ジェドの私室からデバイス化されたシェリスのいる研究室までは距離的に近いため、五分程度で辿り着いた。
部屋に入って最初に目に付くのは中心奥の辺りにある大きな試験管。器を変えられたシェリスが収められる場所。
目が開いていないのを見る限り、今はまだ目覚めてはいない。もっとも、作業完了したのがつい最近だから仕方ないとも言える。
ただアドルファにとってはそちらのほうが都合が良いため、別段特に何かを思う事もなく試験管の隣りにあるコンピュータの前に立つ
それは試験管の中で眠るシェリスのデバイスとしての機能を調整、修正などするためにあるもの。それに彼女は手を伸ばし、カタカタと操作し始めた。
「これで……よしっと」
操作し始めてから一分程度で指を動かすのを止め、一人呟くとボードから手を離して試験管に再度目を移す。
ジェド・アグエイアスの娘の一人にして、彼の手で作られた二つ目の融合型デバイス。彼女らが『蒼天の盾』と呼ぶ、計画の要の一つ。
片割れである『蒼天の剣』ことリースと共に製作を始めてから早十三年。ようやく努力が実り、二つの武具はようやく完成した。
幾多もの人の命を奪い、自分を理解しようとしてくれた人すら手に掛け、それでも計画のために心を砕いて続けた事が実を結んだのだ。
本当なら諸手を上げて喜びたい。でも、素直に喜べない自分がいる。それはきっと――――
――今までの犠牲や幼き少女にした事への罪悪感を感じている自分だろう。
ユニゾンデバイスとなった彼女たちは寿命も、老いもない。本体である核を砕かれる事がない限り、決して死を迎える事はない。
大切な人たちが死を迎えていく中でも生き続けなければならない。おそらくそれは何よりも辛くて、何よりも恐怖するべき事だ。
そしてそんな事を強いた自分は母親だけでなく、父親まで彼女らから奪おうとしている。これに罪悪感を抱かずして、何に抱くというのだろうか。
だけどそれでも彼女は、彼女たちは立ち止まるわけにはいかない。計画を遂行し、カルラを救い……何より――――
「主の……『マザー』の悲願を達成するまでは」
それまではきっと立ち止まれない、立ち止まる事は許されない。罪悪感を抱いても、『人』であれなくなったとしても。
己の決意を試験管で今も眠るシェリスを見ながら再確認した彼女は、今度は試験管そのものへと近づいて備え付けのパネルを操作する。
すると試験管の中を満たしていた液体は引き、表面のガラスがスライドしてシェリスの身体が前のめりに倒れこんでくる。
それをアドルファは受け止め、抱きあげるとそのまま近くの椅子に座らせ、近くにあるジェドが用意したであろうシェリスようの服を取って着せた。
「後は、貴方の自由に生きてください、シェリスちゃん。ウチらが貴方を真に必要とするそのときまで、貴方自身が大切だと思える人と共に……ただ、自由に」
今も眠っている状態なのだから聞いているわけじゃない。でも、それを知った上で彼女は静かに告げた。
優しげな声色で、優しげな手付きで撫でながら、自分たちが本当に彼女たちの力を求めるそのときまでは自身を見失わない事を祈り。
ただただそれだけを告げて彼女はシェリスの元からゆっくりと離れて背を向け、ソッと歩き出して部屋を後にしていった。
魔法少女リリカルなのはB.N
【第二章】第三十五話 理性無き殺戮者と不死を名乗る者
転送装置があった場所は区画で言うと第一。つまり、ブリッジと同じ場所に存在している。
だからといって今回の目的は犯人を抑える事ではない。加えて時間がかなり限られている現状、時間を掛けるわけにもいかない。
それ故に出撃前の指示でも無理に犯人を確保する必要はない、もし遭遇して確保可能だったならして欲しい程度のものだった。
そのためアイラからこの区画にブリッジがあると聞いても、目的の違いからそこは素通りして第二区画へと向かう事にした。
しかし第二区画は居住、及び研究区で恭也とリースが捕まってるならそこという話ではあったが、脱走を試みる今となってはいない可能性が高い。
それよりも可能性として高いのは第三区画。というのも通信室や動力室というのがここに存在し、突入前にそこで通信を送っている。
ならばそのときから差して時間も経っていない現在ではその付近にまだいる可能性は高く、合流するならそちらへ向かうのが手っ取り早い。
