艦を指定された座標へと移動させ始めてから三十分程度経ったとき、ブリッジにて通信をキャッチした。
通信元は時空管理局本局。こんなときに本局から来る通信の内容など、クロノたちからすれば一つしかなかった。
故にか通信が来た矢先にすぐにモニタへと繋ぎ、映し出された人物に対して小さな溜息をつく。
「たった一つの事柄について探すだけでずいぶんと時間が掛かってるようだね、ユーノ」
『無茶言わないでよ! この膨大な書物の中から例の事に関する記述だけ探すのがどれだけ苦労するか――っ!』
「冗談に決まってるだろ。直接やった事があるわけじゃないが、どれくらい大変かは分かってるつもりだ」
だったら言わないでよ……とユーノが文句を言うのに対してクロノはそれ以上悪びれた様子もない。
この二人は顔を合わせるといつもこの様な感じ。だが、二人を知る者が見れば別に仲が悪いわけじゃないのだと分かる。
仲が悪いから憎まれ口を叩くのではなく、互いに知れた仲だからこういうやりとりが行えるのだと。
それにこの二人にとっても互いに仲が悪いとは思っていないように見える。だから、他の者が見るその解釈もあながち間違いではないだろう。
「それで? こうして通信を送ってきたという事は、あったのか? 『レメゲトン』に関する記述は」
『あった、と明確には言えないけど、それっぽい事が書かれてる書物は現状で一冊だけ見つかったよ』
画面に映る彼、そしてその背景を見る限り、ユーノはまだ無限書庫内にいるのだという事が分かる。
つまり、未だ他に『レメゲトン』に関する記述が為される書物を探しているという事であろう。
そしてそんな作業を続ける中で一冊見つけたからと通信を送ってきた。その律儀さには今の状況からして感謝する他ない。
もしもその情報が相手について何かしら分かるようなものなら、相手とこれから当たる上で何かしら役に立つかもしれないのだから。
だからクロノはなるべく抑えてはいたが、それでも自然と急かすような口調でユーノへとその内容説明を求めてしまう。
ユーノはそれにブツブツと文句を言いながらも、一冊の書物を手元へと引き寄せ、パラパラと捲りながら語る。
『この書物によれば、『レメゲトン』というロストロギアは過去に一度だけ明るみに出てる。ロストロギアが『古代遺産』と呼ばれていたとき、としか書かれていないから大まかな推測しか出来ないけど、少なくとも何百年も前の話だね』
「ロストロギアがかなり昔の技術で作られた代物だという事は知ってたけど、昔はそんな風に呼ばれていたのか……で、その明るみに出たという時期に何があったのかという事についての記載はあるのか?」
『そこに関しては一応記載はあるみたいだけど、書物自体があまりに古いものでほとんどが読み取る事が出来なかったよ。ただ、それでも一つだけ分かった事はあるんだけど……』
そこから書物の頁を捲る手を止め、眼を落したままだが、それでも分かるほど言い難そうな表情を作る。
一体どんな事が書かれていたというのか、その表情からかなり内容が気になる。だからか、少しばかり急かすような言動を取ってしまう。
それにユーノは僅かばかり溜息をつきつつも、やはりまだ言い難そうな様子ではあったが言葉の続きを述べた。
『『レメゲトン』が明るみに出たその時期、存在していた星がいくつか消滅してるらしいんだ。生命体が存在していた星とか、何も存在しなかった星とか、そんな区別は全く無しでね……』
「……まさか、それを引き起こしたのが『レメゲトン』というロストロギアだと?」
『書かれてる事が曖昧にしか読み取れないから確証はないけど……おそらくその認識で合ってると思うよ』
その事実を前には、冷静であろうとするクロノとしても絶句するしかなかった。
第一級捜索指定がなされていた闇の書(現在では夜天の書)というロストロギアでも、そこまでの被害が出た事例はない。
いや、彼の書だけに限らず今まで第一級捜索指定されてきたどのロストロギアでさえ、星を消滅させるという事例は一切ない。
それでも第一級というのはかなり危険なロストロギアだと認識される。それなのに、その情報が正しければ『レメゲトン』はそれさえも上回っている。
形状、能力、そのどれもが書物から分からないから何とも言えないが、一体何をどうすれば星を消滅させるなど出来るというのか。
