あれからいろいろありしも早いもので一か月が経過し、冬の寒さも無くなって若干暖かさが出始めた初春のある日。

本局にいるはやてからなのはたちへ、やっと検査や試験等が終わったから海鳴に帰ってこれるという連絡が届いた。

予定で決まった帰宅の日は連絡のあった日の翌日。それ故、なのははフェイトへ連絡を入れ、学校が終わったら八神家へ行こうと話した。

フェイトもそれに喜んで賛同し、同時にはやてと親しいはずのシェリスも連れて行こうという事で話は進んでいった。

もちろんそれ以外の者……恭也やリースも誘おうかとしたが、その日は遅くの時間に講義が入ってるという事で恭也はいつもの訓練さえ出来ない状況。

更にはリースも忍と約束があるとかで断念。それ故、結局最初に挙がった者以外ではアルフを加えただけの四人で向かう手筈となった。

 

 

 

――そしてその翌日の放課後、一度迎えのためにフェイト宅へ寄った後、皆で八神家へと赴いた。

 

 

 

明確ではないが時間指定はしてある。それ故に外出しているという可能性はまず無いだろうと思って良い。

実際、八神家へ赴いてからすぐに呼び鈴を押せば、中から返事が返ってきた。だが、同時に何か可笑しな騒音も聞こえた。

ドタバタと走りまわる音、ヴィータの怒鳴り声、他にもちらほらと声は聞こえるが、なにぶん扉越し故にそれは聞き取れない。

とはいえ只事のようには思えず、なのはもフェイトも若干不安になるが、それを打ち消すように扉が開かれ、聞き慣れた明るい声が耳に聞こえた。

 

「いらっしゃいや、なのはちゃん、フェイトちゃん。それとアルフさんにシェリスちゃんも……皆、ほんとに久しぶりやね」

 

「うん、ほんとに……あっちでも元気でやってた?」

 

「モチのロンや! 元気なんがウチの取り得みたいなもんなんやからな♪」

 

扉越しに聞こえた騒音など幻聴と思わせるように明るい声、明るい笑顔で応対するはやて。

それになのはもフェイトもアルフも内心で安著を浮かべ、シェリスに至っては元々気にしてないのか、早々にはやてに抱き付いた。

彼女も車椅子に座りながらも飛び込んできたシェリスを受け止め、前のように良し良しと子供をあやすような感じで頭を撫でる。

傍から見て和むそんな光景を目の当たりにして三人も小さく苦笑を浮かべ、先ほどの不安感も完全に無くなろうとしたかに見えたのだが――――

 

 

 

――その直後に家内から聞こえてきた泣き声に、はやてとシェリスを除く残りの面々の中で疑問は再浮上した。

 

 

 

聞こえてきた泣き声は、何かをされそうになって必死に抗ってるときのような叫び声に近いもの。

しかもそれは声色的に少女らしき者の声。それ故、それが誰の泣き声かは分かったのだが、なぜかという疑問は当然消えない。

そのため三人ははやてに一体何がと問うような目を向ければ、彼女は困ったように頬を掻きつつ告げた。

 

「えっとやなぁ……その、アスコナがなのはちゃんたちが来たのを知った途端にウチの部屋のクローゼットに閉じこもってしもうてなぁ。出てきてもらおうと頑張ってんのやけど、リィンフォースが言うても出てきてくれへんで……」

 

アスコナなる人物のが誰という事は当然、なのはたちも知っている。それ故、閉じこもった理由も何となく察しがつく。

アスコナの過剰なまでの人見知り。初めはリィンフォース以外に懐かなかった彼女も、今でははやてや守護騎士の面々には懐いている。

しかしそれ以外の者には簡単には懐かず、本局にいたときに何度も人見知りを治そうと奮闘したが、結局惨敗で終わったらしい。

そして現在に至り、なのはたちが呼び鈴を鳴らした矢先にクローゼットに閉じこもったらしいのだが、頑張ってはいるが今も出てきてくれない。

これがなのはたちが扉が開かれる前に聞いた騒音の正体。それをはやてに聞いて知った故か、三人ははやてと同様な表情を浮かべるしかなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

魔法少女リリカルなのはB.N

 

【第三章】第八話 無邪気故に出来る事、人見知り解消への兆し

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

とりあえず玄関先に居続けるのも難だという事で家内に上がらせてもらえば、リビングには誰もいなかった。

それもそのはず、未だ聞こえてくる声はその更に先、はやての部屋となっている場所から聞こえてきているのだから。

となれば騒ぎの中心はそこという事でリビングに着くや否や、はやてを先頭として彼女たちはその部屋へと赴いた。

 

