《――以上です。私的な判断ではあるんですけど、お二人が脱走する上でこれは有益になると思います》

 

情報を語り終えたカルラは今一度、有益な情報になり得るだろうという先ほどと同じ言葉を告げる。

語られた情報、告げられた言葉に二人は僅かだけ思案するような素振りを見せ、その後に素直に頷いた。

 

「確かに……その情報が正しいものなら、作戦実行の時期に関してはクリアするな」

 

「でもさ、今聞いた情報の一部分はまだ未確定な状態なんでしょ? さすがにそれを当てにするっていうのは……」

 

《リースの言うとおり、一番重要な部分がまだ完全に決まり切ってない状態ではあるね。でも、それはただ決まってないだけ……直接聞いたわけじゃないけど、私の予測は概ね外れてないはずだよ》

 

彼女が語った情報の一部分はまだ明確に決定してはおらず、彼女自身の予測から語られている。

それ故に安易にそれを当てにするのは賭けに出るという事に等しく、若干の迷いというものを抱かずにはいられない。

しかし続けてカルラは自信ありげに予測は外れていないはずなどと口にする。その眼には確かに自分の発言に対する迷いは生じていない。

内容そのものは結局変わりないものではあったが、何よりその眼が二人を信じさせるには十分な力を持っていた。

 

「はぁ……ま、他に当てもないんだし、今はそれを信じるしかないね。でも……あまり考えたくはないけど、もし仮にその予測が外れたとしたら、どうするわけ?」

 

《……もしそうなったら、私が責任を持って別の手を考えるよ。もっとも、そうなるのは確率的にかなり低いと思うけど》

 

「予測でそこまで自信が持てるというのも、ある意味凄いな……」

 

《伊達にあの人たちと長く一緒にいるわけじゃありませんから》

 

予測は要するに付き合いの長さから来るものらしく、それだけで自信が持てるというのも凄いものがあるだろう。

ただ、ある意味で凄いというだけで本当なら信じれるものではない。むしろ、予測で自信を持つなど鼻で笑われる場合とてある。

しかし先ほども述べた通り、彼女の瞳に浮かぶ迷いのない光は鼻で笑うどころか、逆に信じさせるほどの力が灯っている。

それ故か最後まで疑念を持っていたリースさえも信じさせる結果となり、この話題はそれを以て一旦の終わりを迎えた。

そしてそれを境としてか、カルラを含めた作戦に関する話し合いは今までのが嘘だと思えるくらい、着々と進んでいくのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

魔法少女リリカルなのはB.N

 

【第二章】第三十一話 全てが動き出す時へと向けて……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

カルラの言っていた情報、それはアドルファたちがなのはたちに対して挑戦状を送りつけるというもの。

正確に言うなれば、情報を語った数日前にはすでに送っており、その期日はすでに後数時間まで迫っているらしい。

相手であるなのはたちが挑戦を受けるのであれば指定した時間の指定した場所に彼女たちは姿を現す。

反対に受けないのであれば、彼女たちと遭遇する事はない。ただ、アドルファからすれば十中八九受けると考えているとの事。

別段何かを人質に取ったわけでもなく、挑戦を受けてもらった場合の見返りがあると言ったわけでもない。

それでも彼女たちは来ると断定できる彼女の自信はどこから来るのかと言えば何の事はない、恭也たちがこちらにいるからという事のみ。

他人から見ればたったそれだけの理由ではある。だが、これがなのはたちからすればかなり大きな理由になるだろう。

恭也とリースが帰ってくるわけじゃない。その場で取り返せるわけでもない。だが、それでも取り返すための軌跡を作る事は出来る。

だから、彼女たちなら必ず来る。仲間意識の強い彼女たちなら、兄を大事に思っているはずのなのはなら必ず出向く事を決断すると分かっていた。

 

カルラの語ったこの情報が何に役立つか。無論、これだけでは何の役にも立たない情報だ。

むしろ、なのはたちが危ない橋を渡ろうとしているなど聞かされたわけだから、二人からすれば居ても経ってもいられなくなるだろう。

向こう側に言えない以上、アドルファたちに掛け合って止めるか。もしくは無謀と分かっていても半ば強行手段で脱走を試みるか。

どちらにしても分の悪すぎる賭けではあるが、こんな不安感しか抱かせない事柄のみならばそんな行動に出てもおかしくはない。

 

