あの発言の後に深く問い質してみて分かった事。それはシェリスが母はおろか、父の事さえ忘れてしまったという事実。

あれだけパパ、パパと懐いていた彼女が簡単にジェドの事を忘れるとは思えない。だから、デバイス化の際に不備があったかに思われた。

しかしその後にマリーの手によって詳しく調べられたところ、彼女の中の記憶を司る部分に微妙に手を加えられている事が判明した。

普通の人間ならいざ知らず、デバイスとなった彼女の内部プログラムを弄る事は可能。それ故、この件もおそらくそれを知っての故意によるものだ。

しかもマリーの話によれば他の部分に影響を出さず、かなり精密に行われているとの事。こんな事、並みの技術者が行うのは難しい。

となれば行った人物はジェド辺りが妥当。だけど実際問題として彼が行ったのなら、その理由がはっきり言って全く分からない。

彼とて娘を溺愛しているのだから、自分の事を忘れさせるなどするとは思えない。だから結局、誰がやったのか分からず終いとなってしまった。

そしてそれを境として今日の所は皆も疲れているだろうからをお開きという事になり、明日また詳しい話し合いをするという事でその日は終わりを告げた。

 

 

 

――そして次の日の朝、朝食が終わった後に再び昨日と同じ部屋に皆は集まった。

 

 

 

ほとんどの話は昨日終わっている。だが、それでも昨日は出来なかった話が一つだけ存在した。

それはリースとシェリス、恭也とアイラの今後について。今までは民間協力者で良かったが、今後はそういうわけにもいかない。

それと併用して保留状態となっていたはやてやリィンフォース、アスコナや守護騎士たちの処遇に関しても言い渡さなければならない。

ただ後者のほうはすでに本局からの指示を受けているため、それを言い渡すだけだから至って簡単に終わる事だった。

 

「八神はやて、夜天の書の管制人格であるリィンフォースとアスコナ、同じく夜天の書の守護騎士であるシグナム、ヴィータ、シャマル、ザフィーラ……以上の七名は本局の決定により保護観察処分を受けるものとする。誰が観察官に付くかは後日通達する……それと加えて君たちにはこのままアースラスタッフと共に検査等を行うため、本局のほうにしばらく滞在してもらうのでそのつもりでいて欲しい」

 

形式上な通達を伝えた後、続けてリンディよりその七人に向けて管理局に入る意思はないかと尋ねられる。

これはフェイトのときも提案された事なのだが、管理局に入る事前提で嘱託魔導師になれば罪がある程度軽くなる。

ただフェイトのときのように裁判があるわけでもないので軽くなるといっても保護観察の期間が若干少なくなり、ある程度自由が利くようになる程度。

だから最終的な決断は任せると言って締め括ろうとしたのだが、予想外にも全員が満場一致でその提案に乗ると言ってきた。

その答えの理由を聞けば、軽かろうが重かろうが罪は罪であるため、管理局で働く事はその罪滅ぼしになると考えたかららしい。

まさかいきなり結論を出されるとは思わなかったが、リンディとしてもクロノとしても、これを拒否する理由などどこにもない。

それ故に彼女らのこの決断は容易に受け入れられる事となり、改めて互いによろしくと挨拶をした後、続けて残りの四人のほうへと話を移していった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

魔法少女リリカルなのはB.N

 

【第二章】最終話 再び交わる未来へと向けて……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「次にリースとシェリスの処遇についてだけど……二人は希少種の融合型(ユニゾン)デバイスである事から、このまま行けば自ずと管理局で管理、保管される事になる」

 

言い難そうな言い方に比例して、内容ははいそうですかと簡単に頷く事など出来ない内容のもの。

それ故に一応彼女らの保護者的立場にあるアイラが口を挟もうとした途端、クロノは先のに続けて更なる言葉を告げる。

 

「ただ、これは二人に主がいなければの話だ。もしも二人に主がいるのなら、それを考慮して別の処遇を決める事も出来る」

 

「……つまりリースにしてもシェリスにしても主がいるなら、その人も含めて管理局に入る事で自由が利くようになるって事か?」

 

「必ず入れというわけではないですけど、そうしてくれたほうが良いのは確かです」

 

「あ、私は恭也が主だから、その辺の事は恭也に聞いてね。私は恭也の選んだ道なら賛成はしても反対はしないし」

 

