鍵の開く電子音が響き、恭也の動揺は更に強いものとなる。

だが、そこからどうにかしようにもリースが動かず、加えてもし動いたとしてもどうにかする方法が思い付かない。

ある種、絶対絶命のピンチ。しかしそんな状況下でも彼は諦めず、この状況で事なきを得るための方法を必死に考える。

しかし運命とは残酷なものなのか……彼が考えを巡らせ始めたのとほぼ同時に鍵の開いた扉が開き、声の主が内部へと入ってきた。

 

「おろろ……恭也さんに、リースちゃんじゃないっスか。こんな所で何してるんスか、鍵まで掛けて?」

 

内部に入ってきた声の主――アドルファは二人の姿を視界に捉えるや否や、首を傾げてなぜここにと理由を尋ねる。

その表情から察して、ここにいる事自体を咎める気はない様子。というかそもそも、彼女にとって居ても不都合がないように窺える。

だけど、だからといって安心する事は出来ない。いる事は不都合じゃなくても、見られると不都合じゃないかと思えるものを見ていたのだから。

しかもそれは未だ画面に開きっぱなし。更に言えば今もリースは動かぬ故、消してもらおうにも出来ない状態。

安心どころか焦りは尚強まる一方。そしてそんな彼を更に追い詰めるかの如く、アドルファの視線が画面に向かってしまった。

そしてそこからしばしの静寂が室内を再び包み込む。リースは動かず、恭也は口が開けず、アドルファは画面に釘づけな状態のまま。

 

「あちゃ〜……何か様子が可笑しいと思ったら、これを見ちゃったんスか、お二人共」

 

「……見るつもりはなかったんだが……まあその、成り行きでな」

 

静寂を破ったのはアドルファの一言。画面から目線を僅かにしたの落とし、失敗したというように額に手をやる。

その一言に対して彼もようやく口を開く事が出来るも、弁解するようで全く弁解になってない言葉を放つしか出来なかった。

だが、それで見逃してもらえるほど軽い事態ではない……彼女の様子から、何となくそこは察知できた。

事と次第によっては見てしまった自分らはただでは済まない。殺されるという事は何となくないとは思うが、それでも行動に制限が掛けられる可能性がある。

こうなると脱出するのにはかなり不利な状況へと陥る事になる。しかしそれに抗う術がない以上、言われたら甘んじてそれを受け入れるしかない。

しかしそんな考えから早くも制限をどの程度掛けられるのだろうかと考え始める彼に対して、彼女は再び開いた口から驚きの一言を口にした。

 

「まあ、見ちゃったもんは仕方ないっスね……元々、見られないように対策を取らなかったウチに非があるわけですし」

 

咎めたりこれからの行動に制限を掛けるなどという事は一切せず、たったその一言だけで締めくくる彼女。

予想だにしなかったその対応に恭也はしばし呆然としてしまう羽目となり、そんな彼にまた首を傾げながらも彼女はリースの横に移動する。

そしてその位置にて操作盤に手を伸ばし、カタカタとキーを叩いて画面に表示されているものを閉じる作業に掛かり始めた。

といってもその作業自体そんなに時間が掛かるものではなく、キーを叩き始めてから僅か数秒で全ての作業を終える。

そこからモニタ自体もう今日は使う予定がないためか、電源を落とす作業に掛かり始める。だが、キーを叩き始めてから大して経たず――――

 

 

 

 

「お父さんを、殺すの……?」

 

――今まで黙っていたリースからの不意なその一言にて、彼女の手はピタリと止まった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

魔法少女リリカルなのはB.N

 

【第二章】第二十五話 我儘娘と罰ゲーム、少女たちの探検記 前編

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

先ほども今までも、一度とてジェドを父と呼ばなかった彼女が、ここにきて初めて父と呼んだ。

それは彼女自身が意地を張り続けられないほど、画面に映し出されていた文章が彼女にとって堪えた証拠。

意地を張っていても、結局は父である事に変わりはない。自分にとって大好きだった、ただ一人の親なのだから。

だから、文を書いた本人が目の前にいる事で意地を張る事も忘れ、ただ彼女の口からそれが本当かどうかを聞きたいがために尋ねた。

対してその一言がリースから口にされた途端、操作盤を叩いていた指を止めるも、彼女の表情には驚きなどは浮かんでいない。

だからといっていつもの笑みもそこにはない。言ってしまえば、怖いほどの無表情……それがリースに、更なる不安と恐怖を与える。

しかし、無表情な顔で一度だけリースに視線を向けた後、彼女は一転していつもの笑みを浮かべ、告げた。

 

