時空管理局に於いて特別捜査官という役職を目指すはやては基本、補佐として管制人格二名及び守護騎士たちと行動を共にしている。

それは裏を返せば、はやてが休みの日は彼女らも休みになるという事。無論例外はあるが、今のところはその形で成り立っている。

加えて言えば、出勤時間も現状は同じだから彼女が学校に行っているときは全員、大体の場合で海鳴にいるという事になる。

とまあ、そんなわけで平日であってもはやてが帰宅するまでの時間は夜天の書の皆にとっての自由時間。そのため、各々好きな事をして時間を潰している。

 

 

 

――だがその中でただ一人、自由時間を自由に過ごせない者がいる。

 

 

 

それは誰かと言えば、管制人格の一人たるリィンフォース。彼女だけは他の誰もと違い、自由時間などあって無いようなもの。

何故かと問えば答えは単純……同じ管制人格にして八神家末っ子であるアスコナの面倒を見切れるのが、はやてを除けば彼女だけだからだ。

他の面々でも全く面倒が見れないわけではないが、何かしらの問題が起こって泣かれでもした場合、他の面々では泣き止ませる事が出来ない。

最初こそはやてやリィンフォースですらも宥める事は困難だったほどなのだから、二人に任せっきりにしてしまった彼女らが対処出来るわけもない。

ただ下手な事をしなければアスコナは泣く事も無く、その一部分さえ抜かせば寂しがり屋だけど非常に大人しいという世話が楽な女の子。

更に言えば、アスコナを泣かせてはいけないという暗黙のルールが現在の八神家にはある。だから注意さえすれば、別にリィンフォースじゃなくても良いのだ。

 

 

 

――面倒を見る対象が、アスコナだけだったのなら……。

 

 

 

八神家の人間ではない外部の人間でただ一人、アスコナを宥める事が出来る人。けれどそれが出来る分、泣かせる事が多い人。

それが誰かとは言わずもがな、ハラオウン家二人目の養子たるシェリス。無邪気で自由奔放、誰にでもすぐ懐くがよく迷惑を掛ける少女。

でも、その性格のせいかアスコナにとって初めての友達となった子。彼女がいればアスコナは泣く事は多くも、泣き止むのも早い。

それは泣き止まそうとしてやっている事じゃないから驚きの一言に尽きる。しかし、だからといって彼女に任せればいいというわけでもない。

なぜなら彼女、八神家へ遊びに来た時は基本的にアスコナを巻き込んで暴れ回る。それこそ、別の意味で近所迷惑になりかねないほど。

だけどこれを抑える事は現状、リィンフォース以外には不可能。二人の面倒を見る頻度が極めて多かった彼女以外では対処法すら思い浮かばない。

まあ、これらを総合すれば結局、アスコナの面倒を見るのはリィンフォースが一番適任であると言わざるを得ないのが現状の八神家あった。

 

 

 

 

 

――これはそんな中、彼女が特に災難へ見舞われた日のお話である。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

魔法少女リリカルなのはB.N

 

【第三章】第二十二話 苦難に満ちるリィンフォースの子守り奮闘記

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

その日、シェリスが八神家へ遊びに来るというのは事前にはやてから知らされていた。何でも、フェイトが電話してきたらしい。

連絡もなく突発的に来る事も多いが、今回のように前日から八神家へ遊びに行くと明言してフェイトが伝えてくれるというのも稀にある。

いつもこうなら一番良い……かどうかが正直微妙である。なぜならシェリスが来ると先んじて知らせれば必ず、逃走する者が出てくるのだ。

誰が逃げるかと言えばシグナムとヴィータの二人なのだが、逃げるというのは少し適切ではない。正確に言えば、適当な用事を作っていなくなるのだ。

なぜそんな事をするのかと言えば、単純にシェリスが苦手だから。何でもシェリスとの接し方がいまいち掴めないらしいが、これはおそらく性格的な問題だろう。

比較的シェリスを好意的に見ているシャマルが説得こそしているものの、改善しようという意思が見られるのはシグナムのみでヴィータは聞く耳持たず。

そんなわけでシャマルと我関せずな態度に近いザフィーラは家にいる事もあるが、この二人に限っては現在に至っても必ずと言っていいほどいなくなってしまう。

そしてすでに二人が除外されている今日は何とシャマルもシェリスが来訪する約十分前に出掛けてしまい、数にして三人と一匹だけが家に残っていた。

 