「だああもうっ! だからアイツらはお前を苛めたりするような奴じゃねえって何度も言ってんだろ!! いいからつべこべ言わず、さっさと出て来いっての!!」

 

「……そんな風に怒鳴ったら余計に出てこないと思うぞ、ヴィータ」

 

「右に同じく。こういうときは時間が掛かっても優しく諭して出てきてもらうのが良いのではないか?」

 

「んなこと言っても、さっきまでずっと優しく言ってやってたのに全然出てこなかったじゃんかよ……」

 

「確かにそうだけど、そんなときこそ根気良くしなきゃ駄目よ。それでなくてもアスコナちゃんは凄く臆病なんだから」

 

四人が入ってきた事にも気付かず、はやての部屋のクローゼットを前に集まりながら話し合う守護騎士一同。

そんな中でただ一人――リィンフォースだけは未だクローゼットに向けて話し掛けているが、返事らしきものは全く返ってこない。

だが、返事が返ってこないからといってそこに誰もいないわけではない。僅かながら、泣きじゃくるような声が聞こえている。

つまりははやてが玄関先で説明してた事……アスコナがなのはたちの来訪と同時にクローゼットに閉じこもったというのが事実という事だろう。

もっとも、アスコナがどういう性格をしているのかを若干ながら見知っている皆からすれば、別段それは疑うべき事でも無かったのだが。

ともかく彼女が閉じこもったという事でリィンフォースは困り果て、守護騎士も大騒ぎ。かといって無理矢理出す事は出来るが、そうすると更に酷い騒ぎになるので駄目。

そうなるとやはり手の打ちようがないため彼女たちだけでなく、はやても困り果ててしまい、結局のところ現状打破が出来ない状況にあった。

 

「はぁ……やはり駄目か。あちらに居た時から人見知りが激しいと常々思っていたが、まさか一度会ったはずの彼女たちにまでここまでの反応を見せるとは思わなかった」

 

「そうよねぇ。向こうでは会う人ほとんどが知らない人ばかりだったから、怯えても仕方ないかもって思ってたんだけど……」

 

「ここまでくると人見知りというよりは、一種の人間恐怖症じゃねえかよ。まあ、リィンフォースとシャマルが甘やかし過ぎてたってのも原因の一つだとアタシは思うけどな」

 

「仕方ないだろう。窘めようとするたびにあのような涙目で怯えられたら、注意をしようにも出来ないのだからな」

 

「仕方なくねえだろ、それは……てか、ほんとにどうすんだよ。このままだとはやてたちが心配してこっちに来ちまうぞ」

 

「むぅ……確かにそれは宜しくないな。主はやての手を煩わせるのもそうだが、客人にまで心配を掛けるわけにもいかんしな。とはいえ、手の施しようがないのではな……」

 

なのはたちが来る直前にアスコナは閉じこもったのだから、はやてもそれまではアスコナの説得に奮闘していた。

それはすでにはやての手を煩わせているという事。それ故、シグナムの口にするその言葉は変な所でズレていた。

ついでにその話題の本人たちがすでに部屋の扉付近にいるのだがそれにも気付いていない。まあ要するに、それほど余裕がないという事だろう。

しかし、心配を掛けまいとするのはいいが、打つ手が無いのも事実。だから、焦りのようなものを抱きながらも、皆は揃って悩み続ける。

そしてそれが約一分ほどの沈黙を齎した後、ふとシャマルが僅かに俯けていた顔を上げ、意を決したかのようにその提案を口にした。

 

「こうなったらやっぱり、シェリスちゃんに頼んでみるのはどうかしら? あの子なら、もしかしたらアスコナちゃんの説得が出来るかもしれないし」

 

「……まあ、確かにその可能性は否定出来ない。それに偶然というべきか、彼女も今日は来る予定になってたのだからすでに来ているだろうな。だが、やはり私は賛成は……」

 

「もう! そんな事言ってる場合じゃないでしょ、シグナム! アスコナちゃんの事を考えてシェリスちゃんとの接触を避けようって言うのは分からないでもないけど、私たちじゃどうしようもないなら頼れる人を頼るしかないじゃない!」

 