「まあ、潮時なんてちょっと紛らわしい言い方で書いたっスから、そう思うのも無理はないっスね。でも、ウチとしては今の現状で博士を手に掛ける気はないっスよ」

 

「そうなの……?」

 

「ええ。確かに博士はウチらと契約したときに言った依頼内容外の行動を最近は見せてる……ですけど、それはまだそこまでしなければならないほどの部分にまで至ってないっスからね」

 

「じゃあ、もし……もしアンタたちにとって知られたくない事を、知っちゃったら?」

 

「さあ、どうするんでしょうね? なるべく殺すという方向は避けたいっスけど、こればっかりはそのときになってみないと分からないっスよ」

 

知られなければ殺さない、知られたら知られたで対処法をそのときに考える。それがリースの問いに対する、答え。

内容的には殺す気はないように思えるが、彼がもし知ってしまったのなら分からない。殺して口封じというのも、対処法とやらに入っているだろうから。

でも、少しは安心できる部分もあった。まだ、今はまだ殺されない……彼女の言った事が事実なら、彼はまだ何も知らない状態だから。

だとすれば、何も知らない今説得しさえすれば……そこまで考えるも、リースは途端に首を横に振るう。

 

(何でアイツの心配なんか……もうアイツと私は肉体的にも精神的にも他人なんだから、そんなの必要ないよ)

 

デバイスとして生まれ変わってからは血の繋がりが無くなり、彼女の内心的には彼を父だとは思っていない。

ここにきてまたもそんな意地が芽生え、心配など必要ないと自分に言い張る。父でも何でもないアイツなんか、どうでもいいのだと。

そうやって本心を再び奥へと追いやり、さっきまでの自分の言動は映し出された文章を見て動転してたからだと自身に言い聞かせる。

そして二、三度小さく深呼吸をした後、彼女もいつもの表情へと戻り、椅子から飛び降りると恭也の手を取った。

 

「行こ、恭也!」

 

「あ、ああ……」

 

取った手を引きつつ言い、恭也は突然の変わりように戸惑いを浮かべながらも引かれるままに歩きだした。

それをアドルファは追う事も呼び止める事もなく、いつもの笑顔のまま小さく手を振って彼らが出ていくのを見送った。

 

「ふぅ……」

 

彼らが通信室から出て行った途端、笑みを消して小さく溜息。それと同時にリースの座っていた椅子に深く腰掛けた。

それからしばらく上を向き、天井をボーッと眺めた後、彼女は顔を再びモニタへと向けて操作盤へと手を置き、キーを叩き始める。

だけど先ほどと同じように電源を落としたくて叩いているわけじゃない。その証拠に電源が切れるどころか、画面は様々に移り変わっていた。

キーを叩く音に合わせて何かが映っては消え、映っては消えを繰り返し、そしてその繰り返しがようやく途絶えたとき、一つの映像がモニタに映し出されていた。

 

「子は親に似る……正にその言葉通りっスね。リースちゃんも、シェリスちゃんも……貴方と本当にそっくりっスよ」

 

いつのどこでかは分らないが、モニタに映し出されているのは森のある地域の上空。

そこで飛び交う二つの影。一つは薄紫色の髪に白い服、そして形状の変わった短剣を持つ女性……これはおそらく、彼女自身だろう。

そしてもう一つは、蒼色の長髪にコートのようなドレスのようなどっちつかずの防護服を纏い、右手に剣、左手に杖を持つ少女。

二つのその影は一筋の光に見えるほど凄まじく素早い動きで交差している。これから察すると、この二人は戦っているのだという事が分かる。

だけど、もしこの場にてその映像を見ている者が彼女以外にもいたとしたら、おそらくは驚きを隠せないといった表情を浮かべるだろう。

なぜなら、映像の中で得物を交え合うこの二人の実力は――――

 

 

 

 

 

――見た限り、均衡しているのが分かるから。

 

 

 

 

 

