私たちが追い求めていた事は、決して間違いであるはずなどいない。

 

何を犠牲にしたのだとしても、例え犠牲を強いた報いを受ける事になろうとも。

 

結果として理想の形を得る事が出来るのなら、間違いであるはずなどないのだ。

 

誰が間違っていると言おうとも、少なからず私たちだけはそうなのだとずっと信じてきた。

 

 

 

なのに『君』は、今になってこの研究を過ちだと言う。今になって私たちの理想を拒絶する。

 

苦楽を共にし、当初から今に至るまで何も変わらぬ理想を求め続けてきた仲間であるはずの『君』が。

 

『君』の言うとおり、確かに私たちの理想の集大成たる『蒼き夜』も『紅き夜』も、完成させるには多くの犠牲が伴う。

 

人一倍優し過ぎる君が反対するのも、正直に言えば分かる。けれどその分、得るモノとて大きいというのが事実だ。

 

 

 

そして何より、当初から『君』も私たちも常に求め続けていたモノが手に入る――――『永遠』という時間が、手に入る。

 

人生の終着点とも言える死の運命を乗り越え、ずっと生き続ける。私たち研究者にとってコレは、何よりの幸福だと言ってもいい。

 

それに研究者としての立場を抜きとしても、私は内に持つもう一つの理想――――『君』と共に『永遠』を歩み続けるという夢を叶えたい。

 

持ち前の優しさ故に犠牲を好まないのは分かる。その犠牲を強いるこの研究を続ける事に辛いと思うのも、理解出来る。

 

けれど『君』がいなければ、私は理想の半分を失ってしまう。研究者としての理想は叶っても、個人の理想は潰える事になってしまう。

 

だから、今でも『永遠』を欲しいと思っているのなら……今でも私と、私たちと『永遠』を歩みたいと思ってくれるのなら、頼む――――

 

 

 

 

 

 

 

――――どうか私の夢を消さないでくれ、アラキナ。

 

 

 

 

 

 

 

 

魔法少女リリカルなのはB.N

 

【第三章】第二十九話 悠久を護るは蒼、古を滅するは紅 中編1

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

一度は止まった警報音が再び鳴り始め、二人――『マザー』とジェドの会話がまたも中断させられる。

警報が鳴るほどの問題は早々起こるものではない。それも、二度続けてなどはっきり言って今までにない事。

けれど実際に鳴ったというのは紛れもない事実。それ故、『マザー』は話の中断からすぐに閉じたモニタを今一度開いた。

 

「今度は何じゃ? 一体何が起きた?」

 

《当要塞、『蒼き夜』内部にて侵入者を確認致しました。敵戦闘艦消滅直後という事から、敵戦闘艦に搭乗していた者たちだと思われます》

 

「……確認した侵入者の容姿とデータベースを照合、急げ」

 

《――……照合完了。該当データ、有り。データを表示致しますか?》

 

問いに『マザー』が短く返事を返せば、直後に開かれたモニタに侵入者と合致したモノと思われるデータが表示される。

表示されたデータは男一人と女二人の計三つ。男性のほうは赤と黒の入り混じった短髪、右目に奇妙な模様の眼帯が特徴。

女性のほうの片方は男性と同じで右目に眼帯、もう片方はどこかカルラと似た顔立ちをする少女。表示されたのはそんな三人のデータ。

そのデータを見た途端、『マザー』は苛立ちからかギリッと軽く歯軋りを鳴らし、見るのも嫌と言うかのようにデータを早々に消した。

 

「カルラを除く『蒼夜の守護騎士』の現在地を割り出し次第、通信回線を開け。それと侵入者の動向は随時報告するように」

 

《了解致しました。しばしお待ちください》

 

その言葉から少しの間、機械質の声は黙りこくる。加えて警報音も今は止まっているせいか、室内を静けさが包み込む。

その間で先ほどの事や、今のデータの事に関しても聞こうと思えば聞けた。だが、彼はそれを聞く気にはなれなかった。

というのも今の彼女は見た感じで分かる通り、非常に苛立っている。話し掛けようものなら、容赦なく噛みついてきそうなほど。

疑問が頭の中をぐるぐる回っていて気持ちは悪いが、実害を被ってまですぐに聞こうとは思わない。それ故、彼も今は黙すだけ。

そして静寂が流れ始めてからおよそ一分後、黙していた機械質の声は回線が繋がったという旨を伝えつつ、少し大きめの二つのモニタを開いた。

 

