「何ともまあ、ずいぶん派手にドンパチやっとるのぉ……」

 

一体どのくらい続いたか分からない沈黙。それを破ったのは今の状況を作り出した張本人。

数分前まで閉じていた目を今は開き、呟きながら彼女――『マザー』が見るのは目の前のモニタ。

ジェドの位置からして何が映っているのかは良く見えないのだが、言動から察して外で行われる戦闘の映像か何かだろう。

彼女の一言でそこまで予測を付け、ようやく沈黙が破られたのを境としてジェドは彼女のほうを向き、その口を開いた。

 

「……苦戦してるのか、彼女たちは?」

 

「ん? ああ……まあ、アドルファとラーレに限りじゃがな。現にヒルデブルクとギーゼルベルトのほうはもう決着が着き掛けておる」

 

「ふむ……その二人に何かあったのか? ラーレという子のほうは詳しく知らんが、あのアドルファが苦戦するというのも妙に思えるんだが」

 

「いや、別段この二人の間に何かしらのトラブルがあったというわけではない。ただ……当たった相手が悪過ぎたようでのぉ」

 

戦いに於いて相手が悪過ぎたと聞けば、普通は互いの得物や戦闘スタイルの相性の事を言っていると考えてしまう。

実際、アドルファの戦う所は数回しか見た事は無くも、その実力を多少なりと知るが故にそう考え、ジェドも納得し掛ける。

けれど口には出していないはずなのにどういうわけか彼の思い違いに『マザー』は気付き、訂正するように本当に軽く説明した。

侵入した三人の中で一人、他の二人とは掛け離れた実力を持つ人物がいる事。そして運悪く、彼女らがコレと当たってしまった事。

これらについてを簡単に説明すれば、ジェドは驚きを顔に浮かべる。まさか、侵入者がそれほどの実力者だとは思わなかった故に。

だが、よくよく考えてみれば納得も出来る。数にして僅か三人のみでの侵入……それを力の無い者が行うなんて通常有り得ないのだから。

 

「……お? おお?」

 

そんな事を考えつつ自身を納得させる中、説明を終えた『マザー』はまた突然奇妙な声を上げ始め、食い入るように一つのモニタを見る。

その様子にジェドも(先ほどからずっとではあるが)そこに映されている映像が気になるのだが、何度も言うように彼の位置からではソレは見えない。

けれどそこまでの反応をされると正直気になって仕方ないため、そこで初めて彼は席を立ち、彼女の横の方へと歩み寄る。

映像を見る事に集中しているのか『マザー』はそれに気付かず。歩み寄った彼はそこから彼女の視線を辿って一つのモニタへ目を向ければ――――

 

 

 

――そこにはアドルファと、彼自身見覚えのない一人の少女とが為す凄まじい激闘が映し出されていた。

 

 

 

以前見たときよりとは比べ物にならないほどの実力を示すアドルファ。片や、それに引け目を取らぬほどの戦いぶりを見せる少女。

それ一見すれば、アドルファが優位に立っているように見える。なぜなら、彼女の攻撃に対して少女は攻める事が出来ていないのだ。

しかしそれでも少女がアドルファに引けを取らぬと言えるのは、避け続ける中で少女は焦るでも動揺するでもなく、ずっと笑い続けているから。

音声が無い故に聞こえはしないが、口の動きからして声に出して笑っている。それは普通に見れば、余裕の表れの様にしか見えない様子だった。

 

「ほっ……まさか、あ奴が本気を出すとはの。一体全体何があったのやら」

 

対してアドルファはと言えば今しがた『マザー』が呟いた通り、いつもの様子など微塵も窺わせていない。

感じさせるのは明確な殺意のみ。何がここまで彼女を変えたのか、正直なところジェドには考え付きもしない。

『マザー』もまた原因らしい原因は浮かばぬのか呟いた後は若干首を傾げつつ、それでもモニタからは視線を外さず。

対してジェドもまた浮かばぬ疑問の思考は早々に打ち切り、今はただ『マザー』と同じく目の前の映像を見続けるのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

魔法少女リリカルなのはB.N

 

【第三章】第三十一話 悠久を護るは蒼、古を滅するは紅 中編3

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

誰かを大切だと想う事、護りたいと思う事。そういった考え方が、ヒルデの頭の中には一切存在しない。

ただ一人の例外を除き、それが例え仲間であったとしても自分で必要だと思えば切り捨てるし、場合によっては殺す事だって厭わない。

表面上は仲間面をしていても、それが彼女の考え方。今ではもういくら考えても分からない昔の自分、それと違うと思える部分。

そしてそんな部分があるからこそ、彼女は非常に冷酷で残忍。表面上は明るく笑いながら、敵が命乞いをしても殺してしまう。

決して罪悪感など浮かぶ事は無く、己の内からくる欲望に従い、子供がおもちゃを壊してしまうかの如く徹底的に敵は破壊し尽くす。

 

 

 

――それが今の、ヒルデブルク・バリッシュという女性の在り方だ。

 

 

 

けれど彼女はその自覚があるにも関わらず、直そうとはしない。いや、正確にはそれを直す必要性を見出す事が出来ない。

如何に壊れていると思っていても、変えようという考えには至らない。確かに昔とは違うかもしれないけど、これが今の自分だと割り切っているから。

しかし、それでも彼女は仲間である者たちの前でその部分を隠す。相手の反応を見て、より昔に近いだろうと思える自分を演じ続ける。

壊れている事を認め、割り切っているにも関わらず、なぜ彼女たちの前ではそうなのか……そう聞けば、きっと彼女はこう返してくるだろう。

 

 

 

――自分でも、よく分からない……と。

 

 

 