ただそう考えて赴いたこの第三区画は少々入り組んでいる。第一から第三に行くまではほぼ一本道なのだが、ここだけは最初で二手に分かれるのだ。
動力室に続く階段の存在する道、通信室や給仕室のある道。結局は最終的に一本に繋がるのだが、分かれてしまっているのには変わりない。
加えて先ほどまでいたからと必ず通信室方面の道にいるとは限らない。アイラのその言葉から、皆は組を二つに分けようという話になった。
そして短い話し合いの結果、通信室及び給仕室のある方面の通路へ向かう事になったのはなのはとフェイトの二人のみという事に。
この二人がこちらを進む最大の理由となったのは、単純に『蒼き夜』の人間と遭遇する可能性が低いからというものだ。
悪い言葉でいうなれば戦力外通告のようなもの。それを二人も少しは理解しているからか、言外にそう言われても悔しくはあるが従うだけだった。
「静かだね……ここにいた人、皆避難しちゃったのかな?」
「分からないけど、たぶんそうかも。これだけ大規模に攻撃とか侵入とかされたら、あの人たちが何もしないとは思えないし」
なのはの問いに対してそう答えるが、それが楽観視だとはフェイトも認知している。
本当は良い人たちだとか思っていても、犯罪者には変わりない。切り捨てるなんて残忍さもあるかもしれない。
対して問うてきたなのはもそういう考えはあるのだろうか、頷いて返す表情も少しだけ陰りがあった。
でも、どちらにしても結局は信じたい気持ちのほうが強い。だから負の方向に考えそうになる自分を抑え、ただ先を進み続けた。
「そういえば今ってアドルファさんたちだけじゃなくて、ここを攻撃してる艦の侵入者さんもいるんだよね? お兄ちゃんたち、大丈夫かな……」
「大丈夫だよ、なのは。恭也さんは強いし、リースちゃんだっているんだから」
「そ、そうだね……うん、そうだよね」
突入前に無事な姿を確認しているとはいえ、彼ら二人がしようとしてる事はアドルファたちにとって容認出来ない事。
更に今は誰かは知らないが、自分たち以外の侵入者がいる。脱走と一言で言っても簡単に出来るようなものではない。
大丈夫だとは思いたいが、内心でも心配なのも確か。だからなのはも不安を少しでも無くしたくてフェイトに尋ねたのだろう。
その問いに対してフェイトは自分自身の不安も和らげる意味も込めて、しっかりとした声色で大丈夫だと彼女へ返した。
それになのははまだ少し心配の残る表情をしながらも笑みを浮かべて頷き、暗示をするように大丈夫、大丈夫と心の内で繰り返す。
答えたフェイトにしても笑みには笑みで返しながらも、心情はなのはと同じで大丈夫と暗示。結局は、本人たちと合流しないと本当の安心は訪れないのだろう。
――そしてそんな二人の内心を揺さぶるかの如く、突如として通路の先から足音が聞こえてきた。
内心がそれで油断してたからか、聞こえた瞬間は本当に驚いた。でも、同時に強い期待も抱いた。
その期待の念から二人は驚きと同時に若干逸らし気味だった視線を正面へ戻し、先にいるであろう足音の主を見る。
しかし視線を向けた先にいた者は期待した人物とは違った。でも、見知った人物である事は遠目からでも十分分かった。
「「カルラ(ちゃん)……?」」
服装はかなり違うが、揺らしている先を二つに束ねた橙色の髪が特徴的の小柄な少女。
フェイトはあのゲームのときに会っただけだが、なのはからしたら会っただけでなく話もした事がある子。
総じて二人とも面識があり、二人の個人的な意見ではあるが『蒼き夜』の中で一番穏便そうな人、それがカルラという存在だ。
だが、その認識とは裏腹に彼女が近づいてくるにつれて違和感が出てくる。数少ない今までと比べた上での違和感が。
《…………》
最初に感じた違和感は、動き。歩いてる姿を見たのは僅かだが、それでも今の歩き姿はどこか可笑しい。
フラフラしてるわけでもない、顔を俯けているわけでもない。正直どこが可笑しいかなんて言葉では言えないが、それでも何かが可笑しい。
その次に感じた違和感は、左手にある爪。以前、若干チラついたのを見ただけだが、デバイスらしきは右手にあった宝玉の備わるグローブ。
確かに今も右手にはそのときと同じデバイスが装着されているが、今は左手にも手の甲辺りに宝玉が備わり、五指に鋭い爪のあるデバイスが存在している。
