全員が揃って休日となる日曜日。恭也たちは皆、時空管理局本局へと訪れていた。

呼び出し人はリンディ。何でもシェリスをフェイトのユニゾンデバイスとして登録する際、ランクの再測定が必要になったとの事。

加えて恭也もリースをユニゾンデバイスとしている手前、今後も考えてランクは測っておきたいとの事で呼び出された。

それ以外の面々は見物や付き添い……つまりはオマケ。そしてそれを聞き付け、はやてたちもその場に集まっている。

そんなかなりの人数が一つの部屋に集まる中(ちなみにシェリスとアスコナは昼寝中)、向かいに座るリンディとクロノの口より今日の予定というものが語られた。

 

「――――と、まあ一応はこんな所ですね」

 

「ふむ……要するに俺ならリース、フェイトならシェリスとユニゾンして測定のために戦えという事でいいのか?」

 

「はい。ただあくまで目的は測定ですので、一撃で決めるという事は遠慮してください。そうでないと正確な数値を計測する事が出来ませんので」

 

幸いにして次の日の月曜日は祝日だから休み。それ故、一撃必殺は駄目だが思いっきりやるのは良い。

計測目的とはいえ、二人にとっても良い事と言えるだろう。間は空いてしまったが、恭也とフェイトは師弟に近い間柄なのだから。

恭也にとってはこれまでの事件を経てフェイトがどれだけ強くなったか。フェイトにとっては憧れに近い恭也にどれだけ近づいたのか。

それを確かめる確かめる事が出来る。例え恭也にはリース、フェイトにはシェリスという相方がいたとしても。

 

 

 

「一つ聞きたいのだが……高町恭也の相手、私がやっては駄目だろうか?」

 

――突如としてその場にいたシグナムが、そんな事を口にするまでは……。

 

 

 

恭也とフェイトが戦うのが二人の計測を行う上で一番早い方法。だが、それはあくまで一番早いというだけ。

別段近しい実力を持つのなら相手が誰かというのは問わない。それが魔導師ランクの測定というものである。

だからシグナムの言う事は駄目というわけじゃない。だが、明確な理由無くして頷く事が憚られるのもまた事実であった。

それ故、理由をとりあえず尋ねてみれば何の事は無い。純粋に戦ってみたいという、ただそれだけの理由だった。

闇の書事件にて一度剣を交えてはいるが、あれは一対一ではない。だからこそ、今度は一対一で戦ってみたいという欲求が彼女にはある。

結局はそれだけの理由でしかないが、理由としては十分でもある。故にか、クロノも若干悩むようにしてフェイトのほうを見る。

一目見ただけで分かるほど、彼女は恭也と戦える事を望んでいる様子。だが、それでも彼と目が合うと彼女は微笑を浮かべ、小さく頷いた。

それは恭也と戦う相手をシグナムに譲るという意味の頷き。本当は自分が戦いたいだろうに、それでも彼女は引き下がってしまった。

だけど本当にいいのかと追及する事はクロノにも出来ず、結果としてその組み合わせを了承してしまう事となった。

しかしそうなると問題となるのは、フェイトの相手だ。まさか恭也やシグナムに二連戦させるわけにもいかない。だから、それ以外で選ぶ必要がある。

消去法で行けばシャマルやザフィーラ、はやてやリィンフォースやアスコナは向かない。となればクロノかなのはか、ヴィータ辺りになる。

ここにアイラでもいたら彼女が一番の適任となっただろうが、彼女は彼女で裁判に向けての事で忙しく、現在もここにいないのだから無理。

そうなるとやはりその三人の中で選ぶ羽目となり、この中で選んで適任だと言えるのはやっぱり自分かヴィータかと思い描いた矢先――――

 

 

 

「えっと……私がフェイトちゃんとシェリスちゃんの相手、っていうのは駄目かな?」

 

――三人の中では一番向かないなのはが、自ら相手をすると立候補してきた。

 

 

 

それに一番驚いたのは何を隠そう、フェイト。自分の魔導師としての性質抜きとしても、彼女は立候補しないと考えていた。

状況的に実力行使に出る事が今まで多かったが、なのはは争いを好まない性格。加えてフェイトと彼女は友達同士。

計測目的とはいえ友達同士で戦うなど進んでするとは思わず、だからこそ自ら相手をすると言ってきた事に驚いたのだ。

だが、驚くだけでは理由など分からない。それ故にフェイトは理由を問おうとするが、それよりも早くクロノが彼女へ問うた。

 

