クロノが部屋を出て行った後、また怯えが消えるまであやすのにはそれなりの時間を有した。

何度もあやすという行為を続けているせいか、リィンフォースのあやし方も中々板に付いた来た様子。

それを喜んでいいのかどうか分からず、はやてに言われても曖昧な笑みしか浮かべられないのだが、かといって悪い気はしない。

まだ母親としての自覚なんてしっかりあるわけではないしても、主に褒められ、こんな小さな子に慕われるのは良い物だ。

だからか曖昧だった笑みも柔らかい微笑へと変わり、まだ少しぎこちなさがあるも優しい手付きで少女を撫でていた。

 

「せや、リィンフォース。話も終わった事やし、そろそろその子に名前を付けてあげよや」

 

「終わったわけではないのですが……まあ、確かにそうですね。これから呼び続ける上で『お前』や『この子』ばかりではいけませんし」

 

少女が誕生したのは修復完了のとき。つまり、三十分程度前という事になる。

守護騎士とはいえ生まれたばかりだから名前は当然ない。ならば、誰かが名前を付けてあげねばならないだろう。

その場合、リィンフォースとしてはやはり名付け親ははやてがいいのではと考える。自身の名前も、はやてが付けてくれたのだから。

このような素敵な名前を付けてくれた彼女なら、その少女にも同様に素敵な名前を考え、与えてくれるに違いない。

だからそれを期待して彼女へとそう尋ねるのだが、そんな予想を裏切り――――

 

 

 

「ウチが決めたらあかんよ。こういうのは、母親がちゃんと決めたらなな♪」

 

――そんな言葉をニッコリとした笑みと共に返されてしまった。

 

 

 

一瞬何を言われたのか理解できず呆然としてしまうも、我に返ると慌ててそんなの無理だと言い出す。

確かに母親になる事を自分でも認めた。そして先ほどまで付き合ってきて、腕の中で擦り寄る少女を愛おしいと多少なりと思い始めてきている。

でも、そうであっても名前を付けるなんて重要な事は出来ない。名前一つで少女の全てを左右するのだから、はやてが考えたほうがいい。

主であるはやてなら信じられる。自分にこんな優しく素敵な名前を付けてくれた彼女なら、良い名前をつけてくれる。

だから自分が考えるよりもはやてが、と首を縦に振らない。しかしその言い分を全て聞いた彼女も、同じく首を縦には振らなかった。

 

「ウチにとってのリィンフォースは我が子と同じや。そんでその子にとってリィンフォースは母親……そんなら、ウチがリィンフォースにそうしたように、リィンフォースがその子の名前を付けてあげなあかんよ。それとも、その子の事、リィンフォースは我が子って思えへんの?」

 

「そ、そんな事はっ……ない、ですけど」

 

「なら、生まれたばかりの子に親としての義務を果たしたらなあかん。我が子って思うんなら、愛おしいって思うんなら……な?」

 

自身が慕っている人に我が子と呼ばれるのは嬉しい。そして言葉だけじゃなく、そう思ってくれているというのが何より嬉しい。

だから、説得力がある。我が子なら親としての義務を果たせ、最初に子供にしてあげられる事をしてあげろという言葉には。

故にか我が子と呼ばれた事に少しばかり嬉しさと恥ずかしさから頬を染めつつも、分かりましたと彼女に対してしっかりと頷いた。

だけど自分がいざ名前を付けるという意識を持ってみると、意外ではないがやはり中々良い名前というのは浮かばない。

はやてにも言ったとおり名前はその人の一生を左右しかねない。下手な名前をつければ、我が子を不幸にしてしまうかもしれない。

だから悩んでしまうのだ……主が自分に付けてくれたような優しい、それでいて名乗る事を誇れるような素敵な名前はないかと。

そして考えに考え、これでもないあれでもないと浮かんでは消し、そうする内に頭の中でいくつかの候補が出来上がる。

その中で一体どれがいいのだろうかと再度悩みに悩んだ結果……その内の一つが脳内に止まり、それ以上は悩む事もなく自然と口から放たれた。

 

「『アスコナ』というのは、どうでしょうか……?」

 

「アスコナちゃん、なぁ……ええんやない? ウチはかわええと思うけど」

 

はやてから可愛いという言葉を送られ、だけどそれだけでは決めてしまうわけにもいかず少女にも聞いてみる。

だが、それは無駄だったと言えよう。少女はリィンフォースを母親と思っているから、母親の言う事は絶対に近い。

そうでなくても生まれたばかりで気の許せる人が少ないのだ。母親が決めた事ならば、何でも頷いてしまうというのは容易に想像できた。

そしてその想像に反する事無く少女は考える事もなく元気よく頷き、名前に対して文句の一つも上げる事はなかった。

そういうわけではやてが頷いた時点で分かっていた事ではあるが、反論は無し。そのため、少女の名前は『アスコナ』というもので決定する事となった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