『全く……警報が鳴ったと思えば、突然の通信。一体何なんですのよ、もう』

 

「回線を開いた途端に文句とはええ度胸じゃのう、ラーレ」

 

『ほんと、怖いもの知らずっスよねぇ。まあ、それがラーレの長所でもあると言えばそうっスけど』

 

「……アドルファ。貴様、後で折檻してやるから楽しみにしとれよ?」

 

『何でウチ!?』

 

『あはははは。相変わらずと言うか、アルと『マザー』って本当に仲が良いですよね♪』

 

『これを仲が良いと言っていいのかどうかは微妙なところだがな。まあ、それはともかく……先ほどの警報といい突然の通信といい、一体何が起こっているのだ?』

 

モニタの一つにはギーゼルベルトとラーレ。もう一つにはアドルファとヒルデの二人が映っている。

後者のモニタにてカルラの姿が見えない辺り、大方警報がなったときに一緒に居た二人がとりあえず部屋へ戻したのだろう。

けれどそれはむしろ好都合。指示の中でカルラを除くと告げている事から分かる通り、今の彼女に聞かせるのは余り宜しくないのだ。

だから彼女の姿があれば、彼女だけは聞かぬよう言うつもりではあったが、居ないという事で『マザー』は早速本題へと入った。

 

「ふむ……どうやら鼠が三匹ほど、この『蒼き夜』内部に入り込んだようでのぉ。どうやって侵入したのかは知れんのじゃが、ともかくお主らにはその侵入者の迎撃に出て欲しいんじゃよ」

 

『侵入者、ねぇ……もしかして、そいつらってアレじゃありませんわよね?』

 

『あは、そんなまさか! 前のでも信じられないくらいなのに、いくらなんでもココの位置まで探り当てるなんて事は――――』

 

「そのまさか、じゃよ」

 

『……マジっスか?』

 

「うむ。今しがたデータベースと照合したが……まず、間違いないじゃろうな」

 

『マザー』の断言に四人は言葉を失う。彼女らとて、ここが見つかるなんて事は信じられるものではないのだ。

だが、こういう事に限り『マザー』は嘘を言わない。それは何年も何十年も、それこそ気が遠くなるほど長く共にあった彼女らが一番良く知る。

それ故、彼女が断言してから数秒して我に返った四人は一様に表情を厳しくする。『マザー』だけに限らず、彼女らとてアレというのを嫌悪しているが故に。

 

『……数は三と言ったが、その構成はどのようなものになっているんだ?』

 

「“羅翔(ベルベット)”と“虚絶(イグジット)”、それと“狂浸(カタルシス)”じゃな。数自体は少ないが、構成からして容易に退ける事は出来んじゃろうな」

 

『はえ、そうなんですかぁ? ヒルデはどれとも戦った事がありますけど、何も問題無く殺せましたよ?』

 

「それはお主が――――いや、まあそれは良い。そんな事よりも今は奴らを滅する事が最優先じゃ……奴らの現在地はすぐにでも送信する故、確認次第すぐに迎撃に向かえ」

 

その言葉に四人が了解という一言を返した後、モニタを消して『マザー』はすぐさま割り出した敵の現在地を送信する。

そして送信完了の文字が表示されると展開していたモニタの半数以上を閉じ、必要最低限だけを開いた状態で佇む。

先ほどまでの忙しなさはまるでなく、開いているモニタを眺める事さえない。静かに目を閉じてただそこに立っているだけ。

けれどこんな様子になっても、ジェドは口を開こうとはしない。事態そのものが片付いていない以上、邪魔をする事は出来ない。

だから彼自身も未だ黙したまま、再び流れる静寂の中で二人はただ何をするでもなく、その場に佇むのみであった。

 

 

 

 

 

『蒼き夜』の内部は複数の十二の区画に分かれた一つの都市。それ故、その大きさは非常に巨大だと言う他ない。

ただ如何に巨大だと言っても住む者がいないのであれば無意味。むしろ、形だけは綺麗な廃墟という言葉が似合うかもしれない。

加えてそんなだから普段はどの区画も非常に静か。それこそお化けでも出そうな……そんな怖いくらいの静寂に包まれている。

特に居住エリアとされる第五区画と第六区画、そして前の二つとは若干離れた位置にある商業エリアの第九区画。

人が居れば一番賑わっていそうな区画であるが故、本来ならこの三つの区画に限っては人一人居ない静けさが一番際立つ場所だが。

 

