八神家の朝は平日休日問わず、それなりに早い。これは健康面なども考えてのはやての意向によるもの。

プログラム体である夜天の魔道書の守護騎士たちにとって健康などあまり気にする必要はないが、主のお願い故に拒否はしない。

むしろ彼女が自分たちと人として、家族として扱い、心配してくれているという事が嬉しい。だから間違っても、嫌などと言うわけもない。

ともかくそういうわけで彼女らの朝は早く、遅くとも七時には全員が食卓についている。とはいえ、その中には当然毎日の如く寝呆け瞳の人物もいる。

 

「ふあぁ〜〜あ…………ねむ……」

 

「……毎度言っているが、食事中に欠伸を掻くなど行儀が悪いにも程があるぞ、ヴィータ」

 

「そんなもん……しょうがねえじゃん。寝むいもんは、寝むいんだから……」

 

その一人であるヴィータはシグナムが言うように毎日の如く食卓で欠伸をするほど朝に弱い。

別に夜更かしをしているわけではないのだが、下手したら朝食を食べながら寝る事もある。正直、相当なものだと言えよう。

しかしこれは人で言うなら低血圧に部類するものであるため、注意して簡単に治るものではない。だからシグナムも行儀に関しては言ってもその辺は何も言わない。

それは彼女だけ限らず他の面々も……そして一人目であるヴィータの他にも、低血圧に部類するのではないかという者がもう一人存在する。

 

「……す〜……す〜……」

 

「ほら、アスコナもいい加減に起きろ。でないと折角主が作ってくれた朝食が冷めてしまうぞ?」

 

「……みゅ……ご飯……」

 

そのもう一人というのが守護騎士の末っ子、アスコナ。この少女はある意味、ヴィータよりも性質が悪い。

というのも彼女は食卓についた時点で隣の席にいるリィンフォースの腕に頭を預けて眠り、呼びかけなければ食べもしないのだ。

しかも呼びかけて目を覚まし、食べ始めてもかなり手付きが危うい。そんな手付きで熱々の味噌汁を手に取り、溢されて泣かれでもしたら溜まったものじゃない。

それ故にこういうときの彼女の相手は基本的にリィンフォースかはやてがする。白飯から味噌汁、オカズに至るまで全部食べさせるのだ。

半分以上寝ているので意外と手間なのだが、二人としては別に嫌ではない。むしろ、仕方ないなという顔はしていても内心では喜んでやっている。

ちなみに本当はシャマルもこれに参加したいと思っているのだが、彼女が手ずから食べてくれるのはこの二人からだけなので断念せざるを得なかったとか。

 

「いつもの事だけど……ほんとに平和ねぇ」

 

《そうだな……》

 

この一連の光景を目にしながら羨ましそうにしながらもそう呟くシャマル。それに食事を取りながら念話で返すザフィーラ。

闇の書事件のときには想像もしなかった、事件以前のような平穏。いや、むしろアスコナが加わった事で更に穏やかさが増した。

その分、騒々しさも増したには増したが、これはこれで悪くない。そんな風に誰しも思う中、今日も八神家の一日が始まる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

魔法少女リリカルなのはB.N

 

【第三章】第十五話 守護騎士たちの一日、孤独を恐れる少女

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

八神家のお母さんという肩書きを持つはやてが学校にため出掛けた後、八神家は意外にも静かであった。

それもそのはず、一番騒ぐ比率の多いヴィータが部屋で二度寝に入り、他の面子は比較的騒ぐような性質ではない。

アスコナもシェリスと遊ぶ事が多いとはいえ本人はかなり大人しく、尚且つシェリスがいないときはそれ以上に大人しい。

別段他の守護騎士たちと打ち解けてないというわけではないのだが、大人しいためか誰かに遊んでと言ったりする事が彼女にはない。

更に言えば、ヴィータと同じく彼女も朝方は大概眠気が勝っている。それ故、今日も今日とてリィンフォースに付き添われ、ヴィータと同じく部屋で二度寝というわけである。

そんなわけで現在、リビングにいる面子はシグナムとシャマル、それとザフィーラ(犬型)の三人だけ。しかもこの三人の間には現状、会話らしい会話が全く無い。

シグナムはソファーで新聞を読み、シャマルは朝食で使った食器を洗い、ザフィーラは何もせず床に伏せている。前二人が女でなければ、夫婦と飼い犬のような光景だ。

 