魔法少女リリカルなのはB.N

 

【第二章】第三十三話 誓う決意と共に決着の舞台へ

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

クロノとリィンフォース、はやてと少女――アスコナの四人と別れた一同はブリッジへと向かった。

それは目的地に到着したとき、何かがあったらすぐに確かめられるようにとアイラが言い、他の者もそれに同行すると言ったための行動だ。

だが、その途中でなのはとフェイトの二人だけは後で向かうと言って別れ、別の部屋へと赴いていた。

 

「…………」

 

「…………」

 

入った一室は先ほどクロノたちが向かった場所と違い、ベッドや机が一つずつある普通の部屋。

誰かの私室かとも思えるが、実際は空き部屋となっている事を二人は知っている。なぜなら昨日、なのはが寝泊まりに借りた部屋なのだから。

だから誰も部屋にいない事を確信して入り、扉に鍵を掛ける事もなく隣合わせでベッドへと腰掛けていた。

だけどそうやって座ってから約五分間、二人の間で言葉は交わされない。どちらも無言でただ俯いている。

どちらも互いに用事があったから皆と別れて来たはずだった。でも、どっちも話そうとしていたはずの話題は話し辛いもの。

故に静寂という空気が室内を支配していたのだが、意を決したのかなのはが顔を少し上げ、閉じていた口を開いた。

 

「もうすぐ……アドルファさんたちの言ってた場所に、付くんだね」

 

頷く事も、返事を返す事もフェイトはしない。ただ、なのはが口にする言葉を静かに聞くだけ。

でもそれに対して不満一つ口にせず、彼女もただ静かに言葉を放ち続ける。

 

「フェイトちゃん。私ね……ずっと前からお兄ちゃんの事、大好きだった。私にはお父さんがいない分、お母さんが働かないといけないみたいだから一緒にいる時間も一番少なかった……でも、寂しくはなかったの。お母さんの分までレンちゃんや晶ちゃんやお姉ちゃん……何よりも、お兄ちゃんが一杯傍にいてくれたから」

 

「…………」

 

「一緒に遊んでくれるわけでもない、我儘を言ったら何でも聞いてくれるわけでもない……でも、それでも皆には悪いけど、お兄ちゃんが私の中では一番だった。いつでも私を見守ってくれてて、誰よりも優しいお兄ちゃんが、一番好きだったの。だから、かな……お兄ちゃんはいつも私の傍に居て、私もお兄ちゃんの傍にずっと居られるって思ってた」

 

目を瞑ってみればお兄ちゃんお兄ちゃんと自分が呼び、恭也が自分に向けて微笑んでいる光景が浮かぶ。

自分でも笑ってしまうほどの兄依存症。世間的に言えばブラコン。でも、それを可笑しいと思った事は一度もない。

大好きな兄を慕って何が悪いのか。妹が兄を慕うのは当然じゃないか……今までこれを話して可笑しいと言った人には、ずっとこう言ってきた。

なのはにとって恭也とはそれほど掛け替えのない存在なのだ。だから、その存在を奪われて初めて分かる事もあった。

 

 

 

――大切なものは自分が守る努力しなければ、いつか失われてしまうのだと。

 

 

 

何もしなくてもずっと傍に居てくれるなんて甘い考え。それを奪われて初めて痛感した。

そしてそれ以上に恭也という存在が奪われた事で自分がどれだけ無力なのかという事を知ってしまった。

いくら魔導師として凄いと言われても、いくつかの事件解決に貢献しても、大切な人を守り切る事が出来ずに奪われた。

でも、それを知っても自分は何も出来なかった。ただ泣いて、奪われた事への損失感に打ちひしがれて、感情さえも上手く抑えられない。

そのせいで兄が奪われてからどれだけフェイトやはやて、守護騎士の皆やクロノたちに迷惑を掛けたか分からない。

 

「たぶん、私はお兄ちゃんに頼りっきりだったんだと思う。お兄ちゃんが魔導師だって分かる前から、どこかでお兄ちゃんが見守ってくれてるんだって思い続けたんだと思うの……だから、いざお兄ちゃんがいなくなったら何をするにも怖くて、お兄ちゃんが傍に居てくれなくちゃ駄目だって思ってあの人たちから取り返す事ばかり考えて。結局皆にも、フェイトちゃんにも心配掛けてばかり……駄目だよね、私」

 

