はやてが聖小へ転入した週の日曜日。なのはの提案により、皆で集まってお茶をしようという事になった。

誘いの声はそれなりに多く掛けたのだが、結局集まったのはフェイトとシェリス、はやてとアスコナとリィンフォースの六人。

他の守護騎士たちは各々で用事があって辞退(中には面倒臭いからと辞退したのもいる)。アルフは当日になって眠いから寝ると辞退。

恭也にも声を掛けたが丁重に断られ、結果としてなのはを含めて集まったその七人にて出掛けるという形になった。

ただ向かうのはやはり翠屋。その理由は単にお茶をすると言っても下手な場所に行くより翠屋のほうがいいという意見によってだ。

なのはとしては微妙な感じを抱かざるを得ないのだが、母が経営している店を褒められて悪い気はせず、結局一同はそこへと赴いた。

 

「私とアスコナは初めて来ますが……主の話で聞いた通り、良い雰囲気の店のようですね」

 

「せやろ? ウチも初めてきたときにこの雰囲気とお菓子の美味しさに一目惚れしてしもうてなぁ……」

 

「シェリスもここのお菓子は美味しいから好き〜♪」

 

翠屋は洋菓子屋を兼用した喫茶店。それが理由というわけではないが、雰囲気も中々に良い方。

お菓子の美味しさもさる事ながらそこが人気を呼ぶ部分となり、日曜日である現在は昼時近くという事も重なってそれなりに人がいる。

一応奥のボックス席が二つ空いていたからそこに案内してもらったのだが、忙しいお陰で前は出てきた桃子も今日は厨房に掛かりっきり。

そのため桃子の姿をお目に掛かる事は無いのだが、別段彼女に用事があるわけではないので若干残念ではあるが良しとしてメニューに目を通す。

そして一人一人注文するものを決め、店員を呼んで注文を告げるとメニューを戻して談笑へと入る。

 

「にしてもヴィータも残念やったなぁ……付いて来てたら翠屋のシュークリームが食べれたのに」

 

「個人的な感情に流されて可能性を見誤った彼女が悪いのですから、仕方ありません。自業自得というものです」

 

「そういえば、アルフさんも翠屋のお菓子は好きだって言ってたよね、フェイトちゃん?」

 

「うん。でも、今日お茶をするって言ってたのに夜更かしなんてするから、こっちも自業自得だと思う」

 

「夜更かし? また何か深夜の番組でも見てたの?」

 

「私は先に寝てたから実際に見たわけじゃないんだけど、今朝のテレビ前の散乱具合からしてそうみたい。朝の起きなさからしてたぶん、シェリスも一緒に」

 

一体何時まで起きてたのかは知らないが、今朝方目の当たりにしたテレビの前にはお菓子の袋とコップが投げっぱなし。

挙句には菓子袋から零れたのだろうお菓子の屑が床に散乱。これをフェイトは起きてこないシェリス、そしてアルフの二人が原因だと断定。

朝方に起こして説教はしたのだが、二人とも寝呆け瞳で全く聞いてはおらず。アルフに至っては約束も忘れて寝直してしまう始末。

一応出掛ける時間に起こしてはみたが全くの無意味。それ故、仕方なしと若干まだ寝呆けていたシェリスを連れて出たというわけである。

ヴィータもそうだが、アルフはそれ以上に自業自得。そのため、それを聞いた皆は一様に小さく苦笑するしかなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

魔法少女リリカルなのはB.N

 

【第三章】第十二話 全てを欺く者、意図無く齎された邂逅

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

注文の品が来たのは談笑を始めてからおよそ十分後。メニューはもっぱらシュークリームばかり。

洋菓子店という事でもちろんケーキもあるのだが、翠屋の一番人気メニューは何を隠そうシュークリームだ。

故に注文がそれに偏るのは別段可笑しな事ではない。ただ、運ばれてきた品で唯一可笑しい部分があるとすれば……。

 

「……注文した時も思ったけど、本当にそんなに食べるの?」

 

「? 駄目なの?」

 

「いや、駄目やあらへんのやけど……」

 

「シュークリーム十個は食べ過ぎだと、コナは思います」

 

