肉体を得てから初めてリースが高町家へ訪れた日、リースが住む上での様々な事が決まった。

といってもほとんどの部分は皆と大して変わらず、違う部分と言えば彼女が寝起きする部屋に関してだろう。

ほとんどは自身の部屋というのがあるのだが、彼女に関しては空き部屋があるにはあるも片付けに時間が掛かる。

本人曰くは恭也と一緒の部屋で良いと言ってきてはいたのだが、反対多数……特になのはが駄目だと譲らないため否決。

かといって空き部屋にしようとすると結局は片付けの間どこで寝起きするかが問題となるからほとんど変わらない。

そして結局、不意に恭也が口にした歳が近いのだからなのはと同じ部屋でもいいのではという言葉が通る羽目となり、寝起きに関してはなのはと同室で話が纏まった。

 

 

 

――だが、その後の数日間にて、それは誤りだったのではないかと誰もが痛感する。

 

 

 

元々なのはは朝に弱く、誰かが起こしに行くまで起きてこない事などザラだと言えるほどの子である。

そしてリースに関しても同じく、お世辞にも寝覚めが良いとは言えず、それはゆったりとした環境故に恭也が知る以上に酷くなった。

その二人が合わせて一つの部屋で寝起きをする。どちらも早起きする事無く、目覚ましが鳴ろうとも起きる事のない二人が。

桃子たちの考えとしてはリースの部屋も決まり、同時に毎日なのはを起こしてくれる存在が出来るという一石二鳥の考えだった。

しかし実際にはリースはなのはを起こす事など無く、それどころか無意味ではと思われていた目覚ましを破壊さえする始末。

一日一つは必ず壊すものだから、最近では置く事さえ勿体なくてしなくなり、それが更に二人の寝坊癖を増長させる羽目と現在はなっている。

 

「……はぁ」

 

そんなわけでここ数日にてもうお約束となってしまったのだが、この日も恭也が二人を起こすため部屋の前に立っていた。

いつもならもう少し寝かせてもよく、その方があっさり起きるのだが、今日からなのはは学校へ復学するのだからそういうわけにもいかない。

だから恭也が今日も起こす羽目となったのだが、そもそもなぜ恭也が起こしに行くというのがお約束になったかと言えば簡単。

単に他の者では起きず、挙句には目覚ましと同じ扱いさえするからだ。対して恭也ならば大体の事には対処できるから適任。

別にこの場合美由希でもよくはあるのだが、恭也のほうがなぜか二人ともすんなり起きる場合が多いため、必然的に恭也がその役となった。

 

「なのは、リース。もう朝だぞ……」

 

いい加減起きろ……そう続けながら扉をコンコンとノックするも、中からは当然の如く返事など返ってこない。

以前はそれでも外からこうやって呼びかければ、なのはは起きてきた。しかし、リースが目覚ましを壊すせいでそれさえも無くなった。

それをこの数日起こし役をして理解しているのか、恭也もそれで起きるとは思っておらず、入るぞと一応言って室内へと入る。

中に入って最初に目を向けたベッドの上ではやはり当然というべきか、なのはとリースの二人が寄り添うようにして寝ていた。

場合によっては少し和む光景。しかし、時間が迫ってる今では和んでるわけにもいかず、恭也はベッドの近くへと歩み寄る。

 

「ほら、そろそろ起きろ二人とも。特になのは……起きないと復学初日から遅刻するぞ?」

 

「んにゅ……あと、五分……」

 

「はぁ……」

 

二人の肩を揺すって起こそうとするが、二人とも同時に布団の中に潜り込んで起きる事を拒絶してしまう。

それに恭也は再び溜息をつきつつ、今日も今日とて強行手段である掛け布団剥がしを行い、二人の姿を露わにさせる。

時々これでも抵抗しようとするときはあるが、大体の場合は起きる。そして今回も抵抗は無く、一瞬身を縮めた後、二人は目を擦りながら状態を起こした。

 

「にゅう……おはようございましゅ、お兄しゃん」

 

「にゃふ……恭也、相変わらず強引過ぎ」

 

