はやてが意識を取り戻した時、そこは例の空間でも模擬戦をしていた訓練室でも無かった。

一見しただけでも分かるそこは、本局の医務室。けれど目を覚ました際に同時に目に映ったのは医務課の先生ではない。

いたのは最初に意識を失う前に模擬戦していたときの相手であった者たち。そしてそれをモニタ室で観戦していた者たち。

ベッドの上で目を覚ました時、誰もが彼女を心配そうな目で見ていた。けれど同時に目を覚ました事で一様に安著の息をついたりもしていた。

だが、皆のそんな様子が目に映ると同時に可笑しな事も一つだけあった。それは彼女の家族たちの姿が、そこには無かった事。

自惚れるわけではないが、自分が何かしらで倒れてしまった場合、彼女たちならきっと離れる事無く、傍にいてくれるものだと思っていた。

だけど上体を起こして見渡してみても、やはり姿は見られない。守護騎士たちの姿も、あの空間で共にいたリィンフォースとアスコナの姿も。

故に彼女が皆はどこにいったのかと起き抜け一番で訊ねれば、皆を代表してリンディの口から、夜天の書自体のメンテナンスを行っていると告げられた。

そしてそれにイマイチ意味が分からず首を傾げる彼女へ、先の言葉から続けるようにしてリンディは彼女が意識を失ってからの事を簡単に説明した。

説明された事ははやて自身、冗談と思えてしまうような内容。けれど彼女たちがこんな事で冗談を言うはずもない故、その内容を信じざるを得なかった。

 

「でも、修復した事で防衛プログラムもまた組み込まれてしまったっちゅうんは理解出来るんやけど……何が原因で今回、起動してしまったんやろか」

 

「それはたぶん、何かが原因ではやての意識が途切れちゃったからだと思う。防衛プログラムが起動した際にその人格が呟いていた事を聞いた限りだと、ね……その辺り、何か心当たりみたいなものはない、はやて?」

 

「心当たり、いうてもなぁ…………あっ」

 

少し考え込み、思い出したのは意識が途切れる前の可笑しな現象。自身もリィンフォースも知らぬ魔法の術式が、頭に浮かんできたという現象。

あのときこそ若干気にとめた程度だったが、模擬戦も終わって状況的に落ち着いた今となって考えるとかなり不可思議としか言いようが無い事。

ここが原因かと聞かれれば微妙な感じがしないでもないが、心当たりと言えばその程度。だから、はやてはその事を皆に説明した。

すると全員が全員、彼女の語ったそれに驚きを浮かべ、続けて疑念と困惑を入り交ぜたような表情を浮かべ始めた。

 

「突然頭に浮かんできた、か……それを聞いてしまうと余計、分からなくなるな」

 

「そう、だね……ただ、仮に知ってて使ったのだとしても、それはそれで分からない事だらけになっちゃうのには変わりないんだけど」

 

「? 一体、何の話をしてるんや?」

 

「え? あ、ああ、そっか……はやてはちゃんと見た事がないから知らないんだったね。えっと、驚かないで聞いてほしいんだけど……はやてが言った頭に浮かんできた魔法っていうのと防衛プログラムが使ってきた魔法ってね……『蒼き夜』の人たちが、使ってた魔法なの」

 

「……へ?」

 

今度は反対にはやてのほうが、驚きを浮かべてしまう。けれど、それも正直無理もない事なのだろう。

『蒼き夜』の事は彼女も十分知っているし、直接会った事もある。でも、彼女は『蒼き夜』の誰とも交戦した事は無い。

加えて『蒼き夜』の誰かと自分たちの内の誰かが交戦している光景を見た事も同様。それ故、彼女らの使う魔法を知るはずはないのだ。

だけど彼女は使った。意識があるときは勝手に頭に浮かんだモノを使い、意識がないときは防衛プログラムが使用してきたという形で。

フェイトの言うとおり、これが仮に知ってて使ったとしても疑問は多い。だが、知らずに使ったという事実はそれ以上に疑問を招いてしまう。

しかしどちらの場合でも同じなのは使用した本人も、それを目の当たりにした者たちにも、疑問に対する答えを持ち合わせてはいないという事。

それどころか、疑問を解くための材料すら少ない。それ故、答えが出ない以上は考える事を現状断念するしかなく、一同は別の話題へと話を移していった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

