冬休みが明けてからおよそ一か月の時間を経て、フェイトは学校に復帰する事になった。

なのはもそうなのだが、アリサやすずかに会うのは久しぶり。それ故か、若干気持ちが浮つく感じがあった。

きっと会えば最初に以前の事について問い質されるだろうが、それは大きくても彼女にとって些細な問題。

今は久しぶりに会えるという事が嬉しい。そんな浮つく気持ちを抑えながら、鞄を手に持って玄関へと向かった。

そして赴いた玄関にて靴を履いていると当然と言えば当然か、タタタッと足音を立てて二人の人物がやってきた。

 

「うにゅ……フェイトお姉ちゃん、どこか行くの?」

 

「うん、学校にね。夕方までには帰ると思うけど、それまでアルフと一緒に良い子でお留守番しててね」

 

「シェリスは一緒に行っちゃ駄目なの?」

 

「えっと、連れて行きたいのは山々なんだけど……生徒じゃない人は来ちゃ駄目って事になってるから。その、ごめんね?」

 

頭を撫でてあげるといつもなら喜ぶシェリスだが、撫でながらそう言っても今は不満気な顔を覗かせるだけ。

基本彼女は甘えたがりだからフェイトと一緒にいたい子。だから一人じゃないと言っても、フェイトから離れてお留守番は嫌な様子。

しかしフェイトとしても本当に連れて行けるものならそうしたいという気持ちはあるが、連れて行けないというのが現状である。

だけどこのままにすると無理矢理付いてきかねないと判断してか、アルフに視線だけでシェリスを頼むと告げる。

アルフもフェイトの視線の意味を読み取ったのか頷いて返し、フェイトは若干安心の表情を浮かべてシェリスの頭から手を放す。

 

「それじゃあ行ってきます、二人とも」

 

「いってらっしゃ〜い!」

 

アルフは元気に見送りの言葉を口にするが、シェリスは反して未だ不満気な顔をしている。

そんな彼女に先ほどまでの気持ちとは違い、ちょっとした後ろめたさを感じながらもフェイトは出掛けていった。

そして彼女の姿が見えなくなって扉が完全に閉まる寸ででシェリスは動き出し、フェイトを追い掛けようとする。

 

「アンタはアタシと一緒にお留守番! ほら、さっさとリビングに戻るよ」

 

「にゃーーーー!!」

 

だけどそれはアルフに頭をガシッと掴まれる事によって阻まれ、いくら強引に進もうとも進めなくなる。

挙句進もうとする行動自体を抱き上げられる事によって止められ、近所迷惑な絶叫を残して望まずとも、玄関からゆっくり遠ざかっていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

魔法少女リリカルなのはB.N

 

【第三章】第一話 腕白少女のお暇なお留守番

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

フェイトが学校に行くため家を出てから三十分間は、正直シェリスを抑えるので一苦労だった。

リビングに連れてっても玄関に戻ろうとするわ、逃げまいと動きを封じれば小柄な体に似合わない暴れ振りを発揮するわ。

それほどフェイトに懐き、一緒にいたいという事なのだろうが、抑える側のアルフとしては堪ったものじゃない。

しかしまあ、それもその三十分間のみ。それが過ぎると逃げられないと悟ったか、それとももう追い付けないと判断したのか。

どちらかは分からないが途端に大人しくなり、今は蜜柑を食べながらテレビをジッと見ていた。

 

「やれやれ……」

 

急に大人しくなったシェリスと僅かに間を空けて腰を下ろしながら、疲れたように溜息をつく。

そしてテーブルの中央の器に積み上げられた蜜柑を一つ手に取り、皮を剥いて食べながらテレビに目を受ける。

何が面白いのかは知らないが、現在テレビに映されているのはドラマ。おそらくは朝方にやっている連続物の。

ただジャンルが見た限り分からない。恋愛なのか、コメディなのか、もしくはその他の何か……正直、判断が付かないドラマだ。

だけどそんな物でもシェリスは興味津津とばかりに見入っている。たぶん、あちら側ではテレビが無くてそれ自体が物珍しいのだろう。

つまりそれは同時にやっている番組など何でもいいという事だ。だからか、アルフはリモコンを取ってニュースのやってるチャンネルへと変えた。

 