「駄目という事はないけど、本当にいいのか? 計測が目的とはいえ、フェイトと戦う事になるんだぞ?」

 

そう問い掛ければ彼女は小さく頷き、続けてそう決めた理由を問えば彼女はポツリポツリと答える。

明確にこれだからという理由なんてない。だけど皆が強くなる中で自分だけ何もしなければ、置いて行かれる気がする。

恭也はもちろん、友達のフェイトやはやてや他の皆から置いて行かれる気がする。だから、自分も置いて行かれないよう強くなりたい。

だからこれが友達と戦う事でも、強くなるためなら我慢する。恭也が、フェイトが、皆が自分に背中を預けられる存在になれるように。

フェイト自身はなのはを足手纏いと思ってはいない。だけど語られた決意の固さを知り、何も言わずになのはの目を見てただ頷いた。

そして二人の対戦相手が決まるや否や、早速準備をして計測を始めようという事になり、一同は揃って訓練室へと移動していった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

魔法少女リリカルなのはB.N

 

【第三章】第三話 闇夜を切り裂くは剣、蒼天を護りしは盾 前編

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ランク計測の最初となるのは、恭也とリース。対する相手は夜天の魔道書の守護騎士、シグナム。

フェイトには悪いのだが、どちらも得物が剣であるため近接戦闘メインの戦いとなり、自ずと測定はし易い。

しかも闇の書事件での最初の邂逅以降は剣を交えていないが、そのとき戦った際の実力はかなり均衡している。

あの時勝てたのは相手の油断が大きかったと恭也自身思うほど。だからこそ、実際はフェイトよりシグナムの方が適任なのだ。

ともあれ、対戦すると決まった三人は皆と別れて訓練室へ入り、他の面々はモニタールームへと足を運んでいた。

対戦するためのフィールドは何も弄らず、障害物などは何もないただ広いだけの空間で恭也とリースの二人とシグナムは向かい合う。

互いにデバイスの展開もバリアジャケットの形成も完了しており、後は恭也とリースがユニゾンすれば良いというだけの状況。

だがそんな中で恭也はまだユニゾンはせず、バリアジャケット内側の背中に隠している小太刀――八景を鞘ごと取り出し、腰へと差す。

それに対してシグナムは何の疑問も無く、問い掛ける事はしない。むしろ、恭也のそれは言ってしまえば行って当然の事なのだ。

シグナムには一度背中に八景を隠し持っている所は見せているから、隠した所で意味はない。なれば、隠し続ける必要などは全く無い。

それ故に腰へと差すのだ……その方が隠しているときよりも扱い易く、本来抜刀術である得意技の薙旋も最大限の威力で放つ事が出来るのだから。

 

「……リース」

 

「はいはい、ユニゾンね。了解で〜す、我が主様♪」

 

そこでようやく声を掛ければ意味を理解しつつも、茶化すようにして返してくるリース。

少々呆れてもしまうこれだが、彼女も別に空気が読めないわけじゃない。あくまでこれは緊張を解す為だ。

そこも分かっているから恭也は何も突っ込まず、ユニゾンのために目を閉じてリースと意識を同調させる。

ユニゾンに慣れた者なら意識の同調も素早く済ませられるが、恭也はこれで二回目なため、お世辞にも慣れているとは言い難い。

そのため同調させるにも目を閉じて集中する必要があり、それはリースとしても同じなのか、同様に目を閉じて意識を集中させる。

するとその状態に入ってからすぐに二人を眩くも温かな光が包み込み、一瞬にして誰もの眼から二人を視認出来なくする。

 

「「ユニゾン・イン!」」

 

重なって聞こえた二人の声が響いた直後に光は晴れ、その場にはユニゾン状態の恭也が静かに立っていた。

瞳と髪の色を蒼色に変え、服装は相変わらずの黒だが背中には魔力を凝縮しただけと見える翼が二枚、存在していた。

一度見たシグナムの主であるはやてのユニゾン状態とはかなり違う。だが、事件のときに見たユニゾン状態のフェイトとはよく似ている。

だがフェイトと大きく違う部分を上げるとすれば、威圧感だ。ただユニゾンしただけではあり得ないほど、今の彼からはそれを感じる。

 

