真っ暗な世界の中心に立つ私の先に最初に見えたのは、泣きじゃくる私自身の姿。

何で泣いてるんだろう……それを見た瞬間はそう思ったけど、でも少しずつ状況を理解していく上でその理由が分かった。

この真っ暗な世界はきっと、夢の中の世界なんだと。そして目の前で泣きじゃくる私は、あのときの私なんだと。

『破滅の三日間』と私たちが呼ぶ、あのときの私。大切なものをほとんど失って、ただ絶望と失意に暮れていたときの私。

何度となく死にたいと思った。そうすれば失った者たちとまた会えて、今度こそ永久という時間を共に歩めると信じてたから。

そんなときの私を夢とはいえ、見続けるのはとても辛い。だから、私はその光景から逃げるように視線を俯けた。

 

『カルラ……』

 

直後に私は俯けた視線を上げる。するとその先に映ったのは、泣きじゃくる私を抱きしめてくれている女の人の姿。

アドルファ・ブランデス……それが彼女の名前。『蒼き夜』の皆は全員好きだけど、その中でも一番好きだと言える人。

目の前に映る夢のようにあのとき、アルは私に優しく接してくれた。誰よりも一番、優しく温かく抱きしめてくれた。

でも、あのときの私はアルの優しい想いを受ける事が出来なくて、泣きじゃくりながら――――

 

 

 

『殺して……お願い、アル。私を、殺して……』

 

――死の願望を叶えて欲しいと、優しいアルに向けて口にしたんだっけ。

 

 

 

まだ私が口を聞けた頃の事だった。だからかな……今にして思うと余計に残酷な言葉だったと思う。

だけどアルは何も答えなかった。確かに驚きや悲しみの表情は浮かべてたけど、それ以上の優しさを以て抱きしめて続けてくれた。

かなりの時間が経った今でも鮮明に思い出せる記憶。優しさで慰めようとしてくれたアルに、殺してと願いを口にし続けた苦い記憶。

大切な人たちを残して逝きたくないという思いよりも、多く失われた大切な人たちの後を追わせてほしいという願いがあの頃は強かった。

だから今、目の前で映し出されてる夢の光景でも私は、抱きしめてくれるアルに向かって殺して、殺してと同じ事を言い続けていた。

 

『殺してなんて、悲しい事を言わないで。大丈夫っスよ……ウチが、ウチらが必ず、何とかするっスから』

 

アルから口にされた言葉は普通に聞けば慰めにしか聞こえない。でも、あのときの私は信じてしまった。

殺して欲しいと願う反面、あの頃が取り戻せたらなんて思ったから。だから、それが出来るなら何にでも縋る気持ちがあった。

でも、今にして思えば、あのときアルの言葉を受け入れるべきじゃなかった。こういったら皆怒るけど、やっぱり死ぬべきだった。

 

『っ……本当、に?』

 

アルの言葉を受け入れないで、その手を取らないで。夢の中で声にならない声を私は叫び続ける。

だけどやっぱり声が届く事はなくて、過去でも見た私の聞き返す言葉に小さな微笑で返すアルの顔が痛いほど目に焼き付く。

 

『ええ……必ず』

 

その言葉を最後に私の目の前からその光景が薄れていく。ゆっくり、ゆっくりと消えていってしまう。

何が悪かったのか……それは死ぬべきだったのに死ななかった私、そしてアルが向ける私への優しさ。

全てが始まったあの日。与えられたのが希望ではなく、更なる絶望への道だと知らず、アルの手を取ったあの日。

そんな日の夢を見た私は募り続けていた罪悪感を感じながら、完全な暗闇になりゆく世界の中で静かに意識を落としていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

魔法少女リリカルなのはB.N

 

【第三章】第五話 失われしは世界の色、与えられるは更なる絶望

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ブラズスキルニルを脱出したアドルファたちが向かった場所とは、彼女たちが本拠地とする場所。

元々居た場所から距離的にかなり離れている場所なのだが、次元転送を行った故に一日半ほどで着いた。

定員オーバーギリギリまで人を乗せているため、一番の問題となった食糧関係も一応は到着まで保ってくれた。

これがもし三日や四日など掛かろうものなら、食料が尽きて最悪の場合、餓死者の一人や二人は出たかもしれない。

そんなわけで無事に着いた事は誰もにとって喜ばしい事。それは少なからず、アドルファたちにも言える事であった。

ただそれ以上に彼女たちには懸念する事があるため、到着からの行動や指示には余裕という感情が一切表れてはいなかった。

ジェドを含む研究者たちをとりあえずの待機場所に案内するギーゼルベルトも、無事到着した事をある人物に伝えに行ったラーレも。

表面にはあまり出しておらずもただ一つの事を心配していた。アドルファがある場所に運んでいった、カルラの事を。

 