「ん〜…………にゃ! はい、次はコナの番なの♪」

 

「……その乗せ方はズルイよ」

 

「勝つためなら手段を選んでられないの。いいからさっさと次のを乗せて崩して罰ゲームを受ければいいの」

 

「うぅ……」

 

ソファーに座ってお茶を飲んでいるリィンフォースの視界の内には積み木で遊ぶアスコナとシェリスの姿。

ただ、二人がしてるのは幼子がするような積み木遊びではない。積み木を交互に積んでいき、崩した方が負けというゲームをしているのだ。

アスコナは積極的に何かをしようと口にするタイプではないため、この遊びの提案者はシェリスなのだが、その提案者が率先して卑怯な事をしていた。

ある程度積み上がった段階で三角の積み木を立てて置くという卑怯業。置ける面がないので次の人は置きたくても置けない状況に追いやられる。

この時点で普通は負けを認めるしかなくなるのだが、アスコナにはそれが出来ない。なぜなら、このゲームをする際にシェリスが罰ゲームを設けたのだ。

内容は単純で負けた人は勝った人から両頬を十秒間抓られるという罰ゲーム。所詮はそれだけの罰ゲームだが、相手がシェリスだと結構重大な事。

というのも彼女、何をするにしても一切手加減をしてくれないのだ。勝負事にしても、罰ゲームにしても、手加減の手の字も無いと言ってもいい。

つまり、彼女が抓ると本気だからかなり痛い。だからこそ、アスコナとしてはどうにかして回避したいのだが、もうどうしようもないというのが現状であった。

でも、それでも彼女はもしかしたらという薄い希望を持って積み木の一つを手にとり、恐る恐るといった手付きでゆっくりと乗せに掛かかった。

 

 

 

――しかし、その希望は積み木が崩れる音と共に砕け散った。

 

 

 

それは分かっていた結果……大体にして弥次郎兵衛じゃあるまいし、あの状況で積める方法など普通は無い。

つまり、シェリスが卑怯な手に出た時点でアスコナの負けはほぼ確定していた。ただまあ、それでも諦めなかったのは大したものである。

しかしながら、どう言い繕っても負けは負け。そのため、シェリスは途端にニカッと笑みを浮かべ、対面のアスコナへと飛び付いた。

 

「にゃーー!」

 

「っ――へうぅぅぅ!」

 

逃げる事は当然叶わず、後ろに倒れてしまったアスコナの上へシェリスが馬乗りになる。そしてその両手が彼女の両頬へ。

その直後に思いっきり左右に引っ張られ、アスコナは痛みに悲鳴を上げながらバタバタと暴れる。だが、それで逃すほどシェリスは甘くない。

むしろ逃げようとすればするほど抓る力を強くする始末。挙句には十秒間というルールを決めていたにも関わらず、十秒過ぎても抓り続けている。

故にか徐々にアスコナの目元が涙で滲み、悲鳴にも泣きが混じってきていた。これは正直、あまり宜しくない状況だと言ってもいいだろう。

 

「……はぁ」

 

一時は大人しくしていたものだから多少のんびり出来るかと思ったが、結局そんな状況になってしまった事にリィンフォースは溜息を一つ。

そして即行動とばかりに持っていたコップをテーブルへと置き、ソファーから立ち上がって台所のほうへと向かっていった。

それからコンロの上のほうにある棚を開いてガサガサと漁り、棒付きキャンディを二本ほど取り出して今度は暴れる二人組へと近寄る。

 

「……オヤツの時間だぞ、シェリス」

 

「――にゃ? にゃあ♪」

 

言いつつ棒付きキャンディを見せれば、シェリスはアスコナから手を離して真っ先に飛び付き、奪うようにソレを受け取る。

受け取ったキャンディをペロペロと満面の笑みで舐め始める彼女を尻目にアスコナを抱き上げ、そちらにも同様にキャンディを渡す。

すると泣き顔は完全に晴れずとも、大泣きする事は無く彼女もまたキャンディを舐め始める。良くも悪くも、単純だからこその宥め方。

ただおやつの時間とは言ったが実際のところ、十時のオヤツはすでに食べている。それ故、これは普通に見れば予定外になるであろうオヤツ。

けれどシェリスの中では朝、昼、晩の食事の時以外は常にオヤツの時間となっているため、リィンフォースの言い方は強ち間違ってはいない。

ともあれ、そんなこんなで二人を宥め終えた彼女は抱っこしたまま元の場所へ戻って腰掛け、その隣に座ってくるシェリスの無邪気な笑みを見て再び溜息をついた。

 