だが、それはあくまでこれだけならの話。もちろんの事、この情報には二人にとって一番重要な部分となる続きが存在する。

続けて語られた情報の重要な部分とは、二つ。一つはアドルファたちは挑戦をする際、なのはたちに賭けを持ちかけるという事。

事前にカルラが聞いている事からすれば、その賭けとは勝ったチームが負けたチームに何でも一つだけ、要求を飲ませる事が出来る権利だ。

例として挙げればここでなのはたちが勝った場合、恭也を返して欲しいという要求をすれば、アドルファ側は約束した以上、必ず恭也を返還する。

つまりはそういった権利。だが、これはなのはたちが勝った場合のみ意味がある事で、アドルファたちが勝っては何の意味も為さない。

だからこそここで意味が出てくるのが二つ目となる重要な部分。アドルファから聞いた話によれば、彼女たちはわざと負けるつもりらしい。

自分たちに振りに働く勝負内容、その上で本気で勝負に取り組まない、勝つ気では挑まない。あくまで勝負をゲームとして楽しむ事のみが目的。

同じくこの挑戦に参加する予定のカルラにも適度にやればいいなどと言ってある事から、正確な確認が無くともほぼ間違いないと言っていいだろう。

 

以上の二点が一体どのような部分で重要となるのか。それは簡単に言ってしまえば、脱走時期に関しての部分。

カルラが言うにはアドルファは要求を飲むには飲むが、要求そのものをあるものになるよう操作する魂胆が見られるらしい。

それが何なのか、具体的には分かってないため予想になるのだが、おそらく彼女は相手がこちらに直接近づいてくるよう仕向けるだろうとの事。

要するに一言で言ってしまえば、なのはたちが恭也たちの救助に来れるための道筋を作ろうとしているという事だ。

一体そんな事をして彼女や彼女たちに何の利益があるのか。そこが当然疑問に思うところだが、これもカルラの口から語られた。

それ曰く、『蒼天の盾』の継承者として見定めた人物を恭也のときのように攫うため……それが彼女の描いた筋書きの結末。

誰がその対象になっているかはカルラでも分からないらしいのだが、これを聞くと恭也もリースも心中穏やかにはなれなかった。

だが、カルラが言うにはこれを逆に利用すれば、恭也とリースは脱走でき、誰ともしれないその人物も捕まらずに済む可能性が高いと語った。

そのアドルファの思考を逆手に取った作戦とは単純明快。なのはたちが行動に出るよりも早く、こちらで彼女たちが予期しない出来事を引き起こす。

追記として混乱を引き起こす前に恭也とリースが考えた脱走作戦の手順にある通り、通信で事情を話す事が必須となる。

ともあれ、混乱に乗じさえすれば普通に行うよりも断然楽に脱走は可能になる。これがカルラの考えた作戦であった。

後はこの作戦の手順を失敗無きよう頭に叩き込み、カルラから作戦の必要なある程度の知識を学び、彼女が事を終えて合流するまでの間、待てばいいだけの話だ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

――そして時間が流れ、予定として作戦実行前となる翌日の朝へと差し掛かった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

彼女が合流したのはいつもより一時間ほど遅い時間。だが、遅くなったのはこの日にならないと手に入らない情報を入手するため。

それを事前に聞いていたからか二人とも別段文句もなく、合流と共に彼女が持ってきた朝食を口にしながら再度作戦を見直す。

 

《昨夜の件に関してはあちら側の勝ちで終わり、あちらが要求してきた内容も『艦の現在地を教える』というものでした。ですのでここまで昨日も話したと思いますけど、アルのシナリオ通りです。ただ筋書き通りになったからこそ、こちらの作戦の成功率も極めて高くなります》

 

「ま、あっちから近づいてきてくれるんだからねぇ。でもさ、確かに時期は決めやすくなるだろうけど、それでもすぐに来るとは限らないんじゃない?」

 

《可能性的にはそうも考えられるね。でも私が昨日見た限りのあの人たちの様子からして、現在地を教えればすぐにでも近づく確率のほうが高いと思うよ》

 

「ふむ……その根拠は?」

 

《明確な根拠があるというわけじゃないですけど、私から見てあの人たち……特になのはさんは恭也さんの身を酷く心配してる様子が見られました。兄妹ですから当然だと言えば当然なんですけど、そうである分だけ救出の時期を見極めるなんて出来ないと思います。管理局側からしても私たち……特にアルは指名手配犯として認定されていますから、それを根こそぎ逮捕できるこの状況を逃すとは到底思えません》

 

「罠だと思われる可能性もあるんじゃない? そしたらいくらなのはが我儘言っても、管理局としては警戒して迂闊には近づいてこないでしょ」

 

《現状でかなりの戦力を保有してる状態なんだから、たとえ罠だと分かってても来ると思うよ? それにあっちにはアイラがいるから、この艦の概要はおおよそ知れてる。だから、罠だとしても近づくだけなら大丈夫って思ってるはずだよ》

