正直なところ、ラーレから連絡が入るまで彼女――ヒルデは艦内を迷走していた。
しかもまるで違う方向に向けて。それ故にその事実を伝えたとき、ラーレに彼女はこっ酷く怒られた。
場所が分からないのなら何で聞かないのか。そのせいで関係ない自分まで怒られた等々……。
耳が痛いという他ないお説教を大量に貰い、その後にやっと話されたカルラの現在地へ早々に彼女は赴いた。
――しかし、そこでまた新しい問題が発生してしまう。
ラーレから話されたカルラの現在地は単純に第三区画の通路にいるという、ただそれだけの内容。
あまりに忙しかったから彼女も失念していたのだろう。第三区画が途中、通路が二手に分かれているという事を。
だから第三区画の通路にいるとしか言わず、ヒルデもそれだけ聞いて来たものだから、当然二手に分かれる前で立ち止まった。
「え〜っと……どっちでしょう?」
本当に困っているのか分からないような笑みを浮かべているも、困っているのは事実だ。
それはカルラの現状を聞いた上で急がねばという思いもあるが、一番はまた怒られたくはないから。
先ほどはラーレのみだったが、カルラに対して一番の心配症なのはアドルファ。つまりまたミスをすれば、確実に怒られる。
更には一番の心配症故にきっと怒り方は半端ではないだろう。それ故、間違った選択は出来ないというのが現状だった。
「こういうときはどっちにいるかを魔力探査で調べるのが一番ですね……というわけでお願いしますね、グンラウグ?」
《Ho accettato il Signore》
完全にデバイス任せな発言だが、言われた方は特に気にする事もなく魔力探査の術式を組み始めた。
こんな主を持つデバイスだから文句は無意味と熟知しているのか、それとも主に似て物事を変に気にしない性質なのか。
どちらかは分からないがある意味で良いコンビである。ともあれ、どっちが行うにしても魔力探査を用い、反応のあったほうに行けばいいのは事実。
故にこの手段を用いてはみたのだが、そこでまた予想外の報告が彼女のデバイス――グンラウグから告げられた。
《Um, ho finito di esplorazione》
「あ、うん。それで、どうでしたか?」
《Esso, In seguito al passaggio di magia,che non ha verificato se aveto o come Carla》
「そうですか〜……って、ええええ!!?」
かなりオーバーに驚き、通路に声を響かせる。しかも、それで報告した自身の相棒まで平謝りさせてしまう。
だが、すぐに我に返って平謝りする相棒に気にしてない事を伝え、安心させた後にどうするかについて考え始める。
しかし時間が限られる現状では良い案など考えつくわけもなく、短い時間考えに考えた末――――
「ん〜……それじゃあ、とりあえず左に行ってみましょう。間違いだったら戻ればいいんですし」
《Si》
――名案とは言い難いを実行する事にした。
はっきり言って考えていた時間すら勿体ないと言えるほどいい加減な案だ。
だけどそれに反論する事をグンラウグはせず、むしろ全面的に肯定するような返事を返した。
先ほどグンラウグの性格に関して考えたが、どうやら答えは後者。やはり主従は似るという事なのだろう。
そういうわけでまずは左と決めたヒルデは迷う事無く足を進め、左方面の通路へと駆け出していった。
魔法少女リリカルなのはB.N
【第二章】第三十七話 血塗れの舞姫、魔導の管理者
近接攻撃では断然不利。そう認識する他ないというのが三人の目の前に広がる現状だった。
遠くからでは攻めてこず、近接に持ち込もうとすれば上手く捌き、防ぎ、隙を強制的に作って振り出しに戻させる。
余裕という意味もあるんだろうが、彼女の語る事からしてまず戦う気そのものが無いのだと分かる。