前は長い袖で隠していたから分からなかったと言われればそれまでだが、そうだとしたらなぜ今は曝け出しているのかが強い違和感を呼ぶ。
そして最後にして一番の違和感となったのが――――
――感情というものが一切欠落した表情と、焦点の合ってない瞳だった。
あのとき会った彼女はそんなに喜怒哀楽が激しかったわけじゃないけど、それでも目で見て分かるくらいには表情の変化があった。
でも、今はそれが全くないどころか、瞳の焦点すら合ってない。一目で言うなれば、人の象った人形だと思ってしまうくらいだ。
「カ、カルラ……ちゃん?」
近づいてくるに従って強くなっていくその違和感からか、なのはは戸惑いを含めた声で呼び掛け、近づこうとする。
だが、フェイトがそれを制する。なぜかは分からない、彼女の事は見聞きして若干ながら知っている。でも、気づけば自然と止めていた。
それになのはがどうしてと言うような顔を彼女に向けると同時に今まで近寄ってきていたカルラが若干距離を置いた地点で足を止めた。
そしてやはり何の表情も浮かべず、二人を見ているのかも分からない眼を向け、指一つ動かしもせず沈黙する。
しかし、静寂が三人の間を包み込み始めたかに見えた瞬間――――
――彼女の姿が、二人の目の前から消えた。
しっかり見ていたはずなのに突然消えた。普通なら困惑するような事。事実、なのはの表情にはそれがあった。
だが反対にフェイトは彼女が消えた瞬間、嫌な予感を感じた。そしてその予感に駆られ、突発的になのはを横に突き飛ばす。
同時に自身もなのはとは反対方向の壁へ飛びようにその場から退いた。その直後、二人ともその判断が正しかった事を知る。
《…………》
さっきまで少し距離を置いた場所にいたはずのカルラが、二人がさっきまでいた場所の床に左手の爪を叩きこんでいた。
床の硬度のほうが固いためか爪には傷こそあれ、抉れてはいない。でも、それよりも驚くべきは彼女の行動と速度だ。
彼女らの私的な見解が交るが、カルラという少女はいきなり攻撃するような過激な性格ではなく、あくまで話し合いを好みそうな穏便な子だ。
そんな風に見える子がいきなり、一言もなく攻撃をしてきた。しかも、視認出来ないような速度で寄り、下手したら致命傷を負いそうな攻撃を。
「何で――っ!」
立ち上がり、いきなり攻撃を仕掛けてきた理由をなのはが問おうとした直後、蹴りが彼女の腹部へ直撃する。
衝撃に言葉は途中で途切れ、後方へと吹き飛び、そのまま壁へと激突した彼女を案じるような叫びがフェイトの口から紡がれる。
その叫びの最中でもカルラは動きを止めず、彼女が壁へと激突した瞬間に距離を詰めて首を掴み、壁に抑えつけた。
そして苦しみに顔を歪めるなのはへ彼女は爪を振り上げ、電撃を纏わせる。それは振り下ろされれば、明らかに致命傷では済まないと窺わせるもの。
故にかフェイトも途端に動き出し、距離を詰めると同時に振り上げた戦斧を力一杯振るう。だが、それは彼女に掠る事さえ無く。
「あぐっ!」
それどころか振り下ろされた戦斧が彼女に到達する僅かな間でなのはの横腹を蹴り、蹴りの進路上に大きく吹き飛ばす。
そしてそこから反転して同時にフェイトのその一撃さえも身を反らして避け、地面を叩く形となった戦斧の先端を足で抑えた。
「っ!?」
何なんだこの速さは……最初も今も、その一言しか浮かばない。それほど先ほどのも今のも、一切見切れなかったのだ。
しかも足で抑えられた直後からずっと持ちあげようと力を込めているが、持ちあがるどころかその足さえも動かない。
速度だけじゃない、力もある。それが故に強い……相手がカルラだからとどこか甘く見ていた自分を痛感させられた。
だが、だからといってこのままで良い訳がない。こちらには負けられない理由がある。そのため、フェイトはすぐに行動へと起こした。
《Haken Form!》
地面に叩きつけられた状態からの形状変化。そうすればいくら力が強くとも、抑え続けるのは無理だ。
その考えに逸れず足下でいきなり変形した拍子にカルラは若干バランスを崩す。その隙を狙い、フェイトはデバイスを引き上げた。
そこから続けて魔力刃を形成し、彼女に向けて振りし切る。しかし予想通りではあったが、それはやはり掠る事もなかった。
