カルラと揉めていた理由、それをアドルファは部屋に帰った後にジェドへも説明した。

説明を無言で聞き終えた彼は特に文句を言うでもなく、良いのかとただ一言彼女に尋ねる。

主語も何もない、普通なら何がと聞き返すような問いだが、意味が分かるアドルファは問いに対して一度だけ頷いて返す。

それに彼もそうか……とだけ口にし、椅子を回転させて机へと向き直り、作業の続きへと戻っていった。

彼女も彼が作業に戻ったのとほぼ同時に彼を手伝うため、いつもの自分の定位置へと足を進めようとする。

 

「今日は別に手伝わなくていいぞ。器を移し替える作業までは私一人でも十分に出来るのだしな」

 

動き出そうとした身体がその一言で停止させられ、少しの間を置いた後に聞こえない程度の溜息をついた。

そしてここで食い下がるのも変であるため言われるがままに部屋を後にし、何の目的もなく廊下をぶらつく。

別に自室に戻っても構わないのだが、部屋に一人でいると先ほどの事を考えてしまいそうになって少し嫌だった。

これは今回の事に限らず、今まででも同じ事が何度かあった。そしてそのたびに後悔ばかり抱き、今と同じような状況になる。

感情的になると言い過ぎる、やりすぎるというのは自分でも自覚している。だけど、自覚していても直せない。

だからというわけではないが、直せない分だけ今まで感情的になる事を抑えてきた。何があっても、笑って受け流すようにと。

それでもやはり笑って済ませられない事、受け流せない事はある。故にそのたびに感情的になって後悔する自分が本当に嫌になる。

 

「はぁ……」

 

今回の事に限ってはいつも以上に後悔が大きい。そのためか先ほど以上の溜息が口から漏れる。

そしてそのまま自室がある方とは真逆の方面へと歩き続け、区画の変わり目である通路を抜け、先にある曲がり角へと差し掛かる。

 

 

 

「きゃん♪」

 

――その直後、曲がろうとした対面から何かが自分にぶつかる感触を感じ、同時に奇妙な声が聞こえた。

 

 

 

ぶつかったのが人、しかも自分と同じ女性だというのは感触と声色で見なくとも大体分かる。

加えて誰かというのもチラッと見た際に目に入った薄赤の髪により、簡単に分かってしまう事となった。

 

「……帰ってたんスね、ヒルデ」

 

「帰ってきたのはついさっきなんですけどね〜♪」

 

呆れ混じりに声を掛ける、なぜか未だぶつかった状態のまま胸に頬釣りしてる女性の名は、ヒルデブルク。

通称ヒルデと呼ばれている彼女はアドルファたちの仲間の一人であり、計画の一端によって別の場所で今まで行動していた。

闇の書事件が終了した直後くらいからなのでおよそ一か月……もしくはもう少し短い期間かもしれないが、その間は会っていない。

かといって心配するような玉でもなく、少し会えないからといって寂しがるような性質でもない。

故になぜ擦り寄ってくるのかと他の物なら疑問に思うところだが、これは彼女の性格を知るアドルファらなら容易に分かってしまう。

単に彼女は精神年齢が変に幼いから、こういった小さな子供のような行動を平然と誰にでもやってしまうのだ。

要するにシェリスがそのまま大人の姿になったようなもの。だからこそか、仲間内でも性質の悪さはナンバー1に位置していた。

そんな彼女にとってのスキンシップに本来のアドルファならば、ウザイだの何だの容赦ない言葉で振り払ったりしている。

だけど今はそんな元気もない。先ほどの事を未だ引き摺っているから、呆れは浮かぶも振り払う元気はなく、ただ為すがままになっていた。

 

「あらら? 今日のアルは妙に元気がないですね〜……何かありました?」

 

精神年齢は子供のくせに相手の内面には非常に敏感。これもシェリスと似たような部分と言えばそうである。

本当ならその部分は彼女の少ない長所という所だが、今ばかりは少しばかり疎ましく思ってしまう。

単純な悩みなら打ち明けてスッキリしたい。だけどカルラと例の事で口論なったなど、仲間であろうと言いたくない事。

それ故に打ち明ける事もせずに何でもないと口にしようとした。だが、言葉を告げようとした矢先、ある考えが頭を過る。

 

(諭されたからといってあの子が簡単に割り切るとは思えない。となればあの子が今後起こすであろう行動は……)

 

