強くて、優しくて、凄く頼れるお兄ちゃん。それが私――なのはにとっての高町恭也という人。

家族は皆大好きなのに変わりはないけど、お兄ちゃんだけは別。他の誰とも違う、好きという感情がある。

どういう好きなのかって聞かれるとちょっと答え辛いんだけど、それでも皆への好きとお兄ちゃんへの好きが違うのは分かる。

誰より近くにいて、誰よりも遠い存在。好きであると同時にお兄ちゃんは私にとって、一種の憧れを抱いてしまう人。

だからかな……私は小さい頃から、ずっとお兄ちゃんに甘えてきた。仕事で忙しいお母さんに甘えられない分、お兄ちゃんに甘えてきた。

お兄ちゃんもそんな私を拒絶しなかった。いつも大きくて暖かい、それでいて優しい手で私の頭を撫でて、笑い掛けてくれてた。

 

 

 

――でも、私が魔導師になったあの日から、お兄ちゃんの私に接する態度は少しだけ変わった。

 

 

 

甘えさせてくれるのは変わらない。でも、その代わりに撫でてくれる事がほとんど無くなった。

最初はただの気紛れかなとも思ったけど、それが数を重ねていく毎に私は不安という二文字の感情を持つようになった。

何で撫でてくれないの? お兄ちゃんにとって私は、もう大切な妹じゃ無くなってしまったの?

何度となくそう思って、何度となく聞こうとしたけど結局聞けなかった。だから、不安だけが私の中で膨らみ続けた。

でも、フェイトちゃんとの事があってから何ヶ月か経って、ヴィータちゃんに襲われたあの日、私はその理由を知った。

私が魔導師だって知ってたから、ただ甘えさせるだけにしないようにして私の心を成長させようとしてたんだって。

大切な妹じゃなくなったわけじゃない。むしろお兄ちゃんは今でも私を大切だと思ってくれて、だからそんな事をした。

それが理解できた私は以前よりももっとお兄ちゃんが好きになった。私の事をちゃんと考えてくれてる、不器用だけど優しいお兄ちゃんが。

 

 

 

――だけど、リースちゃんっていう存在知ったとき、私の中ではまた不安感が膨らみ始めた。

 

 

 

シェリスちゃんの双子のお姉さん。シェリスちゃんと違ってしっかりしてる、どこか頼れる感じのする子。

最初にリースちゃんの事を知ったときは体なんてないとき。だから、誰にも言ってないけどちょっとだけ同情もしちゃった。

でも、事件が最後の局面に向かおうとしたとき、お兄ちゃんが攫われたと知った私は、内心ではリースちゃんを恨んだ。

リースちゃんと出会わなければお兄ちゃんが巻き込まれる事は無かった。アドルファさんたちに攫われる事だって無かった。

口にも顔にも出さなかったけど、心の内ではそんな事を思ってた。そうでもしないと私の心が、折れてしまいそうだったから。

だけどリースちゃんとシェリスちゃん、そしてアイラさんの昔の話を聞いて少しずつだけど、リースちゃんへのそんな感情は消えていった。

リースちゃんだって好きでお兄ちゃんを巻き込んだんじゃない。むしろ巻き込みたくなかった……でも、お兄ちゃんが譲らなかったんだと思う。

お兄ちゃんは優しいから……全部を知った上でリースちゃんを放っておけないって思ったんだと思う。

だからこそ許せてしまうなんて思っちゃう私はやっぱり、ちょっと醜いのかもしれない。結局は全部、私の心を守るために思ってる事なんだから。

 

 

 

――それからもう少しだけ時間が流れて、やっとお兄ちゃんは私たちのところに帰ってきた。

 

 

 

いろいろ大変な事はあったけど、それでもお兄ちゃんが帰ってきたっていう事は私にとって凄く嬉しい事。

だから、心の底から喜びたかった。でも、帰ってきたお兄ちゃんは私じゃなく、リースちゃんのほうを見ていた。

不安が膨らみ続ける。私だって頑張った、心配も一杯した……なのにどうして、私じゃなくてリースちゃんを見るの?

