カルラが退室した後、部屋に残された恭也とリースの二人は彼女がいなくなったのを機に話し合いを始めた。
題目とは言わずもがな、脱走について。今まで二人で集めた情報を整理しつつ、その情報から脱走の手順を組む。
その話し合いの中で恭也は脱走とは関係なくも、一つだけ話しておかなければならない事があった。
だが、話してみようと決めたものの、いざ話すとなると迷いが生じる。それは答えが、あまりにも分かり切っている故。
だけど話さないわけにはいかないのも事実。これは恭也だけの問題ではなく、リースの問題ともなるだから。
それ故に彼は迷いを生じさせながらも話した。ラーレから告げられた、組織に入らないかという問いについての事を。
「…………」
内容を聞くや否や拒否を示すかと思いきや、リースは考え込むような仕草を見せ出す。
有無を言わさず答えが返ってくると思っていた故に恭也は少しばかり驚くも、とりあえず黙して返答を待った。
だが、彼女が考え込み始めてから約一分後にようやく開かれた口からは、返答ではなく問いで返す形の言葉が放たれた。
「それに関して……恭也自身は、どうしたいの?」
「俺、自身……?」
「うん。私がここから逃げたいって意思があるのを恭也も知ってるわけだから、本来ならこれは即答で拒否しなきゃいけない質問。でも、それをすぐに返さず保留にして、わざわざ私に相談してきたって事は、恭也自身に何か思う所があったから……違うかな?」
「……そうかも、しれないな。それが何のかはまだよく分からんが」
「じゃあ考えてよ……あの人たちに対して何がそんなに気になるのかをね。それが分からない限り、恭也の意思は明確に伝わらないし、私も返答しようがないよ」
答えなど決まり切っている事を敢えて悩むのは、何かしら思うところがあるからと考えるのが自然。
だからリースは自分の意思を考慮して考えるのではなく、彼個人として考えた場合、どうしたいと思うのかを聞きたかった。
自分に尋ねる前にそれなりに悩んだのだろうという事は分かる。その末で、リースの意見も踏まえて考えようという結論に達した事も。
でも、彼の答えは半疑問形のもの。何か思う所があると分かっていながらも、それが何なのかが自分でも分かっていない。
これではどうしたいのかなどとは聞きようがない。故にこそ、早急な言い方だと自覚しつつも、彼に考えさせようとする言葉を投げた。
(俺は、何がそんなに気になるんだ? 確かに接する機会が多かった人もいるが、結局はあくまで敵同士でしかない……なのに、どうしてここまで気に掛かるんだ?)
一番接する機会が多かったのはカルラ、次に遭遇率の高かったアドルファ。だけど接する機会が多かったにしろ、思い出しても気になる部分が思い浮かばない。
ラーレから告げられた一言がこんな事を考えてしまう切っ掛けになったのは分かるが、悩んでしまうほど気に掛かる部分がどうしても無い。
あったとすればカルラが口を利けないという事実を話したときくらいな程度。しかしそれも、言っては難だがどうしても気に掛かるとは言えない。
だとしたら一体何が……そんな思考をただ黙して頭に巡らせたせいか、若干の沈黙が部屋を包み込み、そのしばしの後にリースが小さく溜息をついた。
「やっぱりいいや、今すぐ答えを出さなくても。私にも関係ない事じゃないから早めに答えを出してほしかったけど、下手に悩ませると逆に浮かばなそうだもん」
「むぅ……」
「ただ、だからってここから逃げるのを遅らせる気はないからね。 だから、もし直接返事を返したいと思うなら、なるべく早めに答えは出しておいてね?」
「分かった……にしても、今のやり取りを思い起こしてみるとどっちが年上か分からなくなるな」
実際の歳はリースより断然上ではあるが、物の考え方や時折見せる真面目な口調は年上を相手してる気にさせる。
シェリスのような妹を持った事が原因の大半であるのは良く分かっている。だが、それでも自然と口からその言葉が出てしまっていた。