「……そんな事、ないよ。大切な人がいなくなる辛さ、私にも分かるから……なのはが悲しいのを我慢して、頑張って立ってるの、知ってるから」

 

フェイトだって恭也を彼女らに奪われたのは悲しかった。今まで体験した事もない温かさをくれた彼を奪われたのだから。

でも、それ以上になのはが辛さを抱えているのだって知っていた。なのはが恭也の事を大好きなのは態度で分かるし、何より兄妹なのだから。

だから駄目だなんて事はない。むしろ大切な人を奪われて平然としていれる方がどうかしているのだ。

そう思うからこそ初めて口を開いたフェイトはそう言い、彼女の顔を覗き込むように視線を向けながら肩に手を置いた。

それになのはも顔を向け、小さな微笑みを浮かべながらありがとうと返し、顔を前へと戻すと再び語るような口調で言葉を続ける。

 

「でも、フェイトちゃんがそう言ってくれるのは嬉しいけど、やっぱり駄目だったの、今までの私は。大切な人がずっと傍にいてくれるって思いこんで、守ってもらうだけで自分は守ろうとしないで……ずっと、頼りっぱなしだったんだから」

 

「なのは……」

 

「だから、私は変わりたい。やっとこの事に気付けたんだから、今度は頼るだけじゃなくて頼られる子になりたい。すぐには無理かもしれないけど、いつかきっとお兄ちゃんに頼って頼られる、守られるだけの妹じゃないって思わせたい」

 

この事件を解決して兄とリースを取り戻す事はその第一歩。もう大切な人を失わないための。

その自分の決意を自身でも確かめるように力強く、再びフェイトと視線を交わらせてしっかりと言い切った。

 

(頼って、頼られる……)

 

視線を交わらせ、フェイトはなのはが口にしたその言葉を頭の中で繰り返す。

そして考えてしまう。なのはが言ったそれはもしかしたら、自分にも言える事ではないのかと。

フェイトは恭也の妹じゃないけど、それでも彼を頼った事はある。代表的なのが、自分に戦い方を教えてというもの。

これだって改めて見たら彼を頼っているという他ない。他の誰でもない、彼なら自分を鍛え、強くしてくれると頼ったのだ。

反対に自分は彼に頼られた事はない。初めて会ってからそこまで経ってないのだが、それでも頼られた事が無いのは事実だ。

それは結局、自分が頼りないという事だろう。彼に聞けばもしかしたら否定するかもしれないけど、その事実は変わらないだろう。

なら、どうすればいい。自分にだって大切なものはある……だから、守りたい。そして同時に、彼に認められたい。

そんな自分になるには一体どうしていけばいいのか。その答えはすでになのはの口から出ていた。

自分から変わろうと努力する。彼に頼るだけじゃなく、自分でも強くなる努力を重ねていけば、いつかきっと彼は認めてくれる。

 

「そうだね……一緒に頑張ろ、なのは。いつか、恭也さんの背中を支えられるようになるために……」

 

「……うん!」

 

思う事が同じなら目的だって同じ。いつか恭也が背中を預けられるような存在になりたい。

だから二人は互いに決意を交わす。今はまだ無理でも、二人で支え合い、努力する事を止めず、きっとそんな存在になると。

その第一歩となる事はもうすぐ訪れる。アドルファたちの艦へと乗り込み、恭也とリースを取り戻すという大きな決意への第一歩が

故にその決意を言葉で交わし合い、だけど言葉とは裏腹に浮かべた笑みで視線を交わし、互いに頷き合っていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

目的地到着の知らせがあったのは、皆が別れてから一時間程度経ったときだった。

それだけなら別段可笑しい事はない。到着が少しばかり速かったなと思う、ただそれだけで済むような事。

だけど通信の内容はそれだけではなかった。話によれば何でも到着したのは到着したのだが、判断に困る事態が起きたらしい。

一体何が起きたのかの詳細は実際に見てもらった方が早いというわけで、詳しい事は何も知らされてはいない。

だがそう言われたからには駆けつけぬわけにもいかず、別の部屋にいた面々は皆、ブリッジへと駆け付けた。

そして到着したブリッジにて、駆け付けた者たちは知る。通信にて告げられた、判断に困るという言葉の詳細を。

 

「……アイラさん。確か例の敵艦は、常時張っているシールドの効果で艦体そのものを透明化させてるって話でしたよね?」

 

「ああ。確かに、そう話したな」

 

「でも……普通に見えてますよね、あれ。座標が合ってて、目の前のアレが目的の艦ならの話なんですけど……」

 

