「ん……んん……」

 

ミラは目を覚ます。

寝ていた状態を起こし、眠たげな目を擦る。

その姿はまるで幼い少女のよう。

 

「え……?」

 

そのときに気づく。

目じりが若干濡れていることに。

地下牢に備え付けられている鏡を見ると、そこには涙の跡があった。

 

「私……どうして」

 

泣いていたのだろうか?

わからない。

悲しいことなんて何もない。

なのに、なんで自分は泣いていたのか。

ミラにはわからなかった。

だから考えるのを止めた。

そしてそこでミラは気づいた。

妙に部屋が静まり返ってることに。

 

「恭也……? レイ……?」

 

名前を呼んでも返事は返ってこない。

部屋を見渡しても誰もいない。

 

「散歩にでも行ったのかしら?」

 

ミラはそう思った。

恭也はただじっとしていることが嫌で散歩に出たのだと思った。

それは普通なら浮かばない考え。

でも、恭也とレイならば考えられること。

ゲートを使えばここを抜け出すなど簡単なことだから。

現に自分だって抜け出そうと思えば抜け出せる。

なら、なんでここから逃げないのか。

それはミリアムから情報提供をする代わりにと提示された条件が理由。

ミラは人間になりたい。

恭也とレイはミラを人間にしてあげたい。

だから三人は逃げることはしない。

 

「ふぅ……私も散歩に行こうかしら」

 

だから、二人が自分を置いて逃げるなどしないと思うからミラはそれほど深くは考えない。

それはミラが二人を信頼しているということ。

だが、このとき深く考えなかったことを……ミラは後悔することとなる。

そして絶望することとなる。

愛する人を失うという形で……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

メンアットトライアングル!〜対なる心、継承せし二刀の剣〜

 

第十二話 砕けし心、散りゆく想い

 

 

 

 

 

 

 

 

 

アイザックのアジト。

そこは恭也とミラ、レイにとってアジトだった場所。

二人はゲートを潜り、そこに降り立った。

 

「レイ、奴はどこにいるかわかるか?」

 

「ちょっと待ってね。 今、魔力を探ってみるから」

 

そう言うとレイは目を閉じる。

魔力を探ることに関してはレイは秀でている。

それは距離にして半径10キロまでを探ることができるのだ。

そんな距離の魔力探査は恭也はもちろん、ミラでも無理。

だからこそ、恭也はこういうことに関してはレイを全面的に信頼している。

 

「え……これって」

 

目を閉じ、魔力を探り始めてから時間にして数十秒。

レイは驚きの表情で目を見開いた。

 

「どうした?」

 

「あ、うん……勘違いかもしれないんだけど」

 

自信がない、というのとは少し違う。

どちらかといえば信じられないというような言い方だった。

 

「賢者の石の魔力を感じたの……」

 

「なん、だと……」

 

レイが放った言葉は信じられないこと。

それもそうだろう。

賢者の石はアイザックが水道橋で爆弾を投げ込んだときに砕け散ったはずだから。

もともとここにあったというのも考えにくい。

それならばわざわざ学園まで奪いに行かせるはずがないから。

 

「その反応は……どこにあるんだ?」

 

「この先を進んで右に曲がった辺りの部屋からだよ。 でも、これおかしいよ」

 

「おかしい?」

 

「うん。 賢者の石と同じ位置に違う魔力を感じるの…たぶん、人間の」

 

「奴か?」

 

「ううん、それはないよ。 あいつならこんなに魔力が小さいはずないもん」

 

「なら……いったい誰なんだ?」

 

「わかんない。 でも、これってどこかで感じたことのある魔力だよ」

 

「ふむ……とりあえず行けばわかるだろう」

 

「そうだね」

 

二人は駆け出す。

突き当たりを右に曲がり一直線にその部屋を目指す。

部屋に近づいていくにつれて賢者の石の魔力は鮮明に感じ取れるようになってくる。

そしてそれと同時に聞こえてくる、聞き覚えのある悲鳴の声。

 

