人として生きたい、認められたいという願い。立場上、決して叶う事はないであろう望み。
自分たちと同じく、それを心の奥底に持っていると指摘された過去のリィンフォースたちは全員揃って唖然とした。
けれど我に返っても、誰も否定はしなかった。それぞれ別々な感情を灯した表情をしながらも、否を示す言葉は無かった。
それは口にはせずとも、確かな肯定の証。人ではない彼女らが、無駄と知りつつも人になりたいと願っている証拠だった。
『……結局、お前は何が言いたい? 我らとお前たちの存在や在り方が同じだと知らしめて、お前は我らを求める?』
沈黙を破って口にされたリィンフォースの言葉は、確かに最もな疑問。何も望む事無しでこんな話をするなど普通は有り得ない。
何かしらの目的――彼女らと接触し、自分たちと同じだとわざわざ話してまで彼女らにやって欲しい事があると見るのが当然。
もちろんこんな話をしたのだから、やって欲しい事というのは望みが叶うという方向へ繋げるためのものだという事も予測は出来る。
だが、望みは持っていても叶うなどという幻想を彼女らは持っていない。所詮、魔道書のプログラムでしかないモノが人になど成りえないと同じく根底で思っている。
故に彼女らが何を言おうとも、手伝う気などさらさらない。何を求めているのかと聞いたのだって、内容によっては手伝うなどという気持ちを示すためじゃない。
ただ何となく、気になっただけの事。だから聞くだけ聞いてバッサリと断り、さっさとこの無意味な話し合いを打ち切って立ち去る気だった。
『いえいえ、別にウチらは貴方たちに何かをして欲しくて来たわけじゃないっスよ……本題はただ、貴方たちから許可を貰い来ただけっス』
相変わらずヘラヘラした笑いを浮かべながら、訊ねられた事に対してアドルファはそう返した。
対してその答えを告げられた彼女らは揃って疑問を浮かべてしまう。一体、自分たちに何の許可を求めるというのかと。
加えて成り行きをただ見ているしか出来ないはやてとリィンフォースもまた、映像の中の彼女らと同じ疑問を頭に浮かべて首を傾げる。
そんな彼女らの様子にアドルファはやはり表情を全く崩さぬまま、聞かれておらずとも彼女らが疑問に思っている事の答えを先の言葉から続けるように告げた。
『貴方たちの主……現在の闇の書の主を殺す許可を、ね』
――そしてその言葉はアドルファ側の面子を除く全員へあからさまな驚愕を抱かせる。
先ほどまでの話とまるで繋がりが無い。それどころか、今までの話がただの雑談とさえ思える一言。
ついでに言えば、その言葉を彼女たちに言うのは不適切。自分たちの主を殺しても良いと思う従者など何処にいるというのか。
確かに彼女たちだって心があるのだから、主への好き嫌いはある。そして今の主も、全員が全員快く思っていないのも事実。
真実だとしても、自分たちの事を道具としてしか見ない主を好きになれというほうが無理なのだから。だが、それでも主なのには変わりない。
故に裏切る事は許されない、殺すなんて以ての外。そしてそれを目論む者たちを黙って見過ごすなどという事も当然、出来ない。
『なぜ我らの主を殺す必要がある、などとは聞かない。聞いた所で我らが闇の書の守護騎士である以上、許す事など有り得ないのだからな』
『やっぱり、予想通りの反応ですわね……だから言いましたのよ。こんな低能な者たちからいちいち許可なんて取らず、さっさと殺してしまえばいいと』
『いや、そうは言うっスけどね……今後の事を考えると無断でそれを行って溝が深まるのは――おわっ!?』
呆れ交じりで言ってきたウエーブの掛かった茶髪の少女――ラーレの言葉にアドルファは返そうとする。
だが、その言葉は遮られることになった。突如として襲い掛かってきた鉄槌を持つ少女――過去のヴィータの手によって。