 

そう予測出来る理由は艦に張られているシールドの長所と短所にある。

このシールドは外敵から艦の現在地を視認出来なくし、レーダーにも掛からないようにする半透明化の防御壁。

もちろんシールドとしての本分である外部からの攻撃もある程度遮断出来る、かなり強力な防御システムである。

ただこの長所に見合うだけの短所が存在する。それがここでカルラが相手がそう考えるだろうと予測した理由ともなる部分。

艦のシールドは相手から完全に捕捉出来なくし、攻撃もある程度防ぐ。だが、そうであるだけにこれは常時展開してなくては意味がないもの。

少しの間でも解除すれば、その間だけで捕捉される可能性もある。だからこそ、艦のエネルギーは全てシールドへと向けられ、常時展開している。

そしてそうであるがために艦の迎撃システムが使用できなくなっている。主砲はもちろんの事、他の兵器さえもエネルギー不足で使用不可。

だが、例えしよ出来たとしてもシールドが常時展開している限り、使用できない。下手に展開したまま使用すれば、シールドが内側から破壊されてしまう。

つまり完全に近い防御であるがために攻撃手段が無くなるというわけだ。これは相手側からすれば、ある程度の安全要素となり得る。

特にあちら側にはこの艦の事をそれなりに知っているアイラがいる。それだけに攻撃されないから安全だと思われてる可能性は高い。

そして突入時の白兵戦に関しても、現在ではかなりの戦力をアースラは保有している。局員という意味では少ないが、協力してもらおうと思えばできるだろう。

となれば現在地を知ればすぐにでも接近してくるだろう。下手に日を置いて別の場所に移動されでもしたら、罠がある以前の話になってしまうのだから。

 

「……じゃあ、仮にあっちがすぐに接近してくるとして、いつ頃作戦を開始しようと思ってるわけ?」

 

《あっちの艦の速度がどの程度か分からないけど、昨日の夜から動き出したと考えて少なくとも今から一〜二時間後くらいには動いたほうがいいかも》

 

あちらの艦――アースラの事に関しては恭也やリースでもよく知らない。よく知る前に攫われたのだから、当然と言えば当然だろう。

そのため昨日の夜から動き出したと想定しても艦が進む速度がどの程度か分からない以上、明確に時間を決める事は現状では出来ない。

ただそれでも今から一〜二時間後くらいに動けば大丈夫だろうと考えれる辺り、カルラの情報が如何に有力かを物語っている。

ともあれ、明確では無いにしても動き出す時間を決めた三人はその後の行動を話し合い、動きだす時までの時間を潰していった。

 

 

 

 

 

彼女――ヒルデブルクにとって時々、思ってしまう事がある。

カルラに対してどうしてあそこまで過保護になるのか。少しくらい放置してあげたほうがいいんじゃないかと。

確かに彼女は過去、深い傷を言っても過言では無いほどの悲劇を味わった。自分たちも同じであっても、彼女は別格だ。

だから、あのときのような悲しみを負わせたくない。彼女が悲しんだとき以上の辛さを負いたくはないと思うのも仕方ないだろう。

自分だって、同じ事を思っているのは間違いない事実だ。でも、だからといって今回の頼みはあまりにも過保護過ぎた。

 

『あの子が誰にも見つからずに彼らを逃がせるよう隠れて監視して欲しいんスよ、ヒルデには』

 

秘密にする対象には自分以外の仲間も含まれている。つまり、彼女の行動は仲間にも知られてはいけないという事。

もしも彼女が企てた事が知られた場合、自分たちがそれを秘密にした事を知られた場合、怒られるでは済まない。

かといって制裁されるという事はないだろうが、それでも気まずい空気を作り上げてしまう事は間違いない。

だから全てを仲間にさえ隠すために頼み込んできたのも、彼女を悲しませたくないという一点だけ考えれば分からない事もない。

だが、ヒルデとしては過保護過ぎるように思える。如何に悲しませたくなくも、これでは仲間ではなく親と子供のようなものだ。

それは確かにヒルデとしても妹のように思える彼女を悲しませたくない。過去の事を知る一人であるが故、余計に。

でも、だからといって悪い事をしても身内の一部で隠そうとするなど、本当だったらあってはならぬ行いだ。

過保護過保護と言っているが、組織として見れば明確な裏切り行為。それを黙認するというのだから、本来聞くべきではない頼み。

 

(それでも引き受けちゃう辺り、私も過保護なんでしょうかね?)