我先にと答えたのはリース。彼女は融合型デバイスとなる以前から恭也を主と定めている。

それを今更変える気も無く、恭也の決定なら自分はどこまでも付いていくという言葉さえ告げるくらい信頼している。

その発言もあってかリンディとクロノの視線は恭也へと向き、リンディに至っては凄まじく期待するような視線を送る始末。

元々フェイトとの模擬戦を見た時からリンディは彼の管理局入りを狙っていた。フェイトを破るほどの魔導師は中々いないのだから。

だから彼女としてはここで了承してくれると激しく嬉しいし、クロノとしても入ってくれたほうが丸く収まるのでそれを望んでいる。

加えてなのはやフェイトにしても、恭也と一緒に管理局に勤められるのは喜ばしい事。それ故、賛成こそしても反対などするわけもない。

その他の面々に関しても考える事は様々だが、彼の返事に興味津津である事には変わりなく、全員の視線は彼に集中していた。

 

「どうかしら、恭也さん? 貴方さえ良ければ、管理局に入ってくれるととても助かるのだけど……」

 

「そう、ですね……リースの事もありますし、どちらかと言えば入った方がいいのは分かります。けど、いろいろ思う所も多いですからすぐに結論は出せませんので、返事は少し待っていただけませんか?」

 

「……分かりました。こちらもすぐに返事を期待してるわけではありませんので、今は保留という事にしておきます。でもさすがにずっと保留にしておくわけにもいきませんから、なるべく早めに結論を出していただけると助かります」

 

その返答に対しては正直落胆の色は隠せないが、拒否されたわけではないのでまだ良い。

だからしばらくは保留にしておくとだけ告げ、それを最後として恭也とリースの処遇に関しては一旦の終わりを迎えた。

そして次に回ってくるのはシェリスに関してなのだが、彼女に関しては主がいるかいないかと問えばいないと答える気がする。

そもそも彼女がデバイス化したのもごく最近との事なのだから、特定の誰かを主に定めるような時間などなかったはずだ。

しかしこれは確証があるわけでもないために一応は聞く事にし、リースにくっ付いているシェリスに目を向け、同じ事を聞いた。

 

「君は、リースみたいに主と定めた人はいるのか?」

 

「うにゅ……主って何?」

 

誰が主かという返答ではなく、主というのは何かという根本的な疑問をぶつけてくるシェリス。

それ故にまずはそこから説明しなくてはならず、なるべく彼女がちゃんと理解できるよう分かりやすく主について説明した。

その説明に対して最初こそ疑問符を浮かべてはいたが、その都度行われるリースの補足によって彼女もようやく理解する。

そして理解してから再び二人が尋ねるよりも早く、彼女はある一点を指差して無邪気な笑みを浮かべつつ言い放った。

 

「シェリスの主さんはフェイトお姉ちゃん♪」

 

「「「は(え)……?」」」

 

指差された先にいたのはフェイト。その指差した彼女をシェリスは自分の主だと言い出した。

これは指差された本人や問いをしたクロノとリンディはおろか、他の者たちさえ唖然とした表情を浮かべてしまう。

妹である彼女の事をよく知るリースでさえ、反応は皆と同じ。そのためか、一時的に室内には静寂が訪れた。

その中、一番早く我に返る事が出来たリースはちょっとばかり動揺しつつも、なるべく冷静にその真意を問うた。

 

「シェリス……どうしてフェイトがシェリスの主なの? 初めてユニゾンしたのがフェイトだから?」

 

「うにゅ、それもあるけど……主には一番好きな人を選んだほうがいいってお姉ちゃんが言うから、それだったらシェリスはフェイトお姉ちゃんがいいって思ったの。本当に一番好きなのはお姉ちゃんだけど、お姉ちゃんを選ぶのは駄目なんでしょ?」

 

「ま、まあそうだけど……」

 

「だからシェリスはお姉ちゃんの次に好きなフェイトお姉ちゃんを選ぶの。フェイトお姉ちゃんはお姉ちゃんみたいに温かくて、シェリスをポカポカした気持ちにしてくれるもん♪」

 

確かに説明の際、心情的には好きな人を選ぶ方がいいとは言った。だが、それが理由でフェイトを選ぶとまでは予想しなかった。

しかも若干舌っ足らずに語る内容では好きという言葉を連呼。更には普通の人が口にするには恥ずかしい言葉さえ平気で言って退ける。

言われた本人はもう、茹でダコのように真っ赤。嬉しいという気持ちも強いが、やはり恥ずかしいという気持ちが勝るのだろう。

それ故に顔を真っ赤にしたまま硬直していたのだが、両隣にいるなのはとはやてから笑顔でポンと背中を叩かれ、我に返る。

そしてゆっくりとシェリスの近くまで歩み寄り、まだ赤みが抜け切らないまま彼女と向き合い、口を開いた。

 