シェリスの前だけ他より大きな皿が置かれ、そこに盛られているのはシュークリームが計十個。

昼近くという事もあってお茶ついでに昼食もここで取ろうかとは考えていたが、その量はもう間食ではなく昼食レベルだ。

いくら食欲旺盛な上にお菓子好きだとしても限度があるだろう。だが本人にはその辺の常識は無く、疑問を全く抱いてはいない。

そんな彼女にはっきり言うべきかどうかを悩み、言葉を濁す皆の中で唯一はっきり告げたのは驚く事にアスコナ。

こちらはこちらで控えめにシュークリーム一個とレモンティーだけ。その自分の注文量もあって彼女もシェリスの量は可笑しいと思っている。

しかしこういう人が多い場所では積極的にこんなはっきりとした言動を取らない彼女が、自分の主張をちゃんと彼女に伝えていた。

はやてが聖小に転入した日に見ているなのはたちは二度目だから大した驚きも無いが、ただ一人見た事が無いリースは驚きを顔を浮かべ、横にいるなのはに声を潜めて聞く。

 

「ねえ、何かあのアスコナって子……前と全然違うんだけど、何かあったの?」

 

「え……ん〜、なのはも聞いただけだからアレなんだけど、何かシェリスちゃんと遊んでる内にああなったみたい」

 

「シェリスと? ……ああ、前に言ってたシェリスをあの子の人見知り対策に使おうって話ね。確かに私も適任だとは思ってたけど、まさか本当にやってのけるなんてねぇ……」

 

シェリスの事を一番良く知っているからこそ適任だとは思っていたが、どこかで無理じゃないかとも思っていた。

アスコナみたいな子は神経質な子、シェリスは反対に無神経な子。この組み合わせは場合によって険悪な関係を作るときもある。

だから出来ると出来ないを五分五分の比率で考えていた手前、結果として彼女を変える事が出来たのにはちょっと驚いた。

そして自身の注文品である紅茶を飲みつつチラッとだけシェリスを見れば、彼女はリースがそんな事考えているとは露とも思わず、ハグハグと食べ続けていた。

 

「うぅ……あかん、ちょっと胸焼けしてきたわ」

 

「さすがに好きな物でもあれだけの量を食べてるのを見ると、食欲も無くなってくるね……」

 

紅茶しか頼んでないリースはともかく、シュークリームも頼んでいる他の面々は飲み物しか手が付かない状態だった。

そんな中で唯一気にせずシュークリームに齧り付いているのは、アスコナとリィンフォースくらいなものであった。

アスコナはシェリスと一緒にいる事がある手前、こういう光景を見るのは慣れっこ。リィンフォースに至っては二人の世話がもっぱら日課だから言わずもがな。

そう考えるとフェイトやはやても慣れてそうなものだが、フェイトやはやてがいるときはお菓子は食べても制限された数でしか食べてなかったから慣れず。

それが二人のいないとき、シェリスは家内を駆け回ってお菓子を漁って食べる。それが八神家でも行われ、困ったリィンフォースが必ず漁られる前にお菓子を出すのだ。

ここにアスコナも若干関与しているから余計に甘くなるのも理由に含まれる。とまあ、そんなわけでこの二人、あとここにいないアルフはこの光景は見慣れていた。

とはいえ他の面子にキツイものがあるのは事実である故、なるべくそちらは見ないようにしつつ飲み物だけに手を付け、気を取り直すべく談笑をする。

 

「そ、それにしても……こういうのにリースとリィンフォースが来てくれるっていうのは少し意外だったかも」

 

「せ、せやな。ウチも遠慮するかなって思うてたんやけど、行くって言った時はちょっと驚いたわぁ」

 

「なのはも、リースちゃんが外に出るのに頷くなんて思わなかったかな……」

 

「……何それ? 私が引き籠りとでも言いたいの?」

 

「え!? あ、ううん、そ、そんな事無いよ?」

 

「ふ〜ん……まあ、いいけどね。私は単純に、たまにはなのはたちと外でお茶してもいいかなって思っただけだよ」

 

「私も特に深い理由はありません。ですが如いて理由を言うのでしたら、シェリスの姉という彼女に少し興味があったから、でしょうか」

 

リィンフォースの告げた言葉に皆の視線は彼女へ集まる。名の挙がったリースに至っては、キョトンとした様子だった。

リースは自分が他人に興味を持たれるような者じゃないと思っている。むしろシェリスとは正反対だから、逆に他人を遠ざけるタイプだと思っている。

そんな自分に彼女は興味があると言った。何に興味が出たのかは知らないが、誰も言わなかった言葉を彼女は言った。

それに嬉しいとかそんな感情は別段無いが、今まで無かった故に驚きがある。だから、言われた瞬間は言葉が出ず、呆然としてしまったのだ。

とはいえ名指しされて何も返さないのは失礼という常識くらいあるため、意味無く紅茶を匙で掻き回しながら興味という言葉の内容を尋ねた。

するとリィンフォースは基本的に無表情な顔をどこか恥ずかしげな者へ変え、頬を掻きながらその問いに対して答える。

 