 

アドルファからこの頼みが為された時、ヒルデは考える事もなく二言返事でOKを口にした。

過保護だとか裏切りだとか、そのときは一切考えないで、頷くべきではない頼みに頷いてしまった。

それが自身も過保護だから下した判断なのだろうか。自分もカルラを悲しませたくないからそう判断したのか。

 

(ふふふ……よく考えてみたら、それはあり得ない事ですね)

 

そういう思いがある事は否定しないが、自分はそれを一番に思っている事は無い。

それはなぜかと聞かれれば、彼女は何の躊躇いもなく、クスクスと笑いながらこう答えるだろう――――

 

 

 

――私は、『あのとき』から壊れたままですから……。

 

 

 

カルラが深い傷を負ってしまった『あのとき』、自分たち以外の命が奪われた『あのとき』。

彼女の中の何かも壊れてしまった。それが何なのかは彼女自身にも分からないけど、確かに何かが壊れた。

今では昔の自分がどんなものだったのかすら分からない。仲間とどんな風に接していたのかも分からない。

 

(今回の事だって、たぶん引き受けたのは楽しそうだったから……)

 

昔の自分が分からないが、今の自分は自己中心的な考え方。それは彼女自身がよく自覚している。

他人が死のうがどうしようが、それが仲間だろうが敵だろうが、どうでもいいとどこかで思っている。

だからあの件を引き受けたのもその一言で済ませられる。そしてそれが、自分が壊れていると言える部分の一つ。

自己中心的で済ませられるだろうこの考え方をどうして壊れていると言えるのか。それは至って単純な話だ。

『あのとき』の一件の後、自分が壊れたであろう一件の後、自身を前にした仲間の皆は可笑しな者を見るような目で見ていたから。

単純にそれだけ、でも理由にするには十分な事柄。だから、そのときから自分は壊れたのだとずっと自覚していた。

この頼みの件だけじゃない。それ以前の事だって、以前カルラを慰めたときだって、今回と同じような理由が強かった。

全てが自分は壊れていると認識させる。だからこそ完全に壊れてしまえない事が疎ましく、苛立ちもしたものだ。

 

(でも、何ででしょうか……他人なんてどうでもいいと考えてる私が、あの人だけは気に掛けてるのは。心の底から、あの人を求めてるのは)

 

何も悟られぬよう、自分が壊れている事すら隠し、仲間たちが知るであろうヒルデブルクを演じ続けてきた。

全てが壊れたわけではないのだから、仲間を仲間と思うくらいの心はある。その仲間との間に気まずい空気を及ぼしたくはない。

だから演じるしかなかった。自分ですら本当の自分が分からない現状では、そうするしか術はなかったのだ。

しかし、その演じるという行為に慣れ、本格的に自分が分からなくなり始めていたとき、彼女の姿がその目に映った。

金色の髪を靡かせ、黒を中心とした防護服を纏い、大鎌と呼べる武器を手に空を舞う、死神と呼べるような少女の姿。

直接会った事があるわけじゃない。間接的に接触したという事もない。それどころか、あちらは自分の存在すら知らないだろう。

確かにその少女の存在は調べた資料によれば、自分たちに近い。その存在も、在り方すらも、一言で言えば好ましいと言える。

言ってしまえばそれだけ。だけどなぜだろうか、たったそれだけであるはずなのにヒルデの心はあの少女に惹かれていた。

 

(これは恋? それとも私が知らない別の何か?)

 

アドルファに聞かれたあの時、在り方に惹かれていると言っておきながら、実際の所はこの感情が恋なのかどうかも分からなかった。

それは今も同じく、分からないまま。だから確かめたい。直接会って、話をして、彼女を見た瞬間からこびり付くこの感情が何なのか、確かめたい。

故に今回のこの頼みは好機とも言えるかもしれない。アドルファがカルラの行動を見過ごす上で警戒している事項がそれを物語る。

 

『脱出をするならまず、あの子は転送装置をあちらのと接続しようと考えるはず。そのために最初に取る行動はおそらく、通信室からあちらの艦に通信を送る事。これらが為された場合でウチらが警戒する点は一つ、あちら側がウチらを捕縛するために突入するであろうという事。艦内戦が強いられるであろう事から少数規模、加えて大規模な魔法の行使はできないでしょうが、それはウチらとて条件は同じ。となるとあちらより戦闘要員が遥かに少ないウチらは自ずと不利になる。もちろん、だからといってカルラの行動を妨害、阻止しようとは思わないスけど、カルラの事だから転送装置まで彼らを見送ろうとするのは必至。そうなるとあっちから転送装置を介して突入が為された場合、カルラをいの一番に捕縛しようとする可能性が極めて高い。あの子がこういう限定された空間内での戦闘に長けていても、万が一という場合も存在するっス……ですんで、その万が一に備えてヒルデには監視に加え、護衛も頼みたいんスよ』