だからこそ苛立たざるを得ない。押し通ろうと懸命に攻め入る自分らに比べ、やる気の無さをあからさまに表へ出しているのだから。
「これだけ力の差を突き付けられても諦めず向かってくるのは勇敢と言うべきか、無謀と言うべきか……迷うところだな」
やはり視線は本に落したまま、ペラペラとページを捲りつつ馬鹿にするかのように呟く。
それにはもちろん苛立ちもする。けど、今ではそれを言葉にする余裕はほとんどなかった。
如何にすれば相手の余裕を崩して隙を作り、倒すか逃げるかしてこの場を切り抜けるか……それを考えるので一杯。
かといって考えるばかりで何もしなければ相手の思う壺。それ故、ほぼ無駄と分かっていても攻め込む事は止めなかった。
《Raketenhammer》
《Fractureimpulse》
アイラの近接魔法はそうでもないが、ヴィータの近接魔法の一つであるラケーテンハンマーはここでは使い難い。
単純に狭いので使えても突撃する際の推進ロケットの出力向上がいつも以上に出来ず、本来の威力は出せないのだ。
しかしそれでも普通に見れば十分すぎる威力を持つ。対してアイラのほうも制限が掛からない分、いつも並みの威力が出る。
この二つの魔法を同時に使われた場合、防ぎ切る事はかなり困難。それ故、障壁を張って止めても余裕な顔など出来ないはずだった。
――それが、並みの相手だったのなら……。
何をどうしたらそんな事が出来るのか……障壁一枚で保たせている彼女を見るとそう思いたくなるのは当然だ。
さっきまでで明らかにマトモじゃないと分かってはいたが、ここまでくると驚きすら浮かべる事が出来ない。
しかもまるで防ぎ切る事が当然だと言わんばかりに二人には目を向けておらず、慣れたように片手で本のページを捲っている。
反対に二人だけに攻めさせる事をシグナムが良しとするわけもなく、即座に近づいて斬りつけるも、本を捲るのを止めて張った障壁で防がれる。
こちらも何度斬りつけても、いくら高威力の斬撃を放っても砕けない。普通なら、自信を喪失しても可笑しくない状況だろう。
だが、シグナムとて馬鹿ではない。ただ障壁を斬りつけるだけという単純な行動に留まらず、突如としてしゃがみ込んで足払いを放つ。
障壁が張られていたのは斬撃を防ぐ上で必要最低限の部分だけ。さすがに足元までは障壁も範囲が及んでは無い。
つまりは無防備である故、片方を未だ障壁で防ぎ続けている現状では大きくも軽くも退く事は出来ない。
足払いではダメージはないだろうが、体勢を崩せば攻撃を当てる隙くらい出来る。そのためシグナムはそれを放ったのだが、驚くに相手はその先を行く。
「無駄だ」
足払いが放たれた瞬間にそう言い放ち、彼女は足払いの進路上にある自身の足を軽く上げ、若干前に出す。
そして絶妙なタイミングで迫ってきたシグナムの足首辺りを踏む付けて逆に体勢を崩させ、苦悶の表情を浮かべさせる。
踏んだ箇所や体勢的に下手をしたら折れる所だが、幸いにもそれはなかった。だが、痛みと未だ為される踏み付けに身動きが封じられる。
その瞬間に女性は再びブツブツと呟きつつもう片方の足の爪先で地面をコツンと叩き、氷の槍を地面から出現させた。
「ぐっ――!!」
狙ってか偶々か、いくつか顕現した氷の槍は大概が掠める程度。だが、その内の一本はシグナムの肩を貫通する。
その瞬間にシグナムは痛みに呻きを漏らし、反対に未だ得物を障壁にぶつけ続けていた二人にも僅かながら動揺が走る。
それらを利用してその女性はまずシグナムの足首を踏んでいた足を上げ、彼女の腹部を蹴りつけて地面を転がせる。
そこからすぐに片手に持つ本を開いたまま障壁を張る手に重ねるように当て、直後に眩い光を放ち、二人の目を眩ませる。
されどそれだけではなく、眼が眩むのと同時に全身へ衝撃が走り、先ほどいた場所以上に後方のほうへ吹き飛ばされた。