「…………」

 

そして運んだ本人はと言えば、ある一室に運び込んでベッドに寝かせた彼女の手を今も、ギュッと握っている。

カルラの事に関してだけは、自他共に認める心配症。そんな部分があるからこそ、今の状況は彼女にとって一大事に他ならない。

だけど、こればかりはどうにもならない。身体の傷なら治してあげられても、心の傷なら癒してあげられても――――

 

 

 

――『力の代償』だけは彼女にも、手の施しようがない。

 

 

 

彼女が生まれ持った唯一の枷。身体の内で眠る力を解放するたび、新しい枷が彼女を縛る。

他の皆は解放してもそんな事にはならないのに……彼女だけはそれを持ち得てしまい、今も苦しみ続けている。

 

「ウチが代わってあげられたら、どれだけ楽な事か……」

 

自分が苦しむより、カルラが苦しむほうが彼女は耐えられない。だから、意味も無いと分かっていてもそんな事を呟いてしまう。

彼女がこの『力の代償』だけでなく、様々な事で今まで苦しんできたのを見ているから。未来さえ放棄してしまったときを、見ているから。

これからもそんな事が繰り返されるくらいなら、自分が代わってあげたい。そうすれば胸の痛みも、きっと少しは楽になる。

でも、いくらそんな願いを口にしても叶う事は無いと知っている。それ故、より一層彼女の小さな手を優しく包み込むように握った。

その直後、ドアを控え気味にノックされる音がする。だけどそちらへ向く余裕など彼女には無く、返事すらも返す事は無かった。

扉を叩いた者もそうだろうと分かっていたのか、ノックしてから十秒と経たずドアを開け、中へと入ってアルの隣りへと近寄った。

 

「お取り込み中のところを申し訳ありませんけど……博士を連れてすぐに来いと『マザー』からのお達しですわ、アル」

 

「……そうっスか」

 

「……はぁ」

 

アドルファは自分たちを束ねる存在。だからか尊敬こそしておらずとも、十分なほど信用も信頼もしている。

だけど今の彼女はそんなものさえも崩してしまいかねないほど腑抜け。それが部屋に入ってアドルファを見た彼女――ラーレの最初の印象。

ここに戻るまではまだ虚勢を張っていた。けれど虚勢を張る存在がおらずカルラの事に関して沈んでるときは基本こんな物である。

でも、それも仕方ない事だと思うから文句は付けず溜息のみ。カルラに対しての彼女の異常な心配症は今に始まった事ではないのだから。

だから力無く立ち上がり、部屋を出ていく手前でカルラを頼みと告げられた言葉にも無言で頷き、一言も発する事無く彼女を見送った。

そしてドアが閉まる音を耳にすると同時に再度溜息を付き、今までアドルファが腰掛けていた椅子へ腰を下ろした。

 

「貴方はいつも、心配ばかり掛けさせますわね……そのせいでアルはあんな腑抜けになってしまいますし、かくいう私たちも気が気でなくなる。ほんと……良い迷惑ですわ」

 

聞いてないと分かりつつも口にする言葉は彼女らしく棘のある物。でも、声色は大きく違って優しいもの。

加えてアドルファのように手を握ったりせぬも、前髪から額辺りに掛けて撫でる様子は声色と同じで怒っている様子を微塵も感じさせない。

つまりはラーレとて、彼女と同じなのだ。異常ではないしも心配はしており、早くいつもの調子を取り戻して欲しいと願っているのだ。

本人は素直じゃないからそんな優しい部分を口には出さない。カルラが起きていようといまいと……でも、芯の部分ではちゃんと優しさを持っている。

でもそれを口に出すどころか意地悪な態度や言動で隠そうとしてる。でも、直に接しているカルラは彼女は優しいのだとちゃんと分かってる。

それを今も知らぬまま、ラーレは静かに撫で続ける。無意識の内に口元へ浮かぶ笑みに気付かず、ただ優しく穏やかに……。

 

 

 

 

 