アイラの返答にフェイトはそう答えつつ、確認するようにエイミィとアイラを交互に見る。

だが、二人の返答は間違いないというもの。となると余計、目の前に展開される光景が意味不明になってくる。

 

「それも問題ではあるんですけど、何より何でその艦が攻撃されてるのかが一番分からないんですよねぇ……」

 

ポツリと呟いたエイミィの言葉通り、先のほうに見える敵艦は何者かの攻撃を受けている様子だった。

しかもエイミィの話によれば攻撃している艦は識別信号無し。この時点で管理局の艦ではない事が分かる。

ただ、だとすれば一体もう片方の艦は何なのか。何が目的でアドルファたちがいるであろう艦を攻撃しているのか。

全てに於いて意味不明。そして意味不明であるが故、いろいろと判断に困るというわけであった。

 

「それでどうしましょうか、艦長。敵艦が姿を出している以上、艦内への侵入手立てはいくつか立てられますが」

 

「う〜ん……でもその場合、どんな手段を取るとしてもある程度近づかないといけなくなるわね。あの真っ只中に……」

 

「そういえば、応援要請のほうはどうだったんですか? 応援が来てくれるなら、あの中に飛び込むにしてもかなり楽になると思いますけど」

 

「連絡はしてみたけど、やっぱり駄目だったわ。本局から応援を送るにしても時間が掛かるし、近くで任務についてる隊も今はないみたい」

 

「実質、僕たちだけって事ですね。そうなると艦一つで突入するのは至難の技……かといってこのまま放置すれば、反撃の様子を見せないあの艦はいずれ墜ちるでしょうし」

 

実際、突入するだけなら無理じゃない。艦のシールドを正面に張って近づけばいいだけの話なのだから。

そしてあちらの艦内に侵入するのも差して難しくはない。シールドを張られていれば確かに難しいが、干渉して侵入するのは可能だ。

ならば何が至難なのかと言えば、時間だ。目的の艦に接近してシールドの解析、干渉して転送座標を敵艦内に設定する時間。

加えて侵入してから目的を果たして戻るまでの時間。この二つを迅速に行わなければ、こちらのシールドが持たないだろう。

もしも実際に行ってこちらのシールドが臨界点を超え、墜ちでもしたら突入した者たちの帰る場所は無くなってしまう。

かといって必ず時間内に任務を終えれる保証もない。だから結局、目の前の状況は非常に判断に困るものだという事だ。

しかし、だからアドルファたちの艦が墜ちるのを良しとは出来ない。あの艦の中には、恭也とリース、そしてもしかしたらシェリスもいるかもしれないのだから。

それに救出だけが目的じゃない者もいる。故にこのまま攻めあぐねたままの状態を続けるわけにもいかなかった。

 

「ああもう! さっさとどうするのか決めろよ! じゃないとあの艦、本当に墜ちちまうぞ!?」

 

「そんな事は分かってる! でも不用意に突入という選択を取るとこっちが墜ちる場合だって――――!」

 

行動も起こさず話し合っているのに業を煮やしたのか、早く決めろと指摘してくるヴィータ。

対してクロノは冷静にならなければならない状況にも関わらず、彼自身にもやはり焦りがあるのか叫ぶように反論を返そうとする。

だけど彼の反論が言い切られるよりも早く――――

 

 

 

――三つ目の問題となる事が発生した。

 

 

 

その問題とはエイミィの口から告げられた。内容は、目標の艦からの通信をキャッチしたというもの。

状況が状況だけに考えうる通信内容は一つ、あの所属不明艦の撃退に協力してくれというお願い。

何かを盾にとっての交渉という可能性もあるが、乗るかどうかはこちら次第な上にそんな時間があるようには思えない。

だとすれば前者の可能性が高い。ただ、結局それは実際に通信に応答してみない事には分からない。

それ故に通信キャッチの知らせを受けたリンディは少し考えた後、通信を繋いでモニタへと表示するよう指示を出した。

その指示にエイミィは従い、パネルを操作してモニタを展開。通信を繋げてそこに通信先の映像を映し出した。

 

『だ〜か〜ら〜、通信が繋がらないんじゃここに留まってても意味無いでしょ!?』

 

『そう思うのは分かるが……だからといってそちらを優先させて、万が一ここにいないときに通信が繋がったら――――……ん?』

 

モニタが開かれてからまず目に付いたのは蒼い髪をした少女らしき存在の後ろ姿と見覚えのある青年の顔。

続けて聞こえてきたのは少女の怒声と諭すような青年の声。少女の容姿以外は、一同にとって非常に覚えのあるものだった。

しかしそれがあまりにも予想外で突然だったためか、そんな映像が映し出されて一様に唖然としてしまう。

対してあちら側の青年が言葉の途中で通信が繋がっている事に気付いたのか、画面に目を向けたまま同じく唖然としている様子。

そんな彼の様子を不信に思ったのか怒声を上げていた少女は首を傾げ、振り向く。その瞬間、ほぼ全員に衝撃が走った。

 