魔法少女リリカルなのはB.N

 

【第三章】第二十話 過去より来るは記憶の魔導師 後編

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

あれからおよそ三十分後、今回の件に関しての事は粗方話し終わり、クロノとリンディは早々に部屋を退室した。

先の件に関しては大きな問題が起きる前に処理できたため上に報告する必要はないが、どうやらそれ以外でもやる事が出来てしまったらしい

故に二人はお大事にとはやてに告げて部屋を去った。そして二人が去ってから数分後、アイラとユーノ、アルフの三人もそれぞれ退室。

久しぶりの再会だからとリースとシェリスもそのアイラについていこうとしたが、すぐに戻るからとアイラが言うものだから、大人しく部屋に留まる事に。

そうしてそれからは誰も退室する事は無く、結果として恭也以外は全員が少女のみという、恭也にとって少し居心地の悪さを感じる状況が出来上がった。

決してそれが嫌だというわけでは、少し居辛い。それ故、少しその辺を歩いてくると適当に理由を取り繕い、恭也も部屋を出ようとした。

 

「あ、あの、恭也さん……」

 

だが、部屋を出ようとした恭也を彼女――はやてが不意に呼び止めた。それ故、彼は足を止めて彼女へと向き直る。

そして何かと問えば、はやては少しばかり言い辛そうな様子を見せながらも、彼の眼をしっかりと見ながら、口を開いた。

 

「その、唐突で申し訳ないんやけど……『蒼き夜』の、アドルファさんたちの事を恭也さんは、どこまで知ってるんですか?」

 

「……本当に唐突だな。まあ、どこまで知っているかと言えば彼女らのメンバー構成と各々に組織の目的とは違う個人的な目的がある事、それとカルラという子の抱えている事情……その三つぐらいか」

 

「カルラちゃんの抱えてる、事情? それってもしかして……カルラちゃんが念話でしか話さない理由も知ってるって事なの、お兄ちゃん?」

 

カルラに対しては思う所のあるなのはが問い返せば、肯定の意を示すように恭也は首を縦に振るった。

それに問い返したなのははもちろん、同じく思う所があるフェイトも、最初にこの話題を出したはやても教えて欲しいといった目を向ける。

そんな三者の視線に恭也は若干の困惑を顔に浮かべる。なぜなら、話す事自体は非常に簡単でも、言うなればこれはカルラの抱える傷なのだ。

だから彼が個人の判断で話していい事ではないように思え、隣でじゃれついているシェリスの頭を撫でているリースへ視線を向けた。

彼女も同じくカルラから直接事情を聞いた者の一人。それ故、話すにしても話さないにしても、本人がいない以上は彼女の意思を確認する事が最低限必要な事。

すると視線に対してリースは少し考えるような仕草を見せたかと思えば、小さく頷いて返してきた。それは言葉にすれば、話してもいいんじゃないかと言ったのと同じ。

故に恭也は彼女から視線を目の前の三人に戻すと小さく息をつき、詳しい部分は分からないが……と前置きをして静かに語った。

 

「彼女が口を使わず、他者との会話は念話でのみ行うのは単純に彼女自身、声が発せないかららしい。なぜ声が発せなくなったのかは分からないが、本人が話す限りでは昔はちゃんと声が出せていたとの事だが……」

 

「……そう、なんだ」

 

「まあ、治る見込みはあるらしいけどねぇ。アドルファが言ってた事みたいだから、本当かどうかは知らないけどさ」

 