 

自分だって近接戦闘面では長けているのだから自分でやればいいじゃないか、という言葉はヒルデの口からは出なかった。

そもそも請け負うと即答してしまったのだし、何よりもしかしたらあの金髪の少女と接触できる可能性があるかもしれない。

だったら断る理由なんてもう、ヒルデには存在しない。自分の中に存在するこの感情が何なのか、確かめる事が出来るのなら。

 

「ん……これでよしっと♪」

 

思考をしながら行っていた着替えを終え、可笑しな所はないかと自身の身体を見渡す。そして可笑しな所が見受けられないのを確認後、小さく呟く。

その服装はいつも着ている服の上にコートのような黒色のマントを羽織り、露出している手や足も手袋やロングブーツで素肌を隠しているというもの。

正直に言えば普通の人から見たら不審者としか言いようがない格好だが、こうするよう指示されたのだからむしろ良い方だろう。

後はフードを被り、その手に持っているとある人物から借りた仮面を装着する事で完全に露出する部分を無くせば完了である。

 

「これ、ちょっとでも傷つけたら怒るでしょうねぇ……」

 

手元にある装着するべき仮面は貸し出した人物からすれば大事な物。それ故、貸す事自体にも渋っていた。

だが、アドルファからの指示だという事を伝えると渋りながらも貸してくれた。絶対に傷をつけないようにという念押しの一言を共に。

そもそも戦う事が目的ではなく、例の少女以外では戦う気もないヒルデからすれば、傷付けるなという願いは別段難しくもない。

ただ、絶対に傷付けるなと言われると無性に傷付けてみたくなるのが彼女の性分。そういった意味では、難しいかもしれない。

そのため手に持つ仮面を眺めながら少しばかりうずうずとしてしまう。が、彼女がそれを実際に行動に起こすよりも早く、艦内通信の画面が目の前に開いた。

 

『準備は……うん、出来てるみたいっスね。ウチが見立てただけあって見事な変質者っぷりっス』

 

「あは、その発言ってアルが見立てたら服装は全部変質者って事になっちゃいますよ?」

 

『ま、あながち間違ってないでしょ。皆ウチが選んだ服とか絶対着ないし、ラーレなんか容赦なくセンス無しなんて言ってくるんスから』

 

画面に映る女性――アドルファはヒルデの返しに対して認める風な言葉を放ち、苦笑を浮かべる。

それにヒルデも我慢する事無く笑みを浮かべ、互いに笑い合った後、通信の本題へと移る。

 

『んじゃ、手筈通りでよろしくっス。それと艦内に侵入者が入り込んだ場合、交戦するのは構わないっスけど、やりすぎないように』

 

「分かってますって♪ でも、ほんとに乗り込んでくるんでしょうか? 確かにここは管理局にとって犯罪者の巣窟みたいな場所ですけど、だからこそ安易に突入なんて策は取らないんじゃ」

 

『まあ、その可能性もあるっスね。だけど大事な人を人質に取られ、冷静ではいられなくなってる人もあそこにはいる……昨日のゲームで見た限り、二人ほどその傾向が強く見られたっス。ですんで突入してくるかしてこないかの二点の可能性を比べてみれば、前者のほうに傾くとウチは思うっス』

 

「ん〜……つまりぃ、己が情に流されて一番危険で愚かな行動を取る可能性が高いって事ですか?」

 

『悪い言葉で言うなら、そういう事になるっスね。ま、あくまで可能性なんで絶対とは言えないっスけど』

 

片方は管理局の民間協力者。管理局はおろか、艦内での発言力すら無いと言ってもいい立場。

だが、もう片方は管理局の人間。情報では嘱託魔導師との事だが、艦内のみと限定するなら僅かなり発言力はあるだろう。

加えてこの二人にはあの闇の書事件での功績がある。それを取り入れて言うならば、発言がまともなら受け入れられる可能性はある。

そしていくら情があるからと言ってもただ単純に突入して奪還するなど、そんなおろかな考えはさすがにしないだろう。

となれば、それなりの策を練って突入という手段を取ってくる可能性は大いにある。もっとも、これでも確実とは言えないのだが。

しかしヒルデにとっては可能性があるだけ良しなため、アドルファの説明に納得とばかりに頷くと仮面を付ける。

 