 

 

――その場所こそが、外部からの侵入者の姿が発見出来た場所であった。

 

 

 

どの区画にしても、外部との出入りが唯一出来る転送装置がある第一区画とはある程度離れた場所。

それ故、一直線にそこを目指してでもしない限りは侵入からこんな短時間でそこまで辿り着く事はまず無いはずである。

けれど現実として彼らは三つの各区画にて姿が観測されているし、尚且つそんな場所を目指す意味など持ち合わせてはいない。

『マザー』や『蒼夜の守護騎士』たちが知る限り、侵入者たる彼らの目的はただ一つ。だから、それ以外の目的など存在しないはずなのだ。

そのため彼女らにとってはまるで意味不明な事態であったわけなのだが、実際のところ意味不明なのも当然と言えば当然の話。

 

「あはっ……ほんとバカみたい、バッカみたい! こんな物作ったって化け物は化け物でしかないのに!!」

 

なぜなら、彼らにしても今の行動に意味など持ち合わせていないのだ。ただ気が向くままに、己が本能に任せて。

『蒼き夜』に負けが確定の喧嘩を挑んだ事も、こうして意味も無く侵入した内部をぶらつくのも。全て各々の本能のみで動く。

中でも特にココ――第九区画の空を無意味に飛び回っている少女は、三人の中でも一番性質が悪い部類に入る。

というのも彼女はただ楽しいからというだけで行動するのだ。誰かを殺すのも、何かを壊すのも、何もかも理由は楽しいから。

もちろん、何がそんなに楽しいのかと聞いても彼女には答えられない。ただ楽しいというだけで深い意味は持ち合わせていないのだ。

だからこそ三人の中では特に芯の部分が狂っているのだと言え、それ故に彼女へ古より名付けられた名は――――

 

 

 

――“狂浸(カタルシス)

 

 

 

浸透した狂気は消える事は無く、より一層歪んでいくだけ。そして歪み続けた狂気は更なる『楽しみ』という快楽を求める。

今の彼女が持つ『楽しみ』が何なのかはまだ理解しかねるが、今の行動に意味があるとするならこんなところだろう。

 

「そうだ、そうだわ。 こんな化け物に不相応な物、全部全部壊しちゃいましょう! それがいい、それがいいわ……あはははははは――――!!」

 

化け物は化け物を認めない。彼女の中で化け物のカテゴリに入る『マザー』や『蒼夜の守護騎士』を、彼女は認めない。

人として認めるなど以ての外。だから、周りに建つ建物を化け物な彼女らに不相応だと判断し、魔法陣を展開し始める。

『楽しみ』という快楽を満たすための、人としてあろうとする化け物たちを絶望へと叩き落とすための、無意味な破壊を齎すために。

 

 

 

「――っ!?」

 

――だがその直後、ドスッという鈍い音が響き、同時に彼女の身体へ強い衝撃が走った。

 

 

 

途端、展開していた魔法陣は消え、彼女の身体は僅かによろめく。浮かんでいた笑顔も、この瞬間だけはない。

僅かな苦悶を浮かべた顔で衝撃の発生源である右肩へ顔を向ければ、そこにあったのは血濡れの刃。

それを視認した事で彼女は事態を把握した。察するに背後から、何者かが自分へ向けて刃物を付き立てたのだ。

しかも背後から人の気配が一切しなかった事から、距離を空けた状態からの投擲。それだけで彼女は、これを行った人物の予測を付ける。

そして浮かべていた苦悶の表情を押し込め、刃を抜く事も無く再び笑みを浮かべながら、投擲が行われたであろう方向へと振り向いた。

 

「あは、あははっ……来た来た、やっと来た! 『蒼き夜』を守護する化け物! 私たちの愛すべき怨敵!!」

 

振り向いた先で目に映った人物の姿が刃で肩を貫かれた痛みを忘れさせ、代わりに満面の笑みを招く。

それは新しい『楽しみ』を見つけた際に浮かべる笑み。非常に純粋であるが故に、異常な狂気が垣間見える笑み。

 