私だけを見てなんて事は言わない。けど、リースちゃんだけを見続けるのは嫌だったから、私も前以上に甘えてお兄ちゃんを振り向かせようとした。

でも、後になって知ったお兄ちゃんとリースちゃんの絆は深くなり過ぎてて、妹であっても私の入り込む余地が無かった。

だから……だから私は力が欲しいと初めて思った。リースちゃんみたいにお兄ちゃんと一緒に戦えるほどの強い力が。

お兄ちゃんが私に背中を預けて良いって思ってくれるほどの力が。だけど、お兄ちゃんとの距離は私なんかが簡単に届くほど近くない。

なら、強くなるしかない。誰にも負けないほど頑張って、お兄ちゃんの背中は私が守るって言えるだけの力を付けてたら、きっと私は――――

 

 

 

 

 

――お兄ちゃんの隣りに、立つ事が出来るんだって思う。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

魔法少女リリカルなのはB.N

 

【第三章】第四話 闇夜を切り裂くは剣、蒼天を護りしは盾 後編

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

恭也とリース、そしてシグナムの三人がモニタールームへ赴いた後、代わるようになのはとフェイト、シェリスの三人が訓練室へ向かう。

ただシェリスに至っては前半の測定が終わっても起きぬため、フェイトが背中に背負って連れて行くという形になったのだが。

ともかく後半に当たるフェイト&シェリスのユニゾン時魔導師ランク測定を行う故、三人は現在赴いた訓練室中央で向かい合っていた。

測定の際の内容は前半と全く変わらない。魔法設定を非殺傷にして致命傷を避けつつ、全力で互いにぶつかれというだけだ。

本当なら友達同士であるため、戦うという事はしたくない。だが、なのはの内には強い決意があり、フェイトもそれを理解している。

だからここに来る際、なのはの遠慮はしないでという言葉にフェイトも頷いていた。フェイトとて、なのはと似たような志を持っているが故に。

 

『それじゃあ早速フェイトちゃんの魔導師ランク再測定を行いたいと思います。でもその前にフェイトちゃん……そろそろ、シェリスちゃんを起こしてもらえないかな?』

 

「あ、うん。シェリス……シェリス、起きて」

 

「にゅぅ……にゃぁ?」

 

エイミィに言われ、背中で眠るシェリスを起こそうと試みれば、薄っすらと重たげに瞼を開いた。

それを起きたのだと判断してフェイトもシェリスを地面に下ろすが、反して彼女はまだ半分眠り状態に入っていた。

ちゃんと地面には立ったのにコックリコックリと船を漕ぎ、挙句にはフェイトの肩に寄り掛かって寝息を立て始める。

それからは何を口にしても瞼を開く事は無く、それどころか気持ち良さげな寝息を立てて本格的に寝始める始末。

いくら声を掛けて肩を揺さぶってみても起きないためかフェイトも困り果て、対面のなのはに助けを求め、なのはも応じて近づいた。

そして同じようにシェリスに声を掛けたり、肩を叩いたりしてはみるが、案の定二人掛かりでもシェリスは目覚める気配を見せなかった。

 

「はぁ……こんな事なら昨日、もうちょっと早く寝かせておけばよかったかも」

 

「早くって……一体シェリスちゃんは昨日何時頃に寝たの、フェイトちゃん?」

 

「えっと、確か深夜の一時くらいだったかな。何か最近、深夜にやってるアニメが面白いみたいで……」

 

最近深夜アニメとして放映し始めたそれはフェイトが見た限り、魔法少女物のアニメだったとの事。

シェリスはそれを面白がって見始め、フェイトもアニメはあまり見ない事と何か他人の気がしないという二点で一緒に見ている。

だからフェイトはなのはにそう説明しているが、フェイトも一緒に見ている以上は同罪。しかも、アルフまで一緒に見ていたりする。

結局のところ注意する者がいないという事でハラオウン家では現在、放映日のその時間は皆でそれを見るのが日課となっている。

故に今のシェリスは深夜一時まで起きていた事から非常に眠たいらしく、昼寝も欠かさない子だから余計に起きる事が無いのだ。

しかし、かくいうなのはもそれを責める事が出来ない。何しろ、なのはとて録画してという手段ではあるが、欠かさず見ているのだから。

かといってこのまま寝続けさせたらいつまで経ってもランク測定が始められない。どうしたものか……二人は揃って頭を悩ませる。

 

『あ〜、あ〜……マイクテスト、マイクテスト』

 

そんなとき、アナウンスの声が訓練室に響く。だが、それはエイミィの声ではなく、現在眠り扱けているシェリスの姉の声。

マイク越しに声が聞こえてきたところを察すれば、エイミィからマイクを奪ったのだろう。おそらくモニタ越しに見た三人の様子を見兼ねて。

だが、いくらシェリスが誰よりも慕う姉とはいえ、正直夜更かしによる眠さはどうにもならないのではないかと二人も思う。

しかしそんな二人の予想に反し、マイク越しに彼女より放たれた言葉は――――

 

