気づいたとき、美由希は自室のベッドの上だった。

まだぼやける意識の中、昨夜のことを思い出そうとする。

 

(闇の魔剣を見つけて、その子がスレイと口論して……)

 

それまでだった。

それ以上が思い出すことが出来ない。

その記憶さえも曖昧なほどだった。

 

「お目覚めですか、主様」

 

「あ……スレイ」

 

昨夜のことを思い出せず混乱する中、スレイが声をかける。

どうやらずっと横にいたようだ。

 

「お加減はいかがですか? どこか痛むところなどは」

 

「ううん、大丈夫だよ、スレ、イ……」

 

立ち上がろうとする美由希の足に力は入らなかった。

倒れそうになるその体をスレイは受け止めベッドへとそっと寝かす。

 

「無理をなさらないでください」

 

「でも……」

 

「昨日のことは私の失態です。 だから主様はお気になさらずゆっくりと体を休めてください」

 

「うん……ありがと、スレイ」

 

「いえ……」

 

スレイはそう言うと立ち上がる。

 

「何かお食べになりますか? お食べになるのなら食堂のほうから何かお持ちしますが」

 

「ううん、いまはいいよ。 それよりも、スレイ」

 

「なんでしょうか?」

 

「昨日の夜……何があったのかな?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

メンアットトライアングル!〜対なる心、継承せし二刀の剣〜

 

第七話 残された謎

 

 

 

 

 

 

 

昨夜のバルコニー。

恭也たちのいつもの集合場所。

そこある三つの人影。

 

「ねえ、恭也」

 

「なんだ?」

 

「さっき強い魔力を感じたんだけど、くちゅん……何か知ってる?」

 

ミラは恭也にそう問う。

ミラの質問に恭也はどう答えたものかと悩む。

自身もレイから伝え聞いただけで具体的なことはわからないのだ。

 

「それは俺に聞くよりもレイに聞くほうがいい」

 

だから目撃者であるレイに聞くように恭也は言う。

 

「私?」

 

「ああ。 お前はそこにいたんだろ? なら俺が話すよりはいいだろう」

 

「う〜ん、確かにそうだね〜」

 

「そう。 じゃあレイ、教えて、くちゅん……くれる?」

 

「うん」

 

レイは頷くと恭也に話したことと同じことをミラに話す。

ミラはレイの話を最後まで聞くと何かを考えるような仕草をする。

 

「鍵、ね。 くちゅん……でもそれだけじゃなんのことか、くちゅん……わからないわ」

 

「そうだな……ところで大丈夫か?」

 

「え、ええ」

 

「ミラお姉ちゃん、具合でも悪いの?」

 

「そうなのか!?」

 

レイの言葉に恭也は強く反応する。

恭也はミラのことになると周りが見えなくなる傾向があるのだ。

そんな焦ったような様子の恭也にミラは微笑みながら言う。

 

「大丈夫よ……くちゅん。 ちょっと柑橘系の食べ物を押し付けられただけだから」

 

「押し付けられた? ……ああ、そういえばミラは昼間は飼い猫という設定になってるんだったな」

 

「ええ」

 

「でも、その飼い主は常識がないのか? 猫に柑橘系は禁物なのは常識だろう?」

 

「そうね……くちゅん。 でも、知らない人がいてもおかしくないわ。 世界は広いから」

 

そう言ってまたくちゅんと可愛らしいくしゃみをする。

真面目な台詞なのだがどうにも締まらなかった。

そんなミラに恭也もレイも笑いを堪えるような様子だった。

 

「もう……くちゅん……笑い事じゃないんだからね」

 

「ははは、すまん。 だが、その分だと昼間はいいとして夜は無理かな」

 

「そんなことないと思うけど……くちゅん」

 

「いや、一応休んでおけ。 明日は俺とレイがミラの分までやっておく」

 

「もう……心配性なんだから。 でも、お言葉に甘えさせてもらうわね。 ありがと、恭也」

 

「レイは〜?」

 

「ふふ、レイもありがとね」

 

苦笑しながらレイの頭を優しく撫でる。

そして日が昇り、朝を迎えるのだった。

 

 