優しいという部分と同じでカルラに昔からあった一面。それは自分よりも他人を優先してしまうという所だ。

だから先の口論でも他人を傷つけるくらいなら……などと口走った。ここから浮かんでしまう彼女が起こすであろう今後の行動。

諭されたから割り切り、何もしないとは思えない。こういった自分の譲れない事に関しては、彼女は凄まじく頑なになる。

そうすると何かしらの行動を起こすと予測出来る。そしてその行動も、性格を熟知するからこそ簡単に頭に思い浮かんでしまった。

 

(必ずしもそうだとは限らない。でも、もし本当にそんな事をしてしまったら……)

 

どんな行動を起こすかが浮かんでしまえば、自分なりに考えつく結果も同時に浮かんでくる。

そんな一連の考えが頭を過った途端、アドルファは考えを変え、自分からやっと離れて小首を傾げているヒルデへと告げた。

 

「ちょっと、お願いしたい事があるんスけど……いいっスか?」

 

「お願いですか? 私は全然構わないですけど……珍しいですねぇ、アルが私にお願いなんて」

 

「それほど事態が切迫してるって事っスよ」

 

その言葉に対してそうなんですか〜と気の抜けた、本当に理解してるのか分からない返事を返すヒルデ。

それにちょっとばかり人選をミスったかと考えなくもなかったが、言いだしたからには撤回するわけにもいかない。

というか口にしてしまった以上、撤回しようものなら自分が手伝うと駄々を捏ね始めると目に見えていた。

だからかなりの不安感を抱きながらも撤回する事はなく、別の場所へと移動しようと言い、ヒルデを連れてその場を後にした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

魔法少女リリカルなのはB.N

 

【第二章】第三十話 持ちうる優しさ故の答え

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

脱走作戦の練り始め最初の日は結局、これといった良案も出ずに終わった。

そしてその次の日も部屋から一歩も出ず、一日を使って考えるも、直球勝負以外には何の手だても浮かばず。

結果として二日間考えた末、直球勝負に出ようというリースの案をしぶしぶながらも採用する事となった。

そんなわけで作戦を練り始めてから三日目となる日、いつも通り朝食を運んでくるであろうカルラを待ち伏せしていた。

そして予測した通り、今までと同じく朝食の乗ったトレイを手にやってきた彼女へリースがいの一番に飛び掛かり、難なく捕獲に成功した。

ちなみにその余波で彼女が持っていた朝食がぶちまけられそうになったが、それは恭也の機転によって免れた。

 

《えっと……なんで私は、拘束されてるんでしょうか?》

 

逃がすまいとうつ伏せにさせたカルラの上にリースが馬乗りになる。子供が考えつく、単純な拘束術だ。

だが、単純だからこそ拘束されたという事が分かるため、なぜ自分がいきなり拘束されるのかがカルラの中で疑問に浮かぶ。

それ故に目の前で若干申し訳なさそうに座る恭也へと疑問をぶつけ、彼はその問いに対する答えを告げた。

 

「少しばかり君にお願いしたい事があって、な」

 

《お願い? でも、お願いされる事と私が拘束される事に何の関係が無いと思うんですけど……》

 

「俺も拘束する必要性はないと思ったんだが……リースが聞かなくてな」

 

やはり申し訳なさそうに告げられた言葉でカルラは何となくだが、状況が理解できた。

つまり当初の彼らの目的は自分にお願いをするというもの。だから、自分が部屋に来るのを待っていた。

しかし、リースの主張にて対象は拘束するべきだと無理矢理決定され、止めようとしても聞かず、今に至ったのだろう。

だからこそというわけではないが、カルラは怒るという事はせず、その体勢からリースへと視線を移した。

 

《ねえ、リース……お願いを聞くぐらいするから、降りてくれないかな? さすがにちょっと、重い……》

 

「そんな事言って、本当は降りた途端に逃げる気でしょ?」

 

《……私って、そんなに信用ないんでしょうか?》

 

「……というよりは、おそらく君の反応を見て楽しんでるだけじゃないか?」

 