「くそ、が……!」
何をされたのかは分からないが、全身に鈍い痛みがあるくらいで二人は比較的ダメージが少ない。
それ故に悪態をつきつつも容易に立ち上がれるが、肩を貫かれたシグナムはそうはいかない。
むしろ普通の人間なら痛みで転げ回っても可笑しくない痛みだ。だが、それほどの傷だというのに彼女はゆっくりとではあるが立ち上がった。
貫かれ、血が流れる傷口を抑えて若干荒めの息をつきながらも、片手で剣を構えて切っ先を向ける事で戦う意思を示している。
仲間として心配もあるが、それ以上に彼女の気迫に触発された二人も同じくまだ戦えるという意思を示すように得物を構えるが、その直後にシグナムから念話が放たれた。
《これ以上、こんなところで時間を取られるわけには、いかない。だから、二人とも……ここは私一人に任せて、先を急げ》
《はあ?! んな事言われたって、出来るわけねえだろ! ただでさえ三人掛かりでも一撃すら入れられねえのに、怪我した状態でどうにかできるほど甘い奴じゃねえよ!》
《それに例えその案を受け入れてアタシらが背を向けたとしても、足止めを明言してるコイツが見逃してくれるとは思えねえしな》
《だが、このままではどの道、奴の思惑通りになる……なら、少しでも可能性の高い方法に、賭けるべきだ》
明らかに余裕が皆無の状態で言われて頷ける内容ではない。二人も礼に漏れず、了承など返さなかった。
だけどシグナムも引かず、結果としてどちらも譲らない。それは時間を更に消費するに他ならず、次第に彼女の声にも焦りと苛立ちが含み始めていた。
かといって二人も彼女一人で足止めなど無理だと分かっている手前、その選択はしたくない。そのため、同じく声色が彼女と似たようなものになる。
しかし結局のところ、どちらも譲らない故に意見が一致する事は無い。片方は時間を優先し、片方が仲間を案じるという状況では無理もない。
そのためか焦りと苛立ちが臨界点に達し掛けていたシグナムが怒鳴り気味の声色で同じ事を告げようとした、その直後――――
――言葉は放たれる事無く、代わりに驚きの表情が彼女ら二人に向けられた。
同じく苛立ち気味だったためか、今度が一体何なんだとウンザリするような視線で見返す。
だが見返した途端、二人は気付いた。自分らに驚きの表情を向けているように見えて、実際にその瞳が見据えているのはその先だと。
つまりはアイラやヴィータが立っている位置よりも更に後方。そこに気付いた直後、後ろから足音が聞こえ始める。
足音の主に関しては味方にしても敵にしても可能性はいくつか考えつく。しかし実際に見た方が早い故、二人は音が聞こえた瞬間にすぐ後ろへ振り向いた。
――そして二人の目に映ったのは、シグナムの驚きも納得させる光景だった。
頭から膝まで覆った黒いフード付きのコートのようなマントを身に付け、肌が露出してるはずの手足も手袋とロングブーツで隠されている。
何より特徴的なのが装飾らしい装飾も、模様らしい模様も無い白の仮面。格好も手伝ってか、その面は非常に不気味に見える。
そんな誰だろうか以前に性別さえ分からない仮面の人物が駆け寄ってきてる事実は、確かに驚き以外浮かべようがないだろう。
だけど敵か味方かを問えば、確実に敵だと断定できる。なぜなら、自身らの救出対象も一緒に乗り込んだ仲間も、そんな奇怪な格好はしていない。
となれば驚きの次に浮かぶのは警戒。最初にその人物は発見したシグナムはすでに警戒態勢をとっており、二人もそれに倣う。
現状を単純に語れば、アイラとヴィータに対する挟み打ち。それ故かシグナム以上に二人は警戒の念を抱いていた。三人の中央にいる女性の動向も共に。
そして同時に互いに得物を構え、迫ってきた女性が至近まで寄ると同時にタイミングを合わせて二人は目標目掛けて横一閃した。