欠伸をしながらなのはは呂律の回り切ってない朝の挨拶を、リースはリースで恭也の強引な方法へ文句を言う。

対する恭也はなのはへは頭を撫で付けつつ挨拶を返し、リースには強引で結構と一言返しつつやはり撫で付ける。

その温もりで多少なりと視界も定まってくるも、やはりまだ眠いのか目を擦りながら二人は共に部屋を出て行く。

そのまま階段を下りさせれば下手すると足を踏み外して落ちかねない。それ故、恭也も二人の後へ続くようにその部屋を後にするのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

魔法少女リリカルなのはB.N

 

【第三章】第二話 本好き少女の些細な一日

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

寝巻きからリースは普段着、なのはは学生服へと着替え、共に洗面所で顔を洗った後に食堂へ赴いた。

そのときにはすでに二人ともほとんど目は覚めており、寝呆け気味ではないいつもの元気な挨拶を皆にする。

そして皆で食卓を囲み、朝食を食べる。今日の朝食は晶が担当したらしく、なるべく軽めな和食のメニューとなっている。

いつもの面々だけでも十分に賑やかだった高町家の食卓は、リースという少女が加わった事で更に賑やか。

それは朝であろうが夜であろうが変わらず、リースにしても高町家の皆にしても良い事であると言えるだろう。

ともあれ、そんな騒がしくも温かな朝食の時間の後、皆は各々の準備をして仕事やら学校やらへと出かけていく。

最初に桃子、続けて美由希と晶とレンの三人、そしてつい先ほど登校していったなのはで家に残るのは恭也とリースだけとなる。

だが、恭也とて出掛けなくていいわけじゃない。かなり長い日数休んだ手前、そろそろ大学に出ておかないと宜しくないのだ。

ただ受ける講義が十時頃からであるため、少しばかりゆっくり出来る。恭也が皆と一緒に出ないのはそれだけの理由である。

 

「……ふぅ」

 

「…………」

 

そんなわけで現在、恭也はリースと並んで縁側に座り、熱いお茶を啜りながら、時間までのんびりとしていた。

反対にリースはといえば、同じく横の辺りにお茶を用意してはいるものの、飲む事もなく手元の本を読み耽っている。

その本はジェド・アグエイアスの事件にて火事場泥棒して持ち帰った彼の本。デバイスに関する技術書のようなもの。

元々彼女には美由希と同じで読書好きな気質のある。ただ美由希と違う部分があるとすれば、ジャンルを選ばない所だ。

美由希もジャンルを選ばないのはそうだが、基本的には小説だ。だがリースの場合は、本当の意味でジャンルを選ばない。

小説だろうが技術書だろうが、教科書だろうが漫画だろうが、本と名の付く物は何でも読み、知識を付ける事を彼女は楽しんでいる。

 

「ふむ……」

 

そんな彼女が今読んでいる技術書とやらを横目で覗き見てはみるが、恭也にはさっぱり分からない。

辛うじて自律意志関連の項目だという事は分かったが、構成プログラムだの何だのと訳が分からない事ばかり書いてある。

そんなものを理解してるかの如く読み進めていってる彼女には関心を通り越し、本当に十三歳かと疑ってもしまう。

 

「毎度思うが……ずいぶんと難しい本ばかり読むな、リースは。正直、俺にはさっぱり分からん」

 

「……まあ、これって専門家が読むような本だから無理ないかもね。もっとも、初心者向けのでも恭也には理解出来ないだろうけど……」

 

「…………」

 

本から目を離さず告げられた言葉は明らかに馬鹿にしてる物だが、恭也には反論できなかった。

だからか文句をお茶と一緒に飲み込み、庭へと目を戻して溜息をつき、白い息を口から吐き出す。

正直思えば、本を読むだけで何でこの寒い縁側にいるのかは疑問だが、それは自分にも言える事なので言わない。

そして再び静かになる縁側にてお茶を啜ってのんびりとし続け、お茶がそこを尽きた段階で時計を見れば、ちょうど良い時間となっていた。

 

「さて……俺はそろそろ出掛けるから、俺が出た後は戸締りをしてちゃんと留守番してるんだぞ?」

 