頼れる人は頼る。それには確かに同意だが、それならなのはやフェイトでもいいじゃないかと反対派のシグナムとヴィータは口にする。

しかし、シェリスじゃなければ駄目だと言える明確な理由があるわけではないが、それでもシャマルは断固として意見を譲らなかった。

彼女としても別段なのはやフェイトが悪いというわけではない。むしろ、彼女たちでもアスコナを説得する事は出来るかもとは考えている。

でも、それ以上にシャマルはシェリスを妙に高く評価している。アスコナとは正反対の性格だけど、だからこそ彼女を変える事が出来ると思うくらい。

だから今回ばかりは状況も押しているせいか、全く引く事はしない。それ故やっとと言うべきか、ようやくシグナムもヴィータも折れて不服ながらも頷いた。

反対していた二人が認めた時点で阻む者はいない。だからシャマルはすぐに呼びに行こうと扉側へ振り向き、そしてようやくはやてたちの存在に気付いた。

 

「は、はやてちゃん……それになのはちゃんたちまで。い、一体いつからそこに?」

 

「ヴィータが怒鳴ってた辺りからやね。ほんま、ウチらが入ってきたのに全然気づいてくれへんから、どうしようかって本気で悩んだで」

 

はやての語る事になのはたちも同意するように頷き、守護騎士の面々は自身らの体たらくに己を恥じ、各自謝罪を口にする。

だけどもちろんの事、はやてもなのはたちも別に気にしてはおらず、苦笑を浮かべつつ気にしなくていいと告げる。

それに守護騎士として己を恥じるという部分は消えずも、はやてたちの気を悪くしたという事が無いと知って彼女らも安著を浮かべる。

そしてそれに続けて聞いていただろうが、今一度はやてに先ほどの内容を告げようとするが、はやてをそれを制止して分かってるとばかりに頷いた。

 

「そういうわけで……シェリスちゃん。悪いんやけど、アスコナの事をお願いできへんかな?」

 

「うにゅぅ……要するにシェリスが、そのアスコナって人をあの中から出せばいいの?」

 

「簡単に言えば、そういうことやね」

 

「にゃ、分かったの〜♪」

 

そんな軽い調子で返事をするものだから、正直本当に分かっているのかと問い質したい気分にもなる。

だが、返事と同時にクローゼットへ歩き出してしまったため、そんな気持ちを抑えてアスコナの事を彼女に任せ、皆は静かに見守る。

皆が注目するそんな中で彼女はトコトコと歩き続け、間も無くしてクローゼット前に辿り着くとその扉を上から下まで見渡した。

そして一様にどうするのかと思い、ゴクリと皆が唾を飲む中で扉を眺め終えたシェリスは――――

 

 

 

――何を思ったか、クローゼットの扉をコンコンとノックするという行動に出た。

 

 

 

誰かがいる部屋に入る際、それを行うのは礼儀正しいと取れる。しかし、シェリスが前にしているのは部屋ではなくクローゼット。

普通は人が好き好んで入る場所ではないし、今回のように誰かが入っていたとしてもノックをしなければならないという礼儀など存在しない。

だというのにいきなりそんな事をするものだから、皆も唖然としてしまう。加えて内部にいるアスコナは、僅かに外まで聞こえる程度の短い悲鳴を上げる。

だけどそのどちらにも彼女は何の反応も示さず、次なる行動とばかりにクローゼットの取っ手を握り、勢い良く開け放った。

 

「っ――!」

 

内側から抑えられるような構造になっていないため簡単に開かれた扉の奥でまず目に付いたのは、ハンガーに掛けられた服の数々。

その大きさからして部屋の主であるはやての物だろう。そしてその服の下へと視線をずらして見れば、そこには中身の詰まったゴミ袋くらいの何かがある。

それこそがまさに騒ぎの元凶。扉が開けられた瞬間、声にならない悲鳴を上げた者……すなわち、アスコナであるというわけだ。

ただ一見してゴミ袋くらいの何かと表現した言葉の通り、今の彼女は頭を奥にしてお尻を入口側に向け、小刻みにブルブルと震えている。

こんな怯えきった状態では無理矢理出しても事態悪化という皆の考えは正しいかもしれない。しかし、そんな考えなどシェリスの頭には一切無く――――

 

 

 

――またも何を思ったのか、自らもクローゼットの中に入って器用に内側から扉を閉じた。

 

 

 