リースは基本的にアドルファを信用してはいない。だから、彼女が言ったという時点でまず疑う。

恭也もまた、リースほどではないが似たようなもの。けれどなのはたちは違い、彼女の事を若干とはいえ信じてる部分がある。

少なくともこんな事で嘘を言ったりする人じゃない、と思うくらいには信用している。何より、あの艦で遭遇した彼女は本当にカルラの事を心配していた様子だった。

少しでも信用しているという部分とそんな場面に遭遇した事実の二つが、リースの言葉とは逆に彼女の言葉を信じさせ、三人へ安著の息をつかせた。

 

「せやけど……アドルファさんはどないしてそれを治す気なんやろ。一度乱れた構成プログラムを直すんは簡単に出来る事やないの、あの人も知ってるはずなんやけど……」

 

「構成、プログラム……? 待て……それは一体、どういう意味だ?」

 

「へ? あ、ああ、そういえば説明するのを忘れてたわ……まあ、ここにいない人には後でちゃんと説明しとく事にして、実はあの模擬戦で意識を失った後の事なんやけどな――」

 

そこから語れらた内容の全ては正直驚愕に値する事だった。その中でも一番の驚きの対象となったのは、後半の内容。

あのアドルファたちがプログラム体で、しかも構成プログラムのどこかが破損している存在という……想像すらしなかった真実。

特にその破損のせいで今、彼女たちが死の恐怖に怯えているなんて内容は絶句するしかない。だって彼女たちは、そんな素振りなんて一切見せなかったから。

でも、はやてが嘘を言っているようには到底見えない。大体にして先の言葉で言えば、はやてはこんな事で嘘をつくような人ではない。

故に信じざるを得ない。そして信じてしまったからこそ、その本来なら同情してしまうような内容がほぼ全員へ暗い影を落としてしまう。

 

「じゃあ、あの人たちは……あの時リィンフォースが抱いたはずの恐怖をずっと長い間、抱き続けてるって事?」

 

「そういう事に、なるんやろな……リィンフォースのときはアドルファさんたちが助けてくれたんやけど、アドルファさんたちには……」

 

「助けてくれる人がいなかった、かぁ。もしかして、アイツらが今回みたいな事を仕出かしてるのってそこが理由なのかなぁ」

 

「自身らを救う術を見つけ、それを遂行するために人を利用し、歯向かう全てを敵に回す……確かに理由として多少筋は通ってはいるな」

 

「でも、それって何だか悲しいよ……誰が手を差し伸べても、信じないって言ってるみたいだもん」

 

「まあ、な……」

 

同情される事を望む人はそういない。以前、恭也もカルラの事ではあるが、ラーレより同情はしないようにと言われた事がある。

だから、そういったラーレもきっと同情されるのを好みはしないだろう。いや、むしろ彼女を含む『蒼き夜』の面々は全員がおそらく同じ気持ち。

表面に出さぬよう振る舞う事で誰かに真実を悟られまいとする。全員が全員そういうスタンスかは分からないが、少なくとも恭也が見た人たちはそう思える。

カルラが自身の事を話したという事実を語った際、ギーゼルベルトの非常に意外そうな顔をしていた事を思い起こせば猶の事であった。

 

『貴方……私たちの組織に入る気はないかしら?』

 

『私たちの仲間になる気はありませんか……?』

 

そしてそこを思い起こすとなぜか、彼の脳裏には二人の少女――ラーレとカルラが各々告げた言葉が蘇ってくる。

二人とも、告げたのはただの組織勧誘の言葉。どこをどう聞いたとしても、結局はそうとしか聞こえない言葉でしかない。

なのに今の話と別段関係性も無いはずのその言葉が今更浮かび上がったのはなぜだろうか……そう考え始めたとき、何となくだが答えは浮かんだ。

 

(なのはが言った通りなのだとしたら、なぜ彼女たちはあんな事を言ったんだ……?)