「は〜い……って、恭也もどっかに出掛けちゃうの?」

 

「ああ。今日からそろそろ大学に復帰しないとさすがに単位が、な……」

 

代理を頼んでいるわけでもないので出席日数もそうだが、このままでは末に行われるテストも危うい。

それ故に出席と同時に同じ講義を受けている知り合いにでもノートを借りる必要がある。もっとも、取っていればの話だが。

ともあれ大学の事を大して知っているわけではないが、行かなければならないという事だけは彼女にも納得出来た。

そのため読んでいた本を閉じて一度も口を付けてないお茶を持ち、恭也と共に家の中へと戻っていった。

 

 

 

 

 

家の中へ戻った恭也は鞄を持つとすぐに出掛けて行ってしまい、家に残されたのはリースのみとなった。

いつも賑やかさとは打って変わってしんと静まり返る家内。一人での留守番が未経験というわけではないが、やはり寂しさは感じてしまう。

だがそれで文句を言っても仕方のないと理解はしている故、感じる寂しさを抑え込むため、リビングの炬燵にて本を読む。

恭也が出てから部屋に戻り、何冊か(なのはの所有物である漫画を含む)を持って下り、それらは現在手元の横に積まれていた。

 

「へぇ……なのはって、こういう本が趣味なんだ」

 

自身の本は恭也が出てから一時間程度で読み終わり、今は持って下りたなのはの漫画を読んでいる。

積まれている数にして二十冊近くはあるのだが、彼女の読むペースはかなり早いため、漫画なら一冊に十分程度しか掛からない。

だから二十冊あっても二時間程度しか持たない。とはいえ、読む本がなければないで暇を持て余してしまう。

それ故に如何に早く終わってしまう本でも、それが本である以上は読む。それがリース・アグエイアスという少女である。

 

「……うわっ、ここでこれはないでしょ。ていうかこれ、話の作りが雑過ぎ……」

 

その漫画の所持者が聞けばショックを受けそうな事を平気で口にするが、幸いその人物は現在ここにはいない。

だが、もしいたとしても彼女は躊躇わず口にしているだろう。元々他人に遠慮が無いという部分が性格の一部にあるのだから。

ただ文句の一つや二つはあっても律儀というべきか、持って下りた本はその後、本当に二時間という時間を掛けて読み終わらせた。

 

「ふぅ……うん、面白くない」

 

恭也が出掛けてから淹れ直してはいるも、読んでいる間の時間ですっかり冷め切ったお茶をそこでようやく口に入れる。

それを飲み干すと持って下りた本をなのはの部屋へ戻しに行き、同時に新しく別の本を何冊か持って下りる。

そしてそれを再び読み進めていく中、ふと顔を上げて時計を見る事で昼を回っている事に気づき、本を閉じて腰を上げる。

昼食に関しては基本的にその日の料理担当の者が作って冷蔵庫に入れ、食べる者(主にリース)がそれをレンジで温めて食べる。

場合によってはレンジで温める以外の方式が取られる場合があるのだが頻度もそう多くは無く、今日とて冷蔵庫に入れてあった。

普通の家が留守番する者に作り置く昼食を考えれば豪華と見えるかもしれない昼食メニュー。しかも豪華なだけでなく、栄養バランスも考えてある。

本を読む事が何より好きであったリースもこの家で食事を取るようになってから、その美味しさに食事の時間が楽しみになるほどだ。

故に今日も冷蔵庫から取り出した昼食に自然と喜びを浮かべ、レンジで温めながら再びお茶を入れ、温め終えたら取り出してお茶と共に持って炬燵へ戻る。

 

「いっただっきま〜す♪」

 

合掌をして箸を取り、食べ始めるリース。だが、もう片手は漫画のページを捲るのに使われ、視線もそちらへ向いている。

誰かしら居れば行儀が悪いと窘められる行為ではあるが、誰かがいる場合はリースもこんな行儀の悪い事はしない。

むしろ誰もいないからするのだ。話す相手がいないのだから、無言で食べるより、テレビを見ながら食べるより、本を読みながらの方がまだ良いから。

 