「ねえ、シグナム」

 

「ん……?」

 

そんな中でようやく、皿洗いを終えたのであろうシャマルがエプロンで手を拭きながら、シグナムへ声を掛けた。

呼び掛けに新聞を読みながら短く問い返すとシャマルはコップを二つと冷蔵庫からお茶を取り出しながら言葉を続ける。

 

「確か、今日は道場のほうは休みだったわよね?」

 

「ああ、その通りだが……何か頼み事か?」

 

「ええ。といっても今じゃなくて、昼過ぎくらいからの話なんだけど……」

 

シグナムが良く指導などで出入りする道場は週に二日のみ。それ以外は開いていないため、今日の彼女は用事が無い。

そこの確認をシャマルは取った後、お茶を入れた二つのコップを持って彼女の隣りへ座り、コップの片方を差し出す。

これを彼女が礼を言いつつ受け取ると今度は目の前のテーブルに置かれている数枚のチラシから二枚だけ手に取り、片方を彼女へ見せる。

新聞から目を離してそのチラシへ目を向けてみれば、それは今日の特売品などが書かれている海鳴デパートのチラシであった。

それを見るだけで頼み事というのが何か分かったのかシグナムは小さく溜息をつき、だけどもすぐに頷く事は無く尋ねる。

 

「特売品とやらを見る限り、私が行かなくともシャマルだけで十分な気がするが……?」

 

「これだけを見ればそうなんだけど、問題なのは商店街の何軒かの店でもセールがやってるって事なのよ。この二間はそれなりに距離があるから、私一人だとどっちかに行ってる間に片方が売り切れちゃう可能性があるのよね……だ・か・ら、出来たらシグナムにこっちのほうをお願いしたいかなって」

 

「はぁ……まあ、そういう事なら仕方ないか。それで、何を買えばいいんだ?」

 

「えっと、ちょっと待ってね。買う物のリストをメモ用紙に書いてくるから」

 

そう言ってソファーから立ち上がり、棚のある場所へ行ってメモ用紙を取り出すとペンを走らせ、程なくして戻ってくる。

そして差し出されたそれを受け取り、内容を見て唖然。メモ用紙に書くくらいだから多いとは思ったが、それはあまりにも多すぎた。

特売品だけに絞ると差して多くも無いが、それ以外の特売品でも何でもない物まで書いてある。しかも、特売品の倍近い種類。

本当にこれだけ買うつもりだったのかと聞けばおそらくノー。十中八九、買いに行くのが守護騎士の中で一、二番目くらいに力のあるシグナムだからだろう。

だから自分では持てない量を設定したのだ。しかし、正直文句の一つも言いたいが、言った所でお願いと押し切られてお終いだと断言できる。

それ故にシグナムは溜息をつくだけで何も言う事は無く、読む気の失せた新聞を折り畳んでコップを手に取り、お茶を一口飲む。

 

「ふぅ……とりあえず買い物に関してはいいとして、私とシャマルのどちらもが出掛け、ヴィータも確か今日は昼からゲートボールだとか言っていたが、そうなるとザフィーラの散歩はどうするんだ? まさか、一人で行かせる気ではないだろうな?」

 

「さすがにそれはないわよ。そんな事したら、確実に保健所行きになっちゃうじゃない」

 

「ふむ……では、実際どうする気なんだ?」

 

「一応、リィンフォースにお願いしようかなって思ってるわ。彼女にしても普段はあんまり外に出てないみたいだから、良い機会じゃないかしら」

 

基本的にはやてが家にいないとき、家の家事全般はシャマルとリィンフォースが分担して行っている。

シャマルが昼食作り(お世辞にも上手くはないが)と食器洗い、買い物と洗濯物。リィンフォースが家内や玄関及び庭などの掃除という具合に。

当初は皆で交代制にしようという話も出たが、シグナムとザフィーラはこの手に事に不器用だしヴィータは雑過ぎるため、交代制は断念。

結果、料理以外はある程度そつ無くこなせる二人が分担する事になったという次第。ある意味、必然と言えば必然的な結果とも言える。

だが、そうなってしまった故か買い物に出るシャマルはともかく、家内での家事が多いリィンフォースは外に出る機会が全く無くなってしまった。

アスコナやシェリスに連れられて出る以外はほとんど家の中。そのため、ザフィーラの散歩が彼女にとっても意味ある事というのは強ち間違いではない。

とはいえ、当然ながらこれにはただ一つだけ問題が付き纏う。それは何を隠そう、八神家の末っ子であるアスコナに関しての事であった。

 