チラッとだけカルラの上に乗っかるリースを見た後、呆れからの溜息をつきながら恭也はそう返す。

その返しにカルラも今一度彼女へと視線を向けみたところ、恭也の言う事はあながち間違いではないと悟る。

逃げるだろうからと言って乗っかり、拘束しているにも関わらず、口元に笑みのようなものを張り付けてる様子。

こんなものを見えしまえば拘束するからという言動など口実で、実のところ遊んでると見えても不思議はないだろう。

ただ、そうだからといって今の体勢ではさすがのカルラでも無理に振り解けず、困り顔を浮かべながら恭也に助けを求める。

それに恭也は今一度だけ深い溜息をつき、ゆっくりと立ち上がると二人の傍まで歩み寄り、ひょいっとリースを持ち上げた。

持ち上げられた当の本人は一瞬キョトンとしていたが、すぐさま玩具を取り上げられた子供が駄々を捏ねるように暴れ出す。

そんな彼女を抱えたまま元いた位置まで戻ると、恭也はその場に再び腰を下ろして胡坐をかき、その上に暴れるリースを半ば無理矢理乗せる。

そして子供をあやすように、はたまた猫を愛でるように撫でながら落ち着かせ、彼女が落ち着きを見せた頃合いに再度視線を戻した。

対してリースが背中から退いたと同時に立ち上がり、衣服の乱れを整えて対面に座る彼女も、彼と同時に視線を戻したためか目が合う。

 

《えと……ありがとうございます、恭也さん》

 

「いや……こちらこそ、お願いする側だというにリースが迷惑を掛けてしまって本当に済まなかった」

 

礼を言ったのに対して謝罪で返され、カルラは少しばかり困惑するも、すぐに気にしないでくださいを返した。

それに恭也も小さく頷き、この件は終わりを迎える。そこから次へ……というよりは、カルラを待つに至った本題へと移っていった。

 

「それで俺たちからのお願いなんだが……それに移る前に一つだけ、約束してくれないか?」

 

《約束、ですか……?》

 

「ああ。といってもそんなに難しい事じゃない……ただ今から俺たちが言うお願いというのを聞き、受け入れるにしても拒否するにしても、他の誰にも口外しないで欲しいというだけだ」

 

《……それは、内容によります》

 

当然と言えば当然の返答。どう判断するにしても内容が自分たちに悪影響なものと知って、普通なら見過ごす者などいない。

それが自分たちの目的のための計画を崩しかねないと判断されれば、尚更。それ故にカルラのその返答も予測は出来ていた。

そのため恭也も少しの期待はしていたが落胆は浮かべない。ただその分、その返答を目の当たりにすると再度迷ってしまう。

本当にこんなお願いを言ってもいいものかと。もしかしたら、やはり自分たちの立場をより悪くさせるだけなのではないかと。

そんな思考からの迷いで彼は僅かに黙り込んでしまう。だが、すぐにここまで来たら迷ってばかりもいられないかと結論を出した。

そもそもお願いをしたい、口外しないと約束して欲しいと口にした時点で自分たちが何か企んでるという事自体を教えてしまってるようなもの。

もしここで迷いからやはり直球勝負は止めようと判断しても、ここまで言ってしまっては少なからず警戒されても可笑しくなどない。

 

《それで……恭也さんとリースが私にお願いしたい事って、何なんですか?》

 

それ故に迷っても仕方ない。リースではないが、ここまで来たらもう当たって砕けろだ。

半ば玉砕覚悟でそう決意した恭也はカルラの返事に自身からは答えず、代わりに自身の足の上に座るリースに視線を送る。

それにリースは了解とばかりに頷き、目の前の彼女へと視線を一直線に向け、いつもの調子でお願いを口にした。

 

 

 

「協力者になってくれないかな? 私たちが、ここから脱走するための」

 

 

 

普通、こんな事を聞けば驚くか、即座に拒否して反発するというのがカルラの立場からすれば真っ当だ。

だが、にも関わらずカルラはその一言を聞いても驚く事もせず、拒否や反発の言葉も一切口にはしなかった。

そのカルラの様子には逆に二人の方が驚かされ、こんな内容をいきなり告げられてどうして冷静なのかと問いたかった。

だけどその問いは口に出されず、二人が驚きから脱するよりも早くカルラを静寂を破った。

 

《三つほど、聞かせてください……》

 

