管理局での訓練と学生としての学業の二重生活というにはなのはたちが予想していたよりも、大変なものであった。
基本的には学業を優先するような形ではあるが、学校が終わっても管理局で各々が配属された部署での訓練等。
例えまだ訓練生というような形であるために本格的な任務などに着く事が現状ほぼなくても、結局はまだ小学生の彼女らからしたら大変極まりない。
慣れればそうでもないのだろうが、正式な入局を果たしてからまだ一カ月も立っていないので慣れるわけもない。
そんな中で唯一の救いといえば、週末はどちらも休みな事。本格的に任務についたりしたらそうもいかなくなるだろうが、現状はこれだけが救い。
「……ふぅ」
ただ救いとなる休日も彼女――フェイトにとっては救いと成り難い。というのも、彼女の休みは基本的に家事等で消えるからだ。
義母となるリンディが帰ってきてるときは彼女が代わってしてくれるのだが、管理局入り立ての自分と比べれば彼女のほうが断然忙しい。
それ故に帰ってくる日などお世辞にもあまり多くはないため、必然的に家に住まう三人の中で一番家事が出来るフェイトがやる羽目となる。
そのためか休日となる今日、自分のやるべき家事の一つたるお掃除を終えた直後である彼女は休日なのに朝から若干お疲れモード。
昼時とかならアルフが手伝ってくれたりもするが、朝となると寝坊助な彼女は起きていない。そしてそれは同じく寝坊助なシェリスに関しても同様。
ならば彼女が起きてからでもいいのではと普通なら思うが、後に回すと済崩し的にやらず終いになりそうだと考えるフェイトは一人ででも朝やる事にしてるというわけだ。
まあそういうわけで掃除を終えた彼女は掃除機を片付け、次となる朝食作りへ移ろうと考えて台所行こうとしたとき、寝室方面から少女が一人やってきた。
「にゃ〜……おはようなの、フェイトお姉ちゃん」
「あ、うん。おはよう、シェリス」
まだ眠たそうに目を擦りながら朝の挨拶をするシェリス。だが、今が朝八時という時間でも彼女のその様子もある意味可笑しくはない。
というのも先も言った通り、彼女は結構な寝坊助。普通なら誰もが起きているはずの時間でも、彼女にとっては睡眠真っ最中なお時間。
だから大体の場合、彼女が放っておけば起きてくるのは早くても十時前後。そのため、この時間に自力で起きてきたという事自体がある種の奇跡である。
故にフェイトも若干驚くが、すぐに微笑へと変えて挨拶を返しつつ顔を洗ってくるように言えば、寝惚け声で返事をしながら洗面所へと向かっていった。
そんな彼女の後姿が洗面所へ消えていくのを見送った後、改めてフェイトは台所に入って冷蔵庫から材料を取り出して料理に取り掛かろうする。
「にゃーーーー!!!」
――だがその直後、洗面所のほうからシェリスの悲鳴が彼女の耳に聞こえてきた。
取り掛かろうとした料理を止めて慌てて駆けつけてみれば、そこには洗面台の向かいの壁の前でしゃがみ、後頭部を抱えるシェリスの姿。
どうやら様子を見る限りだと壁で後頭部を打ったのだと分かるが、それだけならば先ほどの悲鳴が全く以て説明がつかなくなる。
大体それ以前としてどうして後頭部を打つという状況になるかも不明。それ故、状況に若干唖然としつつも彼女へと事情を聞こうとした。
「……あ……」
だが、その前にある一つの事実に気付いた段階で事情を聞く必要もなくなった。その事実とは、流しっぱなしになっている洗面台の水に関して。
栓がしてあるせいか流れる事無く洗面台に溜まっていっているのだが、良く見れば僅かにその溜まった水から湯気のようなものが立ち上っているのが分かる。
それは一言で言えば水が温水になっているという事。温水と冷水の切り替えが出来る取っ手を窺って見ても、温のほうになっているので間違いはない。
とまあ、つまるところは取っ手が温水に切り替わっているのに気付かず顔を洗おうしたため、全身猫舌でお風呂も嫌いな彼女はその熱さで悲鳴と共に飛び退いたのだろう。
そしてそのとき後頭部を打ち、今に至るというわけだ。ただまあ、取っ手が温水になっていたとしても、水から温水になるまでしばし掛かってしまう。
なのに熱さをまともに受けてしまったというのは大方、水が流れている中に手を入れたまま器用に寝ていたのではないかと何となく予想出来てしまった。
故に寝惚け状態のシェリスを一人で洗顔に行かせた事に僅かな後悔を覚えつつ、およそ五分近くシェリスの宥めでフェイトの時間は潰れてしまうのだった。
魔法少女リリカルなのはB.N
【第三章】第二十一話 フェイトとシェリスの休日海鳴巡り
朝っぱらから騒動ありしも何とか朝食を終え、フェイトは洗濯物を洗濯機に掛けつつ食器を洗う。
その間、シェリスはソファーにてマッタリと寝転がっている。当然ながら、様子からみても彼女の中でフェイトを手伝うという考えは一切無い。
ただ一人手伝ってくれるであろうアルフも無理矢理起こされた事から、朝食を食べ終えた矢先に寝室へ戻って二度寝してしまった。
どちらにしても休日の家事はほとんどフェイト任せな二人。でもまあ、疲れはするが本人としても家事が嫌いではないので文句はなかった。
「さて、と……洗濯はまだ終わってないみたいだから、読書でもして時間を潰そうかな」
食器を洗い終えからエプロンで手を拭きつつ呟き、そのエプロンを脱いで元あった場所に掛ける。
