海への旅行となれば、当然の如く必要となる物がある。それは言わずもがな、水着だ。
とはいえ旅行メンバーの大半は海へ入った事は少なくとも、プールであれば入った事が数多くある。
それ故に水着自体は持っている者も多いのだが、あくまで多いというだけで持っていない者もいる。
例えば高町家のメンバーで言えば、リース。ハラオウン家のメンバーで言えば、シェリスとアルフ。
といった具合に水場で遊ぶ機会のなかった者、もしくは最近になって家族入りした者は当然水着など持つわけもない。
ならばどうすればいいのかと聞かれれば、答えは簡単。水着が無ければ買いに行けばいいだけの話である。
――そんなわけで旅行の提案から数日が経った今日、日曜という事もあって一同はお買い物に出ていた。
ちなみに一同というのは高町家から恭也となのは、リースの三人。そしてハラオウン家からフェイトとシェリスの二人。
更に月村家から忍とすずか、バニングス家からアリサ(しかいないのだが)という計九人構成からなる集団の事だ。
その中で同じく水着がないはずのアルフがなぜいないかと言えば、一言で言えば面倒臭がって辞退したからである。
曰く、水着なんて無くても基本的には子犬の姿で過ごすから大丈夫との事。そのため、フェイトも無理に誘う事はしなかったわけだ。
また八神家の面々に関してだが、こちらも水着を持たぬ子がほとんどではあるものの一部都合がつかない子が今日はいるらしく。
後日買いに行くから自分たちの事は気にしないで〜との事である。そんなわけで本日、アルフと八神家一同は買い物を欠席。
出席はそれ以外の家に属する一部の人たちのみ。しかしまあ、それでもそこそこ多い人数だというのには変わりないのだが。
「……はぁ……」
「恭也〜? 折角こんな可愛い女の子たちに囲まれての買い物だっていうのに、そんな溜息なんて吐いたら罰が当たっちゃうよ?」
「……今回の買い物目的を考えれば溜息の一つもつきたくなる。大体、なぜ男の俺が異性の水着選びに付き添わなければならないんだ……」
ただ一人――恭也のみは未だこの買い物に付き添う羽目となった事に対して納得していない様子。
実際、今日の買い物の話は昨日の内から決まっていたのだが、そのときに掛けられた誘いにはちゃんと断りを入れたのだ。
彼とてれっきとした男であるわけなのだから、いくら大半がかなり年下の少女とはいえ、買う物が水着ではやはり気まずいだろう。
それ故の拒否だったのだが……一体どうしてそうなったのか、翌日になってみれば彼も行く事前提の流れに変わっていた。
これには少しばかり大人げないとは思いながらも全力で抗議したのだが、抗議空しく見事なまでに丸め込まれてしまった。
尤も決め手となったのはいつもの如く、なのは&リースのお願い(上目使い)攻撃。ほとほと妹への甘さが裏目に出る人である。
「――っと……あまり暴れると落ちるぞ、シェリス?」
「にゃ! ちゃんと恭也お兄ちゃんの髪の毛掴んでるから大丈夫なの!」
「そうか。なら言い直そう。下手に暴れられると髪の毛が抜けてしまうから、大人しくしてくれると助かる」
言い直した彼の言葉に変わらぬ猫語で返事こそするのだが、行動自体は全く緩和される事はない。
そもそもなぜシェリスは恭也がいるとリースやフェイトの傍ではなく、彼の頭上に上りたがるのかは未だ不思議な所。
一度だけトランプで遊んだ事はあるが、恭也とシェリスでは大した接点はない。挙げるなら、実姉の主が彼だという事。
そして義姉(年齢的には義妹)のフェイトが慕っている人であるという事。精々接点があるとすればそれくらいなものだ。
かといって会う頻度が多いというわけでもなく、比較的恭也よりも妹のなのはとの方が会うという意味での接点は多い。
そんな接点が少ないとも言えるはずの彼なのだが、シェリスは妙なまでに懐き、何かと彼の頭上を定位置としたがる傾向がある。
実姉のリースから言わせれば、普通の人よりも何倍も他人に懐き易くも深くまで懐かない彼女にしてはこれは珍しい事らしいが。
それを聞くと彼としては余計に分からなくなる。口下手で無愛想と自負する自分が、なぜそんな子にここまで懐かれたのかが。