「お兄ちゃん……それに、シェリスちゃん、だよね?」

 

青年――恭也の存在は彼だと断言できるが、少女についてはなのはも断言は出来なかった。

確かにその少女はシェリスと似ている。瞳の色も顔の輪郭も、髪の色も……彼女と言っても可笑しくない容姿をしている。

だけど違和感を覚えるのは、髪の長さと雰囲気。シェリスの髪の長さは腰元まであるのに対し、少女は肩ほどまでしかない。

何よりシェリスはいつも元気一杯なのに対して少女は妙に落ち着いた雰囲気。この二つが、断言する事を憚らせる。

言ってしまえば髪は切ったと言われればそれまでだし、雰囲気も気のせいであるという可能性だって考えられる。

なのになぜかそうだと自分では判断し切れない。それは他の面々だって同じであるのか、なのはと似たような表情を浮かべていた。

そんな彼女らに対してシェリスと呼ばれた少女は呼ばれるや否や顔を顰め、小さく呆れたような溜息をついた。

 

『……まあ、間違えるのも無理ないかもね。実際に顔を向け会って話すのは初めてだし……だから一応訂正しとくけど、私はシェリスじゃなくて――――』

 

「リース、なのか……?」

 

彼女が告げようとした言葉の先を答える者。それはこの場で唯一、皆とは別の意味で唖然としていた者。

それは何を隠そう、彼女らと一番関わりの深いアイラだ。ジェドと十年以上の付き合いがあり、リースとシェリスを生まれたときから彼女は知っている。

だからこそ分かってしまい、困惑してしまう。目の前の少女が自分の想像通りリースならば、なぜ身体を持っているのかが分からないから。

だが、対して少女――リースは自分をリースだと分かってくれる人が一人でもいた事が嬉しいのか、にっこりと笑みを浮かべていた。

 

『だ〜いせ〜いか〜い!! さっすがアイラ!! 伊達に付き合いが長いわけじゃないって事だね♪』

 

「じゃ、じゃあ、ほんとにリースなのか? だとしたらお前、どうして……」

 

『どうして身体を持ってるのか、でしょ? いろいろってね〜……ま、話すと少し長くなるから、その辺はまた後で説明するよ』

 

語ると長くなるのなら今は語れない。それほどまでに今は時間が惜しい状況という事。

故に彼女の言ういろいろというのが気になりつつもアイラを含む全員は今はそれで納得するというように頷いた。

そしてそれを確認したリースは前置きの言葉を述べた後、早速本題とばかり自身らで練った作戦の概要を話しだした。

だが、作戦の概要を彼女が語る中、なのはだけはそれが耳に入っておらず、画面に映る恭也をジッと見詰めていた。

その目は彼自身の身を案じているという目。こうして無事な姿で目の前にいても、彼のやっている事は危険を大きく含む事。

となると見付かれば恭也の身もリースの身も危ないだろう。だからこそ、大丈夫なのかとその身を案じるような視線を送っていたのだ。

対して恭也はその視線に気付いたのか、なのはと視線を交わらせる。だが、リースが説明を行っている手前、声を掛ける事は出来ない。

だけどそれでも自分は、自分たちは大丈夫だと告げるような視線で返す事で、彼女を安心させようとする。

伊達に長く兄妹をしていたわけではない。だから彼の向ける視線の意味もなのはには理解できる。だけど心配なのには変わりない。

しかし今はそれで安心しておくしかない。どうするにしても今は触れ合う事さえ出来ないのだから、彼の無事を確認出来ただけで今は十分だろう。

だから彼の視線に対して精一杯の笑みで返し、それにも口元に浮かべる僅かな微笑で返されるのだった。

 

 

 

 

 

「――なるほど。確かにその方法なら無闇に近づく必要も、シールドに干渉する手間も無くなるな」

 

リースが説明した作戦の概要。それは脱出に転送装置を用い、シールドもあちらで解除するというものだ。

転送装置同士を繋げるという手段ならばある程度の距離が開いていたとしても、転送を行う事が可能となる。

その際にネックとなるシールドもリース側で解除するという事だから、こちらで解析、干渉するという手間も無くなり、時間短縮になる。

ただ時間短縮が出来てもやはり問題となるのは時間。シールドを解除するという事は敵の攻撃の直撃を受けるという事なのだから。

シールド解除から転送装置同士を繋げる作業をほぼ同時に行うらしく、侵入するまで別に時間も掛からない。

しかしシールドを破壊できない敵の攻撃から威力はさほどないのだろうが、それでも直撃するのがヤバい事には変わりない。

そこを考えれば、侵入から脱出までの時間は遅くとも一時間以内。でなければ侵入先の艦と共に宇宙の藻屑になってしまうだろう。

つまり侵入するのなら少数精鋭での無駄のない行動になる。その点を踏まえ、侵入メンバーを決めなければならないという事だ。

 

