本気を出した場合のカルラの実力。それはギーゼルベルトも何度も見たことがあるため、よく知っている。

スピードはメンバーの中で一番速く、その速さから繰り出される一撃は途切れを窺わせない。

仲間という事と彼女自身が好んで戦わないという理由から、彼を含む全員が彼女と戦った事はない。

だけど同じくそれなりのスピードを持つアドルファでも、純粋に近接だけで戦ったらおそらく負けると言っていた。

それほどカルラの速度を重視した近接戦闘技術は凄まじく、中距離系の魔法を併用した戦い方は脅威となる。

 

 

――だからこそ、その彼女を相手にまともに立ち回れている恭也とリースには驚きが浮かぶ。

 

 

状況的には二人はカルラに押されているのは明白。だが、押されていながら未だ戦い続けている。

押し返しているわけじゃない、状況は先ほどから差して変わらない。にも関わらず、彼らは負けていない。

押し返せないなら押し返せないなりの戦い方、それを忠実に実行して不利ながらも負けず立ち向かっている。

ユニゾンを今日初めてした事から、今までとの違いに多少なりと戸惑いは持っているはずだろう。

だけどそれを窺わせない立ち回り、ユニゾンデバイスを把握し切っておらずとも互いに協力し合って戦っている。

 

「相棒、か……」

 

いつぞや、彼らが言っていた言葉。心があろうとも人ではないものを相棒と呼んだ彼らの言葉。

そしてその相棒同士で信頼し合うからこそ生み出される力がある。あのとき、彼らはそう言っていた。

その言動には心底驚かされた事を今も覚えている。なぜなら、デバイスを相棒と呼んだ人を彼は見た事がなかったから。

デバイスは所詮魔法を扱うための道具……そんな風な考えの下で使う人間しか、見た事がなかったから。

 

「面白い奴らだ……」

 

だから、自然と笑みが浮かんでしまう。見た事がない、術者とデバイスの信頼関係に対しての笑みが。

そしてモニタの先で未だ繰り広げる戦いの成り行きがより楽しみとなり、いつの間にか彼は視線を外せなくなっていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

魔法少女リリカルなのはB.N

 

【第二章】第二十四話 速さ対速さの戦い、垣間見る一つの結末

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

先ほどの一撃以降、恭也の刃がカルラに届く事は一度もなかった。

それは彼女の持ちうる速度が原因。隙をついて一撃を放っても、連撃へ繋ぐ前に異常な速度で距離を取る。

そこからその速度を最大限に利用して彼を翻弄し、一撃を放ってまた下がる。要するにヒット&アウェイな手段だ。

対してそんな手段を用いる彼女の一撃も未だ当たらず。だが、こちらの場合は逃げられているというわけじゃない。

速度ではカルラが勝っているのだから、そもそも距離を取ろうとしたら彼女はそれ以上の速さで追撃をしてくるだろう。

ならばなぜ彼女の爪が恭也に届かないのか……それは移動速度でカルラが勝つのに対し、恭也は反応速度で勝っているのだ。

移動速度で負けていても、攻撃が来る瞬間を読んで即反応出来る。それが彼女の一撃が当たらない大きな理由だ。

そして彼女も反撃からの連撃を恐れて一撃放てば距離を置くという手段なため、結果的に決定打どころか当たりさえしない。

 

《Gullinbursti!》

 

そんな速さ対速さの応酬が続く中、先ほどからの状況を考えれば珍しいと言える恭也からの行動。

高速移動魔法を行使して一瞬だけ彼女以上の速度を用い、逃れたばかりの彼女との距離を一気に詰める。

だが、そこから振るわれた横一閃の一撃はやはり当たらない。彼女とて恭也には劣るだけで、反応速度が遅いわけではないのだから。

でも初撃が避けられるのは恭也とて予想している。それ故、そこから逃げられる前に背中に隠し持つ八景を抜刀する。

一刀のみでの戦いをする事で二刀使いという事を隠しておけば、咄嗟のときに意表をつく事が出来る。

そしてその策通り、カルラは二本目の一撃が来るとは思わなかったのか表情に僅かな驚きと動揺を走らせ、それでも避けようと動いた。

その咄嗟の反応が功を奏してか避ける事には成功するも、先ほどまでのような距離を置くための逃げがし難い体勢へと陥る。

彼女がそんな不安定な体勢に陥ったのを利用し、恭也は彼女の横腹へと向けて鋭い蹴りを放ち、それは狙い通りの場所に当たった。

蹴りの威力に加えて小柄な身なり故か、その蹴りの進路上先に彼女の身体は吹き飛び、だけどすぐに止まって体勢を立て直す。

しかし蹴りの威力は十分すぎるほど通っているためか、彼女の表情は若干歪んでおり、右手で蹴られた部分を押さえていた。

 