 

 

『シェリス〜、起きなさ〜い。 じゃないとお姉ちゃん、もう絶対シェリスを撫で撫でしてあげないぞ〜?』

 

――シェリスの意識を一気に覚醒するには十分過ぎる威力を持っていた。

 

 

 

バッと飛び起きるようにフェイトの肩から離れ、だけど今日ここに来て初めて目覚めた故か、状況が理解出来ずキョロキョロと周りを見る。

リースの発言一つで起きてしまった事に二人とも驚きを浮かべるが、そこはさすが姉と納得してシェリスへと簡単に事情説明をした。

今からシェリスというユニゾンデバイスの所有権をフェイトの物とするため、ユニゾン時のランク測定を行うのだという事。

そしてその測定でフェイトとシェリスはなのはと戦うのだという事を。最初は中々理解せず首を傾げていたが、噛み砕いて説明すれば彼女の分かってくれた。

 

「じゃあ、シェリスは今からフェイトお姉ちゃんとユニゾンして、なのはお姉ちゃんと戦って勝てばいいの?」

 

「必ず勝たないといけないってわけじゃないけど、概ねそれで間違ってないかな……じゃあ、早速だけどお願いできる?」

 

「にゃ、分かったの♪」

 

笑顔で頷いたシェリスは早々にフェイトの手を取る。それがシェリスにとっての、フェイトと意識を同調させやすい方法。

人肌の温もりを感じる事が好き、だから撫でられる事が好き。そして好きだからこそか、意識の同調が不思議と出来てしまう。

初めてフェイトとユニゾンしたときもこの方法だった。だからきっと今回も出来る……無意識にそう信じてるから、疑わない。

いきなり手を握られたフェイトも驚きはしたが、同じ事を思っている。この二人は本当に、底の部分が良く似ているから。

そんな二人が互いの手を握ってからほんの十数秒後、互いの意識が同調していくのを感じる。そして次の瞬間――――

 

 

 

――二人のちょうど中央にて蒼い光が発生し、瞬く間に二人の身体を包み込む。

 

 

 

光が二人を包み込んだのはほんの数秒だけですぐに晴れ、その場には以前も見たユニゾン状態のフェイトが立っていた。

ユニゾン時にデバイスとバリアジャケットを展開したのであろう、いつもの戦闘服を纏い、瞳と髪の色を蒼色へ変えて。

そしてやはり目立つのが恭也とリースがユニゾンしたときと同じ蒼い魔力の翼。力強さよりは温かさのようなものを感じる二翼の羽根。

前に見たときはゆっくり凝視する暇もなかったが、改めてその姿を見るとどこか、圧倒されてしまいそうな感じがしてしまう。

だけどなのはとしても圧倒されてばかりではいられない。今回戦う事を申し出たのは、自身に固く誓った決意のためなのだから。

それ故に圧倒されても怯む事は無く自身もデバイスとバリアジャケットを展開。杖を手にして若干距離を置いた地点まで下がった。

 

『コホン……では改めて、これよりフェイトちゃんの魔導師ランク再計測を開始します。二人とも、準備はいい?』

 

「「うん(はい)!」」

 

『それでは……始め!!』

 

開始の合図が響くと同時に動き出したのは、なのは。距離を更に取るように後ろへと下がりつつ、宙へと飛び上る。

砲撃魔導師である彼女は地上より空中での戦闘を得意とし、何より距離さえ保てればその歳でかなり強い部類に入る。

対するフェイトも同じく空中での戦闘のほうが得意。地上戦が苦手というわけでもないが、持ちうる魔法の性質が空中向きなのだ。

だけどなのはと根本的に違う部分も当然ある。それはなのはが砲撃魔導師なのに対して、フェイトは近接、中距離魔導師だという事。

ある一定の距離を放した戦闘にも長け、何より近接面に於ける速度は恭也に次いで速い。あのシグナムが苦戦するほどに。

反して以前までは防御力というものがかなり低かったのだが、シェリスとユニゾンした事でそれを克服。かなり厄介な存在になっている。

 

「レイジングハート、カートリッジロード!!」

 

《Accel Shooter》

 