更に言えばその事実があった時期に消滅した星の中には生命体が存在していた星もあるというではないか。
それが人間か、動物かなどというのは問題ではない。問題となるのは、怒りを覚えるべきなのは、『レメゲトン』をそのとき使用した者は一体何を考えてるかだ。
(いや、待てよ……何も『レメゲトン』を誰かが使用したとは限らない。夜天の書のように、『レメゲトン』そのものに意思があったという可能性も……)
そんな考えも頭を巡りが、結局のところ問題となるべき部分は一切変わらなかった。
『レメゲトン』そのものに意思があったのかなかったのかなど、誰かが行使してそんな悲劇を起こしたのか起こしていないのかなど。
そのような事は関係ない。ただ重要になる事は二つ……一つは過去でも現代でも、『レメゲトン』という存在が悲劇の象徴となっている。
二つ目はそんな危険物をアドルファ率いる『蒼き夜』という組織が所持している。それだけが今、現状で重要な事で、解決すべき問題なのだ。
魔法少女リリカルなのはB.N
【第二章】第三十二話 破滅を生み出すは悲劇の象徴
「で、結局はそれ以外『レメゲトン』に関しては分からず終いって事か……」
「そういう事に、なりますね……」
ユーノと話してる間は退出してどこかに行っていたアイラは返ってきたと同時に聞いたユーノの報告にそう漏らす。
別に責めているわけじゃない。むしろ、たったそれだけでも雲を掴むような状況で情報を手に入れたのは称賛に値する。
だけどそれでもクロノとしては落ち込まざるを得ない。情報が手に入っても、不安感しか生まれないようなものであったのだから。
そんな彼にアイラは苦笑を浮かべつつ、気にすんなと声を掛けながら彼の頭を子供にするようにポンポンと叩く。
実際年齢的にはまだ子供であるため可笑しくはないが、精神的には大人に近いため彼としては恥ずかしい事この上ない。
それ故か照れながら止めてくださいと手を退けさせる。その対応には一応大人であるアイラとしては笑わざるを得なかった。
「笑わないでくださいよ、全く……それで、艦長はどちらに行かれたんですか? 確か、アイラさんと一緒に出て行ったと思うんですけど」
「ああ、リンディなら自室のほうに行ったよ。何か、今回の件に関して応援が要請出来ないかを本局に聞くとか何とかで」
「そうですか……」
リンディのそれは対応として間違ってはいない。だが、意味を成すか成さないかで言えばNOであろう。
これが前以て言ってある事ならばともかく、いきなり応援を要請しても指定した座標までの時間内では駆けつけるのは無理だ。
近くにいる部隊があれば来てもらうという手もあるだろうが、それも結局が近くにいなければ意味を成さない。
それはリンディとて分かっているはずだ。なのに今の行動に出たのはおそらく、罪悪感からの引け目によるものだろう。
あのとき自分たちが止めているば、こんな事にはならなかった。エティーナを死なせさえしなければ、ジェドが悪魔の誘いに乗る事はなかった。
そんな引け目があるから、ジェドを止めるのは自分だと思っているのかもしれない。クライドが死に、グレアムもいない今となっては、自分しかと。
「あの、アイラさん……一つ、聞いてもいいですか?」
「ん? まあ、いいけど……答えられない事だったら答えねえからな」
「はい。その、アイラさんから見て昔の艦長……母さんはジェド・アグエイアスとエティーナ・オーティスのお二人とそんなに仲が良かったんですか?」
クロノの口から放たれた問いが予想外なものだったのか、アイラはキョトンとした表情を浮かべる。
だけどすぐに元の表情へと戻して顎に手を当て、視線を上に向けるような形で思考しながら、淡々と告げる。
「ジェドとはそんな頻繁に会ってたわけじゃないからアイツと仲が良かったかってのは分かんねえけど、少なくともエティーナとはかなり仲が良かったわな。この間話したろ、アタシも加えて庭でお茶したりしてたって」
「ええ……確かに聞きましたね」
「あれさ、実はかなり頻繁に行われてたんだよ。毎日とは行かないけど、仕事が休みのときはいっつも来てたなぁ……しかもエティーナはほとんどに人に対して丁寧語で話す奴だったんだけど、唯一の例外がアタシとリンディだけだったんだ」