「いや、な……ここ最近、忙しい主の代わりにシェリスとアスコナの面倒を見る事が多くなったのだが、どうにも二人……特にシェリスの面倒が見切れないんだ。だから、何年も彼女の面倒を見続けてきてるリースに少し尊敬に近い念を持つと同時に興味が強く出てしまって、な」

 

「あ〜……つまりリィンフォースはシェリスの飼い慣らし方を教えて欲しいって言いたいんだね、姉の私に」

 

「飼い慣らし方、というと聞こえは悪いが……要するにそういう事だ。何か、コツのような物があるのか?」

 

「別にコツなんて大層な物は無いけど……う〜ん、そうだなぁ……」

 

カチャカチャとカップに匙がぶつかる音を響かせながら、問われた事についての返答をリースは考える。

つい最近、似たような事がフェイトとシェリスの間にもあった。そのときもまた、リースが助言した事で解決も出来た。

だから助言するのは簡単だ。リースの知るシェリスとの付き合い方を教えればいいだけなのだから。

 

 

 

――だがリースとしては正直、それを教えたくはなかった。

 

 

 

人から聞いたやり方で仲良くなっても、それは長く続かない。長く付き合う方法は何より、努力して相手を知る事だ。

そんな考え方を持つ事に加え、リースはシェリスの事に対して過保護だ。父がいなくなった今、以前よりも余計にそれは強くなっている。

それ故、努力もせず人の意見を実行するだけで仲良くなろうとする者には、シェリスの事を任せたいと思わない。

これはフェイトにも同じ事が言える。だからこそ、頼ってきたあのときも明確な事は何一つ言わず、その場だけで解決策だけ言った。

だけどそのときはそれで何事も無く終わったが、今のリィンフォースの問いは明確な答えを求めている。シェリスと上手く付き合える明確な方法を聞いている。

フェイトも興味を持っているのか、興味深げにリースを見ている。でも、自身の持つ考えから、その問いに答えたくはなかった。

答えたくはなかったけど、何かしら答えなければ二人とも満足はしないだろう。そのためリースは考える振りを止め、今考え付いたかのように答える。

 

「飴と鞭の使い分けを上手くするってのが一番かなぁ、あの子の場合……」

 

「飴と鞭の、使い分け……?」

 

「うん。悪い事をしたらちゃんと叱って、だけど怒ったら後はちゃんと優しく撫でてあげるとか……それだけでも、あの子は突発的に懐いた人よりも懐いてくれるよ」

 

「懐かせる事が、言う事を聞かせたりするのに繋がる……という事なのか?」

 

「ぶっちゃけそういう事になるね。とはいえ、下心丸出しで懐かせようとか思っちゃ駄目だよ? あの子、アスコナほどじゃないかもしれないけど、人のそういった面には結構敏感に反応するから」

 

フェイトもリィンフォースも、納得したように頷く。確かにシェリスのリースに対する懐きようは凄いとしか言いようが無いのだから。

だからリースの言う事も信憑性は高く、故に納得出来た。でも、口ではそう言ったが、実際のところは懐かせるだけでは駄目である。

懐かせるのはあくまで前提。本当に必要となってくるのは、シェリスが安心出来る存在に自分がなってあげる事だ。

つまり、自分が変わらなければ何も変えられないという事。それがリースしか現状では知らない、シェリスとの本当の付き合い方。

だけど、こんな方法だからこそ言えない、言いたくない。意図してそれを目指してしまったら、絶対にどこかで綻びが生じてしまうから。

意図せず努力して、自然な形でそこへ到達する。でなければきっと、生じた綻びが絶対に本人を、シェリス自身を傷つける。

 

(フェイトもリィンフォースも、そんな事にはならないって思いたいけどね……)

 

フェイトにしてもリィンフォースにしても、リースは信用している。だから、シェリスを悲しませる事は無いと思いたい。

そうなければ、前提とはいえ方法を教えたりはしない。だけどそれ以上は教えられない。教えれば必ず、いつか破綻するから。

何より大切な妹にはいつまでも笑顔で居て欲しい。そう昔も今も思っているから全ては語らず、それ以上語る事も無かった。

 

 

 