 

答えと言ってもそれは新たな疑問。理由はラーレから聞いたが、それでも今の話を加えると可笑しな部分が生まれてしまう故に。

その可笑しな部分と言うのは一言で言えば、こんな事を言ったという事自体。本当に仲間にしようとしなければ、こんな事は言わないはずなのだ。

『蒼天の剣』であるリースとそれを扱う主たる恭也。二人が揃って初めて意味を為し、話に寄れば二人の存在は彼女らの中で必要不可欠。

けれど、そうだとしても他者を信じないのなら、こんな事は聞かない。そのまま手元に置いたまま返す事などせず、何かしらの手で利用しようとするだろう。

だというのに彼女たちはあんな事を言った。それはつまり、本当の意味で恭也とリースの二人を仲間として引き入れようとした証拠でもあった。

だからこそ分からない。彼女たちはどうして他人でしかない二人を利用するのではなく、まるで信用しているかのように仲間へ引き入れようとしたのかが。

 

「……恭也さん?」

 

知らぬ内に考え込んでしまっていた彼へ、どうかしたのかと言いたげな視線を向けながらフェイトが名を呼ぶ。

我へ返って視線を戻してみれば、他の面々も同様。けど、これはあまり語るべきではない事だと言わざるを得ない。

故に恭也は首を振りつつ何でもないと返した。皆はそれに納得したようなしてないような顔を浮かべたが、特には何も聞かず元の話へと戻る。

 

「たぶん、アドルファさんたちがそんな境遇に陥ってるからやろうとは思うんやけど。あの世界でのアスコナが最後に言うてたんや……あの人たちを救ってあげてって」

 

「それは……なのはも、そうしてあげたいよ。そんな事になってる人たちを放っておくなんて、私には出来ないから」

 

「私も、なのはと同じ想いだけど……でも、その手の専門家でもない私たちが、出来る事なんて」

 

これは夜天の書を直した時の事よりも、より深刻な事と言ってもいいであろう問題だ。

だからこそ、自分たちには何も出来ない。夜天の書の修復でさえ、元のプログラムがなければ無理だったと言われるくらいなのだから。

でも、助けたいという気持ちが強いのも事実。はやての語る世界でのアスコナに言われるまでもなく、自分たちの意思によって。

気持ちがあっても手段が無い、手段が無くても気持ちが強い。その狭間に立つ事が、再び皆へと暗い影を落とそうとしてしまう。

 

 

 

「今の私たちで出来る事が見つからないなら、見つかるまで探し続ければいいんじゃないの?」

 

――だが、突如としてリースより放たれた言葉が、落ちかけた影を振り払った。

 

 

 

影は振り払われても、希望が差したわけじゃない。彼女が言った事は所詮、楽観的な意見でしかない。

でも、そうであるという事は本人が一番分かっているはずなのに、彼女は擦り寄るシェリスを撫で続けながら言葉を続ける。

 

「答えの決まった問題でも、考え続ければ別の答えが見えてくるかもしれない。例えそれが今の私たちには見つけられない答えでも、未来の私たちなら見つけられるかもしれない……だからさ、諦めずに探し続ければいいんだよ。少しでも近い未来で、答えが見つかるようにね」

 

「で、でも……あの人たちにそんな時間は――」

 

「ないかもしれないけど、あるかもしれないじゃない。さっきはやてが話した世界でのアスコナは遅かれ早かれ死を迎えるって言ったのかもしれないけど、今すぐ死ぬとまでは言ってないんだからさ」

 

「それは確かに、そうやけど……」

 

「だからさ、もう少しポジティブに考えようよ。私たちが答えを見つけ出すまでの時間くらいは残されてるって感じにね♪」

 

