ミラは八景を手に持ち、恭也と対峙する。

いつもと違う、どこか懐かしさを感じさせるような雰囲気を纏いながら。

そんなミラを対峙している恭也は憎々しげに睨む。

片腕を失った痛みなど忘れているかのような表情で睨む。

両者はその状態から動くことなく対峙し続ける。

時間にしてほんの数秒でしかないその均衡をレイはとても長く感じていた。

短くも長いその均衡は、恭也の口にした言葉で破られた。

 

「なぜだ……なぜ、拒絶するっ!?」

 

静かに言い始めたその言葉は最終的には語気を荒げるように放たれる。

放たれたその言葉が一体何を指しているのか、それはレイにはわからない。

だが、対峙するミラにはわかっているのか、静かに目を閉じ口を開く。

 

「俺は、お前を拒絶しているわけじゃない……ただ」

 

一度言葉をそこで区切り、しばしの間を置く。

誰も声を発せられないような静寂が辺りを包み込む。

そして間を置いてから数秒、ミラは目を見開いて続きを言い放った。

 

「お前は、ミラを殺そうとした」

 

「っ!?」

 

一瞬だけ恭也は驚愕の表情を浮かべ、すぐに苦々しそうな表情をする。

 

「殺そうとしたから……なんだというのだ」

 

「簡単なことだ。 ミラを守るのが俺の意志…それに反する行いをするお前を受け入れることは出来ない」

 

「貴様……自分が何を言っているのかわかっているのか」

 

「わかってるつもりだ。 だが、それでも俺はミラを守る……それがたとえ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「俺のすべてが消え去ることになったとしても……」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

メンアットトライアングル!〜対なる心、継承せし二刀の剣〜

 

【第二部】第十一話 反する二つの意志

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ミラの言葉からしばらく誰も口を開くことなく睨み合いが続く。

ぴりぴりとした空気が二人を中心に流れ、レイとスレイは息を呑む。

そんな状態が続いてどれくらいか経った頃、呟くように恭也が口を開いた。

 

「理解できん……」

 

呟くように言ったにも関わらず、誰もの耳にはっきりと聞こえる。

静寂に響くその声は多少の迷いのようなものが含んでいた。

 

「たった一人の女のために……己のすべてを賭ける。 まったくもって理解できん考えだ」

 

「お前からしたらそうだろうな。 壊すということしか知らないお前からしたら、な」

 

「そうだな……確かにその考えは俺には一生理解できそうもない」

 

恭也はそう言ってふっと口元に若干の笑みを浮かべる。

それにミラ以外の全員は驚くほかなかった。

驚いている面々を尻目に恭也は手に持つ剣を消す。

そして浮かべた笑みをも消して何の感情も見られないような無表情になる。

 

「時間だな……今日はここで退くとしよう」

 

そう告げて恭也は皆に背を向ける。

そして背中を向けたまま皆に、いや、ミラに向かって言う。

 

「二日後の深夜十二時にここへ来い。 そのときにもう一度聞く……どちらを選ぶか、を」

 

「……」

 

「それときまでこの学園の安全は保障しよう。 ゆっくりと悩み、決めるがいい」

 

そう言うと恭也はすぅっと闇に解けるように姿を消した。

それと同時に周りを取り巻いていた黒い空間が消える。

それにミラは驚くこともなく、八景を鞘に納める。

 

「スレイさん、美由希に癒しを……」

 

『え、は、はい…』

 

戸惑いながら返事をし、スレイは癒しの魔法を美由希にかける。

空間魔法が解けたためか癒しの魔法は行使でき、魔法の光が美由希の傷を治していく。

癒しを終えると、美由希の顔色は先ほどよりも良くなっていた。

 

「あ、あの……」

 

「ん?」

 

横からかけられた声にミラは振り向く。

そこにはスレイと同じく戸惑いを浮かべたレイが立っていた。

 

「えと、その……」

 