「……確かに良い機会と言えばそうかもしれないが、アスコナはその間どうしておくんだ? 一人で留守番などさせたら、確実に泣き出すぞ?」

 

「そこはほら、リィンフォースに一緒に連れて行って貰うよう頼んで――――」

 

「アレがシェリス抜きで外に出ると思うのか?」

 

「…………あ〜……」

 

実際のところ頼まなくともリィンフォースならアスコナを一人置いて行くなどする事はない。だが、本人が確実に拒否をすると断言できる。

なぜなら彼女、外に出るのはシェリスに引っ張られたときだけでそれ以外では誰が一緒であろうとも決して出ようとはしないのだ。

だが、だからといって置いて行けば彼女は泣く。確実に泣く。それ故、連れて行くという選択も置いて行くという選択も選べないという状況であった。

かといってどちらかを選ばなければ予定が決められない。だからか、どうしても今日のセールは逃したくないシャマルはしばし考え込む。

そしておよそ三分間ほど考え込む仕草を続けたかと思えば、唐突に名案が浮かんだとばかりにポンッと手を叩いた。

 

「なら、アスコナちゃんを寝かし付けてから散歩をお願いするっていうのはどうかしら? あの子、三時のオヤツを食べ終わったら必ずお昼寝するから、ザフィーラにはそれまで待ってもらって」

 

「ふむ……しかし最近、アスコナの寝相が悪いから目が離せないのどうのという話題が上がってなかったか?」

 

「ふふふ、そこに関しても大丈夫よ。とっておきの策をちゃんと考えてあるから♪」

 

妙に自信ありげなのが逆に不安を感じさせる。しかし考えがあると言うのならこれ以上あれこれと反論するのも憚られる。

そのためか本日三度目になる溜息をついて仕方ないとばかりに彼女は頷き、シャマルはこれに対して念押しとしてくる。

これを続ける事、約三十秒。呆れを浮かべながらも何度も分かったと頷くシグナムにようやく満足したのか、彼女はソファーから立ち上がる。

そしてこの話を先立って伝えなければならないもう一人がいる部屋へと向かい歩き出し、そんな彼女の後姿を未だ呆れを浮かべたままの表情でシグナムは見送った。

 

 

 

 

 

母としての自覚が出始めると同時に若干過保護な面も出始めたリィンフォースを説得するのはかなり難しい。

嫌がっているのに連れ出すわけにはいかないと最初に言い、シグナムに言った事と同じ事を言えば、一人置いて行くわけにはいかないと言う。

少なくとも誰かがアスコナの傍に付いている状況でなければ駄目。頑としてそう言い張るのだから、さすがに説得は困難極まった。

だが、いろいろと妥協しつつ何とか根気良く説得を続けた事が幸いしてか、散歩の時間は遅くとも三十分だけという事で渋々頷いてくれた。

もちろん、眠っている間に寝返りでアスコナがベッドから落ちない方法というのも不安があったのか、条件の一つとして前もって聞き出している。

その上での了承なのだから、その方法というのも一応まともなものなのだろう、と了承を貰って戻ってきたのに対してシグナムが思ったのはシャマルも知らぬ事。

ともかくそういうわけで彼女からの了承を得た後、ヴィータとアスコナが起きたのを境にシャマルは昼食の準備へ取り掛かった。その隣ではなぜか、リィンフォースの姿もある。

そしてリィンフォースの足にはピッタリとアスコナがくっ付いている。これだけを見た限りだと、非常に微笑ましいお料理風景だとも思えるだろう。

しかし、実際のところは見た目ほど微笑ましくは無い。何を隠そう、リィンフォースがそこにいる理由は、アスコナのご飯を作るためなのだから。

シャマルは別に料理が下手というわけではないが、天然なのか調味料を入れ間違える事が多々ある。しかも、味見をせずに振る舞おうとするから性質が悪い。

その被害にはアスコナを含むこの家の誰もが合っている。それ故、せめてアスコナの昼食は自分が作ろうという事で現在、調理場に立っているというわけだ。

だが、これもこれで他の者たちから見たらかなり不安になる。特にこうなった原因であり、隣で調理するシャマルからすれば――――

 