自分の夫にも丁寧語で話してたくせにな……と可笑しそうに小さな笑みを浮かべながら彼女は語る。
その笑みが彼女にとって昔の思い出がどれほど大切か、どれほど大事なのかを明確に伝わらせた。
「エティーナの話ではかなり昔からの友達……まあ、要するに幼馴染ってやつなんだって聞いてた。でもよ、それにしたって仲良すぎとしか言いようがなかったよ、あの二人は。一緒に遊びに出るとか、買い物に行くとかはなかったけど、ただお茶をしてるだけでもあの二人は凄く楽しそうだった。アタシもいるのに何で二人だけでそんな仲良さそうに話してるんだって、嫉妬して怒鳴っちゃう事もなったくらいにな」
「……相当、仲が良かったって事ですね。母さんとそのエティーナという人は」
「ああ。きっとあんな事さえなかったら……今でもずっと仲良しのままだったんだろうよ、あの二人はさ」
幼馴染なところも、趣味が合っていたというところも、互いに想う人がいるというところも。
全てが二人が仲良しであるという裏付け。だからこそ、エティーナの死に関してはリンディだって相当胸を痛めたはずだ。
もしかしたら泣いてさえいたのかもしれない。でも、そんな心境でも残されたジェドとアイラ、そして生まれたばかりのリースとシェリスの事を考えた。
だから気まずくとも、許してもらえるとは思えなくとも、謝罪しに行ったりしたのだろう。何度門前払いを受けても、何度も何度も。
「今にして思えばさ……リンディやクライド、それにグレアムの三人をあそこまで憎む必要はなかったんだと思うよ。そりゃ分かってて止めなかったのは許せない事だけど、それでも努力はしてたんだ。それを自分自身は何もしてないくせに全てアイツらのせいだって決めつけて、罵って……ほんとに馬鹿だったんだよ、あの頃のアタシは」
話を聞くくらいしてやればよかった。そうすれば今とは違った未来が待っていたのかもしれない。
それがアイラの後悔。歳を重ね、全てを目の当たりにしてきた末に行きついた彼女自身の罪の意識。
それこそが彼女が大人になったという証拠なのだろう。過去は過去の事だと、自分にも非はあったと認められるくらいの大人になったのだという。
「……って、何をこんなに真面目に語ってんだろうな、アタシは。それもお前みたいなちっこいガキンチョに対してさ」
「ちっこいガキンチョは余計ですよ」
後半部の言葉はおそらく照れ隠し。それが明らかであると言えるほどの様子を彼女は見せていた。
だからクロノも変に何かを言う事も無く、ただ彼女の照れ隠しの言葉に乗るように苦笑しながら文句を言うだけだった。
夜天の魔道書の修復。それがようやく完了したという知らせが来たのは遂先ほどの事。
ブリッジにいたクロノとアイラ、そして艦内の別の部屋にいたなのはやフェイト、はやてや守護騎士たち。
その全てが知らせが届くや否や、修復が行われていた部屋へと駆け付けた。中には息を切らせるほど慌てていた者もいた。
それほど夜天の魔道書が、リィンフォースという存在が誰もにとって重要で、大切な存在だということが嫌というほど分かる。
――だが、駆けつけた誰もがその光景を見た瞬間、絶句するしかなかった。
別段修復が出来なかったとか、不備が発生したとかそんな事で絶句してしまったわけじゃない。
そもそも修復を担当していたマリーは修復完了と言っていたし、何より以前と同じ健全な姿のリィンフォースが目の前に立っている。
なら何が皆に絶句させてしまうほどの驚きを招いているのかと言えば……それはリィンフォースの腕の中で眠る一人の少女だ。
容姿的にはリィンフォースと瓜二つ。違う部分を言えば、外見年齢。まるでそれは彼女の年齢を十くらい下げたような姿。
はっきり言って彼女が子供になったらそうなるであろうという姿だ。もしくは、彼女が子供を産んだとすればそんな子供が生まれるだろう姿だ。
だがどちらも普通に考えてあり得ない。そもそも彼女は目の前に立っているのだし、彼女が身体の構成上子供を身籠るなど不可能。
となればその少女は一体何なのだろうかという問いが浮上するが、それに関してはマリーやリィンフォースすらも表情から察して分からない様子。
しかし、分からないからと黙っているわけにもいかず、一早く我に返ったクロノはマリーへと説明を求め、彼女は困惑しながらも語った。