女に限った事ではないだろうが、多くの場合は歳を聞かれたり年上に見られる事を良く思わないという事は一応礼儀の一つとして知っている。
加えてリースも普通より小柄とはいえ、年頃の女の子だ。こんな事を言われたら不快に思うか、もしくは怒りだすのではないだろうか。
発言した瞬間にしまったなと思い、不快に思ったり怒ったりしているなら謝ろうと思い彼女を見たが、視界に映った彼女は反して呆れ顔であった。
「そう思うなら、もっといつもみたいにしっかりしてね。こんな状況下なんだから、ぶっちゃけ恭也だけが頼りなんだしさ」
「……肝に銘じておく」
呆れ顔で言ってくる故、そう返事を返すも内心では気にした風がない事に若干ホッとしていた。
そして恭也の返事を聞いて満足したように頷いたリースは立ち上がり、部屋の隅にある机の引き出しを漁りだす。
一応ここに来たときから置いてある机だが、恭也自身は一切構ってない。それ故、リースが何を出そうとしているのかは分かりかねる。
だから聞いてみるため口を開こうとするも、その矢先に引き出しから白紙らしい一枚の紙とペンを取り出し、トコトコと戻ってきた。
「……それは?」
「ふえ? 何って、ただの何にも書いてない白紙とペンだよ?」
「……それを一体何に使うんだ?」
「そんなの、これから練ろうとしてる脱走のための手順を書いとくために決まってるじゃん。こういった事は忘れたら意味がないんだから、ちゃんと紙に記しておかないとね♪」
ペンを紙を持つ手に持ちかえ、ブイサインをしてくるリース。その様子ははっきり言ってさっきまでとは異なり、子供っぽい仕草。
自分より年上っぽいところを見せたかと思えばそんな仕草を見せるものだから、微笑ましく思いつつも若干呆れる恭也だった。
魔法少女リリカルなのはB.N
【第二章】第二十九話 止められない目論みは誰がために
急遽行われる事となったシェリスのデバイス化。最初こそ、まだ危険だとジェドは反対の意を示した。
だが、このままでは計画に加えて研究も破綻するという一言には意思を変えざるを得ず、結果として行われる事となった。
そして眠るシェリスをベッドに横たわらせ、下準備であるリンク率の確認とデータの調整、器の図面の見直し等を行い始める。
調べた結果、リンク率は多少低い87%。本当ならもう少し待った方がいい数値だが、言ってもどうにもならないのは分かっている。
だからリンク率で多少の危険を感知する分、他の下準備を入念に行う事で失敗の確率を若干でも減らそうと試みた。
ジェドの作業を最初は見ているだけだったアドルファもその意思を組み、自分も関係ない事じゃないからと手伝おうとした矢先――――
《失礼します……》
――部屋の扉が開かれ、念話による聞き慣れた声が二人の頭に響いた。
わざわざ念話で話す人物など、この艦にはカルラぐらい。だけど、彼女がここに来るのは結構珍しい。
そもそもカルラに限らず、ジェドの部屋に直接来るものなどアドルファぐらいで、彼に用事があっても言伝を頼むだけの場合が多い。
だからこそ珍しいのだが、珍しさによる驚きよりも何の用があったのかは知らないが、彼女に今この部屋に来られた事はアドルファにとって都合が悪さが先立つ。
カルラ自身が意識しているのかは分からないが、彼女は多少なりと恭也やリースに情が移っている。それ故、リースに関係するシェリスにもまた同じ。
シェリスのデバイス化そのものは前々からすると通達していた事だから良いのだが、それでも急遽行う事になったのはアドルファの独断に近い。
それを他の誰よりも、カルラだけには知られたくなかった。どの道知られる事にはなっても、行うとしている今だけはという思いがあった。
だけど偶然でしかなくも遭遇してしまったカルラの視線は横たわるシェリスに注がれ、今ではまるで睨むような視線を自身に向けている。
しばらく内密にしようという考えも、もう無理。何か言い訳をして誤魔化そうにも、またも珍しい明確な怒りを示す彼女の表情が口を開かせなかった。