《相も変わらず……二人の子守りは大変そうだな、リィンフォース》

 

《そう思うのなら、少しは手伝ったらどうなんだ……?》

 

《……謹んでご遠慮させてもらおう》

 

すぐ近くの床で寝ている見た目は大型犬のザフィーラの言葉にリィンフォースは手伝えと言うも、逃げの一手を打たれてしまう。

彼とて別段子供が嫌いでも苦手でもないから、寄ってくれば多少の相手ぐらいする。だが、基本的には非干渉が彼のスタイル。

自主的な行動でなければ誰かしらからお願いでもされない限り、常に我関せず。それが盾の守護獣にして八神家の犬であるザフィーラという男なのだ。

特にこの二人の場合は多少大変でもリィンフォース一人でも面倒は見切れている。ならば自分が手伝う必要性は感じられないというのが彼の考え。

更に言えば、この二人に限っては自分が手伝っても何が変わるわけでもないと分かっている故、手伝えという言葉には拒否の二文字で返すというわけだ。

もちろん、手伝えと言った本人も彼の返答など聞く前から分かっていた。だからか、それ以上は何を言う事も無く、今日になってもう三度目となる溜息をつくのだった。

 

 

 

 

 

棒付きキャンディに続き、昼までの間でスナック菓子を二袋も食べたお子様二人組。

これで昼食を食べられないと言おうものなら怒る所だが、この二人(特にシェリス)に限ってはそんな心配は無用の長物。

アスコナは平均より多少食べられる程度だが、シェリスに至ってはその身体の何処にそんなに入るのだと問いたいくらいの大食らい。

そのため元より心配はしていなかったが、昼を迎えてからリィンフォースが用意した昼食を二人とも、しっかりと完食するに至った。

ただシェリスが野菜をアスコナに押し付け、それが元でまたいろいろと起こりはしたが、いつもの事なので結果的には概ね問題無く済んだ。

そして昼食を終えてから三十分が経った現在、家内は妙な静けさに包まれている。昼を迎える前まではアレほど騒がしかったのみも関わらず。

それもそのはず、今からおよそ十分ほど前に騒ぎの元凶たちは揃って外へと遊びに行ったのだ。出掛ける際のシェリス曰く、今日は臨海公園のほうで遊ぶらしい。

以前までのように何も言わず出掛けられたらさすがに困るが、ちゃんと向かう場所も聞き出した上に三時までには帰るようにとも言ってある。

出掛けたのがシェリスだけならこれだけの要素があっても安心は出来ない。だが、ここに来たときの彼女は大体の場合でアスコナを連れて遊びに出る。

彼女はシェリスと違って言われた事は必ず守る子。それ故、彼女が一緒だからという事を加味して安心だとばかりにリィンフォースは二人を送り出したというわけである。

 

「…………」

 

二人を送り出した後、残されたリィンフォースが一体何をしているかと言えば、単純にソファーに座って読書だ。

ただ読んでいる物は一般的な書籍ではなく、料理の本。初めて料理をしたあの日から、彼女の趣味の一つとなったもの。

加えて初回のときの動機と同じで母親なら子のために料理ぐらい出来なければならないという意識があるというのも理由の一つではある。

 

「ふむ…………料理本とは不思議なものだな。作り方と完成図が書いてあるだけで初心者な私でも簡単に作れそうな気にさせる」

 

《……実際のところは簡単でもないのだろうがな。シャマルがその良い例だ》

 

「あれは……正直、それ以前の問題だと思うが?」

 

《…………》

 

料理本を見るだけでも作れるような錯覚は確かにある。だが、実際にちゃんとしたものを作ろうとしたら日々の積み重ねが大事。

本を見ながら作っても最初から上手く作れる事などほとんど無いのだから。ただまあ、積み重ねがあっても上手くならない者も当然いる。

それは八神家で言えば、シャマル。料理をし始めて結構経つはずなのに、彼女はほぼ毎回と言っていいほど恐ろしい料理ばかりを作る。

だけど、それは決して彼女の腕が悪いわけじゃない。単に問題なのは完全に作り方が染みついてないのに料理本を見ずに料理しようとする所だ。

その上、ウッカリ屋さんな所もあるものだから、調味料の分量を間違える事は当たり前状態。そんなだからこそ、彼女もそれ以前の問題などと言う。

無論、立場的に犬とはいえ少なからず被害にあっているザフィーラとしても同意できる部分は多々あるため、言い返す事は出来なかった。

 