《やはり、ただの蹴りでも十分にダメージが通るみたいだな》

 

《あれだけ薄いバリアジャケットだもん。フェイトのと同じで、防御力を捨ててるんでしょ》

 

《だとすれば、一撃でも決めればそれが決定打になる可能性はあるか……例の魔法、いけるか?》

 

《例の……ああ、あれね。たぶん大丈夫だと思うよ。魔力面はカートリッジで使えば問題ないし、制御も私がやるから》

 

念話での彼女の言葉に返答を返した後、彼女の視界に捉えたまま背中から八景の鞘を取り出す。

それをオリウスとは逆の腰に差し、両方を納刀する。そして納刀した両方の剣の柄に片手ずつ添え、抜刀の構えを取る。

恭也のその行動にカルラは何かを察知したのか、横腹を押さえていた手を退けて爪を構え、対峙する。

そして途端に訪れた静寂から僅かして――――

 

 

 

Gullfxi!》

 

――デバイスの音声と二発分の弾丸の装填音が響き渡る。

 

 

 

音が響いたと同時に恭也の姿が消え、カルラはすぐに反応できるよう気を引き締め身構える。

その途端に消えた彼の姿が自身のすぐ目の前に現れ、そこで納刀していた剣を抜き放った。

二刀同時の抜刀術……その速度はかなり速く、二刀だから簡易に避けるというのは難しいだろう。

だけどそれは並の者ならの話。それに該当しないカルラは抜刀の瞬間時点で両方の斬撃の軌道を読める。

だからそこから避けるのも難しくはないはずだった――――

 

 

 

――斬撃そのものが、分身さえしなければ。

 

 

 

言うなればそれは一種の幻術魔法。ただ、斬撃のみを分身させるのはとても高度な幻術。

カルラ自身、アドルファから恭也が幻術魔法を使うという事は聞いていた。そしてそれにより、彼女が一撃を入れられたとも。

アドルファの実力をよく知る故、そのときは結構驚かされた。むしろ、また自身をからかっているとさえ思った。

しかし目の前の幻術を見ればそれが本当だと認識せざるを得ない。加えて、避けるのが困難すぎるものだという事も。

だが、避けられないのなら防御すればいいはず。速くて見切りづらいとはいえ、障壁魔法を瞬時に展開すれば防げる。

そう瞬時に思い至り、彼女は剣が到達するよりも早く目の前に障壁を展開した。だが、その行動は誤りであった。

考える時間がなかったとはいえ、よく考えれば疑問に思う事。障壁魔法で防げるなら、どうしてアドルファが一撃を受けたのか。

カルラでも展開が間に合うなら、彼女も咄嗟に防ぐくらい出来る。それなのに一撃を受けた理由の答えが――――

 

 

 

――凄い速度で罅を広げる目の前の障壁にて、明らかとなる。

 

 

 

障壁貫通なら罅なんて入らずスルー出来る。だが、これは展開に若干の時間を要する魔法。

加えて目の前の状況と一致しない。そこから導かれる答えは、障壁貫通ではなく障壁破壊能力だという事。

貫通に比べて破壊なら術式構成が若干荒くてもいいため、貫通ほど展開に時間は掛からない。

そして貫通のようにすぐに相手に得物が到達する事はないが、障壁を張ると大概術者は動けない故、差して変わりはない。

だが、そこが分かったところで策に嵌ってしまった彼女にはどうしようもない。逃げも出来ず、防御も出来ないのだから。

だけど甘んじてそれを受ければおそらくそれで決まってしまう。そう思い至った彼女は一か八かの手段へと出るため、罅の入る障壁を消した。

意味はないとはいえ、まさか消すとは思わなかったのか彼の表情に若干の驚きが走るも、力を加えた刃はそのまま止まらない。

そしてこの魔法に於いて刃が動き出せば幻術は再び発生する原理となる故、到達するほんの僅かな間で幻術を生み出した。

それは障壁を消した段階でカルラとしても予測済み。そして、予測したそれに対して彼女は――――

 

 

 

――爪を振るい、斬撃を弾くという驚愕の行為に出た。

 

 

 