《アル……これ、どういう事?》
声からも怒りが窺え、アドルファはバツが悪そうに顔を逸らす。対して、ジェドのほうが一体何なんだと首を傾げていた。
というのも、『蒼き夜』の面々を一応ながら纏めているのがアドルファなのだから、当然他の者にもこの事は言っていると思っていたからだ。
加えてアドルファの先の話にもそこに関しては触れていない。だから事情が若干呑み込めず、首を傾げるしかなかったのだ。
しかし、カルラの意識はそちらへは向かず、まるで彼の存在を無視するかのようにアドルファのみへと向けられていた。
《学習したって、前にアルは言ったよね? リースの件で逃げ出すなんて事になったから、今度は無理矢理にはしないって》
「……言ったっスね、確かに。だから、今回はちゃんと意思を確認して――――」
《そんなバレバレな嘘つかないで。意思を確認したんだったら、それで本人がデバイス化を望んだんだったら……何で今、シェリス本人の意識がないの? 意思なんて確認しないで、気絶させて無理矢理連れてきたからじゃないの?》
リースのときでも行ったデバイス化の段階を考えれば、カルラの言い分は正しかった。
デバイス化されるに当たって本人に眠ってもらうのは実際の心を取り出すとき。それ以外では起きていても構わない。
更に言えば三十分くらい前にシェリスと会っているカルラは彼女が眠そうにしてる様子など見なかった。若干気落ちはしていたが、いつも通り元気だったのを覚えている。
それを知っているから、現在意識を落としている理由がそれしか浮かばない。だからこそ、この言い分に関しては正しいのだ。
だが、他のはと聞かれれば唸らざるを得ない。前に実際言った事とはいえ、いちいち意思確認を行ってから犯罪など出来る訳がないのだから。
シェリスが父や姉と一緒にいたいと思っているのは本当。それこそずっと、永遠にと思っているのは確かな事なのだ。
だけどその気持ちは持っていてもジェドの研究や自分たちの計画を疑った段階で危うい。最悪、意思確認をしてもデバイス化を拒否する可能性が考えられる。
故にカルラの言い分に反してでも押し進めようとした。自分たちが行っているのはあくまで犯罪なのだから、意思確認なんて必要ないを言い聞かせて。
それでも誰にも知らせず即実行しようとしたのは、カルラの言い分を考えての事。彼女が拒否するのが目に見えていたから、黙っていたかっただけの事だ。
《答えてよ、アル……どうして、こんな事をするのかを》
だけど見つかってしまってはもうどうしようもない。下手な言い訳も嘘も、今のカルラは見抜いてしまうだろう。
伊達に長く付き合ってるわけではないのだから。そのためアドルファは小さく息をつき、ジェドの少し席を外すと告げる。
彼も今までの短い話し合いで大まかな事情を察してはいるも、帰ったらちゃんと説明しろと告げてそれを許可した。
許可が下りた事にアドルファは頷くとカルラの手を袖越しに取る。だが意図は分かっても、ここで話せばいいじゃないかと彼女は嫌がるような姿勢を見せた。
しかし、そんなカルラを制するように有無を言わさず連れて行き、二人はジェドとベットで眠るシェリスを残して部屋を後にした。
そして隣の隣に位置する空き部屋となっている部屋に赴き、扉を閉めると内側から鍵を掛け、カルラの手を離して背を向け、数秒の間を置いて短く告げた。
「ウチらの計画を破綻させないようにするには……こうするしかなかったんスよ、カルラ」
告げられた言葉に、カルラは驚かない。むしろ、そんな答えだろうとは彼女も察していたのだろう。
だからこそ抱く怒りの念が強くなり、睨みの視線を射抜くが如くより鋭くした。
《計画、計画って……それで一体何人の人の人生を壊してきたと思ってるの? それこそ償っても償い切れないぐらいの数の人を、殺してきてるんだよ?》