答えを見つけるまでの時間がどれほどかは分からない。そもそも、答えが見つかるという前提さえも可能性でしかない。

つまりは楽観的な意見であると同時に夢物語で終わる可能性もあるという事。けれど明るく言うのに反して彼女は至って真面目。

その様子から、アドルファたちが生きようが死のうがどちらでもいいと考えているのではないのだという事が分かる。

本当の意味でポジティブに考えているだけ。だから、なのはたちもそんな彼女に対して落ち込み気味だったのも忘れ、ポカンとした表情をする。

けれど我に返ると落ち込んでいた時の空気を一転させるように吹き出してしまい、笑いを収めた後もまだ少しだけ堪えたような笑みを浮かべていた。

 

「あはは、確かにリースちゃんの言う通りやね。悪いほうに考えても落ち込むだけなんやから、楽観的でもどうせなら良い方に考えなな♪」

 

「うん、そうだね。でも、まさかリースからそんな言葉を聞くなんて思わなかった」

 

「そう? これでも私、結構物事を楽観的に考える事は多い方だって自負してるんだけど」

 

「普段のリースちゃんを見てると全然そんな風に見えないよ。むしろ、本当になのはたちと三歳しか違わないのかなって思う事もあるもん」

 

「う〜……そんな事ないと思うんだけどなぁ」

 

一転した空気は和やかなものへ。それは先ほどまでの落ち込みようが嘘に思えてしまうほど。

でも、別に皆はアドルファたちに関しての事を忘れたわけじゃない。ただリースが言ったように、負の方向へ考えるのを止めただけだ。

悪い方向へ考えても意味はないと教えてもらったから。だから今は笑っていても、助けようという思いは未だ根強く誰もの心の中に在り続けている。

そんな皆の様子に対して恭也も表面は若干の笑みを浮かべ、内心では少しばかり安著する。彼自身、先ほどまでの空気にはどうしたものかと思っていたから。

だからそれを相棒が拭い去ってくれた事に恭也は表面と内心でそんな様子を見せた後、少し歩いてくると皆に告げて一人、部屋を退室した。

 

 

 

部屋を出た後、恭也は廊下をぶらつく。それは別に行きたい場所があるわけでもなく、かといって目的があるわけでもない。

言ってしまえば何となくの散歩。非管理局員である故に下手にうろつく事は出来ないから、結局はすぐに戻る羽目になるであろう散歩。

ただ、そうであっても歩き慣れぬ場所を歩くのは詰まらなくはない。楽しいとまではいかないが、散歩をするには十分だと言える。

それ故に短い時間とはいえ、若干満喫するように散歩を続ける。が、そんな最中、歩く廊下の対面より見知った人物――アイラの接近が見えたため、恭也は歩みを止めた。

だが対する彼女は反して彼の存在に気付いた途端、若干驚いたような顔を浮かべてすぐに駆け出し、恭也の所まで走り寄ってきた。

 

「ちょうど良い所に! ちょいこっち、こっちに来てくれ!」

 

「は? って、うおっ――!」

 

一体何なのかと訊ね返す暇もなく、アイラは突然恭也の手を取り、自分が来た方向へと引っ張りつつ駆け始める。

そのせいか恭也も走るような形になってしまい、廊下を擦れ違う局員に不思議そうな眼で見られる羽目となってしまう。

だが、引っ張ってる本人たるアイラはまるで気にした風もなく、そのまま走り続けた先にあった一室の前に立つと扉を開き、彼を招き入れた。

 

「全く……一体何なんだ。いきなり走り寄って来たかと思えば、何の説明も無しにこんな場所に連れ込んで」

 

「ああ、すまんすまん。若干こっちもテンパってたから、ついな……」

 

「はぁ……まあいい。それで何なんだ、用件は? ちょうど良い所にと言ってここに連れてきた辺り、俺個人に対しての用件みたいだが」

 