「ただ、その策に乗る前に一つだけ聞きたい……君が言うその協力者というのは、信用できるのか?」

 

『もっちろん! 私だけじゃなくて恭也のお墨付きもあるんだから、信用度はバッチリだよ!』

 

「へぇ……恭也も信用させてんのか、そいつ」

 

リースだけなら首を捻るところだが、恭也が信用したとなれば少しばかり話は変わってくる。

というのも彼は人となりは良いが誰彼無闇に信用するような人ではなく、事こういう件に関しては特にそこが際立つ。

だが、本当に相手が信用できるのなら信じる。つまり恭也が信用したという事はその相手、それなりに信じられる人物だという事だ。

そうであるならばこの作戦、乗ってみる価値はある。そうでなくても下手に強行突破するよりはリスクがかなり低いのだから。

 

「――分かった。ならその策、乗らせてもらうよ。だけどこちらにも多少の準備がいるから、シールド解除と転送装置の接続は……そうだね、三十分程度後にしてくれと伝えてくれるかな?」

 

『りょ〜かいりょ〜かい♪ んじゃ、こっちもやる事あるから、この辺で切るね〜』

 

その一言を最後に映像は途切れ、モニタを閉じる。そしてそれとほぼ同時にクロノは振り返り、全員と向かい合う。

それから皆を一通り見渡した後、リンディと目を合わせて頷き合い、先ほどの作戦のためのメンバーを口にした。

作戦を行うメンバーを決める上で考えなければいけない要素。それは近接戦闘を行えるか行いかという点だ。

今回の作戦は嫌でも近接戦闘がメインとなる艦内戦。中距離魔法や遠距離魔法、補助魔法を得意とする者は完全に不向き。

そこを踏まえて口にしたメンバー構成はまず敵艦内を知り、近接戦闘も十分こなせるアイラが最初に彼の口から出る。

そして次に口にされたのはシグナムとヴィータ、フェイトの三人。前者の二人は騎士と名乗るだけの実力があり、近接戦闘も得意分野と言える魔導師。

フェイトに関しては近接がメインというわけではないが近接も十分こなせる。何より、メンバーに局員を一人も派遣しないわけにはいかない。

そういうわけで侵入メンバーとして彼に選ばれたのはこの四人。少ないと取られるかもしれないが、少数精鋭でなければならないので問題はない。

後は選んだ者たちに作戦開始までの時間を準備として与え、時間前に転送装置前に集合させてそこから作戦開始、侵入させるだけ……のはずだった。

 

 

 

「あの……私も、その作戦に参加したいです」

 

――選ばれなかった面子の一人である、なのはがそんな事を口にするまでは。

 

 

 

なのはの得意分野は中距離から遠距離まで。お世辞にも、近接関連が得意と言えない魔導師だ。

だからこの作戦には完全に向かない。故にリンディもクロノも、初めから彼女をメンバーに加える気はなかった。

だというのに次の指示を言い渡そうとした途端、彼女は自ら挙手をして自分もメンバーに加えて欲しいと言ってくる。

あまりにも無謀だという他ない。だから、二人ともそれは駄目だと言い、なのはが行く事が如何に無謀かを説明した。

だが、それでも彼女は自分も行くと言い張る。危険でも、無謀でも、ただ待っているなんて出来る訳がないと。

ただでさえ時間が無い。本当なら説得する時間すら惜しい。だけどこのまま納得させずにいれば、彼女は無理矢理にでも付いていこうとするだろう。

故に何度も何度も同じ事を説明して止めようとした。でも、何度説明しようとも、彼女は自分の意見を一向に曲げようとはしなかった。

 

「別に構わないのではないか? 確かに単独なら危険だろうが、突入メンバーの誰かと組ませれば付いてくる分には問題ないだろう」

 

「それはそうかもしれませんが、今回は時間との勝負でもあるんですよ? あまり言いたくはありませんが、もしなのはが足手まといになって行動が遅れるような事があったら――」

 

「それも心配ねえよ。足手まといなるって最初から分かってんなら、いくらでも手の打ちようはあるからな」

 