「初めてユニゾン状態のお前を見るが……大したものだな、高町恭也。相手をすると志願した私の考えは、間違いではなかったようだ」

 

彼女がそう言えば恭也は小さく笑みで返す。それは恭也とてシグナムに同じ事を感じている証拠でもある。

初めて戦ったときとはかなり違う、確実に強くなっていると言わしめる気迫。以前と同じと考えて戦えば、確実に痛い目にあるだろう。

故に彼は油断など一切しない。すれば彼女に対しても失礼となるし、彼自身としても本気で戦ってみたいと思うから。

 

『では、これより魔導師ランクの計測を行います。武器、魔法の使用制限などはありませんが、魔法は非殺傷にしつつ武器での攻撃に関しても致命的な怪我を負わせる事は避けてください。それと改めて注意しますが、今回の目的はあくまで計測ですので一撃で決めるという事も控えてくださいね』

 

聞こえてきたアナウンスの声はリンディでもクロノでもない。アースラスタッフの一人であるエイミィの声だ。

最初にいた部屋では彼女の姿が無かったところを考えるとおそらく、彼女はすでにモニタールームにいて準備をしていたのだろう。

故に二人とも疑問は持たず、聞こえたきた声に対して分かったと言うように頷いた。そして彼女は続けて準備はいいかとも尋ねるが、それにも二人は頷いて返した。

それを確認したエイミィはでは……と一旦間隔を開けた後――――

 

 

 

――開始を告げる言葉を二人に聞こえるよう、告げた。

 

 

 

合図と共に動き出したのはシグナム。愛剣レヴァンティンを振り上げ、恭也へと向けて地面を蹴る。

達人同士の戦いともなれば睨み合いが続く事も多く、一撃で決まってしまう事だってザラにあると言われている。

だが達人という域に達していると言ってもいいシグナムも今回ばかりはそれをせず、開始と同時に動いたのだ。

対する恭也も睨み合いをする気も一撃で決めるつもりも毛頭無かったが、先に動かれたとなれば迎撃態勢を取るしかない。

 

「ふっ!」

 

「――っ」

 

彼女が至近まで寄ると振り上げられた剣は振り下ろされ、恭也はオリウスの刃でそれを受け止める。

得物の違いという物が大きいのか、ただの斬撃でも威力はかなり高い。だが、受け切れないほどではない。

それ故にその斬撃を受け切った彼はすぐさま弾き返し、追撃とばかりに弾いた体勢から即座に斬撃を放つ。

しかし弾かれる事も追撃される事も予測済みなのか、シグナムの対応は早く、身を反らして避けると同時に剣を振るう。

それから先は普通の者の目から見れば息もつく暇無しと見えるほどの速さで斬撃と斬撃の応酬を繰り返していた。

剣を剣で弾き、時には避け、ただ斬撃を繰り出していく。しかしながら、どちらの剣も紙一重で互いの肌を傷つける事は無い。

故にこれ以上の応酬は無駄と悟ったのか、シグナムは恭也の斬撃を弾くと同時に三、四歩ほど大きく距離を取り、弾丸を装填してデバイスの形状を変化させる。

 

《Schlangeform!》

 

その形状は言ってしまえば蛇腹。蛇のように大きくも素早く動き回り、予測困難な軌道を描いて襲い掛かる。

このモードはフェイトの前で一度使った事はあるのだが、そのとき恭也はいなかった。だから彼もリースも初めて見るモード。

そのため即座に対処法を考えるのは難しく、襲い掛かる蛇腹剣の軌道を辛うじて読み、避けるしか術がない。

 

《不規則な動きだから予測も難しい。加えて中距離攻撃だから本人とは距離がある……かなり厄介だね、これ》

 

《確かにな。だが、どんな攻撃にも必ずどこかで多少なりと隙は生まれる……中距離魔法で迎撃出来ない以上、それを見極めて接近するしかない》

 