「はぁ……よりにもよって“狂浸(カタルシス)”だなんて、また面倒臭いのにぶつかりましたわね」

 

「というか見た目があの子と似てる分、面倒臭いと言うよりはやり難いんスよねぇ……まあ、性格云々がまるで似てないってのがせめてもの救いっスけど」

 

対して彼女の視線の先にいる人物――アドルファとラーレの二人は心底、嫌そうな顔を浮かべていた。

別段これが分かってて遭遇したのなら、彼女らもこんな顔をしなかっただろう。だが、実際はそうではないのだ。

というのも敵の現在地を知らされたはいいが、急ぐあまりにどの場所に誰がいるかを確認し忘れていたのだ。

それ故、確認のために戻るわけにもいかず、四人は三つに分かれて各々の場所へ急行した。それは誰が誰に当たるかが運次第という事。

そして結果、この二人が当たったのが彼女。だから、正直なところ二人のクジ運は結構悪いという事になるのだろう。

 

「面倒臭いだなんて、釣れない人たち。こうして私と相見えたのは言うなれば運命……そう、運命なのよ!」

 

「運命、ねぇ……そんなモノ、正直こちらとしては願い下げなんスけど」

 

「あはっ、本当に釣れないのね。でもまあ、いいわ……そんな貴方達だからこそ、好ましい! そんな貴方達だからこそ、殺したくなる!!」

 

「好ましいから殺したくなるって……ホントに毎度の事ながら、意味の分からない――――っ!!」

 

呆れからくるラーレの言葉は最後まで放たれる事は無く、カタルシスの放った龍の如き炎が襲い掛かる。

咄嗟に大きく回避したから当たりこそしなかったが、それはいっそ清々しく思えてしまうくらいの不意打ちであった。

けれど彼女自身は不意打ちをしたという意識は無い。いつでも、どんなときでも、自分がしたいと思ったときに攻撃する。

相手が逃げようとしても、話し掛けようとしていても……彼女にとって攻撃してはいけないという分類には入らないのだ。

 

「避けた、避けられた! 当たったと思ったのに、殺したと思ったのに……面白い、本当に貴方達は面白い化け物だわ!!」

 

自身の魔法を避けられても、嬉しそうに笑う。笑いながら、自身に刺さっていた刃を無造作に抜き放つ。

途端にブシュッと鮮血が迸るが、それも一切気にする事は無く、抜き放った刃――特殊な形状の短剣をアドルファへ向けて投げる。

だが、投げられたソレは高速で回転しながら襲い掛かるが、アドルファはそれを馴れた様子で難なく受け止め、軽く振るって血を払った。

 

「さあ、宴の舞台は整った! 始めましょう、始めましょうよ!! 蒼の化け物と紅の化け物、どちらが生き残るか……そんな楽しい、ささやかな宴を!!」

 

踊り出しそうなほど舞い上がっている彼女と違い、対するアドルファもラーレも極めて静かに相手を見ていた。

蔑むような、憐れむような、そんな感情を込めて。そんな視線のまま互いに持つ得物を構え、臨戦態勢を取る。

反対にそんな二人の様子を尚も嬉しそうに笑うカタルシスも、『楽しみ』という快楽を味わうべく複数の炎を立ち上らせる。

巨大な柱にも、昇竜のようにも見える炎。敵を燃やし尽くし、原形さえも残さないほどの熱量を持った高密度の魔力を以て練られた炎。

そして相対する互いが戦闘態勢を取り、僅か数秒の硬直が齎された後――――

 

 

 

――僅かに炎が揺らめいたのを合図として、殺劇の宴は幕を開けた。

 

 

 

 

 

 

 

同時刻、第五区画にて。居住施設が立ち並ぶ、その上空に於いて二人の男女が激闘を繰り広げていた。

一方の男性――ギーゼルベルトは己の獲物である大剣へ氷結の力を纏わせて振るい、尚且つ敵がそれを避けても氷の魔法で追撃を放つ。

もう一方――“虚絶(イグジット)”という名を持つ女性はと言えば、基本的に避けたり距離を取ったりという行動を主としつつも時折反撃を行ったりする。

けれど傍目から見れば、それは後者の防戦一方にも見える。なぜなら彼女、反撃はしても自分から攻めに徹する事がないのだ。

それは明らかに相手を倒そうとしているようには見えない戦い方。これを防戦一方と見ないのであれば、何か企んでいるとしか考えられない。

だが、何かを企んでいるのだとしても、その何かが見えてこない。相手の事を少なからず知るギーゼルベルトでさえ、全くと言っていいほど。

 