ラーレから伝言を貰い、部屋を出て行った後、アドルファはジェドたちの待機している場所へと赴いた。

向かう途中でヒルデに会ったりもしたのだが、あまりにもいつもと変わらない明るさを見せるものだから、正直彼女も腹が立った。

ただまあ、彼女に関しては仕方のない事だ。元々そんな性格だし、何より『破滅の三日』のときに彼女の中の何かが壊れてしまっている。

それが何なのかまではアドルファにも本人にも分からない。でも、その事実が確かにあるから腹が立っても多少しか普段から怒らない。

加えて今はアドルファ自身が気落ちしているせいか相手する気にもなれず、一言二言話すだけで早々に彼女と別れた。

そしてそれから五分近く歩いて辿り着いた広間とも言える一室にてジェドを確保。事情を話してそのまま一直線に指定された場所を目指した。

 

「「…………」」

 

指定場所を目指して歩き始めて数分。事情説明のとき以降、二人の間には会話らしい会話はなかった。

ただ淡々を歩き続けるアドルファの後ろをジェドが付いていくだけ。何の言葉も無く、足音だけを響かせて。

しかしそれから更に五分が経過した頃、そんな重苦しい沈黙に耐えかねたのか、ジェドのほうから口を開いた。

 

「……ずいぶんと大きいのだな、君たちの拠点というのは。君たちほどの少数規模な組織なら、大きくとも戦艦程度な物かと思っていたんだが……」

 

「……元々は大規模だったんスよ、ウチらの組織は。もっとも、大規模の人員が失われる前は組織なんて大層なものではなかったんスけどね」

 

現在アドルファたちやジェド、そして他の研究員たちがいるこの施設はあくまで数ある中の一つ。

施設の外に出ればまるで一つの星の上にいるように建物が多数点在しており、それによって本拠地の全体図もかなりの物だと断定出来る。

だが、アドルファの説明によれば昔は多く人がいて、今は失われたのだというが、多くいたときは組織ではなかったというのが疑問。

普通は組織というとある一定数の人数がいる物と推測出来るが、それを満たしていた以前よりなぜ今の方が組織だと名乗れるだろうか。

必ずしも大人数がいないと組織ではないというわけじゃないが、その説明だけ聞けばそこが疑問として浮かんでならない。

でも、当然ジェドもそんな疑問を抱きはしたが、それよりも気になる事があり、疑問を口にするよりまずそちらを彼女へ尋ねた。

 

「さっきから思っていたが、何かあったのか? さっきから妙に落ち込んでいるように見えるが」

 

「……別に。大した理由じゃないっスよ……」

 

「嘘を付くな。いくらその手の事に疎い私でも分かるくらいなんだ……大した理由じゃないわけがない」

 

どうかと思う言い方だが言ってる事は確かに正しくもある。アドルファは仲間以外の他人の前で落ち込みを表に出さないのだから。

多少の感情表現は顔に出しても基本はヘラヘラと笑ってる。そんな彼女が目に見えて落ち込むのだから、大した事じゃないのは明白。

しかし、それ以上はアドルファも答える気がないのか、それとも答えたくないのか……どちらかは分からぬが、また無言を貫いてしまう。

ジェドとしても気にはなるが大した興味があるわけでもないため、問い詰める事も無く彼女に合わせて再び口を閉ざした。

そうして歩き続けること更に数分。あれ以降何の会話もする事が無くなった二人は、ようやく目的となる指定場所へと到着した。

 

「この先に真に『蒼き夜』を束ねる人……ウチらが『マザー』と呼んでる人がいるっス。ですんで入る前に一応注意しとくっスけど、あまり無礼な態度は取らないようにしてください」

 

「ふむ……気難しいのか、その『マザー』という人物は?」

 

「気難しいというか、怒りっぽいんスよ、あの人は。その上、若干女王様気質があるっスから自分で目下と判断した者は容赦なく足蹴にしてくるっス。だから下手に無礼な態度や物言いをしないようにっていうのは、博士の事を思っての注意って事っス」

 

「……分かった。私も足蹴にされる趣味はないからな……こんな性格故に全部は無理だが、努力はしておこう」

 

珍しく冷や汗を一筋流しながら答える彼にようやくというべきか、彼女も本当に小さくはあるが苦笑を浮かべた。

そして再び前へと向き直った彼女が扉横のパネルを操作して扉を開き、中へと入っていくのに続けてジェドも慌てて中に入る。

部屋の中に入って最初に聞こえたのはゴゥンゴゥンという何かしらの機械が動く音。入ってきた扉が閉まる事でそれは更に大きくなるように感じる。

ただ、何の機械かまでは分からない。如何にデバイス関係だけでなく、他部門もそこそこ齧っているジェドであっても。

 

「『マザー』、ご注文の方をお連れしたっスよ」

 