「……しょうがないじゃないっスか。ウチだって、本当なら好き好んで殺しなんてしたくないっス……でも、ウチらの計画を達成するためには――」
《また計画……計画だったら、殺してもいいの? 何の罪もない人を、私たちの身勝手で殺してもいいって言うの?》
「…………」
他者を傷つけたくないというのがカルラの信条。計画を実行する上では甘い考えであるも、それが彼女の良い所。
こんな部分を持つのも総じて優しい子だからなのだが、前からこういった事で融通の利かない部分がそれなりにあった。
これまではアドルファが説得して我慢させてきたから明確な拒否はなかった。だけど、シェリスにまでリースと同じやり方でしようとした事が我慢を決壊させたのだ。
加えて犯罪者じゃないという風に仮定すれば言い分は正しく、自分たちは犯罪者だからと反論しても若干興奮状態の彼女は聞かないだろう。
だから押し黙り、彼女の言いたいように言わせようとした。我慢してきた分をここで吐き出させ、後で冷静になってくれるのを待つ事にした。
《そんなのがアルの言う計画だって言うなら……もう私、計画そのものから降りる》
――その言葉が、放たれるまでは。
「な、何を言い出すんスか……そんなの、認められるわけないでしょう? 大体カルラが降りたら――」
《計画そのものの意味がなくなる、でしょ……別にそれでもいいよ、私は》
向けていた怒りの視線を悲しみの物へと変え、俯き気味になりながら言ってくる。
まさか、そんな返事が返ってくるとは思わなかった。計画の目的を理解している彼女が、そんな事を言うとは思わなかった。
だから絶句し、若干唖然としてしまう羽目となる。そして我に返っても、どう宥めていいのか分からなくなる。
《そもそも根本的に、私があんな事を願わなければよかったんだよ……そうしたら、皆が罪を背負う事だってなかった》
「それは、別にカルラが気負う必要はないっスよ」
《それこそ、無理だよ。あの一件で皆だってショックを受けてたはずなのに、私だけが身勝手な願いを皆に押しつけちゃったんだから》
考えが浮かばないながらも、どうにか宥めようとする。だけど、それは彼女により深い陰を落とさせる事にしかならない。
人一倍優しい人が一度負の感情を抱いたら止まらないように、今のカルラもどんどん思考が負の方向へと流されていっている。
だから発端は自分の身勝手な行動であっても、どうにかして宥めないといけない。そうでないと、本当の意味で計画は破綻する。
それ故に未だ宥めようが頭に浮かばないながらも、何も話さないのはむしろ不味いと考えて口を開こうとした。
《あの身勝手な願いがこんな事を招くなんて知ってたら、絶対に口になんてしなかった。ううん……むしろあのとき、私も消えるべきだったんだよ》
だが、またも開こうとした口は閉ざされる。先ほどと同じく、想像もしなかった言葉が彼女より放たれたから。
だけど先ほどと違って動揺したりはしない。正確に言えば、動揺の余地を挟まないほど怒りという念がアドルファにまで伸し上がってきた。
《あのとき消えた何万の命と一緒に、私の目の前で失われたあの子供たちと一緒に、私自身も――》
「っ――カルラ!!」
その一言を切っ掛けとして決壊した怒りの枷は怒鳴り声となり、カルラへと放たれる。
それにカルラはビクンッと肩を震わせながら言葉を止め、ゆっくりと目の前で背を向けていたはずのアドルファへと顔を上げる。
するとその先にいた彼女はすでにこちらへと顔を向けており、今まで向けられた事もなかった怒りの表情を向けられていた。
「それ以上言ったら、本気で怒るっスよ? 他に何を言ったとしても、それを口にする事はウチだけじゃなく、他のに対しても冒涜になるっスからね」
《……でも、私は本当にそう思ってる。それがアルたちの今までの行いを無下にする事だとしても……私はあのとき――》
再び言おうとした言葉もまた遮られた。今度はパンッと音を響かせ、頬を平手で叩かれる事で。
一瞬だけ何をされたのか理解できなかった。だけど、ジンジンと痛み始める頬の感触で叩かれたのだと自覚する。