とはいえ、懐かれること自体を悪いと思ってはおらず、分からない事には変わりないが結局深くまで考える事はなかった。
そんなわけで今も窘めこそするが邪険にする事はなく、むしろ楽しげなシェリスの声に釣られるように小さな笑みを浮かべるのだった。
魔法少女リリカルなのはB.N
【第三章】第三十五話 楽しい海水浴は狂乱の宴の始まりへ 前編2
「シェリスってリースやフェイトに常にベッタリな子って印象があったんだけど、実のところはそうでもないのね」
恭也(&シェリス)と忍よりも少し前を歩く最中、チラッと後ろを見ながらアリサはそんな事をふと呟く。
ただその感想も尤もな事であるためか、シェリスを知る子たちは揃って苦笑を表情へと刻んだ。
「まあ、確かに常にってわけではないかな。昔はそれこそ私の後ろにくっ付いてばかりの子だったんだけど……最近はほら、新しい家族とか友達とかが沢山出来たから」
「ふ〜ん……寂しかったりするの、やっぱり?」
「少しはね。でも、これはシェリスが昔よりも成長したって事でもあるから、姉っていう立場から言うと嬉しさのほうが強いかな」
言いながらアリサと同じように振り向き、シェリスへ僅かに視線を向ける。すると彼女もそれに気付いたのか、元気良く手を振ってきた。
それにリースは向けた視線に惜しみない優しさを滲ませながら、笑みを浮かべて軽くではあるが同じく手を振る事で返す。
「良いお姉ちゃんだね、リースちゃんって」
「うん。ああいった所は、やっぱり敵わないなって思う」
その光景に微笑ましいものでも見たかのような視線を送りつつ呟くすずかに対し、フェイトは苦笑を刻みながら返す。
フェイトとてシェリスの事は大事にしてるし、主従関係などではなく本当の姉妹のような関係になりたいとも思っている。
けれどやはり、リースに勝てない部分というのはある。その一つが今しがた目にした、シェリスに対しての態度の違いだ。
リースは実姉という事もあってかシェリスの事を非常によく理解している。それ故、妹は甘やかすだけでは駄目だと知っているのだ。
甘やかすだけではなく、時には厳しい一面も。シェリスはそう感じていなかったのかもしれないが、リース自身はその考えで接してきた。
だが、そんな考えを以て接していても無意識の中で優しさが出てしまう。如何なる時でも、妹を大事にする気持ちが出てしまう。
たった一人の妹だからこその強い愛情。どれほど口で取り繕ったのだとしても姉であるからこそ、それを隠す事は出来ないのだろう。
――逆にフェイトはリースと違い、優しさと愛情を前面に出し過ぎる傾向がある。
彼女もシェリスの事を大事に思っている、それはまず間違いない。その優しさと愛情もリースと同じ、無意識なモノなのだろう。
けれど彼女とは違い、その気持ちが強く出過ぎてしまう。だからこそ、フェイトはシェリスに対して怒るという事が出来ないのだ。
怒る事で彼女を悲しませてしまうかもしれない、泣かせてしまうかもしれない。でも、彼女には悲しんでほしくも泣いてほしくもない。
だからこそ、元々持っていたソレが度を過ぎた形で表に出てしまう。まあ、それを言うならリィンフォースも似たようなものではあるが。
ともあれ、それを自他共に認めているから故にフェイトはリースに敵わないと思っている。彼女ほど姉らしくはなれない、と。
尤も彼女もそれを悲観的に思っているわけではなく、あくまで同じ姉という立場上での尊敬の感情なのだが。
「でも、シェリスちゃんのお姉ちゃんって立場から離れるとリースちゃん、途端にトラブルメーカーになるよね」
「あ〜、確かにそんな感じするわね。この間の学校での弁当騒ぎとか見てると余計に」
「は? いや、弁当騒ぎって……単におかずの取り合いしてただけじゃない」
「それだけであんな騒ぎに発展させちゃうぐらいなんだから、十分にトラブルメーカーよ」
「う……で、でも、それを言うならおかずを取っただけであんなに怒ったなのはも同罪だよ!」
「三分の二も取られたら怒っても可笑しくないでしょ!」
「はい残念! なのはが怒り出した時点ではまだ三分の一程度しか食べてませんでしたよ〜だ!」
「三分の一も三分の二も同じだよ!」
「同じじゃないよ! 明らかに量が違うもん!」
「「む〜〜!!!」」