彼女の中で仲間というのは何に於いても護り抜くべき存在でも、他の何よりも大切な存在というわけでもない。

だから本当なら、別に隠す必要なんてない。自分がこうなってしまった事で彼女らがどう思おうが、自分には関係ないのだから。

自身でもそう考えてはいるはずなのに、気付けば演じてしまう。昔の自分というのに近い自分というモノを探り、演じてしまう。

それは無意識下のモノに近く、だからこそ自分でも理由が分からない。そしてソレは今でも分からぬまま、疑問として頭に残り続けていた。

ただまあ、そんな風に昔の自分を演じてしまうのはあくまで仲間の前でだけ。その他の者たち――特に敵だと分かっている相手の前では今の自分が出てくる。

罪悪感も何もなく、無邪気で明るい笑みを張り付かせながら、死ぬまで敵を嬲り続ける。そんな慈悲の欠片も持ち合わせていない、残酷で冷酷な自分が。

 

「も〜、少しはまともな抵抗でもしてみてくださいよ〜。じゃないとヒルデが詰まらないじゃないですか〜」

 

「がっ――!!」

 

だからこそ、今も不満そうな声とは裏腹に地面へ倒れる男性――ベルベットの腹部へ追い打ちの如く蹴りなど放つ。

吹き飛ばない程度に加減した力で同じ所を、何度も何度も。その度に彼は悲鳴に近い声を上げ、顔を痛みに顰める。

その光景は傍から見れば、あまりにも惨い仕打ち。だけど今の彼女にはそれが残酷だと映らず、可哀想だとも思わない。

故に彼の口から吐き出される血反吐が足に付着しても、浮かべた笑顔を全く崩す事が無く何度でも腹部を蹴り続ける。

そんな行為がおよそ四十回近く繰り返されたとき、遂にはベルベットも声を上げなくなり、ピクリとも動かなくなった。

 

「あれ? あれれ? もしも〜し、ベルベットさ〜ん?」

 

動かなくなってから二、三度ほど蹴るも反応が無かったためか、蹴るのを止めてヒルデは彼の前にしゃがみ込む。

次いで顔の前でフリフリと手を振ってみたり、声を掛けてみたりする。けれど彼からは何の反応も返ってくる事は無く。

 

「ありゃりゃ、死んじゃいましたかぁ……ほんとに詰まらない人ですねぇ」

 

故にかヒルデは完全に彼への興味を無くし、そんな文句のような言葉を口にしながら静かに立ち上がる。

そして倒れ伏す彼に背を向け、暇を持て余す子供のように至極退屈そうな顔で何処に行くでも無く歩き出そうとする。

 

 

 

――その直後、背を向けた彼女の足首を背後から何かが掴む。

 

 

 

それには少しばかり驚いたのかビクッと身体を震わせ、次いでなぜか恐る恐るといった感じに振り向いた。

するとその視界に映ったのは、死んだと思っていたベルベットが倒れ伏した状態のまま、腕を伸ばして自身の足を掴んでいる光景。

 

「――っらあぁ!!」

 

その光景が目に映った途端、先ほどまでグッタリしていたとは思えないほどの怒号と共に彼は立ち上がる。

と同時にガッチリと掴んだ足をそのまま手前に引かれ、為す術も無く尻餅をついたヒルデの上に馬乗りになる。

そこから更に素早い動きで彼女の両腕を万歳させた状態で纏めて手首を片手で掴み、完全なマウントポジションを形成した。

 

「はぁ……はぁ……やっと捕まえたぜぇ、このクソ女ぁ!」

 

「はわ〜、捕まっちゃいましたかぁ……ヒルデとした事がちょっと油断し過ぎてたみたいですね〜」

 

「はっ……そんな余裕ぶった顔してられんのも今の内だ。俺をコケにした事、じっくりたっぷり後悔させてやるからなぁ」

 

こんな状況になってもヒルデの表情は一向に変わらない。何を考えているのか分からぬ笑顔……ただ、それだけが浮かべられている。

けれどベルベットはそれをただの強がりとしてしか見ず、手首を掴んでいない方の腕を振り上げて一気に振り下ろし、彼女の頬を殴る。

そしてまた振り上げ、また殴る。何度も、何度も……先ほどまで彼女から受けていた仕打ちを返すかの如く、殴り続ける。

 

 

 

――だが、それでも彼女の表情は依然として変わらぬまま……。

 

 

 

何度も殴られ、終いには口内を切ってしまい、口元から血が流れる。けれど、それでも彼女はずっと笑っている。

痛みが無いはずはない。早々に殺してしまわぬよう多少の手加減はしていても、決して痛みが無いわけではないのだ。

なのに彼女は痛みなど感じていないかの如く、殴られる事を意にも解していないかの如く、笑顔を常に崩さない。

故にか最初こそ強がりとしか思わなかった彼も、次第に一切笑みを崩さぬ彼女に怖気のような、そんな感情を抱いてしまう。

けれど彼は自分がそんな感情を持つわけがない、ただの錯覚なのだと思い込み、更に力を込めて殴ろうと腕を振り上げる。

 

 

 

「――――」

 

――その瞬間、ただ笑っているだけだった彼女は囁くように何かを呟いた。

 

 

 

何を言ったのかまでは聞き取れない。あまりに小さく、まるで聞かせる気がないのではと思える程か細い声故に。

そしてその直後、振り上げた右腕付近を僅かに風が流れ、それと同時に右腕の手首辺りに鈍い痛みが走り出す。

 

「なっ――!?」

 

痛みの走った右手を見てみれば、そこには何も無い。あるはずの手首から先が無くなり、激しく流血していた。

それを目にした途端、彼は驚愕の表情で一瞬硬直してしまうのだが、正直なところ一瞬でも彼女を前にしてのソレは致命的。

その事を現実として示すようにヒルデは硬直のために一瞬緩んだ左腕の拘束から瞬時に逃れ、ベルベットへと盛大に頭突きをかます。

硬直が解ける寸前での事である故か、彼はその頭突きをまともに食らい、右手程ではなくも訪れた痛みで僅かによろめく。

そこを狙い、ヒルデは続けて流れるように腹部へと掌底を放ち、彼の身体を後方へ吹き飛ばし、同時に自身はその場にて立ち上がる。

 