そして再度叩かれた事で逸らされた視線を元に戻すとそこには先ほど以上に怒りと、それ以上の悲しみを感じさせる顔を向ける彼女の姿があった。
「カルラは、ウチらが何のために計画を進めてきたか本当に理解してるんスか? 多くの人を殺し、管理局から犯罪者と認定されても、止まる事無く押し進めてきた理由を……」
《…………》
「確かに『剣』と『盾』は必要なものスから、それも計画にあるっス。でも、今一度言わせてもらえば……本当にウチらが望むのはただ一つ――――」
「カルラに生きていて欲しい……ただそれだけのために、ウチも皆もどんな事にでも手を染めてきたんスよ?」
そう言って彼女は態度を一転させ、彼女の前にしゃがみこんで華奢に思える身体を抱き締める。
対するカルラも抵抗は一切しなかった。いやむしろ、抵抗する気そのものが今の彼女にはなかったと言ってもいい。
それは嬉しかったからとかいう理由ではなく、罪悪感が強かったから。改めて理由を聞いて、やっぱり全て自分のせいだったのだと。
罪悪感からそんな考えを抱いてしまうから、抵抗もなく無気力。ただ、為すがままに抱き締められるしかなかった。
そんな彼女を抱き締めた状態から解放し、内心を悟る。そして途端により悲しげな笑みを浮かべ、静かに告げる。
「今すぐ、分かってくれとは言わないっス。カルラは優しすぎるから、他人を犠牲にするよりなんて思うくらい優しいから……たぶん今はまだ、分かるなんて無理でしょう。でも、自分が消える事になっても計画から降りるなんて、言わないで欲しいっス。貴方の優しさが、ウチたちにも向けられるのなら……」
諭すような静かな口調でそれだけを告げると一度だけ頭を撫で、ゆっくりと立ち上がって彼女の横を通り過ぎる。
おそらく今は、下手に励ますべきじゃないと思って。一人になりたいだろうと考えて……彼女のみを残し、部屋を出て行った。
だけど彼女のそんな気遣いはむしろ、今のカルラにとっては痛かった。罪悪感がより募り、胸が軋むように痛かった。
自分で自分の優しさを自覚するしてはいないも、彼女はアドルファたちの事だって大事に思っている。彼女たちも、カルラの事を大事だと思っている。
昔からずっと、それは変わる事がない。でも、今はそれが辛い……大事に思われているからこそ、彼女たちはこんな計画を実行してしまったのだから。
そして大事に思っているからこそ、止めないで欲しい、計画から降りないで欲しいという言葉に、彼女は否定の言葉を返す事が出来なかった。
大切に思われているから、大切に思っているから。カルラが悔やむ過去の出来事よりも、もしかしたらこれこそがこんな事になった理由なのかもしれない。
そう考えてしまった途端、胸の痛みは更に強くなる。そして次第にそれは我慢できる範囲を越え――――
――静かに、涙を流してしまう事となった。
白紙の紙を床に置き、ペンを右手に持ちながらリースは恭也と脱走の手立てを相談していた。
恭也が見てきた事や聞いて事、リースの見てきた事や聞いた事。これらを整理した文を紙の上のほうに書き記す。
そしてそれを見ながら使える事がないかと話し合い、浮かんだ策を漏らす事無く一つ一つ紙の下へと書き、最後に纏める。
こうする事によってちゃんとした計画を立てようと二人は奮闘していた。だが、始める前から薄々分かってはいたが、簡単にはいかない。
というのも、二人で集めた情報には有力なものも多数含まれてはいたのだが、それを使って組んでも必ず穴が出来てしまうのだ。
作戦を練り始めてから一時間近く経った今でもそれは続いており、没となった策の書いてある紙はすでに十枚を超えていた。
「んっと……まず最初にやらないといけないのは、艦を覆うシールドの解除。ブリッジは人がいるだろうから、これを行う手段としては動力室の近くにあるらしい操作室でシールドへの魔力供給を遮断するのが最も有力、と。で、この一番最初の段階で問題となってくるのは……操作室がどこにあるのかを知る事、だっけ?」