静寂を破った言葉は最初こそ、それだけ。だがこの後に問いとなる言葉が続く事は安易に予測でき、二人とも先を促すよう頷く。

拒否される可能性の高かった問いを口にした彼らからすれば、この返答は肯定でこそなくも出方次第では期待できるもの。

彼女の問いがどんなものであれ、協力してもいいと判断される答えならば、彼女は協力してくれるという可能性も考えられるのだから。

しかし、反して負の考えも浮かぶ。ここで答えた問いに対する答えが彼女にとって不都合なら、協力はしてくれないだろうという考え。

いや、むしろこの後者となる負の考えのほうが彼らの中では大きい。そしてより、不安という感情が身体の内から湧き上がってくる。

かといって嘘をつく事も選択肢には無い。嘘が見破られれば確実に協力要請は破綻するだろうという事は目に見えている。

仮に上手く誤魔化せ、脱出まで漕ぎつけたとしても必ず嘘はばれ、彼女の信じるという気持ちを踏みにじり、裏切りという傷を負わせる事になる。

残虐非道の極悪人が相手なら気にならなかったかもしれない。自分らが裏切りなど屁とも思わない冷徹な人間なら気にならなかったかもしれない。

だけど少なからず、自分たちはそんな人間じゃない。そして短い間付き合っただけでも、彼女がそんな人だとはどうしても思えない。

だからこそ嘘はつけない、つきたくない。例えそれが愚かだと言われる考え方でも、彼女のような人を裏切るなどしたくはなかった。

それに故に彼らは今まさに放たれるであろうカルラの問いに正直に答えるべく、真剣な目付きで居住まいを正し、身構えった。

 

《まず一つ目に……どうして私を引き込もうと、考えたんですか? 確かに私は『蒼き夜』の一人である以上、この艦のさまざまな部分について知り得てます。でも、それは私でなくても他の五人も知っている事……それは恭也さんやリースにも、分かってるはずの事ですよね?》

 

「もちろん、それは承知している。だが、俺たちはそれを踏まえた上で、君が一番適任だと判断したんだ」

 

《それは、なぜですか……?》

 

本当に疑問に思うような仕草を見せる。確かに接する頻度的に見れば、自分は何かと話しやすい立場だと思う。

ただ、それはあくまで普通の話ならばだ。ことこういった件となれば、話しやすいのどうのなどという考えは本来捨て去るべき。

そして考えを捨て去って考えれば、本人の性格、彼らからしての自分の組織の中での位置付けを考慮し、適任では無いと浮かぶはず。

不謹慎ながらカルラからして思うに、この件にもっとも適任なのはアドルファかラーレ辺りだと思っている。

どちらも簡単に分かりましたと頷く玉ではないが、自分よりも味方にすれば頼れる。加えてラーレは若干少ないが、それでも二人とも接する頻度はそれなりにあった。

だというのに自分で言うのも難だが若干頼りない自分を選んだのはなぜだ? もしかして、上手く言いくるめれば簡単に協力するとでも思われているのか?

もしそうだとするならば、かなり舐められたものだ。確かに自分でも己の臆病な部分や引っ込み思案な部分、押しに弱い所は自覚している。

それが災いして他人に大きく出れないから結局流される性質だというのも分かる。だが、それでも自分は曲りなりにも、『蒼き夜』の一人だ。

短絡的な考え方で行われた仲間を裏切れと同義の協力要請にその性格が出てしまうほど、自分の悪い部分を抑え込めない事など無いのだ。

 

「アンタが一番丸めこみやすいから――って言いたいところだけど……実際のところ、私たちが協力者にしようって思えるほど信頼できるのは、カルラだけだからっていうのが理由かな」

 

《……え?》

 

半ば自分の性格等をついての事だと内心で確定していたせいか、その答えには思わず間の抜けた声で返してしまった。

確かに接する機会は多かった。でも、信頼されるような行動は取った覚えがない。むしろ、普通な対応を取ったつもりだ。

その中で模擬戦を行ったり、動力室に案内したりなどというアクシデントもありはしたが、それらを抜かせば客人に対するそれに近い対応。

だというのに彼女はなぜ信頼できるなんて口に出来る? まさか、その言葉さえも自分を言いくるめるための話術か?

いや、それはないと断言できる。理由もなく信頼できるなどと口にしようものなら、後々になってボロが出るのは明白だ。

それがもしも協力者として動いている最中にあろうものなら致命的。少なくとも賢い部類に入るリースが、そんな愚行をするとは思えない。

何より、彼女の眼は嘘など言っていない。となれば本心から言っているのであろうが、だからこそカルラには理解が出来なかった。

それ故に言葉を失い、虚を突かれたような間抜けな表情で見返すしかない彼女にリースは続けざま、信じられない言葉を放つ。

 

「何で信頼できるかってのに、深い理由はないんだけどね。だからあくまでこれは私の直感……でも、人を見る目に関しては私の自慢の一つだから、感というよりは確信かもね、私の中では」

 

そういって不器用にウインクをするリース。対してカルラは何も口に出来ないどころか、これまた間抜けに口を半開きにさせる。

直感で人を信じるというのは現実にある事。それは自分とて知っている。だが、それをこの場面で出すというのは本来愚かだ。

拒否するしないの問題に関わらず、偽りで協力を承諾し、信頼を裏切って彼らを今よりももっと悪い状況へと陥れる。

そんな可能性だって考えられる。なのに直感をこの場面で信じられるというのは本人の甘さか? それとも子供故の純粋さか?