しかし、これまたタイミングを合わせたように仮面の人物は勢いを止めぬまま飛び上ってそれを避け、二人の若干後方に着地した。
もっともそれは二人にとっても予想通りと言えばそうである。普通に考えて、あからさまに身構えられたら攻撃パターンくらい読めるだろう。
そのため後方へ着地して背後を取り、そこから攻撃を仕掛けてくるというのが二人の読み。それ故に迎え撃つべくすぐ振り返ったのだが――――
――またしても驚くべき光景が二人の……いや、三人の目の前に広がった。
自分らを飛び越えた仮面の人物は攻撃してくるどころか、今まで自分たちが戦っていた女性に攻撃を加えていた。
標的を自分らではなくその女性にしている事も大きな驚き。だが、彼女に攻撃を加える仮面の人物の動きも驚愕に値するもの。
何か特別な事をするわけでもない、拳や蹴りを叩きつけてるだけ。それだけなのだが、拳や蹴りの繰り出す流れに隙間がないのだ。
得物が小さければ小さいほど振るった後の隙を最小にでき、それが格闘家のような素手ならどんな得物よりも速く隙が無く出来る。
達人クラスとなれば、それこそその動きや舞の如し。今、目の前で攻撃を繰り出している存在の動きはまさにそれであった。
だがやはり拳はただの拳、蹴りはただの蹴り。如何に舞のような動きをしようが、絶え間ない連撃を繰り出そうが、障壁は破れない。
攻撃を繰り出し始めて数秒してそこを悟ったのか、仮面の人物はようやく流れに間を作り、その間でマントの内側に手を入れ、一本の棒を取り出した。
「グンラウグ、カートリッジロード」
《Ventolama》
初めてその人物から放たれた声は高め。声だけで判断するなら、女性であろうと思えるような声色。
そんな声色で仮面の人物は弾丸の装填を指示。その直後に右手で取り出した棒から装填音が響き、空の弾丸が排出された。
その時点で取り出した棒らしきものがデバイスだと分かる。しかし、注目すべきはそこではなく、弾丸装填と共に棒が纏ったものだ。
薄緑色の魔力が何重にも円環状に巻き付く姿は、まるで竜巻。三人の位置にまで風が伝わってきそうなほど、力強い。
「ふっ――!」
仮面の下から気合いを込めるような声を漏らしつつ、風の巻き付くデバイスを障壁へと叩きつける。
シグナムの紫電一閃、ヴィータのラケーテンハンマー、アイラのフラクチャーインパルス。それらをまともに受けても砕けなかった障壁。
紫電一閃のように魔力によって生み出された力を纏わせていても、本体そのものは頼りないそれで砕けるとは誰も思わなかった。
――だが、そんな誰もの予想を裏切りって僅かな均衡を見せた後、女性の張っていた障壁は容易く砕け散った。
仮面の人物の一撃は障壁を砕くだけに留まらず、その先にいる女性へと直撃させて吹き飛ばした。
その延長上にいたシグナムは慌てて避ける。ただ、避けた彼女も含めてその場の全員が唖然とした顔をしていた。
だが呆然とばかりもしていられず、すぐに我へと返ったシグナムは仮面の人物に警戒しつつも、その隣を横切って二人と合流した。
三人が合流する事を妨げない。加えて『蒼き夜』の人間ではないであろう人物を真っ先に攻撃し、初めて一撃を与えた。
それらの行動や力を総合してみるとその仮面の人物の正体は『蒼き夜』の人間かとも思えるが、考えただけでは答えなど出ない。
故にどちらにしても敵である事に変わりないため警戒はしつつも、その点について尋ねるためにシグナムが口を開こうとする。
しかし、彼女が口を開くより早く仮面の人物はこちらへ振り向く事はせぬまま、親指を立てた左手で暗黙にさっさと行けという意思表示をしてくる。
仮面の人物の正体は気になる。一体なぜ自分らを助けるような事をするのかも同様に……だが、先を急いだほうがいいというのも事実だ。
それ故に三人は様々な疑問に後ろ髪引っ張られるような感覚を覚えながらも、背を向けて駆け出し、その場から去っていった。