そして寝室へ行ってアルフを起こさぬよう静かに読書のための本を手に取り、リビングへと戻って寝転がるシェリスの横へ腰掛けた。
その際、横のシェリスからチラッと目を向けられるが、すぐに逸らされたために気にする事はなく、フェイトは持ってきた本を開いて読み始める。
「…………」
「…………」
「…………」
「……にゃ〜……」
静かに読書をする中、横から間延びした声が聞こえてくる。だが、別にそれはフェイトを呼んでいるわけではない。
単純に彼女はマッタリしているとき、何の意味もなくそんな声を上げたりするのだ。そして声を上げる以外にも、彼女がする行動はある。
その中の一つを、声を上げてから一分と経たずして彼女は実行に移した。寝転がったまま動き、フェイトの膝に頭を置くという行動を。
甘えが目立つ彼女は奇妙な行動以外では誰かに甘える事ばかり。姉のリースといるときなどは彼女に抱きついたまま決して離れないほどの甘えん坊。
だからリースに見せる甘えほどではないが、彼女の次くらいに好きなフェイトにもこのくらいの甘えはよく見せる事もしばしばである。
フェイトにしてもアルフに甘やかしすぎと常に言われるほどの甘さがある故か、シェリスがそうしてきても何も言わず、軽く二、三度ほど撫でてから読書へと戻る。
「…………」
「……ねえねえ、フェイトお姉ちゃん」
「ん……なに、シェリス?」
「えっとね、今日はお天気が良いしフェイトお姉ちゃんもいるの。だから、たまには一緒にお外へお出かけしたいってシェリスは思うんだけど……駄目?」
「別に駄目じゃないけど……私よりもリースかアスコナとの方が楽しいと思うよ?」
「ぶぅ、そんなことないもん。お姉ちゃんやコナと遊ぶのも楽しいけど、フェイトお姉ちゃんとでもシェリスは十分楽しいもん」
膝の上からフェイトへと顔を向けつつ心外だと言わんばかりにシェリスは頬を膨らませる。だが、その表情はどちらかと言えば結構微笑ましい。
故にか表面ではその表情にクスクスと笑い、内心ではシェリスの言葉に若干の嬉しさを感じながらも、シェリスがそう言うならと彼女は小さく頷いた。
すると途端に彼女は喜びで顔を一杯にしてはしゃぎ出す。そしてならすぐにとでも思ったのか身体を起こしてソファーから降り、フェイトの手を引っ張る。
だけどフェイトとしても同じ気持ちはあるが、如何せんまだ洗濯が終わって無い。洗濯物の取り込みならアルフに任せても問題はないが、こればかりは彼女には任せられない。
そのため、ちょっとだけの申し訳無さを含ませながらも急かす彼女へ洗濯が終わるまで待ってと優しい声色で告げて宥めに掛かった。
それに最初こそ不満げな顔をシェリスは見せたが、そんなに時間は掛からないと言えば彼女は渋々といった感じで納得を見せ、再びソファーへ腰掛けるのだった。
洗濯機が止まり、取り出した洗濯物をベランダの物干し竿に干す。それは正直、差して時間が掛かる事ではない。
けれどシェリスにとっては長い時間だったのか、まだかまだかと何度も訊ねながら終始ソワソワした様子であった。
苦笑を堪えながら彼女のそんな様子を横目で見つつも洗濯物を干す手は止めず、干し始めてから十分程度でフェイトは作業を終えた。
そして洗濯作業が終わりを見せた事ですぐにでも出ようとするシェリスを落ち着かせながら、出掛ける準備を終えたのがそれからおよそ五分後。
別にめかし込む必要はなかったので財布の所持ともしも帰りが遅くなった場合用のアルフへのメモを書き残すという二点だけ準備故、掛かった時間はその程度。
でも、準備を終えて玄関まで行ってみれば、すでにそこで靴を履いて待っていたシェリスはやはりその程度でも長いと感じていたのか、かなり待ちくたびれた様子。
それでもフェイトがお待たせと言って近寄れば、ようやく出掛ける事が出来ると嬉しそうに立ち上がり、いち早く扉を開け放って外へと出ていく。
これにフェイトは僅かに苦笑しながらも靴を履き、彼女の後を追って外へと出る。そして扉を閉めて外から鍵を掛け、途端に手を引くシェリスに連れられてマンションを出た。
それから道を歩き続ける事しばし、手を繋いだまま前を歩くシェリスに若干引っ張られる形で赴いた最初の場所は海鳴市の臨海公園であった。
特に何か用事があってそこに赴いたわけではない。おそらくシェリスとてそう……ただもし理由があるとすれば、単純にマンションから一番近かったからだろう。
とはいえ、公園と言っても景色が良いだけで遊具があるわけではなく、あるとすればたい焼きとたこ焼きの屋台ぐらいなものだから正直、やる事が無い。
故にただ一番近いだけで立ち寄ったのであれば、すぐに別の場所へ向かおうとする。フェイトはそう思ったが、シェリスはその予想に反して――――
――朝食から一時間半程度しか経っていないのに、真っ先にたい焼き屋へと駆けていった。
食いしん坊の気があるから、匂いにでも惹かれたのだろう。いつの間にか繋いでいた手も離して、ただ一人で駆けていった。
突然駆け出すものだからその後ろ姿を呆然と見ているしかなかったフェイトも、我に返ると慌てて彼女の後を追っていった。
なぜ慌てる必要があるのかといえば、シェリスはお金を持っていないから。ただ、それは彼女がお小遣いを貰っていないからじゃない。
現状ハラオウン家の家長であるリンディからフェイトと同じくらいお小遣いを貰っている。けれどシェリスはそれを毎度、月初めに全て消費してしまうのだ。