不意打ちとはいえ、ギリギリのところでそれを回避する事に成功するが、それが開戦の合図となり、一斉に守護騎士たちは動き出してしまう。
対して待ってましたとばかりに各々の得物を顕現して応戦するのはラーレと灰色の短髪男性――ギーゼルベルトの二人。
残る三人の内の二人――カルラとライムントは一応臨戦態勢を取るも目立って動かず、最初に攻撃されたアドルファは攻撃を避けたり受けたりするだけで反撃には転じない。
血の気があるラーレとギーゼルベルトと違い、残る三人はあくまで彼女らと戦う気は一切ないという態度を示しているのが分かる。
「なんや……ずいぶん、昔の皆って血の気が盛んやったんやね」
「そう、ですね。当時の私たちが主に対する不満を解消する方法を戦う事でしか見出せなかったのは、お恥ずかしながら事実ですね……」
道具のように扱うばかりで人としてなど当然見てくれない。だからもちろん、人と同じ扱いなど受けるはずもない。
今ははやてのような優しい主に出会ってからは良いが、当時はそんな事もあって戦う事以外での娯楽を見出す事が出来なかった。
現在見ている映像の彼女らが正にそのときのリィンフォースたち。そんな昔を見られたからこそ、リィンフォースは恥ずかしげな顔をする。
反対にはやてはといえば、過去とはいえ自分の家族たちの意外な一面を含めた様々な事を知り、混乱を通り越して若干お疲れ気味だった。
「まあ、過去は過去やから、ウチは別にどう思うって事もないんやけどな……にしても、こんなモノをウチらに見せて本当、何がしたいんやろな」
「それは、私も分かりません。ですが、これが本当に夜天の書が流している記憶の一部なのだとすれば、これを見せる事で何かを訴え掛けようとしているという事になりますね」
誰がと聞かれれば、間違いなく夜天の書が。管制人格たるリィンフォースも知らぬ、夜天の書の何かという事になる。
でも、管制人格さえも知らないモノが夜天の書のあるなど普通は有り得ない。書の全ての把握している故の、管制人格なのだから。
だけどリィンフォースの言った事を否とは言い切れないのも事実。なぜなら、可能性を完全に無くすための存在が未だ、ここにいないのだから。
闇の書を夜天の書に戻す際に生まれた管制人格の片割れにして、リィンフォースも知らぬ記憶を持つ――――
――八神家の末っ子であるアスコナが、ここにいないのだから。
魔法少女リリカルなのはB.N
【第三章】第十九話 過去より来るは記憶の魔導師 中編3
三者より放たれた砲撃魔法を無傷で退け、彼女――はやてはブツブツと何かを呟いた瞬間に動き出す。
防衛プログラムが表に出てから一定の立ち位置を動かず、射撃魔法と広域魔法の連携で攻めてくるだけだった。
なのに彼女は突然、杖を片手に宙を駆け出した。魔導師としての性質上、積極的に攻め入るような性質ではないにも関わらず。
「――っ」
宙を駆ける速度はそれなりに速い。だが、恭也やフェイトみたいな速度重視の魔導師には到底届く速度ではない。
力で押そうとしても、面子的にこちらが圧倒的に有利。それは彼女にも分かるはずだというのにどうして、という思いが皆にはあった。
しかし、どんな考えを持ってその手に移ったのだとしても、刻限が迫っている以上は迎撃せざるを得ない。
だから、前衛として攻めていたフェイトとシグナムの二人の内、フェイトのほうがいち早く動き、彼女を迎え撃とうと巨大な魔力刃を振り上げつつ駆け出した。
――だが、駆け出した二人が交わる直前、はやての姿は誰もの視界から消えた。
「ぐっ!」
彼女の姿が突然消えた事に驚く暇もなく、直後に聞こえてきたのはシグナムの呻き声。
その声にフェイトは振り向き、他の面々もすぐに視線を向ければ、そこにあったのはシグナムの前に立つはやての姿。