だが、彼女に距離を置かせる事は出来た。それは幸いにも、なのはが吹き飛んだ方向とは反対方向へ。
そしてそれを機としてなのはの横まで自分も下がり、視線はカルラから放さぬまま、なのはへと小声で声を掛ける。
「大丈夫、なのは?」
「う、うん……でも、どうしてカルラちゃんがこんな事……」
「分からない……だけど来るなら私たちも戦うしかないよ。なのははここでは不利だから、守る事だけ考えて。攻めるのは私が」
なのはが頷くのと同時にフェイトは戦斧の柄を持つ手に力を込め、目先の相手に集中する。
互いに距離を置いたときから動きを見せない。最初のときと同様で構えも何も無く、闘気も殺気すらもない状態で立つだけ。
悪い言い方をすれば、次の行動が読めない。だからこそ警戒の念も強くなり、彼女から目が離せない状態へ陥る。
しかしそんな状況に陥ってからほんの数秒後、次行動を読ませなかった彼女本人から動きを見せた。
「――っ」
今度のそれは先ほどまでみたいに目に見えない動きじゃない。けど、だからこそ性質が悪いものだった。
狭い空間全てを利用するかのように上下左右を動き回り、ゆっくりとだが着実に近づいてくる。
目で追う事は出来るが、余計にどう攻撃してくるかが読めない。かといって下手にこちらから打って出ると思う壺だ。
だからどう攻撃しても反撃でき、尚且つなのはを守れるよう警戒しつつ、彼女の動きを目で追い続けた。
そしてそうする内にカルラは動作を変えぬまま二人の付近まで達し、その直後――――
――爪に紫電を纏わせ、爪先を向けて天井から急降下してきた。
急降下の瞬間だけ速度が急上昇する。でも、動作が読めたから避ける事はそんなに難しくはなかった。
だけどフェイトには避ける事が出来なかった。なぜなら、彼女の向ける爪先は一直線になのはを狙っていたから。
それ故にフェイトはタイミングを合わせ、頭上付近に戦斧を振るう。そのタイミングは絶妙だったためか、普通に見れば直撃コース。
だが、カルラには当たらない。驚くしかないほどの機転を利かせて向けていた爪を横に振い、戦斧の魔力刃の部分に直撃させた。
そのときに発生した衝撃を利用して後ろへ飛び、地面に足をつけた瞬間に再び地を蹴り、今度はフェイトへと斬りかかった。
「くっ!」
初撃の斬り付けに対しては何とか対応できた。だが、そこから連続で続けられる斬撃にはどんどん対応し切れなくなってくる。
それほど速度が異常なのだ。しかも得物の違いもある……そのため、対応し切れなかった斬撃は肌を掠め、僅かな傷を作る。
だけど防ぐので手一杯な上に隙がないから切り返す事が出来ない。このまま行けば、おそらく押し切られて負ける。
《Accel Shooter》
そう思うも今の状況を甘んじて受け入れるしかない中、すぐ後ろからデバイスの音声が聞こえてきた。
瞬間、自身らの頭上から軽い爆発音が響く。それによってか、カルラの動きが僅かに鈍り、意識が若干逸れる。
その好機をフェイトは逃さず、戦斧を横に大きく振りし切る。だが、寸でのところで彼女は気付き、再び後ろへと下がって避けた。
しかし、今度は掠りもしなかったわけじゃない。その証拠に彼女の頬には小さくも、先ほどの斬撃による切り傷が出来ていた。
「だ、大丈夫だった、フェイトちゃん?」
「一応……でも、なのは。さっき、何をしたの?」
「え、えっと……フェイトちゃんが苦戦してたから、少しでも注意を反らして隙を作ろうかと思って。その、天井を……」
さっきとは立場が逆。押し切られる寸前だったフェイトをなのはが助けたという状況になったわけだ。
だが、その手段が気になり聞いてみれば、さすがにフェイトでも呆れるものだった。簡単に言えば、天井を魔法で撃ったらしい。
大きな魔法で撃つわけにもいかないから威力の低い魔法を単発ででらしいのだが、それでも無茶である事には変わりない。
ここにクロノがいようものなら、確実に怒られていただろう。だがその本人はここにはいないし、それで助けてもらったフェイトも責めはしない。
むしろ無茶ながらもその機転に小声ではあるが礼を言う。それになのはは小さく微笑むも、すぐに表情を正して正面に居直る。
《…………》
最初からそうだが、表情も挙動も一切変わっていない。だが、たぶん動揺してるのではないかと予想できる。