「シェリスがそう言ってくれるのは正直、嬉しい。けど……本当に私で、いいの? 私よりも優しい人なんて、他にも一杯――――」

 

「シェリスはフェイトお姉ちゃんがいい! なのはお姉ちゃんもはやてお姉ちゃんも、他の皆も全部好きだけど、主に選ぶならフェイトお姉ちゃんがいいの!」

 

自分以外にも適任なんて一杯いると言おうとしたのだが、それを遮ってシェリスはフェイトじゃなければ嫌だと言い切る。

そこまで言ってくれるのは先も言ったとおり嬉しい事。だけどやはり戸惑いのほうが強く、中々頷くという事が出来なかった。

だからか困ったように周りを見渡すも、なのはもはやても、恭也もアイラも、アルフや守護騎士たちも皆、大なり小なり笑みを浮かべて見守っていた。

それらを見てようやくフェイトも観念したのか、若干ぎこちなくも笑みを浮かべ、これからよろしくという意味合いも込めて彼女と握手を交わす。

しかし彼女は握った手をそのまま自身の頭に持っていき、撫でてと視線を要求する。それに今度は自然な笑みを浮かべる事ができ、そのまま優しく二、三度撫でた。

撫でられて彼女は心地よさを感じているのか、眼を細めて嬉しそうな顔を見せる。それはリースから見ても、自分が撫でてる時と同じ表情に見えてしまう。

 

「シェリスちゃんがフェイトさんを主とするって事は、あの子も養子にしたほうがいいのかしら?」

 

「それは、僕からは何とも……でもまあ、どちらにしても賑やかになる事には変わりないだろうけど」

 

フェイトへは養子にならないかという提案を出しているが、シェリスが彼女の所有デバイスとなるなら彼女もそのほうがいいかと悩む。

もちろんフェイトと同じで最終的には本人の意思次第なのだが、親を忘れてしまった彼女には少しでもそれを思い出して欲しいという思いがある。

それが例え不可能な事だとしても、親を忘れてしまうのは悲しい事だから。だからこそ、彼女が思い出すその日まで親の代わりをしてあげたい。

養子云々は形式上でのものでしかないから受け入れるかは任せる。だけどどの道、フェイトを含めて自分が親代わりになりたい……それがリンディの願いだった。

 

 

 

フェイトとシェリスを中心に広がる和やかな空気が収まりを見せたのは、その後十分くらい経った後。

さすがにこれでは話が進まず、何よりその雰囲気のまま話すのは憚られる内容であるため、雰囲気を元に戻す必要がある。

それ故にクロノが咳払いしつつ口を挟み、脱線した話を元の軸へ戻した。そして皆の注目が集まり、雰囲気も元に戻ったのを見て彼はそれは話し始める。

 

「最後にアイラさんの処遇に関してだけど……今回の一件の首謀者であるジェド・アグエイアスに加担した事、そしてミッドチルダに於いて多くの人を研究のために攫うという誘拐行為を働いた事。これらを考えるといくら夜天の書の一件と今回の一件にて協力してくれたという功績があっても、それなりの罪を問われる事は避けられない」

 

「それって……具体的には、どのくらいの罪になるの?」

 

「フェイトのときと同じで裁判に掛けられるだろうから、その結果次第としか言いようがない。でも、いくら減刑の余地があっても、さすがにフェイトやはやてたちみたいに保護観察処分程度では済まないと思う」

 

アイラはジェドに加担して誘拐してはいたが、自分自身は誘拐した者を手に掛けてはいないと証言していた。

それを真実として裁判の際に提示すれば、減刑は出来る可能性は高い。しかし、それでも元々の罪がそれなりに重い。

そのためそれで減刑出来たとしても、保護観察で済むはずなど無い。おそらくは何年か懲役する事になってしまうだろう。

例え他に減刑材料があっても、たぶん多少懲役期間を縮めるだけだ。だからフェイトのときとは大きく違い、どうにかしたくても出来ない。

アイラ本人は自身の罪を自覚している。だからこそ、この場で騒ぎ立てる事は無い。だけど頭ではそれを分かっていても、納得できない者はいる。

 

「そんな……そんなのってないよ! アイラさんだってきっとしたくてした事じゃないはずだし、それに今回の件だってたくさん協力してくれたんだよ!? そもそも、罪を問うんだったら管理局のほうだって――――っ!」

 