何を買っているかと言えば、その全てがお菓子。食いしん坊だから買う量も食べる量も半端じゃなく、小学生にしては多い方な小遣いでもすぐ使い切る。
今月もまた、すでにお小遣いを使い切ったとフェイトは聞いている。そのため、如何にたい焼きが欲しくて屋台に赴いても、彼女は手に入れる事が出来ない。
そして買う事が出来なくても、彼女は絶対に店を離れない。それははっきり言って営業妨害……それ故、どうするにしても駆けつける必要があった。
「シェリ――……ス?」
「はふはふ……うにゅ?」
駆け付け一番で名を呼べば、予想外にも彼女の手にはすでに半分ほど齧られたたい焼きがあった。
それに一瞬思考がフリーズしてしまうが、再起動を果たすと宜しくない予想が頭に浮かび、僅かに青褪めつつ店主へと向いて思いっきり頭を下げた。
「す、すみません! お店の物を勝手に……」
「ん? ああ、別に怒っちゃいねよ。そもそも、その子が食べてるのは俺がタダであげたものなんだから勝手ってわけでもねえしな」
「……え?」
またも思考が停止してしまうのは仕方ない事。なぜなら目の前の店主は、自分から売り物をあげたと言ったのだから。
シェリスなら店の物を勝手に食べるという行動もあり得るなどという若干失礼な考えを打ち砕き、そんな驚きの事実を告げられたのだから。
でも、その事実に対してなぜという部分が我に返れば一番で気になり、我関せずとたい焼きを頬張るシェリスを横目にそれを訊ねた。
すると答えは先の店主が告げた事実以上に驚愕の内容。その内容というのを一言で言えば、店の売上に彼女が若干貢献してくれた事らしい。
何でも結構な頻度で彼女はこのたい焼き屋を訪れているらしいが、最初こそはたい焼きをジーっと物欲しそうに眺めるだけの子であったとの事。
でも、それが二日三日と連日でされると店主も見るに堪えかねたのか、とある条件を提示した。その条件を飲めば、報酬でたい焼きを御馳走すると。
それが先ほど言った売上の貢献……言い換えれば、客引きだ。聞けば、隣にたこ焼き屋があるせいか、どうにも売上がイマイチのときが多いので困っていたらしい。
とはいえ、シェリス一人が客引きをした所で大きく貢献するとは思っていなかった。言ってしまえば、こうでもしなければ毎日でも見るだけで来かねないと思ったから。
それはやっぱり若干気が散るし営業妨害でもある。それ故、タダであげるわけにもいかないから適当に客引きをさせて報酬として渡して帰ってもらおうと思っただけだった。
けれど店主の予想とは反して、即興で作った札を首から掛けたシェリスの客引きはかなり効果があったのか、いつもの二倍近くの客が屋台でたい焼きを買っていった。
離れて客引きをしているから何をしたのかは明確には分からない。でも、彼女が貢献したのは確か……それ故、考えが代わって報酬を渡す時、機会があったらまた頼むと言った。
それからシェリスは週に五日のペースで来るようになり、その度に客引きとして働いた。それと同時に回数を重ねる毎に店主とも結構仲良くなったとの事であった。
「まあ、ここまでさせて本来なら給料でも払うべきなんだろうが、その子――シェリスちゃんはお金よりもたい焼きって言うもんだからな……そっちのほうが確かに俺としても助かる部分はあるし、何より金よりも俺が作るたい焼きを望んでくれるのが嬉しくてなぁ。それがあってつい、シェリスちゃんの好意に甘えっぱなしで今に至るってわけだよ」
「そう、なんですか……でも、今日はお手伝いをしてないのに、あげてよかったんですか?」
「ああ。むしろたい焼き数個であれだけ売り上げに貢献してくれるんだから、たまには手伝いをしてなくても食べさせてやるぐらいしねえとな!」
豪快に笑いながら事情を語る口調も様子も、シェリスを気に入っているという感じが窺える。同時にフェイトは、シェリスの性質を再認識する。
食いしん坊で善悪区別が出来ないから人に迷惑を掛ける事も多いけれど、その無邪気さ故にやっぱり多くの人から好かれる子なのだと。
「と、そういや何だかんだで話し込んじまったが、お嬢ちゃんはシェリスちゃんの友達か何かだろ? なら、お嬢ちゃんも遠慮しねえで食べたいの選びな。もちろん、代金はいらねえからよ」
「え!? あ、えっと、その……シェリスはともかく、私はというのはさすがに」
「なぁに、気にする事はねえよ。大体にしてシェリスちゃんの働きを考えればいつもの報酬も少ないくらいなんだから、そのぐらいはしねえとバチが当たるってもんだ!」
またも豪快に笑いながら勧めてくるも、やっぱりフェイトとしては働いてるわけでもないのにタダでというのは気が引けた。
その様子を見て謙虚だなぁと言いつつも店主は考え、ならばと一つの提案を口にした。それは以前、シェリスに告げたモノと似たような提案。
今度シェリスとフェイトが一緒にここへ来る事があったら、二人で客引きをしてくれと。だから、今回のこれはそのときの報酬の半分の前払いという事にすると。
確実に来るとは限らない、来たとしても数ヶ月先かもしれない。でも、そこまで言われたらフェイトとしても断り切れず、それでも控え気味な様子で一つだけ頂く事にした。
だが、頂く事に決定してからどれにするかを選んでいたとき、苦い思い出のある種類のたい焼きが目につき、それを指出しながらフェイトは前から思っていた疑問を問うた。