アドルファは決して弱くはない。むしろ管理局が危険視するぐらい、高い実力を持っている。

なのに映像上で彼女と戦う相手はそれを上回ってこそいないが、下回ってもいない。一進一退……その言葉が似合うほど、実力が均衡していた。

見た目からして、モニタに映る少女の年齢は恭也たちの住む世界で言うなら高校生くらい。数字にすれば十六前後といったところのもの。

そのくらいの年齢の魔導師がいないと言うわけじゃない。むしろ、管理局に所属している者を含めずとも数え切れないほどいると言えるかもしれない。

だけどアドルファ自身、自慢するわけではないが、並大抵の魔導師程度には負けない自信がある。必ず、絶対と言っていいくらいにだ。

その証拠に今までの人生を振り返っても負けた事など頭に浮かばない。あるとすれば、それは自身が仲間と呼ぶ『蒼き夜』の面々にだけだ。

それでさえも言ってしまえば指で数えられるほどしかない。なのに……なのにモニタに映る少女は、歳など感じさせないほどの戦いぶりを見せている。

彼女が手を抜いているようには見えない。それどころか、僅かに見えた戦っている最中の彼女の顔には、余裕の表情が一切なかった。

更に言えばどちらに於いても、若干の傷が見られる。これだけでも、彼女が相対する少女はその歳で相当な実力を保持しているのが確信できる光景だ。

しかし他の者ならともかく、この映像を見るアドルファの表情には笑みがあった。嬉しさの中に僅かな悲しみを含ませたような、笑みを。

 

「あのときの事が無く、今も貴方が生きていたのだとしたら……きっとウチの事を咎め、止めようとするんでしょうね。貴方と初めて会った、あのときのように……」

 

自分たちが彼女に対してしてしまった事。それにより彼女が命を落とし、二度と会う事は出来なくなった事。

彼女の言うあのときは少なからず、望んでそれを行った。そうしなければ、自分たちが目的とする事を遂行する事が出来なかったから。

だから彼女が命を落としたという事は、結果として彼女たちにとって良い事。でも、自身の心情にはあのときからずっと罪悪感が消えない。

なぜなら彼女が貴方と呼ぶ映像の女性は、初めて自分たちと向き合ってくれた人だから。初めて、自身らの気持ちを理解しようとした人だから。

加えて彼女がいなくなった事で、悲しむ人も出てしまった。その悲しみという感情を利用するために仕組んだ事でも、結局事実は変わらない。

それ故にあのときの事に関わった組織の面子の中で誰よりも、彼女と面識のあるアドルファは今でも後悔という念を抱き続けている。

後悔などしたところで意味がない……そんな風に言われようとも、後悔と罪悪感を抱き続ける。そしてそれを忘れないため、今もこの映像を残している。

所詮はその程度の事しか出来ないけれど、そんな些細な事でしか――――

 

 

 

 

 

――その人やその人の死を悲しむ人に対しての罪滅ぼしが、出来なかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

通信室から退室した後、恭也とリースは逃亡の手段を模索するため、いろいろと動き回った。

だが、結局その日はほとんど何の収穫もなく空振りとなり、捜索を切り上げた二人は宛がわれた自室へと戻り、疲れから眠りについた。

そしてしっかりと睡眠を取った翌朝、眼を覚ました二人の元へと既にお馴染みの人物となりつつある、カルラが朝食を持ってやってきた。

今回は二人用の朝食を用意してやってきたため揉める心配も一切なく、最近では珍しいちょうどいい感じの静かな中で朝食を取った。

それから三十分後、朝食を取り終えたリースは自分より早く食べ終えていた恭也に今日はどこを捜索しようかと相談を持ちかける。

しかしその話が浮上した直後、カルラがあの……と少し控え気味に声を上げ、二人が同時に顔を向けてきたのと同時にそれを告げた。

 

《今日は確か、一昨日のポーカーでの罰ゲームの日のはずなんですけど……》

 

「「む(あ)……」」

 