一連の流れを見ているしかなかった皆も、その時点で我に返ると賛成していた者も反対していた者も一様に嫌な予感を感じる。

そしてその予感を現実のものとして示すように扉が閉じた数秒後、ガタンバタンと中で暴れ回る音とアスコナの短い悲鳴が聞こえてきた。

そこまで来るとさすがに不味いと思ったのか、誰も止めるために動こうとする。だがそれより早く聞こえていた音は途端に途絶え、静まり返る。

 

「「「「「「「「「…………」」」」」」」」」

 

静まり返った途端に皆の動きもピタリと止まり、直後に全員の頬を嫌な汗が流れる。

ほんの十数秒間程度の音であったとはいえ、中で何があったのかを想像するのは難しくない。むしろ、想像出来ない方が可笑しい。

それ故に静まり返ったという事態は嫌な想像しか呼びこまない。そしてそんな中、シェリスとアスコナのいるクローゼットの扉が内側からバンッと音を立てて開かれる。

それから続けて最初に内部から出てきたのは、シェリス。しかし何かを引っ張っているらしく、出てくる姿は後ろ向きであった。

一体何を引っ張り出しているのか……などという問いの答えは正直考えなくても分かる。彼女が内部から引っ張り出すものなど、現状一つしかないのだから。

 

「出したよ、はやてお姉ちゃん♪」

 

引っ張り出され、皆の眼前に晒されたそれは間違いなくアスコナだった。しかも、引っ張りだされた本人は気絶中。

引っ張り出した本人はといえば、満面の笑みで任務完了を告げてくる。それにはもう、誰も例外なく溜息をつくしかなかったのだった。

 

 

 

 

 

一連の騒動の後、ようやく訪れた落ち着きの中で一同はリビングにてテーブルを囲むように立ったり座ったり。

だけど体勢は様々で先のような騒ぎもないのだが、今度は何というか……非常に居心地の悪さを感じさせる状況に見舞われていた。

その中心となるのはリィンフォースが現在抱いているアスコナから。静まり返ったリビングで、意識を取り戻した彼女の嗚咽だけが響き渡る。

原因は言わずもがな、先ほどの事。その証拠として泣きじゃくり嗚咽を漏らす彼女は、他の誰を見てもシェリスだけは絶対に見ない。

嫌いだからではなく、単純に怖いから。目が合ったら何をされるか分からない。先ほどのようにまた苛められるかもしれない。

そんな恐怖のせいでアスコナはシェリスを見る事が出来ない。そしてそんな彼女の気持ちが分かるからか誰も、もう彼女を咎めない。

むしろ咎めるべきはシェリスなのだが、当の本人は空気を全く読んではおらず、茶請けで出された菓子を摘まみながらジュースを飲んでいた。

 

「はぐはぐ……んぐ」

 

「…………」

 

「……うにゅ?」

 

「――ひぅ!」

 

食べる行為と飲み込む行為を音を立ててするものだから、何を食べてるのかアスコナも気になってしまったのだろう。

一切向けなかった視線をそこに来て初めて向けてしまい、その直後に偶然にも目が合い、シェリスは首を傾げる。

それにアスコナはかなりの怯えを見せ、短い悲鳴を上げてすぐさま目を逸らし、再びリィンフォースの胸に顔を埋めてしがみ付いてしまう。

他の者……つまりはなのはやフェイトやアルフへの人見知りを見せなくなったのはいいが、逆にシェリスに対してのみ、恐怖心が芽生えてしまっている。

これに対してはやてやリィンフォース、シャマルやなのはたちはどうにかして和解させる方法について悩むも、当然答えは簡単には出ず。

反対にシグナムとヴィータは責めこそしないが、だから止めた方が良かったんだと言いたげな顔をしていた。ザフィーラに至っては、ただ成り行きを見守るばかり。

結局のところこの中で一番空気も何も読んでないのはアスコナに恐怖心というものを芽生えさせた張本人のシェリスだけであったりした。

 

「…………」

 

しかし、そんな彼女もアスコナの様子にはちょっと思う事でもあったのか、お菓子(今日はミニドーナッツ)を食べる手を止めてしまう。

ようやく自分のした事がアスコナに何を齎したのかを少しは理解したかとそれで思いもするが、この中の数名には彼女が僅かな行動で考えてる事が分かってしまう。

お菓子を食べる手を止め、チラチラとアスコナとお菓子を交互に見るという行動。本当に動きは僅かだが、これを見て彼女を知るのなら非常に分かり易い考え。

 

 

 

――今しがたシェリスが食べていたお菓子をアスコナも欲し、遠慮して目を背けたのではないかという……非常に的外れな考え。

 

 

 