「まあ、あくまでそんな気がするというだけで、初っ端から美味しいと言えるようなものが作れるとは私も思っていないがな」

 

さすがにシャマルのようなミスはしないと他人にも自分にも言い聞かせるように呟きつつ料理本を読み続ける。

その間、ザフィーラは自分からは何かを言う事も無く、静かに床で寝そべっている。そのせいか、またもリビングを静寂が包みこむ。

ただ互いにあまり会話をしないからといって二人の仲が悪いわけではない。単純に二人ともが積極的に喋り掛けるような性格ではないからだ。

もちろん先ほどのように話を振られれば返すし、自分から話を振る事だってある。けれど基本的には二人とも八神家では極めて静かな方。

その二人しか今のところ家内にいないのだから、静かでも仕方が無い。それに二人とも、別にこの静寂を気まずい空気とは捉えていない。

それ故、先の会話以降は互いに言葉を発する事もないまま、本を捲る音だけが響く中でただ時間だけが過ぎていくのだが――――

 

 

 

――時間が経つにつれ、なぜかリィンフォースは少しずつソワソワした様子を見せ始めていた。

 

 

 

最初にそれが出始めたのはシェリスとアスコナの外出から一時間が経過したとき。時刻にして午後一時半のときであった。

それまでほとんど本から外さなかった視線を外して時計に向け、また本へと戻すという行動をおよそ十分に一回の間隔でしている。

その上に組んでいた足を組み直したかと思えば、またすぐに組み直すを繰り返し、尚且つ読み終わった本を無意味に読み返したり。

そしてそれから更に一時間半が経過した午後三時現在……本をテーブルに投げ出して座っている事すら止め、立ち上がってウロウロし始めていた。

 

「遅い……あまりにも遅すぎる。三時には帰ってこいと言ったはずなのに……まさか、何かトラブルにでも巻き込まれたのか? それとも、もしや事故にでもあったとか……いや、さすがにそれは考え過ぎか。でも、万が一という事も……」

 

《……多少時間を過ぎているだけで慌て過ぎだ。少しは落ち着け》

 

「落ち着いていられるわけないだろうが! あの二人が、三時のオヤツと定めている時間に帰ってこないんだぞ!?」

 

《確かに珍しい事ではあるが……大方、遊ぶのに没頭しすぎて時間を忘れているとかだろうから、そこまで心配する事でも――》

 

「否! シェリスだけならともかく、アスコナが帰宅時間を忘れて遊び呆けるなど有り得ない!」

 

落ち着きなく歩き回り、ブツブツ言っていたところへ落ち着けと言えば動揺ぶりを隠そうともせずに反論する。

更には言動にも可笑しな部分が見え始めてきている。ただ、リィンフォースのこんな様子を見てもザフィーラは驚いたりしない。

むしろ、またか……と言いたげな目で呆れるのみ。というのも彼を含む八神家の全員は少し前に出始めた彼女の過剰な過保護振りを何度となく見ているのだ。

冷たそうに見えるほど落ち着きのあり、けれど実際は子には甘く優しい母親。それが普段のリィンフォースを見た者が抱く印象。

でも、ひとたびアスコナに何かがあると異常なまでに心配する。例を挙げるなら、泣いている理由が分からないときや今のように帰宅時刻を少しでも過ぎたときなどだ。

加えてシェリスがいるときは彼女の事もここに含まれる。自身の子ではないにしろ、一時的に預かっている子な上に関わる頻度が多いために若干親心が芽生えているから。

そのためか以前も今と似たような事があり、今のように落ち着きなく動揺しっぱなし。何事も無く二人が帰ってきた際などは心配したと全身で表すように抱きしめさえする。

初めてアスコナからママと言われたときとは大違いの親馬鹿。だが、落ち着きが過ぎる彼女にこういった面が芽生えた事実を八神家――特にはやては喜んでいたりする。

 

「どうする、どうすればいい…………いや、どうすればいいかなど決まっているじゃないか。帰ってこないのなら、探しに行くまで!! よし、そうと決まれば早速行くぞ、ザフィーラ!!」