爪を振るう速度は彼が剣を振るう速度と同等か、もしくはそれ以上であろうもの。

だが、左手のみで弾くには幻術を含め、斬撃の数はあまりにも多い。それでも、彼女は手当たり次第弾こうとする。

触れて消えれば瞬時に次へ……だけどあまりに強引且つ無茶な手段なためか、当然弾き切れない。

しかし弾き切れないという事実は彼女にとって予測の範囲内。むしろ、彼女が狙っていたのは斬撃の数を減らす事。

幻影だろうが実物だろうが、その手段である程度数が減れば避けやすくなる。それ故、無茶だけどこの手段へと出たのだ。

それが功を奏してかある程度は減らせる事ができ、実物の斬撃もいくつか弾いた。加えて、幻影が減った事で残りの軌道も予測できる。

その間、時間にして一、二秒の世界。そこから彼女は即座に回避の行動へと移り、僅かに頬を掠めて傷が出来るも避ける事に成功した。

そして彼女は回避から続けて距離を取ろうともせず、弾丸を装填。直後、紫電を爪へと纏い、彼へと向けて振るう。

振るわれた紫電の爪に対して恭也は咄嗟に二刀をクロスさせて防ごうとする。だけど、先と同じで威力を抑えきれない。

故に防いだ体勢のまま後方へと威力のままに吹き飛ぶ。だが、威力で腕は軽く痺れたが、ダメージは無い故にすぐ体勢を立て直せた。

そこからすぐに二刀の剣を構え、彼女の追撃に備えるが、その予想とは反して彼女は先の位置から動かず、その場に佇んでいた。

 

《恭也さんもリースも、やっぱり強いです。さっきの魔法……捌けなかったらきっと、私は負けてました》

 

「捌ききった君も十分過ぎるほど強いと思うがな……」

 

彼の返答にカルラは僅かな微笑で返し、そこでやっと爪を構えるという行動に至る。

だが、先ほどまでとは一つだけ異なる事が存在する。それは、爪の構え方がさっきまでとは違うという事。

今までは爪のある左手を水平して腰を若干低くするという構え。だけど今は腰も低くしておらず、左手も僅かにしか上げていない。

むしろ構えと呼べるのかどうかすら怪しいもの。それ故、そこからどういった動きに出るのか予測がし辛い。

だからか恭也はどんな行動に出てきても対応出来るよう、より一層警戒を強めた。

対してそんな構えを取ったカルラはゆっくりと目を閉じ――――

 

 

 

《そんな貴方たちが相手だから……もう一度だけ、無茶をさせてもらいますね》

 

――それだけを告げ、途端に再び彼らの目の前から姿を消した。

 

 

 

だけど彼らにとってそれはもう驚く事じゃない。彼女の速さがどの程度かを知っているから。

故にどこから来ても反応できるよう身構えるが、あろう事か一度は姿を消した彼女は自身の手前で姿を見せた。

てっきり先ほどと同じで速さを用いて翻弄してくると思っていた。だが、予想に反して彼女のした行動はそんなもの。

これに何の意味があるというのか……そんな当然の疑問が頭に浮かぶが、次の瞬間にはすぐに黙散する事となった。

 

「っ――!?」

 

疑問が黙散すると同時に彼を襲ったのは驚愕。それほど、目の前の現象は不可思議なものだった。

自身の僅か手前に立つ彼女は未だ動きを見せていない。だけど驚きなのは、彼女の姿が一つではないという事。

自身の前後左右斜め、まるで囲むようにして立つカルラの姿。その数は目視するだけで十数にも上るほど。

恭也と同じで幻術魔法でも使っているのかと思いもするが、そんな様子は感じられないというのがリースの返答。

だとすれば一体目の前の現象はどういうわけか。そこを再び疑問と考える前に、周りを囲む彼女らは一斉に動き出した。

だけど一斉であっても個々で僅かにタイミングが違うためか、実質は一体ずつが恭也に斬りかかって来ていると言ってもいい。

故に彼は一体一体攻撃を捌こうとするが如何せん数が多く間がないため、二刀を用いても尚捌き切れない。

それ故に爪が掠ったりなどして僅かに傷が出来たりする。しかしそれでも、彼は彼女の猛攻を何とか防ぎ続けていた。

そしてその間でも反撃の手段を考え続けるが、不可思議な現象による猛攻の中、続けて見せた彼女の行動がそれを無と変えた。

 

《纏え雷電……》

 

Lightning Ongles》

 

弾丸の装填音と共に爪に纏い出す紫電。それは当然、猛攻を繰り広げる全ての彼女が纏っていた。

付与系であるその魔法の威力は体験済み。それ故、この猛攻に加えてそんなものを使われたら防ぐのは不可能。

だけど判断したはいいものの避ける手立てがない。そのため甘んじてその初撃を剣で防ぐも耐え切れず、剣そのものを弾き飛ばされる。

そこから続けて体勢を崩された彼へと彼女は迫り、体勢を整える前に紫電を纏う爪の先を彼へと突きつけた。

 