何にしても理由は分からないが、カルラにとっては信じられない返答と理由。それ故か、我に返るまで若干の時間を有した。

 

《あ、え、えっと二つ目ですけど……協力というのは具体的にどんな事ですか?》

 

我に返っても動揺があり、それを隠すべく話題を変える。だが、それでも最初の部分でかなりドモッてしまった。

それが恥ずかしいのか頬を染めて若干俯き加減になる。そんな彼女に二人は苦笑しつつ、この問いにも時間を掛けず答えた。

 

「んっと、艦を覆うシールドの解除方法と通信の仕方を教えてほしいのと、後は転送装置に掛けられてるロックの解除……この三つくらいかな」

 

《……転送装置のロック解除はまだ分かるけど、前の二つを要求する理由が分からないよ》

 

「通信の仕方を教えてほしいのは、脱出の時期を見誤らないようにするためだ。こちらが脱出しようとして転送装置を使っても、相手の装置と繋げられないほど互いの位置が離れてるという可能性もあるだろう? となれば通信を行って相手の位置を確認し、様々な要素を考慮した上で脱出の時期を決めたほうが確実性が高まる……そしてその通信を行うためには、リースの話だとシールドがどうしても邪魔になる。だからこそ、この二つの要求なんだ」

 

《はあ……要するに、シールドの解除はあくまで通信を行うためだけにする事で、通信も時期を見誤まって脱出作戦そのものを無駄にしないようにするため……そういう事ですね?》

 

二人が頷くとカルラは驚くほどあっさりと納得する。その瞳には疑いとか、そういった感情が窺えない。

確かに内容そのものは間違いない。シールドの解除の理由も納得したという事は、内部からの通信すらも遮断してしまうのが事実だからだろう。

といっても明確に通信をどこまで遮断するのかは分からない。通信といっても相手と顔を合わせながらするものもあれば、文章だけでのものもある。

ただまあ、現状ではそこは問題ではない。今問題視すべきなのは、良く聞けば穴があると分かる説明をどうしてこうもあっさり納得したかだ。

内容自体に嘘は交えていないが、良く聞けば理由がそれだけではないという事は分かる。もちろん、二人もそこを聞かれたときの答えも用意していた。

なのに彼女は深くを追求する事もなく、瞳に疑念の光も灯さない。まるで相手を信じ切っているかのようにあっさりと納得してしまった。

深く考える者が考えれば、これは罠と思うだろう。ここで納得しておき、協力する振りをした上で手の平を返すのではないかと思うだろう。

だが、曲がりなりにもそれなりに接して性格等をある程度知る彼ら二人からすれば、彼女がそんな事を考えているとは到底思えなかった。

だからこそ、分からない。彼女がどうしてこの説明だけで納得したのか、どうして何の疑問も口にせず信じたような素振りを見せるのかが。

 

《じゃあ、最後の質問ですけど……》

 

そんな不可解な疑問を口にする間もなく、最後となる質問だと彼女は告げる。

疑問に思いこそするも今すべき事は彼女の質問に答え、協力を取り付けるという一点のみ。

故に二人とも疑問を頭の片隅へと追いやり、彼女が最後と口にする質問に答えるべく、意識をそちらに集中させる。

二人が頭でそんな疑問をしていたとは露知らず、カルラは二人の態度に合わせて居住まいを正し、それを口にした。

 

《もうすでに聞いているかもしれませんが、敢えて私からも聞きます》

 

 

 

 

 

《脱出なんて考えは捨てて、私たちの仲間になる気はありませんか……?》

 

 

 

 

 

「「っ!?」」

 

質問に対して最初に見せた二人の様子。それによってカルラはやはり聞いていたのだと悟る。

それがアドルファなのか、それともまた別の人物なのか。そこの所は分からないが、正直それはどうでもいい。

今、一番重要なのは彼らが以前にこの質問を投げかけられた上で、未だ答えを出せていないという部分。

答えを出せず、答えを告げていないと直接聞いたわけじゃないが、二人の様子以外のもう一つの理由がそれを確信させる。

その理由とは単純に、自分自身が聞いていないから。もし質問を投げかけた者が答えを聞いた場合、十中八九皆に話が回る。

彼らが仲間になる事を承諾した、計画が良い方向へと転んだ。言葉はどんなものであれ、それに似た言葉が伝えられるはずだ。

にも関わらず、誰からもそんな話は聞いていない。それ以前にこの問いを彼らに告げたという事すら、知らされてはいない。

これは要するに問いをした者が答えを未だ聞いておらず、投げかけたという事実だけでは伝えるに値しないと判断したからだろう。

よって二人が未だ答えを出せていないというのは分かる。ただ、それが分かってしまうからこそ、良い返事は期待出来なかった。

 