 

《勘弁してくれ……》

 

だがまあ、その親馬鹿に巻き込まれる側からすれば溜まったものじゃない。これは巻き込まれる事が特に多いザフィーラがよく思う事。

けどその思いから放ったささやかな抗議は半ば暴走状態に入った彼女に聞き入れられる事はなく、ただ空しく響くのみとなってしまう。

そして結局、早々に用意された紐を首輪に付けられ、散歩のときのスタイルを構築させられた後、彼女に引っ張られて強制的に八神家を後にしていった。

 

 

 

 

 

犬に引っ張られるのではなく、犬を引っ張る形での散歩風景。それは周りから見れば、かなり可笑しな光景。

けれど今はザフィーラこそ連れているも散歩ではなく、何より現在のリィンフォースは擦れ違う人々の視線に気付いてすらいない。

首輪が食い込んで若干痛がってるザフィーラにも関しても同様。全ては、アスコナとシェリスの事で頭が一杯になっている故にだ。

ともあれ、そんな様子で二人が最初に行き着いたのは臨海公園。それはあの二人が出掛ける前、遊び場所として告げていた場所であった。

 

「……いない……」

 

《だろうな……そもそも、あの二人が宣言した場所にいつまでも留まってるわけが――ぐおっ!?》

 

ようやく立ち止まって事で食い込み気味だった首輪の辺りを後ろ足で掻きつつ、ザフィーラは彼女の言葉に返そうとする。

だが、それを全く聞いていないのか言い切らせる事も無く、再び彼を紐で引っ張りつつある場所を目指して歩き出した。

それから一分と経たずして足を止めた場所はと言えば、たい焼きの屋台。そこなら、もしかしたら目撃しているかもという希望があったのだ。

加えてアスコナはともかく、シェリスは菓子好きの食いしん坊。ならば、甘味を扱うこの屋台なら、目撃どころか立ち寄っている可能性は十分にある。

そのため、屋台前で足を止めたリィンフォースはブツブツ文句を言っているザフィーラを完全無視しつつ小さく深呼吸をした後、垂れ幕の内側へと足を踏み入れた。

途端、かなり威勢の良い声で店主がいらっしゃいと声を掛けてくるのに対して若干後ずさりし掛けながらも、踏み止まってその口を開いた。

 

「済まないが、客ではないんだ。蒼い長髪をした女の子と銀色の長髪をした女の子の二人組なんだが、ここに訊ねてきてはいないだろうか?」

 

「蒼色と銀色の長い髪をした二人の女の子?」

 

「そうだ。更に言うなら、おそらく銀髪の子のほうは常に蒼髪の子の後ろに引っ付いていたと思うんだが……」

 

「ん〜……それってもしかしてよ、片方の蒼髪の子はシェリスって名前じゃないか?」

 

「っ! 名前まで知っているとなるとやはり、あの子たちはここを訊ねてきたんだな?」

 

「ああ。いつも通り客寄せのバイトを連れてきた友達と二人で少しだけして、バイト代のたい焼きを手にしたらどっか行っちまったけどな。それが確か、一時間半くらい前のだったか」

 

「そ、そうか。それで、どこに行ったかは……」

 

「あ〜、方角的には商店街のほうだったみてえだけど、それ以上はさすがに分からねえ。済まねえな、ねえちゃん」

 

「……いや、十分だ。感謝する、たい焼き屋の店主殿」

 

美人と言える容姿からは想像し難い口調には店主も若干の可笑しさを抱いたが、別段何を言う事もなく礼を受け取る。

その後、邪魔をしたなと告げて屋台を後にしたリィンフォースは一切の思案もせず、店主から聞いた方角へとザフィーラを引き摺って歩き出す。

そして引き摺られる事によって苦しそうな声と共に言い続ける彼の文句には全て無視を決め込んだまま、ただ黙ってその場を後にするのだった。

 

 

 

 

 