《私の、勝ち……です》

 

突きつけた状態で彼女の一言は模擬戦の終わりを意味する。

恭也自身も今の状態から自身の負けを認めたのか、彼女の一言に対して静かに頷くのだった。

 

 

 

 

 

模擬戦終了後、恭也はリースとのユニゾンを解除し、弾かれて飛ばされたオリウスを回収する。

反対にカルラもバリアジャケットを消して元の若干ボロボロになった衣服へと戻っていた。

そして戦闘状態を解除した二人は隣の部屋から戻ってきたギーゼルベルトの提案により、談話室へと場所を移動する。

そこで昨日のように向かい合って座りつつ、これまた昨日と同じでカルラによって用意されたお茶を啜っていた。

 

「ふぅ……で、どうだった? 言ったとおり、この娘は強かっただろう?」

 

「ああ。手を抜いたつもりも油断したつもりもなかったんだが……見事なまでに完敗だった」

 

ギーゼルベルトの問いに対しての彼の正直な感想。それに話題の本人は恥ずかしげに俯いていた。

そんな彼女の頭をギーゼルベルトはポンポンと軽く叩く。その行動は要するに、彼なりの褒めの行動。

それ故か恥ずかしげにしつつも少しだけ嬉しそうな顔を見せ、だけど次の瞬間には若干沈んだ顔になる。

 

《でも、いくら強さを持ってても、人が傷つくのを見るのはやっぱり嫌です……恭也さんも、一杯傷つけちゃいましたし》

 

傷つけたくないという思いを抑えて彼らの望むままにあのデバイスを用い、戦った。

その結果、大した傷は負わせていなくても多少なりと傷つけた。それが彼女にとっては落ち込む点だ。

こういった優しい部分を持っている少女は本来戦うべきじゃないかもしれない。だが、彼らとしてはそうもいかないのかもしれない。

カルラ以外の彼らの目的等を聞いた事はないが、ここまでの強さを手に入れるというのは生半可な事ではない。

それこそずっと戦い続けてきてこそ手に入る力。それ故、そこまでの強さを持たなければならないほどの目的なのだと分かってしまう。

だから聞けるなら聞きたいものだが、この場ではその話題に触れず、恭也は気にするなとだけ彼女へと告げた。

だけど彼女はでも……と言って未だ落ち込んだ様子を消す事がない。そのためか、恭也は困ったようにギーゼルベルトのほうへ目を向ける。

しかし視線を向けられた彼もこればかりは本人の性格なためどうしようもないのか肩を竦め、首を横に振るう事で返した。

 

 

 

「あああもう!! メソメソイジイジ鬱陶しいなあ!!」

 

――だが、二人でどうしようもなかったその状況は、突如として響いたリースの怒声によって変わった。

 

 

 

あまりに行き成り過ぎたためか、恭也やギーゼルベルトさえも若干の驚きを示してしまう。

そして怒声の向けられた本人の驚きは二人以上。加えて驚きだけでなく、怯えるような表情さえ見せ出してしまう。

だけどそれはリースにとって逆効果となり、仕舞いには突然椅子を飛び降り、彼女の隣まで移動しだす。

そこから即座にカルラの両頬へと手を伸ばし、ギュッと手加減抜きで力一杯抓りだした。

本当に強い力で抓られているため、痛い痛いと騒ぎ出すカルラ。だが、それでもリースは容赦せず抓り続ける。

 

「そもそも私たちに勝っといてさ、何よその態度!! 馬鹿にしてんの!? 馬鹿にしてるよね!? そうだよね!!?」

 

《ば、馬鹿にしてるつもりは――あ、あうううぅぅぅぅ!!》

 

「嘘つくなっつうの!! ああもう、マジでムカつくにゃああぁぁぁ!!」

 

リースが猫語になるのは過剰な怒りによる興奮状態のとき。つまり、今がそれだという事。

こうなると自然に収まる事はまずない。模擬戦の行われる前にこの状態になったときの事がそれを証明する。

加えて今はあのときとは違い、引っ張っているのは髪ではなく頬。しかも力一杯だから当然痛い。

その痛み故に仕舞いにはカルラの表情は泣きそうなものへとなり、さすがにここまでくると止めないわけにはいかない。

だから恭也は彼女を止めるために同じく席を立とうとするが、それよりも前に二人を取り巻く状況が一転した。

 