確かにアスコナが目を向けたのはお菓子を食べる音が原因。それだけを見れば、その考えも的外れではないかもしれない。

だが、遠慮して目を背けたのなら悲鳴など上げない。確かに彼女は人見知りだが、さすがにその人の目の前でそんな失礼な事はしない子だ。

要するにお菓子を興味がいき、欲したのは確かだが、目を背けたのは遠慮したからではなく、目が合ったシェリスが怖かったからだ。

だから彼女が考えているであろうそれは完全に的外れ。しかし、声に出して指摘出来るわけもなく、見た限り彼女はその考えで納得してしまった。

そして納得したら即行動を言わんばかりにテーブル中央のお椀からお菓子を一つ取り、立ち上がってトコトコとアスコナの隣りまで歩み寄る。

その途中で行動を止めるために動こうとする者(主に守護騎士二名)はいたが、シェリスを信じるという念がまだ強いはやてやシャマルに目で止められ、動きはしなかった。

そうして誰にも邪魔される事無くシェリスは小さなお菓子片手に怯えながらリィンフォースに抱かれるアスコナの隣りへ辿り着いた。

 

「にゃ、これ上げるの。食べるといいの」

 

「っ――!」

 

辿り着くや否や持ってきたお菓子を差し出すが、当然の如くアスコナは受け取らない。むしろ彼女が近くに来たのを知って更に怯える。

助けてと言わんばかりにリィンフォースにしがみ付き、もう視線も合わせようとしない。もっとも、正直それが当然の反応だと言えるであろう。

だからこそこんな事では彼女の恐怖心など拭えない。ましてやはやてやシャマルの考えるシェリスとの交流による人見知りの解消など、夢のまた夢だ。

しかしながら、彼女は諦めず未だお菓子を差し出す手を下げない。というよりも、元から彼女にはアスコナの恐怖心を拭うなどという目的は無いのだ。

ただ純粋にお菓子を欲してるから上げたいだけ。的外れな考えではあるが、自分に遠慮なんかしないで食べればいいと言いたいだけだった。

つまりは恐怖心を持たれているなどという自覚はない。それ故か、怯えられているにも関わらず手を伸ばし、彼女の左手を掴んだ。

そしてリィンフォースにしがみ付くのを半ば強引に解き、怯えから震える手を伸ばさせ、その手の平に持ってきたお菓子をポンッと置いた。

それが置かれた瞬間、ビクッと震えはする。だが、置かれたそれがお菓子だと知るとアスコナは埋めていた顔をようやく動かし、手に置かれたそれを見る。

 

「……食べないの?」

 

「っ…………」

 

聞かれた途端にまたビクッとするが、今度は顔を逸らさず、はっきりと目は合わさないがシェリスとお菓子を交互に見ていた。

それに対してシェリスは美味しいよ?と言葉を続け、その位置から手を伸ばしてもう一つお菓子を取り、アスコナの目の前で食べてみせる。

すると彼女はオズオズとではあるが、渡されたお菓子をパクッと一口食べた。そして本当にチラッとだけ、再びシェリスを見る。

 

「美味しい?」

 

「……ん」

 

「にゃ♪ なら遠慮なんてしないでもっと食べるといいの♪」

 

自分が作った物でも自分で用意した物でも無いのだが、まるで自分の物のように食べる事を満面の笑顔で勧めてくる。

しかし図々しくはあるが尊大ではないため不快にはならない。そして何より、その笑みにも言葉にも、悪意などは欠片も感じられない。

だからか、アスコナも未だ視線はちゃんと合わさないながらも怯える事は無くなり、もう一度だけ小さく頷く事で返してきた。

それを確認したシェリスは笑みを更に深めて返し、元の位置へと戻る。そして再び、何の遠慮も無くお菓子を食べ始めた。

だけどそこに展開される光景は先ほどまでと大きく異なり、今までリィンフォースにしがみ付くだけだったアスコナも僅かに振り向き、お菓子へと手を伸ばしていた。

やはり控え気味な手付きではあるが、それでも積極的に。それが誰もにとって驚くに値し、それ以上にシェリスの凄さというのを知らさせる羽目となった。

 

「……やっぱりウチらが思った通り、シェリスちゃんとアスコナの相性はええみたいやな」

 

「そうですね。でも、まさかここまで上手くやってくれるとは思いませんでした……」

 