若干早足だったためか早々に辿り着いた商店街。人気の多いそこを今度は注意深く見渡しながら、リィンフォースはズンズンと進む。

たい焼き屋の店主の話だとこの辺りへ向かったのは一時間半近く前の事だったらしいが、それでも未だここに滞在していないとも限らない。

僅かな可能性ではあるが、それでも可能性がある限りは捜索する。それ故、傍目から見れば若干不審者だが、気にせず商店街を見回る。

反対にザフィーラはといえば、若干疲れたような様子ではあったが、歩調が緩まった故に落ち着いて犬らしくリィンフォースの少し前を歩いている。

ただ商店街は基本、食料関係を扱う店も多くあるためか周りからはあまり良い目で見られない。そのため、いつもの散歩コースにもここは入っていない。

だから、リィンフォースの様子も加わって人の目が集中するどころでは無くなっているのだが、先も言った通り彼女はそれをまるで気にしてはいなかった。

むしろ、今の彼女には奇異の視線を向ける周りの人々など置物か何かとしか思っていない。そんな様子で彼女はひたすら、商店街を歩き続けた。

 

「――っ!?」

 

歩き続ける事、五分弱。キョロキョロと忙しなく動かしていた視線を急に一ヶ所へ固定し、同時に視線の先へ駆け足で寄る。

駆け寄ったその場所は、書店。海鳴デパートにある書店よりは小さくて品揃えも劣るが、住宅街の近場である故に人はそこそこ多い場所。

ただ、そこが書店だからと言って別に彼女は本が目的なわけではない。そもそも、彼女は本というものに対して興味を持っていない。

ならばなぜ駆け寄ったのかと言えば、ガラス越しに窺える店内にて見覚えのある髪色をした頭が見えたから。

背丈が小さいのか頭より下は見えないが、そんな髪色をしている人物は早々いない。それ故、彼女はザフィーラをその場に残して店内へ。

 

「シェリス!!」

 

そして目的となる人物の一人である少女の名を呼びつつ駆け寄る。するとその少女はその名に反応して読んでいた本から顔を上げる。

そこから向けてきた顔はやはり、目的の人物――シェリスと同じ。けれども、リィンフォースはその段階で一つの事に気付いた。

顔は確かに同じ、髪色も同じ。でも、その服装は出掛けたときの物とは全く違い、何より髪の長さが明らかにシェリスとは異なっていた。

どちらにしても短時間で返る事は出来るが、アレがそんな事をするとは思えない。つまり、その事実が表す所というのが何かと言えば。

 

「なんだ……リース、か」

 

彼女がシェリスの実姉である、リースであるという事。見つけたと思ってしまった手前、その事実は正直多大な落胆を呼んだ。

ただその落胆から吐き出してしまった言葉はリースの気分を害したのか、若干眉を寄せて本へと視線を戻しつつ不機嫌な声で言う。

 

「……シェリスじゃなくて悪かったわね」

 

「え……あ、いや、今のは別にそういう意味では……」

 

「…………」

 

「その……すまなかった」

 

弁解しようとすれば無言なものだから、居たたまれずに謝ってしまう。それに彼女は一度だけ目を向け、小さく息をつくだけ。

でも先とは違って不機嫌さを窺わせる空気を消した事から、もう怒ってはいないと窺え、リィンフォースもまた安著の溜息をついた。

 

「それで、何? もしかしなくてもシェリスを探してるの、アンタ?」

 

「ん? あ、ああ。それとアスコナも、な」

 

「ふ〜ん……まだ戻ってないんだ、あの二人。オヤツの時間だから帰るって言ってたんだけどねぇ」

 

「そうか――って、二人と会ったのか!?」

 

「ひゃうっ!」

 

いきなり肩を掴まれた事で驚き、読んでいた本を落としそうになる。だが辛うじて落とすには至らず、安著の溜息。

続けてジトっと睨むような眼を向ければ、リィンフォースは慌てて謝るも、早々にそのときの事を詳しく教えて欲しいと願う。

これにリースは小さく疲れたような溜息をつくも、渋る事無く頷いて返した。というか、渋ろうものなら迷惑極まりないので頷くしかないのだ。

何をそんなに焦っているのかはリースには全く不明だが、了承する以外の態度を取れば確実に教えると言うまで詰め寄るぞという態度が窺える。

それはリースのみならず、他の客や店側にとっても多大な迷惑。正直なところ、行きつけの店でブラックリストに載るような事は勘弁願いたい。

故に頷いて返した彼女はまず話す前に手元の本を棚へ戻し、別の本を手に取る。そしてそれを開きつつ、息を一つついてようやく語り出した。

 