彼女たち三人が去っていくのに対して吹き飛ばされた女性は手を出そうとはしなかった。
今まで足止めどうのと言っておきながら、小さくなっていく背中を見る事無く倒れたまま、天井を見詰める形となっている。
しかしそれも三人が完全にいなくなってから約一分後に終わりを告げ、女性はようやく汚れをパンパンと払いながら立ち上がった。
そして近場に落ちていた自身の本を拾い上げる。だけど先ほどのように本を読む事はせず、初めて相手を正面から見据えた。
「貴様らの誰かは駆け付けるだろうと思っていたが、まさか『血塗れの舞姫』とはな……かなりの上物が掛かってしまったようだ」
「あは♪ 変装しててもやっぱり貴方達には分かっちゃうんですね♪」
自身の二つ名を言い当たられたというのは実名を言われたのと同義。それ故、途端にヒルデは素の自分を表に出す。
続けて仮面を取って懐に仕舞い、被っていたフードを脱いで素顔を晒すと右手に持つ棒――扇子型デバイスを広げ、口元を隠すように当てる。
「それにしてもぉ……貴方達って本当に迷惑な存在ですよねぇ。私たちの計画を妨害しようとするわ、他人を巻き込んで私たちを消そうとするわ……何よりカルちゃんの力を引き出させたのも、貴方達でしょう? ほんと、アルが嫌悪するのも無理ないですよね」
「一方的な言い分だな、それは。そもそも最初に私たちの要求を蹴り、敵対するような態度を見せたのは貴様らではないか」
「そんなものは『マザー』が勝手にやった事です。ヒルデたちには何ら関係もなければ、否もありません」
「ふん、関係ないとはよく言ったものだ……私たちが引き渡し要求とした代物を使い、何かをしようとしてる事を私たちが知らぬとでも?」
その一言に口元が若干ピクリと動きはしたが、扇子で口元を隠してる故に気付かれることはない。
故にヒルデは感情の変化を悟られる事無く、変わらぬ声色と口調で淡々と言葉を返す。
「『レメゲトン』は元々『マザー』の所有物。それを預かったヒルデたちには使う権利があります……ですから、そこをとやかく言われる謂れはないですよ?」
「『管理者』として指定された物を回収するのは役目の一つ……所有物であろうと何であろうとそれを拒否する時点で重罪だ」
「それこそ一方的な言い分です。『管理者』だから自分たちが正義だとでも言うつもりなんですか、貴方達は?」
「正義を語るつもりはない。だが、古より授かりし使命は必ず全うされねばならない。貴様らが何と言おうとそれは変わらぬ」
話し合いは完全に平行線。そもそも互いに一方的な言い分を言うだけで相容れるなどあり得ないのだ。
それ故に彼女の言葉を最後として互いに口を噤み、ヒルデは扇子を口元から放して構え、女性は再び本を開いた。
そして臨戦態勢で睨み合う事、数秒……静寂を破るように駆けだしたヒルデによって、戦いの火蓋が切られた。
通信室から真っ直ぐ第二区画にあるジェドの研究室に赴こうとした際、途中にあった彼の私室に立ち寄った恭也とリース。
別段何か探さなければならない物や持っていかなければならない物があるわけじゃない。あくまでリースの気まぐれに近いものだ。
時間の許す限り、何かないかと漁り始める彼女を若干困り顔で見る恭也だが、止めると煩いので気の済むままにさせていた。
「ん〜、これはいらないかなぁ。これも、これも……あ、これは欲しいかも」
若干訂正……どうやら持っていかなければならない物ではなく、彼女が持っていきたい物を探しているらしい。
よくよく考えれば分かる事だったであろう。彼女が強く興味を示すのはデバイス等の設計図や技術書などである。
基本的にそういった物の多いジェドの私室や研究室は彼女にとってお宝の蔵。それ故、こんなときにも関わらず立ち寄ったのだろう。
ただあまりに無邪気に漁り回るものだから、元々お世辞にも綺麗とは言い難いこの部屋で先ほどから何度か生き埋めになったりしている。