「さ〜て、着替えも終わりましたし、後はカルちゃんたちが動いたっていう知らせがアルから来るのを待てばいいんですよね?」

 

『そうっスね。といっても、おそらくは後二〜三時間は行動を起こさないんじゃないかと思うっスから、しばらくはその部屋で待機を――――』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

――言葉を言いきろうとした直後、艦内全てに凄まじい轟音と震動が響き渡った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

表情から察するにヒルデはおろか、僅かにノイズの入る画面の先にいるアドルファですら予測出来なかった事態。

一体何が起こったのだろうか……そう驚きを浮かべながら、目の前で状況確認をしている彼女の言葉を待つ。

そして状況確認をする最中で呟いた彼女の言葉は、ヒルデにとっても驚愕に値する内容であった。

 

『所属不明艦からの攻撃?! 馬鹿な……シールドで艦体そのものを隠したこの艦を、どうやって。いや、そんな事よりもその攻撃による損傷は? ん、その程度なら問題はないっスね……ただ、もしもこれが感によっての攻撃で無いとしたら、かなり不味い状況……となれば、このまま隠れてるわけにもいかない。……よし、今すぐシールドの半透明化部分をカットして、カットした分のエネルギーを全てシールドに回すっス! へ、侵入者? ああもう、どうしてこうも予想外の事態ばっかり!! そっちに関してはウチらのほうで手を打つっスから、貴方たちは艦をも保たせる事だけ考えて! いいっスか? 指示した時間まで何としても保たせるんっスよ!?』

 

所属不明艦からの攻撃、そして侵入者。アドルファの声しか聞こえないので何とも言えないが、これだけで物騒だ。

それ故に詳しい状況を知りたくもあるが、さすがにあちらの話が終わるまで口を挟むわけにはいかないため、もうしばらく黙りこむ。

その後約一分後、状況確認と緊急の指示を終えたアドルファはヒルデへと向き直り、かなり深刻そうな表情で状況を説明する。

 

『どんな手を使ったのかは分からないっスけど、管理局でも何でもない所属不明の艦から突如攻撃を受けたらしいっス。加えてこちらもどうやってかは知らないっスけど、艦内に侵入者が現れたようっスね……今のところ、その所属不明艦からの攻撃に関してはシールドのエネルギーを防御部分にのみ回して保たせてるっスけど、どのくらい保つかは分からないっス』

 

「はわ〜……分からない事だらけですねぇ」

 

『何をそんな呑気に……って、そんな事話してる場合じゃないっス! 今言ったとおり艦外からの攻撃に関してはシールドが張り続けられる限り保つ自信はあるっス。でも、さすがに内部から攻撃されたら耐えられない……更に言えば、侵入者の目的もこちらからしたら不明。ですんで、侵入者を迎え撃つのはウチらがするっスから、ヒルデは――――』

 

「カルちゃんとカルちゃんがあっちに返そうとしてる二人を守る、ですよね?」

 

『ええ。ただ、おそらくあの子たちは脱出のためにシールドを解除しようとするはずっスから、二人が脱出するのを見届けたらカルラを連れて――』

 

「それも分かってますって♪ じゃ、こっちも精一杯頑張りますから、そっちも死なない程度に頑張ってくださいね♪」

 

苦笑しながらも了解とアドルファは返し、通信はそこで途絶える。

通信画面が閉じたのを境にヒルデは準備運動とばかりに軽く伸びをし、指示された内容の遂行のために部屋から出ようとする。

だが、部屋の扉を前にしてヒルデは一つ、かなり重要な事を聞き忘れていたという事に気付いた。

 

「カルちゃんたちが今どこにいるかを聞くの、忘れてました……」

 

状況が状況なだけにかなり重要。それ故に聞き忘れていた自分を叱るように自身の頭をコツンと叩く。

ただ、それで問題が解決するわけではない。更に言ってしまえば、その仕草はあまりにもふざけたようなものである。

しかし本人はそこに気付く訳でもなく、扉を前にして軽く思考。その数十秒の後、打開策を考えたとばかりに頷く。

そして打開策を浮かべた途端に扉を開き、かなりのスピードで部屋の扉から出た通路の右へと走っていった。

 

 

 

 

 

轟音と震動が艦内を襲った時からすぐ、カルラは恭也とリースを連れて通路を駆け、通信室へと赴いた。

この異常事態に関する連絡はカルラのほうにも伝わり、その直後こそ自分はどうするべきかとかなり悩んだ。

だが、時間までそれなりにあるもこれは好機であり、何より元の場所に帰してあげるのが二人との約束。

仲間の安否もかなり気になりはしたが、そこはあの人たちなら大丈夫と思う事とし、これを機に脱走作戦を実行へと移す事にしたのだ。

二人としてもカルラ伝で知った今の状況というのには驚きもし、カルラがそれでも二人を手伝うと言ったのには後ろめたさもあった。

しかし、これが二人にも脱走の機である事が分かる故、止める事はせずにただ一言、ありがとうとだけ口にして共に行動、現在に至る。

 