声をかけたはいいが、うまく言葉が出ず俯き加減で何とか言葉を紡ごうとする。

それをミラは少しだけ苦笑して、レイの頭に手を乗せる。

 

「久しぶりだな……レイ」

 

「っ……やっぱり…お兄ちゃん……なんだね」

 

「ああ……理由があって今はミラの体を借りてるがな」

 

ミラ、いや、恭也がそう言うや否やレイは飛び込むように抱きつく。

そして恭也に抱きつきながら呻く様に泣き出す。

泣き出したレイの背中をあやすように擦り、頭に置いた手を動かして撫でる。

そのまましばらく、レイは泣き止むことはなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「守護の心が目覚めたわね……」

 

少女は笑みを浮かべながら呟き、片手を横に振るって映像を消す。

映像が消えるのと同時に少女の若干後方に一人の男が現れる。

 

「お帰り……恭也」

 

「ああ。 さっそくで悪いが、治してくれ」

 

「ええ」

 

少女は笑みを浮かべたまま頷くと恭也の切られた腕の断面に手を当てる。

すると切られた断面に黒い粒子が集まり、粒子が腕を形作っていく。

そして粒子の収束が止むと、恭也の腕は元通りになっていた。

 

「違和感、ない?」

 

「ないな」

 

「そう……なら、よかった」

 

問題ないということを示すように手を握ったり開いたりする。

その仕草と恭也の言葉に少女は安心したようにそう言うと慣れたように腕に抱きつく。

 

「そういえば……はっきりと拒絶されてたわね」

 

「まあ、な。 奴の本質を考えると分かりきったことではあったのだがな」

 

「護る…か。 確かにあなたとは根本的に違いすぎるわね」

 

「ああ。 そういえば、――はどこだ?」

 

「レーラズ研究を最優先でって命を下したから、たぶん地下じゃないかしら」

 

「わかった……では、俺は――のところへ行ってくる」

 

そう言って恭也は腕から少女を引き剥がし、歩き去っていく。

恭也が歩き去るのを最後まで見ると少女は小さく呟く。

 

「つれない人……」

 

そう呟く少女の表情は若干の不満さが浮かんでいた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

あれからしばらくして、レイは泣き止むと恭也から離れいつもの笑みを浮かべる。

その笑みを見て、恭也は若干の微笑を浮かべて二、三度レイの頭を撫でる。

 

「ミラお姉ちゃんもいいけど……やっぱりお兄ちゃんが一番気持ちいいな」

 

「そうか……」

 

微笑を浮かべたまま撫でていた手を頭から下ろす。

下ろされる手に、あ、と小さく言ってレイは名残惜しそうにする。

それに恭也は苦笑してもう一度レイの頭に手を伸ばし撫でる。

 

「う、うぅん……」

 

レイが気持ち良さそうに撫でられているとき、後ろのほうから呻き声が聞こえてくる。

恭也は撫でていた手を止めて呻きのしたほうへ振り向く。

 

『主様……お目覚めになられましたか』

 

「ん……スレ、イ? えっと…」

 

気絶から目覚めたばかりで周りの状況がすぐに掴めない美由希は困惑する。

だがそれも数秒、状況を把握した美由希はゆっくりと立ち上がる。

 

「っ…」

 

『無理をなさらないでください。 癒しをかけたといってもまだ完全に治ったわけではないのですから』

 

「だ、大丈夫だよ。 ちょっとだけ痛みがあるだけだから」

 

大丈夫と示すように無理に笑みを浮かべる。

だが、それを信じるほどスレイは美由希を知らないわけじゃない。

連戦と神速の連続行使で美由希の体にはかなりの痛みがまだ残っているのを知っている。

しかし、美由希が大丈夫という以上、スレイがそれ以上何も言うことはなかった。

 

「痛みに耐えてるのがバレバレの顔して嘘をつくな」

 

「え?」

 

声そのものは何度も聞いているのに明らかにいつもと違う口調。

それに美由希は驚き、声のしたほうを振り向く。

そこにはやはり美由希の思っていた通りの人物が立っていた。

 