そんなリースも一度シェリスの姉という立場から離れれば、意外といい加減で騒ぎを起こす子となってしまう。
特になのはと一緒にいるときはもう頻繁にと言っていいほど喧嘩という名の騒ぎを引き起こす比率が高い。
そう考えると騒ぎを起こすという点ではなのはも同罪だと言う言葉に信憑性というものも出てくるというものだろう。
故にかリースはもちろんなのはにも加勢する事無く、アリサとすずか、フェイトの三人は顔を見合わせて苦笑するのみだった。
そしてそれは恭也とシェリスにとっても同様だったのだが、唯一忍だけは驚きを露わにした様子でソレを眺めていた。
「すずかから話だけは聞いてたけど……本当に仲が良いんだね、なのはちゃんとリースちゃんって」
「……まあ、そうだな。ただ最近、喧嘩の頻度が上がっているのが少し困り物ではあるんだが」
「それも気を許し合ってるからこそじゃない? ほら、喧嘩するほど仲が良いって言うしさ」
忍の言う言葉に少しだけ言い合いをしてる二人へと視線を向け、そうかもしれないなと苦笑しながら返す。
最近は頻度こそ低めになっているが晶とレンもこの二人と同じく、よく飽きないなと言えるほど喧嘩をしていた。
それも本人たちは絶対に認めないだろうが、身内や親しい者から見れば仲が良いからこそなのだろうと思えてしまう。
そもそも本当に仲が悪ければ喧嘩などしない。互いに無関心で関わり合おうともしない、正真正銘の他人になる。
つまり何の遠慮もなく喧嘩をし本音をぶつけ合えるという事は、それほど気を許し合っているという証明なのかもしれない。
「も〜頭にきた! そんなに言うなら、今度からお菓子買っても分けてあげないから!」
「へ〜、そんなこと言うんだぁ……なら、私だって漫画買ってもなのはには絶対読ませてあげないもん!」
「お、落ち着いて、なのは。リースも、こんな場所で騒いだら近所の人に――――」
「「フェイト(ちゃん)は黙ってて!!」」
「……あぅ」
歩いている場所がまだ住宅地の最中であるためか、近所迷惑になるからとフェイトは止めに入ったのだが。
悲しきかな、一喝する二人の勢いに押されて撃沈。次いでそれを見てか、アリサとすずかの二人も行動には出れず。
結局その後、見兼ねた恭也が半ば強制的に止めるまでの数分間、二人の喧嘩が静まる事はなかった。
喧嘩が思ってからも何かとわいわい騒ぐような賑わいを見せつつ歩き続ける事、数十分。
住宅街を抜けて道を進み、目的のデパートへと辿り着いた一同は服売り場の水着コーナーへと真っ先に向かった。
そしてそこで一同は各々バラバラに動き、数多くある水着を一つ一つ物色しながら目に留まった物を手に取り。
自身の体に当てて近くにある鏡を覗き込んでみたり、一緒に来た面子の誰かに意見を求めてみたりと。
楽しみ半分真面目半分といった様子で選び始め、ここに来るまでよりも一層の賑わいを見せていたわけなのだが。
そんな中でただ一人――シェリスのみは依然として恭也の肩から降りる事無く、彼の頭に顎を乗せた状態でマッタリしていた。
しかも他の面々に引っ張られる形で連れられて行ったフェイトも、今は水着選びに夢中なようで彼女の存在が頭から抜けている様子。
同じくリースも初めてとなる水着だから慎重に選ぼうという思いでもあるのか、そちらの方へは意識が向いていないようだった。
そんなわけで今現在も存在を忘れられたにも関わらず、シェリスはその事を全く気にした風もなく怠けモード全開であった。
「にゃ〜……」
「……なあ、シェリス? 君も確か、水着を持っていなかったはずだよな?」
「にゃ、その通りなの。服の下に着る物なんておパンツぐらいしか持ってないの」
「別にそんな情報を聞きたかったわけじゃないんだが……まあ、それはこの際良いとして。折角買いに来たわけなのだし、持っていないのならシェリスも選ばないと駄目じゃないのか?」
「だね〜。そうじゃないとシェリスちゃん、最悪下着で泳がなきゃいけなくなっちゃうよ?」
「シェリスはそれでもいいよ?」
「いや、さすがにそれは……身内ばかりとはいえ、一応俺を含めて男も何人かいるわけだから」
「? 男の人がいたら水着じゃないと駄目なの?」
「……あはは」