「大体、怪我してもいいからって頼みこんだのはこっちでしょ! それなのに何でアンタが落ち込むのよ!! 恭也が気にするなって言ってんだから、それで納得しなさいよ馬鹿!!」

 

《わ、私、馬鹿じゃないもん。私よりもリースのほうが――》

 

「私のほうが馬鹿だって言うの!? 怒るしか能の無い乳臭い馬鹿なガキンチョだって言うの!? ム〜カ〜つ〜く〜にゃああぁぁぁ!!」

 

《そ、そこまで言って――ひぅぅぅ!!》

 

押し倒すかの如く彼女を椅子ごと倒し、仰向けの状態に馬乗りとなって依然と頬を抓り続ける。

椅子ごと倒された故に大丈夫かとも思うが、一応頬を引っ張られている事から運よく頭は打たなかった。

だけど身体は若干打ったためか少し痛い。しかし、それ以上に彼女にとっては抓られている頬が痛かった。

これを見る限り、状況が一転したというようには見えないが、会話の内容を聞けば先ほどとは異なっているのだと分かる。

途中から全く関係のないものへと変わっていき、カルラも痛みに泣きそうになりながらもしっかりと反論を返している。

その間で逃れようと彼女はジタバタと暴れ続け、だけど馬乗りの体勢なためか逃れることが出来ず頬を抓られ続ける。

それは言ってしまえばさっきまでの若干剣呑な空気とは違い、傍目から見ればじゃれ合いにしか見えない状況。

先ほどまでの状況ならいざ知らず、現状の様子では恭也もギーゼルベルトも二人のそれを止めるという事はせずにいた。

 

「会ってから大して経っていないだろうに、二人ともずいぶんと仲の良い事だな」

 

「そう、だな……」

 

仲を深めすぎるのは問題だ。仲を良くしようとも結局二人の間にあるのは、敵対という関係なのだから。

でも、ギーゼルベルトが呟いた言葉に彼はそう返せなかった。むしろ、リースにとって良い事じゃないかと考えてしまう。

なのはやフェイトという本来の年齢と近い者を相手にしても、彼女は本来の性格を表に出さず、歳が近いと感じさせない態度を取っていた。

自分は人間じゃないから、もうリースという少女ではないから。ただのデバイスでしかない自分が、彼女たちと友達になれるわけないから。

だからそんな態度を取る事で彼女たちと距離を取っていた。友達になれないのではなく、友達になりたくないなどと本心までをも偽って。

でも、その彼女自身の思いと考えを聞いていても、恭也は彼女の本心を見抜いていた。本当はなのはとフェイトのような関係に憧れを持っていた事を。

故にリースがカルラと仲良くなり、目の前でじゃれ合いのような状況を繰り広げているという事が、不謹慎ながらも良い事なのではないかと思ってしまう。

 

 

 

――それがいずれ、別たれる運命にあるのだとしても。

 

 

 

怒りながら頬を抓る、逃れようと暴れ続ける。そんな様子の中でも、二人はいつの間にか笑みが浮かんでいる。

それは会ってから数日しか経っていないのを感じさせないような、気を許し合っていると見えてしまう光景。

だから仲が良いと見たギーゼルベルトはもちろん、複雑な思いを持つ恭也も二人を止めず、釣られるように笑みを浮かべるのだった。

 

 

 

 

 

娯楽室での話し合いと二人のじゃれ合いが終わりを迎えた後、二人はギーゼルベルトとカルラの二人を別れた。

別れた後は特にする事もないため、部屋に戻るかと恭也は提案したが、その提案に対してリースは拒否を口にする。

何もする事がないのになぜ部屋に戻らないのか。返答に対してそこが気になり尋ねてみると、ちょっと呆れ気味の表情で答えを告げた。

 

「私たちはあくまで囚われてるっていう位置付けなんだからさ、こういった監視も何もない時間が出来たら脱走の手だてを探るのが当たり前なんじゃないかなぁ?」

 

それは当たり前と言えば当たり前。ここで何もせず部屋に戻っては、囚われの身という意識がないという事。

先ほどのじゃれ合いを見た後である故に切り替えがまだ出来ていなかったのだろうか。言われてようやく恭也もそこに気付いた。

そしてリースに忘れていた事に対する謝罪を口にした後、リースとどこを見て回ろうと話し合いを始めた。

 

「まず、昨日見て回ったところは除外してもいいと思うんだ。逃げるために使えそうな場所もなかったし」

 

「ふむ……だが、それ以外だと他にめぼしい場所がないんじゃないか? 昨日の案内でほとんど見て回ってしまったのだから」

 

「だよねぇ。ん〜、どっかないかなぁ……私たちがここから逃げるに当たって有利に働く場所」

 