「は〜、ちょっと強くし過ぎましたね〜……ヒルデまで頭がクラクラしてきます〜」

 

「っ――――クソがぁぁ!!」

 

腹部を襲った痛みよりも、打ち付けた背中の痛みよりも、彼女のその自分を馬鹿にするような態度が何より苛立つ。

だからか、ベルベットは立ち上がり様に地面を蹴り、切り落とされていないほうの腕を振り被り、ヒルデへと殴り掛かる。

けれどふざけたような動きを見せていたにも関わらず、飛び掛かってきた彼の拳は完全に見切っているかのように僅かな動きで避ける。

次いで瞬間的に伸び切った彼の腕を取り、身体ごとグルンッと一回転させて地面へと叩き付け、腕を取ったまま反対の肩を踏み付けた。

 

「がっ――!」

 

同時に上げられた短い悲鳴を完全に無視し、そこから更に彼女は腕を掴んでいない方の手を何も無い宙へと翳す。

すると一体どういう原理なのか、マウントポジションを取られたときに取り落とした扇子が直後に宙を舞い、その手へと収まる。

そして自身の手へと舞い戻ってきた扇子を瞬時に広げ、軽く振り上げたと次の瞬間、手に持つ彼の腕へと向けて一閃。

 

 

 

――途端、鮮血を撒き散らせながら彼の腕は中間辺りから切断された。

 

 

 

直後に響く悲鳴を小気味良いモノと感じているかのように恍惚とした表情を浮かべ、持っていた腕をその辺に投げ捨てる。

続けて肩を踏みつけていた左足を乗せたまま右足を鳩尾辺りへと乗せ、そこから彼の身体を踏み付けつつ歩き始める。

しかしその歩みは彼の下半身を前にした段階で止まり、そこで彼女は再び扇子を振り上げ――――

 

 

 

――ヒュッと風切り音を立てながら、彼の両足を一気に切断する。

 

 

 

またも響く悲鳴にやはりヒルデは顔を顰める事も無い。以前として変わらず、ウットリとした表情を浮かべるだけ。

けれど両足を切り落とした段階で切り落とせる目ぼしい部位が無くなったと判断したのか、そこでようやく彼の上から降りる。

だが、今更彼女が乗っかる事による圧迫感から解放された所で意味は無い。それを抜いても、彼はすでに虫の息なのだから。

加えて流れる血の量からしてもいつ出血多量で死んでも可笑しくは無いが、当然ながら彼女がそんな事を気にするはずもなかった。

 

「あ〜……ちょっと無計画に刻み過ぎちゃいましたねぇ。これじゃあもう、ヒルデの遊び道具にはならなそうです」

 

むしろ彼の生死よりも、そこの部分を気にする。自身の相手――遊び道具が無くなってしまった事への不満を抱く。

でも、それは結局のところ自分がやり過ぎた事が原因。良い声で鳴くからと調子に乗り過ぎてしまった事が招いた結果。

故にか不満は抱くだけで留め、すでに死を迎える一歩手前となった彼の前にしゃがみ込み――――

 

 

 

――最後の仕上げとばかりに扇子を持たぬ方の手で首を掴み、瞬時に捻り折った。

 

 

 

それが決め手となり、もう長くなかった命がその瞬間に絶たれ、ベルベットは完全に物言わぬ屍へと化した。

ただ、これが彼にとっての終わりではない。曲がりなりにも『不死者(イモータル)』を名乗る彼らは、この程度では決して終焉を迎えない。

かといってこれ以上死体に何かをしたところで何も変わらない。それ故、ヒルデは遺体の前から立ち上がり、背を向ける。

そして扇子に付着した血を払った後、軽く伸びをしながら建物から出るために割れた窓の方へ歩き出そうとする。

 

 

 

――けれどその直後、カタッという微かな物音が自身の後ろの方から聞こえてきた。

 

 

 

ここまで静かでなければ容易に聞き逃してしまいそうなほどの小さな音。それ故に普通なら風で何かが動いたのだと思うだろう。

だが、今現在ヒルデがいるこの場には風で動くような物は正直無く、何より唯一割れている窓からは風など感じぬ無風に近い状態。

そんな状況で物音が響くなど普通に考えれば不自然。故にか、彼女は物音のした方向――自身の背後へと振り返る。

 

 

 

――瞬間、目に入ってきたのは見慣れぬ一人の小さな少女の姿。

 

 

 

血の様な紅色の短髪、見た目からして年頃は十代前半辺り。何より一番の特徴となるのは、右手に持つ刀。

大きさ的には一般的な大人が扱うサイズのモノだが、正直それでも長さだけ見れば少女の背丈に迫るほどのモノがある。

加えて当たり前の如く鞘に収められた状態である事から、普通に見れば一体どうやって抜刀するのだろうかと気になるところだ。

尤も、ヒルデからすればそんな事よりも、一体その少女がどこからどうやって侵入したのかという事のみが気になっていた。

それはこのビルにという意味ではなく、この都市にという意味。というのも『マザー』の話に寄れば、侵入者は全部で三人だと聞いているからだ。

ギーゼルベルトの相手、アドルファ&ラーレの相手、そして遂先ほどまで自分が相手をしていた彼。更にはこの少女とくれば、数が合わなくなる。

だとすると後から侵入してきたのか、もしくは最初からいたにも関わらず気付かれずにいたか。どちらにしても、通常有り得ない話である。

けれど現実として彼女は目の前にいる。だからこそヒルデは考える事を止め、ちょうど目が合ったのを境として静かにその口を開き、問い掛ける。

 