「私があの夜天の書の構成プログラムを納めたディスクを使って修正パッチを作ってたのは知ってるよね?」
「ああ……君がそれを夜天の書に使ったというのも分かってる。だが、それが何でこんな状況に?」
「それが私にも分かんないのよ、これが。ディスクの中から抜いたのは修正するために必要なものだけだったはずだし、それ以前に下手なプログラムを組み込んだとしてもこんな事になるなんてのは普通はあり得ないよ」
「でも、現にそのあり得ない事象が目の前で起こってしまっている……だから、マリーからしても意味不明な状況だということか」
「そういうことね。一応、リィンフォースさんにも何か可笑しい部分はなかったかって聞いてはみたんだけど……」
「……私自身も、可笑しな部分は見当たらないとしか返せなくてな。それ以前に修復作業が為されているときは私自身の意識はほとんどなかったと言ってもいいのだから、可笑しな部分があったとしても分からないのだが」
結論から言って、なぜその少女がこの場にいる羽目になってしまったのかという理由は誰にも分からずである。
この三人の会話が為されている途中で我に返った残りの面々も同じく、意味不明としか言いようがなかった。
「うにゅ……」
そんな全員が疑問符を浮かべるしかない現状の中で、リィンフォースの腕の中で眠る少女がモゾモゾを動く。
その動きに起きたのかと全員の眼がそちらへと向かうのだが、生憎と少女は自分にとって寝心地の良い体勢を確保すると奇妙な寝言を上げて再び寝息を立てる。
起きたのかと思えばたったそれだけであったためか、誰も意気消沈とばかりに肩を落とす。だが、次の瞬間には小さく笑いをあげる者もいた。
「ちょっと驚いちゃってけど、別に悪い子ってわけじゃなさそうだね」
「ウチは元からその辺は疑うてへんけどな。見た目や生まれた経緯からして、要するにリィンフォースの子供みたいなものって事やし」
「あ、主はやて。それは一体どういう……」
「ん? どういうて、そのまんまの意味や。リィンフォースを修復する過程で生まれたその子はリィンフォースの子供、そしてリィンフォースはその子のお母さんって事」
言っている事はあながち間違ってはいないが、リィンフォースとしては困惑するしかない言葉であった。
それは守護騎士の面々とて同じ。リィンフォースの子供という概念でいうのであれば、同じく夜天の書のプログラム体だという事。
要するに堅い言葉で言えば仲間。柔らかい言葉で言えば自分たちにとっても家族……はやての言っている事はつまりそういう事だった。
これに対して否定する事がリィンフォースにも、守護騎士たちにも出来ない。はやての言う事だからというのもあるが、生まれた過程がそうなのだから。
だけどいきなり自分たちに仲間が出来ました、家族が出来ましたと言われ、はいそうですかと簡単に頷いてしまう事も彼女らには無理。
だから困惑するしかなかった……だが、再びモゾモゾを腕の中で動き、ゆっくりと開かれた瞳が自身を抱える彼女へ向き、放たれた一言が決定打となる。
「ママ〜♪」
ちょっとまだ眠そうな様子ではあったが、リィンフォースを見るや否やはっきりとその一言が告げられる。
更に追い討ちを掛けるように腕に抱かれたまま彼女の胸へと擦り寄る。まるで子が親に甘えるそれのように。
母親確定的なその発言が放たれた事によりリィンフォースは固まり、はやてはニヤニヤという表現が正しく見える笑みを浮かべていた。
「ほら、やっぱりリィンフォースの子供やん♪」
「ま、待ってください主はやて! 確かにこの者は夜天の書の修復過程で生まれたのかもしれませんが、私が母親であるという事にはならないはずです! それにこの発言にしてもただ私を母親と勘違いしてるだけという可能性だって――!」
「いや、見た目がそこまで似てる上に本人の口からママ発言が出てるんじゃ、その言い分は結構苦しいもんがあるだろ」
「確かにヴィータの言うとおりだな。そもそも修復過程で生まれたならその者も夜天の書の守護騎士、もしくはそれに近い存在という事になる。となれば私たちならいざ知らず、夜天の書の管制人格であるリィンフォースを母親と言っても不思議はないのではないか?」