 

 

 

 

 

「美由希は今日は体調が悪いから休むんだって」

 

「まあ、昨日が昨日だしな……」

 

美由希よりもダメージが少なかったのかライルたちは特に体調が悪いということはなかった。

午前の授業を終え、ライルはモニカと昼食を食べながら美由希の体調を心配する。

 

「お見舞いに行ったほうがいいわよね」

 

「いや、止めたほうがいいと思うぞ? 休むってことは昨日のダメージが相当あるってことだから変に気を使わせたらいけないだろうし」

 

「そう、よね……」

 

昨日のことを思い出したのか肌寒さを感じるモニカ。

だが、食事の手は止めない辺りさすがだった。

その光景をいつものことのように見ながらライルはふと疑問が浮かぶ。

 

(どうして美由希だけダメージが深いんだ? 同じ魔法を受けたはずなのに)

 

これがモニカやフィリスならこんな疑問は浮かばない。

だが彼女らでも無事なのに美由希だけ深いダメージを負っているのがわからないライル。

そしてそれ以上に他にも疑問は多々ある。

 

(あの女の子はどこから現れたんだ?それにあの子が入ってた鍵っていうのは……)

 

考え出せばきりがない。

そしてそのどれもが考えてもわからないことばかり。

 

「あら、ライル君にモニカさん。 お昼ご飯かしら?」

 

思考の渦に沈んでいたライルに通りかかったミリアムが声をかける。

その声にモニカは食事の手を止め、ライルは我に帰る。

 

「あ、学園長先生……」

 

「大丈夫? 二人とも元気がないようだけど」

 

「あ、はい、大丈夫です」

 

「俺も……あ、学園長先生」

 

「何かしら、ライルくん?」

 

「鍵ってなんのことかわかりますか?」

 

それだけでは普通の人は首を傾げるかおかしな目で見てくるだろう。

案の定ミリアムは首をかしげ不思議そうな顔をする。

 

「鍵……ドアなどを開ける鍵のこと?」

 

「えっと……たぶん」

 

「その鍵がどうかしたの?」

 

「実は昨日……」

 

ライルはミリアムに昨夜のことを話す。

話していくうちにミリアムはいつもの微笑みから真剣な顔へと変わっていく。

 

「つまり、ライル君たちの前に現れた少女が、ライル君たちが鍵だと言ったというわけね?」

 

「はい…でも、全然意味がわからなくて。 それで学園長先生なら何か知ってるかなって」

 

「……ごめんなさい。 私にもわからないわ」

 

「そうですか……」

 

「お役に立てなくてごめんなさいね。 それじゃあ私はこれで」

 

ミリアムはそう言って去っていった。

真剣な表情を浮かべたまま。

 

 

 

 

 

 

 

闇の中。

少女はいつものようにそこに佇んでいた。

その顔には邪笑と言えるほど黒い笑みが浮かんでいる。

 

「二つの鍵はいずれ闇と世界を繋ぐ」

 

そこには変わらず雄叫びが上がっている。

その雄叫びをまるで心地がいいもののように少女は耳を澄ます。

 

「光は世界を満たせない。 でも、闇は世界を満たせる」

 

不意に雄叫びが収まる。

それと同時に少女は歩き出す。

果て無き闇の道を。

 

「あなたたちは鍵。 恭也を導くための……しるべ」

 

静まった闇のなかで響くのは少女の声のみ。

そして歩き続ける少女の姿は……

 

「もうすぐ……もうすぐ……」

 

闇に溶けるように消えていった。

 

 

 

 

 

 

美由希の質問をはぐらかし、スレイは学園内を歩く。

なぜ、昨夜のことを話さないのか。

それは美由希から昨夜のことを忘れさせたのは他でもないスレイだから。

昨夜、あの魔法の影響から皆が回復する中、美由希だけが回復しなかった。

あの闇の中の声を今だ鮮明に覚えていたから。

そのままにしておけばいずれ美由希は精神崩壊を起こしかねない。

そう判断したスレイはその部分を魔法を行使して消した。

その魔法の影響で昨夜のあの出来事をほとんど忘れさせる羽目になった。

だから言えない。

そのことに、主の記憶を弄ったことにスレイは罪悪感に苛まれる。

スレイ自身のその性格故に……。

 