「にゃ!?」

 

いきなり映し出される物が変わり、シェリスは驚きの顔を浮かべる。次いで変えたのがアルフだと分かると不満顔を向けてきた。

アルフの読み……やってる番組など何でもいいというのは確かに本当の事。事実、テレビを付けて最初にやってたのがそれなら気にせず見入ってた。

しかし最初に見ていたのがドラマで、それを勝手に変えられたとあっては不愉快。しかも、途中まで見たから続きが気になっている様子。

それ故かソファーから飛び降りてテレビへと近づき、電源の横にあるボタンをポチポチと横から押し始める。

そしてチャンネルを変えるボタンを見つけるとそれを何度か押し、元のチャンネルへと戻すとその場で膝を抱え、改めて見入る。

だが今度はアルフが再び戻された事が気に食わなかったのか、再度リモコンを操作してチャンネルを変え、先ほどの物へ戻した。

これにシェリスは対抗意識を燃やし、またもボタンを操作して元のドラマへ。そしてそうなると今度はアルフが対抗意識を燃やして戻す。

そんな事が何度となく行われ続け、ようやく落ち着いたときに映っていたのはニュース。つまりはアルフの勝ちという事であるため、彼女は満足そう。

だけど反対にシェリスは涙すら浮かべそうな表情を浮かべ、諦めてテレビから離れて元の位置に帰ってくるかに思わせて――――

 

 

 

――アルフへと飛び付き、彼女の腕にガブッと噛みついた。

 

 

 

「いててててっ! は、放せこの噛み猫娘!!」

 

「っ――――フーーー!!」

 

咄嗟に拳骨を落とそうとすればそれを飛び退いて避け、間合いを置いた位置で両手をつき、猫のように威嚇する。

元々猫のような言動をする子ではあるが、その姿を見ると完全な猫。身体に毛があればきっと逆立っている事だろう。

対してアルフは噛まれた腕を摩りつつ警戒態勢。こうなったシェリスは何をしてくるか分からないと初日で実証済みだからこその対応だ。

 

「にゃーーー!!」

 

「っ、何度も同じ手を食うかっての!」

 

再び飛び掛かってきた彼女の動きの直線状から瞬時に身体を逸らし、通過する彼女の襟首を掴む。

それにより一瞬だけぷらーんと吊るされるだけの状態になるが、数秒の時間が経つと途端に暴れ出す。

腕をぐっと伸ばす事で暴れる彼女の腕や足が当たる事は無くなるが、正直このままでは埒が明かないのも事実。

そのため先日もこの状態になったとき使った対処法を実行すべく、襟首を掴んだまま棚のほうへと向かった。

そして棚の扉を開き、その上のほうにあるお菓子の包みと思われるものを一つ取り、シェリスの前に提示してみる。

すると途端に彼女の眼はそれに釘付けとなり、暴れる事を止めて手を伸ばし、目の前に提示されたお菓子の袋を取ろうとする。

だけど当然アルフが簡単に渡すわけが無く、軽く遠ざける。それによってまたも暴れ出そうとするが、続けて放たれた言葉に動きを止めた。

 

「これが欲しいなら、もう暴れないって約束しな。そしたらあげるよ、これ」

 

シェリスはお菓子に目が無く、特にそれが飴となると奪ってでも欲する傾向がある。

生憎と今提示しているお菓子は飴ではないが、それでもかなりの効果を示すのか、シェリスは考える間も無くコクコクと頷いた。

それを確認したアルフは今度こそお菓子を渡して床へと降ろし、喜々として封を開ける彼女を横目の元の場所へ戻った。

 

「〜〜♪」

 

「……はぁ」

 

ソファーへと腰掛けてニュースを見る振りをしながら再びシェリスに目を向けるも、対する彼女は目もくれない。

封を開けたお菓子袋に手を突っ込み、一個ずつ取り出してモグモグと食べ、そのたびに本当に嬉しそうな顔を浮かべる。

正直なところお菓子が不味いとは言わないが、アルフからしたらそんな顔をしてしまうほどの物だとは思わない。

しかしシェリスにとっては美味しい物らしく、いつも食べるたびに幸せそう。そんな様子をフェイトが見たなら、苦笑を浮かべている事だろう。

だが先ほどまでの猫状態のシェリスを相手にしていたアルフとしては笑みなど浮かべられず、溜息をついて今度こそ意識をテレビへ完全に向けた。

 