その中で唯一彼女の存在を忘れていない二人――恭也と忍が声を掛けるが、やはり自分で選ぶ気はゼロな様子。
しかも水着選びをしないのかという質問に対し、こんな羞恥心の欠片もない発言を至極不思議そうな顔でする始末。
これには恭也はもちろん忍でさえ呆れの滲んだ笑いしか浮かばず、どうしたものかと考え込む羽目となってしまう。
だがそんな矢先、やっとと言うべきかフェイトが彼女の存在が近くない事に気づき、次いで彼女の現状をも確認するに至る。
そして確認した直後に慌てた様子で即彼らの元に駆け寄り、水着選びをするから降りてくるようシェリスへと告げれば。
恭也や忍が言うよりも至極簡単に頷き、恭也に頼んで下へと降ろしてもらうとフェイトと手を繋ぎ、元の場所へと戻っていった。
「ん〜……こうしても見るとほんと実の姉妹みたいに見えるよね、フェイトちゃんとシェリスちゃんって」
「ああ……リースはシェリスと上手くやっていけるかと心配していたが、あの様子を見る限りだとどうやらそれは杞憂に終わりそうだな」
「むしろ、このまま行けば実姉以上にシェリスと仲良くなっちゃったりするかもね。それで今度は逆にリースちゃんがフェイトちゃんに対抗意識を燃やしたりして」
「本人曰く、シェリスが幸せになれるならそれもアリ、だそうだ。どこまで行っても、アイツは妹の事が最優先なんだろうな」
実姉であるリースよりも好かれるという事は、この姉妹の仲を知る者であれば難しい事と容易に分かる。
けれど今の様子を見る限り、フェイトならばそんな風になるのもそう遠くないかもしれない。少なくとも、二人にはそう思えた。
そしてリースも、もしかしたらそんな未来を望んでいるのかもしれない。自身の元から離れ、主である彼女の傍に寄り添う未来を。
かつての自分たちのような、本当の意味での姉妹としての未来を。寂しさを感じる反面、心のどこかで望んでいるのかもしれない。
以前リースが言ったという言葉からそんな想いを何気なく読み取りつつ、二人はしばしフェイトとシェリスを微笑ましげに眺めていた。
そして少ししてからその視線を外すと話題を切り替えるように今度は忍が恭也の手を取り、引っ張るようにして歩き出した。
「お、おい、忍? 一体どこに……」
「どこってそんなの、水着を選びに行くに決まってるじゃない。タイミング良い事に、ちょうど私も水着を新調しようかなって考えてたとこだったのよね」
「そ、そうか。だが、それと俺が引っ張られている事とは一体何の関係が?」
「関係ならあるわよ。その水着選び、恭也にしてもらうんだもん」
「っ!? ちょ、ちょっと待て! 他の誰ならいざ知らず、なぜ俺が――!」
と叫ぶ間にも順調に恭也は引き摺られていき、少し離れた場所にある成人女性用の水着コーナーへと連行される。
そこに到着しても彼は何やら抗議を挙げていたが、忍はその発言のほとんどを聞き流しているらしく返事はおざなり気味。
結局何を言っても無駄と知り、諦めたようなに溜息をつく彼。そして彼女のペースに流されるまま、水着選びを手伝う羽目に。
「…………」
他の面々が賑やかに水着を選んでいる最中、無意識にシェリスの水着を選ぶ手を止め、フェイトはその光景を眺める。
同時に先ほどから胸がチクチクと痛むのを感じていた。それは以前――ゲームセンターで彼らと会ったときも感じた痛み。
その痛みが何なのか、なぜ発せられるのかは未だ分からない。けれど理由は分からずとも、やはり胸の痛みが消える事はない。
むしろ痛みと共にもやもやしたような気持ちが湧き上がり、それが原因かは知れないが自然と悲しみの感情が浮かんでくる。
「――ちゃん……フェイトお姉ちゃん!」
「! え、あ……ど、どうかしたの、シェリス?」
「どうかしたのはシェリスの方なの。さっきからずっとボーッとしてるけど、どこか具合でも悪くなったの?」
「う、ううん、大丈夫。ちょっと、考え事してただけだから」
ちょっと心配そうに顔を覗き込んでくる彼女に対し、僅かにどもりながらも極力笑顔でそう返す。
けれどそれが作った笑顔だと分かったのか、シェリスの表情に納得の二文字はない。しかし追及をしてくるわけでもなかった。