終いには突入メンバーからの援護まである始末。もっとも、約一名は援護半分貶し半分といった感じだったが。

ともかく他の者たちまで援護に回られ、しかも理屈の通る事を言われては無闇やたらに駄目だ駄目だなど言い続ける事が出来ない。

しかしだからといって簡単に頷く事も出来ない。足手まとい云々はともかく、クロノにしてもリンディにしても回避できる危険は回避したいのだ。

それも管理局員ではない、民間協力者なら尚更。だから二人とも頷く事が出来ず、だけどそれ以上言い説く事が出来なかった。

 

「私からも、お願いします。なのはに危険が及ばないよう私が頑張りますから、参加するのを許してあげてください」

 

だが、最終的に嘱託とはいえ管理局員という立場にあるフェイトまでなのはの言葉に賛同してしまう。

フェイトは親友としてなのはの事を大事に思っている。だからこそ、なのはのその発言には賛成しないものとばかり思っていた。

しかし現実には賛成してしまった。どういう考えの上でそう決めたのかは定かではないが、それでも意思の強さは瞳から窺える。

彼女の立場からすれば賛同した所でリンディやクロノの立場上、却下する事も当然出来る。

だけどそれをしないのは、彼女も突入メンバーの一人だという点が大きい。彼女が賛同する事でメンバーのほぼ全員が賛成派になるのだから。

全員に賛成されてしまえば説得するのも骨が折れ、下手に長い時間続ければ作戦にかなりの支障が出てしまう。

故にこそここはもう二人のほうが折れるしかなかった。だがそれでも、許可する代わりに条件を当然とばかりに付け加えた。

 

「作戦の最中、絶対に無茶はしない事。恭也さんが絡んでるから急く気持ちも分かるけれど……それだけは、約束してね?」

 

「……分かりました」

 

口伝でしか約束は交わせない。だから保証なんてものは全くないに等しいものであった。

でも、それでも約束と口にしたリンディは彼女を信じる。それはもちろん、彼女がしっかり答えたからとかそういうものではない。

ただ、彼女はちゃんと分かっていると思ったから。無茶をして自分が傷つく事で一体、誰が悲しむかという事が。

クロノもリンディと同じ。故に彼女が約束を口にしてなのはが頷く間、もう反対の言葉など口にする事はなかった。

 

「……じゃあ、そろそろ準備に取り掛かってくれ。今回のは今までと違ってかなり過酷な内容な上に、戦闘が想定される相手も規格外だ。遭遇しても時間を重視して無理に戦う必要はないけど、万が一に備えて準備は念入りに。尚、作戦開始の時間前までに転送装置前に集合するようにする事……以上」

 

二人が約束を言い交わし、なのはの参加が決まった後、クロノは後の行動についてを短く伝える。

そして締め括る言葉を口にする事で解散を伝え、それを合図にブリッジを出る者と残る者とで別れる。

クロノとリンディも含めてそれなりの人数がブリッジにはいたが、それでも先ほどよりも更に静かな空気が展開されていた。

こういうのを嵐の前の静けさというのだろうが、そうは思えない者もいる。むしろそういう者たちにとってこの静けさは――――

 

 

 

 

 

――嫌な事が起こる前兆じゃないかと……そう思えて仕方なかった。

 

 


あとがき

 

 

さて、ようやく二章最終戦の幕開けだ!!

【咲】 突入に選ばれたメンバーってなのはを除くとほんとに近接面で特化してるわね。

艦内戦だからねぇ。限られた空間内での戦闘では中距離、遠距離の魔法は役に立たん。

【咲】 むしろ、艦内でそんな魔法使ったら艦が墜ちるのを速めるだけよね。

そゆこと。ただ、この時点で彼ら全員が知らないイレギュラーがあの艦内には存在するんだけどな。

【咲】 今現在アドルファの艦を攻撃してる艦からの侵入者の事?

うむ。アドルファたちはこれを現在対処中だが、三十分後に侵入してきた彼女らが遭遇しないとも限らない。

【咲】 もしも遭遇した場合、当然の如く戦闘になっちゃうわよね。

それはもちろんだが、はっきり言って戦闘になったとしたら勝ち目はないよ。今のなのはたちじゃ。

【咲】 そうなの?

だってアレ、アドルファたちの天敵だし。実力もかなり均衡してる……ていうか、下手したらアドルファより強い奴もいる。

【咲】 天敵って事は、アレも一つの組織なわけ?