「そうよねぇ。それにその子もリィンフォースの事を母親って思ってるみたいだし、それならそれでいいんじゃないかしら?」
《別段、それで我らに不備があるわけでもないのだしな》
ヴィータ、シグナム、シャマル、ザフィーラと順に怒涛の如く、リィンフォース母親決定発言を述べていく。
ほとんどが正論故か彼女としても反論の返しようがなく、咄嗟にお前たちはどっちの味方なのだと言いそうになって止める。
どっちの味方だなどと聞いたところで答えは主であるはやての味方だと言うに決まっている。そのため、周りへと視線を巡らせて味方を探す。
だが、今まで少女の事で呆然としていた面々もほとんどがはやての言い分に同意なのか、はやてと似たような笑みを浮かべている。
完全に四面楚歌状態。となると選択肢はもう認めるしかないという事になるのだが、どういうわけか認める事が出来ない。
別に少女の存在、小さな守護騎士の存在を否定するわけじゃない。というより、そういった方面ではもう彼女は認めている。
ただ認められないのは、自分が母親だという部分。子など持った経験もない彼女は自分が母親と呼ばれるよりも、自分より母親に近いはやてのほうがいいのではと考えている。
なのにそれを言い出せないのは主や他の者が認めるのを期待してるからか、それとも自分を母親と呼ぶ少女のせいだろうか。
どちらにしても困惑するだけで認めるという言葉が出ない。だが、そんな最中で少女の取った行動が最終的な決定だとなった。
「ママ……?」
「う……」
腕の中から顔を上げ、少しばかり涙目で彼女を見上げる少女。それはおそらく、先ほどまでのやり取りを聞いていたからだろう。
難しい部分まで分かるかどうかは定かではないが、様子からしてリィンフォースが自分の母親である事を拒んでいると察知している。
さすがのリィンフォースも腕の中からそんな目で見詰められればうっとたじろぐしかなく、そして結局――――
「わ、分かった……お前が私の子で、私がお前の母親である事は認める。認めるから、その……な、泣くな」
――ほぼ強制的に認めるという言葉を彼女の口から吐き出させた。
まだ若干の戸惑いが見られるも、少女を抱き直しながらぎこちない手付きで頭を撫でる。
それで安心したのか少女はリィンフォースの胸で目元を擦り、涙を拭って最初と同じ満面の笑みを浮かべる。
その笑みを前にしたら若干残っていた戸惑いも消え去り、彼女は薄らと笑みを浮かべて少女を撫で続けた。
非常に微笑ましい、正に親と子の構図である。だが、さすがにその空気に耐えられなくなったのか、クロノがコホンという咳払いを放つ。
「その子が修復過程で生まれてしまった子で、夜天の書の守護騎士のような存在だという事は分かった。分かったからそろそろ、こちらの話に移させてもらいたいのだけど?」
「もうちょい待ってや。まだこの子の名前、聞いてへん」
「聞いてないも何も、生まれたばかりなら名前なんてまだないだろ……それよりも『蒼き夜』の事について分かった事があるから、そっちは後回しにしてまずこちらの話を――」
「『蒼き夜』……?」
クロノが口にした単語である『蒼き夜』。それはアドルファたちが所属している組織の名前だ。
この場にいるほとんどの者たちが耳にしているし、中には直接組織の面子から聞いた者さえいる。
だからこれがその内の誰かから放たれた呟きなら驚きなんてなかった。でも、驚きにも呟いたのはその中の誰でもない。
ならば誰が一体復唱するように呟いたのかと言えば、何を隠そうリィンフォースの腕の中にいる少女だ。
遂先ほど生まれたばかりだという少女がその名を呟いた。まるで今、クロノの口から聞くより前から知っていたかのように。
それにより驚きは走るのだが、良く考えれば知っているわけがない。何度も繰り返すが、彼女はまだ生まれたばかりの存在なのだ。
一応母親という事になったリィンフォースでも会った事があるだけで知らないのに、一応子供のこの少女が知っているのは不自然。
だから子供ながらにただ復唱してみただけなのではないか結論に達する。だが、その直後にまたも驚きの言葉が少女の口から放たれた。
「『蒼き夜』……蒼天の守護騎士♪」
先ほどのように疑問形などではない。それどころかその単語そのものが少女にとって嬉しいもののように口にしている。
