死者が出たことで学園内の様子は一変した。
それまでも怪我人続出という出来事が生徒の間に動揺と不安を広げていた。
だが、今回死者が出たことで生徒たちの間で、次は自分が殺されるかもしれない、という恐怖感が芽生えてしまった。
そのため、授業に集中できない者が多くなったのはもちろん、恐怖のあまりに自室に篭ってしまう生徒も出始めた。
さすがに死者が出たとなれば学園長であるジャスティンを含めた五人だけでどうにかできる事態ではなくなってしまった。
一日でも早く、この問題を解決するために今度は教師全員で話し合いをし、四人が調査した結果を元に深夜十二時から一時の間、生徒が部屋から出ることを禁じ、事件の犯人探しと生徒が言いつけを破らないかの監視をするために教師全員がその時間帯に見回りをすることになった。
「あの生徒の死体ですけど……少しおかしなところがあります」
話し合いが終わりジャスティン、フィリス、美由希、ミラを除いた教師たちが部屋を去った後、唐突にスレイがそう言った。
スレイのその発言にフィリス以外の部屋に残っている皆が首を傾げる。
死体の検視などはフィリスがやったのだが、死体自体は教師全員が拝んでいる。
その全員から見ても特におかしな部分は見当たらない、むしろ綺麗な状態の死体だったためスレイの発言を不思議に思うのも無理はないだろう。
「確かにスレイさんの言うとおり、あの死体にはおかしな点があります」
スレイの発言にフィリスは賛同し、どういうことかわかっていない皆に説明をし始める。
「胸部を鋭い刃物で一突き、それがあの生徒の死因です。 ですが、傷口からは出血の跡が見当たりません」
「別におかしなところはないと思うけど?」
「確かにレイさんの言うとおり、ここまでではおかしなところはありません。 つまり、おかしな部分というのはここからなんです」
「ここから?」
「ええ。 その後の正確な検視の結果なんですが、傷口から出血しなかったのではなく出血できなかったということがわかりました」
「どういうこと、ですか……?」
「流すだけの血が体内に残されていなかった、ということです」
フィリスの代わりに答えるスレイの表情はどこか暗かった。
そして皆もスレイの答えに事がどれだけ異常かを悟った。
「血を全部抜き取られたってこと?」
「正確には全部ではなく体内の血のだいたい三分の二を抜き取られています」
それはおかしい、と誰もが思った。
死体を見た限り、吸血の跡などまったくなかったのだ。
跡がないということは吸血をされていないということ。
だが、その生徒の死体からは大半の血が抜かれていると二人は語る。
二人が嘘をついているとは到底思えないが、それでも信じられないことだ。
吸血鬼とて跡を残さず血を吸うなど不可能だからである。
この場合の跡とは吸血の痕跡というのもあるが、出血の跡という意味もある。
しかし、そのどちらもその死体には見受けられなかった。
血が抜き取られたという事実が一つもないのでは、二人の言うことが信じられなくともおかしくはないだろう。
「信じられないとは思いますが、事実なのです」
「でも、それが事実だとして……どうやったらそんなことが」
「できなくは……ないよね。 アレならこういったことも可能なはずだし」
レイの口にしたアレという言葉に皆は反応する。
その中にただ一人、レイの言葉を理解し、暗い表情をさらに深める者がいた。
「確かにアレなら可能ですが、アレはずっと前に失われたはずです」
「でもこの状況はあの時と同じだし、アレ以外じゃこんなことはできないよ。 スレイもそれはわかってるんじゃない?」
「……」
わかってはいても、信じたくない。
それがスレイの今の表情からは見て取れた。
「ねえ、スレイ……アレって、何?」
スレイの表情を見て聞きづらそうにしながらもアレというのが気になる美由希は尋ねる。
美由希だけではなく他の者も気になったのかスレイに視線を向ける。
だが、スレイは尋ねられたのにも関わらず答えようとしない。
いつもなら主である美由希の疑問には全部包み隠さず答えてきたスレイがだ。
それだけショックを受けているというのもあるが、話したくないというのもある。
いつまで経っても答えようとしないスレイの代わりにレイが口を開く。
「それはゲルマンの伝承にて語られる、太古より封じられし五つの魔剣の一つ」
魔剣という単語にミラと美由希は反応し、表情が若干強張る。
それは魔剣というものがどういうものかを知る二人としては当然の反応だろう。