「これって……瑞穂お姉ちゃん!?」

 

「なんで彼女が……いや、それよりも今は!」

 

「うん!」

 

部屋の前にたどり着き、内部へと突入する。

二人の予想通り、その部屋には瑞穂の姿があった。

瑞穂は無数の触手に翻弄されていた。

目には涙が浮かんでおり、今にも意識を失いそうなほど虚ろだった。

恭也は部屋に入り、瑞穂の姿を確認すると同時に触手を八景で切り払う。

 

「大丈夫ですか?」

 

「はぁ……はぁ……はい」

 

助けが来たことに瑞穂の目には若干の光が差す。

恭也は瑞穂をレイに任せ、触手たちをすべて切り払う。

切り払われた触手たちは力を失ったかのようにだらんと地面に落ち倒れる。

 

『小僧が……あと少しだったものを』

 

憎々しげな声が室内に響く。

それはアイザックの声に相違なかった。

その声が聞こえた瞬間、恭也は殺気さえ込めた状態で口を開く。

 

「貴様……これはどういうつもりだ」

 

『なんのことだ、小僧?』

 

「とぼけるな……何の関係もない者をこんな目に合わせるのはなぜかと聞いてるんだ!!」

 

『ふん、小僧……貴様、勘違いをしておるな』

 

「なに……?」

 

『関係なくなどないわ。 その綾小路の娘は胎内に賢者の石を抱えておるのだからな』

 

そのアイザックの予想外の言葉に恭也は驚く。

そして確認するようにレイのほうを見るとレイは恭也の顔を見て頷いた。

 

「本当だよ、お兄ちゃん。 確かに瑞穂お姉ちゃんのお腹の中……ううん、正確にはお腹の中にいる瑞穂お姉ちゃんの子供が賢者の石を内に抱えてる」

 

「賢者の石の反応と同じ位置に感じる魔力は……そういうことか」

 

綾小路の家は代々賢者の石を当主となる者の胎内へと受け継いでいく。

だから、そのせいか綾小路の家は女性しか生まれない。

それを知ったからアイザックは瑞穂を攫い、触手の攻めでお腹に孕んでいる子供殺し賢者の石を取り出そうとしたのだ。

だが、その目論みも打ち砕かれた。

恭也とレイによって。

 

『あと少しだったというものを……よくも邪魔をしてくれたな』

 

「知っていてやったわけではないが、結果としてそうなったのなら重畳だ。 貴様の目論みを打ち砕いたのだからな」

 

『ふん……だが、それも微々たる誤算。 貴様たちを殺して、じっくりと取り出せばいいのだからな』

 

それ以降、声は聞こえなくなった。

静けさが室内に戻る中、恭也はレイの顔を見て口を開く。

開かれた口から出たその言葉はレイも、瑞穂も驚く内容だった。

 

「レイ……瑞穂さんを連れて戻るんだ」

 

「え?」

 

「このままここに瑞穂さんがいれば奴に狙われる可能性がある。 もしそうなったら、俺は瑞穂さんを守りながら戦うことになったら、おそらく勝つことは出来ない」

 

それはアイザックと戦う際に瑞穂がいれば邪魔になる。

言外にそう言っていた。

他に意識を集中すればその際に隙が生まれてしまう。

如何に御神流が守るときに強くなるといっても、相手がアイザックとなると正直きつい。

だから恭也はそう言った。

その言葉にレイは恐る恐るといった感じに聞く。

 

「お、お兄ちゃんも……一緒に戻るんだよね?」

 

「いや、俺は奴を足止めする。 俺たち全員を逃がすほど奴は馬鹿じゃないからな」

 

恭也を置いて逃げる。

レイはそう解釈した。

だからこそ、レイはその頼みを声を荒げて拒否する。

 

「いやだよっ!! お兄ちゃんだけ置いてなんて……残るなら私も一緒に!!」

 

「ダメだ。 瑞穂さんを単独で帰せばそのときを狙われる。 だからレイ……頼む」

 