更に言えば少女の口にした単語は誰も知りえない単語。それが今度こそ、ただ復唱しただけではないのだと確信させる。
「き、君はもしかして彼女たちの事を、アドルファたちの事を何か知っているのか?」
「……?」
驚きのあまりに若干ドモりながらクロノは聞くが、少女はキョトンとした表情を浮かべ答えず。
クロノとリィンフォースの顔を交互に見詰めている。その様子はほんとに幼い子供のようにしか見えない。
それ故かユーノや他の面々と接するような扱い方が出来ず、答えない事への問い詰めるという行動が取れない。
そのため困ったような顔を浮かべるクロノを見てか、リィンフォースは助け舟とばかりに少女と視線を合わせ、代わりに尋ねる。
「アドルファという人物について、もしくは彼女の仲間の誰かについてお前は何か知ってるのか?」
「……知らない」
「は? な、なら何で『蒼き夜』を知ってるような口ぶりしたんだ、君は……」
「『蒼き夜』は知ってる。でも、アドルファなんて人は知らないもん」
「じゃ、じゃあカルラちゃんとか……」
「ギーゼルベルト・ビアラスでも、ラーレ・バルテルスでも……一つでも知っている事があれば――――」
「全然知らない。『蒼き夜』でそんな名前の人、聞いた事ないもん」
『蒼き夜』という組織については知っている。なのにアドルファ以下、組織の面子については誰も知らないと言い張る。
それどころかそんな名前の人物は『蒼き夜』にいないとさえ言う。饒舌に語るわけじゃないから、はっきり言って要領を得ない。
というか本当に『蒼き夜』について知ってるかも怪しくなる。だからか、再び問い詰めても語気が少しばかり強くなってしまう。
そのせいか少女はビクッと震え、怯えを表情に走らせてリィンフォースの胸に顔を埋めてしまい、結局この後しばらく、話す事そのものが無理な状態へと陥ってしまうのだった。
あれから少女を怯えさせたという事でクロノはたっぷり絞られ、少女はリィンフォースを含む多くの者によってあやされた。
クロノを絞るのは別に時間の掛かる事ではなかったのだが、何より少女をあやすのが一番手間取り、時間を食ってしまった。
誰があやしても意味はなく、たっぷり絞られた後のクロノが一生懸命謝罪しても聞く耳なし。リィンフォースがあやし続けてようやく落ち着いたぐらいだ。
今でこそ向かいのソファーに座るリィンフォースの膝の上に座り、隣に座っているはやて(懐いたらしい)と楽しく話をしているが、ほんとに苦労した。
それを確認してからまだ他の面々には慣れていないという事で別室で待つよう言い、今現在移動したこの部屋にいるのは少女を含む四名のみ
それから怯えが完全になくなったのを見計らってクロノは向かい合い、なるべく慎重に声を掛けて話を始めようとする。
「さ、さっきの話の続きなんだけど……」
「――っ!」
楽しげだった表情に一気に怯えが走り、はやてとの談笑も止めて母と思っているリィンフォースにしがみ付く。
だが、しがみ付いてくる少女にリィンフォースは大丈夫だと撫でながらあやし、そうする事によって恐る恐るだが振り向いてくれた。
なのはやフェイトやはやてのような少女ばかりに慣れていたせいか、こういう少女はクロノにとって本当に扱い難い。
彼一人では扱い難いからこそリィンフォースがいる事に内心で感謝しつつ、より慎重に話を続けた。
「えっと……君は、『蒼き夜』の事について知ってるみたいだけど、一体どの程度知ってるんだ?」
「……いっぱい」
「あ、あはは……そうか、い、いっぱい知ってるのか。じゃあ、その知ってる事を一つ一つでいいから、教えてくれないかな?」
どこからどこまでなんて言葉で返ってくるとは思えなかったが、まさか一杯という単語で返ってくるとも思わなかった。
だからといって下手に出ればまた怯えさせかねないため、乾いた笑いを浮かべる事で自身を抑え、なるべく柔らかい言葉を選んで尋ねる。
それに少女は先ほどと同じようにリィンフォースとクロノを交互に見る。どうしたらいいのか、迷ってるような様子で。
そんな彼女にリィンフォースは薄らとでも優しげな笑みを浮かべ、彼の質問に答えてあげてくれないかと頭を撫でながら告げる。
母親からそう言われたがためか迷いの表情は一気に満面の笑みへと変わり、クロノのほうへと向き直る。