「あの……少し失礼な事を聞くんですけど、このカレー味のたい焼きを買う人っているんですか?」
「あ〜、それな……正直言わせてもらうと横にあるチーズ味も含めて、約一名を除けば買い手が全くいねえのが現状だ。まあ、たい焼きってぇと元々甘味で通ってる食べ物だから、人気がねえのも仕方ねえけどな」
「約一名を除けばって、その人はいつもカレー味を買っていくって事ですか?」
「ああ、チーズ味とセットでな。いっつも黒い服着てる若いあんちゃんなんだが、どちらか一方じゃ無く必ずこの二種類を買っていく辺り、作った俺から見てもただもんじゃねえって思うよ」
いつも黒い服を着ている若い男の人。その単語を店主から聞いた途端、連想出来たのは二名。
その内一人は仕事以外で外を出歩くという話を聞かない。大体、彼に関しては海鳴にいるときの方が圧倒的に少ないので真っ先に消去される。
となれば残る一人が店主の言っている人である可能性が高い。ただ、フェイトからしたら若干、信じられないという思いがあったのも事実。
なぜなら連想したその人は、親友の兄で自分が尊敬している人だから。その人がまさか、言っては悪いがあんな美味しくないものを美味しそうに食べてる姿が想像出来ない。
でも、彼以外に浮かばないというのも事実であるため、とりあえずこの思考を無理矢理中断する事で彼に対しての認識が変わりそうになるのを抑えた。
そしてそれから気を取り直してたい焼きを選び、それを談笑しながら食べ終えた後、店主に手を振って二人は屋台に背を向け、臨海公園を後にした。
臨海公園の次に二人が赴いたのは、商店街。そこに来るまでで様々な場所を通ったが、やはり見所はここが一番多い。
更には臨海公園で少し時間を潰した事もあって今は十一時半という時間。少し早い上にたい焼きという間食はあったが、お昼を取るのは悪くない。
特にフェイトの手を引く隣の食いしん坊はすでにお腹を空かせている様子だったため、早々に行動をソレで決定して翠屋へと向かった。
もちろん商店街という事もあって食事処は他にもある。なのになぜ翠屋へ真っ先に向かったかと言えば理由は二つ。まず一つは、友達の親が経営している店だから。
差して知り合いだからと贔屓してもらおうという考えがあるわけではないが、知っている人がいるかいないかだけでも足を踏み入れやすいというもの。
そして二つ目の理由となるのが、シェリスのお気に入りが翠屋だから。料理も気に入ってはいるが、何より彼女は翠屋のシュークリームを好んでいる。
それこそ行けば、必ず十個以上は食べて十個以上はお持ち帰りするほど。さすがに今日はそこまで買えないが、だからといって言えばいいだけで避ける必要はない。
その二点の理由にて二人は商店街をまっすぐ進み、翠屋の前に立つとやっぱり嬉々として入るシェリスに手を惹かれ、フェイトも店内へと足を踏み入れた。
「いらっしゃませ〜――ってあら、フェイトちゃんにシェリスちゃんじゃない!」
「にゃ、こんにちはなの、桃子お姉ちゃん!」
「はい、こんにちは♪ 今日は〜……時間的に二人でお昼ご飯ってところかしら?」
「え……あ、はい」
厨房にいるべき人がカウンターでコーヒーを作っているのが珍しかったため、ちょっと返事が遅れながらもフェイトは頷いて返す。
すると彼女――桃子は人数的にカウンターでいいかと訊ねてきたのでこれにも頷いて席へと揃って腰掛ければ、すぐにおしぼりとお冷を二人へ出した。
「じゃあ、注文が出来たら私に言って頂戴ね。しばらくはここにいるから」
「はい。それにしても、本当に珍しいですね……桃子さんが厨房じゃなくてカウンターにいるなんて」
「ふふ、確かにそうかもしれないわね。でも人の出入りが多くなったならともかく、このぐらいの出入りのときまでずっと厨房に篭り切りじゃさすがの桃子さんでも気が滅入っちゃうのよ」
「はあ……じゃあ今、カウンターに出てるのは息抜きみたいなものなんですか?」
「そういう事になるわね♪」
ウインクしつつ言ってくる姿を見ると正直、三人の子供がいる母親とは思えない。容姿的にも性格的にも、二十代中盤くらいで通用しそうだ。
そんな事をちょっとばかり内心で思いつつシェリスのほうをチラッと見てみれば、先ほどまでの会話すら耳に入っていないのではと思うほど真剣にメニューを見ていた。
本当に食べる事と遊ぶ事になると異常な集中力とパワーを発揮する子。でも、だからこそ自分を含む誰よりも、子供らしいと思えてしまうのが彼女の魅力の一つ。
比較的自分は子供らしくないと考えているフェイトからしたらその魅力を少し羨ましく思いながら、桃子との話を続けつつメニューへと目を走らせる。
そして食べる物を決めるとシェリスにも決まったかを確認し、二人揃って桃子へと注文を口にすると彼女は厨房に二人が告げた注文を指示する。
それから談笑を続ける事、早十五分弱。運ばれてきた注文の品を受け取り、手を合わせていただきますと言ってから食事を取り始めた。
「はむ、はむ――んぐっ」
「あら、シェリスちゃんったらずいぶんと上品に食べるのね。誰かに食べさせてもらう時以外は比較的落ち着きが無いってリースちゃんから聞いていたのだけど……」
「あ、えっと、その話は確かに間違ってないです。家でご飯を食べる時は大体、この二倍以上の速度で食べてますから」
「そうなの? じゃあ、今日は何でここまで落ち着いてるのかしら……?」
