けないと思っていた。

その不器用でも安心感を与えてくれる笑顔はもう見れないと思っていた。

その自分が愛する青年のすべてが、あのとき失われてしまった思っていた。

だが今、その青年は自身の目の前にいる。

信じられない、彼がいるはずない。

そう頭では思っていても、自身の心はその青年が幻なんかじゃないと言っている。

心がそう言っているからか、ミラは恐る恐るというように青年の名を呟いた。

 

「恭也……」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

メンアットトライアングル!〜対なる心、継承せし二刀の剣〜

 

【第二部】第十二話 二つの心、破壊と守護

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

その呟きに微笑を浮かべたまま青年―恭也はミラの前に歩み寄る。

そして手をミラの頭に乗せ優しくゆっくりと撫でる。

 

「やっと……認めたんだな」

 

ミラ以外の誰かがここにいたならばこの言葉に首を傾げたかもしれない。

だが、ミラにはこれがどういう意味なのか分かっていた。

だから、ミラは確認するように口を開く。

 

「ずっと……私の中に、いたの?」

 

「ああ。 あのときから、というわけじゃないが…それでも長い間ずっと、ミラの中にいた」

 

「そう……」

 

ある時期から、ミラは自分の中にある何かに気づいていた。

そのときはまだそれが何なのかは分からなかった。

いや、分かっていたが認めたくなかったのかもしれない。

自分の中に自分の大切な人、恭也がいるということを。

そして、認めることで恭也が死んだという事実を呼び起こしたくなかった。

そうなれば、自分はもう立ち直れなくなりそうだったから。

だから、そのことを認めず、頭の中では彼は死んだと思いながらも心のどこかで彼が今も生きているのではという希望を抱いていたのだ。

皆の目に立ち直ったと見えていたミラは、実際は現実から目を逸らしていただけだったのだ。

そうして今までの数年間を現実から逃げたまま、ミラは過ごしてきた。

だが今回起こった事件が、ミラ自身に現実を突きつけることとなった。

認めたくない現実をミラに認めさせ、自身の中の存在を認識させたのだ。

だから、二人が向き合うという今があるということなのだ。

 

「ミラ……」

 

撫でる手を止めてミラの背中に手を回し抱きしめる。

ミラは若干の驚きを見せるもそれに抵抗することなく成すがまま抱き寄せられる。

 

「すまない……辛い思いをさせて」

 

「っ…」

 

ミラはその言葉にびくっと肩を震わせる。

そして何かを我慢するように目をきつく閉じる。

 

「君を守ると言いながら……俺の死が君の心に深い傷を刻んでしまった」

 

「……」

 

「君の中にいるとき……君が苦しんでいるのを見て、俺も辛かった」

 

「……」

 

「何度もその傷を癒したいと思った……何度も、君をこうして抱きしめたいと思った」

 

言葉を紡ぐごとに、恭也の抱きしめる力が少しずつ強くなる。

それはまるで、ミラの体の震えを止めるかのように。

 

「何度も思ったよ……会いたい、と」

 

「っ……きょう、や」

 

我慢していたものが、その言葉で弾けた。

目からは静かに涙が流れ、下ろされていた手は恭也の背中に回る。

 

「私も……会いたかった」

 

恭也に負けないくらい、ミラは強く抱きしめる。

そうして、二人は強く抱きしめ合う。

今まで会えなかった分を取り戻すかのように、強く、強く……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

しばし抱き合った二人は名残惜しむようにゆっくりと離れる。

離れたときにはもうミラの目には涙はなく、いつものような笑みが浮かんでいた。

そのミラの笑みに恭也も釣られる様に微笑を浮かべる。

 

「これからも…こうやって会うことはできるの?」

 

「会えなくはないが……あまり多くは無理だな」

 

「そう……ちょっと残念ね」

 

「そうだな……だが、会話だけならいつでもできるぞ」

 

「そうなの?」

 

「ああ。 もっとも、ミラが俺の存在を認めさえすればもっと前からでもできたんだがな」

 

「う……ごめんなさい」

 

「いや、謝らなくてもいい。 ミラが俺を認められない理由はわかっていたからな」

 

そう言いながら恭也はミラの頭を撫でる。

ゆっくり、ゆっくりと撫でられ、レイのようにミラは気持ち良さそうな表情をする。

そうして撫でられていると、二人の頭上から光が指し始める。

それが何を意味する光か、恭也にも、ミラにも分かった。

 

「どうやらお目覚めの時間のようだな」

 

「そうみたい、ね。 少し名残惜しいけど……」

 

「そうだな。 だが、別れと言うわけじゃない。 これからは話すこともできるし、たまにだがこうして会うこともできる」

 

「ええ……」

 

「それじゃあ、また後でな」

 

恭也のその言葉と共に光が溢れ、ミラは夢から目覚め現実へと戻る。

目覚めるミラの目に最初に映ったのは、心配そうに覗き込むレイだった。

そして視線をずらすとレイの横に同じく心配そうにしている美由希とスレイがいた。

 