一昨日の艦内巡りのときに行われたポーカー。今日はそれに敗北した恭也とリースの罰ゲームの日。

昨日の事もあっていろいろとゴタゴタしていたから忘れていた二人も、彼女の言葉でやっとそれを思い出すに至る。

だが、どちらにしても気乗りはしないという表情。リースに至っては、気乗りしないどころかかなり嫌そうな顔を浮かべていた。

でもゲームを行い、負けてしまった以上は行かなければならないのが礼儀。それ故、気乗りしないながらも恭也は腰を上げた。

対してリースは立ち上がらず座ったまま。それに彼が行かないのかと問えば、自分は留守番してるなどという返答を返してきた。

確かに昨日カルラから聞いた話ではリースはいてもいなくてもどっちでも良い的な内容。だから、事実上は留守番してても問題はない。

しかし見た感じ、それを建前として逃げたというのが顔に出ている。だがそれはズルイからと無理矢理連れて行くのも大人げないため、何も言わず溜息をつく。

そして彼女らに背を向けて部屋から出ていく彼に対して揃って手を振りつつ見送り、彼が出ていくとリースは小さく伸びをする。

 

「ん〜……それじゃ、私もちょっと出よっかな。ここにいても暇なだけだし」

 

《……出掛けるの?》

 

「うん――って、何よその嫌そうな顔。私が一人で出掛けちゃいけないわけ?」

 

《そ、そういうわけじゃないけど……》

 

嫌な顔をしたくなるというのも、ある意味では仕方ない事だろう。

彼女が一人の場合でなくても彼らが出掛けるとき、カルラは付き添わないといけない。言っては何だが、監視という意味合いで。

ただ問題なのは恭也がおらず、彼女一人という部分にある。一度のみ彼女一人だけのときがあったが、そのときは正直散々だった。

恭也のいる部屋に辿り着くまでに勝手な行動ばかりするし、挙句は自分の言葉など聞かない。ある意味では、妹のシェリスより性質が悪い。

特にカルラは押しというものに弱いため、言いなりになるばかり。パスワード云々のときだって、あのまま続けば喋っていたかもしれない。

それ故に彼女はリースが苦手……嫌いではないが、非常に苦手だった。だから出掛けると言い出された途端、無意識にそんな顔が表に出てしまったというわけだ。

しかしまあ、どこにも行かずにここにいてとは結局言えず、立ち上がって部屋から出ていく彼女に付いて行くという選択肢しかなかった。

 

「昨日は通信室とか行ったけど、今日はどこに行こっかなぁ……ねえ、どっか良いとこない?」

 

《良いとこって言われても……例えばどんな場所だったら、リースは良いとこって思うの?》

 

「んっとね〜……まあ、簡単に言っちゃえば、私たちが脱走するのに有益だなって思える場所かな」

 

《……それを私に聞くのが間違いだと思う。そもそもそれって、普通は私には黙っておくべきことなんじゃ――――》

 

言い終わる前に彼女はリースによって頬を掴まれ、ギュッと抓られる。しかも、昨日のように手加減抜きでだ。

反論されたのがムカついたのだろうが、非常に理不尽。だがそれに対して文句も言えず、カルラは痛い痛いと叫ぶだけ。

その叫びを聞きつつ抓る事、三十秒。放された頬を赤くなったのではと思いつつ摩るカルラを余所に、リースは思考する。

カルラに聞くのが無理なら、自分で考えなければならない。どこを見ておけば後々有利に働くかという事についてを。

昨日赴いた通信室では脱走について有益ではなく、動揺を走らせるようなものではあったが、それでもそれなりの情報は手に入った。

だが昨日はそれを最後とし、それ以後から今日に至るまで収穫は通信室での一つのみ。しかも脱走に於いてで言えば、収穫はゼロと言っていい。

正直、このままでは脱走など夢のまた夢。それ故に今日こそは本当に有益だと思える物、もしくは情報を見つける……そう強く誓いつつ、思考を続けた。

頭に艦内の書く場所を思い浮かべ、昨日行った場所を削除していき、残る場所からより有益だと自身が思える場所を絞り込む。

そしてそれを歩きながら続け、僅かしてからようやくそれを絞り込む事ができ、結論が出るや否やカルラの長い袖を引き、歩く速度を早足にした。

 

《ちょ、ちょっとリース。どこに行く気なの、そんなに急いで?》

 

「そんなにって言うほど急いでるつもりないけど……まあ、どこかについては着けば分かるから、ひ・み・つ♪ あ、でも別に変な場所じゃないからその辺は安心していいよ」

 

そんな怖いほどの笑顔で告げられては安心など出来ない。むしろ、元々抱いていた嫌な予感を増長させるだけ。

しかし、何度も言うように大抵の場合カルラはリースに逆らえない。というより、アグエイアス姉妹のどちらにも逆らえない。

よって現状でも引かれる袖を放させる事も出来ず、部屋に戻って大人しくしてとも言えず、為すがままに引かれていくしかないのであった。

 