今まで一緒に戦って誰よりも近くにいたから、フェイトの実力はよく知ってる。だから、シェリスの事も含めて油断はしない。

むしろ最初から全力で行く。それ故、魔力刃を生成して飛翔しつつ迫る彼女に対して、なのはは早々に弾丸を装填する。

そして前に向けた杖の先端へ魔力によるスフィアを生成。直後、一気に解放して十二もの魔力弾を放ち、全てを操作して迎え撃つ。

現状での最大発射可能数は今放った十二個。それ以上になると再生成しなくてはならず、更には操作し切れるかも危うい。

だけど最初に放ったそれだけなら十分に操作出来る。故に一つも操作ミスをする事無く、不規則な動きでフェイトへと向かわせた。

 

「っ――シェリス!」

 

《にゃ?》

 

フェイトがシェリスにやって欲しかった事。それは魔力弾の群れを防ぐ術、具体的に言えばパンドラの展開。

だが、恭也とリースならばともかく、フェイトとシェリスは出会ってからの日も浅い。だから、分かり合うなんて芸当は早々出来ない。

だからかシェリスはフェイトの呼び掛けに疑問形で返すだけで、彼女がして欲しかった事をしてくれなかった。

 

(やっぱりまだ、私とシェリスじゃ恭也さんとリースみたいには無理、か……)

 

半分ほど分かっていたが、実際にやってみて確信してしまった事実にはやはり若干とはいえ、落胆を隠せない。

だけどだからといって何も手を打たないわけにもいかず、フェイトは包囲される前に高速移動魔法を行使して逃れる。

しかし当然というべきか、それは一度逃れた程度では意味がない。逃れるのではなく、破壊する以外には手が無いのだ。

なれば、取れる手段は現状で一つ。その手段を取るため、追ってくる魔力弾に対して戦斧を振り被りつつ、急停止して振り返る。

 

《Haken Saber!》

 

そして追ってきている魔力弾へ戦斧を振り切り、魔力刃を切り離しつつ高速回転させながら飛来させる。

速度に関しては同質に近い物がある。その上、幸いにも魔力弾は追ってくる延長上で一つの群れを成してしまっている。

だったらその胸の中へ魔力刃を突入させ、到達した時点で爆発させて相殺してしまえばいいだけの話だ。

 

「セイバーブラスト!!」

 

到達直前で意図に気付いたのか、魔力弾はバラバラに軌道を変えようとする。

だが、その行動はすでにもう遅く、到達し切った時点でフェイトが口にした言葉を鍵とし、全ての魔力弾を巻き込んで魔力刃は爆発を引き起こす。

爆発によって発生した煙は僅かな物であったがためにすぐに晴れ、そこにはフェイトの意図通り一つの魔力弾も存在しなかった。

しかしそれで安心し切るわけにもいかず、フェイトはすぐさま次の魔力刃を生成して斬り込むため、まずなのはへ視線を戻した。

 

 

 

――その瞬間目に映るのは、杖の先端を依然とフェイトに向け、高密度の魔力球を出現させてる姿。

 

 

 

杖の先端と後部に発生している環状の魔法陣が四つ。魔力球はその先端のほうの魔法陣の中心に顕現している。

それが彼女の得意分野である直射型砲撃魔法だというのは見ただけで分かる。加えてその状態がすでに発射直前である事はフェイトの眼でも明らか。

回避行動と取ろうにも普通に回避しては間に合わない。となれば、さっきのように高速移動魔法を使って軌道から避けるしか手はない。

だが、そう考えて魔法を使用しようとした矢先、自身の横からヒュンという風切り音が聞こえ、フェイトは即座にそちらへ向けて戦斧を振るう。

向かってきていたのは先ほど全て破壊したと思っていた魔力弾。おそらく、あの瞬間にその一つだけ破壊されず、残っていたのだろう。

たった一つの魔力弾の爆発は大した事は無い。だが、フェイトの若干怯ませ、足止めをするには十分過ぎる意味がそれにはあった。

 

《Divine Buster Extension》

 

放たれた砲撃は放たれてから避けるのは正直無理だ。それはいくら速度に自身のあるフェイトとて、相当距離が無い限り同じ事。

だからといって防御するのも難しい。なぜなら放たれたその魔法は正式な補強前で使えないエクセリオンモードを除くと二、三番目に強い砲撃。

こちらがザンバーモードを使えていたなら相殺する事も出来ただろうが、エクセリオンと同じくザンバーも現状では使えない。

だけどこのまま甘んじて受ければ非殺傷とはいえ大ダメージを受ける事は必至。それ故、無駄とは分かってもフェイトは左手を上げ、障壁を展開する。

 