「貫け、氷鬼の轟槍!!」

 

Ice aiguille》

 

顕現とほぼ同時に飛来させる数十の氷柱。一つ一つは差して威力が無くも、その飛来速度は中々に速い。

だからこそ、これは主に隙を作るために使うのが主。それ故、ギーゼルベルトは氷柱の発射直後、すぐさま動き出す。

氷柱の飛来進路とはまた違う方向へ周り、氷柱に気を取られる彼女へ横から強襲を掛けるべく、大剣を振り被り突撃する。

 

 

 

――しかし行動を起こした直後、瞳に映った光景によって彼は自身の失態に気付く事となる。

 

 

 

正面から飛来してくる数多い氷柱。それらへイグジットは本を持たぬ右手の指先を向け、そのまま右へスライドさせる。

途端、まるで動かした指先に従うように全ての氷柱は大きく進路を変え、右方から突撃を仕掛ける彼へ飛来してくる。

 

「ちっ――!」

 

それは完全に忘れていた彼女の得意魔法。特筆して強い威力を持つ中、遠距離魔法で無い限り作用する特殊な魔法。

ギーゼルベルトを含む『蒼き夜』の者たちはこれを『掌握魔法』と呼んでいる。そして同時に彼女と戦う上で一番警戒する要素の一つと記憶している。

だというのに忘れていたと言うのは正直なところ大失態。それを表すように小さく舌打ちをしつつ、彼は即座に突撃を止めて大剣を盛大に振るう。

そこから生まれる剣風によって直前まで迫った氷槍は一瞬で全て砕け散る。だが、取るしかなかったこの行動が隙を生んでしまうのもまた事実。

本来なら、この隙をついて攻めに転じ、あわよくば討ち取ろうとするのが定石。それ故、彼もそれを警戒して瞬時に構えを取るのだが。

 

 

 

――あろう事か彼女は攻めに転ずるでもなく、自分たちの下に建ち並ぶ建物と建物の間へ急降下し始めた。

 

 

 

建物の陰にでも隠れる気なのか、それとも上空よりも建物という障害物が多いソコのほうが戦い易いと判断した故か。

何にしても折角出来た隙をみすみす逃したのは事実であり、その行動が傍目から見れば舐めているように見えるのも同じく事実。

それ故――というわけではないが、イグジットの後姿を発見した直後、彼もまた彼女を追って市街の中へと降下していく。

 

「…………」

 

後方から同等以上の速度で迫る彼を無言でチラッと窺い、建物の外壁すれすれまで寄って勢い良く蹴る。

その反動を利用して別方向へと進路を変えつつ、追ってくる彼へと向けて今度は目も向けないまま、魔力弾を数発放つ。

もちろん、顕現から放つまで数秒という時間がそこにはある事から、コレの直撃を受けてしまうという事は無い。

けれども回避行動を取る事で若干なりと追跡の速度が遅くなってしまうため、彼女との距離はコレで僅かに開いてしまう。

だが、その開いた間もすぐに縮められてしまう故、彼女が取ったこの行動は正直なところ悪足掻きでしかない。

 

 

 

――にも関わらず、彼女はその行動を何度となく繰り返す。

 

 

 

距離を縮められては後方へと向けて数発の魔力弾を放ち、建物の外壁を蹴っての進路変更を不思議なほど繰り返す。

誰の目から見ても、時間稼ぎ程度にしか見えない行動。実際にこれを行っている彼女とて、それは分かっているはず。

なのに彼女は何度も何度も繰り返すものだから、追い掛け始めて数分という時間が経つ中でギーゼルベルトも何か企みがあるように感じ始める。

だが、そう感じ始めた矢先、彼女は突如として何度も繰り返していた行動を止めるどころか逃げる事さえ止め、その場に静止して振り向くという行動に出た。

魔法でも放ってくるかと思い、彼は咄嗟に動きを止めて身構えるが、反して彼女はなぜか左手で持っていた本を開き、いきなり読書などを始め出した。

 