 

 

 

 

カルラを引っ張って歩き続けたリースが赴いたのは、昨日行った通信室のある第三区画。

だが、同じ第三区画でも向かったのは通信室ではない。実際に二人が赴いたのは、第三区画にある階段の前。

そこはカルラによる案内のときに説明を受けた、動力室へ続く階段。それは案内のとき、案内するような場所じゃないからと行かなかった所。

案内してないのにどうして迷わずここに来れたのか……などという疑問はこの際浮かばない。先の話を聞けば、模擬戦以後にしばらくうろついたとの事だから。

しかし、それに関しては疑問に思わないのだが、何で今この場所に来たのかという点については疑問に思わざるを得ない。

先ほどリースが言った内容からすれば、彼ら二人は逃亡を目論んでいる。だから通信室とか、転送装置のある区画ならまだ分かる。

だけど実際に来たのは、ある意味では艦の心臓部であると言える動力室。艦を破壊するなら頷けるが、逃亡するなら別に見なくてもいい場所。

もちろんカルラも組織の一員故、二人が逃亡しようとする事も艦を破壊しようとする事も許さない。しようとすれば、全力で彼らを止めに入るだろう。

でも、逃亡を明言していたとしても逃亡に関係ない場所を見ようとする意味が分からない。だから、先立っての対処の打ち方が現状では分からない。

それ故に今は彼女が何をしようとしてるのか正確に探る必要があるため、静観する。もっとも、言葉で聞いてもどうせ聞き出せないという思いが強いからというのもあるが。

ともあれ、そういうわけで現状では何も問わず、階段を下りていくリースの若干斜め後ろに付き、彼女も階段を下りていった。

階段を降り切ったその先には十字路があり、正面の通路の突き当りには扉がある。そして少し進んで左右の通路の先も見るとそこにも突き当りに扉。

ただ、見比べてみれば左右の通路先にある扉よりも正面の通路先の扉のほうが、見た感じでも厳重と言えるほど強固な作りをしている。

だからリースはその扉こそが動力室への扉だと思い、左右の通路には目もくれず、カルラを引き連れて真っ直ぐにその扉に向かい、前へと立った。

 

「ん〜、近くで見るとほんとに厳つい扉……開くのかな、これ」

 

《鍵が閉まってるから開かないよ。ほら、そこの取っ手の下のほうにあるでしょ?》

 

「……あ、ほんとだ」

 

視線を動かした先にある扉の取っ手。その下のほうには数字を入力するのであろうパネルが存在していた。

これはつまり、個別で鍵を持っているとかそういうのではなく、正しい数字を入力すれば誰でも入れる入力型の電子ロックだと示している。

だが、鍵を使用して開ける物ではないにしても、その扉のロックを解除する事が簡単であるという事ではない。

入力する数字が二桁とかなら、まだ適当に入れ続ければ解除できるかもしれない。でも、目の前にある鍵の桁数は十桁。

これでは適当に入れるという手段を取っても解除できるまでかなりの時間を有する。それ故、簡単であるとは決して言えなかった。

しかし知る人ぞ知る事だが、こういった物を前にしたときのリースは――――

 

 

 

「ま、分かんないものを考えても浮かばないんだから、試しに適当に入れてみよっかな」

 

――目の前の問題を楽観視する傾向があったりする。

 

 

 

桁数がいくつだろうが、考えても分からないなら物は試し。適当に入れてみればもしかしたら当たるかもしれない。

戦っているときやらは非常に物事をしっかり考えて行動するのだが、こういうその場ですぐに危険にならないだろうと思えるものにはそんな考え方。

彼女のこういった部分を知っているのは彼女の父であるジェドと実質彼女の世話をしていたアイラ、そして彼女がこうなってから一緒にいる頻度が多い恭也。

挙げるとするならその三人くらいなもの。つまり、この三人以外は彼女のこういった部分を知らず、幼いながらもしっかりした子という認識を持つ。

そういった認識を持つから、実際に彼女のこういう部分を目の当たりにすると呆れたり驚かれたりされる。それは隣にいるカルラとて、例外ではなかった。

 

《適当に入れても開かないと思うよ? 入力する数字が十桁なんだから、組み合わせのパターンが数え切れないほどあるし》

 