リースの助言を約二名を抜かして大なり小なり考えた故か、僅かだけ皆の間に会話が為される事はなかった。

だが昼時が来て昼食にしようかというはやての言葉により、考えていた一同も我に返って再びメニューへと目を走らせた。

そして皆が決めた段階で店員を呼び、注文をしてから再び元の談笑へと戻り、さっきの話題が頭の隅へ追いやられていく。

それから注文した各々の昼食が全員に行き届いたのを境に来客が更に多くなってくる中、談笑しつつ昼食へと移っていった。

だが昼食を取り始めてから数分、何度目かのカランカランというベルの音がなり、何の気なしに音に反応して目を僅かに向けたフェイトが声を上げる。

 

「? どうしたの、フェイトちゃ――」

 

言葉を口にしながらフェイトの視線を先を追ったなのはも、言い切る前に言葉を打ち切られる。

ベルを鳴らして来店してきた客。満席である故か店員に頭を下げられ、それになぜか困り顔をしているスーツ姿の男性。

僅かに垣間見えたその男性の横顔は見覚えがあるもの。たった一度だけしか会わなかったが、それでも記憶に根付いた人。

店に入ってきた男性がそんな見覚えのある人物だったためか向けた視線が固定されてしまい、事情を知らない他の面々は疑問符を浮かべる。

対して困り顔を浮かべていたその男性は彷徨わせるように視線を店内に巡らせ、固定された二人の視線を自身の目が合うと同時に僅かな驚きを示す。

しかしそれをすぐに笑みへと変えると店員に二言三言何かを告げ、店員が頷いたのを合図にゆっくりと歩み寄ってきた。

 

「お久しぶりですね、なのはさん、フェイトさん」

 

「あ、はい……お久しぶりです、アルヴィンさん。今日は、翠屋さんにお昼ご飯でも食べにいらっしゃったんですか?」

 

「そういう事になるんですが、生憎と満席らしくて……ですので勝手なお願いではあるんですけど、出来れば合席のほうをお願いできませんか?」

 

本当に申し訳なさそうに頭を下げつつお願いしてくる男性――アルヴィンになのはもフェイトも本当ならすぐに頷きたい。

だが今は自分たちだけでなく他の人もいる故、そちらの意見を無視するわけにはいかず、二人は皆へと視線を向けて暗黙に尋ねる。

なのはとフェイトの二人以外には見知らぬ男性でしかない。とはいえ、困っている人の頼みを即断るという冷酷な人間はここにはいない。

そのため視線に対して了承とばかりに頷きつつも、事情説明はしてもらうとこちらも視線で告げ、二人はそれに頷くとアルヴィンにオーケーの返事を出した。

了承の返事を貰った事にアルヴィンは改めて頭を下げて礼を言い、空いている場所――アスコナの隣りへと腰を下ろした。

 

「っ――!」

 

直後、アスコナの表情が怯えに歪む。百歩譲って合席は良くても、さすがに見知らぬ人が隣に座るのは拒否反応が出るらしい。

反対にアスコナのそれを知らぬアルヴィンは何か気に障る事をしてしまったかと思い尋ねようとするも、彼女はそれも拒否してしまう。

それが見ていられなかったのか、フェイトが事情を説明すれば彼は納得し、変わろうと申し出たリィンフォースと席を交換する。

これによって完全に消えはしないものの若干アスコナから怯えは消え、彼も安心するように息をつくとメニューを開きつつ店員を呼び、即注文を済ませてしまう。

そしてメニューを元の位置に戻すと皆へ向き直り、なのはとフェイトの事情説明と共に改めて自己紹介を皆へと行い、皆も簡易な自己紹介を行った。

それを終えると何を思ったのかリースがマジマジとアルヴィンへ視線を向け、何か納得したようなそうでないような顔で口を開いた。

 

「ふ〜ん……じゃあ前に言ってた偶然会った人っていうのは、この人だって事なわけね。どんな人なのか結構興味があったんだけど、案外普通の人じゃん」

 

「リ、リースちゃん。その言い方はちょっと失礼だよ」

 

「失礼って言ったってさ、普通としか言いようがないじゃん。別段目立つ容姿をしてるわけでもない上、見た感じどこにでもいるような営業マンっぽい格好……極々普通のサラリーマンって感じだよ、どう見ても」

 

「リースちゃん!」

 

見た感じの印象を言っているだけだが、それは時と場合によってはとても失礼な物言いとなる。

故になのはは声を上げ、フェイトはアルヴィンに謝っていた。だが言われた当の本人は気にした風も無く苦笑していた。

 

「私はそこまで気にしていませんよ、お二人とも。リースさんのおっしゃる事は別に間違ってもいないですしね」

 

「てことは、やっぱりサラリーマンなんだ」

 

「ええ。そういうリースさんは、お二人の同級生か何かですか?」

 

「ぶぶ〜、はっずれ。こう見えても、私はなのはやフェイトよりも三歳年上で〜す」

 