「んぐ…………あっ」

 

だが、片方に目を向け続けながら食べると行儀以前に良くない事もある。そしてそれを今、リースはやってしまった。

口に入れたオカズの飲み込んでお茶を飲もうと手を伸ばした矢先、取り損ねて湯飲みを倒してしまうという事を。

しかも運悪く湯飲みは積んであった本のある方面に倒れてしまい、零れたお茶は一直線に流れ、本の一番下を濡らしてしまう。

 

「やっば……」

 

早々に雑巾を取りに行くため動こうとするが、その直前で先に本を退けたほうがいいと気付き、さっさと本を地面に下ろす。

積まれていた上のほうは当然無事だが、一番下はかなり濡れてしまっている。これでは正直、乾かしても元には戻らないだろう。

ただやってしまった事を悔んでも仕方ないため、本を下ろしてすぐにリースは台所へ行き、雑巾を取って戻ってくる。

そしてテーブルの上で広がったお茶をさっさと拭き取り、続けて一応濡れた本も拭いてから再び台所へ行き、雑巾を絞る。

完全に絞り終えた後は元あった場所へ戻し、再度炬燵へと戻るとそこで初めて溜息をつき、濡れてしまった本をまた手に取る。

 

「なのは、怒るかな……怒るよね、きっと」

 

一応捲って確認してみれば読むのには支障無い。だが、かなり濡れてしまったから形がちょっと変わっている。

それは一目見れば分かってしまう事。だから部屋の棚に戻して黙っていてもいつかは必ずバレてしまう。

となればちゃんと言って謝るのが一番だろうが、比較的穏便ななのはでも確実に怒らないと断言する事は出来ない。

誰しも怒られるのは出来るなら避けたい事。だからか、リースは怒ると想定した上で何か打開策が無いかと考える。

 

「……隠しちゃおう。うん、それがいいよ」

 

考えてはみるが、結局打開策などそれしかない。というか、それも結果的には根本的な解決にならないのだが。

ともかく思い付いたのがそれしかない以上、それ以上は考えずに即実行。だが、まずは昼食を食べ終えてしまう。

味わうように食べていた昼食を勿体ないと感じつつも?き込むようにさっさと食べ終え、食器を片づけると実行へ移す。

とはいえ、隠す場所は誰の目にも付かない場所でなければならない。見つかってしまっては意味がないのだから。

そうなるとまず台所やリビング、誰かしらの部屋というのは論外。洗面所、トイレ、玄関の靴箱なども確実に見つかるので削除。

だとすると後はどこがあるか……消去法でそれを考えていけばただ一つだけ、見つからない場所に該当する場所が頭に浮かんだ。

 

「物置、がいいかな……あそこなら万が一でもない限り、見付からないだろうし」

 

庭にある物置として扱っている場所。そこならば年末の大掃除のときでもない限り、見付かる事は無い。

そう踏んだリースは濡らしてしまった本を持って玄関へ行き、靴を履いて玄関口から庭へ回り込み、物置へと向かう。

そして大した時間も掛けず物置へと辿り着き、扉を開けて中へ入るとまずはキョロキョロと内部を見渡す。

 

「うっわ……ここ、掃除してないわけ? 凄く汚いんですけど……」

 

聞いたところで答えが返ってくるわけではないが、聞かずにはいられないほどそこはゴチャゴチャしていた。

年末に掃除をちゃんとしていたならこんな事にはなっていないであろう。だが、実際汚れているという事は掃除はしてないという事だ。

これはかなり怠慢なのではないかと捉えるべき事。事実、リースとしても正直そう思わざるを得なかった。

しかし実際のところは違う……掃除をしなかったのではなく、掃除したくても出来なかったのだ。

年末にはすでに恭也が攫われていたから高町家全員の心境的にも大掃除という気にはなれず、最低限しか掃除はしていないのだ。

それに物置は完全に力仕事となるため、いつも恭也が担当している場所。それ故、今年は物置の掃除は行われていないという事だ。

その事を知らないリースは怠慢だと溜息をつき、だけど隠し場所を探さないといけないために物置内部を物色し始める。

そしてゴチャゴチャした中を物色しつつ進んで行ってようやく隠し場所に最適な所を見つけ、そこになるべく見つかり難いように隠した。

 