杖の先端をシグナムへと向けている所から、彼女が呻き声を上げたのは杖による一撃をまともに受けたのが理由と容易に理解できる。
とはいえ、そう理解したのだとすれば、必然的に攻撃をまともに受けた理由がシグナムでさえも、彼女の動きが視認できなかったからという事になる。
それどころか、攻撃の手を読ませる事さえさせなかった。防衛プログラムに乗っ取られているとはいえ、本質は広域魔導師の彼女が。
「散りゆけ遠雷、『散華の雷光』」
「――っ!?」
下ろさずに掲げたままの杖の先端より生み出される一つの雷弾。速度は遅いが、至近からでは避けようがない。
故にせめてダメージ軽減をとシグナムは咄嗟に剣でガードを試みるが、剣にぶつかる直前で雷弾は炸裂。小規模な爆発を引き起こした。
その衝撃を受けてから初めて気づく。あんな距離であの程度の速度しかない射撃魔法など、普通に考えたら使うはずなど無い。
つまり、それを使ったからには何かがあると考えるべきだった。だが、それを考える暇さえ与えられなかったのも間違いない事実。
しかしそれが失態である事も変わりなく、幸いな事と言えば爆発と彼女との距離は僅かに開いていた事で致命傷を避けるに至った事。
それ故、爆発によってある程度のダメージをあるものの、痛みを抑えてシグナムは瞬時に剣を蛇腹へ変え、反撃を試みた。
だが、蛇腹は標的に掠る事も空を切る。当たる直前で再び彼女の姿が視界から消え、振るわれた一撃の射程外へ逃げられた事によって。
《Plasma Lancer》
《Accel Shooter》
蛇腹の一撃を避けた時点で一度足を止めた瞬間、なのはとフェイトの二人はほぼ同時に射撃魔法を放つ。
片や直射型だが速度も速く、術者の一言で反転が可能な魔法。片や一発一発の破壊力は差して無いが、術者が操る通りに動く誘導制御型の魔法。
同時に放たれるこのふたつの魔法を避け切るのは容易ではない。大体の場合、避けるよりも障壁で防ごうとするだろう。
「…………」
でも、はやては防御を取らず、再びその場から姿を消す。二つの魔法が正に彼女へと直撃しようとした直後に。
そのせいか魔弾の操作も雷槍の反転も間に合わず、先ほどまではやてがいた地点にて衝突し、全てが爆砕した。
だが、折角生成した二つの魔法を無意味に散らせたのは少し痛いが、避けられるという事自体は二人の……いや、全員の予想の範疇だ。
「スティンガーブレイド・エクスキューションシフト!!」
二人の放った魔法へはやての意識が向いたとき、クロノは追撃のために魔力刃を準備していた。
場所ははやての回避予定地の上空。予定地の算出はデバイスを使って行ったが、それでも正確な場所は算出しかねる。
だからおおよその場所を割り出し、割り出した場所を中心として半径十メートル近くの範囲で七十程度の魔力刃を生成した。
もう少し時間があれば百以上の数を顕現出来たが、生憎と準備時間は短かった。とはいえ、範囲からして七十でも十分だと言える。
そして準備が彼女に最後まで悟られなかったのか、算出した場所から僅かにズレた位置ではあったが、許容範囲内の場所で彼女は足を止めた。
瞬間、クロノは一斉に魔力刃を飛来させる。その速度、如何に視認できないような動きが出来ても咄嗟で避けられるようなモノではない。
「『雷帝の楯』」
作戦通り、彼女は回避運動を取らなかった。だが代わりに、彼女の周囲に電撃を纏う多角形の障壁が展開した。
もしもそれがただ魔力の壁で遮る障壁だったなら、刃の全てを受け切る事は容易じゃない。瞬時に張った障壁ならば尚更だ。
だが、彼女が張ったのはそれとは異なり、展開した魔力の壁に纏う電撃が直撃の寸前で対象を遮るという防御魔法。
基本は射撃系の魔法に対して使い、直前で爆砕させて爆発の余波は魔力の壁で遮るといった形で使うが、対象の形状が刃でも問題は無い。