「そ、そうなんですか……それは失礼しました。とすると、もしかしてリースさんと姉妹だとおっしゃってたシェリスさんも、お二人より?」

 

「うん、双子だから私と同じで年上。もっとも、シェリスの場合は精神年齢が低いから実質年下みたいなものだけどねぇ」

 

「にゃ?」

 

いつの間に頼んだのか、デザートとでも言うかのようにシュークリームを頬張りながら顔を向けるシェリス。

十個のシュークリームを完食して昼食(野菜は一切無い物)を食べ、その上にまたシュークリームを三つも頼んで食べている。

これはもう、食い意地が張っているとしか言いようが無く、本来和む光景でも呆れしかもう浮かぶ事は無かった。

皆の様子にシェリスはモグモグと口を動かしながら首を傾げるも、リースが何でもないよと言うとゴクンを喉を鳴らして飲み込み、もう一個に手を伸ばす。

アルヴィンはこれに再度苦笑を浮かべ、同時に運ばれてきた注文の品を受け取ってフォークを手に取り、食事を取り始める。

 

「ん……しかし、お二人は本当に似てますね。双子でも、ここまで似ているというのはそう見ませんよ」

 

「あ、それはウチも思うわ。性格とかは全然違うんやけど、見た目だけは本当に似てるんよねぇ……リースちゃんが髪伸ばしたら見分けが付かんくなるくらいや」

 

「見分けが付かなくなる、ねぇ……まあ、否定はしないけど。実際、髪を伸ばしてた頃はシェリスと間違えられた事もあったし」

 

「リースちゃん、昔は髪を伸ばしてたんだ……」

 

「うん。女の子なら髪は長くなきゃ駄目とか言う変態親父がいたから、若干嫌々ね……まあ、いい加減間違えられるのが嫌になったから、引き留めるのを振り切ってバッサリ切ったけど」

 

「変態親父……それはもしかして、ジェド・アグエイアスの事か?」

 

「それ以外に誰がいるのよ……」

 

娘命なところがあったジェドは容姿にも煩く、特に髪を切るという事だけは断固として了承する事はなかった。

いい加減切りたいと言えば泣き縋る勢いで止め、強行して切ったときなど現実逃避。挙句には一週間くらい自室へ引き籠った。

完全に変態親父という称号が似合う人柄。もっとも、これはそれだけを聞けばの話……。

 

(実際は私とシェリスの二人を通して、お母さんの面影を見ていたかったんでしょうけどね……)

 

それはリースとここにはいないアイラだけが知る事実。本人から聞いたわけではなくも、少し考えれば分かる真実。

二人の母であるエティーナの髪は長かった。そして顔も性格も二人と似た所があった。だから、二人を通じて面影を抱いていた。

だからそれを無くすような行為……つまりは髪を切るという事をして欲しくなかった。でも、だからこそリースは敢えて髪を切ったのだ。

確かに間違えられるのが嫌だったというのは事実だ。だけど本当の所は幼い時分からその事に気付いた故、自分を通じて母を見る事が許せなかった。

リースという娘ではなく、その先にいるエティーナという人を見ている。なら、リースという少女は一体何のために存在しているというのか。

感傷を抱かせるため? 昔を懐かしませるため? ……どんな理由にしても、そんな事のため自分は生まれてきたわけじゃない。

そんな考えを突きつけたくて髪を切った。エティーナの面影がある子というものではなく、二人の娘の一人として愛して欲しかったから。

 

(まあ、結局は無意味な行為って事になっちゃったけどねぇ……ほんと馬鹿だよ。お父さんも、私も……)

 

髪を切っても結局彼は面影を見る事を止めなかった。そしてそれが、彼を奇行へ走らせる原因の一つとなった。

リースが思うに彼のデバイス化計画は娘に永遠の命を与えると共に、エティーナの面影さえも永遠の物としたかったのではないかと。

だからそれを実行してしまった彼はもちろん、思いを加速させるような事をしてしまった自分さえも結局は馬鹿だったと彼女は思っている。

今となってはもうどうしようもない事だが、そうであっても後悔の念は消えない。それ故か、無意識に溜息などついてしまう。

 

「……どうかしましたか、リースさん?」

 

「へ? あ、ううん、何でもないよ」

 

気を取り直して首を横に振りながら答えるとアルヴィンは僅かに首を傾げるも、そうですかと言うだけで追及はしなかった。

そしてそれからは再び質問や軽い談笑へと戻り、リースも考えていた事を頭の隅に無理矢理追いやってそれに参加した。

そうして楽しむ事、二十分弱。昼食を食べ終え、談笑しつつ食後の紅茶も飲み終えたアルヴィンはさて……と口にして席を立つ。

 