予想外の事とはいえ、掠っただけとはいえ、一撃を入れられたのだ。もしフェイトが彼女の立場なら、絶対動揺する。
だから頭でそれを処理し切り、次の行動を導き出すまで動きは見せないと考えられる。ただ、だからといって警戒の念は解かない。
その考えが確実に正しいとは言えないから、もしそれで油断でもして攻め込まれようものなら初撃で対応出来なくなる。
故に動きはまだしないだろうと思いながらも油断はせず、こちらから動く事もなく戦斧を構え続けた。
「戦わずに逃げる方法とか、ないかな……私、カルラちゃんと戦うのは」
「私も、出来ればあまり戦いたくない。でも、たぶん逃げるのは無理だよ……それに言葉での説得も無理みたいだし」
戦いたくない、出来れば戦わず逃げる手段を取りたい。それはあくまで願望でしかなく、現状では不可能だ。
下手に背を向ければその時点であの爪の餌食。かといって説得しようとしても、聞く耳持たず攻撃を仕掛けてくる。
前に会ったときはあんな好戦的な子ではなかった。穏やかな、というのが普通に当てはまるような、そんな少女だった。
だけど今は、あのときとは明らかに違う。まるで性格が変わったかのように……いや、そもそも感情なんて無いかのようになっている。
どうしてあんな風になってしまったのか、一体どちらが本当の彼女なのか。疑問は絶えず渦巻くも、今は目の前に集中するしかない。
何であっても負けるわけにはいかない。殺されるなんて以ての外だ。だから戦いたくはなくも、現状ではただ戦い続けるしかなかった。
同時刻、なのはたちとは反対の方向へ進んだ三人も彼女たちと同じで交戦に入っていた。
こちらも相手は一人。だけどこちらは三人で相手をしているにも関わらず、優勢どころか押され気味だった。
あちらとは違い、言っては難だが夜天の守護騎士が二人、そしてその二人に引けを取らない魔導師が一人の合計三人でその様。
相手の強さというものが痛いほど窺える状況である。ただあちらと一つだけ違う点を上げるのなら、相手が『蒼き夜』の人間ではない事。
黒く袖と裾の長いシャツとズボン。その上から羽織った同色の法衣、両腕に巻いた各三本ずつのベルトのようなもの。
何より特徴的なのは赤い紋様が描かれた右目の眼帯……無表情な顔にマッチして、異常なまでの不気味さを醸し出していた。
「…………」
挟み込むよう手前のほうにシグナム、奥のほうにアイラとヴィータがそれぞれデバイスを構え、隙を窺っている。
対して相手――表情の作りからして女だろう――は手に持つ分厚い本を読んでおり、一見して戦う意思が窺えない。
かといって無防備というわけじゃない。シグナムの目から見ても隙がなく、攻めこんでも対応できるという自信がなぜか窺えるほど。
だが、シグナムならともかく、性格的にヴィータやアイラからしたらこの女性の様子は舐めてるようにしか映らなかった。
「くそっ……余裕かましやがって」
「…………」
「しかもこっちの言う事にはシカト決め込んで……マジでムカつくな、テメエ」
言葉からしてどっちが悪者か分からなくなるが、本気でイライラしてる二人はそんな事気にしてはいない。
それほどまでに彼女の様子は余裕感が窺えるのだ。しかも、先ほどから二人が何を言っても無言を決め込む始末だった。
だが、アイラが最後に言った言葉に女性は初めて、その口から言葉を紡いだ。
「苛立つのは、貴様が短気だから。余裕そうに見えるのは、その通りだから……貴様ら、揃いも揃って弱すぎる」
明らかに挑発としか思えないその言葉が引き金となり、ヴィータもアイラも各々のデバイスを振り上げ、彼女へ突貫する。
挑発に乗るというのはどうかと思うが、三人で相手をしても傷一つ負わせられない相手に二人で立ち向かわせるのは無謀。
それ故にシグナムも弾丸を装填し、刀身に炎を纏わせつつ駆けだした。そして二人が得物を振り下ろすのをほぼ同時に自身も剣を大きく振るった。
「二度も三度も同じ手ばかり……だから貴様たちは、弱い」
呟くと同時に本を持つ手と持ってない方の手を両側に向け、円状の障壁を展開して全ての攻撃を防ぐ。
ただ武器を叩きつけるヴィータとアイラの一撃はともかく、シグナムの一撃は彼女自身が誇る高威力な技の一つだ。
それを瞬時に展開した障壁一枚で防ぎ切るなど、普通じゃない。だが、彼女の行動はもちろんそれだけには留まらない。