 

 

「…………」

 

――無言で包丁を片手に持ち、右手で抑えている野菜を睨む彼女の様子に目が離せなかった。

 

 

 

基本的にほとんど調理場に立たない彼女は当然、料理が得意じゃない。むしろ自分は下手だと確信しているから、しようとしない。

それに本当なら前までは昼食もはやてが作っていた。自身の弁当を作るついでに昼食を作り置くぐらい、彼女には朝飯前だったから。

だがそのはやてが聖小へ転入してから数日後、主の負担を少しでも減らそうとシャマルが昼食作りをすると言い出してしまったのが運の尽き。

前からはやてに教えてもらって料理の勉強をしていた彼女だが、何度も何度も調味料を入れ間違え、挙句には入れなくて良い物まで入れたりする始末。

今にして思えばこんな人に料理を任せるなど正気の沙汰ではないが、さすがにあのときはそこまで思っていなかったので満場一致してしまった。

そのため、今更はやてに作ってくださいなど言えるわけもなく、仕方なしにアスコナの安全だけは確保しようとリィンフォースが奮闘しているのだ。

だけどそんな彼女もこんな危なっかしい様子……傍でアスコナが見ているから余計に良い所を見せようとする気持ちがあるのかもしれない。

 

「……ねえ、リィンフォース?」

 

「な、なんだ……?」

 

「生き物じゃないんだから、そんなに凝視しなくても逃げないわよ?」

 

「それくらい、分かっているっ……」

 

返事に若干余裕が無い辺り、相当集中しているのだろう。野菜を切るという、たったそれだけの事で。

これにはシャマルだけでなく、ソファーの背凭れ越しに見ているシグナムやヴィータ、地面に寝そべるザフィーラでさえも呆れる。

 

「シャマルもシャマルでヤバいけど、こうして見るとリィンフォースも怖いもんがあるよなぁ……」

 

「確かにな……正直、流血沙汰だけは避けて欲しいものだ」

 

《アスコナの教育上にも、あまり宜しくないからな》

 

小声でなんのかんの言う割には手伝うという選択を取らない二人と一匹。理由はもちろん、自分たちも料理が出来ないから。

そもそもはやての作る料理が美味しいからと任せ切っていたのだから、学ぼうとしたシャマル以外が料理出来なくても不思議ではない。

リィンフォースとてアスコナの事が無ければ如何に危うい物を作る可能性が高いとはいえ、自分自身が料理をしようなど思わなかっただろう。

ちなみに彼女をそんな状況に陥れた本人はといえば、母が料理をしている姿を尊敬するように輝かせた目で見ていたりする。

 

「っ……っ……よし、このくらい切れば十分だろう」

 

「十分どころか切り過ぎよ。そんなに切って、アスコナちゃんが食べ切れるはずがないじゃない……」

 

「の、残したら残したで私が食べれば済むだけの話だっ」

 

「……まあ、貴方がそれで良いなら別にいいんだけど」

 

小さく溜息をつきつつそう言い、シャマルは自身の調理に戻り、リィンフォースも調理の続きを行うべく近場に置かれた本を手に取る。

ずいぶん前にはやてが使っていた物であり、今は専らシャマルが使っている料理の本。それを彼女はパラパラと捲り、ページの端が折ってある場所を開く。

そこに書かれている料理の名は、野菜炒め。使うのは豚肉と数種類の野菜だけで味付けもシンプルな非常に初心者向けの料理である。

これを作るために現在奮闘しているのだが、如何に初心者向けでも包丁を持つ事すら初めてに近い彼女にとっては難題中の難題だった。

だから野菜を刻む行程を終えてからは本を開いたまま放さず、シャマルが使うコンロの隣りにフライパンを置いて本をチラチラと見ながら炒めに入る。

 

「まずは油を少量……それから豚肉、野菜の順に――――」

 