「うん、完璧。これなら絶対見つかりっこないよね♪」

 

一見しただけでは見つからない。そう確認するとリースは安著の笑みを浮かべ、戻ろうと回れ右をする。

だが、回れ右をした直後にその目へ映ったものに硬直。浮かべていた笑みも同時に固まってしまう。

 

「……で、何が見つかりっこないんだ、リース?」

 

「きょ、きょきょきょきょうや!? な、なな何でここに……確か、大学に行ったはずじゃ」

 

「今日の講義は午前中の一つだけだったからな……食堂で昼食を食べてから早々に帰ってきたんだ。それで……一体何を隠してたんだ?」

 

かなりドモる辺りかなり動揺しているのが分かる。まあ、知らぬ内に恭也がこの場にいたのだからそれも仕方ないだろう。

反対に恭也はいつものポーカーフェイスで疑問には答えつつ、リースへ何を隠したのかと何度も同じ事を問うてくる。

ポーカーフェイスはいつもの事だから本当なら慣れていると言いたい所だが、状況が状況なために冷や汗タラタラ。

かといって本当の事を話せば怒られる。だからかリースは冷や汗を流しつつも頭を巡らせ、誤魔化すための言葉を吐く。

 

「な、何の事かな? 私はただ、本でもないかなって探しに来ただけで、別に何かを隠しにきたわけじゃないよ」

 

「……本当だな?」

 

「ほ、本当だって。それとも私の言う事は、信じられない……?」

 

恭也は涙目+上目使いに弱い……それなりな付き合いだからこそ知るそれを逃れるために使う。

これならば彼もきっとこの場は見逃してくれる。そしてこの場さえ凌げば、確実に年末までバレる事はない。

そう踏んでその手段を使ったのだが、予想外にも恭也は意にも介さない様子で歩み寄り、リースの後ろを見ようとする。

それを慌てて彼女は止めようとするが、服の後ろ襟を掴まれて摘み上げられ、抵抗の手段を奪われた。

しかし尚も抵抗を試みようとするが空しくもそれは叶わず、結局恭也はリースが隠した物を見つけ出してしまった。

 

「…………」

 

「あ、あはは……」

 

リースが隠した物を見つけて黙りこくる恭也。反対にリースとしてはもう、笑うしか術がなかった。

そんな彼女を見て恭也は小さく溜息をつき、本を置いてリースを地に下ろすと同時に両頬を強めに引っ張る。

 

「いひゃい! いひゃいよ、ひょうや!!」

 

「……痛いとか言う前に、言う事があるんじゃないか? ん?」

 

「ご、ごめんなひゃいごめんなひゃい!! うひょついへごめんなひゃ〜い!!」

 

頬を引っ張られて舌は回らないながらも何度も謝罪を口にし、今度こそ本当に涙目で許してと訴えてくる。

嘘はついたがちゃんと謝罪をしたため、恭也はリースの頬から手を離して解放し、置いた本を持って背を向ける。

そして物置から出た地点で振り向き、頬を擦っているリースへと視線を向け、変わらぬ静かな口調で告げる。

 

「ほら、早く準備して出るぞ、リース。早くしないと帰るのが遅くなる」

 

「……ふえ? 出るって、どこに?」

 

「本屋にだ……お前が駄目にした本を買い直さなければならないだろ。ちゃんと謝らせるのは変わりないが、代わりは買っておいたほうがいい」

 

「えっと……でも私、買い直すお金なんて無いよ?」

 

「……俺の記憶が正しければ、確か二日ほど前に母さんから小遣いを貰ってたはずだが?」

 