「そんな事は言われなくても分かってる! でも、言いたくはないけどそれを裏付ける証拠が無いんだよ……だから本当に管理局に今回の一件を招いた要因があったとしても、証拠がなければどうにもならないんだ」

 

「だ、だったらせめて、私のときみたいな方法は使えない? ほら、クロノも前に言ってたじゃない……嘱託魔導師になれば、裁判でもある程度有利になるって」

 

「君のときとは状況が違うんだよ、フェイト。だから例えアイラさんが嘱託魔導師としての試験を受けて合格しても、裁判を有利に運ぶ要素にはなり難いんだ」

 

管理局の成した事を引き合いに出されて過剰に反応してしまい、怒鳴るような口調でなのはに返してしまう。

だが、それもすぐに落ち着きを見せ、諭すように言葉を返す。しかし結局全ての言葉を総じれば、アイラの罪は簡単には軽くならないという事。

いくらなのはの言うように本人がしたくてした事じゃ無いにしても、フェイトのときのように嘱託魔導師の試験に合格したとしても。

それらは全て減刑に多少影響する程度で終わるだけ。何をしたところでそれが生半可な事ならば、どうにもならないという事実だけが突き付けられる。

でも、それでもなのはもフェイトも納得なんて出来なかった。悲しい事があり、管理局を恨み続けても可笑しくないのに協力してくれた彼女を見ているから。

そして二人ほど過剰に反応しこそしないが、他の面々とて思う事は同じ。だから過剰ではないにしろ、自身の考えを伝えたりもしていた。

だけどそれら全てを聞いてもクロノやリンディの反応は変わらない。二人とて出来るなら罪に問いたくはなくも、それが管理局の定めた法なら従うしかないのだから。

それ故か意見が対立してどちらも譲る事がないから常に平行線。それがしばらく続き、いい加減どちらも苛立ちが募り始めたとき――――

 

 

 

「そんなに庇わなくてもいいよ、皆。元々アタシは、言い逃れしようなんて思ってないしさ」

 

――今まで黙っていた本人が、静かにそう口にした。

 

 

 

リースとシェリスの後ろにて、庇われた事に対して恥ずかしそうに頬を掻きながらも笑って言ってくる。

今回の件で弁解する気などないと。犯してしまった罪は受け入れ、然るべき罰を受ける覚悟が出来ていると。

確かに彼女は元々、協力する際に捕まえるならそれで構わないから、少しだけ待ってほしいと言っていたのを覚えている。

けど過去の事実を知り、いざ彼女が捕まるという現実を前にすると納得出来なくなる。それが如何に重い罪だとしても。

だから本人がそう言っても納得出来るわけもなく、更なら反発を口にしようとするが、それよりも早く続け様に発せられた言葉がそれを遮る。

 

「その代わり……アタシはどうなってもいいから、一つだけお願いを聞いてもらってもいいか?」

 

「お願い、ですか?」

 

「ああ。何、別に難しい事じゃない……ただ、リースとシェリスの二人は、罪に問わないで欲しいってだけだ」

 

全く事件に加担していないとはいえ、ジェドの娘であるリースとシェリスは融合型デバイスとしてではなく、個人として何かしら管理局から問われる可能性はある。

リースの場合はそれでも罪にならない可能性は高いが、シェリスの場合は意図が分かっていながら加担していたという事実がある。

その上で考えるとシェリスに限ってはアイラに近いほどの罪を問われる可能性は高い。だけど、それでも彼女の場合は弁護の余地が多い。

意図が分かっていたと言っても全容を把握してたわけではないようだし、言い方は悪いがジェドや『蒼き夜』に利用されていたという見方も出来る。

何より若干トンチになるのだが、今いる彼女はユニゾンデバイスのシェリスであってジェドの娘のシェリスではないという言い方さえ出来る。

これらの要素を用いれば仮に裁判になるような事になったとしても、フェイトやはやてたちと似たような処置で済ませられる可能性は高い。

それ故に彼女の思いを汲み取り、リンディとクロノはそれを約束した。必ず、二人が罪に問われるような事態は避けるようにすると。

二人がそう言うとアイラは満足そうに頷き、後はもう言う事はないのかリースとシェリスの頭に手を置いてしゃがみ、目線を合わせて穏やかな口調で語る。

 

「今聞いた通りだ、二人とも。リンディやクロノ、それに他の奴らがお前らをきっと守ってくれるから、アタシがいなくても元気で仲良くやってけよ?」

 

「アイラお姉ちゃんは、一緒に居てくれないの?」

 