「くっ――!」

 

ユニゾンによって魔力や身体能力は上がっている。当然、展開する障壁も以前よりは防御力も向上してはいる。

特にシェリスというユニゾンデバイスは『盾』の名を冠する者。それ故、普通よりも向上する防御力は高い方だと言える。

とはいえ、いくら向上してても障壁一枚で弾丸二発を使用する砲撃を防ぎ切るのは難しい。いや、この距離だと正直不可能だろう。

それを現実として示すように発射直後の直撃は免れたが、一瞬にして障壁全体に罅が広がり――――

 

 

 

――直後、障壁は音を立てて脆くも砕け散り、大爆発を引き起こした。

 

 

 

魔力弾のときとは比較にならない規模の爆発。それ故、広がる煙は多く、フェイトが無事かどうかも確認できない。

非殺傷とはいえ、彼女の放つ砲撃が強力であるのに変わりはない。それを自身でも自覚してる故、後になってなのはは心配をする。

少しやり過ぎただろうか、フェイトは大丈夫だろうか……そんな心配の感情を頭に浮かべつつも、今のところは動けずにいた。

そしてゆっくりと、本当にゆっくりと煙は晴れていく。だが、完全に煙が晴れ切った先に見えた光景は、なのはの予想を大きく外すものだった。

 

《にゃ〜……大丈夫だった、フェイトお姉ちゃん?》

 

「な、何とか……ありがとね、シェリス」

 

障壁破壊の手応えはあった。だから、無事だとしてもある程度のダメージは追わせられたとなのはも思っていた。

なのに煙が晴れた後に確認すれば、非殺傷故に傷一つないのは分かるも疲労の色すら浮かべていないフェイトの姿。

障壁は破壊した。避けられた感じもなかった。だというのになぜ、フェイトは一切のダメージを負っていないのか分からない。

だけど驚きの視線を向ける先で為されたフェイトとシェリスの会話でそれは分かった。おそらく、障壁破壊の直後にシェリスが障壁を再展開したのだ。

となればシェリスの防御魔法技術は驚愕に値する物がある。一度目の障壁で若干の威力減退はあったとしても、あれを防ぎ切ったのだから。

 

「じゃあ……今度はこっちから行くよ、なのは!」

 

《Plasma Lancer, Get set!》

 

言葉を放つと同時に自身の周囲に生成する環状の魔法陣。そしてその全ての魔法陣の中心には金色の光球が発生する。

それにハッと我に返ったなのはが迎撃態勢を取るより早く、フェイトは戦斧を正面へと突き付け、光球を放って槍へと変え、飛来させる。

我に返るのが遅すぎたために迎撃態勢が取れず、なのはは飛来してくる槍を回避するため射線上から上空に飛び上る。

 

「ターン!」

 

だが、この魔法の特徴はフェイトのターンという言葉をキーとして方向転換を行い、再発射が出来る事。

短所として直線的にしか動けない所もあるが、何度でも何度でも再発射が行えるからいざ相対せば非常に性質の悪い魔法だ。

破壊出来ればそれに越した事は無いが、正直どこまでも追ってくるから迎撃態勢も取れず、現状では逃げの一手。

特になのはの場合は砲撃系にしても中距離系にしてもチャージにそれなりの時間が掛かる。だから、今の状況は非常に不味い。

それ故に逃げつつも何か打開策はないかと考えるが、フェイトはともかくシェリスがその時間を与えてくれる事はなかった。

 

《にゃ、掛かったの♪ パンドラボックス、展開!》

 

「えっ――!?」

 

二度目のターンが行われ、迫る来る段階で彼女が回避した位置はシェリスが狙っていた場所。

そこに彼女が到達した段階でシェリスは蒼の棺――パンドラボックスを展開。直後になのはを閉じ込めて捕縛する。

シェリスの得意魔法であるパンドラボックスは撹乱が主だが、捕縛としても使える。だがその場合、自ずと条件が出てくる。

その条件は一つ……展開する座標を指定してその場所に相手を追い込む事。それが唯一にして絶対の条件となる。

相手が動かない場合などはその場所を指定すれば即捕縛出来るが、現状でなのはは動いていたため、この絶対条件が発生したというわけだ。

ともあれ、なのはは気付く事もなくシェリスの罠に嵌った。加えて捕縛されたその状態では、三度目のターンを行った雷の槍は避けられない。

 