「それとどのように操作したら魔力供給を遮断出来るか、だな。これに関しては誰かに聞くのが一番確実なんだが……」
「無理っぽいよねぇ。シェリスはさすがに知らないだろうし、かといって他の人に聞こうものならこっちの企んでる事がバレちゃうしね」
カルラに話してしまった時点でバレてるのでは?と疑問に思わなくもないが、そこはとりあえず口にしなかった。
そして結局大したアイディアも出ぬままにここは後回しとなり、次の段階の内容と問題点を確認する事にした。
「シールド解除の次は、通信室を確保してアースラに通信を入れる。現在地やアースラの位置が分からないから長距離通信になるかもしれないけど、通信専門の部屋だから問題は無し。ただ、ここでも根本的な問題として通信を行うやり方を知らないといけないんだよね」
「そうだな。それにあちら側に通信を入れたとしても、艦内に侵入出来なければ意味がない」
「だね。こちらの転送装置とあちらの転送装置を接続さえ出来ればいいんだけど、ロックが掛けられてるから扱い方が分かっても無理だし」
「ふむ……やはり、誰か協力者を作らないといけないかもしれんな」
恭也のこの発言は現状では無い物強請りと言っても過言ではないため、とりあえずリースはスルーした。
そこから続けて三つ目の段階……要するに脱走作戦に於いての最終段階についてへと移る。
「その次……つまり最後となる段階では、シェリスを探し出して一緒にアースラ側から救援に来た人と合流。その後に転送装置を使い、艦から脱出して作戦完了!」
「ジェドさんやアドルファたちに関してはどうするんだ?」
「そこはあっちが考えるでしょうけど、十中八九これを機に逮捕しようと考えるんじゃないかな。まあとりあえず、それとは別に私たちはここから脱出する事だけに専念! オッケー?」
「ああ。ただまあ……やはりというか、協力者が必要になるだろうけどな」
「うぅ……二度も言わなくても分かってるよぉ」
無い物強請りでも確かに必要不可欠だと言える事実をまたも突き付けられ、ちょっとしょげるリース。
だが、これを考えないといけないわけにもいかず、今まで話した事と問題点を整理する。
「……じゃあ、今立てた作戦の問題点は操作室の場所と操作盤の使い方、それと通信のやり方と転送装置のロック解除のパスワード。で、これらの問題点を総じて私たちに必要なのは……」
「それら全てを知る人を協力者にする事、だな」
「だね――って、そんな都合の良い人がいるわけないにゃあぁぁぁ!!」
叫びつつペンを床に叩きつけるリース。語尾が猫語になっている事から、若干キレているのがよく分かる。
だが、彼女が怒るのも分かる。それほど恭也が結論として提示した物は無理難題だと言っても過言ではないのだ。
そもそもこの敵のアジトとも言える艦の真っ只中で脱走などと口にするのも宜しくないのに、それを手伝えなど言えるはずがない。
だから提示された物には暗黙の条件として、声を掛ける人数が限られるというものが付く。数にして挙げれば、二〜三人程度が限界だろう。
こんな少ない数しか声を掛けられなくて、尚且つその条件に見合う人物を味方に付ける。こんなもの、成功させろというほうが無理に等しいというものだ。
それ故に先ほどから結論を口にするのをリースは避けていたが結局恭也言ってしまい、現実を受け止めざるを得ずに八つ当たり気味でキレたのだ。
しかしまあ、現実を受け入れたのならキレ続けてるわけにもいかず、放置してからしばしして静まったリースはうんうんと唸り出した。
「それだけ条件が多いと複数の人に協力を仰いだ方が確実だけど、一人でも難しいのに二人も三人もなんてまず無理だよねぇ……」
「そうだな。かといって一人だけと限定しても、それだけの情報を持つ人物は……まあ、いないわけではないがかなり限られてくるな」