「んっと……『蒼き夜』は蒼天の守護騎士とどこかにある街に住んでる人たち皆の名前なの」
「どこかにある街? 星の間違いじゃないのか?」
「……知らない。ちゃんと見た事ないもん。でも、教えてくれた人はそう言ってたよ?」
「……参考までに、誰に教えてもらったのか聞いてもいいかい?」
「うん。えっとね……蒼天の守護騎士の人で、『白亜の閃鈴』って言う人だったと思う」
見た目とか態度が子供のくせによくそんな難しい言葉を知ってる……いや、覚えているんだなと思ってしまう。
だが、正直そんな事を考えても意味はないだろう。今、意味のある行動と言えば、その『白亜の閃鈴』というのが誰かを考える事だ。
といってもクロノにはこの単語に聞き覚えはない。視線を向けた先にいるはやても知らないのか、首を横に振るう。
はやてが知らないならリィンフォースも知らないのではないかと考え、早くもお手上げかと思いつつも彼女にも一応尋ねようとする。
だが、視線を移動させた先のリィンフォースは何かを考えるような仕草を見せており、そして予想外にもそれを呟いた。
「それは……アドルファ・ブランデスが口にしていた単語だったような」
「ほ、本当ですか!?」
「あ、ああ。確か、夜天の書の防衛プログラムが暴走しているとき、対峙していた彼女がそう名乗っていた」
いきなりクロノが大声を上げたせいかまた怯えてしまう少女をあやしつつリィンフォースはそう説明する。
少女の言う事、リィンフォースの言う事。その二つを合わせて見えてくる事は、アドルファと『白亜の閃鈴』が同一人物だという事。
そしてアドルファたちが総じて蒼天の守護騎士と呼ばれているという事。どちらも貴重と言える、新事実であった。
「ちょ、ちょっと待ってや! あのアドルファさんとこの子の言う『白亜の閃鈴』ゆうんが同じ人やとしても、さっき生まれたばっかりの子が聞いた事あるっておかしない?」
「確かに。リィンフォース自身がそう言うなら過去に会ったのだと納得も出来るけど、この子の場合だと……」
「嘘じゃないもん……ちゃんとそう聞いたんだもん」
「……なら、それを聞いたのがいつ頃かを教えてもらえないか? そうじゃないとこちらも正しい判断のしようがないんだ」
「……ずっと前」
「いや、そんな曖昧なものじゃなくて、もう少し具体的に教えてくれないと――――」
「そんなの、覚えてない。でも嘘じゃないもん……ちゃんと会って、そう聞いたんだもん」
嘘じゃないと言い張り、最終的にはまたリィンフォースの胸に顔を埋めてしまう。
正直に言えば、少女が嘘を言っているようには見えない。それはクロノとしてもはやてとしても、リィンフォースとしてもだ。
ただ語っている事が可笑しいのは事実としか言いようがない。彼女の存在が生まれおちた時と語る事が時期的に一致しないのだから。
しかし顔を埋めて黙してしまった彼女はこれ以上聞いても話さず、リィンフォースがお願いしても頑なに嫌がった。
またもクロノについての嫌な印象が植え付けられてしまったのだろう。本当に扱い難い少女だと彼としても再認識する他なかった。
でも、これ以上問い詰めても嫌な印象を強めるだけになるため、クロノは聞く事を諦めて溜息をつき、少ししてから彼女を頼むと言って部屋を出て行った。
あとがき
『レメゲトン』、そして『蒼き夜』について新たに分かる事実。
【咲】 加えてリィンフォースの復活と新しい守護騎士の誕生……ていうのが今回の話の概要ね。
概要がそのせいか、クロノと夜天の書陣営メインでなのはたちの出番がほとんどなかったけどな。
【咲】 仕方ないでしょうねぇ……話を見る限り、夜天の書と何らかの関わりがあるみたいだし。
あるみたいというか、あるんだよね……まあ、明確にはまだ語られないけど。
【咲】 ふ〜ん……でもさ、関わりはあるっていうのは分かったけど、あの女の子はどうして知ってるわけ?
どうしてとは?
【咲】 だって、生まれた時期がリィンフォース修復完了のときなのに、まるで話を聞く限りずっと前から知ってるみたいじゃないの。
まあ、確かにね。
【咲】 本編でも言ってたけど、時期が明らかに不一致してるじゃない。なのにどうしてあの子は知ってるのよ?
……アドルファに直接聞いたから?