「もう行かないと予約した便に間に合わなくなりますので、名残惜しいですがそろそろ私は失礼させていただきますね」

 

「予約した便? 電車のですか?」

 

「いえ、飛行機のです。出向命令が解除されましたので、本国の会社に戻るんですよ。ですので、皆さんと顔を合わせるのはこれでたぶん、最後になるでしょうね」

 

出張で日本に来たとは聞いていても、それは突然な宣告。それ故、なのはもフェイトも驚きを浮かべる。

だけど会社の命令でこちらに来たのなら、解除されたら帰るのが当たり前。だから、少し寂しさはあるもしょうがないと割り切るしかない。

 

「あのときは、本当にありがとうございました、アルヴィンさん。故郷に帰っても、元気でお仕事頑張ってください」

 

「はい。貴方達もお元気で……」

 

だから二人とも笑顔で告げ、彼も似た言葉を二人に、そして皆に告げて自分が食べた分の料金をテーブルに置き、背を向けて去っていった。

その後ろ姿が店の外へ出るまで見送った後、皆は視線を元へと戻す。だがそのとき、一人だけ彼が去った後も扉の方面を見続けている者がいた。

 

「……アスコナ?」

 

席替えで隣に座っていたリィンフォースがそれにいち早く気づき、どうしたのかと声を掛けてみた。

すると彼女はゆっくりと視線を扉からリィンフォースへと向け、その小さな口を静かに開いた。

 

「ママ……あのアルヴィンって人、ちょっと変」

 

「? それはどういう意味だ?」

 

開かれた口から告げられた言葉は不可解な一言。具体的な説明も無く、ただ変だという一言のみの言葉。

リィンフォースも含め、同じく聞いていた他の者も意味が分からなかった。むしろ具体的な説明無しで分かれというほうが無理だ。

何より見た感じ、彼に可笑しな部分など見受けられなかった。それ故、リィンフォースは真っ先にその意味を再び尋ねた。

だが、今度はすぐに返してくる事は無く、若干困ったような顔を浮かべる。おそらくだが、自分の考えをどう言っていいのか分からないのだろう。

故にか困った顔のまま、しばらく悩むアスコナ。しかし、悩みに悩んだ故にどう言えばいいのかが浮かんだのか、再度その口を開き、告げた。

 

「えっと、うまく言えないんだけど……あの人ね――――」

 

 

 

 

 

 

 

 

「本当の事、全然言ってなかったって……コナは思うの」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

翠屋を出たアルヴィンが歩き出した先は海鳴駅とは別方向の神社の建つ山がある方角。

転々と住宅が並んで建つ道を抜け、神社へと続く石段から迂回して木々の生い茂る山道へと歩を進める。

スーツ姿に黒い鞄という姿故か若干その場では異質な感じがするが、本人は特に気にする様子も無く登り続ける。

歩みを進める彼の顔には先ほどなのはたちといたときのような表情は無い。それどころか、人間性が欠如したかのような無表情。

まるでさっきまでの彼が演技だったかのようにも思え、尚且つどちらが本当の彼なのか分からなくなるような様子であった。

 

「…………」

 

そんな表情のまま、無言で山を登り続ける彼。そしてその歩みはとある地点に到達した時点で止まる事になる。

足を止めた場所は他の場所より一際荒れた場所。周りの木々は外的な損傷で酷く傷つき、地面には何箇所か小さな抉れがある。

彼は知らない事だが、そこは以前恭也とアイラが戦った場所。魔法の訓練と称して周り関係無しの戦闘を繰り広げた場所。

数か月の時間が経っているためか木々はともかく地面の抉れは薄く残っている程度だが、他と比べて荒れているのは明白であった。

そこで足を止めた彼は何をするでもなく、しばし硬直。そして風が木々の葉を撫でる音と共に小さく息をつくと彼は閉じていた口を開いた。

 

「いい加減、出てきたらどうですか……?」

 

それは独り言などではなく、他者へ向ける言動。だが、彼の周りには人の姿は無く木々が生い茂っているだけ。

そもそもここは神社へ続く道でもなければ、正規の山道でもない。本当の物好きでない限り、人などいるはずもない。

だけど彼のその言葉に木の葉が揺れる音が再び響く。それは自然的なものではなく、明らかに人為的なもの。

そしてその音が響くこと僅か一、二秒後。彼から僅かに距離を開けた木の上から、音を立てて何かが地面へと着地した。

 