「む〜、それはそうだけど……それでも実質いないようなもんじゃん。心当たりのある人たちのほとんどはこの一件の発端者なんだし」
「まあ、な。だが、彼ら以外で探そうとしたらそれこそ無理難題だ。俺は詳しく知ってるわけじゃないが、この艦に乗っている人は彼らを抜かしてもかなり多いんだろ?」
「多いでしょうねぇ……私も全員は知らないから断言は出来ないけど、それでも四〜五十はいるんじゃない?」
「……となるとかなり難題ではあるが、やはり彼らの中からが妥当なんだろうな」
恭也が言う彼らとはジェド・アグエイアスと『蒼き夜』のメンバーであるアドルファ、カルラ、ギーゼルベルト、ラーレといったところ。
他にもう二人、ヒルデブルクとライムントという人物がいるのはいるが、この二人は直接会った事がないため除外している。
ただそれでも今挙げた人物たちは、例の条件に当てはまる可能性が極めて高く、内一人でも協力者に出来たら作戦の成功はほぼ確実。
しかし前提である協力してもらうというものの段階で可能性がかなり低い。それこそ先ほどのリースの言葉通り、都合の良い話と言えるくらい。
だが、如何に都合の良い事柄であっても為すしかないのも事実。それ故、誰が一番引き込みやすいかを二人で考えるも、結論は存外に早く出た。
「カルラ、かなぁ……あの中で選ぶとなると」
「そう、だな。むしろ、彼女以外では引き込もうとして話すだけ状況を悪化させかねないしな」
ここに来てから特に接する機会の多かったカルラ。彼女なら、もしかしたらという可能性も考えられないわけじゃない。
だけど当然、彼女のとある部分がネックとなる。それはずばり、彼女は仲間を大事にする気持ちが強いという部分。
リースにしても恭也にしても、彼女の言動を思い返してみれば仲間がどうのという発言が脳内に多々掘り起こされる。
それは怒られる事や命令違反による制裁を恐れているからじゃない。彼女自身、本気で本心から迷惑を掛けたくないという思いがあるのだ。
これをどうにかしない限り、彼女を引き入れるのは実質不可能。更に言えば、安易な策を取ろうとしたら逆に状況悪化の可能性有りである。
「ん〜……カルラの責任にならないようにするって言ってみようか? 例えば、手伝うだけ手伝ってもらった所で気付かれないようにすぐ別れるとか」
「ふむ……しかし手伝ってもらう箇所は転送装置のロック解除までだろう? なら、実質脱出するまで手伝ってもらう羽目になるから、それは難しいんじゃないか?」
「そうでもないよ。ロックの解除自体はたぶん動力室の近くにある操作室とやらで出来ると思うし」
「そうなのか?」
「動力専用の操作室じゃなければ、ね」
「なるほど……ただ、もしそこで操作出来たとしても、やはり難しいだろうな。おそらく彼女が考えているのは自身の保身ではないだろうから」
先も言ったとおり、彼女の性格や言動を考えると恐れているのは自身の身ではなく、仲間に迷惑を掛ける事。
例えリースの言ったような提案を持ち掛けたとしても、自身の保身を考えていないのならいくら穴が無くても拒否するだろう。
恭也の一言であっと声を上げてそれを思い出し、リースは再び唸りだす。他に何か、良い案と呼べる物はないものかと。
だが、結局二人して悩んでも名案など浮かぶ事もなく、いい加減ジッと考え続ける事にイライラし出したリースは――――
「もういいや。どうせ考えても良い案なんて浮かばないんだから、こうなったら当たって砕けろ作戦で!」
――考える事を放棄し、呆れしか浮かばないような提案を口にした。
「……それはさすがにどうかと思うのだが」
「ぶ〜、なら恭也には他に何か良い案があるの?」
そう言われると若干言葉に詰まってしまう。恭也としても、リースと同じように良い案など未だ思い浮かんでいないのだから。
故にこの言葉には首を横に振る事でしか返せず、それに対してリースはそれ見ろと言わんばかりの顔を浮かべた。
「ほら、恭也だって何も浮かばないんじゃん。だから結局さぁ、あの子を良い感じに丸めこむなんて無理なんだって」