かなり難しい事ではあるが、術がそれしかないならそうするしかなく、恭也は注意深く観察しつつも紙一重で避け続ける。

しかしそんな彼の考えを裏切り、突如として蛇腹の猛攻は収まる。そして同時に彼女は蛇腹を元の形状へ戻し、鞘へと収めて上段に構える。

一体何をする気かなど、一目見た瞬間でも恭也には浮かばなかった。ただ襲いくるのは構える彼女が放つ、凄まじい威圧感。

確実に大技が来るとそれで感じ取った彼は迎え撃つとばかりに自身も剣を顕現した鞘に納め、抜刀の構えを取った。

 

「「オリウス(レヴァンティン)、カートリッジロード!!」」

 

告げる声も弾丸の装填もほぼ同時。そして互いの足元に魔法陣が浮かぶのもまた同時だった。

瞬間的に互いの威圧感も発する魔力も爆発的に向上し、二人は睨み合いながら柄を持つ手に力を込め――――

 

「シュワルツェ――――」

 

「飛龍――――」

 

 

 

 

 

「ヴェレ!!」

 

「一閃!!」

 

――気迫に満ちた声と共に構えた剣を抜刀した。

 

 

 

 

 

振り切ったシグナムの剣は再び蛇腹へと変化しつつ、抜刀の勢いのまま一直線に恭也を目指す。

炎のような魔力を纏い、凄まじい速度で地を這う姿はまさに龍。何者も砕き、燃やし尽くす炎の龍であった。

対する恭也が抜刀と同時に放つ魔法は半月状の形状をした黒い波動。シグナムのそれと比べれば、迫力負け。

しかし濃縮された魔力は凄まじく、飛来速度は彼女の飛龍一閃と同等か、それ以上と言わしめるほどのものがあった。

そして互いに放たれた魔法は物の一秒と経たず中央にて交わり、直後には凄まじいほどの爆発を引き起こした。

 

「「――――っ!!」」

 

爆発の余波が二人の位置まで伝わり、表情が顰められると共に煙が互いの姿を視認出来なくする。

だが、結果的にそれだけでさっきの魔法と魔法とのぶつかり合いは二人に傷一つ齎す事はなかった。

それは要するに相殺したという事。自身の魔法を過信するわけではないが、それでも互いに驚きが浮かぶのは止められない。

しかし相殺したのであれば決着が付いているわけもない。それ故、煙がまだ晴れないながらも二人は見えない相手を前に己の武器を構えた。

 

 

 

 

 

正直、驚き以外に浮かべる顔がない。それがモニタールームにいる皆の内心であった。

シグナムの事はこの場にいる誰もが実力を知り、誇る剣技は恭也にも劣る事はないだろうと考えている。

対する恭也も以前見たときだけでもかなりの力を持ち、AAAランクであるフェイトが手も足も出なかったほどであった。

だが、今回のこれはあまりに以前と違い過ぎる。ユニゾンデバイスを手にしただけでここまで強くなるのかと思えるほど。

実際ユニゾンデバイスは確かに魔力や身体能力、その他諸々を向上させる。だけど恭也の動き、そして使用した魔法はそれだけじゃない。

明らかに以前よりも強くなっている。ユニゾンデバイスとか、そんなもの関係ない本人自身の実力がかなり向上している。

一体あそこで何があったのかは分からないが、本当に驚くしか出来ない。初めて恭也が戦う所を見た者からすれば特に。

 

「なのはちゃんのお兄さん、ごっつう強いんやなぁ……あのシグナムと互角以上で戦ってるやん」

 

「加えて彼と烈火の将では武器や戦い方の相性が若干悪いようですね。烈火の将も奮闘はしていますが、これでは……」

 

蛇腹剣で若干有利にも見えたが、あれは見切られると隙が出来やすい。しかも、あの速さで懐に入られれば対応もし辛い。

戦い方に関しても恭也は速さ、シグナムは力。相性で見れば悪い……なのにここまで奮闘しているのだから、シグナムも大したもの。

しかし結局のところ、このまま行けばシグナムが不利なのには変わりない。何かしらの策でも講じない限りは。

 

「それにしても……お兄ちゃんのデバイス、いつのまにカートリッジシステムなんて付けたんだろ? 前は付いてなかったと思うんだけど……」

 