「ていうか、今から通信送って繋がるの? 一〜二時間くらい待たないとって言ってたのに、まだ三十分も経ってないよ?」

 

《……あっちがどの程度近づいたかどうかで変わってくるけど、たぶんすぐには繋がらないと思う。ただ、あっちが射程内に入るまで通信を常時飛ばしておけば……》

 

「射程圏内に入ったと同時に通信が届き、繋がる……という事か。だが、それだと繋がるまでの間、しばらくここで足止めを食う事になるな」

 

通信というのは相手が出るまで常時飛ばし続ける事が出来るもの。それは指定方向に相手がいようといまいと関係ない。

無論、今この艦を攻撃してきている所属不明艦に繋がってしまう場合もあるが、おそらく可能性としてそれは低いだろう。

何しろこちらに何の宣告も無く撃ってくるような奴らだ。大方通信をキャッチしても話し合いをするためと取られて無視するに決まっている。

となれば確率的には通信は彼らが返るべき場所、アースラが接近してくるまで待てば通信が取られないという方に傾く。

ただ、その場合どうしてもこの部屋で足止めされる事になってしまうのだが、これも先ほどのアドルファからの知らせによってある程度解決している。

というのもシールドのエネルギーを全て防御に回して持ちこたえているらしく、その耐久力ならば当面は持ちこたえれる自信があるからだ。

ここで浮上するもう一つの問題は艦のエネルギー残量だが、これも遂先日、リースと共に動力室に赴いたときに確認している。

そもそも半透明化の部分を防御に回しているだけだから消費量は変わらない。その上で確認した残量から考えれば、少なくとも半日以上は持つだろう。

攻撃に転じないとの事だからこれはほぼ確実だ。その旨を恭也とリースの二人に伝えると頷き、納得したという意図を示した。

それを横目で見ながらカルラはカタカタとパネルを操作して通信を飛ばす設定を終え、一息ついてから二人へと振り向いた。

 

《設定は終わりましたので、後はあちら側がこの通信をキャッチして取るのを待つだけです。ですから恭也さんとリースはここにいて、通信が拾われたら対応をお願いします。その間で私は動力室まで行ってシールド解除の準備をしておきます》

 

考えていた策とは異なる行動。それ故に二人は首を傾げ、説明を求める視線を送るとカルラは簡単ながらも説明を行った。

確かにこれは元々描いていた作戦とは順序が逆となる。本来ならシールドを解除した際に起こる混乱に乗じて通信を送り、逃げるというものだった。

だが状況が変わった故に段取りが変わるのも仕方ない。そもそも、順序を逆にしたところで問題が発生するわけでもない。

それ故に長距離通信という手段ではなくあちらが近づいたのを簡単に見極められる方式の通信で行い、その間でカルラが操作室へと向かう。

彼女が操作室にて転送可能条件であるシールド解除の準備を行い、二人が通信を終えた際に彼女に念話を送る事を合図として解除する。

後は二人が通信の際に聞くべき事項の一つである転送コードをカルラが聞き、操作室から転送装置のロック解除と転送装置を繋ぎ、それを使って二人が逃げる。

段取りは若干変わってしまったが問題はない。二人としても土壇場に編まれた代策とはいえ、問題となる部分は見当たらないためわかったと頷いた。

二人が納得したのを見届けたカルラは頷き返すと扉を潜り、一直線に同じ区画にある操作室へと向かっていった。

 

「通信が拾われたら対応をって言うけど……それってそれまでは私たち、暇だって事だよね」

 

「……暇だからと言って出歩くなんてするなよ?」

 

「分かってるってば。そんな事するほど私も子供じゃないよ」

 

プゥッと頬を膨らまして睨んでくるその様子のせいか、言動そのものに説得力というものが欠けていた。

それ以前に勝手な出歩きをするほど子供じゃないと言うが、その勝手な出歩きを今まで結構している。

寝るときなど一緒に寝るなど駄々を捏ねた事もある。はっきり言って、子供であるという他ない行動ばかりであった。

だから説得力というものが大きく欠ける。だけどだからこそ、こんな状況でも微笑ましいものと映る。

それ故に恭也は苦笑を浮かべ、はいはいと言いながらリースの頭を撫でる。自身の妹にするときのように優しく撫でる。

対する彼女は子供じゃないというのに子供扱いされたのが不服なのか、頬を膨らませたまま如何にも怒ってますというような顔を向け続ける。

だが、撫でられていく内に次第にそれは崩れ、心地良さそうな表情へと変え、しばらくの間彼の為すがままに撫でられ続けていた。

 

 


あとがき

 

 

今回のお話はヒルデの心境と恭也&リースの脱走計画実行だな。

【咲】 今回ので恭也&リースサイドは実質終わりと聞いてたから脱走計画実行は分かってたけど……。

ヒルデの心境がここで語られるのは予想外だった?