組織といえばそうだが……まあ、その辺は今のところ秘密だな。

【咲】 はいはい。でもさ、そんな奴らがこのタイミングで出るってどういうわけよ。

別にタイミングを計ったわけじゃない。攻めてきたのがこのときになったのは、本当に偶然が重なっただけだよ。

【咲】 となると、本当にアドルファたちは運が無いって事よね。

だな。

【咲】 ただ、そんなのが現在艦内に侵入してるって事は、ここになのはたちが侵入すると完全にカオスよね。

確かにな。三つの組織がごちゃごちゃになってるわけだし。

【咲】 そんな中で実質行動可能時間が一時間でしょ? そんなんでどうにかなるわけ?

さあ? もっとも、速くて一時間以内だから、下手したら三十分以内で沈む可能性もある。

【咲】 最悪じゃない……二章が最終回にならなきゃいいけど。

ならんわ!!

【咲】 はいはい。でもさ、実際三十分以内に沈む可能性のほうが高いんじゃない? シールドが解除されて直撃を受けるわけだし。

いや、そういうわけでもない。確かに防御手段はなくなるが、時間を保たせる手段はちゃんとある。

【咲】 シールドを張り直すとか?

それは無理だね。あれは解除するんじゃなくて、動力の操作室から直接回路を遮断するんだから、張り直すならまずそこで直さないといけんし。

【咲】 つまりその時間内でヤバいとこまで来る可能性があるから駄目って事ね。じゃあ、その手段って何よ?

簡単に言えば、相手の攻撃に対して応戦する。今まではシールドにエネルギーを回す事で耐えてたけど、それを全て攻撃に回すんだよ。

攻撃手段は結構少ないけど、ほとんどのエネルギーをそちらに回す事で相手も攻撃だけに転じるわけにはいかなくなる。

そうなれば自ずと防御、回避の行動が増え、それなりの時間を稼ぐ事は十分可能になる。

【咲】 でも、結局は墜ちちゃうわよね、その手段を取っても。

まあね。だから、アドルファたちにとってそれはあくまで時間稼ぎだよ。

【咲】 時間稼いでどうするのよ?

そりゃ時期に分かるよ。それまで待ちんしゃい。

【咲】 はぁ……ま、そこまで長くはなさそうだし、大人しく待つわよ。じゃ、そろそろ次回予告いっちゃいなさい。

ほ〜い。次回はだな、今回の話から三十分後のお話。つまりは艦内に突入するという事だな。

そして反対にシールド解除と転送装置接続を終えたカルラは恭也とリースの二人と合流しようとする。

しかし、その途中で例の侵入者と遭遇。已む無くカルラは自分は行けないと念話で告げ、交戦に入る。

それと同時に侵入者の報告から真っ先にジェドの部屋へと向かったアドルファと彼が話し合い、そして……というのが次回の話だ。

【咲】 三つ目も気になるけど、カルラが交戦ねぇ……本気で?

本気で、だねぇ。手加減して勝てる相手じゃないし、何より相手は殺す気で掛かってくる。

【咲】 ふ〜ん。ま、手加減してたら戦えないでしょうしねぇ……手加減状態だとあの子、中距離メインだし。

うむ。もっとも、本気で戦っても勝てる可能性は低いよ。ていうか、彼女が本当の意味で本気にならない限りはまず勝てんね。

【咲】 つまり、カルラも殺す気で戦わないと駄目って事?

んにゃ、そういう意味じゃない。むしろ、アレと戦うときだけはカルラも殺す気で掛かるし。

【咲】 じゃあ本当の意味での本気って何よ?

詳しくはまだ言えんが、一つだけ言うなら……彼女が声を失う切っ掛けになった力、かな。

これは彼女自身も使わないようにしてるし、そもそもアドルファたちが使わせないようにしてる。

【咲】 それがアドルファが変に過保護になる理由でもあるって事?

まあ、そういっても過言じゃないね。普通の相手なら単独で戦わせる事もするけど、アレ相手だと必ず誰かと組ませるから。

【咲】 ふ〜ん……ま、次回以降になったら分かる事よね。

そゆことだな。じゃ、今回はこの辺にて!!

【咲】 また次回も見てくださいね♪

では〜ノシ




簡単に脱出はできませんな。
美姫 「三つ巴だものね」
組織として見るとそうだけれど、もう少し細かく見るとそこに恭也たち脱走組みが加わるな。
……うん、書くのが大変そうだ。外では艦がまさに三つ巴。
中は中でアドルファたちに謎の侵入者。そして、なのはたちに恭也たち。
美姫 「まあ、アンタと違ってその辺は大丈夫ね」
シクシク。胸が痛いよ……。
美姫 「それにしても、この組織は何者なのかしら」
うーん、益々謎が増えてしまった。一体、どうなっていくんだろうか。
美姫 「次回も楽しみにしてますね」
待ってます。



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