「灼熱の槍。地より生まれ、天を貫け」
短い詠唱を紡ぎ、右足の爪先で軽く地面を叩く。すると地面に魔法陣が浮かび、三人の足下から炎の槍が幾多も飛び出る。
驚きは強いも咄嗟の機転のお陰か、槍の合間を縫うように避ける事で所々に軽く傷を作る程度で何とか済んだ。
ただそのせいで大きな隙が出来てしまい、女性はそれを逃さず円を掻くような回し蹴りを放った。
「「「――っ!?」」」
瞬時に放たれた割には蹴りの威力は重たく、直撃を受けた三人は声にならない呻きを漏らして最初の位置へと戻された。
だがそれを機に攻め入られぬようすぐに立ち上がり、体勢を立て直して得物を構え、再び相手に視線を向ける。
しかし、目を向け直した先の女性は追撃してくるどころか、再び本に視線を落として余裕の様子を窺わせていた。
「気に食わねえな……人の事弱い弱いとか言っときながら、どうして自分から攻めてこねえ? 余裕なら、さっさと殺ればいいだろ」
殺せばいいと自分から言うのはどうかと思わなくもないが、ヴィータもシグナムも思う事は同じだった。
一気に掛かられても対応できる技量を持ちながら、自分からは一切攻めず。それどころか、戦う気すら見せない。
苛立つと同時に疑問に思いもするのは当然。だからか、問われた女性も別に隠す事もなく、本に目を落したまま呟くように告げる。
「必要ない。どの道、足止めだけしていればこの艦と共に破滅の道を進む……私も、貴様らも」
この艦がどう足掻いても沈む運命にあるという事実を知っている。という点にも驚くが、それ以上に驚く部分があった。
それは相手を殺すために自分の命さえも捨てると言った事。それは並大抵の覚悟で言えるような事ではなかった。
「命を捨てる事前提の任務、か……ずいぶんと冷酷な組織のようだな、貴様の所属する組織というのは」
「……少し、勘違いをしているようだな。故に訂正しておこう……――――」
「我らに、死などという概念は存在しない」
正直、意味が分からないというのが本音だった。だが、そう思うのも仕方のない事だろう。
いずれ沈むそのときまで足止めをするという事は自分も死ぬという事。それは彼女自身、先ほど口にした。
なのに死ぬ事がないというのはどういう意味だ。いや、そもそも死という概念そのものが無いとはどういう事だろうか。
疑問が更に疑問を呼び、困惑が表に出かけるもどうにか抑え、シグナムは否定の言葉を口にしようとする。
「馬鹿な……死ぬ事が無いなど、あるわけが――――」
「貴様がそれを言うのか? 夜天の魔道書の守護騎士である、貴様が」
否定を遮って放たれた言葉にシグナムは絶句する。名乗った覚えもないのに、自分の素性を言い当てられた故に。
今現状で自分らが夜天の書の守護騎士だと知っているのは事件に関わった者か、管理局に所属する少数の人間。
もしくは『蒼き夜』の人間くらいなものだろう。だというのにそのどれとも関係なさそうな彼女が、なぜ知っているというのか。
益々増えてしまった謎によってシグナムだけに限らず、残りの二人も絶句する中、彼女はただ本を捲りながら言葉を続けた。
「我らは『不死者』にして『管理者』……貴様ら程度の知能で測れるような、矮小な存在ではない」
「っ……管理者、だと? テメエ、自分は管理局の人間ですとでも言うつもりかよ」
「あのような野心に満ちた愚かな者たちと同列に扱うなど、侮辱の極み。我らの使命はそんな者共より、もっと崇高なものだ」
管理者と名乗るも管理局の人間ではない。そもそも管理局は現在、この件にアースラ組以外の局員を派遣してはいない。
だから例え彼女が自分は管理局の人間だと言っても信憑性など皆無だろう。故にその辺りは疑う理由はない。
しかし、だからといって疑問が氷解したわけじゃない。むしろ謎の単語が増えた事で疑問が更に増長してしまった。
だがそれ以上はもう彼女自らは何も語らず、再び口を閉ざしてしまう。だからか、再び三人側から言葉を放とうとするが――――
「物事を尋ね続けるのは構わんが……いいのか? こうしている間にも、破滅の時間は刻々と迫っているぞ?」
――挑発にも近いその一言で遮られ、三人は現実を思い出させられてしまった。
口にした本人はやはり余裕を示すように本に目を落したまま。見る限り、本当に自身の命は気にしてない様子。