それを現実として示すかの如く、刃は障壁にすら当たる事もなくバチバチと音を立てる電撃に遮られ、次々と爆散させていく。
「くっ……」
防御系の魔法としてはあまり類を見ない魔法。それ故、まさかそんな魔法を以て防がれるとは思っていなかった。
しかし、刃が防がれたからといってまだ全てが終わったわけじゃない。放った刃には攻撃性の他にもう一つ、使える効果が付属している。
それはずばり、爆散と同時に巻き上がる煙を利用した視界撹乱効果。そしてそれを利用した彼女を止めるためのもう一つの策もあった。
その策を実行すべく最初に動き出したのはアルフとザフィーラ。二人がすべき内容は、煙の中心部にいるはやてを決められた方向へ殴り飛ばす事。
すでに策を伝えてあり、障壁を未だ維持している場合とそうでない場合の両方の対処も伝えてある。それ故、二人の行動は極めて迅速。
煙の中へ突撃していき、その一、二秒後には凄まじい轟音を立てる。そしてその直後、煙の外の指示しておいた方向へはやてが飛び出てくる。
それは二人の仕事が成功した証。故に二人が作ったチャンスを逃さぬよう、次の役割を担う者がすぐさま行動を起こした。
「チェーンバインド!!」
「――っ!?」
はやてが体勢を立て直すよりも早く、それなりに離れた位置から本日二度目となる鎖型の拘束魔法をユーノが放つ。
あの合間でそこまで移動、尚且つ発動が遅いコレを長い射程で使うのは骨が折れたが、何とか彼はこの任を達成する事が出来た。
加えて彼女をその魔法で捕える事に成功した事実は、最後にして決め手となる部分へバトンタッチする事に成功した証でもあった。
――そしてその任を担う二人――なのはとフェイトの二人の準備もまた、すでに完了していた。
エクセリオンモードのレイジングハート。ザンバーフォームのバルディッシュ。そのどちらもがフルドライブ状態。
形成したバレルフィールドの中でザンバーの光輝く刀身へなのはの魔力が集中。その上へ更にフェイトの魔力も上乗せされる。
「全力全開!!」
「疾風迅雷!!」
一つとなった二人の魔力はあまりにも強大すぎる。それはつまり、如何に離れていても余波だけで被害を被る可能性があるという事。
だが、そこはもちろんちゃんと考えてある。ある程度皆が離れている今の状態でも危険なら、更にその上から防御魔法で保護すればいい。
その任を担うのは当然、防御魔法をエキスパートたるシェリス。二人の魔法が放つだけとなった今、同時に彼女が持ち得る防御魔法もすでに展開されていた。
つまりそれが表すのは、周りに対して遠慮は一切しなくてもいいという事。故に二人は集中を乱す事も無く己が放つ言葉と同時に威力放出させ――――
「「ブラストシュートッ!!!!」」
――力一杯の掛け声と共に放出した威力でフィールド内を満たし、大爆発を引き起こした。
これは少し前からなのはとフェイトの二人で考えていた互いが協力し合う事で使用可能なコンビネーション魔法。
名を中距離殲滅魔法『ブラストカラミティ』と言うこの魔法は、正直なところを言えばまだちゃんとした完成を果たしていないモノ。
故に下手をすれば魔力が逆流して暴発する可能性もあった。だが、そこはやはり土壇場に強い二人と言ったところなのだろう。
暴発の危険も一切無く、狙った通りの形で使用する事が出来た。ただまあ、その余波が予想以上に強かったため、二人とも体勢を維持できず吹き飛んでしまったが。
ともあれ、あれだけの威力を持った魔法の直撃を受けたのだ。非殺傷設定とはいえ、少なからずダメージを受けていなくては絶望的にも程がある。
吹き飛ばされた状態から僅かに距離を空けた地点にて体勢を立て直した二人も他の面々もそんな事を考えてはいたが、警戒を解く事は無かった。
そして視線はなのはとフェイトの二人が放った魔法にて起こった大爆発より生まれた煙、その中心部にいるであろう彼女へと集中するのだった。