恭也がそう訊ねるもアイラはそれに対しての返答を口にする事はなく、何を思ったか部屋の扉が外部から開かぬようロックを掛けた。

そして再び恭也へと向き直りつつ衣服の内側へと手を入れ、そこから取り出した二つに折られる十枚程度の紙の束を歩み寄って渡してきた。

言外に見ろと言っているその行動に恭也は本当に何なんだ……と内心で愚痴りながらも、素直に受け取って折られた紙の束を開き、目を通していった。

 

「…………」

 

最初の方こそ何の気も無しにただ読み進めるだけ。無理矢理に近い形で読ませられているのだから、仕方ないと言える。

けれど紙が一枚、一枚と捲られていくにつれて読み進める彼の表情が変わっていく。最初は驚きへ、そこから徐々に険しさが窺える表情へと。

そんな彼に対してアイラも初めは無言だったが、彼の表情の変化で書類の内容をある程度理解したと悟り、読んでいる途中にも関わらず口を開いた。

 

「そこに書かれてるのはアタシとユーノが、アンタらと別れた後から今までという時間で調べ上げた事だよ。そしてもう分かってるとは思うけど、そこに書かれてるのはもちろん――」

 

「『蒼き夜』に関しての事、か……」

 

読んでいる最中でも、ちゃんと彼女の言葉を聞いている恭也は視線を動かす事はなくも続きとなる言葉を静かに口にした。

返ってきたその言葉にアイラは小さく頷く事で肯定を示す。けれど言葉はそこで止める事はなく、彼女は続けて言葉を放つ。

 

「そもそもアタシたちが最初に調べてたの『蒼き夜』じゃなくアイツらが保持してるロストロギア、『レメゲトン』に関しての事……だから正直、全てじゃなくても『蒼き夜』の素姓まである程度判明したのは予想外だったよ」

 

「ふむ…………だが、ここに書かれている内容が確かなのだとすれば、彼女たちがしようとしてる事は最悪――」

 

「管理局だけでなく、自分たち以外の全てを敵に回す事になるだろうね……もっとも、ソレをアイツらがどう使うか次第ではあるけど」

 

『レメゲトン』というロストロギアの大まかな概要、そして『蒼き夜』がそれを以て行おうとしている事。

その二点が書類に書かれている内容から分かる事。でも、分かった事実はなるほどの一言で済ませられるほど優しい内容ではなかった。

更にはこの情報に加え、恭也にははやてから聞いた情報がある。それらを総合すれば、自ずと彼女らが言っていた目的の大まかな部分が見えてくる。

それは人には無いものを持っていた彼女たちが、意図せず失ってしまったソレを取り戻そうとする直向きな想いが窺える目的。

新たに判明したそれを彼女へ語れば、彼女自身も驚いていた。けれどすぐに悲しいやら、腹立たしいやら、どちらともつかない複雑そうな顔を浮かべてしまう。

そんな顔をしてしまうのも無理はないと感じながら、そこでふと恭也は思った。そして思ったが矢先、書類からようやく視線を彼女へと移し、ソレを聞いた。

 

「なぜ、この情報を俺に? 普通なら、リンディさんかクロノ辺りに話すものじゃないのか?」

 

「……確かに、最初はアタシもその二人に話そうと思ったよ。でもさ……やっぱり、アタシとしては今でも管理局が信用できないんだよ。もちろん、リンディやクロノみたいに信用できる奴はちゃんといるよ……けど全体としてみたら、やっぱり無理なんだ。だから管理局とは今のところ関係なく、アイツらと直接の面識もあるアンタにまず相談して、その上でどうするかを決めようって思ったんだよ」

 

「なるほど、な……」

 

信用できなくても、管理局の力を頼るべくリンディやクロノに報告するか。それとも、それ以外の何か別の手を考えるのか。

彼女の言うどうするかを決めるというのはつまりそういう事。もちろん、公言した通り彼女としては前者を選びたくはない。

でも、そうしなければどうしようもないのなら、そうするしかない。そこを判断するには自分一人では心許ないから、話しても差し支えない彼に話したのだ。

同じ立ち位置にいるリースでも良かったと言えばそうだが、彼女もやはり子供。となれば彼女よりも年齢的にも精神的にも大人である彼に頼る方が良い。

そんな決断の上で選んだ彼が出した結論ならば、自分も文句は言わない。それ故、思案し始めた彼がどう返答してくるかを彼女はただ静かに待った。

そしてどちらも言葉を発さぬ静寂の中で待ち続ける事、数分後。ようやく口を開いた彼は、けれどまだ悩むような声色で静かに告げる。

 