だが、夜天の守護騎士たるシグナムやヴィータは大丈夫であっても、アイラやなのはたちはそういうわけにもいかない。
だから先を急ぎ、恭也とリースを確保してなのはとフェイトの二人を合流。その後に脱出という所まで漕ぎつけなければならない。
となればここは本来逃げるのが得策。でも、騎士としての意地もあるにはあるが、それ以上に目の前の相手が安易に逃がしてくれるとは思えない。
むしろ足止めと明言したのだから、逃がさないだろう。それ故に取れる選択肢は二つ……戦って倒すか、逃げきれるほどの隙を作らせるか。
しかし結局のところ、どちらを取るにしても戦うしかない。だから急がなければという気持ちを抑えつつ、三人は再びその女性へと攻め入った。
「うにゅ……」
研究と実験を行う一室。現在ではシェリスの安置室となっている一室にて、彼女は目覚めた。
揺れ動く艦の振動か、響き渡る轟音か……何が切っ掛けになったのかは本人にも分からない。
だけど何が切っ掛けであろうと目が覚めてしまったのには変わりなく、彼女――シェリスはベッドから上半身を起こす。
そしてその状態のまま室内をキョロキョロと見渡すのだが、それを止めた途端に疑問符を頭に浮かべた。
「ここ、どこ……?」
呟いた言葉に答える者はいない。それが今、室内には自分だけだと知らしめる。
それ故かシェリスはそれ以上何かを呟く事はなく、ベッドからひょいっと降りて地に足をつけ立ち上がる。
そこで初めて自分の服装が起きる前と違う事に気付くが、少し首を傾げただけで興味を無くしたのか、室内を歩き回る。
ただ歩き回ってるというだけではなく、その動きは何かを探すような様子を窺わせていた。
「あ、あった♪」
そうして見て回る内、机の前に立って引き出しを開けて探し物を発見したのか、嬉しそうにそれを手に取った。
手にしたそれはペンダント形式に紐を付けた蒼い色をした宝玉。つまり、シェリスの探し物とはその宝玉――アリウスだったという事だ。
だが、目的の物を見つけたシェリスはそれを首から掛けた後、同じ引き出しの中で何かまた別のものを発見した。
その見つけた物とは数枚の紙の束。チラッと見ただけで難しい内容なのが分かるため、本来のシェリスなら見つけても手を出そうとしない。
しかしこのときの彼女は何を思ったのか、それを手に取った。そしてジッと書類に目を落とし、気になった部分の単語を静かに呟く。
「融合型デバイス『シェリス』……?」
書かれていたのは自身の名前。そしてその前のほうにはユニゾンデバイスという、デバイスの種類名。
その下にツラツラと書かれている内容は詳しくは分からないが、製作に関する作業工程や問題点などが挙げられているようだった。
総じてこの書類が何なのかと問えば、答えは一つ。これは以前聞いた事がある自身のデバイス化計画に関する企画書か何かという事だ。
そしてなぜだろうか、その書類に軽く目を通した段階で彼女は違和感に気付いた。起きてからこの書類を見つけるまで、そんなものはなかったのに。
何か自分の身体が自分の物でないような感覚。加えて学んだ事もない知識が自分の中に次々と浮かんでくる……そんな、少し怖い感覚。
だけど本来の人ならそんな感覚に襲われると途端に怖くなるのに、シェリスは別段そうでもなかった。これはおそらく、本人の性格故だろう。
「お姉ちゃん、探しにいこっか」
《Yes, Sherisu》
ここに来て初めてアリウスが返事を返してきた。だけど彼女に対して呼ぶ名は以前とは変わっていた。
おそらくデバイス自身が彼女はシェリスだと認識していても、彼女はもう人間じゃないとも知っているからだろう。
人ではなく、同じデバイスだったなら自分を扱う事は出来ない。こうやって話しかけるなどは出来ても、もう以前のようにはいかない。
だからこれはアリウスにとってのケジメのようなものかもしれない。以前のようにはいかないけど、それでも自分はシェリスと共にいるという。
シェリスはアリウスの言葉の意図に気づいているのかいないのか、いつも通りの無邪気な笑みで返し、駆け出るように部屋を後にした。
あとがき
片方はカルラに苦戦、もう片方は『不死者』もしくは『管理者』と名乗る女に苦戦中です。
【咲】 カルラはともかく、三対一でしかも内二名は騎士を相手にしてるのに対等以上ってどうよ?