「確か一時間くらい前、だったかなぁ……偶然、ここに来る途中で二人と会ったんだよ。初めは私も立ち読みっていう用事があったからすぐに別れるつもりだったんだけど、シェリスが離れたがらなくてさ。結局、オヤツの時間だったいう三時まで時間を潰す羽目になっちゃったんだよね。でも、三時頃に別れた時には帰るって言ってたから、てっきり私は帰ってるものだと思ってたんだけど」

 

「むぅ……だが、実際にあの二人は帰ってきてなど――ん? いや、ちょっと待て……別れた時間は、確かに三時頃だったのだな?」

 

「うん。正確なところは分かんないけど、確か三時前後だったはずだよ」

 

「なるほど、な……道理で帰ってこないわけだ」

 

シェリスとアスコナの二人がリースと別れたのは三時前後。反対にリィンフォースとザフィーラが捜索に出掛けた時間が、大体三時十分。

どこで別れたのかは聞いていないが、大まかな位置は分かる。そしてその位置から家までは正直、十分や十五分で帰れる距離ではない。

この要素が導き出す答えは、完全な入れ違いというもの。確実ではないが、捜索のための外出の直後に二人が帰宅した可能性は極めて高い。

これだけ探し回って結論がソレというのは結構脱力物ではある。だが、反対に可能性でしかなくも安心という感情を抱いてしまうのも事実だった。

 

「何がなるほどなのかイマイチ分かんないけど、私もいい加減立ち読みに集中したいんだから用が済んだなら早く出てった出てった」

 

「あ、ああ。時間を取らせてしまって済まなかった。それと情報提供の方、感謝する」

 

「…………」

 

謝罪と感謝を告げるもすでに手に持っている本を読む事に集中しているのか、返答は返ってこなかった。

見ようによっては若干冷たくも見えるが、読書中のリースはいつもこんな感じ。例え返答を返してきても、気の無い言葉ばかり。

だから高町家に於いても読書中の彼女へ声を掛けようとする人間は恭也となのはの二人ぐらいなものなのだ。

その事実をリィンフォースは当然知らないのだが、これ以上声を掛けるとまた機嫌を損ねてしまうという事は今の様子で分かる。

故にそれ以上は何を言う事も無くリースに背を向け、静かに歩き出す。そして店を出てザフィーラと合流し、その場を足早に去っていった。

 

 

 

 

 

再びザフィーラを引き摺るような形で帰路を歩き、早々に帰宅した二人は玄関にて予想が当たりだと確信した。

なぜなら、玄関には二人の物である二足の靴あったから。加えて時間が時間なだけにはやてやシャマルも帰宅しているらしく、靴が並んでいる。

そしてそれを確認した後に家の中へと上がって人気があるリビングへ向かえば、そこにあるソファーには捜索対象であった二人の姿。

同じくソファーに腰掛けているはやてへはアスコナ、シャマルへはシェリスという組み合わせで膝の上に頭を乗せ、静かな寝息を立てて眠っていた。

人が一生懸命捜索していたというのに当人らは幸せそうに眠る。それはリィンフォースにとって安著の溜息を浮かべる状況以外の何物でもなかった。

更にはザフィーラにしても同じく安著の息をついている。だが、こちらに関しては二人の安否よりも、ようやく解放された事への安心感のほうが強かった。

そんな二人の様子にはやてが小さく苦笑をしながら小さな声でお帰りと告げてくる。それに二人は各々返事を返しつつ、彼女らの近くへと寄って腰掛けた。

 

「それにしても、外へ出るのに二人だけ残すなんてリィンフォースにしては珍しいわぁ……何か、急ぐ用事でもあったん?」

 

「え? あ、いえ、その……特に急ぎの用があったというわけでは、ないのですが……」

 

「? じゃあ、急いでも無いのに二人を置いてザフィーラの散歩に出たん?」

 

「え、ええ。二人とも寝ていましたし、ザフィーラが急かすものですから……」

 

この短い会話で分かった事。それははやてらが帰ってくるよりも前にアスコナとシェリスは帰宅し、すでに寝ていたという事。

まさか約束した時間に帰ってこなかったから慌てて探しに行き、そのせいで入れ違いになってしまいましたとは言えない。

だからリィンフォースは出る前には二人がすでに寝ていたという事にし、何気に二人を置いていった理由はザフィーラにあるという事にした。

主に嘘を吐くというのは心苦しいが、事実を話すと変に心配させそうな気がしたから。ちなみに疲れからか、ザフィーラからの反論もなかった。

そのため、それを信じたはやては納得したと頷く。だが、反対にシャマルは表面上ははやてと同じであるも、その嘘を見抜いて念話を飛ばしてくる。

 