そのたびに救出する恭也としては別に苦労する作業ではないのでとやかく言いたくはないが、少しは落ち着けと言いたいのが現状だった。
「――って、にゃあああああ!!?」
「……はぁ」
凄まじい音と立てつつ上がるリースの悲鳴。どうやら漁り始めて何度目かの生き埋め状態に陥ったらしい。
実際に目を向けてみれば先ほどまでそこに積みあがっていたのだろう書物が崩れて山を作り、中央辺りから呻きが聞こえていた。
さすがにそうなると放置して見守るという事は出来ず、溜息をつきながら恭也は近づき、声のした辺りを掘り返す。
すると本を除け初めてすぐにリースの頭がピョコッと現れ、本でぶつけた頭を擦りながら立ち上がり、礼を言いつつ本の山を漁り出した。
何度も生き埋めになりながら全く懲りない。こういう部分が呆れ半分、心配半分にさせる要因となるところだろう。
「なあ、リース……時間も迫ってきてるのだし、そろそろ出たほうがいいんじゃないか?」
「ん〜、あとちょっと〜……」
脱出開始から長くて一時間で沈むから急いでとカルラに忠告されているのにその返答。
いい加減、終わりが見えなくなってきたので担いででも先を急いだ方がいいのだろうかと恭也も悩み始めていた。
だがそんな最中、ふとリースから視線を動かした先にあった机に目が行き、更にその上にある物に目が固定された。
(写真……?)
机の端のほうに置かれていたそれは写真立て。そこには一枚の写真が収められ、妙に彼の目を引く力があった。
それ故に恭也は机に歩み寄って前に立ち、写真立てを手に取る。そして間近から見てみるとそれが誰の写真なのかが分かった。
といっても明確に分かるのはリンディとアイラ、グレアムの三人だけ。残りの面子はおそらくという言い方でしか答えられない。
中心辺りにいる男女はおそらくリースとシェリスの父であるジェドと母であるエティーナ。そう想像出来るのは、女性の腕の中に双子がいるからだ。
そしてその後ろにいるリンディの隣りにいるのはたぶんクロノの父親だろう。とまあ総じて言えるのは、この写真がかなり前の物だという事だ。
アイラやリース、そしてシェリスやクロノの幼さからして十年程度前。となれば思うにこの写真、母が死ぬ切っ掛けの少し前に撮った写真だろう。
「…………」
幸せだった時期の写真とはいえ、結局は過去を思い出させる……ジェドにとって苦痛でしかない写真のはず。
なのにそんなものをこうして飾っているという事は、過去を捨て切れていない。つまり、犯罪者に染まり切れていないという事だ。
ただそうだと知った所でもうどうしようもない。彼と会って説得する暇など、脱走作戦中の現在では無いに等しいのだから。
しかしどの道、この艦は沈むのだからここに置いておけば消え去る代物。状況的にこの部屋へ取りに帰ってくるとも思えない。
だったら、持っていっても別段問題ではないだろう。そう考え、恭也は写真立てから写真を抜いて懐へと仕舞った。
「何仕舞ったの、恭也?」
「!? リースか……物色はもう終わったのか?」
「うん。で、さっき何を懐にしまったのかにゃ? 怒らないから、お姉さんに見せてみなさい♪」
突っ込みどころがかなりある発言だが、言外に何を懐に仕舞ったのか気になると言っているのが分かる。
本来なら隠すようなものでもない上、彼女にも関係のある物だから見せても全く構わないのが普通である。
だが、物色が終わったのなら終わったでさっさと先を急ぎたいのもある故、後で教えるからとその場は窘める事にした。
それにはちょっと頬を膨らませて不満を漏らしはしたものの、先を急がないといけないという意識はあるのか彼女もとりあえず納得はした。
そして物色の成果をその辺にあった布で纏めて包み、背負ったのを確認した後、恭也を先頭として二人は部屋を退室し、研究室を目指して駆けて行った。