「よく分かったわね〜……ていうか、もしかして結構前から知ってた?」

 

「ええ、もちろん。私が彼女たちと接触する少し前から監視の目が合った事、そしてそれが誰かという事もね……」

 

「あはは、そうなの。これでも上手く隠れてたつもりなんだけど、気付かれてたのねぇ……そっかそっか、あははは」

 

笑いながら返してくる若干幼さが感じられる女の声が耳に届くと共に彼はようやく、その相手へと振り向いた。

その途端、無表情だった彼の顔は嫌悪に歪められる。振り向いた瞬間に彼の眼に映った、相手の容姿そのものによって。

二つに分けた形で先端を束ねた腰近くほどある長い赤髪と金色の瞳が特徴的な、体格と釣り合う幼い顔立ちの少女。

手首の辺りにフリルの付いた黒い長袖の服と足首まで隠すほどのロングスカート。髪と瞳以外は全身真っ黒な女の子。

普通の人が見れば、少し変った子としか見られない。だが、彼にとっては嫌悪を抱かずにはいられない。なぜなら――――

 

 

 

――色は違えど髪の長さも束ね方も、何よりその顔立ちそのものがある人に酷似していたから。

 

 

 

彼の嫌悪に満ちた顔を視界に捉えるや否や、少女はニタリッと歪んだ笑みを浮かべる。

それだけで十分過ぎるほど理解できる。顔や髪の長さはともかく、髪の束ね方まで同じにしたのは意図しての事だと。

自分がその人と似た容姿をしていると分かった上でやっているのだと。だからこそ、彼の嫌悪は苛立ちへと変わる。

だけどそれは表向きには出さず、僅かに嫌悪の色が残ったままの表情で彼は再び彼女へと言葉を発する。

 

「それで、一体何の目的があって私を監視していたんですか? 貴方達の事ですから、碌な事ではないと思いますけど」

 

「さあさあ、一体何が目的なのかしらね?」

 

「…………」

 

「あはは、そんな怖い顔しないでよ、ほんと短気ねぇ♪ この程度で冷静さを欠いてたら、貴方の愛しい人を救うなんて出来ないわよ? あ、でもどのみち無理かしら。だってこの間の事を聞いた限り、あの子はもう――――」

 

彼女が言い切るより直前、ヒュンッという小さな音が一瞬響き、彼女の頬を鋭い風が撫で、薄く切り傷を作る。

それによって彼女は言葉を止めて改めて視線を向け直せば、彼は鞄を持ってない方の手にいつの間にか槍を持っていた。

先端の刃の根元に緑色の宝玉がある事、全体に機械質である事から、それがデバイスである事は一目瞭然であった。

だけど彼女はそれを見ても表情を変えず、警戒態勢も取らず、切り傷から流れる一筋の血を袖で拭って笑みを一際歪ませる。

 

「目を逸らしても事実は変わらないわよ。あの子はいずれ死ぬ、貴方達もその後を追う……そして私たちは古の遺産を手に入れ、世界をあるべき姿へ返す。これはずっとずっと昔から決まってた事なんだから、あは♪」

 

その一言で我慢に限界が来たのか、彼は鞄を地面へ落として瞬時に槍へとその手を添え、突撃する。

しかしその一撃はもう彼女に掠る事は無く上へと飛び上って避けられ、追撃を成そうとしても、もう姿を捉える事は叶わず。

 

「ま、精々足掻けばいいわ。どうせ何をしても、結果は変わらないだろうけどね! あははははは!!」

 

その言葉、その笑い声を最後として気配さえも消える。完全に逃げられ、抱いた怒りは行き場を無くす。

それ故か地面に八つ当たりするかのように槍の刃を突き立て、整えられていた髪をグシャグシャと掻き乱す。

だけどそれも結局は空しく、彼はすぐにそれを止め、乱れた髪を戻さぬままに懐から鎖に繋がれた小さなロケット。

以前、フェイトとぶつかったときに大慌てした品。それを彼は取り出すと徐にロケットを開いた。

 

「……カルラ」

 

ロケットの中に納められていた写真は先ほどの少女と似通った容姿をした少女――カルラの姿。

あの少女とは異なり、とても優しい笑顔を見せる写真の中の彼女は、まだ声を失っていなかったときの彼女。

自分も、アドルファも、他の皆も……誰一人として今を予想だにせず、争いのない穏やかな日を過ごしていたときの写真。

彼にとっては大事の二文字以外浮かばないもの。それ故、ロケットを手にする彼の手には無意識に力が籠っていた。

 

「…………」

 

そして彼はしばしそれを眺めた後、ようやく平静を取り戻したように落ち着いた表情へと戻り、ロケットを閉じて大事そうに仕舞う。

その後、デバイスを待機モードへと戻して鞄を落とした場所へと行き、それを拾い上げて静かに歩を進め、山の更に奥へと歩んでいった。

 

 


あとがき

 

 

【咲】 二章の最終話付近で出た奴の仲間よね、あの少女って?