「貴方……もしかしなくても『紅き夜』の一人ですよね?」

 

「…………」

 

聞かなくても、自分が見慣れない人物でここにいるという時点で分かり切った事。けれど彼女は一応の確認とばかりに尋ねた。

すると無表情のまま口も開く事はなかったが、少女は小さく頷いて返す。次いで刀を持たぬ方の手で屍となったベルベットを指差す。

 

「……ソレ、返してもらっても良い?」

 

指差した矢先に彼女はようやく口を開き、見た目とそぐわぬ幼さの感じられる少女らしい声でそんな言葉を発する。

その言葉にはヒルデも少しばかりキョトンとしてしまう。けれどすぐに我へと返り、クスクスと小さな笑いを浮かべ始めた。

 

「別にヒルデは構いませんけど……もう、死んでますよ?」

 

「十分。原形が残ってる分、修復の手間が減る」

 

「あはっ、なるほどなるほど……そういう事ならどうぞ、お好きに持ち帰ってください♪」

 

「ん……」

 

ヒルデの了解を得ると少女は歩き出し、ベルベットの屍へと近づき始める。やはり少女らしく、小さな歩幅でゆっくりと。

そんな彼女を眺めながら、ヒルデは思っていた。目の前の彼女は、自身の知る『紅き夜』の面子と比べるとどこかが違うと。

少なくとも、ベルベットを含む今まで会ってきた連中は目先の少女の様な事を聞かない。欲しい物は力尽くで奪いにくる。

そう考えると少なからず、彼女は他の連中よりも好戦的な性格ではない。おそらく戦も殺しも時と場合次第でするタイプだろう。

 

 

 

――尤も、そんな事が分かった所でヒルデにとっては正直どうでもいい事だった。

 

 

 

目の前に敵がいる。何年も何十年も、何百年も敵対し続けている宿敵の一人が今、目の前に存在している。

だというのにこのまま何もせず逃がすべきだろうか。いや、逃がしていいわけがない……敵ならば殺した方がいいに決まっている。

結局、ヒルデの頭はそういう考えが先立って浮かぶ。故にか、少女の足がようやく屍の前で止まり、その手が伸ばされたとき。

 

 

 

――ヒルデは何の躊躇いも無く、扇子を広げた状態のまま少女へと飛来させた。

 

 

 

回転しながら飛来する速度は普通の扇子では有り得ないほど高速。距離的に少女への到達までは一秒と掛からぬ程。

加えて少女は今、上半身を僅かに屈めて屍へ手を伸ばしている状態。この二点を考慮して常識的に考えれば回避は至難。

例え回避が出来たとしても、傷一つ無いままというわけにはいかない。少なくとも、扇子を投げた本人はそう考えていた。

 

 

 

――けれど現実は、彼女の思い描いていた結果から大きく外れたモノとして表れた。

 

 

 

予想した通りだったのは扇子を回避されないという所まで。いや、もっと正確に言えば、その部分さえも少しばかり予想からズレていた。

というのも扇子を飛来させた直後、彼女は回避を取る仕草すら見せる事は無く、あろう事か瞬時に刀を扇子の迫る進路上に立てて突き出したのだ。

それは目に見えた防御の姿勢。しかも、もう片手は差し出した状態のままであった事から、刀を支えるのはもう一方の手のみ。

飛来する扇子の速度、そしてソレの保有する重量。その二点を計算して導き出される威力は、一人の少女が片手で受け切れるようなモノではない。

そんな事は見た目が幼くとも長く生きる彼女とて分かっているはず。にも関わらず、彼女は迷いも動揺もまるで見せず、その行動を取った。

 

 

 

――そしてその直後、凄まじい音を立てて刀と扇子はぶつかり、威力のままに少女の身体は後方へ吹き飛ばされた。

 

 

 

ぶつかった瞬間に跳ね返り、意思があるかのようにヒラヒラと舞い戻る扇子とは対照的に彼女の身体は後方の壁にぶつかる。

その際の音を聞く事でヒルデはそこそこの力で投げたつもりだったが、思いの他力が籠っていたのだと彼女自身理解するに至る。

加えてそこまで強く打ち付ければ、いくら生粋の戦闘者である連中の一人でも、ある程度のダメージにはなっているだろうとも思っていた。

 

 

 

――だからこそ、まるで効いていない風に平然と少女が立ち上がったのにはさすがの彼女も驚かざるを得ない。

 

 

 

今までにも、敢えて正面から受けようとした者はいた。あくまで極少数のケースであっただけでいるにはいたのだ。

そしてその誰もが、結局受け切れなかった。彼女のように壁に背を打ち付ける者、素手で受けようとして断ち切られてしまう者。

結果は様々だが、結論は全て一緒。自分が放ったソレを正面から受けようとした者は、必ず大なり小なり傷を負っていた。

なのに彼女は傷を負った様子も、痛みに顔を顰める事も無く、常に変わらぬ無表情のままで服に付いた埃を払いつつ立ち上がった。

 

「……少しだけ……驚いた」

 

しかも、今のをたったそれだけの言葉で済ませてくる。それら全てがもう、ヒルデにとっては異質以外の何物でも無かった。

故にベルベットの前ではまるで見せなかった驚きに硬直してしまうという様子を取る中、彼女は再び静かに前へと歩いてくる。

そして屍へと近寄る前にヒルデへと確認を取った際の位置まで来ると足を止め、やはり顔に何の感情を灯さぬまま口を開いた。

 

「貴方の口からは、返しても良いと聞いたはずだけど……気でも変わった?」

 

「え――あ、えっと……気が変わったというか……返しても良いというのは変わらないんですけど、ちょっとソコに条件を一つ付け加えたいなって!」

 

「そう……なら、さっきのは納得。それで、その条件って何?」

 