カルラの案内によって艦内の各区画にあるほとんどの場所は見て回っている。

それを念頭に置いて纏めてみるとまず、第一区画は案内こそされていないが、ブリッジがめぼしい場所という風に説明されている。

第二区画は恭也とリースが使っている部屋がある場所、要するに艦内にいる人たちの自室等がある場所であるため、ここも案内はなかった。

続けて第三区画は案内された場所と言えば給仕室のみ。それ以外では説明のみだが、動力室へ繋がる階段と通信室があるとの事。

そして最後となる第四区画は先ほどいたトレーニングルームと談話室、そして昨日ポーカーを行った娯楽室がある区画である。

纏めてみるとこんなところだが、思い出してみれば説明だけで行ってない場所が何箇所かあるのに気づき、その中で行き先の候補を決める。

 

「第一区画のブリッジはまず除外だよね。敵の真っ只中に向かうなんて馬鹿のする事だよ」

 

「確かにな。とすると残りは通信室と動力室だが……動力室はともかく、通信室は見ておいたほうがいいかもしれないな」

 

「だね。もしかしたら外部に連絡が取れるかもしれないし、それが無理でも使い道は結構ありそう」

 

それに恭也も同意するように頷き、結論として最初に赴く場所は通信室という事に決定された。

そして行き先を決定してから早速とばかりに二人は歩きだし、まずは通信室のある第三区画を目指した。

と言っても二人の立っていた位置から第三区画は隣の区画であるためかそこまで遠くなく、二人は程なくして第三区画へと辿り着く。

そこから今度は通信室と書かれている部屋を探し回る。昨日の案内では説明のみであったため、詳しい場所は二人も知らない。

故に通信室の捜索はほとんど手探りのようなもの……だから、目的のその場所を捜し出すのにはそれなりに時間を要した。

だけどそれなりに時間を費やしたのも幸いし、扉の外側に『通信室』と書かれる表札が掛けられた部屋を見つけ、安著の溜息と共に二人は開かれた扉を潜った。

 

「誰もいないね……カルラの言ってた事は本当だったって事かな?」

 

「おそらくな。今まで全く誰もここに来なかったというわけではないだろうが、最近人が出入りしたような痕跡がないからそれもずいぶん前なんだろう」

 

室内にあるのは大きめのモニタが左右の壁に一つずつとその前にある操作盤、そして更にその前に椅子が二つずつのみ。

それ以外に余分な物は一切置いてはおらず、四つある椅子も全て動かした形跡がない。これを見る限り、出入りが最近あったようには思えない。

そして現在も人気が全くないという現状から、カルラの口にした情報通りという事が分かり、二人としては若干安心出来た。

だが、このまま突っ立っていたら万が一にでも人が来た場合困るので、まず扉を閉めて内側からロック。その後、モニタ前の椅子へとリースが腰掛ける。

恭也はリースほどこういったものに詳しくもなく、慣れてもいない。それ故に操作するのはリースが適切……と思ったのだが、次に広がった光景がそれを打ち砕いた。

 

「……どうやったら外部に連絡が取れるんだろ? ていうかまずモニタの起動からだよね……えっと、ここのボタンをポチっと……あれ? 全然うんともすんともしないなぁ……じゃあ、これかなっと……ん〜、駄目っぽいね。じゃあ次はこれを――――」

 

「ちょっと待て、リース……お前、もしかして使い方を知らないのか?」

 

「知るわけないじゃん。前にここにいたときも外部に通信取ろうなんて考えなかったし、そもそも通信室がある事自体が昨日初めて知った事なんだしさ」

 

外部への通信手段以前にモニタの起動の仕方すら分からない。それを可笑しく思い問うてみれば、返答はそんなもの。

正直もう呆れるしか浮かべる表情がなく、その表情のまま溜息をつく。だが、ここで自分と代わっても結果が変わらないのは目に見えている。

それ故、これは使った事がなくとも似たような機器に少しでも慣れてそうなリースに任せる事にした。若干の不安感は当然ながらあるが。

 

「――――あ、起動した。よしよし、こうなったら後はこっちのもんだね♪」

 

起動しさえすれば後は簡単だと言っているように聞こえるし、本人もそう言っているつもりである。

だが実際、操作盤を叩く手はかなりの迷走ぶりが垣間見える。簡単だとは本人が思っているだけで、実際そう上手くはいかないという事。

しかし迷走ぶりを発揮していても盤を叩く表情は真剣。そのため、恭也も茶々は一切入れず、やはり不安感を持ちながらも見守った。

それから約一分後、集中していた甲斐もあってか画面が別のものに切り替わる。だけど、それを招いた本人はあれ?というような顔をしていた。

 