「そんなのやってみないと分かんないじゃん。ほら、運も実力のうちって言うし」

 

《……こういう場合で使う言葉じゃないんじゃないかな、それ》

 

カルラの突っ込みは軽く流し、ピッピッと電子音を立てつつ数字を入力するリース。

しかし、最初の入力は外れを意味するブザーがなり、彼女が入力した十桁の数字はリセットされた。

だけどそれに舌打ちするも諦める事無く二度目の入力を開始する。だが、それもやはりというか外れのブザーがなるという結果を招く。

これには最初の外れのときのような舌打ちだけでは済まず、苛立っていますと言わんばかりに爪先でトントンと僅かに地面を叩き始める。

そんな彼女の様子を見るや否や、カルラは苛立ちの矛先が自分に向き、また頬を抓られるのを恐れ、若干後ずさって距離を開ける。

カルラのそんな行動にも気付かず、リースは苛立ちを隠そうとはせずにパネルへと手を伸ばし、三度目の入力を開始した。

そして変わらぬ電子音を立てて数字を一つ一つ入力し、最後となる十番目の数字を入力した途端――――

 

 

 

――先ほどまでの音とは違い、大音量と言っていいほどのブザーが鳴り響いた。

 

 

 

あまりに煩いため耳を塞ぎつつ、一体どうなっているのかと悩み出すリース。

自分は普通に入力しただけ。その証拠に最初や二度目と比べても、なんら変わった動きもせず普通に行った。

なのに最初や二度目とは違い、なぜ三度目にいきなりこんな音が鳴るのか。それが分からず、行動を思い返しながら悩み続ける。

しかし悩み始めてから三十秒と経たず、突然後ろから耳を塞いでいた腕を引っ張られ、来た道を戻らされる。

誰が自分の腕を引っ張っているのかと見てみれば、それは自分と共にここに来ていたカルラである。

一体どこへ行く気か、自分はまだここに用事がある。自分を連れて戻ろうとする彼女に言おうとするが、その口は次の瞬間に響いた音によって閉じられる。

カルラがリースを連れて戻ろうとした先にある階段。その上から、誰かが階段を下りてくる音……それが彼女に口を噤ませ、状況を理解させる。

この鳴り響いている音はつまり、警報のようなもの。三度目の入力で鳴ったから、要するに入力に三度連続で失敗すれば鳴る仕掛けなのだろう。

となれば階段の上から降りてくるのは、その警報を耳にして調べに来た誰かだと言える。加えて言うなら、研究者ではなくカルラの仲間の誰かだとも。

だけど、だとしたら今のカルラの行動や様子は少し可笑しくもある。仲間の誰かが来たのであれば、別に彼女が焦って逃げる必要はない。

むしろ、リースが無理やり動力室の扉を開けようとしたと話せばお咎めのなく、彼女自身が嫌がっている無断での出歩きをかなり抑制できる。

ここを考えてもカルラにとって不利に働くどころか、不安要素がなくなって安著出来るだろう。なのに、なんで彼女は自分を連れて逃げようとするのか。

もしかすると降りてきているのが自分の仲間ではないと察知したのだろうか。いや、もしそうであったとしても元々彼女らの艦なのだから、文句を言える人間がいるとは思えない。

となると本当のところ一体どういう事なのだろうか……自分の腕を今も掴んだまま、横で焦りの様子を浮かべる彼女を余所にリースはそんな事を考えていた。

だが、その思考が答えに行きつく前にカルラは突然左右を交互に見始め、右に視線を固定した途端にまたリースの腕を引っ張ってその通路の奥へと駆ける。

駆け出して数秒と経たず辿り着いたそこには先も説明した通り扉があった。だが無論の事、その扉にも正面の扉と同様に入力式の電子ロックが掛けられている。

腕を再度引っ張られて連れてこられた故、意識をそちらに向けたリースもそれを見て駄目じゃん……と呟くも、そんな彼女の目の前でカルラは――――

 

 

 

――十桁の数字を入力し、ロックを外してしまうという驚きの行動に出た。

 

 

 