「早過ぎよ。油を入れたら最初は軽く熱して、それから豚肉を入れて焼き色がついたら野菜を入れるのよ」

 

「そ、そうなのか? いや、しかし本にそんな事は……」

 

「書いてあるわよ……ほら、ここのこの部分」

 

「む……」

 

いろいろと行程をスッ飛ばそうとしたリィンフォースを止め、指摘をすると彼女は再び食い入るように本を見る。

その間、すでに油が投入されたフライパンは熱され続けているという危ない状況。正直、ウッカリにも程があるだろう。

慌ててシャマルがコンロの火を止めなければ最悪、大惨事になりかねなかった。故に彼女も当然の如く謝罪を口にする。

それから気を取り直してリィンフォースは再びコンロの火を点火し、今度は本に書かれていた通り、フライパンを熱して豚肉を投入する。

ジュージューと小気味良い音を響かせ、徐々に焼き色が付いてくると同時に豚肉特有の匂いが香ってくる。

ここから今度はキャベツ、人参、ニラ、ピーマン、玉ネギという五種類の刻んだ野菜を入れ、菜箸で掻き回しながら満遍なく焼いていく。

 

(……さすがにここまできたら、もう大丈夫よね)

 

リィンフォースが料理をする原因を作ったのが自分だとは露とも知らず、シャマルは内心で安著しつつ自身の調理を再開する。

彼女が現在作っているのは大根の味噌汁。野菜炒めに負けず劣らずシンプルな料理……のはずなのだが、やはりというべきか彼女はミスを犯す。

何をしたのかと言えば、味噌汁の元とも言える味噌の量を間違えたのだ。多少ならまだ笑って許せるが、お玉二杯分という許容できないほど盛大なミス。

そんなもの辛すぎて飲めたものではない。ソファーの方から眺めている二人も、寝そべりながら眺めている一匹も、嫌な汗を流さざるを得ない。

だが、本人はミスをしてるとは全く思っておらず、やはり味見もしないで味噌が溶け切った段階で火を止め、食器の用意へ移る。

元々味噌汁の他にも何か作ろうとしていたのだが、リィンフォースの作る野菜炒めの量が多かったという時点で他を作るのは止めたのだ。

白飯も調理を始める前に早炊きで炊いたため、すでに出来上がっている。そのため、後はリィンフォースの作る野菜炒めだけとなったわけだが。

 

「ん……薄いか……ならもう少し塩と胡椒を…………よし、こんなものでいいだろう」

 

シャマルが食器を用意し始めた段階で味付けの微調整に入っており、その後間も無くして無意識な独り言と共に完成へ至った。

完成したと同時に彼女はコンロの火を消し、近場の食器棚から大皿を一枚取り出して野菜炒めを盛り、食卓の机に置いた。

そして続けて自分にピタリと張り付いたままのアスコナを抱き上げ、テーブルの椅子に腰掛けさせるとシャマルの手伝いへと移る。

 

 

 

――それから数分後。

 

 

 

味噌汁と野菜炒めと白いご飯。簡素な献立ではあるが、出来立てというだけあって美味しそうには映る昼食。

それらが置かれたテーブルを五人で囲む。ちなみにアスコナの前には味噌汁が無く、白いご飯と小皿と箸だけである。

ザフィーラに関しても獣型のままでは味噌汁が飲めないため、白いご飯の上に野菜炒めが盛られたお椀だけが彼の前にあった。

そうして準備が出来たのと同時に全員合掌して頂きますと言い、箸を手に取る。そして最初に手を付けるのは、野菜炒め。

最初は不安に思っていたものだが、シャマルと違って味見しながら微調整していたところを見ている故、抵抗無く手を出せた。

 

「ママのお料理、美味しい……♪」

 

「ふむ、確かに……少し焼きが足りないという感じはあるが、それを抜けば十分美味いという部類に入るな、これは」

 

「だな。はやてほどじゃないけど、初めてにしちゃ上出来上出来」

 

《一時はどうなるものかと思ったが……終わりよければ全て良し、という事だな》

 