「いや!! お兄ちゃんを置いて逃げるなんて、絶対にいやだよ!!」

 

「レイ……」

 

恭也はレイの前にしゃがみ、肩に手を置く。

びくっと体を震わせるレイの頭に手を置いて優しく撫でながら言う。

 

「逃げろというわけじゃない。 お前にはあちらに戻って美由希を、光の主である美由希を連れてくるんだ」

 

「……」

 

「これはレイにしか頼めない……だから、な」

 

恭也の頭を撫でるどこまでも暖かく、その目はどこまでも優しさに満ちている。

そんな目で見られ言われたら、レイは断ることなどできなかった。

だから小さく頷く。

目に涙を溜めながら頷く。

 

「わかった……光の主を、呼んでくるよ」

 

「いい子だ……」

 

「すぐに……すぐに戻ってくるから、だから……絶対に死なないでね、お兄ちゃん」

 

「わかってるさ。 お前たちを残して死ぬようなことはしない」

 

恭也はレイを優しく抱きしめる。

レイは子供のように恭也の胸の中で泣く。

時間にしてほんの数秒でしかない。

そんな短い間、二人は互いの温もりを感じあい、そして離れる。

離れたときには、レイはもう泣いてはいなかった。

 

「じゃあ……」

 

「ああ……気をつけてな」

 

「うん。 約束だからね……絶対に死なないでね」

 

「わかってる」

 

恭也は立ち上がり、二人に背を向ける。

その手には父の形見であり自身の愛刀である八景。

一人戦場に赴くその背中はどこまでも大きく、力強さを感じさせる。

そんな恭也に、瑞穂は純粋にすごいと思った。

 

「瑞穂さんも、お気をつけて……」

 

「はい。 恭也さん……どうかご無事で」

 

恭也は少しだけ振り向き、少しだけ微笑む。

そして駆け出した。

アイザックの許へと駆け出した。

その背中を見送り、二人は開かれたゲートを通って学園へと戻る。

このとき、二人は知らなかった。

それが恭也との最後の会話になろうなどとは。

知る由もなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

その頃、学園では攫われた瑞穂を助けに行こうとしていた。

散歩をしていたミラが偶然、アイザックが瑞穂を攫うところを発見し聞こえた悲鳴によって駆けつけたライルに話した。

それから皆を招集し、ミラが開くゲートを使い、瑞穂を助けるべくアイザックの許へと向かおうとしていた。

その中には、美由希とスレイの姿もある。

 

「まさか、瑞穂様の胎内に賢者の石があったなんて……うかつでした」

 

「誰だって気づかなかったんだからスレイが気づかなくてもしょうがないよ。 それよりも今は瑞穂さんを助けることに集中しよ」

 

「はい、主様」

 

失敗を悔やもうとするスレイを元気付けるように言う美由希。

その言葉に今は悔やんでいる場合ではないと気づかされるスレイ。

気づいたからこそ、スレイは必ず助けるという意思を込めて頷く。

 

「ゲート、開くわよ」

 

言外にミラは準備はいいかと聞く。

それがわかっているのか、皆は頷く。

皆が頷いたのを見て、ミラはゲートを開く呪文を詠唱しようとする。

そのときだった。

 

「ライルさん! 皆さん!」

 

その声は本来、今聞けるはずのない声。

なぜならその人物は攫われているはずなのだから。

だから、皆は驚く。

皆の許に駆け寄ってきたその人物に。

 

「「「「「「「瑞穂(さん、様)!?」」」」」」」

 

思わずその人物の名を呼ぶ皆の声がハモる。

唯一、口を開いていない人も驚きの表情を浮かべていた。

 

「無事……だったの?」

 

「はい……でも」

 

本来なら喜ぶべきところ。

だが、内心では喜んでいるもののそれが表には出せない。

なぜなら、助かったはずの本人がとても浮かない顔をしているから。

その瑞穂の表情に何かがあったということは明白だった。

だから皆は聞こうとした。

いったい何があったのか、と。

しかし、皆が聞く前にそれは意外な人物からの叫びのような声で遮られた。

 