物事の善悪を区別する事は相変わらず苦手だが、人の内面や感情を読み取る事は長けている。尤も、無意識下ではあるが。
何にしてもそんな特技があるからフェイトのその笑顔から何かしらを読み取ったため、追及をする事をためらったのだろう。
それ故に彼女はそれ以上この事には触れず、言葉だけは納得したようなモノを発して水着の物色を再開した。
反対にフェイトもまたシェリスに気を遣わせてしまった事に気付くも、申し訳なさを感じるのみで言葉を発することはなく。
内心で謝罪を述べつつ、もう一度だけ恭也と忍の二人へと視線を向けた後、シェリスの水着選びへと意識を集中させていった。
水着一つ選ぶだけで経過した時間は、約一時間。その後、買うでもなく洋服を見て回ること約一時間半。
女性の買い物に掛ける長さを思い知るには十分な時間経過である。ただまあ、楽しんでいた当人らはそう感じていないだろうが。
ともあれ、そんな長い時間を掛けて当初の目的は達成を迎えた。だが、当然ながらそれだけで買い物が終わるわけもない。
はやてを筆頭とした八神家一同はいないが、それでもこのメンバーが休日に集まるなど最近では中々ない事。
故に目的を達成するだけで帰るなど勿体無いと考え、折角デパートに来ているのだからとデパート内巡りをアリサが提案。
それに他の面々も賛同し、ほぼ全員が賛成してる中で自分たちだけが拒否するのも難だと恭也と忍も許可の言葉を告げ。
その二人から許可が出た事で一同のデパート内巡りは開始されたわけだが、正直巡るほど何かがあるわけではないだろう。
もちろんデパートなのだから洋服以外の売り物や食事処、更には娯楽場などもあるにはあるが、結局それらは全て回った事があるのだ。
つまり一言で言えば目新しい物がないという事なのだが、テンション上がり気味な一同はそんな事など関係ないらしく。
恭也や忍をそっちのけで話し合い、揃って勝手に歩み出す始末。だが二人もそれを怒るという事はなく、彼女らの後ろで苦笑し合うのみ。
二人も含め、そんな一つの大家族を思わせるような光景を展開させながら一同が最初に向かったのは、二階の書店であった。
「お、これ新刊出てたんだ……ってうわ、こっちのも二十巻が出てるし。う〜、どっちも欲しいけど……でも今月ピンチだから、一冊が限度だしなぁ」
「じゃあ、なのはとリースちゃんで別々の買う? そしたら読み終わった後で貸し合ったりできるし」
「ん〜……それも手ではあるけど。それ以前になのはってさ、確かまだ今月のお小遣い結構残ってたはずだよね?」
「え? あ、うん、そうだけど……それがどうかしたの?」
「いやさ、私が買った漫画をなのはが読む事ってそこそこあるじゃん? ならたまにはその逆があっても――」
「嫌です」
「…………人の話は最後まで聞きなさいよね」
「最後まで聞いても答えは同じだもん。そもそも、なのはがお小遣いを残してる理由はリースちゃんだって知ってるはずだよね?」
「そりゃまあ、前に聞いたしね。でもさ、漫画を二冊程度買った所で別にどうなるってわけでもないと思うけど……」
この会話で分かる通り、最初に書店へ行く事を提案したのは誰もが認める仲良しコンビたるこの二人だ。
しかもその片方であるリースは自他ともに認める本の虫。それ故、到着の矢先にまた長時間に渡る本選びが開始されると思われた。
だからか他の面々も書店に到着した途端バラバラに散らばり、各々好きな場所へと赴いて好きな本を立ち読みし始めていた。
「何読んでるの、アリサちゃん?」
「料理本。前々から下手だの殺人料理だのって文句言われっぱなしだから、この機会にってね」
「そっか。確かにアリサちゃんの作る料理って、味とか匂いとか全部変だもんね」
「……何か言った、すずか?」
「ううん、何も言ってないよ?」
「そう……ならいいけど」
人当たりのいい笑顔を浮かべつつ小声で毒を吐く辺り、すずかという子はそれなりに黒い性格なのかもしれない。
ただ友達という事もあってそんな部分も理解してるのか、アリサも実際聞こえていたが怒り心頭での抗議などする事もなく。
どの料理本にするかを手にとっては開いてを繰り返して物色し続け、そんな彼女からずすかも意識を逸らし、自身も適当に本を手に取る。