「アタシは……たぶんもう一緒には居てやれない。でも、お前らならアタシなんかいなくても大丈夫だろ……もう二人とも大きいんだし、何よりアイツらの子供なんだからさ」

 

「……まあ、私はアイラがいなくても大丈夫だけどね。むしろ、煩いのがいなくなって清々するかな?」

 

「ははは、こいつ。相変わらず生意気言いやがってよ」

 

アイラの顔を見ずに言う辺り、リースの言う事は本心じゃないのが分かる。だからか、アイラも冗談を言うような口調で返す。

そして二人の頭を若干乱暴にグリグリと撫でた後、その手を二人の肩辺りに回して別れを惜しむかのように抱き寄せる。

対する二人も同じような気持ちを抱き、アイラに抱き付く。どのくらい乱暴な性格でも、厳しい一面があったとしても、二人にとっては姉のような人。

いや、むしろ母親を知らない二人にとっては彼女がまさしく母親代わりだった。だから、本当だったらずっと一緒に居たい気持ちが強い。

でも、どちらも大なり小なり理解はしている。これ以上引き留めるような言葉を口にすれば、彼女の覚悟に水を差して迷惑になるだけだと。

だからただ無言で抱きつき返すだけ。そしてそんな三人の別れを惜しむ様子に当てられてか、様々な事を思い、無力さを思い知り、涙を流す者さえいた。

それでももう誰も、口を挟むような真似をする事はなかった。挟むような余地も無いし、何より二人と同じで彼女の覚悟に水を差したくはないのだから。

 

 

 

 

 

一転して重い空気となってしまった中、話の終わりを意味する解散の言葉を告げ、リンディとクロノはアイラを連れて部屋を後にした。

彼女のみ連れて出たのは、この後も彼女だけは話し合う事があるから……裁判に掛かる事を前提として。

それ故に彼女を連れ出して話し合いのために別室へ移動しようと廊下を歩いていたのだが、突如としてアイラは二人を呼び止める。

別段急ぐわけでもない二人は何かと思い後ろを付いてきていたアイラに振り返り、何かと問えば彼女は懐から一枚の紙を取り出し、二人に差し出してきた。

 

「……これは?」

 

「写真だよ。さっきもお願いしておいて難ではあるんだけど……これをさ、グレアムのジジイに送ってやってくんないかな?」

 

闇の書の事件後、管理局から罪を問われる前に職を希望辞職したため罪は問われず、故郷に隠棲したジェドの旧友。

それを彼女も聞いているから渡してくれではなく、送ってくれと言う。だけどそれは分かるのだが、写真を送れという意味が分からない。

しかしその程度のお願いを無下に出来るわけもなく、彼女の願いに頷きつつ写真をリンディが受け取り、同時に目を通した。

 

「――っ! アイラちゃん……これ、もしかしてあのときの?」

 

「ああ。ジェドの部屋にあったのを恭也が持って帰って、昨日渡されたんだよ……まさか、アイツがまだ持ってるとは思わなかったけどな」

 

共通の過去を持つ二人には分かる事だが、それを持たないクロノには二人の話がさっぱり分からかった。

だけど自身の母が驚きを浮かべ、若干目を潤ませるほどの写真に興味が湧き、横から写真に写るものを覗き見た。

その瞬間、彼の表情にも驚きが走り、同時にリンディの反応にも理解せざるを得なかった。

 

 

 

――その写真には過去のリンディやアイラたちが一か所に集まり、笑っているという光景が写っていたのだから。

 

 

 

今ではもう手に入ることのない幸せを詰め込んだ一枚の写真。あの頃を思い出させてくれる、掛け替えのない写真。

当時これを撮影した面々には一組で一枚ずつそれは焼き回されている。もちろんリンディも、今も大切に所持している。

だけど昔を思い出せば思い出すほど悲しくなるから、今では見えない所に仕舞われていた。だから、クロノにも一度とて見せた事は無い。

そんな写真が今、目の前にある。しかもそれはジェドの元にあったというのだから、様々な感情が渦巻いても仕方がない。

だが、彼がこれを未だ持っていたという事で一つだけ分かる事があった。そしてそれを代弁するようにアイラは静かに口を開いた。

 

「過去を忘れたわけでも、捨てたわけでもなかったんだな。どんな事を仕出かしても……やっぱり昔を大事にしてたんだよ、アイツは」

 

「そう、みたいね……でも、これをグレアムさんに送ってというのは?」

 

「ほら、グレアムのジジイってさ、ジェドの件に関して凄い負い目を感じてただろ? だから教えてやりたいんだよ……アイツは今も、お前を友達だって思ってるってさ」

 