時間を僅かに遡った不可思議な空間。そこにいるはやてとリィンフォースのほうでも、可笑しな現象が起こっていた。
それは過去の映像が映し出される中で脱出方法を考えていたときの事。突如として流れていた映像が途切れてしまったのだ。
何の前触れもなく、いきなり。それ故、ただでさえ混乱していたというのに突然のそんな現象だからか、混乱は更に強まってしまう。
「脱出方法の目処も立たへんのに次から次へと……一体何なんや、もう!!」
終いには怒り出してしまったはやて。突然の叫び故にリィンフォースも僅かに驚きつつも、すぐさま宥めに掛かる。
それによって少しばかり怒りは収まるも続けて溜息をつき始める辺り、不可思議現象による混乱からの疲れは結構なモノになっていると分かる。
とはいえ、打開策が分からぬ以上は変な慰めも出来ず、とりあえず何があるか分からぬ故にリィンフォースは主へ若干密着しつつ、辺りを警戒する。
――その直後、警戒していたのが功を奏したのか、近づく気配にリィンフォースはいち早く気づいた。
少しずつ、少しずつ近づいてくる気配。それに対してリィンフォースははやてを自分の後ろへ移動させ、護るように前に立つ。
以前のように夜天の書の中にいるわけだから、近づいてきているのが敵である可能性は低い。だが、用心するに越した事は無い。
故にはやての前に立ちながら気配が近づいてくる先へ目を向け続ける。そして事態を理解出来ていなかったはやても、そこでようやく近づいてきている存在に気付いた。
ただ彼女自身は敵である可能性が低いという考えが強いせいか過剰な警戒はせず、リィンフォースの後ろから覗くように彼女と同じ方向へと目を向けた。
「…………」
そして暗がりからようやく気配の主は姿を見せる。同時にその姿を見るや否や、二人とも安著の息をついた。
姿を見せたのはリィンフォースを似通った容姿の少女。それは紛う事なく、八神家の末っ子であるアスコナに他ならない。
故に安著を抱いた二人はすぐに彼女へと近寄ろうとする。だが、少し近づいた地点にて二人は一つの可笑しな事に気付き、足を止めた。
それは他でもない、アスコナの様子。いつもならリィンフォースの姿を見た途端、すぐさま駆け寄って抱っこをせがむのが常。
でも、目の前に立つ彼女はその甘えをしてこない。それどころか、僅かに浮かべている表情はどこか大人びた感じすら窺わせた。
「ようこそ、『蒼夜の魔道書』の中枢記憶空間へ。ずっと待ってたよ、はやてちゃん、ママ」
その呼び方は正しく、アスコナそのもの。でも、だとすれば彼女の纏っている雰囲気が説明がつかない。
少なくとも、あの模擬戦が始まるまではいつもと変わらない様子だった。リィンフォースにベッタリな、甘えん坊な彼女だった。
でも、今の彼女は自分たちの見ていたアスコナと一致しない。それはどういう事なのか、いくら考えても二人にはさっぱり。
そんな二人の様子にアスコナは小さく苦笑を浮かべ、二人が疑問に思っている事への答えを静かに口にした。
「驚いたよね、二人が知る普段の私と違い過ぎて。でもね、今は不完全だからちゃんと表に出る事が出来ないだけで、これが本当の私なの」
「不完全? どういう事だ、それは……夜天の書は完全に修復されたわけじゃないというのか?」
「ううん、確かに修復されたお陰で『闇の書』は『夜天の魔道書』に戻る事が出来たよ。でも、『夜天の魔道書』が本来の力を持った状態……『蒼夜の魔道書』へと戻るには主がそれを扱うに値する存在でなくちゃいけない。だから、魔道書は今も完全な状態になれず、不完全なままなの」
「……それってつまり、ウチの力不足で『夜天の魔道書』はまだ本来の姿に戻れてないっちゅう事なん?」
「言い難いけど、そういう事になるかな。あ、で、でもね、私もママもはやてちゃんを主って認めてないわけじゃないからね?」