「簡単な事です。ただ単純に今ここでヒルデと勝負をして、貴方が勝つ……その条件さえ満たせば、ヒルデは貴方がソレを持ち返る事をもう邪魔したりしません」

 

またも今までの『紅き夜』の面々とは違う対応を取られた故か、調子を狂わされたヒルデは咄嗟に条件云々を口走った。

とはいえ、その条件として口にした事は決してヒルデ自身の心に無い事ではない。少なからず、興味の様なモノが芽生えていた。

今までの奴らと様々な面で違う奴、加えて先の事から腕がある程度立つのも理解出来た。だから、純粋に殺り合ってみたい。

咄嗟の言葉ではあったが、そんな思いを乗せた条件。けれどおよそ数秒の静寂の後、少女はその条件に対して首を横に振るった。

 

「それが条件なら、遠慮する。別にどうしても返してほしいわけでもないし、貴方と戦いたいとも思わない」

 

「っ……あはっ♪ それって要するにヒルデと戦っても、勝てる自信が無いって事ですね」

 

「そう思いたいなら、それで構わない」

 

言いながら踵を返した少女は、そのままヒルデから見て対面にある窓の方へと歩み寄る。

そして壊すでもなく丁寧にソレを開き、再び振り返る事もなく建物の外へと飛び出してその姿を彼女の前から消した。

そうして後に屍と共に残される形となったヒルデは少女が飛び去った窓を眺めつつ、小さく溜息を一つ。

 

「今のは、ちょっとムカつきましたね……完全にヒルデを下に見るような言い方です」

 

表情はいつもと変わらぬモノだが、言葉と声質からは僅かなり苛立ちを抱いているかのような感じを窺わせる。

けれど彼女はソレを隠そうとする気はなく、むしろ少しでも解消しようと思ったが故か、一つの魔法をその場で行使した。

ソレは単純に人為的に風を起こす、ただそれだけの魔法。デバイスを介す事も無く、己の身のみで行使できる簡単な魔法。

その魔法はヒルデの少し前に横たえられていたベルベットの屍を宙へと舞わせ、僅かに滴る血を振り始めの雨のように散らせる。

しかし、その血が自身に付着するのをヒルデは気にする事も無く、次いで今度はデバイスを介する必要のある魔法を使用した。

 

 

 

――直後、宙を舞っていた屍は原形も分からぬ程、何十にも上る肉塊へと解体された。

 

 

 

それは先とは比にならぬほどの血を発生させ、多大にヒルデの顔や肌、衣服を怖気が走るほど紅く染め上げる。

だが、やはりヒルデはそれを気にしない。付着する血も、肉塊が落ちる際に生成される音も、彼女にとっては嫌悪に値しない。

それどころか、小気味良いモノとすら感じる。それが故に、抱いていた苛立ちも僅かながら、彼女の中では解消するに至った。

もちろんそれでも完全に解消されたわけではないが、それ以上は切り刻むモノも無い。そのためか、彼女は今一度小さな溜息。

そしてその後、少女が去った方とは反対――自身がビルへと侵入したときに割った窓へと歩み寄り、そこから外へと飛び出していった。

 

 

 

 

 

 

 

アドルファの持つ転移魔法に類するであろうその魔法は、転移対象の限定というものがまるで無い。

物質だろうが魔法だろうが、展開した黒き穴の中に入れば、指定した場所へとほぼ100%で転移させる事が出来る。

故にソレは非常に応用が効く。飛ばしたモノが完全に力を失うまで何度でも、全方位どこにでも転移させられるのだから。

加えてコレを使用する際、使用者の動きが制限されるという事も無い。正直普通に見れば、何とも卑怯臭い魔法だと思うだろう。

 

 

 

――だからこそ、アドルファはソレを余り使いたがらない。

 

 

 

彼女は近・中距離戦闘を非常に好む。反して得意魔法だろうが、そんな卑怯臭い魔法は極端に言えば嫌悪するほど。

好んで戦うわけではないが、戦うしかないなら正々堂々と戦いたい性質。謂わば、戦闘に於いては武士に近いモノがあると言ってもいい。

だから、基本的にはこの魔法を彼女は使わない。そんなモノを使わなくても、大概の者には引けを取らないという自負があるから。

だが、それでも今回に限らず、彼女は過去に何度かコレを使った事がある。しかも、そのどれもが今回とほぼ同じ理由。

武士に近い拘りを持つとはいえ、仲間が危険に晒されている状況で押し通す気はない。己の意地よりも、仲間の方が何倍も大事なのだ。

それ故に過去に仲間が危険に晒された際、仕方なく使ってきた。そして今回もまた、ラーレを助けるために迷わず彼女はソレを使った。

 

「あはははははっ!! 良い! 凄く良いわ、“白亜の閃鈴”!! その調子でもっと、もっともっと私を楽しませて!!」

 

「っ――――!」

 

なのに今回は、今回だけは今までと違う。卑怯臭いと嫌悪した魔法を以てしても、敵が一向に倒れてくれない。

使い始めてから傷らしい傷は何度も負わせた。事実、彼女――カタルシスの身体の節々には傷が窺え、血も流れ続けている。

だというのに、それでも彼女の様子は変わらない。傷を負っても動きが鈍る事は無く、尚も甲高い声で狂ったように笑う。

しかも、この魔法を見せ始めた最初こそ避けるだけだったのに、今では転移の瞬間を狙って幾度となく攻撃を仕掛けてきている。

 

「この、化け物が……っ!」

 

憎々しげに呟くが、それはカタルシスにとって皮肉にもならない。彼女はアドルファたちと違い、自身を化け物と認めているから。

だからその一言が耳に届いても、彼女は笑みを深めるだけ。その通りだと言外に告げるよう、ただ笑い続けるだけ。

それが更にアドルファに不快感を抱かせ、同時に攻撃の手はより激しさを増すも、それでもカタルシスは転移から直撃までの一瞬で回避し続ける。

桁外れの反応速度と身体能力。常人とは言い難い腕を持つアドルファでもコレなのだから、常人が相手なら一分と保たない所だろう。

 