 

 

――結果、なのはは棺を破る事が出来ず、棺越しに雷の槍の直撃を受けた。

 

 

 

その際に引き起こした爆発はほんの数秒ほど広がった後、ゆっくりと晴れてなのはの姿を露わにする。

パンドラボックスのせいでまともに障壁も張れず、直撃を受けた彼女はそれなりのダメージを負い、肩で息をしている状態。

非殺傷のおかげで傷がないのが幸いだろうが、それでももう満身創痍だ。防御無しであれだけの雷の槍を受けたのだから、仕方ない事だろう。

だが、それでもまだ戦う意思を示すように彼女は杖の先端を前に向け、弾丸を装填して光球を先端へ顕現する。

 

「なのは……」

 

どうしてそこまでするのか、などという疑問は浮かばない。だってこの戦いの前、彼女の決意を聞いているのだから。

そして手加減はしないと約束もした。だから心配そうに彼女の名を呟くも、彼女の意思に応えるように自身も戦斧を構える。

それと同時に放たれたのは最初にも使われた、誘導性のある魔力弾。それを放つ辺り、作戦は先ほどと同じだろう。

だから、今度はフェイトもその策に嵌らぬよう、まずは一定数を破壊しようと発射されたのと同時に魔力刃を飛ばそうとする。

 

 

 

《同じ手は二度も通じないの。リフレクトシールド、展開♪》

 

――だけどフェイトの行動より早く、シェリスが反射障壁を複数展開してしまう。

 

 

 

即座に展開されたそれは放たれた魔力弾を全て反射。直後、別の障壁へとぶつかって反射しつつなのはを目指す。

一度目の反射時点で魔力弾の操作は彼女の手から離れてしまう。それはつまり、完全に魔力弾を掌握されてしまったという事。

そこからなのはが対応策を講じるよりも早くカルラのときのようになのはの周りに展開された障壁へ全ての魔力弾は行きつき、一種の檻を形成する。

杖を構えるどころか身動きが取れない状況。かといって即席で張った障壁で守り切れるかも微妙といったところ。

この魔法の威力や性質を誰よりもよく知るからこその結論。そしてそんな八方塞がりな状況の中、シェリスから残酷な言葉が告げられる。

 

《終わりだよ、なのはお姉ちゃん》

 

言葉と同時に何をするのかなんて目に見えている。おそらく、障壁の向きを僅かに変えて全てを中心にいるなのはに向ける気だ。

それでなくても雷の槍でそれなりのダメージを受けているなのはにとって、非殺傷でも十二個もの魔力弾の直撃はかなりキツイ。

だが、そんな事をシェリスは考えていない。善悪の区別、何が良くて何が悪いのかが今も分からないから、遠慮も慈悲も無い。

無邪気さ故の残酷さ。それがある故にシェリスはやってはいけないと分からず、全ての障壁の向きを変えようとした。

 

「シェリス、駄目!!」

 

《にゃ!?》

 

その直前、フェイトより放たれた声がシェリスに驚きを与え、一点集中の向きにしようとした障壁は明後日の方向へ向く。

そのせいで檻を形成していた魔力弾は全てその方向へと飛び、一つとしてなのはには当たらず全て爆砕、消滅した。

魔力弾の一点集中がいつ来るかという緊張感、そして元々あった強い疲労感の二つが檻を抜けた事で脱力感となり、なのはを襲う。

そしてそれが原因でなのはの意識は落ちてしまい、飛翔魔法も消えて地面へと一直線に落ち行く中、即座にフェイトは空を駆け、空中でなのはを抱き止めた。

 

「ふぅ……シェリス。助けてくれるのは嬉しいけど、さっきのはちょっとやりすぎだよ?」

 

《何で? フェイトお姉ちゃんはなのはお姉ちゃんに勝たなくちゃ駄目だったんでしょ?》

 

窘める言葉を口にすればシェリスは謝るでもなく、疑問を口にする。勝たなきゃ駄目な戦いで相手を倒そうとして何が悪いのかと。

やはりというべきか、それはつまり最初に聞かれた際の訂正を覚えていないという事。だから、勝つためになのはを倒そうとした。

これはもちろんシェリスに非があるが、かといってフェイトに非が無いわけじゃない。ちゃんと理解したのか、確認は取ってないのだから。

加えてこれはフェイトがシェリスの事を知り切れてない証拠。これでは恭也とリースどころか、パートナーかどうかすら危ういだろう。

だからこそ、これから付き合っていくなら彼女の事をもっと知らなければならない。何よりも、彼女と一緒にいる事を決めたのはフェイト自身でもあるのだから。

 