懐きやすく明るいシェリスと人見知りで臆病なアスコナ。そんな正反対な二人だからこそ、相性が良いのかもしれない。

少なくとも今までアスコナは今回と同じような事(端的に言えば餌付け)をされた事はあったが、今のように靡いた事はなかった。

今までの人たちだってシェリスと同じで笑みを絶やさず優しく接してきてはいたのに懐かず、怯えを隠す事すらしなかったのだ。

だから言える……シェリスの明るさと無邪気さは今までの人たちのそれと違うと。アスコナの怯えを消すほどの、何かがあるのだと。

ともあれ、これでははやてやシャマルだけでなく、他の全員も認めざるを得なかった。彼女を変える事が出来る可能性を秘めるのは現状――――

 

 

 

 

 

――シェリスだけなのだという事を。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

シェリスの活躍によって空気の重たさが一気に無くなった後、皆はようやく久しぶりと挨拶をして談笑へと身を投じていった。

話す内容は海鳴に戻った後のなのはたちの事、本局でのはやてたちの事。あるいは事件後のリース、シェリスの生活ぶりに関しての事。

言ってしまえば情報交換に近いものだが、話す事は笑い話が多く、情報交換に近いという形式を取った談笑みたいなものとなっていた。

 

「でよ〜、アイツってばフェイトのいないときに限っていっつも悪さをするから困ってんだよね。かといってアタシが怒っても聞かないし、フェイトなんか怒る事すらしないしさぁ……」

 

「そ、そんなの事ないよ、アルフ。私だってちゃんと怒るときは怒ってるじゃない」

 

「あれは怒ってるとは言わないよ……それになんだかんだ言って、結局最後にごめんねって言ってるのはフェイトのほうじゃないか」

 

「あぅ……それは、そうかもしれないけど」

 

「ふむふむ、要するにフェイトちゃんはシェリスちゃんに甘すぎるって言いたいんやね、アルフさんは。でもまあ、それは分からんでもないわぁ……シェリスちゃんに関してもウチはあんまり怒ったり出来んと思うけど、アスコナなんかウチの家族内で叱れる人がおらへんからなぁ」

 

「つうか、怒るたびに泣く寸前の顔されたら誰だって怒る気も失せるだろ……」

 

「そうだな。しかも意図してやってる事じゃないのだから、余計に性質が悪い」

 

一番にその被害に合った回数の多いのがヴィータ、それに次いでシグナム。だからこそ、その反則さ加減を嫌というほど知っている。

泣く寸前の顔をされても許せず怒ろうものなら大声で泣き始め、その場にいる全員の視線を集めてしまい、状況的に怒った側は悪人な立ち位置になる。

一度それを経験してるからこそ泣く寸前の顔をされるとたじろいでしまい、結果として怒る気を無くして自分たちが謝る羽目となるのだ。

これを見たはやてやリィンフォース、シャマルやザフィーラもアスコナを怒るとリスクが大きいと知り、結局のところ誰も彼女を叱れる人がいなくなったのだ。

彼女がシェリスのように悪戯を頻繁にする性格じゃないのだがせめてもの救い。だが、それもシェリスとつるむ事になれば正直分からなくなる。

それを危惧したというのがシェリスをアスコナと関わらせまいとした理由の半分だったのだが、今日の事でその思惑は脆くも崩れ去ってしまった。

故にか二人とも今一度それを再確認して溜息をつき、お菓子を全て食べ終えたアスコナとシェリスが移動した先――ソファーの後ろの辺りへと僅かに視線を向けた。

視線を向けた先では当の二人が何やらやっている。といっても、シェリスが何かをしているのをアスコナが若干ビクビクしながら見ているというのが正確な状況。

しかし、馴れた人が傍にいない状況で馴れてない人の傍におり、まだ僅かに怯えのようなものはあっても過剰な人見知りを出して無い。

これはかなり珍しい事である故、アスコナに対するシェリスの影響力の凄さを知る羽目となり、再びシグナムとヴィータは溜息をつくのだった。

 

「アイツがアスコナと仲良くなるのは百歩譲って許すとしてもよ……正直、アイツの性格だけは似ないで欲しいよな」

 

「同感だな。今でさえ性質が悪いというのに、そこへ彼女の悪い部分まで合わさってしまったのだとしたらかなり厄介だ」

 

「ん〜、それは確かに私もそう思うけど……でも、悪い部分だけが似るとは限らないんじゃないかしら? シェリスちゃんの良い所はいっぱいあるんだから、そこがアスコナちゃんの今後に影響してくれるのだとしたら凄く良い事だと思うわ」