 

 

 

 

お菓子を食べ終えた後のシェリスは再び大人しくなり、最初と同じ位置にて腰掛けて蜜柑を食べ漁っていた。

それを横目にアルフは、猫は柑橘系が駄目じゃなかったかなぁとか考えつつも、実際には口にせず黙ってテレビに見入る。

ニュースはすでに終わり、基本的には何がやってるわけでもない。だけど別段する事も無いのでただ暇潰しに見る。

そしてあっという間に時間が過ぎてお昼となり、アルフは蜜柑の皮で散らかったテーブルに溜息をつきつつ、昼食の準備に移る。

といっても材料から作るのではなく、すでにフェイトが作って置いておいた物をレンジに入れて温めるだけという単純作業。

それ故に数分程度で準備は終わり、持って行く前にシェリスの散らかしたテーブルを綺麗にした後、そこに昼食の盛られた二枚の皿を置いた。

フェイトが作ったというのと皿に盛られる料理を見る限り、おそらくは弁当のために作るはずのおかずを余分に作って盛り付けただけだろう。

しかし二人にとってフェイトの作った物に文句など出るわけも無く、互いの目の前に置かれた食事を喜々として食べ始める。

だが食事が進むにつれ、またもここで問題となる事が発生した。しかもこれまたシェリスに関しての事で……。

 

「…………」

 

「……さっきから何やってんのかなぁ、シェリス?」

 

「にゃ?」

 

皿に盛られているのは簡単に分類して肉類と野菜類、後は多めに炊いてあった白飯の三つでバランスを整えてある。

そしてその中には肉と野菜を混ぜ合わせて作られたおかずもあるわけだが、ここでシェリスの行動が非常に分かりやすく出る。

というのもシェリスは野菜全般が嫌いであるため、肉や白飯は食べるが野菜は食べず、混ぜて作ってあっても野菜だけ退けるのだ。

ここ最近まではフェイトがいたから残された野菜は彼女が食べていたが、フェイトがいない現在では食べてくれる者など当然いない。

アルフだって野菜が絶対的に嫌いというわけではないが、好んで食べたいとも思わない。それにフェイトのように過剰に甘やかす事もない。

そのためシェリスの行動を指摘し、今まで許容されてきたから当然だと思い込んで疑問符を浮かべてくる彼女に本日何度目かの溜息をつく。

その後すぐにフォークを伸ばして分離された肉と野菜を再び混ぜ合わせ、元の状態へと戻した。

 

「うにゅ……アルフお姉ちゃん、何でそんな意地悪するの?」

 

「意地悪じゃない。アタシだってちゃんと野菜も食べてるんだから、アンタも好き嫌いせずに食いな」

 

「ぶぅ……でもフェイトお姉ちゃんは野菜食べなくても怒らないもん。だから食べなくてもいいんだもん」

 

「フェイトは優しすぎるからアンタが嫌がる事はさせたくないって思ってるんだよ。けど今はそのフェイトがいないんだから、アタシの方針でいかせてもらう……だから食え」

 

頬を膨らませながら予想通りの言い分を言ってくるシェリス。それをバッサリと切り、食べる事を指示するアルフ。

この場合好き嫌いをするなというアルフの言い分のほうが正しいが、シェリスはシェリスで自分が間違ってると思ってない。

だから食えと言われても食わず、またも野菜だけ退けようとする。しかしそれをアルフがさせるわけもなく、再び混ぜ合わされる。

当然ながらその間で互いの食事が進むわけも無く、折角温めた料理が冷めてしまうのだが、二人とも気にしてはいられない。

片や野菜は残したい、片や野菜も食べさせたい……どちらも譲る事が無いからその小さな争いは絶えず何度も繰り広げられる。

 

「ああもう!! 諦めが悪いね、アンタは!! アタシがいる以上どうせ食べなきゃいけないんだから、さっさと諦めて食えっての!!」

 