「大丈夫? ミラお姉、ちゃん」

 

「ええ。 大丈夫よ……レイ」

 

上体を起こし、ミラはレイの頭を撫でる。

夢の中で恭也にされたように、優しく、ゆっくりと。

撫でられるレイはいつものように表情を崩し、気持ち良さそうな顔をする。

レイを撫でるミラを見て、美由希とスレイはミラが以前と違うことに気づく。

前まではいつも通りに振舞っていても少し無理をしている感じがしていた。

だが、今のミラはその無理をしているという感じがなくなっていた。

 

「ミラさん……何か、ありました?」

 

だから、美由希はそう聞いた。

その美由希の言葉にミラは、ええ、と小さく呟くように返す。

以前よりも、柔らかな笑みを浮かべながら……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

目を覚ましたミラを加えて、四人はジャスティンたち教師陣と会議を行った。

題は昨夜の報告や敵についてのことだった。

だが、報告によれば美由希たち以外の教師たちは“ゲシュペンスト”と名乗る影とは遭遇しなかったとのこと。

そして影と遭遇した美由希たちも弱点こそ見つけれど、影が何者でどこから来ているのかはわからない。

故に今回の会議ではしばらく昨夜の方法で現状維持するということが決まったと言うこと以外、事態の進展は見せなかった。

そして進展を見せぬまま会議が終わり、会議室からジャスティン、フィリス、そしてミラと美由希たち以外の教師が退出した。

教師たちが退出した後、ミラと美由希たちはジャスティン、フィリスに昨夜のことを詳しく話す。

なぜ、他の教師たちがいるときに話さなかったのか。

それは昨夜のそのことが何を指すのか、今残っている者にしかわからないからだ。

つまりは知らぬものが下手に深入りしていい話ではない、ということである。

それは主にミラのため、という皆の気遣いのようなものも含まれている。

 

「以上のことが昨日、中庭に現れた敵についてのことです」

 

「そう、ですか……でも、俄には信じられないことですね」

 

「そうですね……」

 

聞き終えたジャスティンとフィリスはその説明にそう返す。

 

「やっぱりそうだよね。 実際、私たちも見たときは信じられなかったし…」

 

「ですが、どれも現実に起こったことです」

 

「でも…やっぱり信じられません。 彼が、そんなことをするなんて」

 

彼、恭也を多少なりと知る二人が美由希たちの説明を信じられないのも無理はなかった。

死んだはずの恭也が現れたということもそうだが、恭也がそのようなことをするということが信じられない。

それは恭也と話し、戦い、そして恭也の最後を見たものなら誰でもそう思うだろう。

 

「ですが、昨夜現れた彼が本物であるとは限りません」

 

「どういうこと、ですか?」

 

「う〜んとね、どうもミラお姉ちゃんの中にお兄ちゃんがいるみたいなんだ」

 

「「え?」」

 

レイのあまりに簡単な説明に二人は首を傾げ、ミラのほうを見る。

視線を向けられたミラはゆっくりと目を閉じ、語りかけるように口を開く。

 

「恭也……お願い」

 

ミラはそう言うと閉じた目をゆっくりと開く。

開かれた目は先ほどと違い、どことなく鋭さと感じさせるものに変わっていた。

その目を見た二人は不意にあの青年、恭也を思い出す。

 

「お久しぶりですね……ジャスティンさん、フィリスさん」

 

「え……もしかして」

 

「ほんとに、恭也、さん?」

 

その問いに恭也は小さく頷く。

普通なら信じられないことであり、おかしな目を向けられてもおかしくないことだ。

だが、目を開いたミラの先ほどと違う眼光、そしてその雰囲気がどれも恭也と酷似していた。

それに美由希やミラたちがこんな嘘をつくなどないと知っている。

だから、二人は疑うことなくそれを信じることにした。

 

「恭也さんがミラさんの中にいる、ということは昨夜現れたのは偽者ということですか?」

 

それは信じるからこそ出てくる疑問だった。

そのジャスティンの口から出た疑問に恭也は首を横に振る。

 

「偽者じゃ、ないんですか?」

 

「ええ。 俺も、あいつも、高町恭也であることは間違いありません」

 

恭也から放たれる事実に、なんとなく予想がついていた美由希たちも驚きの表情をする。

そんな皆の反応を目にしながら恭也は説明を始める。

 

「あいつは、言うなれば俺の心の悪の部分です」

 

「悪、ですか?」

 

「ええ。 すべてを壊し、殺したいと思う俺の心の負の部分、それがあいつです」

 

「では、あなたは恭也さんの心の善、ということですか?」

 

「はい。 すべてを守りたいと思う高町恭也の心の正の部分が俺、ということです」

 

「ということは、恭ちゃんの心が二つに分かれたってこと?」

 

「そういうことだな」

 

「でも、何で? 心が分かれるなんてこと普通はないのに…」

 

「ふむ……それについて話すには俺があの後どうなったのかを説明する必要があるな」

 

「あの後……アイザックとの戦いの後ですか?」

 