まあ、通常時のカルラをあそこまで痛めつけた奴の仲間みたいな者だからねぇ……あれ。
あと本編では言ってないけどあの女性、魔法は使ってるけどデバイスは持っていないから。
【咲】 デバイス無しで魔法を扱ってるわけ? それじゃあ魔導師というより魔術師ね。
うむ、確かに彼女は厳密に言えばそうだな。というか、その部分には彼女たちの素性に関わる部分があったりする。
【咲】 へ〜……でも、少なくとも二章で明かされる事じゃないでしょ?
まあね。
【咲】 にしてもさ、カルラと戦ってるなのはとフェイトって、正直ヤバくない?
ヤバいね。激しくヤバいね。
【咲】 今回はなのはの機転で手傷を負わせられたけど、さすがに二度はないでしょ。
むしろ、このまま続けたら殺されるね、二人とも。今のカルラって殺す事前提だから、非殺傷なんかにしてないし。
【咲】 隙を見て逃げるしかないだろうけど、馬鹿みたいな速度してるしねぇ。
だね。だがまあ、ぶっちゃけ死なれたら話がそこで完結だから死にゃせんけどな。
【咲】 そういわれると身も蓋もないわよね。
まあねぇ……でも事実だし。次回での話になるけど、ある人物が二人と合流する事で形勢が若干変わる。
【咲】 考えられる可能性はいくつかあるけど?
それは次回を見れば分かるんで、次回をお楽しみにしててくれ。
【咲】 はいはい。ところでさ、今回シェリスが復活したけど、ユニゾンデバイスになった自覚ってあるのね。
何となく、って感じではあるけどね。
【咲】 ついでにアリウスも所持しちゃって……使えないのに持ってて意味あるの?
使えはせんけど……ま、友達みたいなもんだよ。今後アリウスを使える人物が現れでもせん限り、彼女がずっと所持する事になるだろうな。
【咲】 ふ〜ん……それと最後にさ、次回は今回の続きだっていうのは分かるけど、恭也とリースはどこいったわけ?
あの二人は……通信室から出た後はシェリスを迎えに行ったけど、その途中でジェドの部屋に寄ったんで現在そこにおる。
【咲】 ……それって、高確率で入れ違いになるんじゃない?
なるだろうね。シェリスがアリウスを見つけたのと二人がそこに赴いたのはほぼ同時期だから。
【咲】 なんか、構図的にかなり複雑になってて頭痛くなるわね。
書いてる俺も痛いよ。書くたびに「あの子らはどこにいたっけ?」とか、「彼女らって今何してたっけ?」とか思いださんといかんし。
【咲】 ま、もうすぐ二章も終りだから、それまで頑張りなさいな。
ういうい。んじゃ、今回は次回予告も若干やったんでこの辺でという事で!!
【咲】 また次回も見てくださいね♪
では〜ノシ
カルラとなのはたちが出会うとは。
美姫 「思わず、BADEND!? とか思ってしまったわ」
いや、本当にそれは思った。
いや、もうハラハラドキドキの展開。
美姫 「シグナムたちの前に現れた者もすごく気になるし」
ああ、次回が待ち遠しい。
美姫 「次回も待ってますね」