 

 

 

 

「……良い勝負と言えばそうだが、正直やり過ぎだな」

 

「はぁ……我が妹ながら、恥ずかしい限りだよ。相変わらず物事の良し悪しを考えてないところとか特に……」

 

モニタールームで見ていた恭也とリースから最初に放たれたのはそんな呆れの言葉。

ただこの場合、リースはシェリスのみに対してだが、恭也の場合はシェリスに加えてなのはへも向けられている。

シェリスは見たとおり完全にやり過ぎだが、なのはもなのはで自分の限界を考えず、あの状態で尚戦おうとしていた。

いつものなのはなら障壁を張って防げた魔法がパンドラのせいで出来ず、一つでもそれなりに威力のある魔法を全て直撃させてしまっている。

これではいくらバリアジャケットの強度を加味してもダメージはかなり高い。その状態で戦おうなど、いくら決意があるからと言って無茶にも程がある。

一応ここに戻ってくるであろう三人へクロノを赴かせ、なのはを別室で寝かせる事にしているが、起きたら説教の一つでもしないと駄目かと恭也は考えていた。

 

「まあ、それは後でなのはさんにもシェリスちゃんにもキツく言っておくとして……エイミィ、計測の結果は?」

 

「えっと、近接戦闘面での計測が不十分なので以前の近接データを合わせての判定になりますけど、その結果では魔導師ランクS−でした」

 

「それでも十分高い方ね……さすがはフェイトさんとシェリスちゃんって言うべきかしら。でも、やっぱり動きにちょっとぎこちなさもあったわね……」

 

「話によれば恭也さんとリースちゃんのお二人と同じで二度目のユニゾンって事でしたけど、やっぱりそこは信頼度の違いなんでしょうねぇ……」

 

フェイトの実力というものを再確認は出来たが、ユニゾンに慣れてないという事からやはりぎこちなさはある。

加えて近接データのみ更新が出来なかったため、それは以前のを組み合わせた結果。だが、それでもランクはかなり高い方だ。

これで恭也とリースのように信頼度が高ければそれ相応の結果も出ただろう。だけどまあ、無い物強請りをしても仕方が無い。

それに何度も言うが、測定結果は十分過ぎるほど良い。ただ結果としてなのはがああなった手前、喜んでいいのか微妙な所だった。

 

「つうか、やっぱりアイツにアスコナを任せんのは駄目な気がするぞ。あんな所まで似られたら堪んねえしよ」

 

「むぅ……それは確かに一理あるな。あの者ならアスコナに良い影響を与えてくれると思ったのだが、あの部分まで似られてしまえば困り物か」

 

「で、でもシェリスちゃんだって悪いところだけじゃないのよ? 確かにあそこを似られたら困るかもしれないけど、それ以上にアスコナちゃんにとってプラスになる事のほうが大きいわ」

 

「せやなぁ……悪い所まで似てしもうたらウチらで正してあげればええだけの話なんやし」

 

反対にはやて&守護騎士組はと言えば、未だスヤスヤとリィンフォースの腕の中で眠るアスコナの今後について話し合っていた。

以前も話し合った通り、人見知りをするアスコナにはシェリスのようなまるで人見知りをしない明るく無邪気な子が友達だといいのではとなっていた。

ただこれに依然として反対するのがシグナムとヴィータ。思う事の違いはあれ、アスコナの事を考えてるということは分かる。

しかもシェリスの先ほどの行動を見ているが故、中立だった母親であるリィンフォースも反論できず、二人寄りになりかけている。

だが、それを阻止するのがシェリスが友達になる事に賛成派のはやてとシャマル。悪い所はありしも、二人はシェリスの良い所も知っているのだ。

そのため彼女は悪い所だけじゃない、もし悪い部分まで似たら正してあげればいい。そう反論をする事でその方面に持ち込もうとする。

主の命は絶対、加えてこちらもこちらで正しい事を言っている。だからか、リィンフォースもどちらに付けばいいのか分からず、オロオロしてしまう。

そして結局、この場でもやはり結論は出ず終い。だが、そんな討論が行われていた中でも、アスコナは我関せずとばかりに眠り続けていた。

 

 

 

 

 

 

 