何かは分からなくても好奇心は強いため、音を立てる周りの機械ばかりを見ていたジェドの耳にそんな言葉が響く。

それ故に慌てた様子で先頭の彼女が向けている視線を先を見る事でやっと気づく。一番奥の機械前にて、一人の女性が立っている事を。

後ろ姿であるため顔はまだ分からないが、この場に相応しくない白と黒のドレスのような服を纏い、腰元まである長い銀髪をしているのは分かる。

 

「ふむ……御苦労であったのぉ、アドルファ」

 

返ってきた声は若干低めだが、ちゃんと女性の物と認識できる声色。だが、喋り方が妙に年寄り臭く感じさせる。

だが、無礼はしないほうが良いと忠告を受けていたため口にはせず、声と同時に振り向く彼女へと視線を固定する。

しかし彼女が二人へと振り向き、その素顔を晒した瞬間――――

 

 

 

――驚きのあまりにか、彼は言葉も出せずに唖然としてしまう羽目となった。

 

 

 

表面から見た容姿だけで判断するなら、年齢は二十代前半。加えて美人とは言える顔立ちだが、無表情だから若干の冷たさを感じさせる。

だけど驚くべきはそこじゃない。彼にとっての驚きとなるのは顔立ち、髪の色、朱色の瞳、それら全てがある人物と酷似しているからだ。

彼自身が実際に会った人物ではなく、以前いた艦の保存されていた映像で見ただけ。だが、見たのが最近と言えるから思ってしまう。

似てるなんてものじゃない、同一人物だと言われても信じてしまうほど酷似している。そんな風に思いながら、口には出せずただ立ち尽くしてしまう。

 

「ほうほう、そやつが報告にあったジェド・アグエイアスか……研究するしか能がない老けたジジイかと思っていたが、ずいぶんと若いんじゃの。研究するしか能がないという点は当たってそうじゃが」

 

ゆっくりと歩み寄ってきながら視線はジェドの顔を注視しており、本人は普通のつもりだろうがかなり失礼な事を宣ったりする。

その一言が聞こえた途端にジェドもようやく我に返るが、アドルファの注意があるから憮然とした顔をするだけで黙する。

反対にアドルファも彼女がこういった事を言うのがいつもの事だと諦めているのか、気づかれない程度に溜息をつくだけだった。

 

「ただ妾としてはもう少しだけ若いのが好みなのじゃが……まあ、役に立つのなら正直構わんかの。ただでさえ妾一人で対処するのは骨が折れるのじゃからな」

 

「お、おい……」

 

「ん? なんじゃ?」

 

「顔が近い……もう少し、離れてくれないか?」

 

ジェドを観察する事に没頭しながら近づいてきていたため、自身の鼻先とジェドの鼻先が触れるかぐらいまで接近してる事に気づいていなかった。

故人である妻を今も想っているとはいえ彼とて男という部分では変わりない。それ故、そこまで近づかれれば恥ずかしさの一つも出てくる。

だから離れてくれと口にするが、彼女もそこでようやく気付いて離れはしたものの彼のように照れは一切無く、愉快そうに笑うだけだった。

これによってジェドは笑われたという点で癪に障ったのか、また憮然とした顔を浮かべ、それを機にしたかのようにアドルファが話に割って入る。

 

「あの、『マザー』? ウチもする事があるんで変な事で笑ってないで話を進めて欲しいんスけど……」

 

「……なんじゃ、まだおったのかアドルファ。姿が見えぬからてっきり苛められるのが怖くて震えながら逃げたのかと思っておったわ」

 

「自分で呼び出しておいてその扱いはないっスよ……大体、博士ばっかり見てるんだからウチの姿が見えないのは当たり前じゃないっスか」

 

「ほう……一丁前に反論なんぞするとは、ずいぶんと度胸があるのぉ。ええじゃろう……今まで出来なかった分、今日は念入りに母の愛を叩きこんでやろう」

 

かなり理不尽な言い分。だが、ポキポキと指を鳴らして一歩一歩近づく彼女を見るとそこを言い返す気は起きない。

むしろ母の愛と聞いただけでビクッと震えて青褪め、彼女が一歩を踏み出した時点で逃げ出すために背を向けようとする。

しかしアドルファが背を向けようとした瞬間、パチンと指を鳴らすような音が聞こえたかと思えば、突如として彼女にバインドが掛けられた。

 

「ぐべ――――っ!?」

 

直後にアドルファは足を縺れさせて顔から地面へコケてしまい、受け身も取れず顔面を痛打して女らしからぬ声を上げる。

そして後も続く痛みに身悶えしている最中、至近まで寄った『マザー』は同時に上げた足を彼女の背中へ下ろし、強めに踏み付ける。

 