美味いと口々に賞賛され、リィンフォースは若干照れたような表情を見せつつ、自身も食事を始める。

だがその中でまだ欲しい言葉を貰ってないと不服そうな顔をする人物が一名。言うまでも無く、それはシャマルである。

自分だって一生懸命料理したのにお褒めの言葉どころか、未だ食べてもらえていない。彼女にとってそれは不服極まりない事。

それ故、次は自分のを食べてみてと口走る。そしてその途端、味噌汁が目の前にある三人の表情から笑みが消え、重々しい表情を浮かべる。

 

「「「…………」」」

 

シグナムにしてもヴィータにしてもリィンフォースにしても、シャマルの料理が失敗したときの恐ろしさは良く知っている。

良い時で顔を顰める程度、最悪の場合だと即気絶。シグナムとヴィータが遠目から見た限り、今日のはその中間点付近だろう。

完全に確定しているから本当なら遠慮したい。だが、それを彼女が許すとは思えず、仕方なしに意を決して味噌汁を三人は手に取った。

そして三人はゴクンと唾を飲み、僅かに視線を合わせて同時にお椀を口へと運び、味噌汁と口へと含んだ。

 

「「「ぐっ……!」」」

 

含んだ瞬間、異様なまでの辛さが口内に広がる。それは味噌汁の主な材料となる、味噌の辛さ。

大根の風味とか出汁の味とか、それら全てを吹き飛ばすほどの辛さに顔を顰め、口を押さえながら味噌汁とテーブルに置く。

予想はしていたが、まさかここまで辛い物だとは思わなかったのだろう。吐き出す事はないが、飲み込むのも容易ではなかった。

そんな彼女たちの様子にあれ?というような顔をするシャマル。今日は可笑しな事をしてないから、美味しいと言ってもらえると確信していたのだろう。

故に可笑しな事をしているという自覚がない彼女としてはそれが不思議でならず、可笑しいなと思いながら自身も味噌汁を啜った。

 

「うっ……か、辛い……」

 

そこでようやく、自分が何をしてしまったのかを理解する。同時に誰も食べようとしなかったのも仕方ないとさえ思う。

そのため、口を含んだ分を何とか飲み込み、僅かな時間を経て口内に広がる辛さが薄れたのを合図として三人にまず謝罪する。

さすがに彼女らも責めるような事はしなかった。謝罪に対してただ、出来れば今度からは味見くらいしてくれと前々から言っている事を言うだけで。

これにシャマルは何度か頷くが、おそらく次のときには忘れているのだろう。そうでなければ、毎度毎度こんなミスをするわけもないのだから。

だからか、もう諦め切っている彼女らはそれ以上言う音もなく、とりあえず味噌汁は退けて野菜炒めとご飯だけの食事を再開するのだった。

 

 

 

 

 

そんなこんなで一同が昼食を終えた後、当初の予定通りヴィータがゲートボールをしに出掛けていった。

町内のご老人たちと行うそれは速いときで四時、遅い時で五時まで行われるため、しばらくは帰ってこないだろう。

続けてその一時間後にシグナムとシャマルも買い物へ行くと言って出掛け、家に残ったのはリィンフォースとアスコナ、ザフィーラのみ。

三人のみになったときの時間が大体一時半。そしてシャマルがお願いしてきたザフィーラの散歩は三時頃の予定故、空いた時間はアスコナの面倒を見て過ごす。

シェリスがいないときの彼女がする事と言えば、絵本(元はやての物)を読んでもらうか、最近買ってもらった積み木で遊ぶかの二通りだ。

リィンフォースと外見が似てるだけあって少し顔つきが大人っぽく、言動も見た目より上に見える。だが実のところ、その性格は結構幼いのだ。

それ故に遊びの内容も幼子がするような事ばかり。しかしまあ、現代っ子がするような遊びに精通してないリィンフォースとしては楽でもあった。

そしてそれからおよそ一時間半後――――

 

 

 

「……みゅぅ…………」

 

――三時のオヤツを少し早めの時間に食べたの彼女は、現在ベッドの上で眠っていた。

 

 

 