《貴方ね……嘘をつくにしても、もう少しマシな嘘は思い付かなかったの?》

 

《なっ! べ、別に私は嘘をついてなど――》

 

《あのねぇ……過保護な貴方が、二人が寝てたとかザフィーラが急かしたとかなんて理由で置いていくはずないじゃない。辛うじてはやてちゃんは信じたみたいだけど、私たちからしたら嘘だってバレバレよ》

 

《…………》

 

過保護だという部分は自分でも自覚はある。だから、シャマルが嘘だと断言する理由も非常に納得できてしまう。

だから、反論を返す事が出来ず。そんな彼女にシャマルは表に出さず内心で溜息をつくも、それ以上は何も言わなかった。

本当の理由も訊ねる事無く、はやてに嘘をバラす事も無い。ただ慣れない嘘は付かない方がいいとだけ最後に言ってくる。

それにリィンフォースが神妙な声で分かったと告げた事で念話は終わり、リィンフォースも二人の膝に頭を乗せて眠る少女に目を向ける。

 

「「……にゃ(みゅ)……」」

 

ほぼ同じタイミングで声を上げ、モゾっと動く二人。その様子は本当に見た目通りの幼い子供にしか見えない。

そしてその様子にリィンフォースは笑顔を浮かべてしまう。苦労を掛けられても、結局は彼女にとって大事な子たち。

自らをママと呼んで慕い、自身もまた娘だと思っているアスコナはもちろん、その娘と仲良くしてくれるシェリスも非常に愛おしい存在。

だからこそ意識せず彼女の顔には笑顔が浮かぶ。そしてそんな様子を見たはやてとシャマルもまた、顔を見合わせて微笑を浮かべてしまうのだった。

 

 


あとがき

 

 

【咲】 リィンフォースの災難というより、ザフィーラの災難よね、今回の話は。

まあ、そうとも言えるね。でも、振り回されたという面では彼女も変わらんと思うが。

【咲】 ていうか、月日が経つにつれてリィンフォースもかなり変わってきてるわねぇ……何て言うか、過保護すぎよ。

過保護にもなるだろうよ。アスコナはともかく、シェリスは行動のほとんどが予測出来かねる事ばかりするから。

【咲】 ふ〜ん……でもさ、そのお陰でアスコナも結構変わってきてるわよね。変わって無い部分もあるけど。

だな。この分だと人見知りが完全に解消されるのもそんなに遠くはないだろうよ。

【咲】 そうね。にしても……途中でリースが出てきたけど、立ち読みに集中って……。

お金が無いんだよ、彼女も。お小遣いが入ったら数日で全部使い果たしちゃうからさ。

【咲】 自業自得じゃない……大体、リースって月々いくらぐらいお小遣い貰ってるのよ。

ん〜、大体六千円くらいかな。あの年齢の子供からすれば結構多い方だけど、本は高いから……。

【咲】 それで使い果たして恭也に強請り、それが駄目なら立ち読みってわけね……正に本の虫ね。

まあな。ちなみにだが、次回はその部分に関するお話と言う事になっていたりする。

【咲】 その部分って言うと、リースが本を買うみたいな?

んにゃ、リースは買った本をどうしてるのかってお話。ていうか、ぶっちゃけリースがお片付けするってお話だな。

【咲】 お片付けって事は、相当散らかってるって事?

ん〜、そこまで散らかっているというわけじゃないんだが……まあ、次回を見てくれれば分かるよ。

【咲】 ふ〜ん……。

それじゃ、今回はこの辺にて!!

【咲】 また次回会いましょうね♪

では〜ノシ




いやはや、過保護なお母さんになっているな。
美姫 「まあ、微笑ましいじゃない」
まあな。にしても、二人に振り回されたリインフォースと言うよりも、あとがきでも言われているように、
慌てたリィンフォースがザフィーラを振り回していたような気がしなくもないな。
美姫 「ザフィーラはご苦労様よね」
まあ、多少とは言え散歩もできたしな。
にしても、かなり過保護になっているような。
美姫 「本当に」
こういうほのぼのした日常は良いね。
美姫 「次はリースの話みたいだけれど」
こちらはどんな話になるのか。
美姫 「次回も待ってますね〜」
ではでは。



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