「光の主とスレイ、私と一緒に来て!!」

 

「「え?」」

 

叫びの主はレイ。

叫ぶレイの顔は瑞穂以上に焦りを感じさせる表情を浮かべている。

 

「レイ、あなたはい「いいから早く!! じゃないとお兄ちゃんが!!」」

 

スレイの声を遮り、レイは叫ぶ。

いつの間にかレイの眼は泣きそうなほど潤んでいる。

 

「恭也が……どうしたの?」

 

嫌な予感。

胸にそれを感じながら、ミラは内心恐る恐る尋ねる。

そして、その予感は当たることとなった。

 

「お兄ちゃんが殺されちゃう!!」

 

それはミラの頭の中を真っ白にするには十分な答えだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

そのすぐ後、若干の落ち着きを取り戻したレイと瑞穂は事情を説明した。

二人から聞かされた内容は驚くべきものだった。

恭也が瑞穂を助けたこと。

身を挺して瑞穂を、レイを逃がしたこと。

そして、ただ一人、アイザックの許へと向かったこと。

すべてが、皆を驚かせるには十分な内容。

その二人の説明を聞いた皆はすぐにアイザックの許へ恭也を助けに行く。

美由希とスレイだけでなく、瑞穂を抜かした他の者たちも加わって。

そしてその中で、おそらくは恭也が来ることを望まない人物がいた。

それはミラ。

二人の説明を聞いた後、顔を青褪めさせながらも一緒に行くと言い出した。

レイはダメだと言った。

それはきっと恭也は望まないだろうと。

でも、ミラは聞かなかった。

ただ守られているだけの存在ではいたくなかった。

そして何より愛する人が死ぬかもしれないというのに自分だけのうのうと待ってるなんてできなかった。

だから、レイの言葉を聞かなかった。

どうしても折れないミラに仕方なくといった感じでレイで一緒に来ることを了承した。

そして、皆はゲートを潜り、アイザックのアジトへと降り立った。

 

「二人はどこに……?」

 

「待って……」

 

レイは目を瞑り、二人の魔力をすぐに探り出す。

 

「ここから一直線にある一本道を行った先にある邪心の祭壇……お兄ちゃんはそこ!!」

 

言うやいなや、レイは駆け出す。

それについていくように皆も駆け出す。

 

(恭也……無事でいて)

 

ミラは願う。

ただ、恭也の無事を願う。

しかし、願うと同時に心を支配する嫌な予感。

それを振り払うようにミラは駆ける。

そして遂に皆はアイザックの、恭也のいる邪心の祭壇へとたどり着いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

そして、見てしまった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

アイザックの放った炎の刃が……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

恭也の胸を貫いたのを……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「いやぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっぁぁああ!!!!!!」

 

 


あとがき

 

 

はい、十二話終了でございます。

【咲】 物語がほんとあんた好みに染まってきてるわね。

まあな。

【咲】 たまには何事もなくハッピーエンドとか書けないわけ?

無理だ。

【咲】 即答ね……。

シリアス物ばかり書いてるからそういうのは難しいんだよ。

特にラブとつくSSとか無理だね。ラブコメとか。 

【咲】 まあ、それは見ればわかるわね。

そうはっきり言われると傷つくな……。

【咲】 何?遠まわしに言って欲しいの?

いや、それもそれで傷つきそう……。

【咲】 じゃあどうしろって言うのよ!!

はぶあっ!!

【咲】 まったく……では、今回はこの辺で♪

じ、次回も見てください……ね……(バタ




うぎゃぁぁ、もの凄くいい所で続く。
美姫 「一体、どうなるの!?」
ああ、本当にどうなるんだろう。
謎の少女も気になるが、恭也の方も気になる。
美姫 「本当よね」
次回、次回、じ〜か〜い〜を〜。
美姫 「そんな訳で次回も待ってますね」
ではでは。



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