そんな二人の様子を知ってか知らずか、レイはそれの名前を口にした。
「ダーインスレイヴ……」
メンアットトライアングル!〜対なる心、継承せし二刀の剣〜
【第二部】第四話 呪いの魔剣
あの後、レイはその魔剣について語った。
それは独自の意思を持ち、所持者の体を乗っ取ることで自らの欲求を果たそうとする最悪の魔剣。
その魔剣の欲求とは唯一つ……人の血を吸うこと。
人の胸部に刺すことで莫大な血を吸い取り、力を増していく。
いくら吸っても満たされることのないその欲求を満たすためだけに次々と人を殺しては血を吸うということを繰り返す。
所持者が使えなくなるたびに次の所持者へと移り、永遠の欲求を満たし続けるということからそれは呪いの魔剣と呼ばれるようになった。
だが、今から数十年前にその狂気の魔剣はその狂気故に封印されることとなった。
もう二度と誰の手にも渡らぬように、もう二度と魔剣が目覚めることのないように。
それ以後、その魔剣は封印した者によって監視、管理されてきたため世に出ることはなかった。
「その監視、管理をしてたのが、私たちの作り主だったの」
シャインスレイとダーグレイの作り主、ラウエルはその魔剣だけに関わらず、残りの四本の監視、管理も行っていた。
しかし、ラウエルとて人……永遠に監視、管理し続けるなど不可能だった。
だからか、ラウエルは自分の死期が見えたとき、その五つの魔剣を人の目の届かぬ洞窟の奥深くに運び、洞窟の入り口を塞いだ。
そしてその洞窟の入り口は破られることもなく、今までの間魔剣は封印され続けてきた。
「その封印が破られた、ということですか?」
「可能性は高いけど、でもそれだと妙なところがあるんだよね」
「妙なところ?」
「うん。 封印はお父さん…あ、私たちの作り主ね、それと私とスレイの三人で封印したからお父さんがいなくなったとしても簡単に破られるような封印じゃないし、それに破られたなら私たちが感知できるはずだもん」
「じゃあ破られていないって事?」
「本当はそのはずなんだけど……でも、あの魔剣以外でこんなことができるものなんてないし」
いくら考えたところで、謎は深まるばかりだった。
結局のところ、ほとんど何もわからぬまま皆は解散し、部屋を後にした。
部屋を出た後も、スレイは沈んだ表情のまま一言も口を開かなかった。
そのスレイの様子を主としても、姉的な立場としても放っておけなかった美由希は励まそうとした。
が、それはレイによって止められた。
「今のスレイには励ましや慰めは意味ないよ。 お父さんの遺言を守れなかったことに対してのショックはスレイが一番大きいはずだから」
そう言ってレイはスレイに聞こえないように二人に説明する。
なんでも、ラウエルが死ぬ間際に、賢者の石と五つの魔剣を頼む、という言葉を二人に残した。
だが、父親であるラウエルに頼まれたにも関わらず、魔剣が奪われたかもしれないという事実は責任感の強いスレイにとってとてもショックの大きいことである。
それに加えて、スレイは父親が大好きだったということもありショックの大きさはレイ以上である。
「でも……」
そう言われても美由希は引き下がろうとはしない。
そんな美由希にレイは首を横に振って言葉を続ける。
「心配なのはわかるけど、なら尚のこと今はそっとしておくべきだよ」
「レイの言うとおりよ、美由希。 本人にとってショックが大きいことほど慰めや励ましは意味を成さないどころかその傷を深めかねないわ」
そう語るミラの言葉には説得力があった。
数年前の自分がまさにそのとおりだったのだから。
励ましや慰めの言葉に耳を傾けることもなく、ただ失意に沈んでいたときの自分。
それを経験しているからこそ、ミラは今そう言えるのだ。
「うん……」
二人の説得に頷く美由希の表情はどこか暗いところがあった。
その表情を見てミラは溜め息をつきながら言う。
「あなたまで落ち込んでどうするのよ。 あなたが落ち込んでたらスレイが立ち直るに立ち直れなくなっちゃうわよ」
「うん……」
「はぁ……」
励まそうとしたものが説得されて励まされる側になってしまった。
そのことにミラは再度溜め息をつかざるを得なかった。
困った主ね、と内心で思いながら。
スレイが立ち直らぬまま、夜が訪れた。
美由希に至ってはミラとレイが励ましによりなんとか若干の元気を取り戻したがまだ引きずっている様子が見られる。
そんな二人に(主に美由希に)ミラは内心で溜め息をつきながら四人は今夜も巡回をする。
「ほら、いつまで落ち込んでるよ。 こっちまで気が滅入ってくるじゃない」