そう聞いた途端に目を逸らすリース。それで恭也も大体の事情は察する事ができ、またも溜息をついてしまう。

彼女が小遣いを貰ったのは事実。リースも最初は遠慮していたのだが、結局桃子に押し切られて貰う形となっていた。

だが、決して少なくない小遣いがたった二日で消え去ったのはなぜか。答えは簡単……この二日で使い切ってしまったのだろう。

何に使ったかと言えば十中八九、本だ。恭也は目撃していないが、おそらく買った本は全てなのはの部屋に置いてある。

そして普段は元々持っていた本などを読み、買った本は寝る前に読む用としている。だから、なのは以外は誰も知らないのだ。

なのはに関してはたぶん、黙っててくれと言ったのだろう。見返りを求める子じゃないから、それだけでも十分に聞いてくれるはずだ。

故に誰にも知られぬまま小遣いを使い切った。そしてそれ故、買い直すお金など手元に残っていないというわけである。

 

「はぁ……仕方ない。今回は俺が立て替えておくから、今後はこういった事をしないようにな……」

 

「は〜い♪」

 

その返事には本当に反省してるのかと思ってしまうが、どうせ聞いても反省してると答えるだろうから聞かない。

それよりも昼を過ぎて一時間近く経っている現状では無駄な事をしてるよりも、さっさと買いに出るのが賢明というもの。

だから恭也はここに来て三度目の溜息をつき、出掛ける準備を行うためにリースを引き連れ、家の中へと戻っていった。

 

 

 

 

 

準備と言ってもコートを羽織って財布を持ったかを確認する程度。それ故、大して時間も掛けず家を出るに至る。

リースも恭也と同じで子供用のコート(なのはの物だが)を羽織り、恭也と並んで一直線に本屋を目指していた。

 

「ところでさ、どこの本屋に行くの? 商店街の? それともデパートの?」

 

「商店街の本屋だ。品数はデパートの本屋には劣るだろうが、商店街のほうがデパートより近いからな」

 

歩きでデパートに行くとなると往復でそれなりに時間が掛かるが、商店街ならそこまで遠くはない。

そもそも目的は本なのだからわざわざデパートを目指す必要も無い。本だけならば専門店でも問題はない。

それに店が小さい故に品数に関しても少ないからといって、漫画が無いわけじゃない。となれば目的の物も高確率であるだろう。

リースもその言い分に納得したのか別に文句も追及もせず、それどころかなぜか嬉しそうに本屋への道をルンルンと歩く。

そんなリースの様子を横目に捉えながら恭也も歩調を同じくして歩き続け、その後十五分ほど掛けて目的の本屋へと辿り着いた。

 

「さて……目的の本はどこにあるかな」

 

「漫画だから、あっちのほうじゃない? もっとも一慨に漫画って言っても一杯あるから、見つけるのは大変だろうけどね」

 

「ふむ。なら手分けして探すか……俺はこっちの棚を探すから、リースは反対側を頼む」

 

「りょうか〜い♪」

 

元気よく返事をすると一早く指定された場所へと駆けていく。正直、本当に探す気があるのか不安ではある。

本好きの彼女からしたら本屋とはすなわち楽園。目的など忘れて、自分の興味のある本でも立ち読みしかねない。

しかし若干不安ではあるが結局は任せるしかなく、恭也は自分の探すべき棚へと向かい、上の段から順に目を走らせていく。

出掛ける前に見た本の表紙とタイトルは記憶している。だから目に付けばすぐに分かるが、数が多いのでやはり時間が掛かる。

だが時間を掛けつつも見逃す事無く慎重に目を走らせる。だけどその苦労は報われず、全部見終わっても目的の本は見つからなかった。

一応念のためにもう一度上の段から順に見つつ端まで移動していくが結果は変わらず、小さく息をついてリースがいるであろう反対の棚へ向かう。

だけど案の定というべきか、リースの姿はそこにはない。予想が正しければおそらく、目的そっちのけで別の場所にて立ち読みだろう。

何となく予想していた事とはいえ頭が痛くなる事には変わりなく、仕方なしに彼はリースが探すはずだったその棚へ目を走らせていく。

 

「……ふむ、これだな」

 