「いや!!」

 

同じ事を何度も繰り返したせいか、いい加減アルフも我慢が出来なくなり、テーブルをバンッと叩きながら叫ぶ。

だけどその言葉もたった二文字の言葉で断られ、それがまた更にアルフの怒りという感情に多大な刺激を与える。

しかしもう完全にキレてしまっても可笑しくないのにも関わらず、僅かな睨み合いの後にまるで諦めたかのようにアルフは食事に戻る。

それを残しても良いと受け取ったシェリスもアルフから目を外し、野菜を再び皿の脇に退けてから肉団子をフォークで刺す。

そして嬉しそうな顔でアーンと大きく口を開け、肉団子を運ぼうとする。だが、その瞬間を待っていたかのように瞬時にアルフは動き出した。

肉団子が彼女の口に入るほんの数秒を利用して自らのフォークをシェリスの更に伸ばし、脇に退けられた野菜を二、三個ほど纏めて刺す。

 

「おりゃ!」

 

「むぐっ――!?」

 

その後、肉団子が入るのと同時にそれをシェリスの口に押し込み、肉団子と一緒に野菜も食べさせる。

やりようによっては非常に危ない行為だが、そうでもしないと彼女は食べない。そのため、速くはあるがかなり慎重にそれを行った。

その結果、嫌がっていた野菜を口に入れさせる事に成功。アルフは途端に満足そうな笑みを浮かべる。

 

 

 

「――――んぐっ……ぺっ」

 

――だが次の瞬間、彼女の口から入れた野菜が吐き出された。

 

 

 

口に入れてモグモグを顎を動かしだした段階で成功したと思った。だが、その考えは甘かったと痛感させられる。

どうやったのかは知らないが、物の見事に肉団子だけ噛んで飲み、口に入った野菜は一切噛まずに皿へ吐き出した。

そんな結構器用な行動をしてまで食べたくないという意思の表れなのだろうが、そんな考えはアルフの頭には入ってこない。

怒りを臨界点にまで高めるその光景を目にした故、思い描いたただ一つの事しか頭に留められず、すぐさまそれの実行のため立ち上がる。

少しばかり警戒しているシェリスへゆっくりと近づき、至近まで寄ると何か行動を起こさせるよりも早く背後を取り、気をつけの体勢を取らせる。

そしてその体勢を座ったまま強要させつつ、先日のように自身も彼女の背後に座り込んで両足を回す事で完全に拘束してしまう。

 

「にゃ――――むぐっ!?」

 

拘束した後は無言でフォークをシェリスの皿にある野菜へと伸ばし、もう片手で彼女の口を無理矢理開ける。

それからすぐにフォークで刺した野菜を放り込み、すぐに閉じさせて無理矢理噛ませる。その後、無理矢理飲み込ませる。

こうする事によって野菜を吐き出される事も無く、食べさせられる。だが、普通に見てかなり疲れる作業という他ない。

一応魔法という存在があるからバインドで拘束というのも出来るが、これは解除されたら逃げられるのであまり良い手段とも言えない。

よって魔法が使えなければ実力行使しかなく、こういった拘束方法。そしてこういった方法だから、食べさせ方もこれしか無い。

 

「んーー! んんーー!!」

 

とはいえ無理矢理だというのには変わりなく、嫌いな野菜を食べさせられているという事実も合わせて涙目になりかけている。

しかし怒り心頭なのに加えてフェイトほど甘くも無いアルフは止めたりせず、飲み込んだら次を放り込み、野菜を消化させる。

そんな一連の流れは彼女が野菜を全て食べ終えるまで続き、その間は一切シェリスの叫びが絶える事はなかった。

 

 

 

 

 

食事を終えた後のおよそ三十分の間はシェリスはソファーでぐったりしていたせいか、非常に静かだった。

しかし大人しかったのは本当にその間だけで復活を果たした後は食事前と同様にソファーに座って蜜柑を再び食べていた。

だけど蜜柑も無限にあるわけではなく、午前中で食べ過ぎたためか食べ始めて大して経たぬ内に無くなってしまった。

そのためか完全にシェリスは手持無沙汰。かといってアルフはテレビを見ているため、そちらには意識が向いていない。

話しかければ返事くらい返しては来るだろう。だが先の事を気にしているわけじゃないが、彼女はそれをしなかった。

そして何を思ったかソファーの背凭れから後ろの方をキョロキョロと眺め始め、その視線が部屋の隅に固定されるとすぐにそこへ近寄った。

近寄ったそこにあったのは立ったままでは読み辛い小さな文字で記された文が書かれ、何枚も重ねて紐で縛られた紙の束だった。

 