「……舐めているのか、貴様」

 

「舐めているつもりは無い。むしろ、“氷界鬼”を相手にそんな余裕を見せるほどの自信など持ち合わせてはいない」

 

本心から言っているのであろうともなかろうとも、ペラペラと本を捲りながら言っても正直説得力は皆無。

しかし彼女自身はそこを全く気にしておらず、尚も会話のために口は開くも目線は本へと向けられたままであった。

 

「それにしても今更な事だが、私の所へ“氷界鬼”が来たのはさすがに予想外。“破滅の波紋”、もしくは“白亜の閃鈴”辺りが来るモノと予想していたのだが」

 

「別に俺であっても問題はないだろう? 誰が来たのであれ、貴様を滅するという事には変わりないのだからな」

 

「確かに問題は無い。だが、疑問ではある。貴様は『蒼夜の守護騎士』の中でも上位に位置する者である故、私のところへ来るのは不可思議以外の何物でもない」

 

イグジットが口にした通り、ギーゼルベルトの保有する力というのは『蒼夜の守護騎士』の中でも上の方に位置する。

実際に仲間と本気で戦おうものなら、勝てる見込みのある者は一人しかいない。もちろん彼にも、その自負は多少なりとある。

けれどもこれを指摘されても正直彼は偶然としか返せない。何度も言うように敵の現在地は分かっても、どこにだれが居るかは分からなかったのだから。

ただそんな理由であっても、彼は一々説明する事も無い。自分にとって敵でしかない者の疑問を解いてやるほど彼も優しくは無い。

故に問い掛けるようだった彼女の言葉にだんまりを決め込めば、そんな彼の様子へ目を向けないまま彼女は小さな溜息をついた。

 

「私の疑問に答える気は毛頭無い、という事か……まあ良い。どのような理由がそこにあったのだとしても、知った所で現実が変わるわけでもない」

 

その一言を口にした途端、彼女は読んでいた本をパタンと閉じる。そしてそこでようやく視線を彼へと向け直した。

それを戦闘再開の合図と受け取ったのかギーゼルベルトは大剣を構え、いつでも斬り掛かれる体勢を取るが――――

 

 

 

――その直後、思わず耳を塞ぎたくなるほどの爆発音が響き渡った。

 

 

 

最初の爆発音から一定の間隔を開けて次々と響き続ける。けれどその爆発自体が彼を襲う事はない。

爆発が起こるのは総じて建物の外壁のみ。位置は様々だが、見える位置で起こるモノと見えないモノがある。

つまり爆発そのものは建物を破壊するためという理由で行われているという事だが、その意図は全く以て掴めない。

それ故に不用意には動けず、大剣を構えたままイグジットを睨むように見れば、彼女は静かな口調で語り出す。

 

「貴様と真っ向から戦って勝つ自信を私は持ち合わせていない……故に、少しばかり小細工をさせてもらった」

 

「小細工、だと……?」

 

鸚鵡返しのように問い返される言葉へイグジットは何も返さない。何も返さず、突如として後方へと大きく飛び退く。

その瞬間、一際大きい爆発音が響き、ギーゼルベルトの両サイドに聳え立っていたビルのような建物がゆっくりと倒れてくる。

どちらも彼が立つ方向へと向けて……その光景を目にする事で彼は、彼女の言う小細工というモノに漸く気付く事が出来た。

基本的に逃げるような動きをしていたのは市街へ誘うため、そこから接近の妨害をしつつ飛び回ったのは建物に爆破術式を仕掛けるため。

しかも術式を仕掛ける場所、爆破するタイミング、最終的に彼を佇ませる場所。その全てを計算して行われた綿密な小細工。

先ほどまでの会話もおそらく、回避不可能な状況になるまでの時間稼ぎ。つまり彼女は完全に彼を騙し、罠の中へと誘い込んだという事だ。

 

 

 

――尤も、今そこに気付いても時すでに遅し。

 

 

 

それなりの高さと幅のある大きなビルである故、倒壊が始まった今となっては逃げても逃げ切れない。

如何に全速力で宙を掛けたのだとしても、間に合うとは思えない。そんな窮地に立たされる彼を退避済みのイグジットは静かに見降ろす。

そんな彼女に彼もまた目を向けつつ小さな舌打ちをした後、逃げる以外で自身が取れる最良の行動を取る。

 