エティーナの一件で負い目を感じているのはリンディだけではない。当時現場にいたグレアムとて同じなのだ。

あのとき止めてさえいれば彼女が死ぬ事はなかった。彼も今回のような事件を引き起こすような事もなかった。

そう考えるとどうしても負い目を感じてしまう。ジェドやアイラが許しを口にしても、心のどこかでは責任を抱いてしまう。

リンディがそうだったのだ……きっとグレアムも同じだろう。だけどリンディに関しては負い目は消えずとも、アイラと再会して今まで接した事で救いもあった。

だから、彼ももう解放されてもいいだろう。過去を悔みに悔み続け、自分なりの責任の形を示した彼はもう、救われてもいいだろう。

故にこそ写真を送るのだ。彼が自分自身を許せるようになる切っ掛けを作るために、彼に対しての彼女なりの優しさを以て。

それを理解したリンディは写真を持ってない方の手で目元の拭い、小さく頷いた。だけどその代わりと言わんばかりに一転して笑みを浮かべ、それを告げる。

 

「ただ、さすがに写真だけを送っても意味を理解してもらえない場合もあるから、一緒に手紙を送った方がいいわ。もちろん、アイラちゃんが書いた手紙をね」

 

「うげ……手紙は、ちょっと勘弁。さすがに改まって書こうとすると恥ずかしくて何書けばいいのか分かんねえし」

 

「ダ〜メ♪ 下手な文章になってもいいから、ちゃんと書きましょ? 時間のほうも……当然割けるわよね?」

 

「え……あ、はい、もちろん。裁判の話はそこまで急ぐものでもないので、ある程度悩んで書くぐらいの時間は取れます」

 

クロノが割けないと言えば避けられたのだが、彼さえもリンディの言葉に賛成してしまったため確定になってしまった。

それ故に恨みがましい目でクロノを見るが、その時見た彼の表情はこうなったリンディはもう自分が駄目と言っても止まらないと語っていた。

だからかアイラももう抵抗は止め、リンディに押し切られるがままに手紙を書く羽目となるのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

――それからおよそ一ヶ月後……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

英国のとある場所、一軒の家が建つその場所のテラスにある椅子に彼――グレアムは腰掛けていた。

基本的にそこでのんびりするのが毎日の日課であり、今は椅子に座りながら新聞を広げ、目を通している。

別に気になる記事があるわけでもない。むしろ気になる事があったとしても、それは今持っている物には記載されない。

だからあくまでのんびりする延長上として読んでいるだけ。所詮はたったそれだけのためという事である。

 

「あら……父様、珍しい人からエアメールが届いてますよ?」

 

「珍しい人?」

 

若干斜め後ろの辺りで今日届いた物を確認していたアリアからそう言われ、グレアムは読んでいた新聞を畳む。

そしてアリアのほうに僅かに視線を向けながら鸚鵡返しのように尋ねるも、アリアはその問いに答えず便箋を渡してくる。

珍しい人というのは一体誰なのか、それが気になりながらもグレアムは便箋を受け取り、裏を返して差出人を確認する。

 

「ほう……アイラちゃんからか。確かに珍しいと言う他ないな」

 

差出人の指名が書かれている場所に表記された名は、アイラ。元々手紙など出すような性格に思えないから、確かに珍しい。

だからかアリアとは反対側にて別段興味もなさそうにしてたロッテも興味を引かれたのか、後ろから覗き込むようにしてくる。

アリアも当然アイラが送ってきた手紙の内容が気になるのか、ロッテと似たような体勢へ。そして二人して、早く開けて開けてと急かしてくる。

それに苦笑しつつもグレアムは便箋の封を切り、中を確認する。すると中には手紙だけではなく、一枚の写真が同封されていた。

手紙よりも先にその写真が目に入ってしまい、視線を写真に釘付けにされながら三人は揃って言葉を無くした。

 

「こ、これって……あのときの、だよね?」

 

「た、たぶん。でも、これが本当にあのとき撮った写真なら、どうしてアイラは……」

 