フェイトからそう聞くと余計に疑問が深まってしまい、首を傾げる桃子。だが、この疑問に答える術をフェイトは持っていなかった。
なぜなら彼女とて常に慌てて食べる姿ばかり見ているせいか、なぜシェリスがここまで落ち着いているのかが理解不能なのだ。
ただまあ、理由がどうであっても落ち着いて食べれば喉を詰まらせる事も無いし、食い散らかす事もほぼ無くなるので良い事ではある。
故に疑問には思うが極端に気にし続ける事も無く、別の話題へと移して桃子と談笑しながら自身の食事に集中する。
そして談笑をしながら食事を続けておよそ十分後。人の出入りが少しずつ多くなってきた事で桃子は厨房へと引っ込み、それから少ししてフェイトは食事を食べ終えた。
だが、ナプキンを一枚取って口元を軽く拭きながら再び横を見てみれば、自分と同じ時に食べ始めたはずのシェリスの皿にはまだ残っていた。
けれど残っているのにシェリスは口に運ぼうとしない。それもそのはず、残っているのはシェリスの嫌いな野菜なのだから食べるはずもない。
そのため、それを見たフェイトはナプキンを置いて軽く苦笑した後、自身のフォークを再び手にとって野菜を一つ取り、シェリスの口へと持っていった。
「シェリス。はい……あ〜ん」
「あ〜〜む♪」
以前のように照れも無く、自然な動きでシェリスに食べさせる。そしてシェリスもまた、食べるのが野菜なのに嬉しそうな顔。
おそらくは食べれば褒めてくれると思っているからこそなのだろう。表情からそこを察する事が出来る故、フェイトはまたも苦笑を浮かべてしまう。
そして笑みを浮かべたまま褒めの言葉を口にしつつ頭を撫でてあげれば、擽ったそうにするも嬉しそうな顔をより深める。
こうしなければ野菜を食べないという部分は若干今後の不安もある。でも、シェリスの嬉しそうな顔を見るとフェイトも嬉しくなってしまう。
だから、自分で食べさせる方法を考えなければいけないとは思いつつも、気持ち的に後者のほうが強いために彼女は今の状況に妥協してしまっているのだった。
食後のシュークリームも食べ、会計を済ませてから店を出た後のシェリスは目に見えてご機嫌な様子。
シュークリームを食べた量も持ち返るの量も少ないとはいえ、好きなお菓子を食べた後の彼女は基本的に機嫌が良くなるのだ。
例え何かしらで怒っていたり落ち込んでいたりしても、お菓子一つで元通り。非常に単純且つ、扱いやすい子であると言えるだろう。
ともあれ、機嫌宜しく鼻歌なぞ歌いながら歩くシェリスとそんな彼女に苦笑しながら後を歩くフェイトの二人が次に赴いたのは、ゲームセンター。
翠屋と同じく商店街にあるそこは年齢的にフェイトやシェリスくらいの子はあまりいない。全くと言うわけではないが、いても二人か三人程度。
基本的に多い年齢層は中学生から高校生くらいの人。でも、だからとって二人くらいの年齢層がいるのが異質というわけでもない。
ただ異質で無いにしてもフェイトからしたらゲームセンターなど行った事もないから、店内に入ったときに把握できた年齢層に若干居心地の悪さを感じてしまう。
しかし、同じく来た事がないはずのシェリスの反応は正反対。自分から入りたいと言っただけあって、周りのいろんな機器に目を輝かせていた。
どんなゲームかを理解してるわけじゃない……そもそも、ゲームかどうかすら分かっていないかもしれない。でも、初めての見る物というのが好奇心を揺さぶるのだろう。
駆け出す事は無いがキョロキョロと周囲のゲーム機器を見渡しながらトコトコと歩き出す。そしてフェイトも、彼女を見失わないよう後を付いて歩く。
「ねえねえ、フェイトお姉ちゃん。アレは何をする機械なの?」
「え? あ、んっと……私も詳しくは知らないけど、見た限りはたぶん車を運転するゲームじゃないかな?」
「ゲーム? じゃあアレ、遊び道具なの?」
「そういう事になる、かな……あ、でも変に弄っちゃ駄目だよ? ここにあるモノで遊ぶなら、ちゃんとお金を入れないといけないから」
構いたくてウズウズしてるシェリスに先んじて忠告すれば、ブ〜と不貞腐れるような声を上げながらも別の機器へ歩いていく。
さすがにお金を払わないと駄目という事を聞けば無茶な事はしないらしい。よくよく考えれば、たい焼き屋でもそんな感じの話だった。
それはつまり、基本の常識は持っているという事。だけどそれでも無茶苦茶な行動をするのは、常識より興味のほうが勝ってしまうからだろう。
まあ、どちらにしても常識ある行動をするという事が分かったため、フェイトも若干の安心をしつつシェリスの後へと続く。
「――にゃ?」
だが、しばらくは普通に見ているだけであったシェリスは突然、駆け出して右の方へと姿を消していった。
大方、先ほどまで以上に興味を惹く何かがあったのだろう。でも、無茶な事はしないと分かっているからフェイトも慌てて追う事は無く。
変わらぬ歩調で歩みを続け、シェリスが向かった方向へと曲がって彼女の姿を視界に捉えるとゆっくり近づく。それと同時に彼女の興味を惹いた物の正体も分かる。
一際大きな機械の中に多数のぬいぐるみが詰め込まれ、左端の下に筒状の穴、上にクレーンのようなアーム。要するに興味を惹いた物の正体は、UFOキャッチャー。
ぬいぐるみ(特に猫の)が大好きなシェリスの興味を惹いても仕方のない代物。それ故、フェイトは苦笑しつつ近づき、シェリスの横で足を止めた。