《お返事を、聞かせてください……》

 

期待出来なくても、期待してしまう。もしかしたら今の考えなど捨てて、仲間になってくれるのではないかと。

いや、それは正確に言えば期待ではない。彼女自身の希望、望み、願い……そういった類のものだ。

自分たちの目的、自分自身に関わる事。それらを抜きにしても、彼女は彼ら二人を仲間に引き入れたいと思っている。

そう思ってしまうくらい、彼らの存在が彼女の心の内に根付いている。長い付き合いとは言えなくても、そうなるには十分過ぎた。

だからその淡い期待を込め、膝の上に置かれる長い袖の中に隠れた小さな手でキュッと内側から袖を握り、答えを求める。

 

「…………」

 

対する恭也はすぐに答えを返せず口を閉じたまま。リースに至っては己が答える気などなく、恭也に全てを委ねていた。

それはこの話が初めて恭也の口から聞かされたときに決めた事。仲間になるにしても、断るにしても、全ては恭也の判断に任せるという決め事。

自分を納得させる必要はない。恭也自身が決めた事ならば、どちらを選ぶにしても自分は彼を信じ、それに従う。

だからこそ、彼女自身はこの場で何も言わない。ただカルラと同じく、恭也が答えるのを足の上に座りながら、ジッと待っていた。

そしてカルラの答えを求める言葉によって恭也が黙ってからおよそ一分後……彼はようやく、重たげに口を開いた。

 

 

 

「俺は……君たちの仲間になる事は、出来ない」

 

 

 

それは予想通りと言えば予想通りの答え。だけど、カルラを酷く落胆させるには十分な答え。

故に抑えようとしても表情は若干陰りを差し、前を向いたままでいようとしても出来ずに俯いてしまう。

 

《私たちが時空管理局にとって、貴方達にとって……悪人だから、ですか?》

 

彼女にとって答えに対する理由などそれしか思い浮かばない。

それほど数多くの犯罪を行い、管理局を敵に回してきたし、彼らに対しても酷い事をしたと思っているから。

自分は犯罪などする気はなかった、したくなんてなかった。本人はそう思っていても、実行してきた今では意味を為さない。

アドルファにこんな事は止めようと言い、口喧嘩をしたという事実も、結果を出せていないのなら口にしたってただの言い訳。

結局のところ自分がどう思おうと悪人である事に変わりはない。だからこそ、尋ねる言葉も決めつけたようなものになってしまう。

だが、彼女が口にした言葉に対して恭也は首を横に振い、悪人だからという彼女の考えを否定した。

 

「悪人だから、犯罪者だから……そういうのが理由に入っていないと言えば嘘になる。だけど俺が君たちの仲間になるのを拒むのには、もう一つの理由のほうが大きいんだ」

 

《もう一つの、理由……?》

 

その言葉にカルラは俯けていた顔を僅かに上げ、彼らへと視線を戻す。

そして尋ねてしまう。悪人だからというのが断る一番の要因でないのなら、何が一番理由として大きいのかと。

彼はその短い問いに小さく微笑を浮かべ、足の上にいるリースの頭に手を置き撫でながら、答える。

 

「確かに俺はそれを最初に聞かれたとき、悩んだ。このまま抗い、俺やリースだけでなくなのはたちにまで危害が及ぶのを覚悟で勧誘を断るべきか。それとも俺たちが君たちに組する事で計画とやらを進めさせ、誰もに及ぶ危害を最小限に抑えるべきか……幸い、今まで君たちと話してきた話を纏めると俺やリース、そしてこの子の妹であるシェリス以外には酷い執着を見せるほど大した興味もないようだしな」

 

《……》

 

「だが、この子やシェリスの事を考えると後者は選べない。だからといって前者を選ぼうものなら、なのはたちまで危険に晒してしまう可能性が高い。自分で考え、正しいと思う答えを見つけてと言われた後も、俺はどちらも傷つけたくないという思いから選ぶ事が出来ず、悩み続けた」

 

 

 

 

 

「でも、今になってようやく分かったんだ……どちらの答えか、選ぶ必要はないと」

 

 

 

 

 