一方、ブリッジでは現在進行形でこの艦を攻撃している敵艦への対処に追われていた。
いつもなら指揮をするのはアドルファの役目なのだが、今回は彼女に用事があるという事で代理でラーレが行っている。
指揮などほとんどやらないが、ある程度の的確さはある。しかし、ある程度ぐらいで乗り切れるような事態ではないのが現状。
その証拠にラーレの指示によって艦は保ってはいるものの、迎撃などはほとんど出来ていないという状況に陥っていた。
「左舷動力部被弾によってエネルギー伝達率47%まで低下! シールド出力も61%まで低下しています! このままではシールドどころか艦そのものが持ちません!!」
「くっ、動力回路をサブへ繋げて伝達率の回復を! 同時に現状でシールドに回ってるエネルギーの10%を魔導砲へ回して迎撃!!」
シールドを貫通して艦体左にある動力部に被弾した事による伝達率の大幅低下。オマケにシールドの強度さえも下がってきている。
そのためか初めて迎撃という手段をここに来て取るも、回したエネルギーは僅か。結局は時間稼ぎに迎撃するだけになる。
その間でサブの動力へと接続して伝達率の回復を図るも、これは中々に時間が掛かる。早くとも五分程度は必要な作業なのだ。
もしもここで集中砲火でも受けようものなら今以上の致命的な損傷を受ける。そうなれば艦体が持たず、撃沈という運命は免れない。
「敵艦先端部よりエネルギーの集束を確認! 主砲、来ます!!」
「!? 緊急回避!! 急ぎなさい!!」
そう思った矢先の敵艦主砲発射宣言。それにラーレは弾かれたように回避の指示を飛ばした。
しかし、すでに発射直前だった砲撃を戦艦のような図体の大きな代物が突然回避行動を取って回避し切れるわけがない。
それを現実として表すように回避行動を取った艦は一瞬の差で直撃こそ免れたが、シールドを貫通して艦体右下側面へ当たった。
凄まじい揺れの後にすぐさま被害状況の報告がなされる。それによれば被害は軽微……右下側面の装甲を焼いただけであった。
報告されたその内容にラーレはとりあえず安著を浮かべるも、すぐに険しさを窺わせる表情を浮かべて次の指示を飛ばした。
(アルもギーゼも、一体何してますのよっ……早くしてくれないともう、艦が持ちませんわ!)
自分とギーゼルベルトが任務完了を報告するまで艦を保たせろ、と指示してきたのはアドルファだ。
だから慣れない事はしたくないのに彼女も出来る限りを努力をしている。だというのに二十分近く経った現在、未だ報告は為されていない。
それどころかヒルデのとばっちりを受けたり、カルラが力を解放してしまったという報告を受けたりと……いい加減、ストレスが爆発しそうになっている。
だがそれを表に出すわけにもいかず、表面上で若干出してる程度。その程度ならば、今の状況に頭を痛めてると周りに思われるだけで済む。
ただ、そっちのほうのストレスはその程度でまだ我慢できそうだが、もう一方……未だ報告が来ないという点についてはそうもいかなかった。
(このままいけば持って後、約二十分。最悪それまでに報告が来なければ、私たち全員お終いですわね)
苛立ちやストレスを通り越して若干諦めモードが混じってきている。それほど現在の状況は宜しくないのだ。
だからといって完全に諦めるつもりは毛頭ないのだが、事実が内心での諦め交じりの言動通りであるのも変わりない。
とまあ予想がどうであれ、艦を保たせるのがラーレの今の仕事。それ故、ストレスやら苛立ちやらが募りつつも、今すべき事に集中するしかないのであった。
あとがき
【咲】 ラケーテンとフラクチャーを同時に受けてビクともしない障壁ってどんだけよ。
いきなりそこですか……まあ、そう思うのも無理ないかもしれんけど。
【咲】 ちゃんとした理由があるんでしょうね?