「何か欲しいぬいぐるみでもあったの、シェリス?」
「うにゅ……アレが欲しいの。あそこにある、猫さんのぬいぐるみ」
ガラス張りのウインドウの内側を指差す先へ目を向けてみれば、そこには黒猫を象った可愛らしいぬいぐるみがあった。
猫のぬいぐるみという時点で欲しがるシェリスは以前、リースに買ってもらったという白猫のぬいぐるみを非常に大事にしている。
いつも持ち歩いたりはしないが、寝るときは常に抱いて寝る。リースからの貰い物というのも理由だろうが、それでもぬいぐるみが好きというのは窺える姿。
でも、欲しいからといって簡単に買ってあげる事は出来ない。お金の問題以前に毎回買っていたらそれこそ、家はぬいぐるみの巣窟になるだろうから。
けれど家にあるのはまだリースからの物だけ。となれば別にアレ一つが増えた所で問題は無いと考え、フェイトは硬貨を一枚出して機械へと投入した。
「にゃ?」
「ちょっと待っててね……頑張って取るから」
硬貨を投入した事で鳴り出す音楽を耳にしながら、フェイトはたどたどしい手付きで慎重にボタンを操作する。
基本の動かし方が簡単だから、二つあるボタンでどちらを押したらどう動くかぐらいはやった事が無くとも分かる。
けれど、だからといって簡単に取れるほどこのゲームは甘くない。それを現実として表すようにフェイトは早速失敗をしてしまった。
「あう……ずれちゃった」
目標を掠るだけで掴む事は無く、空のまま戻っていくアーム。それを落ち込み気味で眺めつつも、意気込みは失わない。
すぐに二枚目となる硬貨を取り出して投入。アームが戻ってまた音楽が鳴り始めたのを確認してから、先ほどよりも慎重に動かす。
その慎重さが功を奏したのか、若干のズレはあるもののアームは目標の上部へ。そこからゆっくりとアームはぬいぐるみへと降りていく。
そして遂にぬいぐるみの頭部をアームがガッチリと掴む。それを確認したとき、フェイトの中で取れたという確信的な思いが生まれた。
――だが、その思いは一瞬にして砕け散る事となってしまう。
しっかりと掴んだかに見えたアームはあろう事か、ぬいぐるみを僅かに動かしただけでスルリと抜けてしまう。
故にまた何もない状態のまま元の位置へ戻っていく。その様子にフェイトは少し、いやかなりの落胆を浮かべてしまう。
諦めるわけにはいかない。ここで諦めてしまえば、確実にシェリスは落ち込んでしまう……だから、諦めは選択肢に含まれない。
でも、アレで取れないとなればどうしたらいいのかがフェイトには分からない。分からないまま回数を重ねても、お金の無駄にしかならない。
だから諦めたくはなくても、続けてお金を投入する事が出来ず、内部にある目標を見詰めながら立ち尽くすのみとなってしまう。
「も〜、折角忍ちゃんが誘ってあげてたのに……相変わらずノリが悪いんだから、恭也は」
「……誘ったのでは無く、無理矢理連れてきたの間違いだろうが」
「ソレはソレ、コレはコレよ」
「はぁ……全くお前は。――ん?」
そんなとき、聞こえてきたのは男女二人の声。そのうち男性のほうの声は非常に聞き覚えのあるもの。
女性のほうが口にした名前も知った名前。それ故、フェイトは即座に声のしたほうへと振り向けば、想像通りの人の姿。
親友の兄にして自分が尊敬している人。同時に近接戦闘に関してを師事してる人でもある、高町恭也その人。
同じく彼も二人の存在に気付いていたのか、彼女が振り向いたときにはすでに自分の方へと近づいてきており、至近まで寄ったところでシェリスも二人に気付いた。
「にゃ! こんにちはなの、恭也お兄ちゃん♪」
「ああ、こんにちはだ、シェリス。それにフェイトも」
「あ、はい。こんにちはです、恭也さん。それと……えっと、そちらの人は?」
「ん? ああ、コイツは俺の友人の月村忍だ……二人には、すずかの姉といったほうが分かり易いか」
「どうも〜、恭也の内縁の妻にしてすずかの姉をしてる忍ちゃんです♪ 二人の事はすずかとリースちゃんから色々聞いてるよ♪」
「そ、そうですか……あの、それでその……内縁の妻って」
「気にしなくていい。単なる悪ふざけだからな」
恭也がそう口にするれば、隣の女性――忍は本気なんだけどなぁと軽い感じで言ってくる。
ただ声が少し呟くようなものだった事、そして店内が若干煩い事もあって誰にも聞こえる事はなかった。
でも、向かいに立っているフェイトには声こそ聞き取れなかったものの、忍の表情から何を言ったのかが察せてしまった。
それが胸にチクリと僅かな痛みを呼ぶが、その痛みの正体がフェイトには分からない。けれど、あまり良い気分がしないのは確か。
だけど結局分かるのはその程度だから深く考える事はせず、二人に対して今日は何でここにいるのかという事に関して問うてみた。
すると返ってきた答えは非常に単純。大学が休み故に家でのんびりしていた恭也を珍しく来訪してきた忍が無理矢理ここへ行こうと引っ張ってきただけの事。
普段ならリースがこの間にいるのだが、そのときはこれまた珍しくお昼寝中だった。だから、起こすのも悪いかと二人だけでやってきたらしい。
反対にこれを語り終えた恭也もフェイトとシェリスがなぜここにという事を聞いてくる。それにフェイトは隠す必要もないため、今までの経緯を大体話した。
「はぁ〜、なるほどねぇ……つまり、フェイトちゃんはシェリスちゃんのためにぬいぐるみを取ってあげたいんだ」