慌てて弁解してくる彼女に苦笑しながら分かってると返せば、少しばかり恥ずかしげに俯いてしまう。
そんな様子は普段見ているアスコナと通じるものがあり、そのお陰で彼女が言う事もちゃんと信じる事が出来た。
とはいえ、驚愕の事実である事には変わりなく、疑問は増えてしまう。だが、その疑問に答えてくれるだろう人物は今度こそ目の前にいる。
故に二人とも疑問となる事を頭の中で整理するとアスコナへ声を掛け、彼女がまたも慌てて顔を上げたのに再度苦笑しつつ、疑問を問うた。
「さっきまで私たちが見ていた映像なんだが……あれはやはり、過去にあった出来事なのか?」
「あ、うん。『夜天の魔道書』がすでに『闇の書』って呼ばれてたときの事だからママたちは覚えてないだろうけど、アレは確かに中枢記憶に刻まれた過去の記憶だよ」
「やっぱりそうなんかぁ……となるとアドルファさんたちが夜天の書の修復を手伝ってくれたんって、さっきの映像の通りで自分たちと同じ存在だからっちゅう事なんかな?」
「もちろんそれもあると思うけど……でも、たぶん本当の理由は違うよ」
「そうなん?」
「うん……そこの辺りは、ママなら分かるんじゃないかな?」
アスコナにそう言われ、すぐには心当たりが浮かばぬ故に少し考え込むリィンフォース。
だが、思考はすぐにある答えへと到達した。闇の書事件解決直後、アドルファと交わしたあの約束を思い出す事によって。
「まさか……彼女たちが私たちを生かしたのは自分たちの代わりとするためという事なのか、アスコナ?」
「極論ではあるけど、それで概ね間違っては無いと思うよ」
肯定された事が更なる驚愕を彼女へ招く。そんな中、ただ一人理解出来ていないはやてはリィンフォースへとどういう事か訊ねる。
それに彼女はすぐに答える事が出来ずに話すべきか悩んでしまう。なぜなら、その内容は優しい彼女が見過ごせるような内容じゃないから。
聞けばたぶん、彼女たちを救おうなんて考える。何でそうなのか、どんな方法を用いてかも分からずとも、そう考えてしまう可能性が高い。
それはアドルファたちと深く関わる覚悟を持たせてしまうという事。場合によっては極めて危険な事へ、自ら首を突っ込ませてしまうという事。
だから、どちらかといえば話したくはなかった。主の事を第一に考える自分としては、はやてには危険な目にあって欲しくないのだから。
けれどリィンフォースのその様子が逆に言い淀む理由を何となくでも悟らせてしまい、より真剣な目でアドルファと交わした約束を教えてと言ってくる。
これでもしも教えないなどと言っても、彼女は教えるまで聞き続けるだろう。だからか、リィンフォースは仕方なく覚悟を決めて彼女と向き合い、静かに告げた。
「もしも自分たちが使命を果たせず死ぬような事があったとき、自分たちに代わって主に手を貸してやって欲しい……それがあのとき、彼女と交わした約束です」
「……は? な、何や、それ……一体、どういう事なん?」
「言葉の通りだよ、はやてちゃん。あの人たちは遅かれ早かれ、きっと死を迎えてしまう……だから、後の事を考えてママとあの約束を交わした」
「ちょ、ちょっと待ってや! それ可笑しいやん! あの映像でアドルファさんが言った事が事実なら、アドルファさんたちは――」
「プログラム生命体でも、決して死なないわけじゃないんだよ……それははやてちゃんも十分理解してるはずだよ?」
「っ!?」
リィンフォースやアスコナ、守護騎士たちと同じで彼女たちもまたプログラムを組んで作られた生命体。
あの映像で見た話の流れからしても、過去と今で一切変わっていなかった容姿からしても、そこの辺りは確実だと言える。
だとすれば話が可笑しくなる。プログラム体は基本、死という概念が存在しない故、瀕死の傷を負ったとしても助かってしまうのだから。