その後、およそ二時間という時間が経ってからなのはは目覚め、同時に駆け付けた恭也やリンディにてお説教を食らった。

その前にリースによってお説教を受けたのか、シュンとしているシェリスを横目に説教を受け、なのはも若干凹む。

だけどそれが自分の事を思ってだと分かる故、反論はせずに素直に謝る。それによってお説教は終わり、この場は解散する事となった。

だが、お説教をした恭也やリンディを含め、誰もこのときは知らなかった。彼女の抱く決意が、この件でより強くなってしまったという事を……。

 

 


あとがき

 

 

なのはが恭也に向けるのは異常なほどではあるけど、今のところはまだ兄妹愛。

【咲】 それがどうなっていくかは今後次第……でも、半分とはいえ血の繋がった兄妹同士じゃあねぇ。

まあ、ね。でも、感情なんてものは自分自身でも中々制御出来ないものだよ……愛情となると特にね。

【咲】 ともあれ、それが原因であんな決意を抱いて、挙句無茶な行為に出てしまったというわけね。

そういう事。願う事は純粋なもので、ただ自信を持って兄の隣りに立てるようになりたいというだけなんだけどね。

【咲】 それが無茶に繋がる上にまだそれを更に強めたとあったら、かなり危うい状況じゃない?

そうだな。でも、こればかりは止めようがないよ……誰もその事に気づいてないんだから。

【咲】 確かにねぇ……にしても、フェイトってばシェリスとパートナーになってランクが上がったわね。

まあ、恭也ほどまでとは行かんけどね。なにぶんフェイトとシェリスは出会ってから日が浅いし。

【咲】 フェイトの呼び掛けの意味も理解出来なかったくらいだものね……そう考えると恭也とリースの信頼度は結構凄いわよね。

確かにな。まあ、これからまだまだ時間もあるから、この二人もゆっくりと仲を深めていくさね。

【咲】 シェリスが相手じゃ前途多難だろうけどねぇ……まあ、そんな子を受け入れたのはフェイトでもあるんだけど。

まあそれはそうとして……早速次回の話に移るんだが、次回は事件後の『蒼き夜』側のお話になる。

【咲】 あれ? 次回はアスコナ編じゃなかったの?

それは次回に回した。アスコナ編はおそらくこの四話の時間軸から結構な時間が流れるから、その間にこの話を挟んでおこうかと。

【咲】 ふ〜ん……で、『蒼き夜』側の話っていうけど、具体的にはどんな話なの?

ふむ、まずメインとなるのは暴走後のカルラがどうなったかについてだな。

あの力を使った事で発生した代償。事件後に目覚めたカルラが支払ったそれが何かというのが明らかになる。

そしてサブとして事件後のジェドや研究員たちの動向。それとあのとき戦った敵側のお話がちょこっとって所かな。

【咲】 あの敵側の話を挟むなら完全に『蒼き夜』側の話になってないじゃない。

ま、まあ確かにそうだけどね。ともかく、そんなわけで次回はそんなお話になる。

ちなみにだが、事件後のジェドの事を語る上で何と、今まで表だって出なかったあの人が出演なさります。

【咲】 あの人って誰よ?

それはとりあえず次回を待て……と言いたいところだが、出血大サービスでヒントを上げよう。

ずばり、ジェドが事件後に真っ先にアドルファたちと赴いた場所が彼女たちの本拠地となる場所である、というのがヒントだ。

【咲】 ……ああ、なるほど。つまりはあの人の事ね。

そゆこと。てなわけでヒントも出したところで今回はこの辺にて!!

【咲】 また次回も会いましょうね♪

では〜ノシ




なのはの独白。
美姫 「ちょっと危険ね」
ああ。今回のラストから考えても、このままだと無理をしそうだな。
美姫 「よね〜。で、フェイトの方は……」
やっぱりランクがアップしていたな。
美姫 「これで二人の息が合うようになれば、更に強くなりそうね」
うんうん。で、なのはの事も心配なんだが。
美姫 「あとがきでちょっと気になる言葉があったわね」
ああ。暴走後のカルラも気になるし、とうとうあの人が出てくるみたいだぞ。
美姫 「そうみたいね。多分、あってるわよね」
ああ、あってると思うけれど。遂に海鳴最強にして高町家の大黒柱が登場――ぶべらっ!
美姫 「絶対に違う!」
うぅぅ、冗談だよ。何はともあれ、次回が物凄く気になります。
美姫 「次回も待ってますね〜」
待ってます。



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