「オルフェウス、カートリッジロード!!」

 

Freezing columns》

 

ビルが倒壊する轟音の中で僅かに響く弾丸の装填音。しかもソレは一発ではなく、二発三発と連続して響き渡る。

そして漸く装填音が途絶えたかと思えば次の瞬間、横へ薙ぐように大きく振るわれた大剣より、絶対零度の冷気が多大に放出される。

放出された冷気は周囲に存在する大気中の水分を凍結させつつ、両サイドの崩れゆくビルへと直撃し――――

 

 

 

――その直後、ゆっくりとビルを凍てつかせていった。

 

 

 

たかが氷でビルの倒壊を防ぐ事は出来ない。そう考える人もいるだろうが、実際やって出来ない事は無いのだ。

氷とて一箇所に集中すれば、その強度は凄まじいものとなる。如何に重たいものでも、砕ける事無く支える事も出来る。

それを現実として知らしめるように、ギーゼルベルトの放った魔法は一分と経たずビルを凍結させ、完全に倒壊を止めた。

ビルの凍結に合わせて補助として作り出した氷の柱もまた、倒壊を止めた要因の一つ。けれど、この魔法はそれだけでは終わらない。

 

「――――っ!?」

 

振るわれた大剣の進路上に放出される冷気はもちろん、僅か先の上空に居るイグジットにまで迫る。

その速度はそれなりに速く、咄嗟に効果範囲外まで退避しようと飛び立つ際、彼女の右手を凍てつかせる。

全てに触れたわけではないため、凍てついたのは右手だけであったが、徐々にそこから上へ上へと浸食してくる。

故に彼女は効果範囲外まで逃げる最中、魔法で生み出した刃で自身の右手を肩から切り落とす。

直後に強い痛みが走り、鮮血が飛び散るが、そこを気にしている余裕は無い。ただただ、退避する事だけで必死であった。

そうして漸く、効果範囲外まで逃げ延びた彼女は近場のビルの上へ着地。直後に痛みからか、そこで僅かに膝をついた。

そのすぐ後、僅かに遅れてギーゼルベルトも僅かに距離を開けた地点へ足を下ろし、彼女の方を見つつ静かに口を開いた。

 

「一切の躊躇も無く腕を切り落とすとは……やはり、死を恐れないというのは厄介なモノだな」

 

「っ……それこそが私たちの強みであり、貴様らの強みでもあったモノ。そしてそれ故、貴様らも私たちも只人にとって異質な化け物としか映らない……忘れたわけでは、ないだろう?」

 

「……確かに俺たちもまた、貴様たちと同じだった。だが、最早俺たちと貴様たちは同じではない……化け物である事を許容した貴様たちと、化け物でありながら人でありたいと願う俺たちでは、もう何もかもが違うのだ」

 

「そうだ。だからこそ、私たちは敵対する道を取った……人でありたいなどという願いから、貴様らが『古の扉』を開くという選択をしてしまったが故に」

 

そこで初めて、無表情だったイグジットの顔に感情が籠る。親の仇でも見るような、憎悪の感情が。

対してギーゼルベルトのほうは至って冷静。憎悪を向けられても感情が揺れ動かず、ただ静かに膝を付く彼女を見下ろしていた。

 

「それしか道は無かったのだ、と言っても……貴様たちは納得しないのだろうな」

 

「当然だ。『管理者(ゲスティオン)』が管理すべき代物を私利私欲で使おうなど、愚か以外の何物でもない」

 

言いながら、彼女は僅かにふらつきながら立ち上がる。右腕を無くしても、死を恐れないからこそ戦おうとする。

そんな彼女に止めておけとは彼も言わない。もう何度も繰り返した事なのだ、これから何度も繰り返していく事なのだ。

同情するだけ無意味にしかならない。それ故、魔法陣を展開し始める彼女に対し、彼もまた大剣を構えた。

 

「貴様らが愚かな選択を取ったあの日から、私たちは完全に敵同士となった。未来永劫相入れる事も無い、怨敵同士でしかなくなった」

 