「……彼女たちとしようとしている事を正直、容認出来ない事だ。だから、現実的な意見を言わせてもらえば、この情報を報告して管理局を頼るのが一番だろうな」

 

「そっか……やっぱり、普通に考えればそれが当たり前なんだよな」

 

「ああ。だが、俺の個人的な意見としてはお前と全く同じだ。お前たちと管理局との間にあった過去を考えれば管理局を頼りたいとは思わないし、何より俺自身もなのはたちと同じで彼女たちを助けたいという気持ちはあるからな」

 

それは言ってしまえば、どっちつかずな答え。現実を取るか理想を取るかの二択で悩んでいる事を口にしているだけに過ぎない。

けれどアイラとしてはそこよりも気になる部分があった。それは彼が口にした個人的な意見、その後者に当たる部分に関して。

確かに彼は『蒼き夜』の面々に捕われ、拒否権無しで彼女らと行動を共にした。だが、結局はそれだけで何か特別な事があったとは聞いていない。

例え今の情報を加えたとしても、やはり助けたいと思うには少し弱い。それ故、アイラからしてみれば、なぜ彼個人としては彼女たちを助けたいと思うのかがどうしても気になった。

だから気になったその部分を問い返すように訊ねてみたのだが、対する彼の答えは先の疑問を解くと同時に――――

 

 

 

「今までの情報を抜きとしても関係無いくらい、俺は彼女たちに関わり過ぎてしまった……理由を挙げるなら、そんなところだ」

 

――僅かな驚きと新たな疑問を彼女に与えた。

 

 

 

以前、彼とリースが救出された際、ある程度の詳しい話は聞いた。でも、思い返してみてもやはり、彼の言葉が当てはまる事柄は一切考え付かない。

でも、彼の言う関わり過ぎたというのが事実なのだとすれば、それは彼とリースがまだ誰にも話して無い事があるのか、あるいは感情面での考えかだ。

当然、どちらにしても疑問は再び生まれる。けれどアイラからすれば、その理由を聞けただけでも納得は出来る故、それ以上の事を聞く事はしなかった。

 

「まあ……話を纏めると結局のところ、アンタとしても現実と理想のどちらを取るかはまだ決められないって事か」

 

「すまんが、そういう事になる。ただ俺も今のままで良いとは思っていないから、近い内に答えを出そうとは思っている……だから、結論は少し待ってもらえないか?」

 

「……ああ、アタシはそれで別に構わねえよ。むしろこっちは相談を持ち掛けた側なんだから、そんくらいの妥協はしねえとな」

 

彼の言葉にアイラが頷いた事でこの話し合いは一旦の終わりを見せる。だが、それから部屋を出る前にある取り決めを二人の間で設けた。

その取り決めはたった一つ。それは今日知った事は二人の間で結論が出るまで、決して誰にも話さぬよう全て他言無用にするという事。

答えによっては結論が出てもどうなるかは分からないが、一応はそういう取り決め。その上で書類の内容を知っているユーノにも、内密にするようお願いするつもり。

そんな約束にも近い決め事を二人の間で交わした後、書類に関してはアイラが誰にも見つからぬよう保管するという形として二人は部屋を後にしていった。

 

 

 

 

 

そうして時間は過ぎていき、誰もにとって長い長い一日は幕を閉じる。

 

 

『夜天の魔道書』の事、『蒼き夜』の事……この一日で各々が知った事は大なり小なり、気持ちを大きく揺るがせる事。

 