棚の中央辺りに差し掛かった辺りで目的の本の列を見つけ、今度は買うべき巻を探すため指を走らせる。

だがしかし、目的としていた本は十八巻までしかそこにはなく、目的であったその次の巻がなかった。

ここまで来て骨折り損。それ故に溜息をつくも、無い以上は長居をするよりもデパートに向かったほうが良いと考える。

そのためさっさとリースを探すために本屋内を歩き回れば、ものの一分程度で立ち読みする彼女を見つけ、ゆっくりと近づき頭を小突いた。

 

「あいたっ! な、何する――って何だ、恭也じゃん」

 

「恭也じゃん、じゃないだろ……すべき事を疎かにして一体何をやってるんだ、お前は」

 

「何って、立ち読みだけど? それに目的を疎かにしてるわけじゃないよ。ちゃんと見つけて確保しといたし」

 

言いつつ本から放した右手で指し示す場所。それは新刊などが置いてある棚の下の段。

そしてその指し示す指の先には数にして十冊もの本が積んであり、その一番上には目的の本が置いてあった。

それで恭也も事の次第を理解する。自分が見たときにそれが無かったのは、すでにリースが確保していたからだと。

加えて彼女は確保した上で立ち読みという行為に映った。要するにリースは目的を忘れてはおらず、ちゃんとする事はしたという事だ。

だからか恭也としてもちょっと馬鹿にし過ぎていたかと反省はするが、それと同時に目的の本の下にある本に疑問が浮かぶ。

 

「リース……本を確保したのはいいが、その下にある本は何だ?」

 

「ああこれ? これは私が個人的に欲しい本を見繕って、ついでに恭也に買ってもらおうかと」

 

「お前な……いくら何でも、それは多すぎだろう」

 

「え〜、これでもかなり絞ったほうなんだよ? 本当に遠慮しなかったら、この二倍か三倍にはなってるよ」

 

「そういう問題じゃない。そもそも小遣いを使い果たすほど買ってるなら、まずそっちを読めばいいだろうが」

 

「それは駄目だよ。あれは寝る前に読む用に買ったやつなんだもん……だから、これは昼間用って事で、ね?」

 

「……はぁ」

 

読む本に寝る前用も昼間用もないだろと突っ込みたいが、頭で買う事を決定してしまってる彼女はどうせ聞かない。

言い聞かせて諦めさせるか、冊数を減らさせる事は出来るだろうが、それをするとおそらく彼女は拗ねるだろう。

元々彼自身欲しい物があるわけでも、お金に過剰な執着があるわけじゃない。だが、それにしたってこれは躊躇われる事だ。

単なる単行本とかならば一冊の値段もたかが知れてるが、リースが欲しがる本は決まって一冊辺り千円以上する本。

それが約十冊……確実に値段が万に近くなる。こんな購入の仕方を覚えさせては、後々問題が出る可能性もある。

しかし結局のところ拗ねられるよりは買ってやった方が大人しくていい。それに彼自身、このくらいの少女に拗ねられるは堪える。

だから一応今回だけだからなと言うだけ言って折れる事となり、途端に上機嫌となったリースを引き連れ、本の山を以てレジへと向かった。

 

 

 

 

 

 

 

その後、本屋から家へと帰宅した二人はなのはの帰りを待ち、買ってくるや否や謝罪を入れて買った本を渡した。

彼女は別に買い直さなくてもいいのにと言いたそうな顔をしていたが、実際には口にせず苦笑しながらそれを受け取った。

だが、同時に大量の本が入れられる袋が目に付き、途端にリースばかりズルイと恭也に詰め寄ってくる始末。

そして後日、結局なのはにも大量の漫画を奢らされる羽目となり、リースの件も含めて恭也の財布はより一層軽くなったそうな……。

 

 


あとがき

 

 

リースは本が大好き、と……。

【咲】 それに振り回される恭也も堪ったものじゃないでしょうね。特に金銭面で。

まあねぇ。今回のも買った額はリースのだけで一万を超えてるしな。

【咲】 それでも買っちゃう恭也はやっぱり甘いって事かしらね。

かもしれんね。ついでにリースに買えばなのはにも交わされる羽目となるから、本当に堪ったものじゃないかもな。

【咲】 にしても、リースって本当に本が好きなのねぇ……しかも、読む速度が速いし。

彼女の本好きは父親譲り、知識を入れる事を楽しむのも父親譲り……つまりは完全に父親似なんだよ、リースは。

【咲】 ふ〜ん……でもさ、ジェドって確か本好きっていうより、デバイス好きなんじゃなかったかしら?