それはカルラだけでなく、リースにさえも理解できない言葉であった。

どちらを選んでも傷つく者、悲しむ者が存在する。だからこそ、大切な人たちを傷つけたくないから、彼は今まで答えを出せなかった。

しかし、答えは必ず出さなければならない。誘いを受けるにしても、拒むにしても、答えを出さなければ前に進めないのだから。

だけど今、カルラに求められて答えた彼の答えは、どちらでもない。それどころか、どちらも選ぶ必要はないなどという謎掛けのような答えだ。

そもそも彼は二度に渡って掛けられた誘いに対して拒む言葉を最初に告げた。それが意味するのは、前者を受け入れるという形になるはずだ。

なのに彼の言葉は最初に口にしたものすら否定する言葉。だから意味が分からない……その手の平を返したかのような言葉の意味が。

そのため首を傾げるしかない二人。そんな彼女らの様子から疑問を察し、苦笑しながらも言葉を続ける。

 

「守る者として、大切な人を誰も傷つけたくないなら傷つかぬよう守ればいい。答えを選ぶ必要が無いというのはそれが大きな理由になるが、もちろんこれだけなら君たちに組しても出来る事だろう。だが、リースやシェリスの事を考えるなら、現状ではノーとしか答えられない。この子やこの子の妹であるシェリスにとって君たちに組するという事は父親の研究とやらに対して再び見て見ぬ振りをさせる事になる……それは結果的にまた、本当の心を閉ざしてしまう事になりかねない。だから、俺はそういった部分も含めて守り抜きたい……そしてその思いがあるからこそ、現状では誘いを受け入れる事は出来ないんだ」

 

《そんな事、出来るわけありません。恭也さんにとって大切な人というのが何人いるのか分かりませんけど、誰かを守ろうとすれば必ず誰かが傷つきます。全てを守るなんて欲張りな考えが罷り通るほど、世界は優しく出来てはいないんです》

 

「そうかもしれないな……だが、為そうとしなければ何も始まらない。どんなに欲張りでも、どんなに愚かでも、俺はこの考えを貫き通す……例え俺自身が、命を落とす事になったとしても」

 

自分の命に代えてもなんて言葉を口にする者は今までも見てきた。同時に手の平を返した者たちも、多く見てきている。

結局、人は我が身が一番可愛い。しょうがない事であるとしても、そういった部分はその言葉すらも信じられなくさせた。

特殊な境遇であるアドルファたちを除いた他の人たちが、その言葉を口にしただけで信用できなくなってしまうくらい。

だが、不思議と今は違う。目の前の彼が同一の言葉を発したにも関わらず、なぜか自分を信じさせてしまうくらいの説得力があった。

何でだろうか……その言葉を信用できない自分が何で、仲間じゃない恭也の口にするものに限って、信じられてしまうのだろうか。

その言葉が口に出されてから呆然と考えていたその疑問。だが、それは目線を完全に合わせたとき、答えとなって頭をよぎる。

 

(似てる…………初めて私の事を守るって言ってくれたときの、アルに)

 

カルラの記憶の中に根付いている昔のアドルファ。意地悪だけど、誰もに優しかったときの彼女。

彼はそのときの彼女に似ている。そして似ているからこそ、もしかしたらなどと考えてしまう。

彼なら、彼女の本来の優しさを取り戻してくれるかもしれないなどと、諦めかけていた期待を抱いてしまう。

そう思ってしまうと自分の内から湧き上がってくる感情を抑えられず、抱いてしまった期待から――――

 

 

 

 

 

《分かりました……貴方達の脱走に、協力します》

 

――自分でも驚くくらい迷いなく、協力の申し出を承諾してしまった。

 

 

 

 

 

いきなりの回答だったからか、それとも承諾されたのが予想外だったのか、二人は驚きを露わにしていた。

そして驚きの次に浮かべた感情は疑念。だけどいきなり過ぎたから、カルラ自身疑念を持ってもしょうがないと思っている。

だから二人の疑念を払うべく、信用してもらうべく、精一杯の笑みを浮かべて告げる。

 

《私は恭也さんやリースを謀るつもりはありません……その証拠に一つだけ、脱走するに当たってお二人に有益となる情報を提供させてもらいます》

 

「有益な、情報?」

 

《うん……よく聞いておいてね? これはたぶん、お二人の問題視してる事の一つを解決する情報になると思うから》

 

疑念を打ち払うべく提供するといった情報。それは彼女の言葉を信じるのなら、問題のどれかを解決するらしい。

それ故に興味を惹きつけ、二人は再度居住まいと正して彼女が語ろうとしている情報とやらに耳を傾ける。

その様子を確認したカルラは自身も笑みを納めて真剣な表情を浮かべ――――

 

 

 

 

 