「……アルフお姉ちゃん。これ、何?」

 

「んあ? ああ、それは新聞の束だね。確か、今度チリ紙交換屋が来たときにでも出すって言ってたやつじゃないかな」

 

「シンブン? チリガミコウカン?」

 

「あ、そっか……シェリスはずっとあそこばかりにいたから知らないんだったね、そういうの。まあ、簡単に説明すると新聞ってのはこの世界で起こってる事とかを記した紙の事だな。それでチリ紙交換屋ってのはそういうのを含めた紙で出来てる物が不要になった場合、纏めて出すと重さに合わせてトイレットペーパーと交換してくれる業者の事だよ」

 

「うにゅ……じゃあ、これはいらなくなった紙なの?」

 

「そういうこったね。あ、だからって勝手に構っちゃ駄目だよ? それが無いと交換出来なくなるし」

 

闇の書事件の仮本部としてここに住み始めたときから新聞を取り、そのときから不要になったら纏めて交換というのも習慣。

実際そんな事しなくともトイレットペーパーぐらい普通に買えるのだが、なぜかリンディはわざわざ交換などをしていた。

それは彼女がいなくなり、フェイトとアルフとシェリスの三人で住むようになってからも続いており、それもフェイトが束ねておいたものである。

それを聞いたシェリスも最初こそ、しゃがんでジッと眺めるだけだった。だが、それも長く持たず、やはり好奇心が勝ったのか束から新聞を一つ抜き取ろうとする。

しかし当然、簡単に抜けるほど紐の締め付けは緩くはない。そのためか、早々にそれを止めて今度は紐を解こうとし出した。

きつくは締めてあるが結び目は解けやすい形となっている。それ故に多少四苦八苦したくらいで解かれてしまい、弾みで新聞は音を立てて散らばってしまった。

 

「っ!? な、なななな何やってんだい、アンタは!!」

 

「シンブン読んでるの」

 

「んな事は見れば分かるよ!! アタシが聞きたいのは、何で駄目だって言ったのに紐を解いたのかって事!!」

 

「読みたかったから?」

 

悪い事をした意識がないどころか、アルフが何で怒ってるのかも分かってない様子を窺わせるシェリス。

当然ながらそれは彼女の怒りを増長させる事にしかならず、再び注意を聞かなかった故のお仕置きをしようと立ち上がり歩み寄る。

それに対して罪の意識が無くも直感でお仕置きされると感じ取ったのか、シェリスは手に持っていた新聞を投げ捨てて一目散に逃げ出す。

アルフもそれに合わせるように背を向けて逃げ出した彼女を捕らえようと手を差し伸ばしながら駆けだすのだが――――

 

 

 

「――どわっ!?」

 

――通過点にあるシェリスの散らばした新聞で足を滑らせ、豪快にコケてしまった。

 

 

 

咄嗟に受け身は取ったため痛くはないが、豪快にコケてしまったためか新聞たちは盛大に散らばってしまった。

中にはぐしゃぐしゃになってしまった物さえもある。だが、それらよりもアルフの中ではシェリスへの怒りが先立っていた。

シェリスが新聞を散らばさなければこんな事にはならなかったのだし、そもそも注意を聞いていれば自分が怒る事もなかったのだから。

そんな彼女の怒りを知ってか知らずか、立ち上がろうとする彼女へシェリスはちょこちょこと歩み寄り、指差しながら告げる。

 

「アルフお姉ちゃん、格好悪いの♪」

 

「〜〜っ!!」

 