 

なのはたちは、それを糧として前へ進もうとする。『蒼き夜』の、アドルファたちの事を助けたいというただ一つの思いを胸に。

 

 

けれど反して恭也とアイラだけは未だ迷う。助けたいという思い、止めなければという思い、その二つの狭間で未だ揺れている。

 

 

他の誰よりも『蒼き夜』に関して知り過ぎてしまったから。他の誰よりも、彼女たちと関わり過ぎてしまったから。

 

 

でも、最終的には選択しなければならない。正反対の二つの内、どちらか一方を選ばなければならないときが来てしまう。

 

 

今はまだ、そのときではないけれど……それは決して逃れる事が出来ない。なぜなら――

 

 

 

 

 

それこそが、二人の運命を決める選択になるであろうから……。

 

 


あとがき

 

 

ずいぶんと長くなったけど、この題目の話もこれでようやく終わりだ。

【咲】 当初は前中後編って言ってたのに、結局五本立てになっちゃったわね。

だな。まあ、三章に於いて重要な話だから、長くてもちゃんと語れただけ良しとしよう。

【咲】 はいはい。ところでさ、最後の方で恭也とアイラが知った『蒼き夜』の真実って一体何なわけ?

ん〜、詳しくは語れんが、話の中でも語ってる通りで『レメゲトン』を用いて彼女たちが何をしようとしているのかだな。

【咲】 それってさ、話ではああいってるけど、そんなにやばいものなわけ?

まあね。ちなみにだが、現在の所持者であるアドルファたちもそこの辺は十分に理解してる。

【咲】 理解してるのに使おうとしてるのね。

そりゃまあ、ね。『レメゲトン』を用いない事には彼女たちが望む事も叶わないし、『蒼き夜』の目的も達成出来ない。

【咲】 『蒼き夜』の目的と彼女たちの望みは別物なわけ?

全くの別物だね。ちなみに前も言ったが、彼女たちの望みと個人個人の望みも全く別物だ。

【咲】 なんか複雑よね、その辺……。

まあ、個人個人の望みは本人たちの目標みたいなものだから、ぶっちゃけ重要っていうほど重要でもないがね。

【咲】 ふ〜ん……にしても、リースって現実的な子に見えて結構いい加減なのね。

だな。でもまあ、二章でもそのいい加減さは結構出てたんだけどな。

【咲】 行き当たりばったりな行動が多かったものね……ほんと、あの妹にしてこの姉ありって感じ。

ま、姉的立場がアイラだったから、ある意味そんな風な子になっても不思議ではないけどな。

【咲】 ああ、それもそうね。で、聞きたい事も聞いたところで次回はどんなお話になるわけ?

ふむ、次回はだな……フェイトの『シェリスとの仲を深めよう』、その第二弾となるお話だ。

ただ前回とは違って今回は別に苦手克服とかそんな話じゃなく、基本的にはフェイトがシェリスに振り回されるお話だ。

【咲】 これまでも結構振り回されてる感じはあるけどね。

まあ、な。ともかく、詳しくは語れんが次回はそんなお話だな。

【咲】 それ、次回予告としてどうなのよ……。

あ、あはは……てなわけで今回はこの辺にて!!

【咲】 また次回会いましょうね♪

では〜ノシ




はやてによって語られた事実。
美姫 「やっぱり皆驚いていたわね」
ああ。でも、だからこそ、なのはたちはすべき事を定めたかもしれないな。
美姫 「できるかどうかはまだ分からなくてもね」
それに対し、恭也とアイラはちょっと知りすぎてしまったみたいだな。
美姫 「決断しないといけないけれど、それが難しい位置になってしまったようね」
どんな決断をするのか。また、アドルファたちの目的とは。
くぅぅ、流石に全てが判明とはいかなけれど、それが明かされるのが楽しみです。
美姫 「次回も待ってますね〜」
ではでは。



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