――その情報を、彼らへと差し出した。

 

 


あとがき

 

 

協力しようと考えさせたのは恭也の語った事。そして思い出させてくれた、昔のアドルファの面影。

【咲】 取り繕った無理のある優しさじゃない。本来持っている優しさを引き出せていた、純粋な頃のアドルファ。

今では己たちの境遇が、何よりカルラを助けたいという思いが、彼女から本当の優しさを奪ってしまった。

【咲】 だけど諦めかけていた期待は蘇る。あの頃の彼女と酷似した瞳を持つ、恭也という存在によって。

彼なら、もしかしたら……そう思ってしまった彼女は期待を言葉に変え、止まっていた時計の針を再び動かす。

【咲】 こうする事でアドルファが優しさを取り戻し、自分たちの境遇に皆が怯える事も無くなるという未来が訪れる事を信じて。

魔法少女リリカルなのはB.N、二章第三十一話、『全て動き出す時へと向けて……』を。

【咲】 お楽しみに♪

 

 

とまあ、久しぶりに予告風味でやってみたわけだが。

【咲】 確かに久々だったわねぇ。

ま、気分転換にはなったね。てなわけでようやく、次回から事態が大きく動く……かもしれない。

【咲】 かもしれないって何よ?

いや、次回が終わったらなのはたち管理局側の話だからさ。

【咲】 ああ、そういう事ね。つまり、恭也&リース側のこちらは次回で終わりという事でしょ?

終わりというか、厳密にはなのはたち側が終わる事で両サイド複合の話になるだけなんだけどね。

【咲】 ま、どっち道、二章の終わりが近いのは確かよね。

まあね。ともあれ、今回はカルラが協力を承諾するという話だったわけだが……。

【咲】 意外っちゃ意外よね。少しでも悩むかと思いきや、三つほど聞いた矢先に承諾するんだもの。

確かにね。でも、それもある意味仕方ないのだよ……昔を思い出させてくれた彼ならと思ってしまったからさ。

【咲】 というか、カルラって昔の事に対して凄い執着してるわよね。

それは仕方ないよ。昔と違ってアドルファも、それ以外の面子も変わってしまったんだから。

【咲】 それほど昔と今じゃ違うわけ?

表面上だけ見れば同じだろうね。でも、根本的な部分では違ってくる……付き合いが長いから、カルラにはそこが分かるんだよ。

【咲】 ふぅん……それでカルラは昔の皆が好きだったから、昔に戻って欲しいって思ってるわけね。

そういう事だね。もっとも、彼女はその考えを抱いても、彼らには告げないのだけどね。

【咲】 何でよ?

今言ったってどうにもならないからだよ。口で話してどうにもならないのは、アドルファとカルラの口論でわかるだろ?

【咲】 まあ、言い負かされてたしねぇ。

彼女や、彼女たちの意識を変えさせるには生半可じゃ無理。だけど可能性を持つ彼らなら、それが出来るかもしれない。

だからこそ今は伝えず、説得するのに見合うだけの力を付けるまではと考えてるわけだよ。

【咲】 確かに口だけじゃなく腕もなければ意味がない場合もあるけど……それなら協力せずに組織に無理矢理引き入れても良かったんじゃない?

カルラ自身、無理矢理引き込むのはしたくないんだよ。それに無理矢理でも組織に入れば、彼女らの境遇とやらを知る事になってしまう。

そうなると彼の意思に迷いが生じてしまう可能性があった。だから組織に引き入れないほうがいいと判断したんだ。

【咲】 引き入れようとして、だけど恭也の言葉を聞いたら止めた方がいいと思ってしまった。ある意味、勝手な考えよね。

まあ、それは確かにそうだね。でも、その勝手な考えとやらに縋るのが最善の策だというのも確かではある。

【咲】 まあねぇ……でもさ、冒頭の方で何やらそれを邪魔しようとしてる思惑がちらほら見えるんだけど?

そこの辺はまあ、後々分かるよ……てなわけで今回はこの辺にて!!

【咲】 また次回も見てくださいね♪

では〜ノシ




恭也の人柄のお蔭か、アドルファとの過去のお蔭か。
美姫 「その両方でしょうね」
ともあれ、こうして協力者を得た訳か。
カルラが語る情報と言うのは、多分なのはたちの事だと思うけれど。
美姫 「さてさて、どうかしら」
まあ、無事に協力者も得た事で恭也たちもいよいよ行動開始かな。
美姫 「一体、どうなるのかしらね」
いやー、続きが気になるな〜。
美姫 「次回も待ってますね」
ではでは。



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