「イタッ、痛い痛いっス!! そんなに強く踏まれたら骨が、骨が折れちゃうっスぅぅぅ!!!」

 

「折れてもすぐ治るから大丈夫じゃ。それよりどうじゃ、久しぶりの妾の愛は? 今までの分も加算していつもより強めにしておるから、さぞかし気持ちがええじゃろ?」

 

「だ、だから、こんな事されても気持ち良いわけないって何度言ったら――――ふぎゃあ!?」

 

「そうかそうか、思わず反抗してしまうほど気持ちええか。なら大サービスじゃ……更に強く踏み付けてやろうかのっ!!」

 

より一層強くなる踏み付けに抵抗も出来ず、アドルファは更に強い悲鳴を上げる。それを傍で見るジェドは手も出せず、見ているしか出来なかった。

本来なら止めるのが人として正しいのだろうが、下手に介入すると自分にまで被害がきそうな気がしてならなかったのだ。

だからアドルファは悲鳴を上げるだけだが、『マザー』のほうは楽しそうに笑っているのでこれはこの二人のスキンシップだと思う事にした。

だがジェドがそんな事を思っているとは露知らず、『マザー』とアドルファのスキンシップ?は更に過激になっていく。

 

「そもそも何じゃ、ここに来たときのあの腑抜けた面は! 『蒼夜の守護騎士』ともあろう者が情けない……我が子ながら何と嘆かわしい事か!!」

 

「うぐっ、だ、だってカルラが――――ぶぐっ!?」

 

「あやつを理由にするでないわ馬鹿娘!! お主の腑抜けはお主自身の心の弱さが招いたものじゃろうが!! 挙句他の者共の不安感まで煽りおって、『蒼夜の守護騎士』を束ねる者として恥ずかしいとは思わんのか!?」

 

過激になっていくにつれて『マザー』の口にする内容も説教臭くなってきており、アドルファも踏まれながらも反論しようとする。

だが、踏み付けのせいで反論させる事はすら彼女はさせず、罵声に近い説教を口にする彼女の声だけが一方的に響いた。

ただ、彼女の口にする言葉が説教臭くなった段階でジェドのほうはと言えば、何やら納得したような顔で『マザー』を見ていた。

 

(なるほど……要するに母の愛とやらは口実で、実際はただ説教がしたかっただけか。全く以て、素直じゃ無い事だな……)

 

素直じゃないにも程があるが、おそらく踏み付けるという点はアドルファの言っていた女王様気質という所からきてるのだろう。

だから結果的にそれらを退けてみれば、答えは説教したいだけというただ一つのみ。それ故、ジェドも内心で苦笑をした。

そんな事を思う最中でも『マザー』の説教と踏み付けは続き、挙句彼女がグッタリし始めた途端に両足を脇に抱え、グルグルと回し出した。

 

「カルラの事はお主らではどうしようもないんじゃから、妾に任せてお主はやる事をやっとればええんじゃ!! そんな馬鹿でも分かる単純な事が分からん阿呆は――――」

 

実に見事なジャイアントスイングを繰り広げる中、すでに力を無くしたアドルファの叫びが響き渡る。

だが、そんな事は全く関係無しで彼女は説教をしながら回し続け――――

 

 

 

「一遍死んで出直してこいっ!!」

 

――言葉を言い切ると同時に一切の手加減も無く投げ放った。

 

 

 

手加減が全く無い故それなりに遠くまで飛び、地面に落ちると同時に悲鳴に近い呻きを上げる。

それから若干の距離まで減速しながらズザザと音を立てて滑り、ようやく止まったと思えば完全に沈黙してしまった。

ピクピクと痙攣してる辺り生きてはいるだろうが、かなり無残だと言える。だが、投げた本人は気にも留めず、満足そうな顔をするだけ。

かといってジェドも最初こそ良いのかと気にはしていたが、今ではもうスルー状態に入っているから同じく気に留めない様子。

そしてアドルファに掛けられたバインドが解けるのを尻目に『マザー』が向き直ったのを合図として、ジェドは再び口を開いた。

 

「母の愛とやらが済んだところで……いろいろと聞きたい事があるのだが、いいだろうか?」

 

「ふむ、聞きたい事とな? 一応申してみよ。内容によっては答えてやらん事も無い」

 

ちょっと上から目線の返し故にムッとこない事も無いが、そこはもう諦めて彼は自身の疑問を並べ立てる。

『蒼き夜』が目的としている事、都市とも言えるこの施設の事、『レメゲトン』の事、『蒼夜の守護騎士』についての事、前の拠点を襲撃してきた存在の事。

加えて先ほどのアドルファとの会話も含めると疑問は絶える事は無く、上に挙げた四つ以外にも更に疑問を口にしようとする。

しかし、疑問を続けようとした口は前に翳された手によって遮られ、遮った本人は小さく溜息をつきつつ告げる。

 