そしてそんな二人から少し離れた反対方向に位置する場所でも、雰囲気は違うが似たように本を物色する二名の少女がいた。
「フェイトお姉ちゃん! シェリス、この本が欲しいの!」
「え……あ、えっと、それは別に構わないんだけど。でもこれ、結構難しい本だよ?」
「にゃ?………………うにゅ、やっぱり止めるの」
「うん、それが懸命だね。その代わりといったらあれだけど、これなんかどうかな? 内容もそこまで難しくないし、絵本みたいな感じだから楽しめると思うんだけど」
言いつつ勧められた本をシェリスは手に取り、パラパラと読んでいるのかいないのか分からない捲り方で見始め。
それから数十秒後、どうやら気に入ったらしくこれにすると胸に抱えて満面の笑み。ただ、どんな本かはおそらく理解はしていないだろう。
だが何にしてもシェリスが気に入ったのであれば買う事も吝かではないのか、笑みに対してフェイトもまた僅かな微笑で返した。
その様子からは先ほど浮かべていたような表情は一切窺えない。先の悩みを忘れたわけではないだろうが、それでも笑みは自然だった。
故にか悟られこそしないが、満面の笑みを浮かべる内側でシェリスは安心を抱き、本を抱えたままフェイトの手を引いて別の場所へと歩き出す。
引っ張られる側であるフェイトにしても若干強引ではあるが、それもまたシェリスらしいとより笑みを深め、引かれるままに歩みを進めていった。
「……この松は中々だな。む、これも……やはり盆栽というのは底が見えんな」
二人が歩みだした方向の逆――雑誌コーナーなる場所でもまた、手に取った雑誌を集中した様子で見る人物一人。
誰かなんて言わずもがな分かるとは思うが、それにしては先ほどまで近くにいたはずのもう一人――忍の姿がそこには見えず。
しかしそれも特に難しい事ではなく、ただ単純に恭也へと子供たちの面倒を一時的に任せ、お手洗いへと行ったというだけの話。
そのお手洗いも位置的に書店からそこそこ離れた場所にあるというの事あり、今だ帰ってきてこずという現在に至る。
ただ忍がいない手前、各々好き好きに動く彼女らの面倒を一人で見るのは難しいため、彼がしたのは書店の外には出ないという注意だけ。
それだけ言っておけばシェリス以外破るという事はないし、シェリスにしてもフェイトが注意しつつ面倒を見るだろう。
そんなわけで忍が帰ってくるまでの間、彼は子供は子供で好きにさせながら自身の趣味関係となる雑誌を読み耽るのだった。
書店から少しばかり離れた場所のお手洗い、というのが恭也たちと別れる前の忍の目的地であった。
だが実際に行ってみれば満室状態であったため、仕方なくと彼女はそこから更に離れた場所に位置する一階のお手洗いへと赴いた。
そこもそこそこ人が出入りしてはいたが、幸いにも忍が行ったときには一つ空いていたため、それ以上は移動する手間もなく。
早々に用事を済ませ、洗った手をハンカチで拭きながら外へと出ると走りこそせずとも若干早足気味な歩調で書店へと向かおうとする。
しかしその途中、二階へと上がるためのエスカレーター横にて点在する二台の自販機が目に入り、ふと足を止めた。
「……少しくらいならいっか」
家を出てから特に何も飲み食いしていないためか、少しばかりの喉の渇きを潤そうという結論へと至り。
呟きながらポケットから取り出した財布を開き、硬貨を取り出しつつ自販機の傍へと寄ろうとする。
けれども彼女が傍へ寄るよりも僅かに早く、別方向から寄ろうとした自販機の傍に子供らしき人が歩み寄ってしまい。
ちょっとばかり出鼻を挫かれた形となってしまうのだが自販機はもう一つある故、忍は歩む方向を変えてそちらの前へと立った。
「ん〜、何にしよっかなぁ」
種類もさることながら缶かボトルかの選択でも悩むところ。ただ渇きも少しであるため、それほど量は必要としていない。
そういった意味では小型の缶の方がいいのか、もしくは途中でも蓋を閉める事で取っておく事が出来るボトルがいいのか。
一応全てのモノに目を通しながら考え、少しの間を開けてようやく決めたのか先ほど財布から取り出しておいた硬貨を入れる。
そしてランプのついた中から一つを選んで押し、ガコンッと音を立てて取り出し口に出たソレをしゃがみ込んで取り出す。