でも、死の概念が存在しないという事実は絶対じゃない。本人たちに不死身であっても、本体たるモノを傷つけられたら意味が無い。
それは闇の書事件後のあの日、アドルファたちからリィンフォースを助ける術を貰ったあの日、十分すぎるほど理解させられた。
だからアスコナの言う事にそれ以上反論する事が出来ず、口を閉ざして僅かに俯いてしまった。
「残酷だけど……これが今、あの人たちを脅かしてる現実なの」
俯いた彼女に申し訳なさそうな声色でアスコナは告げる。それに彼女は返事も何も無く、俯いた顔を未だ上げず。
反対にリィンフォースははやての代わりというわけではないが、一つの疑問を口にする。自分の時のように、彼女たちを救う方法はないのかと。
例え犯罪者であろうとも、自分を救ってくれた人たち。だから、彼女としても方法があるのなら、救いたいという気持ちは当然ある。
加えてはやてが約束の内容を知ってしまった以上、彼女もまたアドルファたちを救いたいという気持ちは当然抱いてしまっているだろう。
だから彼女の気持ちも代弁してそれを訊ねたのだが、その問いに対してアスコナは首を横に振りつつ、分からないと返してきた。
夜天の魔道書よりも、彼女たちのほうがずっと古い存在。だから、リィンフォースを救ったときの方法では実質的に不可能。
それが方法の有無には繋がるわけではないが、それ以外の方法をアスコナは知らない。だから、分からないとしか返しようがないのだ。
そしてこれを聞いたリィンフォースがそうか……と淡白な返事を返しつつも、内心では若干の落胆を抱いたとき――――
――凄まじい轟音と空間全体に響き渡り、同時に強い揺れが二人を襲った。
地面に立つという概念が一応この空間にもあるのか、空間が揺れた瞬間に二人ともバランスを崩し掛ける。
しかし間一髪で倒れる事も無く、何とか体勢を立て直すに至る。でも、体勢を立て直した瞬間、第二の不可思議な現象が起き始める。
なぜかアレほど揺れたにも関わらず体勢を崩した様子も無く立っているアスコナを捉える二人の視界が、突然不鮮明になってくるという現象。
あの轟音と震動が何なのかさえも理解できていないのに続けざまにコレ。そのせいか、再び混乱の二文字が二人を襲った。
「……どうやら、終わりみたいだね。私としてはもう少しお話したかったから、ちょっとだけ残念」
「終わ、り……それは一体――」
どういう意味だ、という言葉まで繋げる事は出来なかった。なぜなら、言葉すらも口にする事が出来なくなってきたから。
そして視界ももう、ちゃんと彼女を彼女だと認識出来なくなってきている。でも、それでもリィンフォースは何とか言葉を発しようとする。
終わりというのが具体的にどんな意味なのかは分からない。けれど、本来のアスコナだという彼女と話す事が出来なくなるというのだけは分かる。
だけどリィンフォースとしてはまだ、聞きたい事があった。『蒼き夜』の事に関しても、『蒼夜の魔道書』に関しても、たくさん聞きたい事があった。
しかし、自分では声を発している感覚はあるが、目の前の彼女には届いている様子が無い。それはつまり、言葉が発せていないという事。
でも、それでもリィンフォースは諦めず、再び言葉を発するために口を開こうとする。だが、それを遮るようにアスコナの声が、静かに聞こえてきた。
「ここで私が話した事を現実世界の皆に話すのは、二人の自由。その上で、これからどう行動していくのかも……」
とても穏やかな、だけど少しだけの悲しみを混ぜた声。自分の声が届かなくとも、彼女のそんな声だけは明確に聞こえてくる。
そして彼女も自分の声だけは聞こえている事を承知しているのか返答は期待せず、一方的という形でただ言葉を紡いでいく。
「でも……もしも二人の、現実世界の皆の優しさがあの人たちにも向けられるのなら……お願い、救ってあげて」