「申してみよとは言ったが、さすがに言い過ぎじゃ……妾にも一気に答えられる限界がある故、もう少し落ち着いて申せ」

 

「あ、ああ、それは済まなかった。コホン……では、改めて最初の質問から聞き直すが――――」

 

ジェドの口からそこまで言葉が放たれた直後、出入り口方面から扉の開く音が聞こえ、二人はそちらを向く。

すると聞こえた音通り扉は開かれており、誰かが入ってきた様子もないため続けて視線をアドルファが転がっているはずの場所へ向けた。

だが、つい先ほどまでいたはずの彼女の姿はすでにそこには無く、その事実によっていつの間にか復活した彼女が部屋から出たのだと判明する。

これをジェドは『マザー』と一緒にいると命がいくつ合っても足りないと考え、自身に意識が集中している隙に逃げだしたのだと思った。

しかし、そうであるなら確実に怒りだすであろう彼女へ視線を戻してみれば、彼の予想とは大きく違って呆れたような表情で溜息をついていた。

 

「全く……本当に学習能力がないのぉ。あやつ一人が何をしたところでどうにかなる問題では無いと言うのに……」

 

吐き出すように呟かれた言葉から、『マザー』は彼女が出て行ったのが逃げ出したからではないと分かっているようだった。

いや、むしろ明確な理由さえ知り得ている風に聞こえる。それはつまり、彼女の思考や行動などを読み切っているようにも見える。

滅茶苦茶な性格をしてても、一応は彼女らを束ねる存在という事なのだろう。発言から何となくそれが分かる故、出会って初めての感心を彼は抱くのだった。

 

 

 

 

 

久々の母の愛とやらを受けてグッタリ倒れていたアドルファへ突如届いたのは、ラーレからの念話。

同じ施設内にいるのだから通信でも良いはずなのに念話で呼び掛けるというのは普通に考えれば些か可笑しな事。

だが、念話越しに伝わる焦り様と語られる内容を聞けば、念話より僅かに手間な通信という手段が取れなかったのも頷けた。

 

「カルラ……っ」

 

彼女から語られた内容は、カルラが目を覚ましたというもの。しかしもちろんの事、語られた内容はそれだけじゃない。

『力の代償』によるものだとは思うが、カルラの様子が可笑しいらしく、ラーレでは対処のし様がないとの事らしいのだ。

言葉で言うより見てもらった方が早いとの事で明確な内容までは聞いていないが、アドルファの不安感を煽るには十分過ぎる報告だった。

だから彼女は不安に駆られながらも、施設の廊下を走る。先ほどの痛みなども忘れてただひたすら、カルラのいる部屋を目指す。

そして『マザー』がいた部屋から一直線に目的の部屋を目指して廊下を駆け続ける事を数分後――――

 

 

 

――ようやく、彼女はカルラのいる部屋の前へと辿り着いた。

 

 

 

辿り着いた矢先、ノックも無しに扉を開いて駆け入り、カルラの名を叫ぶようにして呼ぶ。

だが、ベッドの上にいる彼女は上半身を起こした状態で何かに怯えるように頭を抱えて俯き、アドルファが呼ぶ声を聞いてもビクッと身体を振わせるだけ。

いつもなら自身が呼ぶと必ず振り返り、歩み寄ってくる。それを考えると確かに今のカルラの様子を可笑しいというラーレの言葉にも納得出来た。

しかし結局は納得が出来るだけで原因というものが良く分からない。『力の代償』が関係しているというただ一つ以外、直接見ても分からない。

だから、カルラから若干離れた位置にいたラーレへ近寄り、彼女へと視線を向けつつ焦りを隠そうともせず、それを聞いてみた。

するとラーレは一度だけ彼女の視線と交わらせ、すぐに逸らしてカルラへと戻すと溜息をつき、彼女が疑問に思う事に関して答えた。

 

「正直なところ、私にも分かりませんわ。貴方がここから出て行ってしばらくしてから急に飛び起きて、動揺してる様な仕草を見せたと思ったらこれなんですもの。私も何度か声を掛けて理由を尋ねてみようとはしましたけど、答える所か怯えるばかり……だから私では手に負えないと思って、貴方を呼び出したというわけですわ」

 

「……そうっスか」

 