僅かでも心配してくれたのかなどと思ってしまった自分を、愚かだと知らしめるには十分過ぎる一言。

それを聞いた途端にアルフは後悔すると同時に怒りが再び頂点に達し、立ち上がると共に距離を詰めようとする。

だけどその際に伸ばした手はスイッと避けられ、逃げ出した。それ故彼女は怒りのままに追い掛け、再び鬼ごっこが展開される。

そしてその鬼ごっこはシェリスが捕まってお仕置きされるまでの間、続けられる事になるのだった。

 

 

 

 

 

シェリスのお仕置きを終え、またもグッタリとしている彼女を尻目に新聞を片付けてからおよそ一時間後。

アルフは午前中に見ていたニュースでやっていた天気予報にて午後から雨だと知り、現在はベランダに干された洗濯物を取り込んでいた。

洗濯とか衣服を干すとかはフェイトが早起きして朝方済ませているのだが、今日から学校がある故に取りこむ事は出来ない。

加えて朝食時にテレビを付けていなかったから午後から雨だという事も知らないはず。だから、これはあくまでアルフの独断である。

だが、乾いていないならまだしも、すでに乾いている洗濯物を取り込む行為は感謝こそされても責められる事などありはしない。

しかしアルフには別に感謝されたいという意思はなくあくまで善意であり、このくらいのフォローは使い魔として当たり前と思っていたりする。

ともあれそんなわけで彼女は現在洗濯物を取り込む作業を行っているのだが、反してもう片割れのシェリスは暇そうな様子で眺めていた。

 

「アルフお姉ちゃん……」

 

「……何?」

 

「暇なの……」

 

「はぁ……だからさ、暇ならテレビでも見るか、それが嫌なら寝室のほうの棚に本があるからそれでも読んでなって言ってるじゃないか」

 

「テレビは面白いのやってなかったもん。ご本も、見てきたけどシェリスには全然分かんないのばっかりだったし……」

 

「それじゃあ大人しくそこで見てるか、もしくは寝室で昼寝でもしてなよ。むしろ、そのほうが静かでアタシとしても良い」

 

「そんなのつまんないもん……シェリスはもっと楽しい事がしたいの」

 

「アタシはこれで忙しいから、アンタの相手をしてる暇はないよ。残念だったね」

 

返事を返すには返すのだが、そのどれもがシェリスにとって不服なものであるため、彼女はシマリスのように頬を膨らませる。

それをもしもフェイトが見たなら何か優しい言葉を掛けるなり、折れて相手をするなりするのだろうが、アルフはそこまで甘くない。

むしろ横目でチラッとだけ見るだけですぐに正面へと戻し、返事だけでシェリスを全く相手にしようとせず作業に集中している。

これがシェリスにとってはとても不満らしく、暇暇と口に出し続けるのだが彼女は振り向かず、シェリスの声だけが空しくその場に響き渡る。

その後しばらくして言うだけ無駄だとようやく知ったのか、口を紡ぐ。そして今度は何を思ったか、自身もベランダに出て干されてるバスタオルを引っ張り出した。

 

「んあ? なんだ、手伝ってくれるのかい……珍しいね」

 

「う〜!」

 

「あ〜、待て待て。洗濯ばさみで止めてあるんだから、そのまま引っ張っても取れないって」

 

どうやらアルフが相手をしてくれないのは洗濯物があるせいだと悟ったのだろう、取り込むのを手伝おうとしてるらしい。

これは彼女にとってとても珍しい光景であると同時に遊びたいから手伝うという子供らしい思考が垣間見え、若干苦笑してしまう。

だが、そのままにさせていても洗濯ばさみがガッチリとバスタオルを固定しているため、引っ張っても取れる事は無い。

加えて彼女は奥と手前を重ねて引っ張っているから洗濯ばさみが無くとも無理。それ故、まずは洗濯ばさみを取ってやろうとアルフはそちらに近づこうとした。

 

 

 

――だがその瞬間、バキッという音と同時に頭上へ齎された衝撃が彼女の動きを止める事となった。

 

 

 