「送信、履歴? むぅ……変なものが開いちゃった」

 

「送信履歴というと、メールか何かの送信記録みたいなものなのか?」

 

「じゃないかなぁ? ま、私たちの目的には何ら関係ないし、さっさと切り替えちゃお」

 

そう言って画面から視線を手元の操作盤へと戻そうとするも、その動きよりも早い仕草でなぜかモニタへと戻される。

そして浮かべるのは驚きの表情。画面に映し出されるのは恭也の知らない言語であるため、その驚きの理由が彼には分からない。

故に彼はリースの肩を叩き、まだ若干の困惑を残した顔で振り向いた彼女へとその驚きの理由を尋ね、その表情のまま彼女は答えた。

 

「なんかね……送信履歴にある宛先の中でいくつか、気になるのがあるの」

 

「気になる宛先?」

 

「うん……この間カルラが言ってた、『マザー』って名前なんだけど」

 

『マザー』……それはカルラ自身が教えてくれた、彼女らを束ねる『蒼き夜』の頂点に立つ者の名前。

リースの話によるとその人物へ送信したのはアドルファ。どうやら、彼女が連絡係という言葉もこれからして事実らしい。

だが、その名前が履歴にあるというのは驚きではあったが、よくよく考えればこれはチャンスと言えるかもしれない。

その人物に関してはアドルファかギーゼルベルトに聞いたほうがいいとカルラは言った。だけど、この二人がすんなり話すとは思えない。

だから『マザー』という人物に関しては何も知れてはいない。それ故、この履歴に残るものを除けば何かしら分かる事があるかもしれない。

そのため恭也とリースは互いに頷き合い、操作盤を叩いて残っている一番古い履歴を開き、書かれている文を読みだした。

 

「えっと……『剣と盾の製作状況は今のところ順調。この分なら近々、移植の作業まで移れると思うっス』……これ、私とシェリスの事かな?」

 

「おそらくはな……送信されたのはいつ頃になってるんだ?」

 

「ん〜……今から三年ぐらい前、かな。この時期だと、ちょうど私がアイラと一緒にここから去る約一年前って事になるね」

 

三年前の履歴を今も残しているというのは少し疑問に思う事だが、調べる分には困ることではないのでそこはスルー。

そこから三年前に送信された履歴を全て覗くが、全部空振り。『マザー』に関しての情報どころか、組織の全体の目的にすら一切触れていない。

二年前へと履歴に移行してみても結果は同じ。いや、雑談のようなものが混じっている部分を見ると一層酷くなっているように思える。

これは情報が得られる事に期待は出来ないな……そう思い始めつつも、僅かな期待を持ちつつ一年前から現在までの履歴を開いた。

しかし下から覗いていってもめぼしいものはなく、僅かな期待も失くしつつある中、最後の最後でようやく気になる一文を発見した。

 

「『完成した剣の継承者の確保に成功。後は盾の完成と継承者の捜索のみのなったっスけど、こちらも近い内に完了する予定っス。ただ、ここで一つだけ問題が浮上……ウチらの目的に関して博士が何か感づいた節があるっス。現に『レメゲトン』を詳しく調べてみるとか言い出したり、剣と盾の研究開発以外で何かをしている様子が時々見られるようになったっス。もうそろそろ潮時なんスかねぇ?』」

 

送信時期を見る限り、送られたのはつい最近。その内容からして『マザー』の情報らしきものはほとんどない。

だが、『レメゲトン』やら、研究開発以外で何かをしているやら、ちらほらと気になるものが文の中には散りばめられていた。

しかし、二人ともそこには目がいかない。なぜなら、それよりも気になる部分がこの一文には存在していたから。

 

「最後のほう……なんか、すっごい不穏な内容に見えるんだけど」

 

「潮時、か……こういった内容でそんな言葉を使うのは大体、口封じなどを考えてる場合があるんだが」

 

「口封じって、おと――――……アイツを、殺すって事?」

 

その問いに関しては恭也も口を噤んでしまい、気まずい沈黙が室内を支配し始めた。

実際のところ返答こそ返せなかったが、こういう一文が過去に送信されていたという事はリースが言った通りという可能性が高い。

父とはもう思ってない、精神的にはもう他人だ。だけど、意識していなくても心の片隅では父を想う気持ちが残っているのかもしれない。

だから、返答がなくともそれを認識してしまったリースはいつものツンとした様子も見せず、僅かに俯くという様子を見せる。

これには恭也もどう声を掛けたらいいのか、どう慰めればいいのかが分からず、ただただ沈黙のみが二人を包み込んでいた。

 