語るその顔には先ほど灯っていた感情も無く、元の無表情へ。怒りも悲しみも喜びもない、無の状態へ。

だから、語る言葉にどんな気持ちを乗せているのか悟る事は出来ない。尤も、彼としてもソレを察する気は無いだろう。

彼女が言った通り、互いに敵でしかないのだから。憎しみ合い、妬み合い、殺し合うしか出来ない関係なのだから。

故に彼自身は何も返す事は無く、ただ彼女の言葉だけが響いた。無の状態ながらも、声にだけは感情を乗せた――――

 

「だからこそ、私たちは決して貴様らを逃がさない。貴様らが『レメゲトン』を持つ限り、『古の扉』を開こうとする限り――――」

 

 

 

 

 

 

 

「『紅き夜』は決して、貴様らを逃がしはしない!!」

 

――死闘再開の合図ともなる、その言葉が。

 

 


あとがき

 

 

今回、ようやく敵さんの組織名が出てきたな。

【咲】 ついでに個々の名前もね。ていうか、たびたび出てきてた『紅き夜』ってアレらの事だったのね。

まあね。だからこそ、彼女らにとってアレらは敵以外の何でもないという事だ。

【咲】 尤も、アレらにとっても『蒼き夜』の面々を完全に敵視してるみたいだけどね。

まあ、一部の者はそうじゃないんだけどな。

【咲】 カタルシスとか、ベルベットとか?

うむ。特にカタルシスは使命云々なんて関係なく、ただ単純に楽しめればいいという性質の奴。

だから『蒼き夜』の事は敵と言うより遊び相手と思っている節があり、故に厄介でもある。

【咲】 ふぅん……ところでさ、今回出てきた三人の中ではぶっちゃけ、誰が一番強いわけ?

あの三人の中でか? ん〜……まあ、この後の話ですぐ分かる事だが、はっきり言ってカタルシスは一番強いかな。

【咲】 へぇ……じゃあ、アドルファ&ラーレ組がそれと当たったのは拙いかもね。見た目もカルラに似てる分、余計に。

カルラと似てるって部分はあの二人にとって似てるだけと割り切れるから大した問題じゃないが、確かに楽には勝てんな。

というか、彼女らはデバイス無しで魔法を行使する分、全ての魔法が殺傷設定状態だから負けは死を意味する。

【咲】 つまり、敗北は許されないって事ね。

そういう事だな。尤も、逆にギーゼとヒルデの方は正直実力差があり過ぎて話にならんのだが。

【咲】 そういえば今回の最後の方でも少しあったわね。そんなに弱いの、ベルベットとイグジットの二人は?

いや、反対にギーゼとヒルデが強過ぎるんだよ。『蒼き夜』の中で順列を付けるなら、あの二人が現状一番と二番だからね。

【咲】 ふ〜ん……だったら何でアドルファが『蒼夜の守護騎士』の将なわけ? 普通は一番強い人がなるべきじゃないの?

そういう決め方もあるが、正直ギーゼもヒルデも強いだけで統率力とかその他諸々のスキルはまるで無いからね。

だから『蒼き夜』の中で一番そのスキルがあるアドルファが将なの。尤も、彼女が将なのにはソレに加えてもう一つだけ理由があるんだが。

【咲】 だが?

それは過去――エリオットの事も関係してくる昔の話に関係があるから、ここではまだ語れん。

まだ少し後になると思うが、追々その部分も出てくると思うからそれまで待っててくれ。

【咲】 はいはい。それじゃあ、そろそろ次回予告を……と言いたい所だけど、正直言うまでもないわよね。

まあ、今回の続きだからな。特筆して語る事も無いが、敢えて一つだけ言うならカタルシスの強さが良く分かるお話ですね。

【咲】 つまりあちら側の戦いがメインのお話、と……とまあ、そんなわけで今回はこの辺でね♪

また次回会いましょう!!

【咲】 それじゃあね、バイバ〜イ♪




敵の名前が判明。
美姫 「管理者という言葉も出てきているし、過去は同胞だったみたいな感じもするわね」
過去に何があったのかも気になるが、やはり今はこの襲撃がどうなるかだな。
美姫 「確かにね。たった三人で襲撃。本気なのかどうか」
それだけの力を持っているのか、別の意味があるのか。
美姫 「非常に気になるわよね」
うんうん。次回が待ち遠しい。
美姫 「次回も待っていますね」
待ってます。



▲頂きものの部屋へ

▲SSのトップへ



▲Home          ▲戻る