【咲】 そんなのは知ってるわよ! だ・か・ら、生まれて間もないあの子がどうやって聞いたっていうのかを聞いてんのよ!
ぐえ!? 言う……言うから、胸倉をつかぐえぇぇ!!
【咲】 じゃあさっさと言いなさいよ。
く、苦しかったぁ……。
【咲】 さっさと言えっつうの!!
ぐばっ!? わ、分かったから、少しは落ち着けって。
【咲】 がるるる……。
はぁ……まあ、詳細を話すわけにはいかんから若干曖昧な言い方になるけど、生まれたばかりというのは適切じゃないんだよ。
というのもあの子は夜天の書が修復されたときに生まれた存在……つまり、それが示す所は?
【咲】 あの女の子が、夜天の書の一部だって事?
うん。正確に言えば夜天の書ではなく、管制人格の一部。それがあの少女の正体。
【咲】 それとこれとどういう関係があるのよ?
……これ以上言うと完全にネタバレなんで、これを元に後は自分で考えてくれ。
【咲】 …………。
そ、そんなに睨んでも無理なものは無理なんだよぉ……。
【咲】 はぁ……ほんとに役に立たない奴ね。
ぐ……そこまで言うか。分かった……じゃあもう一つだけヒントを出そうじゃないか!
【咲】 何よ? くだらない事だったら今度は白目剥くまで絞め上げるわよ?
ふふん、一度しか言わないから良く聞けよ? 実は夜天の書の防衛システムが暴走したとき、アドルファがこの問題を解決する上でのヒントとなる事を言ってるのだ。
【咲】 それは誰に向かって?
さあ、誰に向かってだろうね……そこまではさすがに言えないよ。
【咲】 ……やっぱり役立たずね。
な、これだけ重要なヒントを出してなんで役立たずなんだ! 確かに少ないかもしれんが、これだけでもきっと浩さんだったら分かるぞ!!
【咲】 何で断定系か分かんないけど、浩に分かっても私に分かんなきゃ意味ないわよ。
何という自己中……げばっ!?
【咲】 あんたはいちいち一言多いのよ。もういいわ……さっさと次回予告しちゃいなさい。
納得いかんが、分かった。では次回のお話だけど、次回はあの女の子にはやてが名前をつけちゃいます。
そして今回は出番が少なかったなのはとフェイトが様々な事について語り合う中、ようやく目的地到着の知らせが届く。
知らせから全員がブリッジに集合したとき、驚きの光景が彼女らの目の前に……というのが次回のお話だ。
【咲】 前者二つはともかく、最後のは大体想像がつくわね。
まあね……ま、それ以外にも次回になれば分かるんで、お楽しみに。
【咲】 今回の問題についての答えは?
そりゃさすがに次回では分からんよ。というか、二章では分からんまま終わるだろうな。
【咲】 結局、さっきのヒントを元に想像するしかないってわけね。
そゆこと。といっても考えてみれば結構簡単だから、すぐに答えは出ると思う。
ということで浩さんや美姫さんも是非考えてみてくださいね〜。
【咲】 じゃ、今回はこの辺でね♪
また次回も見てくださいませ!
【咲】 ばいば〜い♪
美姫 「という訳で、随分と過大評価されているみたいだけれど?」
う〜ん。
美姫 「あ、やっぱり分からないのね」
いや、そうじゃない。ここで分かった! と答えるのと分からないと答えるのではどちらの方が面白いかと……ぶべらっ!
美姫 「そんなくだらない事を考えていたの!?」
いやいや、あの振り方はネタ振りじゃないかと思――ぶべらっ!
美姫 「そんな訳ないでしょうが!」
ふぁ〜い。まあ、実際のところ、正解かどうかは兎も角、ある程度の予想なら。
美姫 「ほ〜う」
あの少女は夜天の書の一部。そして、夜天の書は元々、危険なロストロギアではなかった。
アドルファたちは、夜天の書に対して言った言葉とかを考えると、ぶべらっ! って、何で!?
美姫 「いや、やっぱりそれ以上は言わない方が良いと思って」
ひ、酷い。
美姫 「正解しているかどうかは分からないけれど、その辺りはぼかしときなさいよ」
た、確かに仰る通りです。
美姫 「さて、今回はクロノたちのお話だったわね」
次はどんなお話かな。
美姫 「次回も楽しみにしてますね〜」
待ってます。