言葉が紡ぎ続けられる中で遂に視界は完全に彼女を捉える事が出来なくなってしまった。
加えてリィンフォースが放つ声が相手に聞こえないのはもちろん、アスコナの声も少しずつ聞こえ辛くなってきていた。
けれど、辛うじてその言葉は聞こえ、俯いていたはやてはそこでようやく顔を上げた。表情に若干の驚きを浮かべながら。
だが、そこから我に返って彼女自身も言葉を放とうとしたが、当然その声は届かず。対してアスコナの声もまた、聞こえなくなってきている。
そして結局、二人の言葉は届かぬまま彼女の言葉さえも完全に聞こえなくなり、意識も次第に落ちていった。だから――――
「私たちのお姉ちゃんであり、お兄ちゃんでもある……あの人たちを」
――最後となるその一言は、二人の耳に届く事は無かった。
あとがき
今回のお話のなのはたちサイドは中編1の冒頭の続きにもなるわけだが。
【咲】 ブラストカラミティを使ったのは原作通りね。
まあね。この話の軸は漫画版だから、あの魔法は出しとかないといかんでしょ。
【咲】 かならず出さなきゃダメって事は無いと思うけど……まあ、別に問題無いからいっか。
うむうむ。てなわけで今回が中編3となったわけだが、次回は後編だからようやくこの話も終わりを迎えるよ。
【咲】 結構長い話になったわよねぇ……。
だなぁ……まあ、この話は物語を進めていく上で非常に重要な話だから、長くなった分だけ伝えたい内容は伝え切れたよ。
【咲】 確かに今回の話で分かった事は多いわね。反して未だ分からない部分もあるけど。
それは仕方ないよ。ここで全部明かしたら、今後の話を描く上で問題が出てくるしさ。
【咲】 ふ〜ん……ていうか、アドルファたちがプログラム体だっていうのは何となく分かってたけど、死の概念が芽生えてしまってるのは何でよ?
ん〜、簡単に言っちゃえば、話でもあった通りで彼女らを形成している本体が破損してるからだよ。
ちなみに、この破損のせいで彼女らの持つ記憶も一部分が消え、残っている部分も若干曖昧な感じになってしまったのだよ。
【咲】 あ〜……確かに彼女たち、『闇の書』と最初に会った時はまるでそこで初めて会ったみたいな感じだったわね。
だろ? でも、ちゃんと覚えている部分もあるし、『マザー』が助言した事で蘇った記憶もある。
けれど完全に思い出せてはいない。だから気付いた人は気付いたかもしれんが、二章で彼女らが言ってた発言と今回の事実とでは差異が出てきたりしてるのだよ。
【咲】 へぇ、そうなの……でも、それだと反対に何で一度は壊れたはずの『夜天の魔道書』は彼女たちの事を覚えてるのよ?
そこは『夜天の魔道書』の本質が原因だよ。元々蒐集した魔法を記憶するアレだけど、記憶してしまうのはそれだけじゃない。
過去にあった事象、会った人、そのほとんどを中枢記憶領域が保存してしまう。如何に壊れていても、守護騎士たちが忘れてしまった事でもね。
【咲】 ああ……だから、記憶の魔導師ってわけね。
そういう事。ちなみに、今回の話でいろいろ触れたが、『夜天の魔道書』と『蒼き夜』の関係性は非常に深いモノだったりする。
【咲】 そうなの?
うむ。まあ、その辺は話を進めていく上で少しずつ明かされていくから、お楽しみに。
【咲】 はいはい、了解。それじゃあ、今回はこの辺でね♪
また次回会いましょう!!
【咲】 それじゃあね〜、バイバ〜イ♪
蒼夜の魔導書が、本来の姿か。
美姫 「しかも、驚くべき事実が」
アドルファたちもまたプログラム。
いやー、本当に怒涛の展開だ。まさかちょっとした団体戦がこんな事態になるなんて。
美姫 「驚きよね。と言うか、予想もしない展開」
事実を知ったはやて。この後、どうするんだろうか。
美姫 「次回もとっても気になるわね」
うんうん。次回も待っています。
美姫 「待ってますね〜」