――その最中でふと、隣の自販機の前に立っている少女へと横目を向けてみる。
特別その少女が気になったわけではない。かといってその少女がどんな飲み物を買ったのかが知りたかったわけでもない。
ただ自分よりも早くそこに立ったというのに未だその場におり、尚且つ何かを購入した音がしない事に少し疑問を抱いただけ。
それだけを理由に忍はその少女を見たわけなのだが、途端にその一つの疑問が別のモノへとなって彼女の頭を巡り始めた。
「…………?」
視線を向けた先で少女がしていた事。それは自販機の前で首を傾げたり、ランプもついていないボタンを押したりするというもの。
ランプがついていないという事はつまりお金を入れていないという事。だが様子的に少女はそこに気付いていない感じであった。
今の時代、異国であっても自販機なんてものは大概あるだろう。まあ、国によってはない場合もあるかもしれないが。
何にしても自分から自販機の前に来ているのだから、自販機の使い方くらい知っているものだと普通なら思うところ。
けれど様子的には知らないらしく先ほどから同じ行動を繰り返すばかり。それに忍は今時珍しい子だなぁと内心で思ったりする。
その直後、向けていた視線に気づいたのか少女の方も忍の方へと顔を受け、目が合った事で彼女は若干を気まずさを抱く羽目となる。
だが反対に少女の方はそうでもないらしく、それどころか少し違和感のようなものを感じさせる笑みを貼りつかせ、彼女に対し口を開いた。
「ねえ、そこの貴方。ちょっと聞きたい事があるのだけど」
「え――あ、えっと……な、何かな?」
「この機械なんだけど、初めて見る物だから使い方って言うのが分からないのよ。だから、良かったら教えてくれないかしら?」
「それは別に構わないんだけど……珍しいね、自販機の使い方が分からないなんて」
「仕方ないじゃない。こういうものに触れるような生活、今までしてなかったんだもの。それよりほら、早く使い方教えなさいよ」
「あ、うん。えっとね、まず欲しい物の値段分のお金をここに――――」
自販機などに触れるような生活をしてなかったと言うが、だとすれば一体今までどんな生活をしていなのかと気にはなる。
だが初対面の子にそんな事を聞くわけにもいかず、不遜な態度ながらも教えろと言ってくる少女の要望に答え、使い方を教えていく。
するとどうやらその少女がお金というものを持っていない事が判明し、仕方なしとばかりに教える過程で忍が奢る羽目に。
そして使い方を教える最中で購入した飲み物をお互い手に持ち、自販機の横にあるベンチへと揃って腰掛けた。
「?……これ、どうやって開けるの?」
「あ、それはね、ここにあるプルタブっていうのをこう起こして――――ほら、開いたでしょ?」
「ふぅん……何だか面白い設計してるわね」
例という形で自分の缶の飲み口を開ければ、それで少女も理解したらしく見よう見真似で自分のソレを開ける。
そんな少女の様子を見つつ、忍は思う。見た目や容姿とは裏腹に違和感を感じるくらい、この少女は大人びていると。
赤い長髪や金色の瞳、そして着ているフリル付きドレスのような衣服という浮世離れな見た目がそこを特に強く感じさせる。
ただ飲み口を開けたソレを両手で抱えるようにして飲む仕草は子供っぽく、そのギャップが少しばかりの可笑しさを運ぶ。
「……何がそんなに可笑しいのかしら? 何も笑われるような事はしてないつもりだけど?」
「あはは、ごめん。なんか言葉とか見た目とかと違って子供っぽい所もあるんだって思ったら、ちょっと可笑しくて」
「そんなに子供っぽさを出した覚えはないけれど……まあ、いいわ」
少女にとっては少し疑問に思っただけで笑われた事自体は気にしてないらしく、特に突っかかったりはせず。
依然として忍が言う子供っぽい仕草とやらでちびちびと缶ジュースの中身を少しずつ飲み続けていた。
対して忍はそんな彼女の様子がやはり可笑しいのか未だ笑みは浮かべているも、自身も買ったソレを飲み始める。
「それにしても、何か凄い格好してるよね。こんな人気の多い場所でそれだと、結構注目されるでしょ?」