アリアとロッテが戸惑いを露わにするなど非常に珍しい。だが実際、二人がそこまで戸惑うのも無理ない事である。

その写真は記憶が正しければ、まだエティーナが生きていた十数年前に皆で撮った、最初で最後の集合写真。

もちろんそのとき焼き回しされているから、グレアムたちも一枚所持している。そしてそれは今も、大事に保管してある。

負い目のせいで大っぴらに飾る事が出来なくても、あのときを思い出させてくれる唯一の写真だから、捨てるなんて出来る訳がないのだ。

その所持しているという事実はアイラとして知っているはず。なのにどうしてこれを送ってきたのか、それが分からない。

だからか自然と彼らの眼は再度手紙へと向き、折り畳まれたそれを開いて急く気持ちを抑えながらゆっくりと読んでいった。

おそらくは彼女の手書きにより作成された手紙の内容は、ほとんどが近状の報告。ジェドの起こした事件の結末や、自分たちのその後に関して。

その中にはアイラの処遇に関しても書かれており、少しばかり遣る瀬無い気持ちに駆られるも、何も言わずそのまま読み続けた。

そして手紙に書かれる文章がそろそろ終わりを迎えようとしたとき、最後に書かれる文章が三人の……特にグレアムの心に深く響いた。

 

 

――手紙と一緒に写真が同封してあったはずだけど、それは実はアタシが持ってた物じゃないんだ。

――人伝で聞いたから実際に見たわけじゃないんだけどさ……その写真、ジェドの奴の部屋に飾ってあったらしいよ。

――アタシはとっくに捨ててるもんだと思ってたよ。あの頃は幸せだったなって思える反面、辛い過去を思い出す要因にもなるからさ。

――でも、それでもアイツは捨てずに大事にしてた。たぶんそれってさ、アイツにとって過去は辛いだけじゃないって事なんだと思う。

――エティーナがいたって事もそう思える理由だろうけど、何よりあのときはまだ、アンタたちが一緒にいてくれたんだからさ。

――アンタも知っての通り、アイツは友達を大事にする性質だから。だからアンタたちがいたあのときが、ずっと大事な思い出だったんだよ。

――んにゃ、きっと今も大事にしてるんだろうと思う。だからさ、その気持ちを汲み取る意味も込めて、この写真はアンタが持ってて欲しい。

――アイツ本人に聞いたとしてもたぶん、同じ事を言うだろうしさ……。

 

 

拙い文章ではあるが、彼女の気持ちはおろか、ジェドの気持ちさえも代弁した文がそこには書かれていた。

あんな事があっても、彼はグレアムの事を友達だと思っている。だからこそ、あのときの写真を大事に持っていた。

その写真をどういった経緯で彼が手放したのかまでは書かれていないが、今まで捨てずに所持していたという事実は変わらない。

そしてそれを自分たちが持つよりも、グレアムに持っていて欲しいと手紙では言っている。彼もきっとそう言うだろうからとも。

彼から愛する人を奪ってしまった負い目。それはいつまで経っても消える事はない……でも、この手紙が語る事が心に響いてしまう。

もう過去の負い目に苦しまなくてもいい、もう自分自身を許してもいいと言っているようで。どこか重く感じていた心が、軽くなる気がした。

 

「ん〜、何て言うか……ずいぶん丸くなったみたいだね、父様」

 

「そうだな……あの頃のままの優しさが、素直に表に出せてる」

 

「見る限り口調すらも元に戻っているみたいですけど、やっぱりアイラはこちらのほうが似合う気がします」

 

手紙に映し出されているアイラは照れ臭そうにしながらも、皆と一緒にちゃんと笑っている。

あの一件から再会して口調も変え、あの頃の優しさも無くしてしまったと思ったが、どうやらそれは勘違いのようだ。

無くしたんじゃない。閉じ込めていたのだ……彼女自身もリンディや自身と同じで過去を思い返す事が、怖かったから。

だけど手紙ではあの頃の自然な彼女が窺える。だからか、三人とも手紙から写真に視線を移しつつ、自然とあの頃のように笑い合っていた。

 

 

 

 

 

 

 

――人は忘れられない事というものを必ず一つは持っている。

 

 

 

 

 

――そしてそれが悲しいものだったのだとすれば、人はそれを忘れようとする。

 

 

 

 

 

――だけど忘れられない……だから、忘れられない過去に苦しみを抱いてしまう。

 

 

 

 

 

――だが実のところ、その解釈は誤りなのではないだろうか。

 

 

 

 

 

――忘れたくても忘れる事が出来ないのではなく……忘れたくないから、忘れる事が出来ないのではないだろうか。

 

 

 

 

 

――例え悲しい事ばかりの過去でも、その中に密かに混じる幸福の色を知っているから。

 

 

 

 

 

――だから、忘れたくない。忘れたいとは口で言っていても、忘れる事なんて出来ない。

 

 

 

 

 

――そしていつか、悲しみばかりだと思っていた過去はいつか、幸福を感じていた自分を思い出させてくれる。

 

 

 

 

 

――たった一枚の拙い手紙と写真で救われた、彼らのように……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

<Continue to the next chapter>

 

 


あとがき

 

 

これにて二章は終わり!! いや〜、ほんとに長かったぁ……。

【咲】 確か、当初の予定では二章は一番短く二十話くらいで終わるはずだったのよね?