バキッという音は無理にシェリスが引っ張り続けるから物干し竿が折れてしまった音。

それと同時に齎された衝撃とは折れた竿がアルフの頭に直撃した際の衝撃。もちろん、シェリスが力一杯引っ張っていたから威力は中々の物。

さすがに不意を突かれたその一撃は強烈だったらしく、アルフは声にならない声を上げ、頭を押さえながら地面にしゃがみ込んでしまう。

しかしそんなアルフの様子に気づいているのかいないのか、シェリスは竿が落ちた段階でようやく挟みの存在に気づき、それを外していた。

そしてようやくバスタオルを確保できた事に喜びの笑みを浮かべつつ、洗濯物を入れている籠へと入れて次を外そうとする。

 

「シェ、シェリス……」

 

「にゃ?」

 

またも湧きあがろうとする怒りを声に表わしつつ呼べば、やはり彼女は何の罪悪感も持ってない顔を向けてくる。

それを見れば先ほどまでなら怒りは増長していただろうが、今回ばかりは不可抗力である事が分かっているから別に大きくはならない。

加えて彼女が罪悪感を一切持たない子だというのはリースからも聞いているし、今日だけでも痛いほど理解している。

だから怒りを何とか抑えつつ、アルフはゆっくりと立ち上がって近づき、彼女の前にてしゃがむと頬を痛くない程度に引っ張る。

 

「手伝おうと思った事自体を悪いとは言わないけど、手伝うならちゃんとアタシの言う事を聞こうな……?」

 

言い聞かせるように言えば意外にも彼女は素直に頷く。それ故、アルフもそれ以上は怒らず、頬から手を放した。

今ので何となく分かった事だが、シェリスは怒鳴って言い聞かせるよりも諭すように窘めるほうが言う事を聞くタイプだ。

それは自分の譲れない部分以外ではの話にはなるだろうが、それが分かっただけでも怒らずに諭した意味はあっただろう。

そしてその甲斐あってか、シェリスはその後アルフを言う事をちゃんと聞き、先ほどまでより手際良く洗濯物を取り込んでいく。

 

(代わりの物干し竿、また今度にでも買ってこないとねぇ……)

 

共に洗濯物を取り込みつつも、アルフは残った問題点である折れた物干し竿に関して考える。

だが、いくら考えた所で折れたものを修復するのは難しく、結局のところ近い内買ってこないといけないという結論に達する。

それは買うお金がないわけではないが、余計な出費であるのは変わりない。だからか、アルフはシェリスに気付かれない程度の小さな溜息をつくのだった。

 

 

 

 

 

洗濯物を取り込み終えた段階でアルフの疲労はいろいろな意味でピークに達していた。

実際に口にする事はないだろうが、おそらくその原因の八、九割はシェリスにあるといっても過言ではないだろう。

そしてその当の本人はというと洗濯物が終われば遊べと言ってくるかと思いきや、ソファーの上で丸くなって寝始めた。

あれだけはしゃぎ続ければ当然と言えば当然かもしれないが、何ともまあ自分勝手なお子様であると言わざるを得ない。

しかし寝ているのなら静かでいいと起こす事もなく、自身も釣られたのか欠伸を一つするとシェリスから若干間を開けた所で横になる。

 

「ふあ〜あ……寝む……」

 

横になるとまたも大きな欠伸をしつつ、重たくなった瞼を閉じて眠気に身を委ねようとする。

だが、その途端に自分の足の方面からゆっくりと何かが乗っかってくる感触と重みを感じ、閉じた瞼を僅かに開ける。

 

「にゃう……」

 

その際に目に映ったのはシェリス。すでに胸の辺りにまで到達してるせいか、顔がずいぶんと近く感じる。

いきなり乗っかってきた彼女に一体何だとアルフは思うが、自分の上で再び寝始める様子で何となく理解する。

要するに一人で寝るのが寂しくなったか何か。それでアルフへと近づき、人肌でも感じながら寝たいと思ったのだろう。

少し重たくはあるが、別にそれを拒む理由は彼女には無い。そもそも、眠気のせいでもうどうにでもしてくれと思ってる節もある。

だからシェリスの自身の上から退ける事も無く、むしろ乗っかる彼女を抱き枕に使うかの如く両手を回した。

 

「ほんと、甘えん坊だね……アンタは」

 