シャマルが言っていた通り、アスコナはお昼寝を欠かさない。シェリスがいるときも、仲良くお昼寝するくらい。

管制人格の一部であり、守護騎士の末っ子でもあるが、容姿に違わず子供な少女。今ではリィンフォースにとっても、我が子のような少女。

そんな彼女を三十分だけとはいえ、一人で置いて行くのは忍びないが、了承してしまったからには違えるわけにもいかない。

そのため、リィンフォースは彼女の頭を二、三度ほど撫でた後、予め用意していた物――ダンボールをベッドの横へと運び、積み上げる。

纏めて捨てようとはやてが置いておいた物を再び組み立てたその中に入っているの物は様々。本もあれば、比較的重い調理器具も入っている。

これをベッドの横に広く積み上げる事こそが寝相の悪い彼女への対策。横へ寝返りを打っても、ダンボールが妨げて床に落ちぬようにする方法。

いちいち片付けるのが面倒だが、前のように落ちて泣かれるよりは全然良いため、シャマルが提案したそれを実行すべく静かに積み上げていく。

そうして完全なバリケードを作成し終えると彼女はもう一度だけ彼女の頭を撫で、極力足音を立てぬよう静かに部屋を出て行った。

 

「す〜……す〜……」

 

比較的静かな寝息を立てながら、リィンフォースがいなくなった事にも気付かずにアスコナは安らかに眠り続ける。

だが、彼女がいなくなってから数分後、危惧したとおり彼女は何度か寝返りを打つ。それは何も寝心地が悪いからではない。

何度も言うように寝相が悪いからというだけの理由。それだけである故に対処のしようがなく、こういう形でしか対策を取れないのだ。

しかし、彼女らは一つだけ見誤っていた。安全に見えるその対策が逆に――――

 

 

 

「にゅぅ…………にゅ?」

 

――彼女を目覚めさせる、切っ掛けとなるかもしれないという点を。

 

 

 

いつもならリィンフォースが隣にいるか、もしくは床に落ちるかの二通り。それ故、壁にぶつかるというのはまず無い。

そのためぶつかったそれが柔らかくもなく、無機質な何かである事である時点で眠っていようが不思議に思うという事はある。

それが彼女を目覚めさせてしまい、同時に起き上がって周りを見渡し、いると思っていた人物がいないと分かると不安そうな顔を見せる。

 

「ママ……?」

 

呼んでも返事は返ってこない、何度見渡しても姿は見えない。それ故か、彼女の不安感は更に強いものになる。

だけど部屋にいないだけで家にいないとは限らないと考えたためか、不安感は消えないながらもダンボールを飛び越えて床へ降りる。

そこから部屋を飛び出して他の部屋、食卓とリビング、玄関付近と歩き回る。だけどやはり、どこにも皆の姿は無かった。

 

「……ひっく……っ……ママぁ……」

 

不安感が抑え切れなくなり泣き出してしまうが、それでも家内を歩き回る事は止めず、ひたすら探し回る。

自分を置いていなくなったと頭では理解出来ていても認める事は出来ず、親と逸れた迷子のように歩き回る。

でも、それをおよそ十分間も続けた後、認めたく無くとも認めざるを得なくなった彼女は部屋へ戻り、ベッドの中に潜り込む。

そして嗚咽を漏らしつつ掛け布団を握り締め、いないと分かっていてもママ、ママと呟きながらただ震え続けた。

 

 

 

 

 

それから約三十分後。家を出てから若干遅れながらも、リィンフォースはザフィーラの散歩を終えて帰宅した。

そして足早に戻った部屋で目にしたのは、布団を被って嗚咽を漏らしながら震えるアスコナの姿。

慌てて近寄り、声を掛ければ彼女は布団から顔を出し、リィンフォースだと分かった途端に泣きながら抱きついた。

彼女が帰ってくるまでと同じく何度も何度もママと呼び続け、ギュッと強く抱き付く。それを彼女はただ優しく撫で、あやし続けた。

 

(やはり、寝相とかそんなもの抜きにしても、この子を一人にする事は出来ないという事か……)

 

あやしながら考えるのはアスコナに対する再認識。彼女はこの家の中で誰よりも、孤独を恐れる子だという考え。

家族という物の温もりを知らなかった守護騎士たちが大なり小なりそうであるように、一人の不安感に堪えられないのだと。

だから彼女はもうアスコナを一人にはするべきではないと考え、その考えを少女の不安感を少しでも拭うために口にする。

それを聞いてもやはり完全には泣き止む事はなかったけれど、それでも若干は効き目があったのだろうか、震えは収まりを見せた。

そうしてしばらくあやし続けれる彼女の泣き声はようやく止まり、眠り足りなかった故か再び小さな寝息を立てて眠り始めた。

これにリィンフォースは今度は離れる事無く、ダンボールもそのままにベッドへと上がり、安心させて眠らせるべく彼女と共にその身を横たえるのだった。

 