「申し訳ありません……主様」

 

テラスにたどり着き、ベンチに腰掛けたスレイは誰に言うでもなく呟く。

 

「あれ? スレイじゃないっすか」

 

「え?」

 

声のかけられた方向を見る。

そこには黒い猫を抱えた少女、リサの姿があった。

 

「リサ様……」

 

「元気ないっすね」

 

「にゃーー!!」

 

リサの腕に抱えられている猫は暴れていた。

その様子から放してくれと言っているのが解る。

だが、馬鹿力であるリサから逃れることができない。

だから暴れることで訴えているのだろう。

 

「あの、リサ様。 その猫、嫌がってますよ?」

 

「そんなことないっすよ! リサとクロは仲良しっすから」

 

そう言ってリサは猫に頬擦りする。

頬擦りされる猫は最初は暴れていたが諦めたのか次第におとなしくなった。

スレイはその光景を呆然と見ていたが、見ているうちにおかしくなったのか顔に笑みが浮かぶ。

 

「あ、スレイは笑うと可愛いんっすね」

 

「え?」

 

「さっきよりも今のほうがいいっすよ、ぜったい」

 

「あ……」

 

頬が赤くなる。

可愛いと言われたのは初めてだから。

赤くなるスレイを見てリサはなぜか嬉しそうな顔をしながら頭を撫でる。

 

「リサ様……」

 

「なんっすか?」

 

「あの……なぜ撫でておられるのでしょうか?」

 

「可愛いからっすよ」

 

微妙に答えになっていない。

だが、リサに撫でられることに心地よさを感じたスレイはそれ以上何も言わずに撫でられる。

ちなみに片腕には当然の如く猫を抱えており、その猫は諦めた様子でうな垂れている。

 

(頭を撫でられるなんて……久しぶりです。 最後に撫でられたのは確か)

 

 

 

 

 

 

「レイ、それにスレイ……お前たちはいずれ主を持つことになる。 その主がどんな者であれ、役に立てるようにがんばるんだぞ」

 

「はい、お父様」

 

「は〜い」

 

「いい子だ。 二人は選ぶ主……いい人だということを私は願っているよ」

 

 

 

 

 

それは遠い昔の記憶。

スレイを作った人との記憶。

スレイたちが父と呼ぶ人との暖かい思い出。

 

(そう……ですね、お父様。 私は……)

 

その記憶がスレイの気持ちの確証を与える。

 

(主様の……私を人としてみてくれるあの優しい主様の……お役に立ちたいのですね)

 

ただの剣ではない。

ただの主と僕ではない。

一人の人として見てくれる美由希の役に立ちたい。

美由希に褒められたい。

美由希に撫でてもらいたい。

そして、美由希に笑っていて欲しい。

 

「リサ様……ありがとうございます」

 

自分の思いを知ったスレイは不器用な、それでも確かな笑顔でリサに礼を言う。

礼を言われたリサはなんのことかわからないという顔をしていた。

 

「わからないのならばいいのです。 ただ、私が言いたかっただけですから」

 

そう言って笑顔で頭を下げスレイはテラスから走っていく。

大好きな主の下へ。

 

 


あとがき

 

 

スレイとレイの過去にちょっとだけ触れました。

【咲】 完全には語られないのね。

それはまだまだ先だよ。

【咲】 ふ〜ん……でも、今回のことでスレイの心境がかなり変わったわね。

これが二人にどう影響するのか。

【咲】 そしてあの少女の残した謎。鍵とはなんなのか。

次回、メンアットトライアングル第八話。

【咲】 ご期待ください♪

と、予告をしたところで今回はここまで。

【咲】 次回も見てくださいね〜♪




話を聞いたミリアムは何か気付いたのか。
それとも、本当に分からないのか。
美姫 「どっちかしらね」
うーん、謎の少女の言葉に二つの魔剣。
美姫 「それらが今後、どう関わってくるのかしらね」
いやはや、どうなるんだろう。
美姫 「それじゃあ、また次回でね〜」



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