やはりというべきか、カルラは扉のロックを解除するための番号を知っている。しかもここだけでなく、おそらくは他の二つも知ってるだろう。

若干大きめの袖口のせいで入力した番号は確認できなかった。だが、リースとしてはそれに対する不満よりも、新たに浮かんだ疑問のほうが先立つ。

その疑問とは先ほどまで自分が適当な数字を入力していたときもこうなると分かっていて頑なに教えなかったのに、どうして今になって自ら扉を開くのかだ。

事態を想定していたなら止める事だって出来ていたはずだ。言葉では難しいかもしれないけど、力ずくという行動に出れば容易に止められたはずだ。

なのに、彼女はそれをしなかった。止める事をせずに今の事態を招き、別の扉ではあるが今になって扉のロックを解除した。

解除した扉の先に連れ込まれ、金属製の通路を彼女を引っ張りながらカンカンと足音を鳴らしながら隅に行き、そこに積まれる何かの後ろに身を潜める。

そういった行動に至るまでの間……いや、実際には隠れるという行動に移ってからも尚、リースは新たに浮かんでしまった疑問の答えを導き出そうとした。

だけど答えは出てこず、カルラに直接聞いてみようと思ったが、隣に彼女はいなかった。隠れたときは一緒だったはずなのに、いつの間にか消えていた。

それにもしやと思い、隠れている物の影から少しだけ顔を出して覗いてみれば案の定、その先にある自分たちが潜った扉前に彼女はいた。

無論、そこにいたのはカルラだけじゃない。横顔しか見えないが、カルラの前に立つ彼女よりも年齢が高いと断定でき、研究者とは思えないスーツ姿の青年がいる。

カルラ自身は笑っても怒っても悲しんでもいない、全くの無表情。だけどその青年はそんな彼女を相手に笑みを浮かべ、親しげに何かを話していた。

周りの音が若干五月蠅いため、念話で話すカルラはともかく、青年の声が聞こえない。故に片方だけでは話の内容が分からず、必死に青年の声を聞き取ろうとする。

それが功を奏したのか騒音が少しだけ収まったような感じがし、同時に小さくはあるがそれでも明確と言えるくらい青年の声がリースまで届いた。

 

「にしても珍しい、というか正直妙ですね。ロックの解除番号は私たち六人なら誰もが知ってるはずなのに、それを間違えるだなんて……しかも、三回連続で」

 

《少し、ボーッとしてたのかも……そうでもないとライの言うとおり、三回も連続して間違えるなんてしないし》

 

実際のところで言えば、ボーッとしていたとしても三回連続で入力を間違える事はない。というよりも、大概の場合であり得ない。

故に二人を見ながらその言い訳はないだろうとリースは思うも、そんな考えに反して青年は納得したように何度か頷いていた。

 

「なるほどなるほど。確かにそれならば手元が狂って入力をミスしてしまっても仕方ありませんね。わかりました……先ほどの警報に関してはそう伝えておきましょう」

 

《ん……》

 

「それにしても……ボーッとしてしまっている姿が見られなかったなんて、駆けつけるのに遅れた事が悔やまれますねぇ。ただでさえ可愛さが溢れているカルラのそんな姿、是非とも写真に収めたかったものです……十枚くらい」

 

《……馬鹿な事を言ってないで、早く戻って理由を伝えてきて。変に時間を空けると、大事だって思われるから》

 

「あはは、分かってますよ。では、カルラも見回りのほう、頑張ってくださいね」

 

《見回るだけでなのにを頑張れって言うのか分かりかねるけど……とりあえず、分かった》

 

カルラの返事に青年は頷くと背を向け、入ってきた扉を再び潜って通路を進み、十字路を曲がって階段を上がり、去っていった。

完全に階段を上っていく足音が聞こえなくなった後、カルラは安著の溜息をつくとリースの隠れている場所へと歩み寄ってくる。

対するリースもそれでもう隠れる心配はないと悟り、物陰からその姿を出して同じく彼女へと近寄っていった。

そして互いの距離が至近まで寄ったとき、リースは抱いていた疑問をぶつけようとする。だが、それよりも先にカルラの言葉が彼女へと放たれた。

 

《とりあえず、ここには見回りで来たって誤魔化しておいた。でも、下手に長居するとまた誰かが来る可能性もないわけじゃないから、もう部屋に戻ってほうがいいよ》

 

「は? な、何言ってんのよ……そんなの嫌に決まってるでしょ? 過程がどうであれ折角中に入る事が出来たんだから、私としてはもう少しいろいろ調べてみたいし」

 