そう呟きつつ回した手で背中を撫でてやれば、気持ち良さげな声をほぼ無意識で発してくる。

甘えられるのは別に嫌いじゃない。本当なら、フェイトにだってここまでとは言わないが、多少なりと甘えて欲しい。

だけどフェイトは元々の性格からそれをする事は無く、最近はより甘えるよりも甘えさせるという感じになってきている。

アルフとしては少し寂しい気持ちもあるが、それで自分だって甘えさえてもらった事もあるのだから文句を言う事なんて出来ない。

だから、フェイトに出来ない分だけシェリスに甘えさせる。フェイトほど甘くはなくても、最低限の甘さを彼女に注ぐつもりだった。

そんな考えを頭に浮かべつつ、シェリスの背中を何度か優しく撫で付けながら彼女はゆっくりと睡魔に身を委ねていった。

 

 


あとがき

 

 

今回はシェリスとアルフの騒がしくもマッタリとしたお留守番をお届けいたしました。

【咲】 アルフもアルフで結局はシェリスに甘いのね。

まあ、フェイトのように甘やかすだけという事はないがね。怒るべきときはちゃんと怒るし。

【咲】 確かにね。でも、そういった部分を抜かすと今回、アルフは災難ばっかりよね。

まだシェリスの扱いに慣れてないからねぇ。現状で彼女をしっかり扱える人がいるとすれば、リースぐらいだろうよ。

【咲】 さすがは姉っていうべきかしらね、それは。

だな。だがまあ、フェイトもアルフも付き合っていく内に慣れてくるよ。

【咲】 特にフェイトは慣れないと駄目でしょうね。

まあな。だけど慣れるのはそんな簡単じゃないから、しばらくは受難の日々が続くだろうね。

【咲】 それも三章で書いていくの?

うむ。

【咲】 そう……ところでさ、シェリスだけじゃなくてリースやアスコナにも言える事だけど、あの子らって肉体の操作は出来ないの?

肉体の操作って言うと、小さくなったりって事か?

【咲】 ええ。で、どうなわけ?

出来ない事は無い。むしろ、そっちのほうが魔力消費が抑えられて良いだろうね。

でも、あれってある程度のイメージ力が必要だからさ、リースはともかく、シェリスやアスコナにはまだ無理かな。

【咲】 いつかは出来るようにあるってわけね?

そういう事。もっとも、ぶっちゃけ出来るようになるのは三章でも結構近い内なんだけどね。

【咲】 ふ〜ん……でもまあ、出来るようになったらなったでいろいろと起きそうな気はするけどね。

まあね。

【咲】 それじゃあ、そろそろ次回予告のほうへ行っちゃいなさい。

了解。次回はだな、今回シェリス側をやったから次はリース……つまりは高町家側のお話になる。

こちらもこちらでお留守番の話だが、彼女の場合はシェリスとは違い、はしゃいだりする事も無い。

要するに非常に大人しめのお留守番なお話だ。しかしまあ、それ以外にもいろいろとあるんだけどね。

【咲】 まあ、リースならシェリスほど滅茶苦茶な事はしないでしょうね。

うむ。その上理解もあるから駄々も捏ねないしね……そういった意味では見た目より大人びてるよ、彼女。

【咲】 本当に何事も無く話が流れそうな気がするわね。

と普通は思うだろうが、実際はそうでもない。二章でも少し出たリースの趣味が災いしていろいろとトラブルも出てくる。

【咲】 リースの趣味って……そんなのあったかしら?

趣味と公言してるわけじゃないが、それらしきものは何度かあったよ。まあ、次回になれば分かるだろうが。

【咲】 ふ〜ん。じゃあまあ、次回まで待つとしましょう……それじゃ、今回はこの辺でね♪

また次回会いましょう!!

【咲】 それじゃあね、ばいば〜い♪




シェリスは本当に子供だからな。
美姫 「まあ、ある意味仕方ないかもね」
意外だったのはアルフがちゃんと面倒を……、いや、意外でもないか。
美姫 「そうよね。結構、面倒見よさそうだし」
だな。とは言え、やはり子供のパワーには流石のアルフも疲れ気味かな。
美姫 「これからこの二人がどんなやり取りをしていくのか」
非常に興味深いです。
美姫 「そして、次回はリース側」
こっちはどうなるんだろうか。
美姫 「気になる次回は……」
この後すぐ!



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