「……たぶん、あの人たちに攫われた後に付けられたんじゃないかな。ほら、リースがユニゾンデバイスになったって事は、オリウスも一度はあちら側の手に渡ったって事だし……」

 

「という事は、あれはジェド・アグエイアスが改装したという事か……マリー辺りが聞いたら、目を輝かせて見せて欲しいとか言いそうだな」

 

魔導師用の装備のメンテナンスを主にしているマリーは、一言で言えばジェド・アグエイアスのファンだ。

彼が犯罪者としての道を進んだと知ってもそれは変わらず、同じデバイスマイスターの彼女にとって憧れの存在。

だからそのジェド・アグエイアスが改装したらしいオリウスの事を聞き付ければ、そんな事を本当に言いかねない。

それはもう、強引に頼み込み、押し切ってでも。だからクロノは迷惑が掛からないよう、なるべく彼女の耳にはそれを入れないよう固く誓う。

 

「はぁ……彼、本当に管理局に入ってくれないかしら。なのはちゃんたちに加えて彼みたいな人も入ってくれれば、万年人手不足の管理局としてはかなり助かるのに……」

 

「ですよねぇ……前は完全に近接戦闘のプロフェッショナルって感じでしたけど、戻ってきて更にこんな強力な魔法まで身に付けてますし。予測ですけどたぶんこれ、Sランク以上を叩き出すんじゃないですか?」

 

「……いっその事、強引に押し切ってみようかしら。それで駄目なら色仕掛けっていうのも良いわね……」

 

「あの、艦長……目が据わってます、よ?」

 

なのはやフェイト、はやてや守護騎士たちはすんなり管理局入りを承諾したが、恭也に至ってはまだ保留状態。

リースは状況的に入ってもらわないと困るのだが、だからといって彼も必ず入るとは限らない。場合によっては、所有権を移譲する可能性もある。

まだ予測でしかないが、魔導師ランクS以上を叩き出す可能性の高い者。そんな人を手放すなど、リンディとしてはあまりにも惜しい。

それ故か若干壊れ気味になりつつある彼女にエイミィは恐怖してしまう。だから、そんな方法は駄目でしょうとも言う事は出来ない。

そんな二人の様子(主にリンディ)を少し離れた地点から横目で見るクロノもまた、自身の母に恐怖しつつも溜息をつくのだった。

 

 

 

 

 

煙が立ち込めてから警戒し始めてどれくらい経ったか、正直なところシグナムは分からなくなっていた。

煙に乗じて仕掛けてくるかもしれない。はたまた自分と同じでどこから来るか分からない状況に警戒してるかもしれない。

切りもなく浮かんでくるそんな考えのせいで若干時間間隔が狂ってる。だから、どれくらい経ったかも分からないのだ。

 

(仕掛けるか……いや、煙で視界も悪い今攻めても結果が見えてるな。かといって煙が晴れるまで待つというのも……)

 

時間間隔が狂わせる煙の中で自分はどう動くべきか、そこも並行して考え続ける。

視界が悪ければ熱源探知か魔力探知の魔法を使えばとも浮かぶが、得策であるとは到底言えない。

どちらの探知魔法を使うにしても展開には短くも若干の時間を有し、そこで攻められればただ隙を作るだけなのだ。

だが、それ以外の手が浮かばないのも事実。それ故、警戒は緩めずもどうするべきかを常に考え続けていた。

そしてそれを考え続ける中、一つだけ打開策と言える方法が浮かぶ。最良かどうかはともかく、状況の打開は出来るだろう策が。

考えれば他にもっと良い策があるかもしれない。しかし、下手に時間を費やすわけにもいかず、シグナムは早々にそれを実行する事にした。

やることは単純明快……蛇腹であるシュランゲモードのレヴァンティンを大きく振るい、その勢いで煙を晴らしてしまおうという方法だ。

これならば振いながら煙を晴らすわけだから相手が接近していた場合、もしくは煙が晴れた瞬間に攻撃してきた場合にも対処が取れる。

単純だからこそ効果は十分にある。それ故にシグナムは即行動へと移し、柄に力を込めてレヴァンティンを周りの煙に向け、大きく振るった。

 

 

 

――すると思惑通り、立ち込めていた煙は瞬く間に消え去り、その先が視認できるようになる。

 