ちゃんとした理由というか……一言で言っちゃえば、力が足りなかったからなんだよね。
フラクチャーはともかく、本編でも語ったがラケーテンはあの場では最大限の力が出せないんだよ。
加えて相手の二人に張ってた障壁は性質的に魔力攻撃には平均より弱いけど、物理面の攻撃にはかなり強い。
この二つが重なって二人は障壁を破る事が出来なかった……もしこれが最大限のラケーテンだったなら、フラクチャーと合わさって障壁も破壊出来たかもしれんけどね。
【咲】 ふ〜ん……じゃあ、シグナムの紫電一閃に対して張ってた障壁もまたそっちとは性質が違うの?
違うね。まあ総じて言うなら、三人掛かって一撃も入れられなかったのはあの女性が性質の違う複数の障壁を使って防いでたからだ。
【咲】 じゃあさ、何でヒルデの攻撃は通ったわけ?
あれはねぇ……最初にただの物理的な攻撃を仕掛けてただろ、彼女?
【咲】 そうね。魔法も何もない、ただの拳と蹴りだったわね。
そのせいで女性は障壁の性質をアイラとヴィータに使ってたのと同じもので固定しちゃったんだよ。
だから、途中で使ったデバイスによる付与魔法の物理攻撃には耐えられなかった……というわけだ。
【咲】 あの子って……そこまで計算してやってたわけ?
いや、そんなわけないだろ。障壁が破られた理由はそれだけど、彼女にとってはほとんど偶然に近い。
【咲】 つまりただあの行動が功を奏しただけって事ね。
そゆこと。もっとも、だからといって馬鹿でも弱いわけじゃないけどな、ヒルデは
【咲】 馬鹿って部分はともかく、弱いとは思わないでしょ。あの女がヒルデの事を見てかなりの上物って言ったくらいだし。
それもそうか……。
【咲】 にしても、今回やっとヒルデの二つ名が出たわね。
だな。
【咲】 前から思ってたけど、各々が持つ二つ名って何か意味があるの?
ん〜……アレは一慨には説明し難いんだよね。自分の魔導師としての性質を表すのもあるし、自分が持つ役割を示してる場合もあるし。
【咲】 つまり全員が全員、二つ名の示す意味は違うってわけね。
うむ。もっとも、これに関してはバラバラになると思うがいずれ出てくるんで、気になるならそれまで待っててくれ。
【咲】 はいはい。じゃあ、そろそろ次回に行ってみましょうか。
うい。次回は分かれてた二つの班が合流し、こちら側に二人がいないと知ってドタバタ。
そして真逆の場所にて恭也とリースがシェリスの不在を知ってドタバタ……とまあ、脱走組と救出組がようやく本格的な合流へと踏み出すというお話だ。
【咲】 ていうか、時間軸とか場所とか、その他諸々がいい加減ややこしくなってきてるわよね。
確かにな。だが、安心し給え……二章最終戦はもう終わり間近だ!!
【咲】 なら、もうすぐ最終話になるってわけね。
まあな。もっとも、B.Nそのものはまだまだ続くんだけどね……。
【咲】 長いわね〜……ま、頑張りなさいな。
合点承知。では、今回はこの辺にて!!
【咲】 また次回会いましょうね〜♪
では〜ノシ
うん、今回はリースが火事場泥棒。
美姫 「いやいや、一言で纏めてそれ!?」
冗談はさておき、というか、この表現もあながち間違いじゃないような。
美姫 「はいはい。それにしても、今回はあちこちで忙しそうね」
ラーレが一番の貧乏くじに見えなくもないけれどな。
因みに、リースが忙しいのは自業自得だよな。
美姫 「まだそこにこだわるのね」
いや冗談ですって。
にしても、救出される側が大人しくしてないからか、やっぱりすれ違うような感じなんですが。
美姫 「ちゃんと合流できるのかしらね」
さてさて、どうなんだろうか。
美姫 「次回も待ってますね〜」
楽しみにしてます。