 

「というか、むしろアスコナのあの大人しい所がシェリスに性格に影響を齎してほしいくらいだよ……」

 

「あ、あはは……でも、アルフさんには悪いんですけど、なのはとしては大人しいよりも今の明るくて元気なほうがシェリスちゃんらしい気がします」

 

「そうだね……悪い事はいっぱいするけど、あの無邪気な元気さはシェリスの良い所だから、私も出来れば今のままでいて欲しいかな」

 

悪い所は似ないで欲しい、むしろもう少し大人しくなって欲しい。そんな風に言ってはいるが、彼女らとてシェリスの良い所の一つや二つは知っている。

じゃなければもっと頭ごなしに否定するか、どんな手段を用いてでもアスコナと接触させないようにしているだろう。

でもそれをしないのは、先に挙げた通り良い所も知っているから。だから頭ごなしに否定もしないし、反対はしても力ずくでとは考えたりしない。

とはいえ、やはりそういった思いがあるのも事実である故、三度目の溜息をつきながらまたも二人のほうへと視線を向けた。

 

 

 

 

 

――しかし、先ほどはいたはずのそこにはすでに、二人の姿はなかった。

 

 

 

 

 

「……どこに行ったんだ、あの二人?」

 

視線を向けた故に最初に気付いた者の一人であるヴィータがそう口にするも、誰もそれには首を横に振るしか出来なかった。

しかし、その直後にこの中では最も気配察知が出来るほうであるシグナムにより、二人がソファーの真後ろに隠れていると判明した。

通りで後ろを向いただけではいなくなったように見えるはずだ。大方、そういった事を考慮した上でそんな場所に隠れたのだろう。

隠れて何がしたいのかまでは分からないが、アスコナはともかくシェリスは変な事……要するに何かしらの悪戯を企てている場合が考えられる。

そのためか、ソファーの真後ろにいると告げるシグナムの声にも出てこない二人を捕まえて見える位置に確保しておくため、一番近いヴィータが動いた。

そして二人を確保するためにソファーの横を通って二人がいるであろう真後ろへ向かおうとしていたのだが――――

 

 

 

――ソファーの横を通った直後、音を立てて盛大にコケた。

 

 

 

一応受け身は取っていたため、これといった怪我は無い。だが、あまりに盛大なコケ方であるためか誰もが唖然とする。

変に気を張っていないとはいえ、彼女も守護騎士の一人。美由希じゃないのだから、何も無い所でコケてしまうようなドジは踏まない。

なのに何も無いはずのそこで実際に彼女がコケたのだから、笑いより驚きのほうが先立つ。そして、一早く我に返った数名により原因はすぐに明らかとなった。

 

「……糸?」

 

「糸、ですね……」

 

呆けたような声で見た物の名称を口にするはやて、そしてそれに同意するように続けて呟くリィンフォース。

二人が口にした通り、それは紛れもなく糸。遠目で見た限り、裁縫などで使うような意識して見ないと分からないくらい細い糸である。

それが三重程度に束ねられ、先端をヴィータが通りぬけようとした場所の右にあったソファーとは逆にある観葉植物に結ばれていた。

更にそれをシェリス及びアスコナがいるであろう場所から引っ張っていたのであろうか、ピンッと張り巡らされている状態であった。

それを見てそういえば裁縫道具が出しっぱなしになってたっけとか、よく観葉植物が倒れなかったなぁとか思ったりしたのはさておき、かなり古典的な罠であると言えよう。

しかしそんな単純な罠にあろう事か騎士であるヴィータが引っ掛かってしまった。しかも、罠を張った張本人の一人――シェリスが直後に逃走していった。

その二つの要素からヴィータは顔を真っ赤にさせて怒りを露わにし、逃走していない故に未だソファーの真後ろにいるもう一人――アスコナを睨む。

 

「ひぅ――!?」

 

睨まれた瞬間、小動物のように震えて怯えを走らせるアスコナ。更に言えば、顔を見る限り今にも泣き出しそうだった。

そのせいか罠に掛けられたとはいえ、ヴィータも怒鳴る事を躊躇させられ、結果として怒りは逃げ去ったもう一方へと向けられる。

そしてすぐに立ち上がると彼女が逃げ去った方面へ駆けていき、姿を消したと思ったら二人が向かった方面から二つの声が響いてきた。

 

「待てやこの糞餓鬼がぁぁぁぁぁ!!」

 

「にゃーーー♪」

 