 

 

すでに接近してきているか、それともこれを機に仕掛けるか。先が見えた瞬間に相手の行動を瞬時に判断しようとする。

そしてその甲斐あってか、煙が晴れた瞬間に飛来してきた複数の魔力刃に即反応でき、蛇腹の一閃で薙ぎ払う事が出来た。

 

 

 

《Gullinbursti!》

 

――しかしさすがのシグナムも、その次の行動までは予測する事が出来なかった。

 

 

 

ほんの数秒だけ見えた彼の姿は一瞬にして消え、かなりの動揺を彼女へと齎す。

しかし僅かに早く頭が働き、彼がなぜ消えたのかを瞬時に判断するとどこに行ったかも予測し、即座に前の方へと飛び退いた。

それが功を奏したのか先ほどまで彼女のいた場所の背後から振われた剣はバリアジャケットを掠るだけに留め、直撃は免れた。

その事に内心で安著しつつもシグナムは二、三度ほど蛇腹剣を振い、構えを取って再び目の前の彼と対峙する。

 

「捉えたと思ったんですが、まさか避けられるとは……やはり強いですね、貴方は」

 

「それは私の台詞だ、高町恭也。魔導師となって日が浅いと聞いたが、さすがにここまで見事に立ち回られると同じ近接魔導師の私としては立つ瀬がない」

 

同じ近接魔導師でも速さ主体と力主体ではかなり違うが、二人にとってそこは特に問題ではない。

太刀の鋭さ、見切りの速さ、剣士としての立ち回り、何を取ってもお互い、相手を称賛する言葉しか頭には浮かばない。

だが、だからこそどちらも勝ちたいという気持ちが強い。同じ魔導師であり、何より同じ剣士であるが故に。

 

「オリウス!」

 

《Yes, my master!》

 

「レヴァンティン!」

 

《Ja!》

 

放たれた気合いの一声にデバイスは応えるように返し、ほぼ同時に二人は動き出した。

恭也は剣に蒼い光を纏いつつシグナムへと向けて一直線に駆け出し、それに対してシグナムは蛇腹を靡かせつつ、迎撃する。

不規則且つ予測困難な動きであるためか死角は少ない。それは先ほどまでで恭也にも嫌というほど理解出来ていた。

だからこそ、すでに対応策は考えてある。そしてそれを実行するため、蛇腹が自身に到達する寸でで彼は地面を蹴り、宙へと飛び上った。

 

「リース!」

 

《オッケー! ナグルファル、展開!!》

 

魔力を練って作り上げる足場――ナグルファル。それは基本、空中戦闘が苦手な者が使う魔法だ。

別段得意というわけでもないが、ある程度は空中戦闘もこなせる恭也としては本来、使用する必要など無い魔法。

だが実のところ、この魔法はかなり応用が出来る。ギーゼと戦ったときも、この魔法があったから追い詰める事が出来たと考えてもいい。

しかし今回はあのときのような使い方ではなく、バラバラの位置にて縦やら横やらと不可思議な置き方をする。

一体何をする気だ……今度こそそう疑問を抱く彼女だったが次の瞬間、その表情はまたも驚愕の一色で塗り潰された。

 

「なっ――!?」

 

その魔法の性質通り、確かに彼は足場として顕現した。だがそれは、自身が降り立つためではなかったのだ。

顕現した足場を蹴り、次の足場へ飛びと身を翻してまた蹴りを繰り返し、かなり不規則は軌道を描いて移動する。

しかもその速度は視認出来ないほどではないが、かなり速い。おそらく、ユニゾン時の身体向上によるものだろう。

だが、正直問題なのはそこではなく、この不規則な軌道を描く動きのせいでどこからどう攻めてくるのかが予測出来ない事。

展開された足場は自身の周囲にもあり、すでにそこへ到達してる彼がいつ斬り込んできても可笑しくなのないが、予測出来ないから対応も難しい。

 

「ならば――!!」

 

予測出来ないのなら、予測出来るようにすればいい。それはつまり、足場を壊せばいいという事。

足場として使うだけの物は基本的に必要以上の耐久性は無く、それなりの一撃を加えれば破壊する事は出来る。

だからシグナムは蛇腹を振い、不規則な動きを生み出す元となっている足場を一気に破壊していった。

そしてそこから続けて恭也へも刃を放とうとするが――――

 