「はい。でも、全然取れる気がしなくて……」
「けど、シェリスちゃんの事を考えると諦める事も出来ない、って事ね……よし、ここは健気な女の子のために忍ちゃんが人肌脱いじゃいましょう♪」
「え……?」
言われた事に呆然とするフェイトを台の前から退け、代わりに台の前に立った忍は硬貨を一枚投入。
そしてフェイトとは違い、慣れた手つきでボタンを操作していき、あっという間にアームは目標となるぬいぐるみの上で固定される。
それからゆっくりと降りていき、その頭部を掴む。だが、あんな風に言った割にはあっさりとアームは滑り、掴んだ頭部から離れてしまった。
先ほどフェイトがしたときとまったく同じ。それ故、やっぱりどうやっても無理なんだとフェイトは思い掛けた次の瞬間、信じられない事が目の前で起こった。
「うそ……」
「にゃ〜、掴んでないのにぬいぐるみが浮いてるの」
シェリスが口にした通り、アームはぬいぐるみを掴んでなどいない。でも、ぬいぐるみはアームが上に上がるのに合わせて持ち上げられていく。
それは一目見ればぬいぐるみが独りでに浮いているようにも見える。けれど目を凝らしてみれば、そうではないという事がすぐに判明した。
確かにアームはぬいぐるみを掴んでいない……でも、それは忍の想定の範囲内。なぜなら、彼女は初めからアームで掴もうなどとは思ってなかったのだ。
彼女が狙ったのはアームの爪をぬいぐるみの頭部の先にある紐の輪に引っかける事。けどこれは普通に掴むより、難しいであろう方法だ。
けれど彼女はそれを容易くやってのけ、たった硬貨一枚でぬいぐるみを取った。正直、驚きを通り越してフェイトは唖然としてしまう。
そんな彼女へ景品口からぬいぐるみを取り出した忍は手渡してくる。そしてその視線は彼女からシェリスへあげてと告げていた。
我に返ったフェイトはその視線に対して感謝の意味合いも込めて小さく頷き、シェリスへと向き直ってぬいぐるみを差し出した。
「にゃ! ありがとうなの、フェイトお姉ちゃん! それと忍お姉ちゃんも!」
「う、うん」
「あはは、どういたしまして♪」
自分が取ったわけでもないので後ろめたさはありながらも、嬉しそうな顔で言われると思わず返事を返してしまう。
その際に忍のほうへと目を向けてみればちょうど目が合い、そのときに彼女はフェイトへ向けて小さくウインクしてくる。
この事で分かるのは、先ほどのシェリスに渡す役をフェイトに譲った理由。たぶん、フェイトがシェリスをどれだけ大事にしてるかを彼女はすぐに見抜いた。
そしてシェリスがフェイトをどう思っているのかも。そのため双方の事を考えれば、形式だけでもフェイトから渡すのが一番良い……そう考えたのだとわかった。
だから、フェイトは改めて忍へと感謝を言葉にして伝えれば、彼女は気にしなくていいよと言うようにただ笑い掛けてくるのだった。
UFOキャッチャーでぬいぐるみを獲得した後、折角だからという事で恭也と忍と含めた四人で店内を回る事に。
その最中、自分で歩く事に疲れたのかシェリスはぬいぐるみを抱えつつ恭也の肩によじ登り、肩車の体勢へ持ち込んでしまった。
これにフェイトは謝罪とばかりに頭を下げてきたが、以前もあった事だと恭也は気にせず、フェイトにも気にするなと告げる事で現状維持という事になる。
とまあ、そんなこんなでゲームセンターに詳しくない二人は忍の助言もあり、手が出せなかった様々なゲームで楽しく遊ぶ事が出来た。
最初に見たレーシングゲームで対戦をしてみたり、ダンスゲームをプレイしてみたり、時には格闘ゲームで知らぬ人と対戦をする忍を見学したり。
来たときは差して楽しめないと思っていたのが嘘のように楽しめた時間。でも、そんな楽しい時間も終わりの時間が近づいてきていた。
だからか、忍の提案で最後とばかりに一つの機器の前へ。それは彼女曰く、プリクラという写真を撮るに近い事をする機械であった。
記念とは違うが、折角だからと乗り気な忍になぜか賛同するシェリス。それにフェイトもまた、恥ずかしいという思いがありながらも賛同するが……。
「それじゃあ、早速撮ろっか。ほら、恭也も早く早く♪」
「……俺は遠慮しておく。さすがに一人だけ男が交じるというのも、写り的に宜しくないだろうしな」
「もう、ここまできてそんなノリの悪い事言わないの。大体、私と二人で来た時も似たような事言って逃げたじゃない」
「む……いや、しかしだな――」
「恭也お兄ちゃん……シェリスたちとお写真撮るの、嫌なの?」
「そう、なんですか……?」
自分の頭上からと目の前からの二点から悲しそうな声と目で聞かれては、そうだなどと口が裂けても言えるわけが無い。
そのため仕方ないとばかりに分かったと頷き、彼が了承した事で早速内部へ。その際、シェリスは恭也の肩から降りた。
若干ぎゅうぎゅうだが全員が入り切ったのを確認するとシェリスの後ろにいる忍が手を伸ばして硬貨を入れ、ボタンを操作する。
決めるのは背景を何にするかとか何か文字を入れるか程度。特に凝るわけでもないので差し当たりの無いものへ忍は決定していく。
そして最後の項目を決め終えると機械の音声で撮りますよ〜と告げてくる。その声に合わせ、四人ともそれぞれのポーズを取った。
「にゃ!」
「きゃっ――!」
普通にピースする忍とただ立っているだけの恭也の二人に対して、シェリスは突然フェイトへと抱きついてくる。