「だからといって直球で聞くのも不味いだろ。もし仮に彼女に断られたとしたらどうする気だ?」
「そこはほら……私たちが不利にならない程度に魔法で記憶操作するとか」
どっちが悪者なのか分からなくなる発言であるためか、恭也も小さく溜息をつくしかなかった。
実際、記憶操作魔法は簡単なものではないにしろ、種類としては知られている物の一つである。
ただ人道に反する魔法であるためか、基本的に管理局が定めた法によって研究も行使も禁止されているのだ。
さすがに聞いたわけでもないからそこまで知っているわけではないが、少なくとも宜しくない手段だというのは思っている。
そのため、これには恭也も溜息をついた後に悩む事もせず、そんな方法は駄目だとリースを窘めた。
それに彼女はしぶしぶと言った感じで頷くも直球勝負を諦めたわけではなく、失敗した場合の別の案を考え始める。
しかし結局、直球勝負にするにしても別の策を考えるにしても、良案と言える答えが浮かぶ事もなく、ただ時間だけが過ぎていった。
あとがき
今回は恭也とリースの作戦会議、及び『蒼き夜』の目的の一端をお届けいたしました。
【咲】 作戦会議って言っても、結局すぐに実行できるような案は出なかったわね。
仕方ないよ。簡単に良い案が出るようならとっくの昔に脱出してるだろうしさ。
【咲】 まあ、ねぇ。カルラを協力者として引き込もうっていう結論が出ただけマシなのかしらね。
だろうね。ただまあ、どうやって彼女を引き込むかという大きな問題が浮上してるわけだけどな。
【咲】 現状で一番に挙がってる解決策が直球勝負だものねぇ。でも、やってみたらもしかしたら成功するかもしれないわね。
その心は?
【咲】 今回の話で出てるけど、『蒼き夜』の目的とカルラ自身の間に僅かに亀裂が生じてるからよ。
ふむ、目的との間っていうのは少し違うけど、良い分は良い線いってるね。
【咲】 で、実際のところどうなのよ?
それはいつも通り、後々の展開をお楽しみにという事で。
【咲】 ほんとにいつも通りねぇ。ていうかさ、こんな状況でよくゲームなんか出来たわね。
それはまあ、カルラも組織の一員という事だよ。どんな事があったにしろ、目的のために行動しなければならないとね。
【咲】 あの後でそう考えて割り切れるのもある意味凄いわよね。
確かにね。もっとも、当たり前の事だが完全に割り切ったわけではないんだけどね。
【咲】 それまあ、そうでしょうねぇ……ところで話が若干変わるけど、組織の目的がカルラを生かす事ってどういう事?
そのまんまだよ。全てというわけじゃないけど、全体目的の最終到達点の中にはカルラの生存というのがあるというだけ。
【咲】 そうじゃなくて……今現状で口が利けない事を覗いたら元気そのものなのに、どうしてそんな事を目的として掲げてるのかを聞いてるのよ。
ふむぅ……それはまあ簡単に言っちゃえば、彼女らの過去と存在、そして今は明かせない彼女らが抱えてるものが大きな理由だな。
【咲】 過去と存在っていうのも気になるけど、その今は明かせないものって何よ?
今は明かせないって言ってるものをここで明かすわけにはいかんべ?
【咲】 ケチね。
ケチで結構。まあ、これに関しては明かす時期もかなり先だから、今は頭の片隅にでも追いやっておいてくれ。
【咲】 はいはい……じゃ、今回はこの辺でね♪
また次回会いましょう!!
【咲】 じゃ、ばいば〜い♪
今回、目的の大きなものが見えたな。
美姫 「そうよね。何でそうなのか、というのはまだ分からないけれど」
うんうん。しかし、この二人は頭を使うのが苦手なのか。
美姫 「と言うよりも、条件が難しすぎるのよ」
まあ、確かにそうかもしれないが。本当に直球勝負に出るんだろうか。
美姫 「でも、確かに今の所それ以外に手がないようにも見えるわよね」
くぅぅ、今後の展開が待ち遠しいな。
美姫 「ええ。次回も待ってますね」
待ってます。