 


あとがき

 

 

アスコナはシェリスとは別の意味で子供なため、一人でお留守番というのが出来ない子なのですよ。

【咲】 今回のはそれを題目に置いたお話ってわけね。

そういう事です。まあ、要するに人見知りな面と反して異常なまでの寂しがり屋というわけだな。

【咲】 八神家の面々にとっては非常に苦労する子でしょうねぇ……。

だろうね。でもまあ、今回のはシャマルとリィンフォースの判断が誤ったというのが原因でもあるんだが。

【咲】 でもあれって仕方ないわよね。まさか、バリケードにぶつかって目覚めるとは思わないでしょうし。

確かにね。だけどそれで目覚めてしまったのは事実なため、彼女らも反省せざるを得なかったというわけだ。

【咲】 ふ〜ん……ちなみにだけど、この後シャマルはどうなったわけ? 説教とかされたの?

んにゃ、彼女もまたリィンフォースと同じだから、説教なんて出来んよ。ただまあ、彼女と同じくアスコナに対しての認識を改めたけどな。

加えてその後帰ってきたシグナムやヴィータ、はやてにもその話は伝わり、全員揃っての彼女に関しての話し合いが為されたという後日談も一応ある。

【咲】 その話し合いの結果はどうなったわけ?

どうも……ただアスコナを一人にしておくのは駄目、極力誰かが傍にいるようにという結論しか出なかった。

【咲】 今までと同じじゃない……。

まあ、そういう結論しか出せないんだよ。対策を考えても下手をすればまた今回みたいな事になりかねんし。

【咲】 それはまあ、そうだけどねぇ……にしてもさ、シャマルって結構料理が下手なのね?

まあね。原作と同じで過剰なミスは犯さないんだが、今回に限っては盛大にミスしてたからね。

【咲】 あれって、リィンフォースの面倒も同時にしてたから?

ん〜、それも理由の一つではあるけど、一番はやっぱり味見しなかったって点だろうね。

【咲】 それだと美由希と同じよね。彼女ほど壊滅的ではないけど。

確かになぁ……とまあ、そんなわけでそろそろ次回予告へ行こうと思うのだが?

【咲】 ん、行っちゃいなさい。

ういうい。次回は時間が流れて三人娘や守護騎士たちの管理局への正式な入局話。

同時にアイラともそこで再会し、事情を聞いて疑問は抱きつつも喜びを示す一同。

そしていろいろと話が弾む中、とある人物のある一言が切っ掛けとなり、トレーニングルームでチーム戦を行う羽目に。

戦力差を考えて辞退した恭也とリース、そしてリンディやエイミィが見守る中、ミッド式VSベルカ式のバトルが開始される。

というのが次回のお話だな。

【咲】 それって次回だけで終わるような話なの?

んにゃ、おそらくは前後編、もしくは前中後編に分かれると思う。

【咲】 ふ〜ん。にしてもさ、その話って確か、漫画版のリリなのであったわよね。

あったね。だからそれを今回語るというわけだ……まあ、それなりに変わる部分はあるがね。

【咲】 変わらないほうが可笑しいと思うけどね。

まあね。それじゃ、今回はこの辺にて!!

【咲】 また次回会いましょうね♪

では〜ノシ




アスコナ初めのお留守番。
美姫 「とは言え、ずっと眠ってて起きたら泣いている……」
このまま育つと、まさに箱入り娘だな。
美姫 「面白くないから減点一」
おおう! と、冗談はさておき、結局これと言った解決策は見つからず、か。
美姫 「こうなったら無理矢理にでも外に連れ出す……事が出来ていたら、こうなってないものね」
ああ。アスコナが意外と頑固と言うか、そもそも八神家は総じて甘過ぎるという事だよ。
いや、甘いというよりも本当にどうして良いのか分からないのかもしれないが。
美姫 「まあ、ゆっくりと改善していくしかないわね」
だな。それでは、この辺で。
美姫 「また次回で」



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