 

 

――先ほどまで飛び回っていたはずの彼の姿は、すでに宙には存在しなかった。

 

 

 

宙にいないのであれば答えは単純。足場が破壊される瞬間、足場を蹴って地面へと降り立ったのだ。

となれば今の状況はあまりにも不味い。上の足場を破壊するために振っていたため、そのままでは接近を阻む事が出来ない。

ならば残された手は一つ……蛇腹を剣へと戻し、仕掛けてくるであろう彼を迎撃する以外に術は無い。

それ故にレヴァンティンのモードを最初の物へと戻したシグナムは瞬時に彼のいる場所を探り当てる。

そしてそれが自身の背後と分かった瞬間に弾丸を装填して炎を刀身に纏い、振り向き様に力を込めて剣を振るった。

対する恭也はいつの間にか再顕現した鞘へ剣を納め、抜刀の構えを取りつつ急速接近。そして僅かに距離の空いた地点へ到達すると同時に抜刀する。

 

 

御神流 奥儀之壱 虎切

 

 

御神流の奥儀の中で最長の射程を持つ抜刀術。それを魔法による蒼い光を纏いながら、恭也は放つ。

瞬間、シグナムの炎を纏う斬撃――紫電一閃と衝突し、本当に一瞬だけ火花を散らせ、力が均衡してるように見せる。

だけど均衡はすぐに崩れ、彼女の剣は弾かれた。そしてその直後、恭也は今まで抜かなかった二本目の小太刀を抜き、切っ先を彼女の喉元に添える。

ほんの僅かだけ切っ先を向けられたとき、彼女の表情に緊張が走る。しかし自身の敗北をするや否やそれは無くなり、次の瞬間には参ったと静かに告げた。

 

 

 

 

 

守護騎士の将であるシグナムの敗北をモニタールームで見ていた皆は、少し複雑な表情だった。

別に恭也が勝ったのが納得いかないわけじゃない。シグナムもかなり善戦したほうだとは皆も思う。

だが、正直なところ近接戦闘面だけで見れば人外にもほどがある。それはいくら魔法が使えるからと言ってもだ。

そんな戦闘を目の当たりにしたためか言うべきなのか分からない。だから、誰も心境的には複雑としか言いようがないのだ。

 

「……エイミィ。結果は?」

 

「ちょっと待ってください……はい、出ました。細かいところを省いて総合ランクだけ言いますと、ユニゾン状態の恭也さんの魔導師ランクはS+ですね」

 

「予想通りと言えば予想通りな結果ね……やっぱり、強行手段に出た方がいいのかしら?」

 

近接という限定はあるが、それでもランクはS+。なのはやフェイトどころか、Sランクを出したはやてすら抜いている。

ユニゾン状態という事を抜いて個人としてのランクを測れば多少は下がるだろうが、それでもかなり凄い事に変わりはない。

そのせいかまたも壊れ始めるリンディをクロノも含め全員スルーしつつ、恭也の事について話が持ちきりとなる。

 

「なんや、ウチも人の事は言えんのやけど……凄いお兄さんをお持ちやね、なのはちゃん」

 

「あ、あはは……それは正直誇っていいのかどうか、なのはもちょっと困っちゃう所なのです」

 

苦笑いでそう告げるが、実際のところ誇ってでもいないとやってられないという気にでもなりかねない。

もちろんなのはは例え誇れなくてもそんな事にはならないだろうが、まず普通の人ならこんなランクを叩き出された途端にそうなる。

反対にフェイトはと言えば、モニタ―を見る瞳が若干輝いていた。自分の師事している人がここまで凄い人だという事が彼女としては誇らしいのだろう。

そこに嫉妬や妬みなどという感情は一切無い。むしろこの人に付いて行けば自分はもっと強くなれると思ってしまうくらいなのだから。

 

「もっとも、これはリースの力無くしては出ないであろう結果でもあるのだから、彼女もまた凄いの一言に尽きるだろうな」

 

「そうねぇ……ユニゾンデバイスとしての力だけじゃなく、恭也さんと本当に分かり合ってる所がまた凄いわ」

 