見た目からすればどちらもガキだと言いたくもなるが、誰も呆れてしまってそんな事を思い浮かべる者すらいなかった。

しかも怒り狂っているヴィータの怒声とは真逆にシェリスの悲鳴は酷く楽しそう。これは悪く言ってしまえば、遊ばれているという事だ。

しかしまあ、今のヴィータがそこに気付く訳もなく、未だ怯えている約一名を除いた皆が呆れを顔に浮かべる中、二人はしばし追い駆けっこを続けるのだった。

 

 


あとがき

 

 

人見知りのアスコナ、人懐っこいシェリス。この二人の邂逅が今回の主な部分だな。

【咲】 足して二で割ると良い感じの性格になりそうな二人よね。

まあな。ただまあ、そんな二人であるからこそ、相性というものは良くもあるのかもしれない。

【咲】 そうかもね。ただ相性が良いにしても、結局シェリスに振り回されるアスコナという未来図しか浮かばないわ。

そうなるかもしれんね……いや、むしろシグナムやヴィータの懸念した事になってしまう可能性も否定出来ん。

【咲】 アスコナがシェリスの悪い部分を学んでしまうって事? でも、元々があんな性格だから学んでもねぇ。

いやいや、シェリスを付き合っていく内にアスコナも変わると想定するなら、学ばれると厄介かもよ?

【咲】 そうかもしれないけど……まあ、そこのところは他の面々も随時対処するから大丈夫でしょ。

そうだといいけどねぇ……。とまあそんなわけで、今回の話でやっと八神家の面々が海鳴に帰ってきました!!

【咲】 これからは八神家も含め、海鳴でのドタバタが本格的に始動していくのね。

そういうことだね。そしてそのドタバタの中でちょこちょことシナリオも展開していくというわけだ。

【咲】 ていうか思ったんだけど、この三章では四章のStS編までの間を書くのよね?

そうだね。

【咲】 それってさ、一体どの辺りまで書こうと思ってるわけ? まさか、約九年間をまるまる書く気?

一応その予定だけど?

【咲】 ……それ、下手したら二章より長くなるんじゃない?

いや、それはたぶんないと思う。九年間をまるまる書くって言っても、途中から時間経過がかなり早くなる予定だから。

もっとも、あくまで予定だから確実にまるまる書くとは言えんし、もしかしたら七年かそこらで一気に飛んで四章に入るかもしれん。

【咲】 その辺はまだ予定は未定状態なわけね。

そういう事です。てなわけでそろそろ次回予告のほうへ行っちゃいたいと思います。

次回はフェイトの『シェリスとの仲を深めよう』、その第一段となるお話です。

基本的にはフェイトの手によるシェリスの苦手克服話。様々な人たちの助言を受け、フェイトがとある事に対するシェリスの苦手を克服させるため奮闘する。

つまりユニゾンデバイスとしてのシェリスを有する事となったフェイトにとっての試練とも言えるような出来事なわけだな、これは。

【咲】 要するに次回の主要キャラはフェイトとシェリスって事?

うむ。後その中にアルフが入るかな……んで、サブがリースを主とした他の面々たちという事になる。

【咲】 ふ〜ん……でも、シェリスが苦手な事っていっぱいありそうよね。

まあ、結構我儘だからね。そのせいでアルフはもちろん、フェイトも困ってる部分は今までにもあったわけだし。

【咲】 それをどうやって克服させるのか、ってのはちょっと楽しみではあるかもね。ていうか、第一段って事は後々もあるって事?

そのとおりだ。もっとも、第何段まで続くかまでは分からんがね。

【咲】 そう……まあ、そういう風な感じにしてあるなら、ある程度続くように頑張って書きなさいな。

ういうい。では、今回はこの辺にて!!

【咲】 また次回会いましょうね♪

では〜ノシ




果たして、シェリスがアスコナにどんな影響を与えるか。
美姫 「反面教師とするか、もしくは模範としてしまうかよね」
そうそう。例えるなら、真雪を見て育った知佳とリスティのどちらのパターンか。
美姫 「まあ、その二つ以外にも互いに影響し合って、どちらも少し変わる可能性もあるけれどね」
確かに。どちらにせよ、これからどうなっていくのかを楽しみにしてます。
美姫 「次回はシェリスちフェイトのお話みたいね」
だな。シェリスはフェイトの影響を受けたりするかな。
美姫 「どうなるかしらね」
次回も楽しみにしてます。
美姫 「それじゃ〜ね〜」



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