デバイス好きになる前は純粋に多数の知識を取り込むのが趣味だったんだよ。

そして自然と知識が多く得られる本が好きとなり、知識を元に研究し甲斐のあるデバイスが好きになった。

つまりリースのこれは昔のジェドと似てるって事。いやはや、さすがは親子ってところだね。

【咲】 まあ、本人は認めないでしょうけどね。これってやっぱり、同族嫌悪ってやつかしら?

ジェドに関しては違うだろうが、リースの場合はそうかもしれんな。

【咲】 そうなるとやっぱり、リースも最終的にはデバイスに興味が行くのかしらね。

それはどうだろうな。興味は現状でもあるだろうが、本人がすでにデバイスだしなぁ。

【咲】 そういえばそうだったわね。となると、もしも本格的にその道に就こうとしても無理なのかしらねぇ?

さあねぇ……デバイスである以前に一個人であるわけだし、資格はもしかしたらって可能性もある。

ともあれ、そういった部分が今後どうなるかはこれから次第というわけだな。

【咲】 そうね。それじゃあそろそろ、次回予告の方へいっちゃいなさい。

ほいほい。次回は三人目であるアスコナ編……と行きたいところだが、その前にここで挟まなければならない話がある。

それはずばり、ユニゾンデバイスを得た恭也とフェイトの魔導師ランク再測定。

まだ結論が出ていない恭也はともかく、フェイトの場合はシェリスを自身の所有デバイスに登録するためにどうしても必要な事。

それ故に恭也の場合は将来的な意味も兼ねて二人の再測定。そしてこの二人のみの測定であれば、二人が戦えば早い。

だからそうしようとしたのだが、見物人として赴いた者たちの中で予想外にも戦ってみたいと志願してくる者がいた。

本来なら必要なくも様子的に譲るようには見えず、仕方なく分けて測定を行う羽目となる。

そして測定のトップバッターとなるのは恭也とリースのペア。『剣』の守護者として目覚めた二人を相手に戦うのは、一体誰なのか……というのが次回のお話だ。

【咲】 それってさ、もしかして次回は前後編って形になったりするの?

なるね、確実に。

【咲】 ふ〜ん……ま、頑張りなさいな。にしても思ったんだけど、嘱託から正式な局員になるまでは一年の訓練期間があるじゃない?

あるけど……それはどないしましたか?

【咲】 いや、毎回思うんだけど……学校に通いながら正規局員になる訓練も行うってさ、結構なハードスケジュールよね。

まあねぇ……それはこなしちゃうんだから確かに凄いよな、なのはたちは。

【咲】 本当に小学生かって思うわよね。まあ、こういった事突っ込んでも仕方ないんだろうけどさ。

確かにな……てなわけで、今回はこの辺にて!!

【咲】 また次回も見てくださいね♪

では〜ノシ




大人しく過ごしているかと思いきや。
美姫 「リースもやっぱり子供の部分があるのね」
まあ、子供、大人に関わらず怒られたくはないがな。
美姫 「とは言え、単純に隠したところでいずればれると思うけれどね」
確かにな。にしても、恭也は本当に災難だったな。
リースがしてしまったはずの失敗が、何故か当の本人は更に本が増えて。
美姫 「これに味を占めたリースとなのはが協力して、いらなくなった本を……」
いや、流石にそれは恭也も気付くだろう。
美姫 「何回もすればね」
いや、でもあの二人がそこまで悪巧みはしないよ、うん、きっと。
美姫 「今回のリース側のお話もお終いね」
だな。次回は戦闘みたいだけれど。
シグナム辺りが真っ先に名乗りでそうだな。
美姫 「さてさて、どうなるのかしらね」
次回も待ってます。
美姫 「待ってますね〜」



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