「そうね。確かにそうかもしれないわね。実際、その辺を歩いていて人間の視線は多く感じたから。ただそれをウザいとは思っても、生憎とこれ以外の衣服を持っていないのよね」
「ふ〜ん、そうなんだ。親御さんに言って買ってもらったりしないの?」
「親というものに該当するのはいないし、そもそも買う理由なんてないわ。別にこの格好で不便を感じた事はないし」
見た目の年頃にして十歳前後。今時そんな年齢の子がおしゃれに興味を示さないという事は少しばかりの驚きを運ぶ。
そして親がいないという事を平然と言った事はそれ以上の驚きを抱かせるが、さすがにその話題に触れる事は出来ず。
短い相槌だけを口にしてそれ以上は言葉を口にできず、そこに関して聞きたいという気持ちを飲み物と一緒に飲み込んだ。
その直後、先ほどまでとは違って今度は少女の方から視線を向け、その小さな口から言葉を紡ぎ始めた。
「尤も、格好やらはともかく知らない事が多いという部分は少し不憫さを感じるわね。さっきので貴方も少しは分かったと思うけど」
「あ〜……確かにそうかもしれないね。ああいうのを知らないと日常的に困る事も多いだろうし」
「ええ。でも、そういう状況も私に『楽しみ』というものを感じさせくれるわけだし、そういった意味では不憫とは言い切れないかもしれないわ」
「『楽しみ』かぁ……いいね、そういう考え方。私、そういうの結構好きかも」
「そうなの? そうなのかしら? だったら案外、貴方も私に近い部分があるのかもしれないわね♪」
大人びた雰囲気や話し方、反して見せる子供っぽい仕草。そして何より、今しがた口にしたその考え方。
それら全てが忍の頭に印象深く刻まれる。今まで見た事がないタイプの子供であるから、特にという感じだろう。
反対に少女の方も彼女に対して悪い印象はないらしく、今の会話以降は自分から話を振ってくる事も多くなった。
そして結果、忍は恭也たちを待たせている事をすっかり忘れ、今しばらく少女との会話を楽しむのだった。
あとがき
今回は少し珍しい形として、前編を少し多めでお送りする事に。
【咲】 つまり、それだけ前提で話す事が多かったというわけね。
そういう事。ただまあ、次回の前編3が終わったら中編に入るけどな。
【咲】 中編に入ったらようやく海の話になったりするのかしら?
一応そういう流れにはしてるな。尤も、場合によっては少し変わったりもするだろうが。
【咲】 ふぅん……にしても今回さ、最後に出てきた忍と話してる少女って、もしかしなくても?
うむ、彼女だね。ちょっと大人しさが出てるから分かりづらいかもしれんが。
【咲】 ていうか、ぶっとんだ部分が前ので目立ってるから、これじゃあ明らかに別人よね。
むぅ……けど実際、彼女とてこういう部分はあるのだよ。ただ場合によってあんな性格になるだけであって。
【咲】 へぇ……けどさ、ここで忍とこの少女が出会う事で何かが変わったりするのかしら?
するね。少なくとも、忍にとってはこの少女との出会いこそ、この先の大きな人生の分岐の前触れとなるのだよ。
【咲】 つまり、忍が物語に介入する上で彼女の存在は必要不可欠であると?
必ずしもそうだと断言は出来んが、まったく不必要という事はないかな。
【咲】 ふ〜ん。それで、話はころっと変わるけど次回はどんなお話になるわけ?
特別今回と変わったところはないかな。ただ、この少女が一体どんな事を忍に話すのか。
または忍が一体どんな事を少女の口から聞くことになるのか……そこを楽しみにしてもらえれば幸いだ。
【咲】 そこもやっぱり物語には関係があるわけ?
ある場合もあるし、ない場合もある。まあ、今の段階で言えるのはここまでだ。
【咲】 はいはい、了解。それじゃあ、今回はこの辺でね♪
また次回会いましょう!!
【咲】 それじゃあね、バイバ〜イ♪
懐かれている恭也と懐いているシェリスの様子が結構微笑ましいな。
美姫 「良いわね。で、今回はお買い物だった訳だけれど」
それだけ、って感じじゃないみたいだな。
美姫 「しかも、忍に関してだしね」
うーん、ここでの出会いがどんな影響を与える事になるんだろう。
非常に興味深いです。
美姫 「続きが気になるわよね」
うんうん。次回も楽しみです。
美姫 「次回も待っていますね」
ではでは。