「くっ――――スヴェントビート、カートリッジロード!!」

 

Porte mirage,Augmentation du volume》

 

このままでは埒が明かない。そう思い至った直後、アドルファは弾丸を装填して展開する黒き穴の数を更に増やした。

その数はすでに二十近くにも及ぶ。その穴へと向けて彼女は極細の白い閃光を複数発射し、潜らせる事で転移を行う。

直後にカタルシスの付近へと転移を果たした閃光はそのまま勢いを損ねず、彼女の身体を貫くべく襲い掛かる。

けれどそれほどの数を以てしても、彼女へ当たったのは一発だけ。その一発も健在な方の腕を掠めたのみで残りは全て外れた。

コレだけ放てばさすがに読み切れないだろうと思っていただけに、アドルファの抱いた悔しさも生半可なモノではない。

反してカタルシスは悔しさを顔に出す彼女を嘲笑うでもなく、掠めた腕からの僅かな出血を右手の炎にて焼く事で抑えつつ楽しげに笑う。

 

「楽しい! ほんとに楽しいわ!! これだけ心が躍る死合が出来るなんて、やっぱり“冥葬(クレイオス)”の言い付けを無視して来たのは間違いじゃなかった!!」

 

笑いながら、叫びながら、彼女は閃光の群れを今度は掠りもさせずに避け、アドルファへと攻め入ってくる。

そして繰り出される攻撃を咄嗟の仕草で回避し、反撃を繰り出す。だが、それもまた掠りもせず、反撃に対して反撃。

その応酬が幾度か繰り返され、カタルシスの右手がアドルファの腕を僅かに掠めたのを切っ掛けとして彼女は舌打ちをしつつ距離を取った。

しかし、距離を取ってもソレを保つ事が出来ず。再び距離を詰めて攻めに転じてくるものだから、先の魔法も使えず近接で応じるしかない。

とはいえ、得物こそ持たぬもカタルシスの近接技術は彼女と同等に近い。しかも、近接だけではどちらも決定打に欠けている。

それでも敢えて近接で勝負を挑んでくる辺り、本当に戦いを楽しんでいる。少しでも、ほんの数秒でもこの戦いを長く楽しもうとしている。

そう容易に読み取れてしまうのだが、距離を取る事が出来ない現状ではこの不毛な近接攻撃の応酬を続ける以外、出来る事がなかった。

 

「あはっ♪ 魔法も然る事ながら近接技術も中々……本当に貴方は最高過ぎるわ、“白亜の閃鈴”!!」

 

上機嫌な様子で口から吐かれた言葉と同時にカタルシスは炎で出来た右手を一層燃え盛らせ、アドルファへと突き出す。

マトモに食らえば致命傷を負いかねない一撃。即座にそう判断した故か、少しばかり無理矢理に身体を捻ってソレを辛うじて避ける。

そして避けるだけではなく、捻った身体をそのまま一回転させ、手に持つ短剣を小さく鋭く振るい、突き出された炎の右手を切断。

同時に短剣を持った方の腕を曲げて肘打ちを腹部へと放ち、彼女の身体が僅かによろめいた直後に今度は蹴りを腹部へと放った。

 

「ぐぅ――!!」

 

本気で放たれた蹴りを腹部へマトモに受けた故か、さすがの彼女も表情を苦悶へと変えながら後方へと吹き飛んでいく。

けれどすぐに吹き飛ぶ身体に急停止を掛け、体勢を立て直すと同時に左手で蹴られた腹部を擦りながら、やはり笑う。

 

「っ……良いわ。その調子でもっともっと来なさい、“白亜の閃鈴”!! そしてこの私に更なる楽しみを――――っ!!」

 

「残念ながら、その楽しみとやらもここまでですわ!」

 

笑みを浮かべたまま、変わらぬ上機嫌な調子で言葉を吐こうとした直後、聞こえてきたのは先ほどから見えなくなっていた人物の声。

しかも、その声が聞こえたのは自身の背後。そこまで距離の離れていない位置から……正直、あまりにも迂闊だったと言えるだろう。

彼女ほどであれば、そんな位置に回り込まれたらすぐに気付けたはず。けれどそれが出来なかったのは、意識がアドルファに集中し過ぎていた故。

けれどその迂闊さに気付いた所でもう遅い。声に反応して振り向き、その人物――ラーレの姿を認識した直後――――

 

 

 

――向けられる杖の先端より、膨大且つ高密度な魔力の砲撃が放たれた。

 

 

 

同じ砲撃の延長線上に立つアドルファの場合はある程度距離があるため、驚きありしもすぐに退避出来た。

けれどカタルシスに関してはそうもいかない。認識したときにはすでに発射される瞬間であったため、退避するには決定的に時間が足りない。

それ故か退避するという考えは始めから持たず、防御し切れるかは分からずも無いよりマシと防御魔法を展開した。

 

 

 

――途端、彼女の姿は砲撃の光に飲み込まれ、姿が見えなくなった直後に凄まじい爆発を引き起こした。

 

 

 