「ええ。 少し長くなりますが……」

 

恭也はゆっくりと説明を始める。

アイザックとの戦いの後、恭也に何が起こったのかを。

なぜ、恭也の心が二つに分かれることになったのかを。

ゆっくりと語り始める。

 

「奴との戦いに敗れた後、俺の体はある場所へと運び込まれた」

 

「ある場所、って?」

 

「……そこは一筋の光もないほどの闇に覆われ、悲しみや憎しみといった人の負の感情が辺りを渦巻く死の世界」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「二ヴルヘイム……」

 

 


あとがき

 

 

ガクガクブルブル。

【咲】 何あからさまに震えてんのよ。

だ、だってもうすぐだろ。 蒼牙が襲撃してくるの。

【咲】 ああ、そういえばそうだったわね。

な、なんでそんなに平然としてんだよ。

【咲】 身の危険を感じてないからよ。

だからなんでだよ。

【咲】 言ったとおり強力な助っ人を呼んだから。

……そういえばそんなこと言ってたな。 で、どこにいるんだ?

【咲】 ラボに行くって言ってたから呼べば来るんじゃないかしら。

じゃ、じゃあとりあえず呼んでくれ。

【咲】 わかってるわよ。 葉那ちゃ〜ん!いらっしゃ〜い!!

【葉那】 はいは〜い♪

……誰?

【咲】 紹介するわ。 私の妹であり、研究の良き理解者でもある葉那ちゃんよ。

【葉那】 葉那で〜す♪ よろしく〜♪

……助っ人?

【咲】 だからそう言ってるじゃない。

……彼女に何をさせる気ですか?

【咲】 蒼牙の撃退。

……どこをどう見ても強そうには見えないんだが。

【咲】 大丈夫よ。 見た目はこうでも腕は立つから。

ん〜……信じられない。

【咲】 ま、論より証拠ってね。 ちょうど来たみたいだから見たほうが早いわよ。

確かにな……って、あれ?葉那はどこ行ったんだ?

【咲】 葉那ちゃんならもう迎撃に行ったわよ。 鎌持って。

え、マジデ?

【咲】 マジで。 外から金属音聞こえるでしょ?

確かに……でも、蒼牙と殺り合えるって……彼女は何者?

【咲】 妹。

……。

【葉那】 たっだいま〜♪

はやっ!!

【咲】 確かに早かったわね〜。 で、どうだった?

【葉那】 えへへ、ちょっと強かったかな♪

無邪気に笑いながら血の付いた鎌を持たないでくれ。 激しく怖い。

【葉那】 それでお姉ちゃん、この人どうすればいいの?

【咲】 蒼牙? そうね〜、少し手間だけどFLANKERのところに丁重にお返ししてきてくれる?

【葉那】 返してくるだけなの? 制裁とかしなくていい?

【咲】 制裁・・・・・そうね、こうなったのもFLANKERがちゃんと蒼牙を見てないからこうなったわけよね。

いや、元はといえばお前の目薬とドリンクのせいだろ。

【咲】 じゃ、FLANKERも蒼牙と同じようにその鎌の錆びにしてきちゃいなさい。

いやいやいや、あんたは何怖いこといってますか。

【葉那】 うん、わかった♪

わかったじゃねえだろ……。

【咲】 うっさいやつね……あ、葉那、ついでにこれ持ってて。

……何、その小瓶。

【咲】 こないだのドリンクを錠剤にした物よ。 ちなみに効力はドリンクのおよそ三倍。

……。

【葉那】 わ〜、相変わらず凄いね、お姉ちゃん。

凄いの意味がさまざまだけどな。

【咲】 せいっ!

げばっ!!

【咲】 まったく、一言多いのよ。 それじゃ行ってきて葉那ちゃん。

【葉那】 うん♪ じゃ、行ってくるね〜♪(片手に鎌、もう片方の腕で気絶中の蒼牙を担いで走り去る

はやっ!!……あの速度、ほんとに人間か?

【咲】 人の妹に対してなんてこというのかしら、こいつは。

いや、言いたくもなるだろ。 蒼牙だって人外の強さなのに、それを一分も掛からず倒すって……。

【咲】 さすがは私の妹ね。

その一言で片付けていいものだろうか?

【咲】 ということで、さっきの薬の実験に付き合いなさい。

何が、ということでなんだ!? やめろ、いや、やめてください、後生ですから……。

【咲】 だ・め♪

いやじゃああああぁぁぁぁぁぁ!!!(襟を掴まれラボへと引きずられていく




新しいキャラが登場し、益々賑やかに。
美姫 「いや、あとがきの感想からって…」
あははは、冗談だよ、冗談。
さて、今回はいきなり核心の一つである恭也の姿形をしたものの正体。
美姫 「まさか、二分割されてたなんてね」
ああ。でも、どうやってとかは次回になるみたいだけど。
美姫 「ああ、次回が待ち遠しいわね」
いよいよ語られる事実の一旦。
一体、何が起こってたのか!?
美姫 「次回も待ってますね〜」
ではでは。



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