 

 

「おろ? ロックが掛ってる……誰か中にいるんスか〜?」

 

――そんな非常にタイミングの悪いとき、話題に挙がる人物の片割れの声が室外から聞こえてきた。

 

 

 

よくよく考えれば、彼女がここに来る可能性は十分に考えられた。送信履歴のほとんどが、彼女の送ったものなのだから。

その頻度を見れば今日は絶対に来ないなどとは言えないはずだった。これはそれを頭に入れず、時間を掛け過ぎた二人の失態。

見つかったら何を言われるか、何をされるか分かったもんじゃない。だから、恭也はどうするべきかを考えつつ室内を見渡す。

しかしいくら見渡しても隠れる場所など一切ない。加えて外からの声が聞こえていないのか、リースは未だ俯いた状態のまま。

相手がアドルファだから姿を見られる前に気絶させて逃走という強行手段も難しい。更に言えば、自分がその手段を用いても身動きしないリースが見られる可能性がある。

つまり、この手段は実質使えない。とすればどうするべきか……その答えは一つ、扉が開かない事に彼女が諦めて去っていくというの待つ手段のみ。

内側からロックを掛けたと言っても、外側から開けられる。だが、開いているはずと仮定している彼女がその際に使用する鍵を持ち歩くとは思えない。

だから、このままやり過ごして彼女が鍵を取りに去っていくのを待ち、その隙を狙って逃走しようという手段を取るしか方法はなかった。

だが、導き出したそのたった一つの手段も――――

 

 

 

 

――ドアロック解除の音が響いたという事実により、脆くも崩れ去る事となった。

 

 


あとがき

 

 

恭也&リース、ちょっぴりピンチ!

【咲】 ちょっぴりっていいうか、結構なピンチじゃない?

どうだろうね。アドルファは組織の中で二番目に軽い性格してるから、思ったほどピンチじゃないかもしれん。

【咲】 二番目? じゃあ、一番は誰よ?

そりゃ、あの中で他に性格が軽いって言ったら、ヒルデしかいないじゃないか。

【咲】 そうは言うけど、ヒルデってほとんど出てないから分からないわよ。

まあ、確かにね。でも、二章が終われば彼女の出る頻度は多くなる……予定だ。

【咲】 あくまで予定なのね……。

それは仕方ない事だよ。ま、実際のところどうなっていくかは次回のお楽しみという事で。

【咲】 はいはい、いつも通りね。

すっごいお座なりな返事……ともあれ、今回で恭也&リースVSカルラの模擬戦が終わったわけですが。

【咲】 カルラの勝っちゃったわね。ていうか、戦い嫌いがなんでここまで強いのよ。

嫌いでも戦う事を強いられる場面が今まで多かったって事だよ。

【咲】 如何に気弱で優しくても強くなければ生き残れないっていう、組織にいる上での絶対条件みたいなもの?

そういうことだね。もっとも、生き残るためだけというわけじゃないがね、カルラの場合。

【咲】 まだまだ明かされないカルラの秘密って事かしら?

秘密ってわけでもないけどね。ま、それも後々出てくるさ。

【咲】 出てこなかったら問題でしょうに。

ま、まあね。とまあ、こんなところで次回予告おば。

次回は今回の続き……アドルファに見つかってしまった恭也&リースの行く末に関して。

そしてラーレと行ったポーカーの罰ゲームがようやく実施され、一時的に二人は別行動になります。

カルラの話によればラーレの言う給仕係は=奴隷との事……どんな滅茶苦茶な要求をされしまうのだろうか。

加えて別行動となったリースは、恭也がそんな事になっている間、どんな行動に出るのか。

次回、魔法少女リリカルなのはB.N二章第二十五話、「我儘娘と罰ゲーム、少女たちの探検記 前編」を、ご期待ください!!

【咲】 今回の終わりとは打って変わった内容っぽく感じるわね。

実際はどうかわからんけどな。ま、その詳細も次回になればわかるんだが。

【咲】 だから、分からなかったら問題だってば……。

あ、あはは……というわけで、今回はこの辺にて!!

【咲】 また次回も見てくださいね♪

ではでは〜ノシ




恭也、リースちんピンチ。
美姫 「果たして、どう乗り切るのかしらね」
特に何もしなくても案外、あっさりと気にしないかもな。
美姫 「緊迫した事態のはずなんだけれど、次回の罰ゲームが気になってしまうわね」
それは確かに。一体、何をやらされるのやら。
美姫 「次回も待ってますね〜」
待ってます。



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