目で見ただけでも、砲撃の魔力は半端なものではない。それこそ弾丸を最低一発は使ってそうなほどの密度。

カタルシス相手に背後を取り、そんなモノを放つ。それは非常に危険が伴う行動……言ってしまえば、賭けにも近い行為だ。

それをやってのけたラーレには正直称賛の念を抱くと同時に、無茶をすると呆れる気持ちが浮かんでしまう。

だからか、アドルファは爆発によって巻き上がる煙から視線をラーレへと変え、その考えをそのまま顔に灯して見遣る。

その視線と目が合った途端、ラーレは不満顔でプイッと顔を逸らす。けれどそれは様子的にアドルファの言い分に腹を立てたようには見えず。

だったら何にそんな腹を立てているのだろうと思うのだが、よくよく考えてみれば思い当たる事が彼女には一つあった。

それはアドルファとカタルシスが交戦する直前、ラーレに下がるよう指示し、そしてそのまま戦力外通告に近い状態にしてしまった事。

まさかそんな事であんな無茶はしないだろうと普通なら思うだろうが、彼女に関してはそういう理屈がはっきり言って通じない。

自分の実力というモノに大層な自信を持ち、誰よりも強くなりたいという願いを持つ。それ故に例え心配だったからと言っても、彼女は納得しない。

加えてそんな性格故、この手の事で機嫌を損ねた彼女の怒りを鎮めるのは難題。けれど放置したら放置したで後々かなり面倒な事になりかねない。

そのためアドルファは小さく溜息をつきつつ、どうやって宥めようかと考えながらラーレの居る位置まで近寄ろうとするが――――

 

 

 

――まるでそれを遮るように、広がる煙を掻き消すほどの炎が立ち上る。

 

 

 

咄嗟に動き出そうとした身体は炎から遠ざかるように後ずさる。同じようにラーレもまた、驚愕の表情で炎から大きく離れた。

そしてそれと合わせるようにして立ち上った炎は徐々に収まっていき、その中心部にて信じられない光景を二人は目にした。

 

「あは……あはは、あははははは……あぁ痛い、凄く痛いわ。こんな痛み、一体何時ぐらい振りに味わったかしらねぇ」

 

顔半分と体中を火傷で爛れさせながら尚も笑う。そんな、怖気を感じても可笑しくない様子を見せるカタルシスの姿。

見た目だけで見るなら、もうすでに満身創痍。何時意識を失っても、それどころか何時その心臓を止めても不思議じゃない。

なのに彼女は痛いと言葉に出すのとは裏腹に、まるで痛みを感じていないかのように笑いながらそこに立っていた。

 

「そん、な……私の砲撃を真っ向から受けて、どうして」

 

「別にそこまで、驚く事ではないでしょう? 私と貴方の、力の差を考えれば……何も可笑しな所なんて、ないわっ」

 

力の差……その言葉はラーレにとって鬼門。力に自信を持つが故に彼女にとって許す事が出来ない言葉。

だからか、ラーレの表情が途端に歪む。そしてどうしようもない、自身では抑える事の出来ない程の過剰な怒りを灯したモノへ。

 

「そんな事……そんな馬鹿な事、あるはずありませんわ!!」

 

言いながら杖を振るい、魔法陣を展開した。複雑な、それでいて綿密な術式を描いた魔法陣を。

それが示すのは、彼女の得意中の得意とする魔法の合図。絶対的な破壊力を持つ、彼女の持つ中で最強の部類に入る広域魔法。

けれど強力な上、攻撃範囲が異常なまでに広い事から、仲間内からでも滅多な事で使ってはならないと言い含められている魔法。

もちろん、彼女とてソレは覚えている。覚えているからこそ普段は使おうとしない……でも、現状ソレは怒りの感情によって忘却されている。

様子からしても我を忘れている事が明らかである故、アドルファは怒声に近い声を上げる。彼女のソレが完成する前に止めるために。

だが、その声は彼女には届かない。いつもの生半可な怒りじゃない……仲間の声すら耳に入らない、それほどの多大な怒り。

プライドをズタズタに引き裂くような言葉を言われたのだ。しょうがないと言えばそうかもしれない。だが、それでも放っておく事は出来ない。

だから声が届かないと分かった直後に動き出したのだが、その行動はどういうわけかカタルシスによって止められる羽目となった。

 

「っ――邪魔をするな、“狂浸(カタルシス)”!!」

 

「あはっ、貴方の方こそ。いいじゃない……屑が屑なりに頑張ろうとしているのだから、仲間だと言うのなら見守ってあげるべきだわ♪」

 

体中もうボロボロなのに、動きはまだ余裕がある。しかも、先ほどまで浮かべていた僅かな痛みの色も今は無い。

その上で浮かべた狂気の笑みで告げる言葉は、明らかに彼女が行使しようとしている魔法を多少なりと理解した上で楽しむような言葉。

ラーレを殺されかけた時と同じ怒りが再び湧き上がる。けれどそれを表に出し、彼女に飛び掛かる余裕がアドルファには無い。

少しでも速く、ラーレを止めなければならないのだ。そうしなければ、彼女は自らの手でこの場とその近辺の区画を粗方消し去ってしまう。

でも、それを少しでも理解しているはずのカタルシスは彼女の前から退こうとも、邪魔する事を止めようともしなかった。

それ故にアドルファはラーレの傍へ近寄る事も出来ぬまま、彼女はその術式を発動可能域まで完成させようとしていた。

 

「くそっ……ラーレ!! 馬鹿な事は止めるっス、ラーレ!!!!」

 

近寄る事が出来ないから、彼女は今一度声を上げる。先ほどの怒声よりも、更に精一杯大きな声で制止を掛けようとする。

けれどそれでも、彼女は止まらない。以前として声を掛け続けても、アドルファの声はまるで彼女に届く事はなかった。

 

「あはは、あはははははははは!!! さあ、見せなさい。見せてみなさい!! 屑なりの頑張りというのを、この私に見せ付けてみなさい!!」

 

反対にカタルシスは今の状況を楽しむ。アドルファの邪魔をし続けながら、ラーレの怒りを強めるための煽りの言葉を告げながら。

その魔法によって自身が倒れるとは思っていないだろうが、もしも仮に倒れるのだとしても正直知った事ではない。

どうせこの身が滅びても、次の生が来る。なら、死が待っていようとも今の状況を楽しむ……ただ只管、楽しみ続ける。

その狙い通り、そんな彼女の様子と言葉がより怒りを増長させてしまったのか、ラーレの術式構成速度がより一層速くなる。

そこからもう誰にも――アドルファにもカタルシスにも止められない程にまで術式は組み上がり、完全なモノへとなる一歩手前まで来る。

魔法陣の発光は更に強いモノへとなり、感じさせる魔力も異常なまでに強くなる。そして遂に術式構成の仕上げとなる詠唱の言葉が――――

 