答えは疑問を解いてくれる物ではなかった。だが、それも仕方ないだろう……彼女とて、本当に理由が分からないのだから。

それ故、アドルファも特に何を返す事も無く、短く納得したような言葉を告げ、自ら確かめようとカルラの傍へ歩み寄った。

そして再び声を掛けつつ彼女の肩に触れようと手を伸ばす。だが、その手が指先が彼女の肩に触れた瞬間――――

 

 

 

――より一層身体を震わせ、彼女はあろう事かアドルファの手を払い除けた。

 

 

 

『蒼き夜』の面子ならカルラは心を開いている。その中でも、アドルファにはずいぶんと慕っている様子すらある。

ラーレが触れようとしたときも拒絶をされた。だが、一番懐いてるアドルファなら大丈夫ろうと彼女も心のどこかで思っていた。

以前のときも自分たちには今回と似たり寄ったりの反応を見せていたが、彼女にだけは全く違う反応を示していたのだから。

しかし、現実は驚愕に値するものとなった。大丈夫だろうと思っていた彼女の差し伸べた手ですら、拒絶するように払い除けた。

それにはラーレだけでなく、手を差し伸べた本人ですら呆然としてしまう。だが、一早く我に返ったアドルファは再び、手を差し伸べようとする。

今度は安心させるように自分だと分かるよう声を掛けながら……だけど、それでも結果は変わらず、またもカルラは触れた瞬間に払い除けてしまう。

そしてその二度目の払い除けの瞬間、見えてしまった。一度目と違って少し大振りで払い除けられ、その反動で僅かに見えた彼女の――――

 

 

 

――光が灯っていない、虚ろな瞳を。

 

 

 

精神状態が不安定ならそんな目にもなるだろう。そしてそういう理由だと言われても、今の彼女の状態を見れば納得できる。

だが、アドルファは何となくそうじゃない気がした。だから、今度は触れようとはせず、怯えて俯く彼女の顔を覗きこもうとする。

すると今度は拒絶の行動が無く、それどころか顔を覗きこまれてる事すら気づいてない。それはアドルファの嫌な予感を、確信へと至らせる。

 

「カルラ……もしかして、目が?」

 

《――っ!!》

 

尋ねられた途端、カルラは怯えを通り越して長い髪を振り乱しながら、現実を認めたくないと言うように錯乱状態へ。

力が発現したときの彼女はそのときの記憶が無い。だから、後の齎される『力の代償』によってのみ、その事実を知る事になる。

だが、以前もそうだが彼女にとって苦痛なのは『力の代償』で奪われた物の事だけじゃない。力の発現によって、自分が何をしたかが苦痛なのだ。

殺さなくても良い人を殺したかもしれない……記憶はないが可能性として考えられるその事が、彼女に『力の代償』以上の苦痛を与える。

 

《いやぁ……いやああああぁぁぁ!!!!》

 

こんなとき、念話で話す事に慣れてしまった事が仇となってしまう。内心の叫びさえも、聞こえてしまうのだから。

あまりに悲痛な、絶望からの叫びが。そんな叫びを上げて錯乱する彼女を放っておけば、その精神すら崩壊しかねない。

だから、アドルファは彼女を落ち着かせようとした。今度は手を払われても引かず、強引にでも振り向かせ、正面から抱き締める。

しかし抱き締めで身体を拘束されても、彼女は暴れ続ける。悲痛な叫びを上げ続け、暴れる行為が如何に相手を傷つけようとも。

でも、それでもアドルファは彼女を離さず、言葉を掛けるでもなく暴れ続ける彼女の背中を安心させるようにゆっくりと撫で続ける。

傷ついた心がそれで癒せるとは思っていない。でも、傷ついた彼女をただ見ているなんて出来ない。だから――――

 

 

 

 

 

――今の自分に出来る事をする……そんな思いから、彼女はただ優しく静かに撫で続けた。

 

 


あとがき

 

 

【咲】 今回初めて『マザー』が出たわけだけど、何ていうか……滅茶苦茶な人ね。

まあ、相手がアドルファのときだけなんだけどね、ああいった感じになるのは。

【咲】 他の面子を相手にすると普通な感じって事?

些か上から目線で話す傾向とか怒り易い部分はあるが、まあアドルファよりはマシな対応かな。

【咲】 ふ〜ん。まあでも、根は優しい人ではあるっぽいんだけどねぇ。

素直じゃないしアドルファ相手だと異常なまでに悪乗りする人だからね。しょうがないと言えばしょうがない。

【咲】 にしても、『マザー』の登場でまた不可思議な単語が増えたわね。

ああ、アドルファに対して我が子とか言った事に関してか?