うむ、そういう事になるね。

【咲】 じゃあその集団ってもしかしてさ、『蒼き夜』の目的を知ってるの?

知ってるよ。それに加えてその目的とは異なる彼女らの目指す事も知ってる。

【咲】 てことは、『蒼き夜』とその集団は浅からぬ因縁があるって事?

まあね。でもまあ、『蒼き夜』もあちらも多少の小競り合いはあっても全面的な対決は起こさないのだけどね。

【咲】 あれを多少といっていいものかしらね……。

あれらにとっては多少なんですよ。てなわけで今回はアルヴィン改め、ライムントと彼女らとの二度目の邂逅でした。

【咲】 これを最後にアルヴィンはもう出てこないわけね。

そうだね。アルヴィンっていうのは彼が考え出した架空の人間だし。

【咲】 でもさ、アスコナは何か気付いてたわよね。あれはやっぱり、前に言ってた以前彼女らと会った事があるってのが原因?

それもあるけど、一番は彼女の性質だな。ほら、アスコナって人の内面的な部分に敏感だって言ってたろ?

【咲】 じゃあ、あくまで気付いた理由の大半は直感に近いものだって事?

うん。とはいえ、具体的な事までは分からないから言いようがないんだけどね。

【咲】 ふ〜ん……ところでさ、リースってもしかして、シェリスと同じくらいシスコンなんじゃないの?

かもしれんね。理性で歯止めはしてるけど、彼女も彼女でシェリスを可愛い妹だとは思ってるから。

【咲】 前はともかく、最近はちょっとずつ甘い部分が出始めてるようにも見えるけどねぇ。

そりゃ隠し切るのは無理ってもんでしょうよ。今は内側に押し込んで隠してるって言ってもさ。

【咲】 まあねぇ。ついでに思ったけど、リースって昔はシェリスと同じくらいまで髪を伸ばしてたのね。

本編で語った通り、彼に切るなって言われてたからね。でもまあ、結局は切っちゃったんだけど。

【咲】 ジェドが二人を通してエティーナの面影を見てたからってのが理由だったけど、それってほんとなの?

さあ、どうだろうね。あくまでこれはリースの個人的な見解だから、その通りだという可能性も違う可能性もある。

【咲】 つまり、それこそ彼本人に聞かないと分からないってわけね。

そういう事。まあ、それも現状では無理になってしまったのだけどね。

【咲】 まあねぇ。それじゃ、そろそろ次回予告の方へ行っちゃいなさい。

へいへい。次回はだな……ここに来て初めての本局のほうのサイド。つまりはクロノ、リンディ、ユーノ、アイラの四人が出てくる話。

今の時間軸より少し前、アイラの事で忙しい日々が続いていた二人に上からとある指示が為される。それはアイラの処遇に関しての正式な内容。

逮捕を報告してから少し遅すぎる指示、しかもその信じ難い内容に二人は驚愕。そしてすぐに上へと真意を問い質すも、結論は変わらず。

そしてその指示がアイラに伝えられてから時間軸へ戻して現在へ……というのが次回のお話の冒頭部分だな。

【咲】 何で冒頭部分だけなのよ……。

本編のほうはちょっと語り辛いんでねぇ……そんなわけで詳しい内容は次回のお楽しみにって事で。

【咲】 はぁ……はいはい。じゃあ、今回はこの辺でね♪

また次回会いましょう!!

【咲】 それじゃあね、バイバ〜イ♪




なのはたちが出会ったのは、アルヴィン。
美姫 「アスコナは何かを感じたみたいだったけれどね」
確かに人の内面に敏感なアスコナならではかも。とは言え、それで全てが分かるようなものでもないし。
美姫 「因縁の相手も最後に出てきて、不穏な事を口にしてるわよね」
だな。流石に一気に何かが起こるって事でもないだろうけれど、今後、何かが起こるんだろうな。
美姫 「次回は次回で気になる内容だしね」
だな。ようやくアイラに関する処遇が決まるのかな。
美姫 「一体、どうなるのかしらね」
次回も待っています。
美姫 「待ってますね〜」



▲頂きものの部屋へ

▲SSのトップへ



▲Home          ▲戻る