 

 

――紡がれる事は無く、どういう訳かあそこまで練られていた術式も魔力も、一瞬にして跡形も無く消え去った。

 

 

 

アドルファ、カタルシス、その両名だけではない。その魔法を行使しようとしていたラーレですら、呆然としてしまう程の驚愕な現象。

それはつまり、本人自ら消したわけではないという事。むしろ、あそこまで怒り狂っていたのだからソレはそもそもありえないだろう。

ならば、一体何が起きたというのか……その疑問が誰もの中で解けるより早く、その答えが自ら皆の前に姿を現した。

 

「……間に合った」

 

ラーレの背後より聞こえた幼さを感じさせる声。それが聞こえた途端に集中した誰もの視線の先にいたのは、小さな少女。

片手に大人が持つようなサイズの刀を持つ、血の様に赤い短髪の少女。そんな人物が、何の感情も窺わせない無表情でそこに立っていた。

その姿形にはアドルファにも、ラーレにも一切見覚えがない。けれどここに居て見知らぬ人物という時点で『紅き夜』である事は確実。

それ故、アドルファもようやく我に返ったラーレも咄嗟に臨戦態勢を取ろうとするが、それより早く少女の姿は視界から消える。

そして驚きの表情が再び二人の顔に浮かぶ中、次に姿を現したのはアドルファの前にいる彼女――カタルシスの前だった。

 

「あらあら……これまた珍しい人のお出ましねぇ。一体、どうやってきたのかしら? あの船には確か、私たち三人しか乗っていなかったはずなのだけど?」

 

「……言う必要はない。そんな事よりも、これは一体どういう事なのか……説明して」

 

「説明? そんなモノが必要? いいえ、必要なはずないわよねぇ……だって貴方は、もう全部分かっているんだから」

 

「そう……弁解は?」

 

「そんなモノ、あるわけないじゃない! そもそも何で弁解なんてしなくてはならないの? そんなモノは必要ない、私たちは私たちのしたいようにしただけ……それを貴方にとやかく言われる謂れは――――!!」

 

言葉は最後まで発せられる事は無く、途中で途切れる。それと共に今まで以上に多い量の血がアドルファとラーレの目先で噴き上げる。

一瞬、何が起きたのか理解できなかった。突然現れた少女がカタルシスと話し出し、口論になりつつある……あくまで理解出来たのはそこまで。

けれどすぐに思考が追い付き、最初に目先に映ったモノが一つの事実が突き付けられる。未だ、夥しい程の鮮血を噴き上げ続ける――――

 

 

 

 

 

――首から上を失った、カタルシスの死体によって……。

 

 


あとがき

 

 

はい、今回『紅き夜』のメンバーで新しい人が登場致しました!

【咲】 でも名前はまだ出てないわね。

んにゃ、出てないわけじゃないべ? 一度だけだけど、一応出てる事は出てるし。

【咲】 ……ああ、あれが名前なわけね。

そういう事。ちなみにだが、少し前の話のあとがきで言った多少なりと話の通じる奴っていうのはこの子の事だったり。

【咲】 まあ、確かに他のが見せる様子とは明らかに異なってはいるわね。

けど今回のだけでも分かる通り、その実力は折り紙つきだ。

【咲】 油断してたとはいえ、カタルシスを一瞬で殺したものね。

うむ。ともあれ、今回は少しだけの登場だったが、次回からはちょっとばかり出番が出てくる。

【咲】 そうなの?

うん。だってあの子、B.Nの話全体を通しても『蒼き夜』の面子と同じくらい重要なポストにいるし。

【咲】 へ〜……って、それってぶっちゃけても良い事なわけ?

かまわんよ。どうせ後編まで見たら分かる事だしね。

【咲】 ふ〜ん。にしても前から思ってたけどラーレって何ていうか、結構キレやすいわね。

自分を下に見られたり、コケにされたりする事をメンバーの中では一番嫌う子だからねぇ。

【咲】 キレなかったらマトモ……とは言えないけど、良い子には見えるのにね。

まあな。ともあれ、新人物が登場した今回も前回からの続き話だったわけだが……。

【咲】 当然ながら次回もこの続きって言いたいのよね?

うむ! いや〜、次回予告が無いって楽で良い――ぶばっ!?

【咲】 アンタ……もしかして楽がしたくて連続ものにしてるんじゃないでしょうねぇ?

そ、そのような事は……ただ構想上こうなってしまうわけでして、はい……。

【咲】 …………本当に?

ほ、本当です。

【咲】 …………。

…………。

【咲】 はぁ……いいわ。とりあえず今日のところは信じておいてあげる。

ほっ……。

【咲】 でも、もし楽しようって魂胆が見え始めたらそのときは……。

そ、そのときは……?

【咲】 ……ふふっ。

ひぃ!?

【咲】 さってと、馬鹿に脅し十割で念を押したところで今回はこの辺にしてときましょう。

は、はい! よ、読んでくださった皆様! ま、また次回会いましょう!!

【咲】 それじゃあね、バイバ〜イ♪




てっきりヒルデとも戦闘になるかと思ったけれど。
美姫 「この少女は誰でも彼でも戦うって訳じゃないみたいね」
独断で動いたっぽいカタルシスを逆に斬ってるしな。
ヒルデは中々にいっているみたいだし、ラーレは挑発され易そうだしという中で、
美姫 「気になる子が出てきたわね」
だな。うーん、どのようなキーとなるのか。
美姫 「次回も待っていますね」
ではでは。



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