【咲】 ま、それが一番ではあるわね。あれって結局どういう意味なわけ?

そのまんまの意味。アドルファを含みあの六人は皆、『マザー』にとって子供だという事だよ。

【咲】 で、名の通り彼女が母親ってわけ? でも、正直あんなに大きな子供が六人もいるようには見えないわ。

そりゃそうだろうな。別に彼女が産んで育てたわけじゃないんだしさ。

【咲】 じゃあ何で子供って事になるのよ?

そこを説明するには『マザー』と彼女ら、そして『蒼き夜』そのものの過去に触れるから今は黙秘。

【咲】 ……まあ、いいけどね。ところで思ったんだけど、『マザー』っていうのは彼女の本名じゃないわよね?

うむ、あくまで仮名……というか、とある事柄から取ってきただけの名前だな。

【咲】 ならさ、アドルファとかカルラとかは二つ名が合ってもそのままで呼ぶのに、彼女だけ仮名で呼ぶって変じゃない?

別に変な事じゃないさ。アドルファたちは『マザー』の本当の名前を知らないんだもん。

【咲】 はあ? じゃあ何? 彼女たちは本当の名前も知らない奴を組織を束ねる存在として認めてるわけ?

そういう事になる。だがまあ、本当の名前を知らなくても彼女らは『マザー』に逆らえないし、逆らうつもりなんてないんだよ。

【咲】 それってどういう事よ?

詳しくはさっきも言った過去と彼女らの存在に理由があるから、ここでは詳しくは言えん。ちなみに、『マザー』の本当の名前もな。

【咲】 はぁ……ほんとにそればっかりね。

こればっかりは仕方無いのだよ。

【咲】 はいはい。にしても今回、カルラが代償として支払ったものが明らかになったわね。

だな。二度目ともなる力の発現、それで奪われてしまったのは『視覚』。そのせいで彼女は最初のとき以上の錯乱状態に陥る。

【咲】 ていうか、目が見えない事に不安感があるのは分かるけど、何でそれでアドルファまで拒絶したわけ?

ふむ、あれの主な理由は簡単に言えば、声だけでこれは誰誰だと判断出来ないからだよ。

例え聞き慣れた人の声でも、声色を変えるくらい誰にでも出来るし、声が似てる人も世の中にはいる。

もちろん冷静に考えれば判断も出来る事だけど、冷静さも今の彼女には欠けている。だから、怖かったんだよ。

目の見えない自分は相手が何をしようとしてるかも分からないから、知らない人が触れてくる事自体がね。

【咲】 全部を拒絶する事でそんな恐怖を払おうとしたって事ね。

そういう事。もっとも、その中には自分が『力の代償』を支払ったという事実を再確認したくなかったというのも含まれるがね。

【咲】 つまり、アドルファのした事は傷を抉っただけに過ぎないって事?

最初だけ見ればそうなるかな。まあ、その後の行動でどうなったかは定かではないのだが。

【咲】 アドルファとカルラ次第だものね。

だな。さてさて、次回の話だが……次回は高町家の道場にて行われる恭也とフェイトの初めての訓練のお話だ。

魔法無し、フェイトは展開した手持ちのデバイスのみ、恭也は念には念を入れて木刀のみでの訓練。

それは得物の違いからほぼ実戦形式。そんな厳しくも充実した訓練が続く中、ある人物が訓練に介入してくる事に……。

というのが次回のお話だな……もっとも、これは主な部分だから他の部分が入る可能性もあるが。

【咲】 ふ〜ん……で、介入してくるある人物って誰よ?

それは次回まで秘密だ。まあ、次回になれば分かるから、それまでお待ちんしゃい。

【咲】 はいはい……じゃ、今回はこの辺でね♪

また次回も会いましょう!!

【咲】 じゃあね、バイバ〜イ♪




カルラの力の代償が分かったけれど。
美姫 「かなり大きな代償ね」
ああ。確かにこんな代償があれば、仲間たちは使わせたくないと考えるだろうな。
美姫 「そうよね。それと、今回はマザーが遂に登場ね」
だな。とは言え、全ての謎が解けたわけじゃない。寧ろ、増えた?
美姫 「かもね。にしても、マザーが似ているのは……」
いやー、本当に色々と気になる事が増えてますよ。
美姫 「それらも含め、次回以降が楽しみね」
ああ。そして、次回は鍛錬みたいだけれど。
美姫 「高町家で乱入してくるとなると……」
大穴っぽい所でレッドスター辺りとか。
美姫 「さてさて、どうなるのかしらね」
気になる次回は……。
美姫 「この後すぐ!」



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