「つうか、あれって本当にシェリスと双子なのかよ……似てんのは見た目だけで性格とか全然違い過ぎるだろ」

 

守護騎士側は恭也も称賛しているが、リースもまた称賛している。ヴィータに至っては、シェリスと双子かどうかすら疑う始末。

ユニゾンデバイスを扱う者に最も必要とされる物が適正の他に互いの間に信頼があるかどうかなのだという事は皆知っている。

だがリースが今回見せたそれは信頼以上の何かを感じる。でなければ恭也がして欲しい事を何も聞かず理解するなど出来ない。

だからこそ恭也も凄いがリースも凄いと言える。それは同じユニゾンデバイスであるリィンフォースとしては、特にそう思わざるを得なかった。

 

 

あとがき

 

 

恭也&リースVSシグナムのバトル。勝者は恭也&リースペアでした〜!

【咲】 簡単に予想できた結果ね。でも、シグナムもかなり奮戦してたわよね。

守護騎士の将ですからねぇ。魔導師としての面では確実に上だから、一方的にはならないよ。

【咲】 ていうか、シュランゲフォームを使ってたときはかなり押してたものね。

まあね。

【咲】 でもさ、恭也も得意分野の幻術魔法やらを使ってなかったけど、あれは何で?

それは幻術魔法であるフリムファクシの性質の問題だよ。あれってほら、武器の攻撃だけを分身させるじゃん?

だけど反してあの魔法は虚でも付かないと大きく動けば避けられる。だからこそ、一度見たシグナムには使えないんだよ。

【咲】 警戒してるから?

そげ。もっとも、フリムファクシではなくグルファクシなら通用はするんだけどね。

【咲】 オリウスの中でプロテクトを掛けられてた魔法の一つね。なら、なんでそれを使わなかったの?

う〜ん……何ていうか、あれって負荷が大きいけどその分強いから、下手するとそれで決まりかねないんだよ。

それにもし、グルファクシでも倒れなかった場合、負荷のせいで恭也が圧倒的に不利になる……だから使わなかったんだな。

【咲】 なるほどねぇ……にしても、Sランクは行くと思ってたけど、まさかS+なんてね。

あくまでユニゾン状態での測定だから、本文でも言ったとおり個人となると若干下がるだろうがね。

【咲】 下がるって、一体どれくらいまで下がるわけ?

まあ、良くてS−。一番低くてもなのはやフェイトより一つ上のAAA+まで下がるかな。

【咲】 それでも十分高い評価よねぇ……まあ、そのせいでリンディが壊れてるわけだけど。

万年人手不足だからねぇ、時空管理局は。それにリンディとしては、恭也みたいな高ランクの魔導師にはぜひとも入ってもらいたいんだよ。

【咲】 でも、強引に押し切るのはともかく、色仕掛けって……まだクライドの事を想ってるでしょうに。

まあ、あくまで若干壊れてるだけで彼女も本気でしたりはしないよ……たぶん。

【咲】 そのたぶんって所がかなり怖いところね。

あ、あはは……とまあ、それはともかく、次回は今回の話に続けてなのはVSフェイト&シェリスのお話だ。

【咲】 そうね。ていうかそれで思ったんだけど、なのはのあの考えって場合によっては危ないんじゃない?

確かにね。ていうか、今回の冒頭にあったあれは前兆だよ……後の悲劇のね。

【咲】 置いて行かれたくないから強くなりたい。思う事は純粋だけど、純粋だからこそ危うさも大きいわね。

まあね。だが、その悲劇が起こるのはもうちょい先……その間でも伏線と見られる場所があるかもしれんから、注意深く見ててくれ。

【咲】 はいはい。じゃあ、今回はこの辺でね♪

また次回会いましょう!!

【咲】 それじゃあね、バイバ〜イ♪




先に恭也とシグナムの勝負。
美姫 「ユニゾン効果か、Sランク入りしちゃったわね」
うーん、勧誘を保留にしている状態でこれは良いのかどうか。
美姫 「リンディの目付きが危ないものね」
白熱したバトルでした。
美姫 「次のフェイトたちの対決も楽しみよね」
うんうん。そんな次回は……。
美姫 「この後すぐ!」



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