「ミラさん……無事だったんですね」

 

「当たり前だ。 ミラを守り抜くことが俺の剣を振るう理由なんだからな」

 

「えっと…」

 

美由希は戸惑った表情をする。

目の前の人物は確かにミラであるはずなのに口調も、性格も、身に纏う雰囲気さえもいつもと違いすぎた。

その会話を聞いていたスレイも美由希ほどではないが、やはり戸惑う。

そんな二人の様子に恭也は首を傾げる。

そしてさらにその三人の様子に笑いを耐えるような感じでレイが恭也に助け舟を出す。

 

「事情を説明しないで話したら誰でもこうなると思うよ、お兄ちゃん」

 

「『え?』」

 

レイの言ったお兄ちゃんという部分に二人は反応する。

レイはいつもミラのことをミラお姉ちゃんと呼ぶ。

なのに今、ミラのことをお兄ちゃんと呼んだ。

それはどういうことなのか、というのは二人にはなんとなく分かる。

レイがお兄ちゃんと呼ぶのは一人しかいない。

だが、わかるからこそ信じられない。

 

「ふむ……確かにそうだな。 なら、簡単に説明しよう」

 

自分の考えが信じられず呆然とする二人に恭也は話し出す。

 

「二人にはミラと映っているだろうが、中身は恭也だ」

 

「『……』」

 

本当に簡単な説明を終えると恭也は二人、というか美由希の顔を見る。

恭也の見た美由希の表情は説明を終えたにも関わらず、先ほどと変わらず呆然としていた。

そして時が止まったかのようにしばらくの静寂が流れ、呆然としていた二人の表情は突然驚きに変わり

 

「『ええええええぇぇぇぇぇぇぇぇ!!!!』」

 

ハモるように二人の驚きの大絶叫が学園に響き渡った。

 

「主従というのはこんなとこまで似るものなのか……?」

 

「あ、あはははは…」

 

二人のそれを見て恭也はぽつりと呟く。

それが聞こえたレイは、これが普通の反応だよ、とは言えずに乾いた笑いを浮かべていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

大絶叫が静まり、辺りに静寂が戻る。

声を上げて驚いた後もかなり動揺している主従に恭也は内心呆れる。

 

「え、えっと、あの、ほ、ほんとに恭ちゃん!?」

 

「だからそうだと言っている」

 

「えと、その、ほんとにほんと?」

 

「信じられないか?」

 

「う、うん…ちょっと、ね」

 

戸惑いがちに頷く美由希に恭也は、ふむ、と何かを考え込む。

そしてしばし考え込んだ後、どこか悪戯気な表情で口を開く。

 

「じゃあこうするか……ここにいる中で俺しか知らない美由希のことを暴露しよう」

 

「えっ!?」

 

「例えばそうだな……美由希の趣味は園芸と読書、料理の腕は人を死に追いやってしまうのではと思うほど壊滅的、さらにそうだな…美由希が最後におねしょしたのは」

 

「わー!! わー!!」

 

恭也の言葉を遮るように美由希は大声を出し、恨めしそうな顔を向ける。

ちなみにレイとスレイが恭也の話していたことを興味津々(特に最後のほう)で聞いていたことを美由希は知らない。

 

「うぅ…この意地悪な性格は確かに恭ちゃんだよ……」

 

「ふむ、信じてもらえたようだな」

 

満足そうに恭也は頷くと真剣な顔になる。

恭也の表情の変化に美由希はふざけた雰囲気を払い真面目な顔をする。

 

「俺の知っていることを話そう……と言いたいところだが、今日はもう遅い。 話すのは明日にしよう」

 

「うん…」

 

「では、俺はミラの中に戻るとしよう。 美由希、ミラはまだ眠っていると思うから部屋まで運んでやってくれ」

 

「それはいいんだけど……ミラさんの意識があるときに出てくることってできるの?」

 