うむ。それが終わってみれば予定の二倍ですよ……これでまだ全体は半分もいってないんだから、先は遠いなぁ。

【咲】 ま、話を大きくし過ぎたアンタに原因があるんだから、頑張って書き切りなさいな。

へ〜い。てなわけで今回最終話だったわけだが、事件そのものはほとんど解決してないわな。

【咲】 ジェドやアドルファたちには逃げられるわ、謎の組織の存在が出てくるわ……正直、踏んだり蹴ったりよね。

だな。まあそれでも、一章から二章まで掛けた事件は終わり、ようやく一段落ついた形になる。

【咲】 リンディだけじゃなく、グレアムも救われたしね。過去の負い目から。

完全にとは言えないだろうけどね。まあそれでも、これからちょっとずつ変わっていくさ。

【咲】 反対にアイラは捕まったわね。リースはともかく、シェリスは局員殺しもしてるっていうのにそちらは捕まらず。

アイラのお願いでもあったし、何よりシェリスに関しては言い訳もトンチも出来るからね。

【咲】 それでも普通は多少なり罪に問われる気がするけど……。

ん〜、まあ普通はそうだね。でも、ここでは話せんが、そこに関しては実は若干黒い話が隠れていたりする。

【咲】 それって三章以降に関係してくる事?

たぶんな。ちなみにだが、アイラの処遇も三章で驚きの展開を迎える。

【咲】 何となく予想はつくわね……。

まあ、詳しくは三章のその話まで待てってね。ああそれと、ずっと忘れてたんだが一つだけ補足をしておく。

【咲】 補足? 何のよ?

前にカルラが言ってた脅しに関して。

【咲】 古っ!? それ、一章での話題じゃない!

だから忘れてたって言ったじゃん。とまあ遅ればせながら、そこの補足をさせていただきます。

彼女が言っていた大切な物を奪える位置にあるという一言……これは実はそのとき、彼女らの拠点である艦がその付近にあったから出た言葉だ。

つまり簡単に言ってしまえば艦の主砲なんか撃たれれば、大切なものたちはおろか、故郷さえも失われる羽目となる。

だけどその部分まで悟らせて艦の存在を知られるわけにはいかなかったから、大切なものを奪える位置にいるなんて言ったのだ。

【咲】 ていうか、それって言葉で言えば十分な脅しにはなるけど、実際にやったら彼女らとしても良くない事になるでしょ?

なるね。だから現実にする事はなかったし、する気もなかった。それに彼女ら自身、無用に命を奪う行為はしたくなかったわけだしな。

【咲】 でもまあ、結局今回のような結末になったけどね。

それはまあ、仕方のない事だよ。事態がどう動くかなんて、完全に予測し切るほうが無理だし。

【咲】 まあ、ねぇ……にしてもさ、シェリスの主になる人ってフェイトだったのね。

前にフェイトに過剰に懐く場面があったろ? 実のところあれはこのための伏線だったのだよ。

【咲】 分かる人には分かっただろう伏線よね、それ。

確かにな。てなわけで『剣』と『盾』はそれぞれの主を見つけたというわけだ。

【咲】 それぞれの家に一人ずつ、ユニゾンデバイスが行き渡った状態になってるわね。

うむ。そして三章は基本がほのぼのコメディ系……彼女らも含め、いろいろなドタバタが見られます。

【咲】 確かにドタバタになりそうよね……特にシェリス辺りが。

まあ、彼女以外にもはっちゃけた事をする人はいるけどな。ともあれ、それらも含めて三章をお楽しみに!!

【咲】 じゃ、今回はこの辺でね♪

次章となる魔法少女リリカルなのはB.N第三章にて再びお会いしましょう!!

【咲】 それじゃあね、バイバ〜イ♪




二章も無事に完結。
美姫 「おめでとうございます」
で、最終話となる今回は事後処理かな。
ようやく、闇の書事件に関するはやてたちの処罰も決まったか。
美姫 「アイラは捕まったけれどね」
まだまだ未解決なものも残っているけれど、一段落とも言えるかな。
美姫 「三章はドタバタするみたいだし」
どんな話になるのかな。
美姫 「次章も待ってますね〜」
ではでは。



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