「うん……」
「もう……そんなことじゃまともに見回りなんてできないわよ? また犠牲者を出してもいいの?」
「それは……だめだけど」
「けど、じゃないわよ。 そう思うならもうちょっとシャキッとしなさい」
『ミラお姉ちゃんの言うとおりだよ。 犠牲者を出したくないって思うならもう少ししっかりしないと』
「そう……だよね」
『ほら、スレイもまだ魔剣が奪われたってわけじゃないんだからそんなに落ち込まないの』
『それは……そうですけど』
『スレイがそんなんじゃ、犠牲者を増やすどころか美由希お姉ちゃんにも害が及ぶよ? それでもいいの?』
『それはだめです!』
『じゃあ、落ち込んでる場合じゃないってわかるでしょ? そうしたくないのなら』
『……そうですね。 落ち込む暇なんてありませんよね』
『そうそう。 落ち込む暇があるなら、そうならないように努力するほうがいい、てね』
『ほんと、レイはお気楽ですね。 羨ましい限りです』
『それが私の取り柄みたいなもんだしね♪』
『ふふ……確かに』
『そこは否定して欲しかったんだけど……』
不満気な声にスレイは笑いを耐えるような声を漏らす。
そのスレイの様子にレイは口にこそしないが内心で、よかった、と思っていた。
立ち直りを見せたスレイは先ほどとは違ういつもの声で美由希に言う。
『主様』
「な、なに……?」
『私のせいで主様にまでいらぬ心配をかけてしまい申し訳ありませんでした』
「あ、ううん、気にしてないよ。 私も何も出来なくてごめんね」
『いえ、そんなことありません。 主様が私の心配をしてくださっただけでも十分嬉しかったですから』
そう言われて美由希は照れくさそうに頬をかく。
そんな二人の会話をミラとレイは聞きながら苦笑していた。
こうして、二人は何とか立ち直ることができたのだった。
先ほどの暗い雰囲気が消えた四人は学園内を回る。
順路は昨夜と同じ、だが、昨夜よりも念入り見て回っていた。
『生徒、いないね』
『当然でしょう。 この時間は冒険を禁止してるんですから。 それにあんなことがあった後なら誰も部屋から出たがりませんよ』
『あ、そういえばそうだね』
『もう……』
忘れっぽいレイにスレイは呆れたというような声を出す。
『でも、部屋にいるからって大丈夫とは限らないんじゃない?』
「そんなことないわよ。 各部屋の入り口には結界が張ってあるから魔物の類は入れないようになってるし、現に擬似モンスターが部屋に侵入するなんてこと今までなかったでしょ?」
『う〜ん、そういえばそうかな。 でも、魔物ならともかくこないだのあれとかには効くのかな?』
レイの純粋な疑問。
それを聞いたミラと美由希は足を止める。
「……迂闊だったわね。 あれが必ずしも魔物の類とは限らないということを失念してたわ」
あの時見た影が必ず魔物であるとはいえない。
それはかなり重要なことであるためか、ミラは後悔するように呟く。
もし、あの影が魔物の類でない別のものだとしたら、部屋に閉じこもるのはいわば逆効果。
獲物をわかりやすい場所に隠しているようなものだ。
「まずいですよ……もしそうなら急いで対処を取らないとまた犠牲者が」
そのときだった。
恐怖に駆られた女生徒の悲鳴が……
四人の耳に届いたのは……。
あとがき
明るくなるどころかだんだんと黒く染まってきました。
【咲】 あんたに明るくを求めるのは無理な話だけどね。
その通り!!
【咲】 威張るな!!
げばっ!!
【咲】 まったく……でもあんまりこういったのが続くと収拾つかなくなるわよ?
そ、そこは考えてるから大丈夫だ。
【咲】 本当かしらね。
信じろよ。
【咲】 いや。
……そこは頷くところだと思うな。
【咲】 頷いたら調子に乗るじゃない。
そ、そんなことは……。
【咲】 ないの?
あるかも……。
【咲】 おばか!!
ぶべっ!!
【咲】 まったくこいつは……じゃ、今回はこの辺でね♪
じ、次回もまた見てください。
次々に起こる不可思議な出来事。
美姫 「遂には魔剣の存在まで見え隠れして」
それでも今出来る事を見回りを続ける美由希たちの耳に届いたのは。
美姫 「少女の悲鳴だった」
果たして、この学園に何が起ころうとしているのか。
美姫 「幾ばくかの謎を残しながらも、美由希たちは悲鳴の元へ」
次回、メンアットトライアングル第五話。
美姫 「それは、この後すぐ!」
ってな感じでやってみたんだが。
美姫 「次回がすぐなのは本当よね」
という訳で、すぐさま次回へ。