《動力室なんて、別にリースや恭也さんの役に立つものなんてないよ。だからほら、行こ?》

 

「絶対、嫌!! カルラが本当にそう思ってたとしても、実際に見てみたらあるかもしれないじゃない!!」

 

他人の眼ではなく、自分の眼で確かめる事が重要。リースの言っている事はつまりそういう事である。

それはそれなりに筋が通った言い分であるため、ただの子供の我儘には聞こえない。だから、カルラも僅かに言葉を詰まらせる。

しかし、それでも首を縦に振る事はなく、何もないから戻ろうと言い、強引にでもリースを引っ張っていこうとする行動にさえ出る。

ただ見て回るだけ、絶対と約束は出来ないけど、下手に何かを構うわけじゃない。なのにどうしてそこまで頑なになるのか、そこが分からない。

だが、その答えは呆気なくも頭にポンッと浮かぶ。むしろ、今までにないほど頑なに戻ろうと言い、強引な行動にまで出られれば自ずと理由が浮かぶ。

そしておそらくはそれが正解だと彼女自身、断言出来る。それ故、引っ張られて少しづつ前に進みながら、彼女は確信に満ちた声でそれを告げた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「何もないんじゃなくて、何もないと思わせたいんじゃないの? アンタたちにとって大事なものが、ここにあるから……」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

――その一言でリースの手を引っ張る力は、急に途絶えた。

 

 


あとがき

 

 

今回は前編……だが、次回が後編とは限らない。

【咲】 つまり、次回は中編というわけね。

な、なぜ分かった!?

【咲】 そんな言い方されれば猿でも分かるわよ。

ば、馬鹿な……。

【咲】 あ〜、はいはい。見ててムカつくからその演技くさい落ち込みは止めなさい。

演技くさいと失礼な……俺は真剣に落ち込んでぶばっ!?

【咲】 いいから……さっさと本題に入れって言ってんのよ。

は、はい。そ、そんなわけで今回は前、中、後の初めである前編をお送りしたわけなんだが。

【咲】 恭也側が一切出てこなかったわね。

それは次回だからな。だから、三つに分けたというわけだよ。

【咲】 リース側、恭也側、そして最後が二つの終わりを……って事ね?

そういうことだ。今回はリース側……まあ、最初の方は前回の続きではあったがな。

【咲】 それに関して一つ疑問なんだけどさ……アドルファが最後に見てた映像の人物って、もしかして彼女?

ふむ、おそらくは君の想像するその人で間違いはないと思う。

【咲】 でもさ、だとしたらアレは一体何年前の映像なのよ? というよりも、アドルファと面識があったわけ?

何年前かは実際計算してみれば分かる。面識に関しては確かに映像の通りあった……でも、彼女は覚えていなかった。

【咲】 何でよ? 今もアドルファがこうしているって事は取り逃がしたって事でしょ? その後、声だけでも再会はしてるのに、なんで分からなかったのよ?

会ったのが何年も前の話だからだ。そのせいで姿を見れば思い出しただろうけど、声の方はおぼろげにも覚えていなかったんだよ。

【咲】 時間経過によって忘れてしまった。というよりは記憶が薄れてしまったという事ね。

そういう事だ。ともあれ、現在となっては最早再会する事も叶わなくなってしまったけどな。

【咲】 まあ、ねぇ。

ま、彼女たちが自分で招いてしまった事だから自業自得、言ってしまえば後悔しても仕方のない事だ。

【咲】 それは、そうだけどね。にしても、今回の最後は少し気になる所で終わったわね。

動力室にある、彼女らがリースにも見せるわけにはいかない大切なもの。これに関してはまあ、中編の最初か最後、もしくは後編で出てくるよ。

【咲】 どこでかは確定してないのね。

まだ執筆の途中だからな。というわけで、今回はこの辺にて!!

【咲】 また次回も見てくださいね♪

では〜ノシ




バカな! あれだけの言葉から次が中編だと分かるなんて――ぶべらっ!
美姫 「今回はリース側の行動だったわね」
ふぁ、ふぁい。んん、アドルファが見ていた映像。
そして、リースに隠そうとしていたもの。
美姫 「こっちはこっちで事態が動いているわね」
ああ。一体、あの奥には何があるんだろう。
そして、罰ゲームの全容は。
美姫 「次回も楽しみにしてますね」
待ってます。



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