それに驚いたような声をフェイトが上げると同時にパシャッとカメラのシャッター音。そして次の瞬間、パサッと一枚の紙が吐き出される。
その紙には今しがた撮ったであろう写真が十六ほど。忍が言うには、その一枚一枚がシールになっているとの事であった。
ただ当然ながら、その全てに映っているフェイトは驚いたときの表情。そのせいか、少しばかり恥ずかしげな顔で俯いてしまう。
けれどそれも含めて良い写真だと恭也も忍も言い、忍の提案によってその場で十六枚を四分割して一人一人に渡すという形となった。
「こうして見ると、恭也と私がお父さんとお母さんでフェイトちゃんとシェリスちゃんが私たちの子供って見えるわね♪」
「……仮にそう見えたとしても、こんな大きな子供が二人もいるような歳に見られるのは些か落ち込むがな」
やけに嬉しそうな様子で言ってくる忍に恭也は疲れたような溜息と共にそう返した。
そしてそんな二人に反してシェリスは再び恭也の肩へとよじ登り、肩車の体勢で先ほどのプリクラを眺めている。
対してフェイトは未だ若干俯き加減ではあるが視線は手元にあるプリクラへ向けられており、表情も自然と微笑へと変わっていた。
限られた人のみで撮った物ではある。でも、それでもこういった写真を撮れた事がただ、フェイトにとっては嬉しかったから。
楽しかったお出掛けはそのゲームセンターを最後として幕を閉じ、フェイトとシェリスは家へと帰宅した。
その際、メモ紙のみを残して放置したアルフによって散らかされた部屋が目に入り、疲れたような溜息をつきつつも片付けた。
そしていつも通り取りこんであった洗濯物を畳んで仕舞い、その後に夕食を作って皆で頂き、食後に少しだけマッタリとした時間を過ごす。
マッタリした後は食器を片付けて沸かしたお風呂へ入り、妙に元気なシェリスとアルフとは違って疲れた故にフェイトはちょっと早い就寝のためにベッドに横になる。
そのとき、枕元に置いた自分の携帯が目に入る。いや、厳密には携帯ではなく、携帯に張られている今日四人で撮ったプリクラ。
楽しかった思い出を形に残せた初めての物。それを僅かに見詰め、フェイトは少しだけの微笑を浮かべた。
それから静かに目を閉じて睡魔に身を委ね、長いようで短い休日に終わりを告げつつ眠りへとつくのだった。
あとがき
【咲】 海鳴巡りという割には、大して多くを回ったわけじゃないのね。
そりゃ、題目はああでも話的には巡る事ではなく、外で遊ぶ事が目的だからな。
【咲】 ふ〜ん……にしても、恭也が出てリースが出ないっていうのはまた珍しいわね。
恭也出演=リース出演というわけではないからね。大体、そんなんじゃリースが付属みたいになるし。
【咲】 まあねぇ。でも、リースの代わりに今回は忍が一緒にいたわね。
恭也がゲーセンに行く理由なんて忍に無理矢理っていう形ぐらいしかないだろ、ほとんどさ。
【咲】 そりゃ確かにね……でも、他のとらはキャラで忍の出演率って結構高いわね。
前も言ったが、忍は三章以降の重要キャラになるからね。そのせいか、出演率は自然と高くなってくる。
【咲】 へ〜……だけどさ、二章までで全く関わって無かった彼女がどう関わってくるのよ?
そこは秘密。でもまあ、三章も今回で二十一話って事だから、分かるまでそんなに掛からないだろうさ。
【咲】 ふ〜ん。ところでさ、話は変わるけど今回の話でたい焼き屋さんが言ってた黒い服のあんちゃんってもしかしなくても?
ああ、恭也の事だね。つうか、カレーとチーズのたい焼きを食べる人なんて彼ぐらいだよ。
【咲】 ああ、やっぱりね……何て言うか、店の主人もタダモノじゃないとか言っちゃってるし。
実際、タダモノじゃないけどな。
【咲】 ……店主が言ってたのは全く別の意味でしょうけどね。
あはは……とまあ、そんなわけでそろそろ次回予告おば!
【咲】 次回はどんなお話に――ていうか誰のお話になるわけ?
聞き方が分かってきたって感じだねぇ……まあ誰のお話かと言えば、次回はシェリスとアスコナのお話だ。
【咲】 またシェリスが出てくるのね。ていうか、三章で一番出演率高くない?
まあねぇ……けどまあ、主なのがこの二人ってだけで他にも何人か出てくるがね。
【咲】 完全にこの二人だけじゃ成り立たないでしょうしね。
うむ。ついでにどんなお話かの概要を一言で言えば、この二人のお散歩風景って感じだな。
【咲】 今回と似たり寄ったりね。
確かにな。ちなみにだが、若干リィンフォースがこの二人に振り回されます、次回は。
【咲】 何か……リィンフォースが憐れに見えてくるわね。
アスコナはもちろんの事、シェリスが来たら彼女共々面倒見ないといけないからな……普段でも大変だろうよ。
【咲】 でも、次回はその普段よりも酷い事が起きるって事なのよね?
そういう事になる。まあ、詳細は次回を待てって事で……今回はこの辺にて♪
【咲】 また次回会いましょうね♪
では〜ノシ
今回はほのぼのと。
美姫 「確かに和んだわね」
まあ、休日ぐらいはゆっくりとしてても良いだろう、うん。
美姫 「お出掛けした二人が色々と巡るんだけれど、そうじて食べ物がよく出ていたような」
まあ、シェリスが一緒だったしな。
美姫 「この二人も中々良い感じになってきたわよね」
確かに二人で居るのが自然な感じになってきたように感じられるかな。
美姫 「これからどうなるのか、とっても楽しみです」
次回も待ってます。