【咲】 まあ、ねぇ。だってヒルデってさ、そもそも前に出た時以来ほとんど出なかったキャラじゃない。

確かに出演率はかなり低いわな。

【咲】 なのにヒルデ以上に出演率の高い人の心境は語られないで、彼女の心境が語られるのは予想外と思っても不思議じゃないわよ。

まあ、普通はそうだろうね。でも、最終話付近になってくると自ずと彼女は出番が増えるから、これはこれでいいんだよ。

【咲】 まあ、アドルファからあんなお願いされてる時点でそれは分かるけど……それにしても結構抜けてるわね、ヒルデって。

抜けてるというか、ちょっとお馬鹿さんなだけだよ。

【咲】 それ、抜けてるって言われるより酷くない?

でも事実だし。だけどまあ、彼女も彼女で悩む事、思う事はあるのだけどね。

【咲】 ま、今回のでそれを語ってたしね。ていうかさ、フェイトに惹かれた確たる理由はヒルデ自身にも分かってないのね。

表向き自分たちと在り方が似てるからという理由はあるが、それだけではここまで惹かれないのは自分でも分かってる。

だけど本当は彼女に何に惹かれているのか自分でも分からない。もっとも、これはヒルデの境遇に問題があるんだけどね。

【咲】 境遇っていうと、カルラみたいな?

そうそう。ちなみにカルラやヒルデ、アドルファだけでなく『蒼き夜』の面子のほとんどはそれぞれ悩みや思いを抱えてる。

【咲】 まあ、何の悩みも思いもなかったら犯罪なんて犯さないでしょうしね。

それに関してはそうでもないと言っておこう。

【咲】 は? 何でよ?

個人として悩みや思いがなくとも彼女らは動くよ。仲間仲間って言ってるけど、それ以上の繋がりが彼女らにはある。

その上で彼女らが目的としている事柄の一つを思い浮かべれば、自ずと分かってくる。

【咲】 ……ああ、なるほどね。

うむ、分かってもらえて何よりだ。

【咲】 まあ、それだけ言われればね。で、次回はなのはたち管理局サイドになるみたいだけど、どんな話になるわけ?

ふむ、次回語られるお話は二つ。一つは本局の無限書庫に向かわされたユーノからの報告。

『レメゲトン』に関する記述がなされる書物、それが見つかったという知らせがね。ただ、それと同時にある事実が発覚する。

ただそれは次回になれば分かる事だからここでは伏せる。そしてもう一つはリィンフォースが、夜天の魔道書の修復が完了したという知らせ。

だが、ここでも修復した本人はおろか、おそらくデータを渡したアドルファですら予想だにしなかったであろう出来事が起こる。

これが次回のお話の概要だな。

【咲】 何か、どっちもようやくって感じのお話よね。

確かにね。話に出てからかなり空いたのは事実だし。

【咲】 ともあれ、これでユーノとリィンフォースが復帰すると見ていいのかしらね?

ユーノはまだ復帰せんな。彼はまだ無限書庫でしばらくは関係する書物を探してもらわんといけないから。

ただリィンフォースに関しては復帰するとみても問題ない。そしてこれに乗じてはやても魔導師として動けるようにはなる。

【咲】 現状、なのは側で唯一のユニゾンデバイス保持者。魔導師なりたてとはいえ、闇の書事件でも大きく活躍した魔導師。こりゃかなり大きい戦力になるわよね。

まあ、確かにそうだわな。じゃ、今回はこの辺にて。

【咲】 また次回も見てくださいね♪

では〜ノシ




カルラがアドルファをよく知るように、逆もまたって所か。
美姫 「カルラの行動までも予測済みだったみたいだいしね」
とはいえ、そうそう予測どおりに事が進むという訳でもないみたいだな。
美姫 「所属不明艦ね」
うーん、きな臭くなっていくのか。
美姫 「一体、どうなるのかしら」
次回も楽しみにしてます。
美姫 「待ってますね〜」



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