それは当然の疑問だろう。

今はミラの意識がないから恭也が表に出てこれている。

傍目から見たらそう思ってもおかしくはない。

 

「大丈夫だ。 ミラが自分の内にいる俺を認識できていれば出てくることもできる」

 

「認識って……意識がないんだから認識できてないんじゃない?」

 

「それも、もう問題はないだろう。 ミラは俺に気づいていたからな」

 

「そうなの?」

 

「ああ。 ただ今まで表に出られなかったのは、ミラ自身が否定していたからだよ。 恭也はもういない、いるはずがない、とな」

 

「でも、それなら今日みたいに意識のないときなら出られたんじゃ……」

 

「意識がなくても認識が出来ていなければ出てはこれない……まあ、明日になればもう少し詳しく話そう。 では、ミラを頼むぞ」

 

そう言って恭也は目を閉じ、体からふっと力が抜けたように倒れかける。

倒れそうになるミラの体を美由希は慌てて支え部屋まで運ぶために抱きかかえる。

そして歩き出す美由希に続くように剣化を解いたスレイとレイがついていき、一同はその場を後にした。

 

 

 

 

 

 

こうし、一人の犠牲者も出すことなくその日の戦いは幕を閉じた。

 

 


あとがき

 

 

【咲】 ふむふむ……。

何読んでんだ?

【咲】 美姫さんからの報告の手紙よ。

ああ……実験結果のか。

【咲】 ええ。 それと興味深いことが書かれてたわ。

なんて書いてあったんだ?

【咲】 どうも実験前に浩が逃走を図ったみたい。 どうやら美姫さんの考えどおり内通者いると見て間違いないわね。

そ、そうか。

【咲】 ということで、後でお話があるから。

な、なんのお話でしょうか?

【咲】 とってもとっても楽しいお話よ…ふふふふ。

……(ガクガクブルブル

【咲】 にしても、実験結果は人それぞれね。 人格崩壊する者や時間差で効き目が出る者……まだまだ改良の余地ありね。

いや、もうしないでください。 ほんと、お願いしますから……。

【咲】 い、や。

うぅ……そんなきっぱりと。

【咲】 さて、話は変わるけど、次回はどんなお話になるわけ?

えっと、次回は恭也の口から語られるある程度の真相。 それと敵側の狙いを軽く説明するようなお話かな。

【咲】 全部語られるわけじゃないのね。

それはもう少し先だな。

【咲】 そう。じゃ、今回はこの辺でね♪

次回も見てくださいね〜……って、服の襟を掴んでどこへ連れて行くおつもりなのでしょうか?

【咲】 ラボという名の楽しい楽しい楽園へ、よ。

は、話せばわかる!!

【咲】 分かる気はないわね。 じゃ、行きましょうか。

いやじゃ!! あそこはいやじゃぁぁぁぁぁぁぁ!!!




あ、あ、あ、ああああああ…。
美姫 「あーあ、何処かの誰かさんの所為で、尊い命がまた一つ…」
いや、明らかにお前らのせい……ぶべらっ!
美姫 「ああ、可哀想に…」
ぜ、絶対に思ってないだろう。
美姫 「……それにしても、まさか恭也がミラの中にいるなんて。でも、そうなるとあの恭也の姿をした人は誰?」
お、おーい。
美姫 「ともあれ、二日の猶予は得た訳だからその間に恭也から説明がされるわよね。ねぇ?」
ん? 多分、されるんじゃないかな。因みに、あの恭也の姿をしているのも恭也じゃないかな。
恭也の心と体が別になっているとか。
美姫 「もしくは、心も二つに分かれているとか?」
そうそう。ともあれ、真相はすぐにわかるはずだ!
いやー、次回が楽しみだな〜。……って、何か誤魔化されているような。
美姫 「それじゃあ、次回も楽しみにしてますね〜」
えっと、誤魔化してないよな、な?
美姫 「それじゃ〜ね〜」
お、おいって! あ、ああ、もう。ではでは。




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